第二十四章.王女の休日

 


 

 ドルファン歴27年10月26日。

傭兵隊隊長戸田為政はドルファン城内にいた。

去年と同じく王女誕生日パーティーに招待されたからである。

プリシラと再開してちょうど一年、その間に為政はそれなりに有名人になっていた。

イリハ会戦でネクセラリアを討ち取った時にはまぐれ扱いされたが、ダナン攻防戦における

ボランキオ・果たし合いでのライナノールと八騎将の内三人も討ったことで知名度はすっかり

上がっていたのである。

現にも為政の周囲の人間が、為政を見てはひそひそと噂しているのがはっきりと分かる。

「はぁー。」

為政は大きく溜息をついた。

何度経験してもこういった雰囲気には慣れそうもない。

為政はグラスと酒瓶一本とオードブルの載った皿一枚を持ってテラスへと出ていった。

 

 「こんな所にいたのね。」

秋の夜空を眺めながらグラスを傾けていると突然背後から声を掛けられた。

振り返るとそこには街に出没する時の格好とは違い、正装したプリシラが立っていた。

「やあ、プリシラ。誕生日おめでとう。」

為政がそう言うとプリシラはにっこり微笑んだ。

「ありがとう。ところでユキマサ、何でこんな所にいるの?やっぱり居心地悪い?」

プリシラの言葉に為政は頷いた。

「ああ、前にも言ったと思うけどこういった席はどうも・・・。」

「そう?でも我慢してよね。私だってこんな席、退屈で仕方がないんだから。

友達とお喋りでもして気ぐらい紛らわせないとね♪」

「その友達っていうのは俺のことかな?」

為政がそう言うとプリシラは頷いた。

「そうよ、光栄でしょ♪」

そんなことを話していると広間の方からメッセニ中佐が顔を出した。

「プリシラ様、そろそろ・・・」

「分かったわよ、もう・・・。ユキマサ、うるさい奴も来たことだしそろそろ行くわね。」

プリシラはそう言うと一歩踏み出したがすぐに足を戻した。

そして為政の耳元に口を近づけると囁いた。

「明日の日曜日、お城を抜け出すから国立公園のあの泉で待っていてね。約束よ。」

そう言うとプリシラは軽やかな足取りでパーティー会場である広間へと戻っていった。

 

 翌日、為政はプリシラに言われたとおりトレンツの泉前にいた。

ここトレンツの泉はコインを投げ入れると願い事が叶うとされ、多くのカップルが立ち寄るデート

スポットでもあるのだ。

そんな場所に誰がどう見ても堅気の者には見えない為政がいるのだから目立ってしょうがない。

であるから

「お待たせー。」

と言ってプリシラが現れたときにはホッと胸をなで下ろしたのであった。

「やあ、やっと来たな。」

為政がそう言うとプリシラはあれっといった表情を浮かべた。

「遅刻した?」

「いいや。しかしこの場所で待ち合わせというのはどうも・・・」

「良いじゃないの、別に。第一、ここは思い出の場所なんだしね。」

「最初のデートコースというわけ?」

その言葉を聞いたプリシラはそれは嬉しそうな表情を浮かべた。

「覚えてくれていたんだ♪」

「まあ忘れるわけないさ(あんなにインパクトがある出来事はね)。」

「えへへへへー、それじゃ行きましょう!最初はフラワーガーデンよ!!」

そう言うとプリシラは為政の腕を取り、どんどんと歩き始めた。

 

 フラワーガーデン。

それは国立公園内に位置する植物園の総称である。

その敷地には四季折々の植物が植えられており、常に新種の植物交配の研究が進められ

ているのだ。

普段は一般人は入園禁止なのであるが、春と秋に限って一般公開される。

今は秋なのでダリアが満開の時期であった。

 

 「本当、ここの花ってきれいよね。」

プリシラは辺り一面に咲き乱れる花を見ながらしみじみと言った。

「ああ、確かにきれいだな。」

為政は何気なくそう言ったがプリシラは不満が有ったらしい、口をとがらせて言った。

「もーユキマサったらつき合い悪いわよ。こういった場面ではお約束の台詞があるでしょ。」

その言葉に為政は苦笑いしながら言った。

「この花よりも君の方がきれいだよ。」

それを聞いたプリシラは大爆笑した。

それはもう百年の恋も冷めるような見事な笑いっぷりであった。

「プリシラー。」

為政が恨めしそうに言うがプリシラは笑い続けた。

「ご、ごめん。でもユキマサが言うと・・・おかしくっておかしくって・・・」

「誰が言わせたんじゃ!」

「わ、私だけど・・・で、でもだって・・・ウプププ。」

そのまま五分ぐらいプリシラは爆笑し続けたがようやく収まった。

「あー苦しかった。ユキマサ、貴方のあの攻撃はある種の犯罪ね。」

「それはないだろ。リクエスト通り言ったんだぞ。」

「それはそうなんだけど、なんかユキマサのタイプとは違うのよね。

結構照れたんだけどそれ以上におかしいというか。」

そう言うとプリシラはその場にしゃがみ込んだ。

そして何やら始めたではないか。

「どうしたんだ?」

為政が尋ねるとプリシラは顔を上げた。

するとその腕の中には無数の花が抱きしめられている。

プリシラはそのまますくっと立ち上がるとそのまま花をまき散らし、叫んだ。

「えいっ!!フラワーハリケーン!!!」

辺りには赤いダリアの花びらが飛び散った。

「ちょ、ちょっと拙いんじゃないか。」

あわてて為政はプリシラを止めようとした。

しかしプリシラは全く気にも留めようとはしなかった。

「ユキマサも一緒にやりましょ♪」

「し、しかし・・・」

「やるったらやるのよ!!」

結局為政は王女の威厳に押し切られてしまった。

 

 「それじゃあ一緒にやるわよ、タイミングを外さないでね。ダブルフラワーハリケーン!!!」

為政もプリシラと一緒に赤いダリアの花びらをまき散らした。

そこへ運が悪くというべきか植物園の職員が現れた。

「何をしているんですか、貴方たち!!!」

為政とプリシラはその場でこってり絞られた。

 

 「怒られちゃったね。」

プリシラは喫茶店で笑いながら言った。

為政とプリシラの二人はフラワーガーデンを出た後、国立公園に近い喫茶店へと来ていたのだ。

「だから拙いんじゃないかって言っただろ。まあ俺も一緒になってやったわけだが。」

「だっていつもお城の空中庭園でやっていたんだもの。あそこは極めて希少な植物だって植えら

れているのに・・・。」

「おいおい。」

為政は思わず呆れてしまった。

そんな為政に気付いたのであろう、プリシラは慌ててうち消した。

「もちろんそんな希少な植物でなんかやらないわよ。」

その時、ウエイトレスが二人の注文を取りにやってきた。

「いらっやいませ。ご注文は何にいたしましょうか?」

どこかで聞き覚えのある声に顔を上げてみるとそれはレズリーであった。

「レズリーじゃないか。」

「おっ、そういうアンタはユキマサじゃないか。」

為政とレズリーは二人同時に驚いた。

ただプリシラ一人だけが何事もなかったかのように平然としている。

「ん?誰なの、ユキマサ。」

そこで為政はプリシラにレズリーのことを紹介したのであった。

「ふーん、レズリーって言うんだ。私はプリ、プリムっていうの。よろしくね。」

「ああ、こちらこそよろしくな。」

そこまで言ったところでレズリーはプリシラの顔をじーっと見つめた。

「なああんた。どこかで会ったことなかったけ?」

「ギク!!」

為政とプリシラ、二人ともレズリーの言葉に驚いた。

いくらなんでも王女がお忍びで町中に出没するとなると世間の聞こえが拙い。

「き、気のせいじゃないかな?私は貴方に会ったことないし。」

「そうかな・・・。」

レズリーは首を傾げて考え込んだ。

拙い、拙すぎる。為政は慌てて誤魔化すようにレズリーに言った。

「レズリー、それよりも注文注文。」

それを聞いたレズリーは職業意識を取り戻したのかウエイトレスの顔に戻った。

「おっと、そうだったな

。無駄話していると店長にも叱られちゃうしな。えーと、何にいたしましょうか?」

とりあえず誤魔化すことに成功しホッとした為政とプリシラはメニューを見始めた。

「何飲もうかなー。クリームソーダーにしようかな・・・それともいかにも庶民的な着色ばりばりの

果汁1%以下のライムソーダーにしようかな・・・。」

プリシラは大分悩んでいたようであったが何かに気付いたらしく為政に囁いた。

「ユキマサ、あのテーブルを見て!」

プリシラが示したテーブルを見るとそこでは一組のカップルが一つの飲み物を二本のストローを

使って飲んでいるところであった。

「私たちもあれをやるわよ。」

そう言うとプリシラはレズリーに注文した。

 

 オーダーから数分後。

レズリーが注文した飲み物を持ってきた。

そして為政とプリシラ、二人が座っている席に飲み物を置くと、帰り際に為政の耳元に囁いた。

「デート、がんばれよな。」

「なっ!?」

為政が何かを言おうとしたがその前にレズリーはその場を立ち去ってしまった。

 

 「さあ、飲みましょ♪」

プリシラがそう言ったので為政は顔を合わせんばかりにくっけながらストローをすすった。

「やっぱこれよ、これ!カップルはこうでなくちゃね。」

プリシラは実に嬉しそうに言うと微笑んだ。

 

 結局、その日一日をプリシラは存分に楽しんだようでご機嫌な様子でお城へと帰っていった

のであった。

 

 

あとがき

いやはや久しぶりに打ち込んでいて楽しいお話でした。

長すぎないのが良かったようですね。

ここんところ長いのか重たいのばかりでしたからね。

こういう明るい楽しい方が気が楽で乗りやすいです。

 

次回は第二十五章「修学旅行危機一髪」です。

・・・タイトルと内容が一致しない気がするんですがまあいいか。

それでは次回をお楽しみに。

 

平成12年11月25日

感想のメールはこちらから


第23章へ  第25章へ  「Condottiere」TOPへ戻る  読み物部屋へ戻る