第二十三章.家庭教師

 

 

 それは残暑厳しい九月の、とある日のことであった。

いつものごとくマデューカス少佐に呼び出された傭兵隊隊長戸田為政は重い足取りで執務室

へと向かっていた。

大抵の場合、何か面倒事を押しつけられるだけだからである。

しかしいくら重い足取りとはいえ所詮は建物の中、すぐに目的地である執務室前へとたどり着

いてしまった。

諦めた為政は大きな溜息をつくとドアをノックした。

「戸田大尉参りました。」

為政が室内に大声で呼びかけると部屋の中からマデューカス少佐の声が返ってきた。

「おう、入れ。」

そこで為政は

「失礼します。」

と言ってドアを開けると室内へと入っていった。

 

 執務室に入るとそこには少佐の他に白髪の老人がいた。

傭兵隊ではまず見かけたことのない人物である。

年の頃は60代半ば過ぎといったところであろうか。

昔はいざ知らず、今は体の線も細くなってしまっておりひ弱そうであったが、その見事な白眉

の下には鋭い眼光が蓄えられていた。

そのように為政が老人を観察しているとマデューカス少佐が口を開いた。

「大尉、良く来たな。今日は君に特命を伝えるために来て貰ったのだ。」

「今回は何なんですか?」

いつものことなのでとりたてて驚くことはない、為政は少佐を促した。

「よろしいですかな?」

すると少佐は老人に話を振った。

老人は頷くと為政の前に立ち、話し始めた。

「貴公がトダ大尉ですな。

私はピクシス家にて執事を勤めさせていただいております
グスタフ・ベナンダンディと申します。

今日は一つ大尉にお願いしたいことがありまして。」

「・・・何でしょうか。」

為政がそう尋ねると老人は嬉しそうに話を続けた。

「実は私の仕えるお嬢様の家庭教師を務めてはいただけないでしょうか。」

「家庭教師!?私がですか?」

為政は驚愕した。

当然ではあるが、為政の学力は傭兵としては高ものの誰かに教えることが出来るほどではない

からだ。

しかしグスタフという老執事は気にもせずに頷いた。

「そうです、家庭教師をやっていただきたい。」

「・・・人に何かを教えられるほど、私の学力は高くありませんが。」

それを聞いたグスタフはおかしそうに言った。

「これは失礼しました。私が貴方様に望んでいるのは家庭教師という名目の話し相手なのです

よ。」

「・・・成る程。それならば出来ないことはありませんがなぜ私に?

素性のろくに知れない傭兵が名家に出入りするのは聞こえが良くないと思いますが。」

それを聞いたグスタフはさびそうな表情を浮かべ言った。

「・・・お嬢様は昔から病気がちでして、昔から様々な人材が出入りしておりました。

しかしお嬢様は今ではそういった方々のお話では満足なさらなくなってしまいまして。

今回は外国人ということで色々当たったのですが信頼出来る人物をなかなか見付けることが

出来ませんでした。」

「それで選ばれたのが私というわけですか。」

「ええ。失礼ですがここ二三週間ばかり貴方様の側を色々と調査させていただきました。」

これには為政は驚いた。

そんな気配などまったく感じさせていなかったからである。

「・・・気が付きませんでした。」

為政がそう言うとグスタフは笑いながら言った。

「当家の情報収集能力は伊達ではありませんよ。それとお国元ににに当たらせて貰いました。」

これには為政は驚きを通り越して絶句するしかなかった。

「ど、どうやって三週間ぐらいで調べられるんですか!?

片道だけで倍以上の日数が掛かるというのに!」

しかしグスタフはにやりと笑うだけで何も答えようとはしなかった。

色々と気になることがあったものの為政はとりあえず聞かねばならないことを聞いておくことに

した。

「どのくらいの頻度で通えば良いのでしょうか?」

「毎日と言いたいところですが当家にも事情がございまして。月に二三回来ていただければ。」

すると突然、それまで黙り込んでいたマデューカス少佐が口を挟んだ。

「分かりました、お引き受けいたしましょう。」

「おお、引き受けて下さいますか。感謝しますぞ。」

少佐の言葉を聞いたグスタフは嬉しそうに言った。

そしてそのまま当事者である為政は無視されたまま話は進んでいき、無事まとまるとグスタフは

訓練所を立ち去ったのであった。

 

 「少佐ー。」

為政はうらめしそうに言った。

いつの間にかピクシス家の家庭教師に決まってしまっていたのだから無理もない。

「すまん、すまん。ピクシス家に取り入りたいものでつい・・・。」

「ついじゃないですよー。」

少佐は笑いながらそう言ったが納得出来るものではない、為政がそう伝えると少佐はきっぱりと

断言した。

「納得しがたいのは無理ないがこれは命令だ。拒否は認められんぞ。」

「・・・了解しました。」

しぶしぶ為政は家庭教師を承諾したのであった。

「まあ、そう嫌がるな。傭兵と家庭教師の給料二重取りだぞ。」

「・・・いつ行くことになったんです?」

話がかみ合わないので為政は前向きに考えることにして少佐に今後の予定を尋ねた。

「平日だ。具体的な細かい日程はグスタフさんと話し合って決めてくれ。

そうそう、家庭教師の日は平日でもちゃんと仕事していたことにしておいてやるからな。」

「・・・どうも。」

「頼むぞ。騎士団に戻る絶好のチャンスなんだからな。」

少佐は張り切っていたものの、為政にはそう上手くいくとは思えなかった。

 

 

 それから数日後の9月15日。

為政はマリーゴールド地区内にあるピクシス家の屋敷を目指して歩いていた。

マリーゴールド地区は貴族や高級騎士の住宅が多数存在している高級住宅街であり、傭兵と

いう身分の為政にはまったく縁の無い場所であった。

そんな街並みが遠くに見えてきたころ、突然為政は呼び止められた。

誰かと思い振り返るとそれはハンナであった。

「こんにちわ、ユキマサ!」

「おう、こんにちわ。ところでどうしたんだ、当然呼び止めて。」

「へへー、ちょっと用事があってね。」

「用事?」

「うん。ユキマサさあ、キャロ姉覚えてる?」

「ああ、この間会ったばかりだしな。」

忘れようにも忘れがたいキャラクターを思い出しながら為政は言った。

「そのキャロ姉がさあ、お城のメイドに転職する事になったんだ。」

「ほほー、そいつは凄いな。」

為政は素直に感心してしまった。

お城に仕えるというのは並大抵のことでは出来ないからである。

「というわけで転職記念パーティーを開くことになったんだ。」

「何時からだ?」

「夕方の6時から。ユキマサ、出られる?」

為政は今日一日の予定を頭の中で考えながら肯いた。

「ああ、その時間なら多分出られる。」

それを聞いたハンナは大きく頷いた。

「それじゃあ、パーティー参加してよ。一人でも多い方が楽しいからね。」

「分かった、行くよ。」

為政はパーティー会場の場所を聞くとハンナと別れ、再び歩き始めた。

 

 それから数分後。

為政はピクシス家の屋敷前に立っていた。

屋敷はさすがにピクシス家の名に相応しい立派なものであった。

しばらくボケーと見ていたものの気を取り直すと為政は立派な装飾の施されたドアノッカーを使っ

てノックした。
すると

「どちら様でしょうか?」

三十代半ば過ぎのメイドが現れ尋ねてきた。

「戸田ともうしますが。」

為政が名乗るとメイドは

「トダさまでしたか。失礼いたしました。お話は伺っております。どうぞ。」

と言い、為政を応接室へと案内した。

「粗茶ですが。」

為政が席に着くと実に良いタイミングでお茶が差し出された。

「これはどうも。」

為政がお茶を受け取ると頭を下げた。

「しばらくお待ち下さい。グスタフ様を呼んで参りますので。」

そう言うとメイドは応接室を出ていった。

 

 それから暫くして。

「良く来て下された、トダ殿。」

嬉しそうに笑いながら現れたグスタフは言った。

「ええ、まあ・・・。」

あまりにも歓迎されてしまい居心地が悪くなった為政は曖昧に笑った。

「それでは早速お嬢様の元へご案内しましょう。」

そう言うとグスタフは為政を屋敷の二階にある部屋へと案内した。

その部屋の前に立つとグスタフはドアをノックし、室内の人物へと声を掛けた。

「セーラ様、よろしいでしょうか?」

すると室内から可愛らしい少女の声が返ってきた。

「グスタフね、いいわよ。」

その声にグスタフはドアを開けると為政を引き連れ室内へと入っていった。

するとそこには眼鏡をかけた文学少女といったたたずまいの少女がいた。

腰まで髪の毛を伸ばしており、儚げな感じのする大人しそうな少女である。

「グスタフ、誰なの?」

少女は見知らぬ人間に警戒したのであろう、グスタフに尋ねた。

「お嬢様、こちらは新しい家庭教師の方でトダ殿ございます。」

「戸田為政といいます、よろしく。」

グスタフに促されて為政は丁寧に名乗った。

すると少女は安心したのであろう、ほっとした表情を浮かべた。

「トダさんとおっしゃるのでしたね。私はセーラ・ピクシスと申します。」

為政はセーラと二言三言会話したもののグスタフがそれを引き留めた。

「お嬢様、今日は顔見せだけですので。」

「そう・・・なの。それではトダさん、いいえ、先生とお呼びしますわね。

今度からよろしくお願いしますね。」

「ええ、こちらこそ。」

そのまま為政はグスタフと共にセーラの部屋を出た。

 

 セーラの部屋を出た為政とグスタフは再び応接室へと戻ってきた。

「それではよろしくお願いしますぞ、トダ殿。」

「ええ、お任せください。」

始めは乗り気でなかった為政だったが今やすっかりやる気十分であった。

始めリンダのような子を想像していていやだったのだがセーラが素直で可愛いかったからである。

「それは良かった。

では家庭教師をやっていただくにあたっての注意点を幾つか申し上げておきます。」

グスタフは続けた。

「まず第一の点といたしましてはセーラ様の病気についてでございます。」

「病気?・・・それほど病気のようには見えなかったが。」

グスタフの言葉に為政は不思議そうに言った。

実際、たしかに身体は丈夫そうではなかったが、特に病気には見えなかったのだ。

「・・・実はセーラ様は心房中隔欠損症という心臓病を患っておりまして。」

「心臓病か・・・。」

「ええ、ですから興奮させたり身体を動かすような事はやらないようお願いいたします。」

「分かった。」

グスタフの言葉を聞いた為政はその言葉をしっかりと刻み込んだ。

「それとご兄弟の話は差し控えていただきたいのです。」

「なぜです?」

為政は尋ねた。

こういった場合のセオリーとしては家族の話から入った方が良いと思っていたからだ。

「実はセーラ様にはカルノー様という兄君がおられたのですが・・・」

「死んだのですか?」

為政の言葉にグスタフは首を横に振った。

「いいえ、実は大旦那様との折り合いが悪く当家を出奔されてしまったのです。」

「わかりました。そう言うことでしたら。」

「あと一つ。」

「まだあるのですか?」

さすがに注意点ばかりでうんざりした為政は思わず問いただしてしまった。

「じつは大旦那様は大の外国人嫌いでして。この屋敷は分家のものなのでいらっしゃることはない

とは思うのですが。」

「もし居合わせたら隠れることにしよう。」

「そうしていただけると大変助かります。それでは今日はこれくらいで。」

「ええ、それでは失礼します。」

グスタフに別れを告げると為政はピクシス家の屋敷を後にした。

 

 ピクシス家の屋敷を後にした為政は約束した店へと向かった。

キャロルはレストラン『エル』で働いていたがパーティーの会場は違う店であった。

さすがに料金が高くてパーティーなど行えなかったのであろう。

「やあ、ユキマサ。間に合ったね。」

店内にはいると為政を誘ったハンナが声を掛けてきた。

「間に合って良かったよ。もう始まるのかな?」

「うん、そろそろ始まるみたい。さあ奥に入った入った。」

為政はハンナと一緒に店の奥へと入っていった。

するとそこにはスーを筆頭に三十人ほどであろうか、老若男女、多くの人たちがいた。

明るく陽気なキャロルにはやはり友人が多いのであろう。

とりあえず為政はハンナやスー、その他名前も知らない人間たちと会話し始めた。

 

 それから数分後。

キャロルが城のメイド服をきたまま現れた。

そして明るく朗らかな口調でスピーチした。

「この度、お城のメイドに転職することになったキャロル・バレッキーでーす!

給料がなんと1.5倍にも増えるんだよー。

そういうわけだからただ今から転職記念パーティーを開始するよ!

みんな、楽しんでいってね!!」

この言葉を合図にその場は楽しいパーティーとなったのであった。

 

 

あとがき

予告通りセーラ登場編です。

でもほとんど出番なし・・・、顔見せ程度ですね。

どっちかといえばグスタフの方が出番多かったからなー。

なおキャロルの転職はおまけです。

 

さて次回は第二十四章「王女の休日」です。

前にも似たようなタイトルがあったけど別のお話です。

いちおうイベントは異なっていますんで次回をお楽しみに。

 

平成12年11月24日 

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