第二十章.傭兵の日常

 



 

 夏空の下、傭兵隊の管理責任者ハンス・マデューカス少佐は一人の女性と訓練所目指して歩

いていた。

その傭兵隊の訓練所はフェンネル地区のはずれ、レッドゲートのすぐ側にある。

訓練所周辺は広々とした空き地が広がっており人気が全くしない。

訓練には適しているものの人通りが少なく、寂しい場所なのだ。

一本向こうの通りは人通りも多くにぎやかなのであるが。

 

 「少佐、このような所に訓練所は置かれているのですか?」

周囲の草が覆い茂っている様子を見て女性は不思議そうな顔をしながら言った。

「ええ。ここから後少しの所ですよ。」

にこやかな表情を浮かべながらマデューカス少佐は答えた。

「そうですか。」

女性はそう言うと黙り込んでしまったので、マデューカス少佐もそれ以上発言することなく足を

進めた。

相変わらず道はデコボコ、草はボウボウ。

何が起こっても不思議ではない場所ではあった。

 

 「すいません、少佐。」

後少しで訓練所という所まで来たところで女性は再び口を開いた。

「何でしょうか?」

マデューカス少佐はそう聞き返した。

すると女性は不愉快そうな顔をして言った。

「あの下品な声は何でしょうか?」

その声はここから後少しの所にある訓練所から響いていた声であった。

それだけならば活気あふれる行為と見なせるかも知れないが、その言葉の意味が問題だらけ

であったのである。

 

『この◯◯◯め!!貴様、やる気あんのか!!!』

『なんだ、そのざまは!!根性なし!!◯◯◯◯!!!』

『貴様ら◯◯ついてんのか!!!』

 

 日頃聞き慣れていた言葉のため、マデューカス少佐は気にも留めていなかったが初めての

女性には刺激が強すぎる言葉であろう。

「・・・すいません、下品で。あれは一応訓練の一環なものですから。」

そう少佐が謝ると女性は一瞬イヤそうな表情をうかべたもののすぐに元の表情に戻った。

「仕方がありませんね、訓練なんですもの。郷に入っては郷に従えといいますし。」

「そう言って下さるとありがたいですね。」

そのまま二人は訓練所施設内へと入っていった。

 

 「それにしてもずいぶん不便なところにあるのですね。」

お茶を飲みながらマデューカス少佐の目の前にいる女性はそう言った。

女性の視線は執務室の窓から見える景色に向けられている。

そこには遠くの方に住宅街が見えるものの一面に草原が広がっていた。

「不便ですか、言われてみればそうですな。」

至極最もな意見に少佐は肯いた。

否定したところで状況に何ら変化はないのだから。

「ええ。

なぜこのような首都城塞の外れに勇猛果敢で知られる傭兵隊の訓練施設があるのです?」

傭兵隊の妙に高い評価にマデューカス少佐は戸惑ってしまった。

ここドルファンではごく一部の人間を除いて、上は貴族や騎士たちから下は一般市民に至るまで

傭兵隊のことを「役立たず」だの「給料泥棒」だの「犯罪者集団」呼ばわりしていたからである。

それでも案内役としては答えないわけにはいかない。

「それはですね。えーと、そうそう、いざ有事の際にいち早く出陣出来るようにレッドゲート側に設置

されたからなんですよ。」

少佐の出任せに女性は感心したような声をあげた。

「さすが名高い傭兵隊のことはありますね。期待されている証ですよ。」

「ええ、そうなんです。」

口ではそう言ったものの少佐は心の中ではまったく逆なことを考えていた。

(傭兵隊は目障りで邪魔だから騎士団の目の届きにくいこんな首都城塞外れに設置されたなんて

言えないよな。)

その時ドアがノックされた。

「戸田為政であります。」

「おう、入れ。」

待ちわびていた人物の到来にマデューカス少佐はすかさずそう答えた。

 

 「失礼します。」

為政が執務室にはいると室内にマデューカス少佐ともう一人、見知らぬ女性がいることに気付

いた。

(一体この女性は何者なんだ?)

女性はこの辺りでは見かけない民族衣装を着ており、その顔立ちは為政と同じく東洋系であった。

「大尉、今日もだいぶ気合いが入っているようだな。」

マデューカス少佐は少しばかり顔をしかめながら言った。

「それはもちろんです。」

「うむ・・・、まあいいだろう。大尉、紹介しよう。こちらは・・・」

ロゼッタと申します、よろしく。」

そう言うとロゼッタという女性は手をさしのべてきた。

「戸田為政ともうします。」

為政は握手しながら名乗った。

「こちらのロゼッタさんは東洋から来た方でな。某国の大使なのだよ。」

手を離したところで少佐は為政にロゼッタさんの故国を教えてくれた。

その国は為政も知っていた。

ドルファンに来る途中、二週間ばかり逗留していたからである。

「そうでしたか。」

為政が肯くと少佐は続けた。

「ロゼッタさんは傭兵隊に非常に興味があるそうだ。しっかり案内してくれよ。」

「了解しました。ところでロゼッタさん、どんなことに興味がおありで?」

少佐の命令を承諾した為政はさっそくロゼッタさんの希望を尋ねた。

すると

「何でも構いません。とにかく見せていただけるのでしたら何でも。」

と言ったので為政はリクエスト通り傭兵隊のことについて案内することにした。

 

 まず為政が案内したのはグラウンドであった。

そこでは真新しい鎧で身を包んだ傭兵たちが掛け声をあげながらよろよろと走っている所で

あった。

「彼らは?」

ロゼッタさんはなんとも頼りない連中の姿に不安を覚えたのか為政に尋ねてきた。

「あいつらですか?あいつらはつい最近補充されたばかりの新兵どもです。

ダナン攻防戦で戦死した連中の補充兼増員として入ってきたばかりなんです。

ですから今ではまだ役立たずでしてね、盾代わりにしかなりません。」

「盾代わり、ですか。」

ロゼッタさんは顔を曇らせながら言った。

為政の言葉を不謹慎とでも思ったのであろう。

「ええ、でも後三・四ヶ月も訓練すれば立派な傭兵になりますがね。」

「そうなんですか。」

「ええ、それでは次を案内しましょう。」

そう言うと為政は次の所へと案内した。

 

 次に二人がやって来たのは屋内にある闘技場であった。

そこではベテラン傭兵たちが格闘技の訓練を行っているところであった。

「凄いですね。」

目の前で繰り広げられる見事な技にロゼッタさんは感嘆の声をあげた。

「大尉、貴方もお強いですか?」

ロゼッタさんがそう尋ねてきたので為政は素直に答えた。

「ええ、まあ上位五人以内には入っていると思いますが。」

「すごいですね。ところで格闘技はやはり有効ですか?」

その言葉を為政は速やかに否定した。

「格闘技が有効かですって?そうですね、格闘技単体では使い物にはなりませんな。

様々な武器と組み合わせればまあ補助的役割ははたせますが。」

「そうなんですか!?」

「ええ、そうです。街の衛兵かなんかなら役立つと思いますけどね。

我々傭兵には関係ないことですし。

なんと言っても素手より剣、剣より槍、槍より弓矢、弓矢より鉄砲っていうな具合でしてね。

敵は自分から少しでも離れている地点で倒すのが良いもんですから。」

「はあ、そうなんですか。」

納得はしていないようであったがロゼッタさんはそう答えた。

「納得できませんか。」

為政が尋ねるとロゼッタさんは肯いた。

「ではなぜ訓練するのです?」

「あれはレクリエーションみたいなものでしてね。傭兵間でのスキンシップをはかるためにね。」

為政の言葉にロゼッタさんはようやく納得してくれたので次の所へと案内することにした。

 

 その後も為政はいくつもの訓練の様子を案内して回った。

大教室にて新兵たちに施される座学。

科学室にて行われていた工兵隊の火薬の取り扱いに関する勉強。

いくつもの小教室にて行われていた士官や下士官対象の座学。

再びグラウンドで行われていた新兵たちの槍術の訓練などなど。

為政がすべてを案内しきったのは訓練終了間際であった。

 

 「大尉、今日はどうもありがとうございました。」

マデューカス少佐の隣に立ったロゼッタさんは為政にぺこりとお辞儀した。

「お気になさらないでください。」

為政がそう言うと少佐も笑いながら言った。

「そうですとも。こいつはこのために雇われているんですから。」

「少佐ーー」

為政が恨めしそうな顔をすると少佐はまた笑った。

「すまんすまん、冗談だ。」

そんな二人の様子をロゼッタさんはじっと見ていたが少しだけ微笑んだ。

「あの・・・、それでは私はこの辺で・・・」

退出の意志を伝えるとマデューカス少佐は慌てて言った。

「おっと、お待ち下さい。お送りしますよ。大尉、戸締まり頼むぞ。」

「了解しました。」

為政はすかさず命令を承諾した。

「それでは参りましょか、ロゼッタさん。」

少佐の言葉にロゼッタさんは肯き、そして為政に言った。

「大尉、それでは失礼します。今日は大変興味深い一日でした。」

そう言い残すとロゼッタさんは少佐と共に訓練所を後にしたのであった。

 

 

あとがき

ゲストキャラであるロゼッタの登場編です。

以後の出番はまったくありませんが。

 

さてこのキャラのことをどれだけの方が知っているんでしょうかね。

「みつめてナイト」では使われなかったボツキャラなんですね。

とりあえずゲームの説明書の一番後ろのキャラ対比表の右から五番目にでていますから。

 

はじめ書いていたときは影も形の無かったんですがふと思いつきまして。

よしやってみるかと出してみたところまあまあだったので採用させていただきました。

なお性格や設定は私が勝手にでっち上げさせて貰いました。

なんせ名前と絵しか資料がないので。

なあお東洋系としたのは絵の彼女が来ていたのが和服っぽいデザインだったからです。

名前がロゼッタなので主人公と同郷は無理っぽかったのでだいたい朝鮮や中国あたりの出身と

いうことにしてあります。

 

さて次回は第二十一章.「明日」です。

それでは次回もよろしく。

 

平成12年11月21日

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