第二十六章.テラ河の戦い

 



 

 ドルファン歴27年11月末のこと。

かねてより活動を開始していた傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンはドルファン国領内への侵攻

を開始した。

しかし折からの大雨により渡河しようとしていたテラ河は増水、その侵攻作戦は頓挫してしまった。

また侵攻作戦そのものの失敗にヴァルファバラハリアンによるドルファン国領内への奇襲は完全

に失敗してしまった。

 

 それに対してドルファン側では直ちに騎士団の第二・三・五大隊および大演習を終えたばかりの

傭兵隊を派遣した。

ドルファン軍は動向不穏なダナンのペリシス卿を警戒しつつテラ北河の対岸に布陣。

両軍はテラ河の状況を見極めつつ持久戦となっていった。

 

 「どうやら持久戦になりそうだぜ。」

テラ河および敵の様子を偵察してきたグイズノーは傭兵隊本部に戻ってくるなりそう言った。

「渡河はやはり無理そうか?」

傭兵隊副隊長ハウザー中尉は尋ねた。

それに対してグイズノーはいつもの軽さはどこへやったのやら重々しく答えた。

「たぶん今夜から明朝になれば渡河出来るぐらいには水は引いていると思う。

しかしヴァルファの奴らもしっかりと布陣している。

うかつに渡河しようものなら一溜まりもないはずだぜ。」

グイズノーの的確な判断にその場に居合わせた傭兵たちは皆、黙り込んでしまった。

このまま落ち込まれていては拙い。

「それならば敵が動き出すのを待つだけだ。」

傭兵隊隊長戸田為政はその場を漂う沈黙を払いのけるかのように言った。

「やはりそれしかないか・・・。」

辺りは賛同の声で包まれた。

そこで為政は部下たちに命令を下した。

「では決定だ。敵が動き出すまで待つ、抜け駆けは厳禁だからな。」

為政の言葉に傭兵たちは叫んだ。

「了解!」

しかしまだ固い様子であったので為政は安心材料を述べた。

「敵より我らの方が大軍でしかも援軍も出発しているんだ。つまり我々のほうが有利なんだ。

みんな、油断しないで、身体をじっくり休ませておくんだぞ。以上、解散!!」

その言葉と同時に傭兵たちは各自自分の元場所へと戻っていった。

 

 そのころ傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンの陣地では二人の男が話し合っている最中

であった。

「正直言ってこんな事態になろうとは思いも寄りませんでした。」

ヴァルファバラハリアン八騎将の一員にて副軍団長兼参謀ぼキリング・ミーヒルビスは悔しそう

に言った。

「確かに。雨さえ降らねば首都城塞まで肉薄出来た出来たであろうに・・・。」

軍団長デュノス・ヴォルフガリオもやはり悔しそうに洩らした。

「天候までは見通し切るのは不可能ですからな。それ以外は完璧だったのですが・・・。」

「・・・言ってもどうしようもないことだ。それよりも今後どうするかの方が大事だ。

何かいい手はないか?」

ヴォルフガリオは参謀としての意見をミーヒルビスに求めた。

それに対してミーヒルビスは気に進まない様子で言った。

「とりあえず二つの策がございます。」

「二つの策か・・・。とりあえず言ってみよ。」

その言葉を聞いたミーヒルビスは頷いた。

「分かりました。それではまず一つ目の策というのはこの場を速やかに撤退することです。」

「撤退か・・・。ここまで来てそれは・・・」

ヴォルフガリオは気に入らないらしく今ひとつ乗り気ではないようであった。

「確かにここまで来て撤退というのは気が進みません。しかし今はこれが一番の安全策なのです。

ただしそれも今夜までのこと。明日以降になれば・・・。」

「追撃される、か。」

「はい。」

その場は重苦しい雰囲気に包まれた。

負けると断言されてしまっては仕方がない事なのかも知れないが。

 

 「もう一つは何だ!」

その場の雰囲気を吹き飛ばすかのようにヴォルフガリオは叫んだ。

「もう一つはこのまま敵が動き出すのを待つというものです。」

ミーヒルビスのもう一つの策を聞いたヴォルフガリオは渋い顔をした。

「・・・どちらも良い手ではないな・・・。」

「はい、しかしいかんせん手薄なもので・・・。」

「長く対峙するわけにはいかないぞ。」

ヴォルフガリオの言葉にミーヒルビスは頷いた。

「わかっております。敵は長く対峙すればするほど有利になるのですから。

前門のドルファンに後門のプロキア。さりとて我らは負けるわけにはいかないのですから。」

「そうだな。我が復讐、遂げるまでは・・・。」

「はい、デュノス様・・・。」

そのまま二人は黙り込んでしまった。

 

 「失礼します!」

陣幕の外からの兵の声が沈黙を破った。

「何事か!!」

ミーヒルビスはヴォルフガリオに代わって叫んだ。

スパン・コーキルネイファ様が参られました。」

「よし、通せ。」

すると陣幕の中に一人の男、いや少年が入ってきた。

その顔にはまだ幼さが残っている。

しかし彼こそがヴァルファバラハリアン八騎将の一人にて『迅雷のコーキルネイファ』の通り名を持つ戦士なのである。

「軍団長、参謀。お呼びですかい?」

コーキルネイファはぶっきらぼうな口調でそう言った。

「良く来たな、コーキルネイファよ。ところでお主相当焦れているようだな。」

ミーヒルビスがそう言うとコーキルネイファは頷いた。

「当たり前だぜ。俺はこういった手詰まりの状態は我慢できないんだよ。」

「しかし今動く愚かさは分かっていよう。」

ミーヒルビスはコーキルネイファに年を押すように言った。

「だから大人しくしているだろ。これでも俺は八騎将の一人なんだ。馬鹿にするなよ。」

コーキルネイファは噛みついてきたもののミーヒルビスは気にも留めなかった。

「それでいい。出撃命令が下るまでは大人しく我慢しているんだぞ。」

それを聞いたコーキルネイファはふてくされた。

「へいへい分かりましたよ。ただ言っておくがな、俺は参謀みたいに気は長くないんだ。

なんせ若いからな。」

するとそれまで黙り込んでいたヴォルフガリオが口を開いた。

「コーキルネイファよ。」

「はっ!ヴォルフガリオ様。」

ミーヒルビスには軽口を叩いていたコーキルネイファも、軍団長であるヴォルフガリオに対しては丁寧な口調で言った。

「もう少し我慢することをおぼえることだな。」

「そうは言いますがね、軍団長。今更性格を変えろって言われてもそれは無理な話ですよ。」

「そうかもしれん。しかしミーヒルビスの言葉はワシの言葉、命令であることを忘れるなよ。」

「・・・期待に添うように努力しますよ。」

コーキルネイファは渋々頷いた。

それを見たヴォルフガリオは口元をゆるめた。

「それで良い。よし、もう下がって良いぞ。」

その言葉にコーキルネイファは陣幕の外へと出ていった。

 

 「まだまだだな。」

コーキルネイファが退出したのを見届けるとヴォルフガリオは呟いた。

それを聞いたミーヒルビスも大きく頷いた。

「そうですな。後4.5年も経験を積めば良い武将に成長するのでしょうがね。

ネクセラリアやボランキオ・ライナノールのようなね。」

ミーヒルビスの言葉でその場は再び重い空気に包まれた。

「奴らさえいればな、こんな状況であろうとも色々と行動がとれたであろうに。」

「そうですな・・・。」

しかしどれほど欲したところで一度失った生命を取り戻すことは能わないのであった。

 

 

 翌日。

すでにテラ河は穏やかな状況に戻っていた。

しかしテラ河の流れが穏やかになるにつれて、河岸の両軍は緊迫の度合いを増していった。

 

 「くそっ!まだかよ・・・。」

コーキルネイファは相当焦れていた。

元々彼は短気というか我慢の出来ない性格の持ち主であった。

ただ八騎将の一員になってからは自らの責任感でそれを律していたのだ。

しかしテラ河の流れに阻まれて早数日、さすがに我慢の限界が訪れつつあるようであった。

コーキルネイファの補佐役たちは必死になって出撃したがる彼を押さえることに力を尽くし、どうに

かその日の出撃は無事阻止することが出来たのであった。

 

 そのころの傭兵隊では

「おい、ロバート少尉。工兵隊は何をしているんだ?」

傭兵隊の様子を確かめていた為政は何やら命令にない物を製作している工兵隊が気になり

尋ねてみた。

すると昇進したてのロバート少尉は笑いながら言った。

「ああ、あれですか。あれは投石機を作っているんですよ。」

「投石機!?・・・攻城戦じゃないんだぞ。」

為政がそう言うとロバート少尉は頭をぽりぽりとかいた。

「分かっていますって。ただにらみ合いが退屈なものですから暇つぶしに・・・。」

「・・・ほどほどにしろよな。」

半ば呆れつつ為政はその場を後にした。

 

 

 さらに翌日。

「どうです、隊長。見事なもんでしょう。」

そう言うロバート少尉と工兵隊の面々の前には一基の大型の投石機が据え付けられていた。

「・・・よくこんなデカ物、作ったもんだよな。」

半ば呆れつつ、半ば感心しつつ為政はそう言った。

いくら暇だからとは言え戦場で普通はこんな物は作らないからである。

「これ使えるのか?」

もの珍しそうに集まってきた傭兵たちからそんな声があがった。

「もちろん。これから試射するところだからまあ見ていってくれよ。」

そういうとロバート少尉は発射を命じた。

すると工兵の一人が巨大なアームを押さえつけている太いロープに斧を振り下ろした。

するとロープは断ち切られ巨大なアームが跳ね上がり、人間の頭よりも遙かに大きい岩が勢い

良く吹っ飛んでいった。

「おー、よく飛ぶなー。」

さらに岩は遠くまで飛んでいく。

「・・・飛びすぎじゃないか?」

そんな声が出るほど投石機から放たれた岩は遠くまで飛んでいった。

 

 「ズガァーン!!」

ものすごい轟音と共に幾つかの陣幕が崩れた。

「何事だ!?」

異変に気付いたコーキルネイファは叫んだ。

「敵の攻撃です!!」

部下のその一言にコーキルネイファの堪忍袋の緒も切れた。

「敵襲だと・・・。ヘヘヘー、待っていたぜ、ドルファンの犬どもめ。

よし、第二大隊の内、第一・第三・第五中隊は現状維持のまま待機し俺の指示を待て!

残りの第二・第四中隊は俺に続け!!」

コーキルネイファの号令と同時にヴァルファバラハリアン第二大隊は動き始めた。

 

 「馬鹿な!早すぎる・・・、今動いたら敵の思うつぼだぞ、コーキルネイファ!!」

ミーヒルビスはそう叫んだ。

しかし動き出した軍隊を止めることなどはっきり言って不可能である。

ヴォルフガリオは動揺を見せずに落ち着き払った様子のまま言った。

「動いてしまったものは仕方がない。全軍を動かすぞ!!」

「・・・そうですな。それでは。」

「うむ。」

ヴォルフガリオは馬に乗ると旗下の者に叫んだ。

「進め!!!」

こうして後にテラ河の戦いと称されることになる戦いが始まった。

 

 「お、おい・・・。敵が動き出したぞ・・・。」

工兵隊の力作を見物していた傭兵たちは呆然としたように言った。

「投石機のせい、かな・・・?」

ロバート少尉は自信なさげに呟いた。

そう、先ほど遊びのつもりで発射した岩は予想を遙かに超えて、ヴァルファバラハリアンの陣地

内へと飛び込んでしまったのであった。

「やってしまったことは悔やんでも仕方がない。敵を迎え撃つぞ!」

為政は慌てて命令を下した。

すると呆然としていた傭兵たちもやっとの事で気を取り直し、敵ヴァルファバラハリアンを迎え

撃つべく動き出したのであった。

 

 「放てー!!」

号令とともに多量の矢が飛び交った。

そしてその矢に貫かれた者がばたばたと倒れていく。

「かかれー!奴らを皆殺しにしろー!!」

「迎え撃てー!!」

鬨の声と共に二つの軍勢は一斉にぶつかり合った。

たちまち辺りは剣や槍がぶつかり合う響きに包まれ、血飛沫があがった。

そして傷つき倒れた者の断末魔の叫びは戦場を包み込んだ騒音でかき消されてしまう。

テラ河の水は血で赤く染まった。

 

 「どりゃあー!!」

為政は目の前に現れた敵騎兵を馬の体ごと野太刀でぶった斬った。

斬られた馬の首の断面からはおびただしい血が、そして斬られた敵兵の胴体からは臓器が

あふれ出した。

すでに戦場は混乱を極めていた。

周囲の様子を見渡せば傭兵隊だけでなく、騎士団も戦っているようだ。

しかしその事を確かめる術はなく、ただ兵たちは目の前に現れた敵を殺すだけであった。

 

 戦闘が開始されてどれくらいの時間が経ったであろうか。

傭兵たちを百人ほど従えて戦っていた為政の目の前に真紅の鎧を身につけた少年が現れた。

それは流れ矢で馬を失ったコーキルネイファの姿であった。

返り血で鎧以上に赤く染まったコーキルネイファは為政の姿を見ると目を輝かせた。

「その野太刀、お前が噂の東洋人か!俺の名はスパン・コーキルネイファ、八騎将の一人よ。

貴様に一騎討ちを申し込む!!」

一騎討ちを申し込まれては受けて立たないわけにはいかない。

為政も名乗りをあげるとコーキルネイファに対峙した。

 

 コーキルネイファのニードルが為政に襲いかかる。

為政は避けようとしたがコーキルネイファの動きが早すぎて完全には避けきれない。

かろうじて致命傷は受けずに澄んだものの、コーキルネイファのニードルは為政の身体をえぐっ

ていた。

「やるじゃねえか・・・、へへへ、楽しいぜ。」

コーキルネイファはそう言うとにやりと笑った。

それに対して為政も激痛に襲われつつもそんな様子をおくびにも出さずにコーキルネイファを

挑発した。

「なかなかやるじゃないか、坊や。しかしまだまだだな。」

それを聞いたコーキルネイファは烈火のごとく怒り狂った。

「俺をガキ扱いするな!!」

そう叫ぶとコーキルネイファは前にも増したスピードで襲いかかってきた。

為政は頭に血が上って大雑把になった攻撃をしゃがんで避けると右足をとばした。

するとその足で両足を刈られたコーキルネイファは地面に無様に転がった。

そこへ為政は野太刀を振り下ろしたがコーキルネイファは地面を転がって避けきった。

「やるじゃないか。そのスピードと身のこなし、騎士団の連中には真似できないな。」

「騎士ごときと俺を一緒にするな!!」

そう叫ぶと少しは落ち着きを取り戻した様子でコーキルネイファは襲いかかってきた。

「まだ足下があまい。」

またしても足下が隙だらけなのを見て取った為政は再びコーキルネイファの足を刈ろうとした。

「同じ手に引っかかるかよー!!」

コーキルネイファは飛び上がって為政の足を避けるとニードルを手に飛びかかってきた。

しかしそれこそが為政の狙い所であった。

為政はそのまま右手と腰の力で野太刀を横殴りに振るった。

足場のない空中ではその鋭い一撃をかわすことなど不可能であった。

そのままコーキルネイファの身体は上半身と下半身の二つに斬り裂かれ、そのまますごい勢い

で地面にごろごろと転がった。

 

 この二人の一騎討ちを見ていたドルファン軍は一斉に奮い立った。

それに対してヴァルファバラハリアン側では一斉に士気が低下した。

「奴らを皆殺しにしろ!!」

自然発生的おこった要求にドルファン側は一斉に総攻撃を開始した。

あっという間にヴァルファバラハリアンはテラ河の向こう側まで追いやられ、なおも騎士団の猛攻

を受けている。

 

 「大丈夫か!?」

膝をついていた為政のもとにグイズノーが駆け寄ってきた。

「ああ。」

為政は大丈夫であることをグイズノーに伝えると立ち上がり、野太刀を肩に担ぐとコーキルネイファ

の上半身の方へと向かった。

いくら真っ二つに切り裂かれたとはいえ即死したわけではないので止めをさすためだ。

「へへへ・・・お前・・・強いじゃねえか・・・」

鎧通しを手にコーキルネイファの傍らにしゃがみ込むと死にかけていたコーキルネイファはそう言葉

を洩らした。

そしてそのまま瞳からは光が消え失せていく。

黙ったまま為政はコーキルネイファの首筋を鎧通しで切り裂いた。

 

 

 こうしてテラ河の戦いは終わりを告げた。

コーキルネイファの突出が痛手となりヴァルファバラハリアンは撤退を余儀なくされたのだ。

しかし調子に乗って追撃した騎士団の一部が、知謀に長けたミーヒルビスの策にかかって全滅、

ヴァルファバラハリアンを殲滅することには失敗したのであった。

 

 翌日。

勝利を治めたドルファン軍は無事首都城塞に帰還した。

そしてそのまま首都城塞内を凱旋、国民のあつい祝福を受けたのであった。

しかし傭兵隊だけはかやの外。

お祭り騒ぎの首都城塞の外からただ眺めているだけであった。

「くそっ!!オレらは除け者かよ!!」

そんな声も傭兵たちの中から起こった。

しかしやもえないのだ。

所詮、傭兵は都合の良い、使い捨ての駒に過ぎないのだ。

そのことを理解していた為政はただ黙っているだけであった。

 

 

あとがき

三回目の戦争『テラ河の戦い』編、いかがだったでしょうか?

個人的には姉川の戦いを連想しながら書いてみました。

それらしい雰囲気が出ていると良いのですがね。

 

この話の主人公はどっちかと言えばヴァルファ側、それもヴォルフガリオとミーヒルビスの二人

です。

過去に縛られた二人の生き方を感じて貰えたら嬉しいのですがね。

いちおう彼らの将来を連想させるような含みを出させて貰いました。

 なおこの話にでてくる投石機ですが実物はこんなに射程距離はありません。

超大型の投石機でも2.300mぐらいだそうですから実際のところこんなに飛ぶわけないんですが。

そこは話の都合上、コーキルネイファの無能さをすこしでも和らげてあげようということで。

こんな展開にさせてもらいました、はい。

 

それでは次回は第二十七章「発作」です。

お楽しみに。

 

平成12年11月28日

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