第12話「潜入、再び」

 

 

 

 ある晴れた昼下がり、一台の荷馬車がゴトゴトと小道を進んでいた。

荷台には夫婦であろうか?一組の30歳前後の男女が乗っている。

馬車には何やら細々とした物が積み込まれているのを見ると行商人かもしれない。

やがてその行く手には巨大な城壁が現れた。

ドルファン首都城塞である。

しかし彼ら二人は気にする様子もなく馬車の手綱を操る。

さらに進むこと十数分後、彼らの行く手をプレートメイルで身を包んだ男たち……騎士団の面々が塞いだ。

ここドルファン首都城塞に入るには絶対に通らなければならない門……レッドゲートの守備兵だ。

であるからして職務に忠実かはさて置き、この現場の責任者とおぼしき騎士が彼らに誰何した。

「待て!! お前らどこから来た!?

すると馬車に乗っていた男の方は馬車から降りると騎士の元へと歩み寄り、身分証明書を手渡しながら答えた。

「これはこれは殿様、実は私どもはファルマ(首都城塞から馬車で二日ほどの距離にある町)から来た行商人でございます」

「……行商人か。名前は何という?」

「はい、私はアーベル。あっちの女は私の妻でしてミッシェルと言います」

「アーベルにミッシェルか、間違いないな。しかし悪いが簡単には入れられんぞ。

最近は首都城塞も物騒だからな、武器の持ち込みは厳禁でな、ボディチェックをさせてもらうぞ」

「そ、そんな殿様。そんな物騒なところに丸腰で行けと?」

「なに。城塞内にも衛兵はいる、商売をするような市場ならば安心さ」

「そうでしたか。それを聞いて安心しました」

ほっとしたような顔を浮かべる男。

その顔を見た隊長はニンマリ笑うと言った。

「そういうことなので腰の小剣をよこせ。帰りには返すからな」

「わかりました、殿様」

男は頷くと腰の小剣を隊長に手渡した。

するとその小剣を受け取った隊長は剣を鞘から抜きはなった。

「……ずいぶん安物だな」

がっかりしたように言う隊長。

すると男は言った。

「私のような武術の心得のない男が良い剣を持っていても宝物の持ち腐れという物でございます。

それよりも殿様のようなお方に売る方が剣の為にも私の商売にもなります」

男の言葉に隊長は笑った。

「わっははは〜!! これは一本取られたな。たしかにお前の言うとおりだ。

お前は本当に面白い奴だな」

「よくお客様にもそう言われます」

「お前に免じてよし入って良いぞ、と言いたいんだがこっちも仕事なんでな。

最後になるがボディチェックと荷馬車をあらためさせて貰うぞ」

「そ、そんな殿様!! 荷物が壊されてしまったら私共の商売があがったりになってしまいます!!!」

男の言葉を隊長は豪快に笑い飛ばした。

「壊したりはせんよ。ただ荷物をあらためるだけだからな。

おい!! そこの女……ミッシェルだったか、馬車から降りろ」

「はい……」

隊長の言葉に素直に従うミッシェルという女。

逆らえば一体何をされるのやら……怖いので素直に従ったのであろう。

「よし、あらためろ!!」

「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」

隊長の命令で一斉に荷馬車・男・女を調べ始める騎士・従士たち。

しかし捜索はいい加減なものであった。

アーベルという男と馬車の捜索を早々に打ち切るとミッシェルの胸や尻を撫でくり回している。

「あっ……お戯れはや、止めてください……」

ミッシェルという必死で抗弁するが騎士たちはの言葉を無視し、そのまま続ける。

がやがて飽きたのであろう、一人二人と離れていき、ようやくと捜索は終わったようだ。

「よし、何も武器は持っていないのは確認した。入って良いぞ」

「は、はい」

アーベルという男とミッシェルという女は解放されるや否や馬車に乗り込むとレッドゲートをくぐり抜け、首都城塞内へと入っていった。

 

 

 

 「それにしても本当に騎士団の連中腐りきっていたな」

アーベルと名乗った男の言葉にミッシェルという女は頷いた。

「同感ね。あいつらボディチェックと言って私の体をべたべたと触っただけ。

たしかに今は何も武器は持っていないけれど何か持っていたらどうするつもりだったのかしら?

そうは思わない、グィズノー?」

すると偽の書類を作り、アーベルという偽名を使って首都城塞内に入り込んだグィズノーは頷いた。

「同感だな、ライズ。しかしお前さん、しれっとした顔だがあんな奴らに体をベタベタ触られても平気なのか?」

するとグィズノーと同じくミッシェルという偽名を使っているライズは頷いた。

「…父には小さい頃から訓練受けてきたから……ってそう言えばここで父はユキマサに斬られたのよね」

「そういえばそうだったな」

昔は傭兵隊のあった訓練所へと行くことが出来る十字路を通り抜けながらグィズノーは頷き、そして尋ねた。

「ライズ、何でうちにお前さんは入ったんだ? ユキマサは親父の仇なんだろう」

「そうね。確かに仇って襲ったこともあったっけ。でもあっさり返り討ちにあってね。

しかも私も殺さずに見逃して……。そんあ状況でユキマサを襲い続けるのなんて道化みたいでしょ」

「まあ確かにそうだが」

「それにその後私にも第jな人が出来たし……。まあもう死んでしまったけど」

自嘲気味た表情を浮かべたライズにグィズノーは言った。

「…再婚したらどうだ? ほらお前さんの娘の…メイファって言ったけ?

やはり親子一緒に暮らした方が良いと思うぞ、独身の俺が言うのもなんだけど」

その言葉に対してライズは頸を横に振った。

「今更それは無理よ。

私みたいに家族のぬくもりを知らない人間が育てるよりもユキマサやプリシラに育てて貰った方がよほどあの子にとって幸せだと思うわ」

「そんなものかね?」

「ええ、そうよ。私、自分の人生は後悔してはいないけど娘に同じ道を進んで貰いたいとは思わない」

「まあ確かにスパイなんてまっとうな人間のやる事じゃないか」

グィズノーのその言葉にライズはくすっと笑った。

「あら、貴方もスパイの大元じゃないの。それなのにこんな任務に自ら出張ってきて」

「今俺らが掴まったらうちの情報関係はズタズタになるな」

「それなら貴方はスィーズランドに残れば良かったんじゃないかしら?」

「冗談言うなよ、これが一番面白いんじゃないか。そうだろう?」

「……そうかもね。だからこの仕事を辞められないのかもしれない」

「だろう。それじゃあお仕事に取りかかるとするか」

「ええ、そうね」

そして馬車は市場へと進んでいった。

 

 

 

 「毎度あり!!」

二人が開いた市場での行商は好調だった。

なんせ行商は本職ではない、はっきり言って採算などどうでも良いのだ。

あまり安すぎると怪しまれるので採算割れしていないが市価よりはかなり安い。

だから客はひっきりなしに訪れるのだ。

その時、パッとしない容貌の中年男がやってきた。

そして二人に声をかけた。

「すまないがスィーズランド産38年物のロゼはないかね?」

「すまないがうちでは酒は……」

グイズノーは断ろうと言いかけた、しかしその言葉をライズは遮った。

「すいません、うちではスィーズランド産38年物のロゼは扱っていないんですよ。

38年物にぴったりのチーズならばありますが」

「……チーズか。何年寝かしているかね?」

「5年物のブルーチーズです。極上ですよ」

「いくらかね? これくらいの一品だとこれぐらいかな?」

男は指を何本か立てる。

するとライズは頷いた。

「いや〜、ワインは残念だが良いチーズを見つけることが出来て良かったよ」

「毎度ありがとうございます」

紙にくるんだチーズを手渡すライズ。

すると男は紙幣をライズに手渡すと店を後にした。

 

 

 

 「さっきの男は何だったんだ?」

店じまいをしながらグィズノーがライズに尋ねるとライズは小声で言った。

「あれはスリーパーよ。10年前のあの時より前からここに住み着いているね」

「……大した物だな。うちでもあちこちに潜り込ませてはいるがとてもとてもそこまで浸透しているやつはいないぞ」

するとライズは笑った。

「残念ながらあれは私がやった訳じゃないわ。爺やの指示で潜り込んだ者だから」

「爺や?」

「ええ。貴方には幽鬼のミールビスといった方がわかりやすいかもしれないわね」

「あの爺さんか……」

戦場で相まみえ、それなりに苦戦した相手の名前にグィズノーはちょっとだけ口元をゆがませた、がすぐにいつもの笑顔に戻った。

「それじゃあ宿を見つけて……それから各々やることをこなしますか」

「そうね」

そして二人は市場を後にした。

 

 

 

 「一緒の部屋になっちまったが良かったのか?」

宿屋のベッドの上に寝転がりながらグィズノーは言った。

するとライズは頷いた。

「夫婦を名乗っているのに違う部屋なんて不自然でしょ」

「それはそうだけどな。あんたみたいな魅力的な女性と同室……理性が保てるかね?」

ライズをからかうように言うグィズノー、しかしライズの返答はそのグィズノーをビックリさせた。

「別に抱きたいなら構わないわよ。その方が怪しまれにくいしね」

「……本気で言っているのか?」

「ええ、本気だけど。どうする?」

「……止めておく。商売女には困らないし愛もないのに素人衆なぞ抱けるか」

「ずいぶんお堅い考えなのね」

「俺の美学だ。なんか文句あるか?」

「別に何も。それより準備は出来たのかしら?」

「いや、まだだ」

これから夜のスパイ活動のための準備をしているグィズノーは頸を横に振った。

「そう、口に気を取られていないで手でも動かしたらどう?私はもう準備整っているのだけれど」

今やライズは完全に黒づくめな恰好だった。

とはいえ特に珍しい恰好というわけではない。

黒っぽい色を使ったごく普通の女性が着るような服を着ているだけである。

これならば夜発見されても誤魔化すことも容易だ。

いかにも暗殺者やらスパイと思われるような恰好をするのはバカのやることである。

そのため武器も大した物は持っていない。

刃渡り二三センチの何処にでも隠せそうなナイフを一本隠し持っているだけである。

ちなみに準備中のグィズノーも似たような恰好である。

「わかったよ、さっさと準備すればいいんだろう」

そして手を早めるグィズノー、するとすぐに着替え終わった。

「ところでライズ、お前は何処へ行くんだ?俺は提督につなぎを取るんだが」

するとライズは懐から一通の手紙を取りだした。

「私は郵便配達よ」

「郵便配達? それくらい部下に任せたらどうだ?」

その言葉にライズは首を横に振った。

「生憎と今回は部下にはちょっと荷が重すぎるから。なんせ届け先が国王だし」

「……城に潜入するつもりか!?」

「ええ、そうよ」

ライズはあっさり頷いた。

「正気か!? いくら腕に自信があるからって無茶だぞ!!」

「平気よ。昔父からドルファン城の秘密通路は聞いているし、その後出来たのもプリシラに聞いているから」

「城の衛兵だってそれくらい知っているだろう?」

「通路の先は王家の私室に繋がっているもの。衛兵ごときが立ち入れるものではないわ」

「それはそうだが……」

「万が一見つかったって逃げ切れるわよ。ドルファンのバカ騎士共に私が捕まえられるものですか」

「そう言われると納得せざるを得ないな。しかし本当に注意しろよ」

「言われなくてもそうするわよ。それよりも行きましょう」

「ああ、そうだな」

ライズとグィズノーの二人は闇の中へと消えていった。

 

 

 

 「……プリシラに聞いた通り入ってきたせいだと思うけど……本当、警戒が薄い城ね」

あっさりドルファン城に潜入したライズは呟いた。

まさかここまで無警戒だとは思っていなかったのだ。

しかしこれは好都合である。

本当のスパイというのは派手な活躍をしたりはしないのだから。

というわけでライズは一路国王の部屋へと向かった。

時折姿を見せる侍女たちに見つからないようライズは慎重に進む。

やがて国王の部屋の前へとライズはたどり着いた。

しかしその部屋の前には四人の騎士がガッチリと警備している。

さすがにここは厳重に警備しているようだ。

 

(仕方がない、外から行きましょう)

ライズは窓から外へと抜け出る。

さすがに国王の部屋と言うこともあり構造的にはかなり進入が難しい。

しかしそれは所詮騎士やら何やら戦場で戦う相手に出来ているだけ。

潜入のプロであるライズにはまあ多少は難しいものの不可能なことではない。

音を立てないようにスポンジ底の靴を石造りの壁のわずかな隙間をとっかかりにして進む。

やがて国王の部屋のバルコニーへとたどり着いた。

すかさず中の気配を伺うライズ。

すると窓とカーテン越しの部屋の中には一人の気配しか存在しない。

(国王かしらね? まあ入ればわかるでしょう)

すかさず小型のナイフを取り出し窓の隙間に差し込んで窓を締め切っているかんぬきを外す。

カタン

かすかな音が鳴ったもののとりとめて大きな音ではない。

そのまま音も立てずにライズは部屋の中へと滑り込んだ。

すると国王は部屋に置かれた巨大な机の上で何やら書類にサインを書き込んでいる。

昔……十年前に見た姿から比べるとずいぶんと老けている。

今は亡き父親も生きていればこんな姿だろうか? と思いつつもそのまま国王の背後に近づくとそのまま左腕で国王の口を塞いだ。

「うぅっ!」

しかしその声は出ない、ただ曇ったような不明瞭な音を出すだけだ。

「……声を出すな」

コクコクと頷く国王、そこでライズは国王の口元を抑えている手を外すと言った。

「お久しぶりね、叔父上」

その言葉に国王は目をむいて驚いた、がすぐに振り返るとライズに言った。

「一体何のようだ? 私を殺しに来たのかね」

しかしライズは頸を横に振った。

「違うわよ、いまさら敵討ちなんて後ろ向きなことはしないわ。

ただユキマサとプリシラからの手紙を届けに来ただけ」

「何!? すると今の君は……」

「ご推察通り。今はイクサオンの一員よ」

そしてライズは懐から為政とプリシラに託された手紙を取り出すと国王に手渡した。

「読んだら焼却処分してちょうだい。確認したら帰らせて貰うわ」

「わかった、そうしよう」

そう言って手紙の封を開けると国王は手紙を読み始める。

そこでライズはいつでも身を隠せるよう警戒しながらそれが読み終えるのを待った。

 

 

 「そうか、とうとう始まるのか」

手紙を読み終えた国王は感慨深げに頷くとライズに向かい合った。

そして受け取ったばかりの手紙をライズに手渡した。

「もう良いかしら?」

「ああ、もう内容は頭の中に叩き込んだ。問題ない」

その言葉を聞いたライズは手紙を細かく刻むと赤々と燃えている暖炉の火中に投じた。

あっというまに紙は燃え、灰へと姿を変える。

「何もそこまでしなくても……」

思いっきり念を入れたライズの言葉に国王はそう漏らした。

そこでライズは国王に言った。

「ただ燃やしただけですと灰からでも手紙の文字を追うことは可能ですので」

「そうなのか? 初めて聞いたよ」

「こんなのは一般常識だと思っていたのだけれど……。それより何か質問はないかしら?」

だが国王は頸を横に振った。

「そう」

バルコニーへと出ようとするライズ。

その背中に国王が声をかけた。

「すまない、一つだけ聞きたいことがある」

「何かしら?」

「……兄のことだ。やはり私のことを恨んでいたか? それと君は?」

「……父のことならYesね。だからこそあんなこと始めたんだから。

……私の事に関して言えばもうドルファン王家なんてどうでもいいもの。気にしてなんかないわ」

「そうか……」

黙り込む国王。そこでライズはあっさりと言った。

「用件はそれだけ? それなら私はまだすることがあるからこれで失礼させて貰うわ」

そして来た時同様、音を立てずに外へ出るとライズはそのまま闇の中へと消えた。

 

 

 

 「あら、先に戻っていたのね」

ライズが宿屋に戻るとそこにはもうグィズノーが戻っていた。

そして帰ってきたライズを出迎える。

「よう、お城への潜入ご苦労さん。大変だったろう?」

しかしライズは頸を横に振った。

「生憎と楽勝だったわ。これならいっそ十年前に国王暗殺をしておけば良かったわね」

「十年前のあんたには出来なかったさ。違うか?」

「……そうかもね。あのころの私は技術ならあったかもしれないけれど心まではこもっていなかったし」

「十年という人生経験は無駄にはならないのさ。これはあんたより数年経験が豊富な人生の経験者からのアドバイスだがね」

「そう」

くすっと笑うライズ、そして言った。

「明日からの任務もあるし、早いところ休みましょう。侵攻まで時間がないし」

「そうだな。早いところ片づけるとするか」

 

 

 その後数日間、ドルファン首都城塞内での諜報活動を行った二人は無事スィーズランドへと情報を持ち帰ったのであった。

 

 

 傭兵軍団イクサオンによる侵攻開始まで後わずかである。

 

 

あとがき

やっとライズのそれなりの諜報活動シーンがかけました。

これでも結構はっしょったんですけどね。

まともにこのネタ描いたら倍は分量があっただろうな。

 

 

2002.04.16

 

 

感想のメールはこちらから


第11話へ  第13話へ  「Condottiere2」TOPへ戻る  読み物部屋へ戻る