第十九章.氷炎の煌めき

 


 

 それはダナン攻防戦よりおよそ三週間後の6月2日のことであった。

 

 その日、傭兵隊隊長戸田為政はベッドの上で久しぶりにのんびりできる休日を堪能していた。

ここ暫くの間、なにかとやらなければならないことがあったのだ。。

すなわち戦争後の後始末と言うわけである。

ダナン攻防戦に参加した傭兵隊は大した損害は被ってはいなかった。

しかし一人の戦死者を出さなかったわけではない。

そのため戦死者の遺族への手紙を書くといった気の重い事から始まって、給料の送金や遺品の

送付といった常日頃やりなれていない雑事を行っており、つい先日ようやく完了したばかりであっ

たのだ。

 

 暖かくなった六月の日差しを浴びながら為政はウトウトとしていた。

その時突然為政の耳元で大きな声がした。

「起きろー!!!」

驚いた為政は飛び起きると側に置いてあった刀を手にとった。

「へへー、驚いた?」

声の主を見た為政は安堵の息を洩らすと刀を元の場所に戻しながら言った。

「脅かすなよ、ピコ。」

「昼間から寝ているもんだからつい・・・」

その時突然ドアがノックされた。

何事かと思いドアを開けるとそこには兵舎の管理人ウェブスターさんがいた。

その手には一通の手紙を持っている。

「大尉さん、お手紙ですよ。」

そう言って為政の手紙を渡すとドシドシと足音をたてながらウェブスターさんは管理人室へと戻って

行った。

「何なの、その手紙?」

「まだわからん。読んでいないからな。」

そう言うと為政は小柄をペーパーナイフ代わりに使って開封すると手紙に目を通した。

 

 「ピコ、出かけてくる。」

為政は手紙を読み終えると立ち上がり、そう言った。

「ふーん、どこへ何をしに?」

事情を知らないピコはのんびりした口調でそう尋ねてきた。

「果たし合いをしに神殿跡へな。」

「果たし合い!?」

為政の言葉を聞いたピコは呆気にとられた。まあ無理もないが。

「ああ。」

為政は今しがた届いたばかりの手紙をピコに見せた。

素早くその手紙に目を通したピコは呆然としたように言った。

「本当だ・・・。でもイタズラじゃあ・・・」

「もしイタズラでなかったら相手に悪いからな。と言うわけで留守番頼む。」

そう言うと為政は再び刀を手にした。

「えー、大丈夫なの?」

ピコは心配して尋ねてきたが為政は素っ気なく言った。

「知らん。それでは行って来る。」

そのまま自室を出た為政は訓練所へと向かった。

刀剣の類は一人一人が個人で保管しているが鎧や槍・弓矢といった物は全て訓練所で管理され

ているのだ。

道中、顔見知りには一人も出会わなかった為政は訓練所につくと倉庫に収容されていた鎧を引

っぱり出して素早く身につけた。

音を立てないように布に縫いつけられた鎖帷子、その上から胴鎧・肩甲・腰足摺、両手には籠手

および肘当て、両足には臑当てと膝当てを。

腰には打刀・小太刀・鎧通しを、そして野太刀は肩に背負った。

 

 これら武器・防具一式を身につけた為政は兜を脇に抱えて神殿跡へと向かった。

とはいえ完全武装のまま神殿跡まで歩いていけばばてばてになってしまうのは目に見えている。

そこで為政はフェンネル駅からレリックス駅まで馬車で向かうことにした。

 

 「カミツレ地区にはさ、数年前までは結構多くの動物が住んでいたんだ。」

馬を御しながらジーンは為政に言った。

為政が乗った馬車の御者がたまたまジーンだったのだ。

そのおかげと言うべきか完全武装の為政の姿を咎めることもなく乗せてくれたのだ。

「ふーん、ということは今はいないのか?」

ジーンの言葉から為政は思ったことを口にした。

するとジーンは憎々しげに言った。

「ああ・・・、オレの爺の弟子がよ・・・。」

「おじいさんの弟子?」

「そうさ、科学の開祖なんて言われていたらしいけどよ。

ふん、科学者なんざぁ単なる自然の破壊者さ。」

「・・・・・。」

ジーンの言葉に為政は黙り込むしかなかった。

家庭の事情に踏み込むのは重大なマナー違反なのだから。

そんな為政の様子に気付くことなくジーンは続けた。

「その爺の弟子がよぉ、カミツレ地区の森の中に住み着いてからというもの、草木は荒れ果てて

動物たちはろくにいなくなちまいやがった。」

「・・・カミツレ地区の科学者か。話になら聞いたことがあるな。」

ダナン攻防戦の折り、工兵隊のロバート准尉から聞いた言葉を思い出しながら為政は言った。

「どう思う?そいつのこと。」

ジーンは尋ねてきたが生憎と為政にはそいつを批評するだけの情報を持ち合わせてはいなかっ

たので首を横に振った。

「オレが聞いたのはカミツレ地区に次々と発明する科学者がいるっていう話だけだ。」

「そうか・・・。おっと着いたぜ。」

ジーンはそう言うと手綱を引き、馬車を止めた。

そこで為政は金を払い、馬車から降りると兜を被った。

その姿を馬車の上から眺めていたジーンは言った。

「そんな格好で何をするのかは知らないが気をつけろよな。」

そして馬に鞭を一つ入れるとその場を走り去った。

 

 神殿跡―レリックス駅近辺にあるトルキア歴以前の遺跡の一つである。

その見事な構造から建築史にも名を残しているという名作である。

その神殿跡前、そこが果たし合いの場として選ばれたのであった。

 

 「ようやく来たな。」

為政が神殿跡前に着くと真紅の鎧を身につけた女性が現れ、そう言った。

年は20代半ば過ぎから30才ぐらいであろうか、ちょっときつめの美人といった感じである。

「私はヴァルファバラハリアン八騎将の一人ルシア・ライナノール。

同胞ネクセラリアおよびボランキオ両名の仇を討つべく軍団を飛び出し今こうして貴様の前に立っ

ている。・・・もはや私には帰るべき場所はどこにもない。

ただ願うは仲間たちの無念を晴らすのみ・・・。」

そう言うとライナノールは腰の二本の剣を抜くと構えた。

「いざ尋常に勝負!」

 

 為政はライナノールに応じて野太刀を引き抜くと鞘を捨てた。

野太刀の長すぎる鞘は邪魔で仕方がないのだ。

為政は野太刀を上段に構えると気合いと共に一閃した。

ライナノールは為政の一撃を左の剣で受け止めると右の剣で斬りつけてきた。

その一撃を為政は籠手で受け止めると再び斬りつけた。

しかしライナノールはその一撃を十字に構えた二本の剣で食い止めた。

「やるな。」

為政がそうもらすとライナノールは誇らしげに叫んだ。

「我が技に死角はない。貴様ごときに負けはせん!!」

 

 その言葉通りライナノールの技は非常に優れていた。

為政の攻撃はその全てが受け流され、もしくは受け止められてしまい何度も反撃を被っていた。

しかし為政はライナノールには負ける気がしなかった。

たしかにライナノールの技は豪語するだけあってすごかった。

しかしその技に反して、繰り出される一撃にはまったく威力がなかった。

雑魚が相手ならばその技をもって急所を攻撃し、倒すことが出来たであろう。

しかしネクセラリア・ボランキオの二人を倒した為政を相手にするには実力不足であった。

いくら為政に攻撃を仕掛けてもライナノールの一撃は鎧に阻まれ致命傷にはなり得なかったの

である。

当然のことではあるがそのことはライナノール本人が一番承知していたであろう。

端から見れば有利なのはライナノールであろうが、そのライナノールの攻撃は為政を倒すには

至らないのだ。

逆に女性であるが故に男性である為政よりも体力が劣るため、時間が経てば経つほど確実に

不利になったいくのだ。

長引けば長引くほど為政の有利へとなっていくのである。

「とりゃあああ!!」

強烈な気合いと共にライナノールは強烈な一撃を放った。

今までにない力のこもった攻撃であり、この一撃で戦いを決しようとしたのであろう。

しかし為政にはその攻撃は通用しなかった。

「なんの!!」

為政はそう叫ぶと野太刀を下から斬り上げた。

その為政の一撃はライナノールの振り下ろした剣を粉々に砕くとそのままがら空きになっていた

ライナノールの腹部を鎧ごと貫いた。

 

 「グハッ・・・」

ライナノールは腹部を野太刀に貫かれるとそのまま血を吐き大地に崩れた。

為政は大地に横たわるライナノールの腹部に突き刺さった野太刀をねじりながら引き抜いた。

すると地面におびただしい量の血があふれ出した。

「ぐぅっ・・・き、貴様の勝ち・・・だ・・。こ、殺せ・・・」

その言葉を聞いた為政は手にした野太刀を無造作に振り下ろした。

 

 こうしてヴァルファバラハリアン八騎将の一人、ルシア・ライナノールはその戦いに満ちた人生に

終止符を打った。

 

 

 数日後。

為政は神殿前にある真新しい土盛りの前に立っていた。

墓石一つないこの土盛りの下には氷炎のライナノールの亡骸が埋まっているのだ。

「悲しい目をした人だったんだろうね・・・」

留守番のために何も見ていなかったピコはそう呟いた。

戦っているときは決してそうは思わなかった。しかし

「ああ、そうだな・・・。」

為政はそう答えるとそのまま黙り込んでしまった。

爽やかな夏の風が辺りを吹き抜けていった。

その時、不意に背後に人の気配を感じた為政は振り返った。

するとそこには花束を手にしたライズが立っていた。

「こんにちわ、久しぶりね。」

「ライズか・・・、久しぶり。」

久しぶりに出会った二人は挨拶を交わした。

「・・・ヴァルファバラハリアン八騎将の一人と戦い、勝ったんですってね。」

「ああ・・・」

為政は気が乗らないように肯いた。

「・・・、気にすることなんかないわ。勝者には生と名誉、敗者には死。それが戦いの常ですもの。

敗者には明日なんてないのよ。」

そう言うとライズは土盛りの前にしゃがみこみ、花を供えた。

しばらくそのままの姿勢であったライズではあったがやがてすくっと立ち上がると言った。

「この戦争、どちらが勝つのかしらね。」

「・・・さあね、負けるつもりはないが。」

「そう、それもそうよね。それじゃあ・・・」

ライズはそう言うと為政の前を立ち去った。

 

 「為政、行こう。」

ピコはじれったそうにそう言った。

たしかにいつまでも立ち止まっているわけにはいかない。

後悔は死ぬ時にだけすればいいのだ。

「そうだな、今日の訓練が待っている。」

為政はピコとともにその場を立ち去った。

 

 後にはただ、土盛りが残されているだけであった。

 

 

あとがき

ルシアさんとの果たし合い編です。

その一言 で全てが現せてしまうんですね。

もうちょっとひねりを加えた方が良かったかな?

 

次回は第二十章.「傭兵の日常」です。

あるキャラがゲスト出演?します。

お楽しみに。

 

 

平成12年11月20日

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