第二十一章.明日




 

 

それは七月のある日のことであった。

傭兵隊隊長戸田為政が訓練を終え兵舎に戻ると管理人のウエブスターさんが待っていた。

「大尉さん、お手紙が届いていますよ。」

また果たし合いかと思い送り主の名前を確かめてみると故ヤング中佐未亡人のクレア・マジョラム

と書かれていた。

部屋に戻った為政はさっそくその手紙を開封すると読み始めた。

そしてその中にはこのように書かれていた。

『今月19日は私の夫ヤング・マジョラムが戦死して丸一年になります。

つきましては内々ではございますが一周忌を21日に取り計りたいと存じます。

そのため亡き夫ヤングを知る貴方様にも参加していただけると幸いです。

                             〜クレア・マジョラム』

 

 その手紙をわきから覗き込んで読んでいたピコは呟いた。

「もうあれから一年も経つんだ。月日が流れるのって本当あっという間だよね。」

「そうだな。」

為政はピコの言葉に肯いた。

実際、ここドルファンに来て様々な事を体験したがあっという間の一年のように思えてならなかった

からである。

「どうする、行くの?」

「行くさ、中佐には色々と世話になったからな。」

そう言うと為政は手紙を机の上に置いて立ち上がった。

「何処へ行くの?」

「飯だ。」

為政はピコにそう言うと夕食を摂るべく食堂へと向かった。

 

 「おう、ユキマサ。遅かったな。」

食堂に入るとグイズノーがいつものように声を掛けてきた。

「ちょっと待っててくれ。」

グイズノーにそう言うと為政はトレーを手にカウンターの前に行き、食べ物を盛って貰った。

ちなみに食事は士官.下士官.兵の差は無く、皆同じものを食べるのだ。

食べ物がたくさん載ったトレーを手に、士官用テーブルへとやって来た為政はグイズノーの隣に

腰掛けた。

「おう、待たせたな。」

そう言うと為政は口の中に食べ物を放り込み、むしゃむしゃと食べ始めた。

会話しながら食事するなど下品きわまりないが軍人にとって早飯・早糞は芸の内でもなんでも

ない、当たり前のことなのだ。

当然のことであるがグイズノーは気にも留めず、そのまま話し始めた。

「実は古株の連中と話し合ったんだが今度の日曜日に供養の酒盛りをしようって話になってな、

どう思う?」

「今度の日曜日か・・・」

「何か拙いことでもあるのか?」

為政の煮え切らない態度を不思議に思ったのかグイズノーが尋ねてきた。

「いや、実は・・・・」

という訳で為政はグイズノーにさっき届いたばかりの手紙について説明したのであった。

「成る程、ヤング中佐の一周忌か。そいつは仕方がないな。」

「勘違いしないでくれ。酒盛りが駄目って言っているわけじゃないんだ。俺が参加しづらい。」

「なるほど。なら夜からやる分には問題ないんじゃないか?」

「なるほど。」

為政はポンと手を打った。

たしかに昼間やる一周忌がそんなに遅くまでかかるはずもない。

「それなら構わないなんじゃないか。」

とグイズノーがお伺いをたててきたので為政は肯いた。

「分かった、問題ないだろう。俺も一周忌の後に参加するよ。」

「OK。そういうことなら準備しておくよ。ところでオレらも参加した方がいいのかな?」

日頃の調子は何処へ行ったのやら妙に神妙な面持ちでグイズノーは言った。

「いや、出なくても問題ないだろう。内々って書いてあったし招待状は俺一人に来たんだしな。

俺が代表で参加するさ。」

「そうか、分かったよ。じゃあその後に参加するということで。」

「おう。」

話が一段落着いたところで為政は勢い良く飯を口の中にかっこんだ。

 

 

 そして7月21日日曜日。

為政は礼服である第一種軍服を着ると共同墓地へと向かった。

為政が兵舎を出てしばらく歩いていると見覚えのある人物に出会した。

近衛兵団のメッセニ中佐である。

為政がすかさず敬礼するとメッセニ中佐の方も返礼し、声を掛けてきた。

「なんだ、東洋人ではないか。貴様そんな格好でどこへ行くつもりだ?」

そこで為政は素直に答えた。

「ヤング中佐の一周忌に参加するもので。」

為政がそう答えるとメッセニ中佐は露骨に嫌そうな表情を浮かべたもののすぐに元の軍人らしい

精悍な表情に戻った。

「貴様もか・・・、まあ良い。行くぞ。」

そこで為政はメッセニ中佐と連れだって共同墓地へと向かった。

 

 「中佐・・・」

「ん、何だ?」

一緒に共同墓地へ向かって歩き出してすぐに、為政は疑問に思ったことをメッセニ中佐にぶち

まけた。

「なぜ中佐がヤング中佐の一周忌にご参列なさるのですか?」

メッセニ中佐と故ヤング中佐の関係が一体なんだったのか全く分からなかったのだ。

ところがそれを聞いたメッセニ中佐は何でもないように穏やかに言った。

「何だ、そんなことか。ワシは数年前、ハンガリアで駐在武官をしていたことがあったのだ。

そこでヤングの奴とは出会ってな、人気を終えて帰国する際ドルファンに来ないかと誘った

のだよ。」

「そうでしたか。」

メッセニ中佐と故ヤング中佐の以外な関係に為政は驚いたものの為政は順調に足を進め、

まもなく共同墓地に到着したのであった。

 

 そこではすでに十人ほどの参列者がいた。

一目で軍関係であることが分かるような人間ばかりであった。

そんな人間の間に混じって、為政はメッセニ中佐と共に焼香したのであった。

 

 参列者全員の焼香が終わるとクレアさんがみんなの前で挨拶した。

「本日はお忙しい中、亡き夫ヤング・マジョラムの為にお集まりいただき誠にありがとうござい

ました。故人もさぞや喜んでいることでしょう。」

それを聞いたメッセニ中佐はクレアさんに対して言った。

「ヤング・マジョラム、彼は実に勇敢で優秀な軍人でありました。

また腐敗の進む騎士団内にあっては数少ない真の騎士と呼ぶに足る人材でした。」

「中佐・・・、かようなお言葉をいただき主人も草葉の陰で喜んでいることでしょう。

亡き夫に変わって御礼申し上げます。」

そういうとクレアさんは頭を深々とさげた。

「そ、そんな水臭いことを・・・。

それに私のことは中佐などと他人行儀な呼び方はせず、ミラカリオとお呼び下さい。」

だがクレアさんはメッセニ中佐の言葉を歯牙にもかけずに続けた。

「しかしその高潔さ故に夫は死にました。私一人を残して・・・」

その言葉にメッセニ中佐も為政もその他の参加者たちも口を開けなくなってしまった。

この場の状況で男たちばかりの参列者がどんな言葉を掛けれるというのだ。

男たちが苦悩している最中、クレアさんは参列者の様子を気にも留めることなく為政に話し始

めた。

「トダさん、貴方が立派で優秀な軍人を目指すのはとっても立派なこと・・・。

でもね、その陰で多くの血と涙が流れているということを忘れないでね。

血を流すのは男、でも涙を流すのは母であり妻であり恋人である女なのよ。」

(俺は立派な軍人なんか目指していないー!!)

クレアさんの関心がそんなことを考えていた為政に向けられている間にメッセニ中佐をはじめ

とする参列者はみんな逃げ出してしまった。

重苦しい雰囲気にいたたまれなくなって逃げ出したのだろうが一人取り残された為政にとっては

良い迷惑である。

スケープ・ゴートにされた為政はクレアさんの言葉にただ肯くだけであった。

 

 「あら?」

ようやくクレアさんはメッセニ中佐以下参列者がいなくなっていることに気付いた。

「どうしました?」

クレアさんの愚痴攻撃から解放された為政は安堵のため息をつき、そう声を掛けた。

「いえね、このマント、メッセニ中佐にお返ししようと思って持ってきたのだけれど・・・」

そう言うクレアさんの手には一枚のマントが抱きかかえられていた。

「中佐は帰さなくていいとおっしゃっていたのだけれどどうしましょう?」

そんなことを言われても欧州の習慣をそれほど知っている訳ではない為政には分かるはず

もない。

とりあえず為政はクレアさんに話を合わせることにした。

「そのマントは?」

するとクレアさんは昔を懐かしむかのように思い出しながら言った。

「このマントはね、主人がハンガリアの軍を辞めてドルファンの騎士団に入った時、メッセニ中佐

がハンガリア時代の武功を尊重して下さってね、ドルファンでも立派な戦功をたてろって下さった

物なのよ。この時の主人ったら・・・」

クレアさんは過去に浸りきって楽しそうに思い出を語った。

その様子を見た為政はクレアさんの反発を承知のうえで、それでも言わざるを得なかった。

「クレアさん、過去に縛られてはいけません。」

それを聞いたクレアさんは予想通り猛然と反発した。

「過去に縛られているですって!貴方は思いでを大切にしてはいけないとでも言うの!!

ヤングの事を忘れろとでも言うの!!!」

それに対して為政は穏やかな口調で諭すように言った。

「そうではありません。

過去だけを見ずに未来、明日を向いて進んでいって下さい、そういうことです。」

それを聞いたクレアさんは画然とした様子を見せた。

「・・・明日を向いてですって?・・・そう言えばあの人も同じようなことを言っていた・・・。

俺たち軍人は過去のしがらみに捕らわれ戦っている。

だからお前だけは明日を夢見ていてくれと・・・」

そこまで言ったところでクレアさんは目に涙を浮かべた。

「明日?・・・明日は何のためにあるの?」

そう言うとクレアさんは黙りこくってしまった。

 

 それから暫くして眼鏡をかけた人の良さそうな神父がやって来てクレアさんに声を掛けた。

「あのー、すいません。これから断ち火を行いますがいかがなさいますか?」

しかしクレアさんは黙りこくってしまったまま話そうとしない。

神父の言葉もすぐに終わってしまい、周囲は重苦しい雰囲気に包まれたまま。

その雰囲気に耐えかねて為政は現状を打開すべく神父にある疑問をぶっけた。

「断ち火とは一体何ですか?」

すると人の良さそうな神父は嫌な顔一つ見せず説明してくれた。

「断ち火というのはですね、死者との別れを明らかにするという儀式なんですよ。

遺品を焼くことによって故人との思い出を整理して残された者は向かっていくというね。

もっとも実際に遺品を焼かなければいけないというものでもないで焼かなくても・・・」

その時クレアさんはうつむいていた顔をあげた。

そして目に浮かべていた涙を袖で拭うときっぱり言った。

「断ち火を・・・します!!」

「よろしいですか?」

クレアさんの様子に不安に思ったのか神父は問いただした。

「ええ、お願いします。」

クレアさんの決意のこもった言葉に神父は納得したのであろう。

「それではこちらへ・・・」

そう言ってクレアさんを断ち火の儀式を行う場所へ案内した。

そして為政もその後をついていった。

 

 そこでは炎が赤々と燃え上がっていた。

すでに何人もの断ち火を行ったらしく炎の中には何やら色々な物が放り込まれている。

「ではこちらの炎の中へ・・・」

神父の言葉にクレアさんは腕に抱いていたマントを火中に投じた。

そのマントはあっという間に炎に包まれあっという間に灰へと姿を変えていった。

そのマントの様子をクレアさんは潤んだ瞳でただ見つめるだけであった。

 

 断ち火を終えると為政はクレアさんとともに共同墓地を後にした。

そのまま二人は黙ったまま歩き続けサンディア岬駅前を通り過ぎた。

そして兵舎へと続くシーエアー駅前をも通り過ぎた。

「あのー、トダさん。」

「何でしょうか?」

「帰らなくてもよろしいのでしょうか?」

クレアさんは為政にそう言った。

「ええ、今日は傭兵仲間たちとの集まりがあるんですよ。

イリハ会戦で死んだ連中の供養っていうことでね。」

それを聞いたクレアさんはうつむきながら言った。

「戦争で死んだのは主人だけじゃないんですよね・・・。」

「ええ、まあ・・・」

そのまま二人は再び黙り込んでしまった。

そうこうしているうちに為政の目的地である酒場のすぐ近くにまで来ていることに気付いた。

「ここで失礼します、クレアさん。」

「今日は本当にありがとうございました。」

そう言うとクレアさんは深々とお辞儀した。

「それでは。」

別れの挨拶を済ますと為政はクレアさんと別れ酒場へと向かおうとしたが有ることに気付き再び

クレアさんの方に向いた。

「あのう・・・」

「何でしょう?」

クレアさんは不思議そうな表情を浮かべて尋ねてきた。

そこで為政は続けた。

「・・・男が戦うのは大切な人、大事な人を守るためということもあるんです。

それだけは忘れないで下さい。」

そう言うと為政は今度こそ本当にクレアさんに背を向け歩き始めた。

その背にとぎれとぎれの、それでいてしっかりとした意志のある言葉が届いた。

「トダさん・・・、私・・・明日を・・・自分のため、いいえヤングのためにも捜してみるわ・・・。」

 

 ようやく為政が酒場に着いた時、そこはすでにどんちゃん騒ぎが始まっていた。

貸し切りにされた酒場で100人ほどの傭兵が酒を浴びるように飲んでいる。

「おう、待たせたな。」

為政は比較的静かに飲んでいる将校席に着いた。

「遅かったじゃないか、隊長さんよ。」

グラスを傾けながらグストン准尉はそう言った。

「まあな。それにしても派手だな、この騒ぎっぷりは。」

「まだまだじゃよ、これからが盛り上がるんじゃからのう。」

ギュンター爺さんがそう言えばグイズノーも

「そうそう。ほれ、音頭を頼むぜ。」

そう言って為政になみなみと酒が注がれたグラスを手渡した。

黙ってグラスを受け取った為政は

「ATTENTION!!!」

と叫んだ。

すると訓練によって徹底的に体にたたき込まれていた傭兵たちは一斉におしゃべりと酒を飲む

のを止めてしまった。

「よし、全員グラスを酒で満たせ!」

その号令一つで傭兵たちはグラスに酒をなみなみと注いだ。

「それだは乾杯だ!戦場で散った勇敢な男たちに!!」

酒場にいた傭兵たちは全員が一斉に酒を飲み干した。

そしてそのまま傭兵たちは意識を失うまで酒を浴びるように飲み続けたのであった。

 

 

 数日後。

為政の元に一通の手紙が届いた。

その手紙はクレアさんから届いたものであり『酒場で働き始めました。』、その一文だけが記され

ているだけであった。

 

 

あとがき

クレアさん、再登場編です。

約一年にわたって出番がなかったからなー。

やっと出してあげることが出来たわけ。

でもこれ以降は吹っ切れているので様々な場面に出せますからね。

制約が無くなれば出番も増えると思います。

 

次回は第二十二章.「SUMMER VACTION」です。

ここしばらく固い話ばかりでしたからね、次回は女の子が久しぶりに出番です。

それではおたのしみに。

 

平成12年11月22日

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