第13話「前哨」

 

 

 

 カッポ カッポ カッポ

 

 軽やかな足取りで馬が道を行く。

その馬上には見事な細工の施されたプレートメイルを装備した貴族が、にこやかな顔でまたがっていた。

周囲にはその騎士の家来であろうか? 3名の騎士、そして十人ほどの歩兵が随伴中であった。

 

 「相変わらずここいらは平和なのもだな」

田舎の風景に思わず呟く貴族、すると側近はうなずいた。

「まったくです。最近は田舎でも夜盗がはびこっているそうですがこの辺りは関係ないようで」

「ああ。今や首都城塞をはじめドルファン中、治安が悪いからな」

思わずため息をつく貴族。

かつては治安も良く、戦争が比較的多かった南欧内では過ごしやすい国だったドルファン。

だが十数年前に勃発したプロキアとの戦争…そのために募集した外国人傭兵の国内への流入に伴う治安悪化。

そしてその治安悪化を何とか立て直そうとした外国人排斥法…その結果経済の深刻な不況による更なる治安の悪化。

今では首都城塞を初めとしてほとんど全ての地域が犯罪が多発するようになってしまっていたのだ。

十数年前の古き良き時代を知っている貴族は正直言って悲しかった。

だが…

「後少しで我が屋敷だな」

見覚えのある光景に貴族は顔をほころばせた。

するとそのすぐ脇を随伴中の側近はうなずいた。

「はい、お館さま。ここまでくればあと一息でございます」

「半年ぶりか…首都城塞勤めも悪くはないがやはり故郷が一番だ」

しみじみと言う貴族に側近はうなずいた。

「そうですな。まあ奥方様もアンソニー様お持ちでしょうし」

「ああ、そうだな」

妻と子供のことを思い浮かべながらうなずく貴族。

半年前は生まれたばかりだった我が子…今はどれくらい大きくなっているのだろうか?

そんなことを考えながら手綱を取る幸せいっぱいの貴族。

だがその幸せな気分にいつまでも浸っていることは出来なかった。

 

 

 「お、お館さま!!」

いきなりの側近の声に貴族ははっと顔を上げた。

「一体何事だ!?」

「あ、あれを!!」

そう言ってここから若干離れた丘の方を指さす側近。

そこで貴族はその丘に目をやり…そして驚いた。

「なんだ、あの黒煙は!?」

「わ、わかりません。それよりあの方角は…」

そんなことは言われなくても分かっていた。

あの方角には自分の屋敷ししかないはず…自分でも顔から血の気が引いているのが分かる。

が惚けている場合ではない。

「急げ!! 何かが起こっているぞ!!!」

そして彼らは一斉に駆けだしたのであった。

 

 

 

 「や、屋敷が燃えている…」

丘を越えたところで貴族は呆然としたように呟いた。

彼の愛する妻と子供が居るはずの屋敷…そしてその周囲にある彼の領民の住む家々…これらから猛烈な炎が吹き出し、空高く黒煙を立ち上らせていたのだ。

そしてまだ燃えていない家々にさらに火をつけようとする連中までいる。

「おのれ、許さんぞ!! 夜盗どもを生かして帰すな!!!」

「「「「「おうー!!」」」」

貴族の指示に一団は燃えさかる屋敷・家々に向かって突撃する。

だが…彼らの行為が報われることはなかった。

 

 ドガガガァァァァンン!!

 

 「ぐわぁ!!」

馬上の貴族は雷で打たれたような衝撃を体に受けた。そしてそのまま全力疾走の馬上から振り落とされる。

「お館さま!!」

側近が馬を駆け下り彼に近寄ろうとする。だが…その行為が果たされることはなかった。

 

 ドガガガァァァァンン!!

 

 第二撃…これで彼らはその正体を察した。

敵は銃を撃ってきたのだ。

だがこの状況下に置いてその正体を知ることが出来ても何の意味もなかった。

なぜならば突撃中だった彼らを完全にとらえて発砲された銃は彼らの命を完璧なまでに奪ったからなのであった。

 

 

 

 

 

 

 「馬鹿な連中だ」

馬上でその様子を見ていた傭兵軍団イクサオンの騎兵大隊大隊長のロイド・ベッカーは呟いた。

圧倒的に戦力差があるにも関わらず頭に血が上ったようにしゃにむに突っ込んでくるとは…。

兵力・火力に差があるとはいえ自分にならばそれなりにやりようがあり、それなりに敵を翻弄することは可能だったからである。

とはいえ無能な敵は味方にとってはありがたい存在だ。

すぐに目の前で全滅した集団への関心をなくすとベッカーは目の前の光景に視線をやった。

すでに屋敷には完全に火が回っている。

この中では多くの人間…女子供もその業火に焼かれていることであろう。

だが彼は気にもとめなかった。

すでに彼ら挺身隊がドルファン内にて攪乱作戦を開始してから数日あまり。

その間に同様の手口で何カ所もの貴族の屋敷や村を襲っているのだ。

今更一人や十人や百人の死者が増えたところで何のことがあろう。

それよりも彼にはやらなければならないことはいくらでもあったのだから。

 

 

 「どうだ? 奴らの抵抗は終わったか?」

ベッカーは現場で中隊を率いている部下に状況を尋ねる。

すると部下はうなずいた。

「はい。すでに敵の抵抗は完全に沈黙、全滅したものとおもわれます」

「女子供一人残らずか?」

「はい。こっちは降伏勧告までしているのに…アホな連中です」

「まったくだ。それよりも偵察部隊を出す。準備させろ」

副官に次の命令を下す。

「いくつ部隊を回しますか?」

その言葉にベッカーはきっぱり言い切った。

「ここは敵地のど真ん中だからな、二人一組で10班を直ちに送り込め」

「わかりました」

 

 ただちに偵察部隊が編成、今焼き討ちしたばかりの屋敷を中心に四方八方に散っていく。

その光景を見送ったベッカーはほっと一息ついた。

これだけの数の偵察部隊を送り込めば敵に奇襲される心配はほとんどあり得まい。

かならず接近する敵を余裕を持って発見できるはずだ。

あとはこちらが有利ならば先制攻撃をかけて敵を殲滅、不利ならばトンズラこいて味方に合流すればいいだけの話だ。

ベッカーがそう考えていると副官が彼のそばにやってきた。

「どうした?」

「我々はどうしますか?」

すでに夕刻、太陽も沈みかけている。

それにドルファンに侵攻、こうやって敵地内における攪乱作戦もすでに十日目…部下達も疲れているはずだ。

「…もうすぐ日も沈むからな、今日はここで野営を取る」

「はい、わかりました」

こうしてこの日はこの場で野営を取ることになったのであった。

 

 

 

 そして翌朝……ベッカーは副官の注進によって目が覚めた。

「起きてください!!」

「うん…なんだ?」

寝ぼけ眼をこすりながら起きあがるベッカー、すると副官は叫んだ。

「偵察隊からの報告です! 敵部隊が現在こちらに向かって接近中!!」

「とうとう食らいついて来たか!? それで敵の数はどれくらいだ?」

「偵察隊からの報告によればダナン駐留の第二軍第二大隊から第六大隊、約5000人だそうです」

「第二軍のほとんどを総動員とは…」

思わずベッカーは呻いた。

ドルファンがそれなりの兵力を動員してくるのは予想していた。

しかしまさか最前線にほど近い第二軍がこれほどの戦力を動員して彼ら挺身隊をつぶしにかかってくるとは

考えてもいなかったのだ。

だから彼はすぐに叫んだ。

「グズグスしていると包囲されていまう!! 直ちに撤収だ!!」

「撤収ですか? 敵と一戦も交えずに?」

どうやらこの若い副官はこのままあっさり逃げるのが気に入らないらしい。

傭兵としては失格だなと思いつつもベッカーはうなずいた。

「軍団長からの命令だからな、不利な状況と判断したら即座に撤収しろとな」

「…わかりました」

渋々承諾する副官。さすがに軍団長命令とあらば反抗するつもりはないらしい。

「それでは食料・装具はどうします!? とても持ち帰るようなゆとりはないのですが」

「焼き払え」

「はぁ?」

「焼き払えと言っている。わざわざ敵に塩をくれてやる必要はないだろう」

「わかりました」

「こっちは100人ちょい…敵に捕まったらえらいことになるからな。

とにかく敵につかまらないよう30分後にはここを引き上げられるようにしろ」

「はっ!」

こうしてベッカー挺身隊は撤収準備に取りかかった。

 

 

 

 そして三十分後。

持てるだけの食料・装具だけを手にしたベッカー支隊は撤収を開始した。

もちろん持ち切れなかった残りは全て火を放った上でのことだ。

 

 

 「敵の状況はどうなっている?」

撤収作業を指示していたベッカーは敵の状況が分からない。

そこで副官に尋ねると副官は真剣な表情でいった。

「我々を包囲するように散開しつつ追って来ています」

「…我々を逃がす気はさらさらないようだな」

「はい。馬を飛ばして一気に振り切りますか?」

だがベッカーは首を横に振った。

「いや、このまま敵についてきてもらう」

「…何か策でもおありなのですか?」

「ああ、そうだ。まあ食いつかれてどうしようもなくなったら騎馬隊の本領を発揮することにしよう。

それより大砲の方はどうだ? ちゃんとついてきているか?」

「はい、何とか」

敵のことより虎の子の大砲を心配するベッカー。

どうやら彼にとってこの事態はさほど心配するような代物ではなかったようであった。

 

 

 

 そして所変わってダナン駐留のドルファン騎士団による追撃部隊。

その指揮官ヴィルジニア伯爵はとことん不機嫌だった。

「おい、まだ夜盗どもは捉えられんのか!?」

「もうしわけありません、あと一息なのですが……」

部下が弁明するとヴィルジニアは怒った。

「出来もせんくせに弁解するな!! 男は黙って実行しろ!!!」

そして手にした鞭を部下に振り下ろす。

「ぐわぁ!!」

部下はその衝撃で馬から落馬するがヴィルジニア伯爵は全く気にもしなかった。

不機嫌そうに呟く。

「まったくどこの馬の骨とも知らぬ連中に誇り高きドルファンを犯されるとは…。

ワシは絶対にゆるさんぞ!! 捕らえたら全員拷問した上で火あぶり・八つ裂きにしてくれる!!!」」

品性の欠片も感じさせないこの言葉はこの男の本性をまことに表していた。

典型的な暴君タイプ、上にへつらい下に当たる。まさに腐った貴族の代表格といったところだろうか。

元々このヴィルジニア伯爵、元々彼はドルファンのそれなりの貴族の人間であった。

もちろん旧家ほどの地位にいたわけではない。

それ故に彼はあらゆる手段をもちてその地位を高める努力をした。

その結果が今のダナン駐留軍副司令官、そして今回の討伐軍の最高指揮官という地位だったのである。

金で買った地位で功績を挙げ、より出世し、投資した資金の回収を行う…。

今回の任務は彼にとって決して失敗できない、だが失敗など絶対にあり得ないと思っているそんな任務なのであった。

 

 

 

 夜になっても敵の追跡は続いていた。

そのせいでベッカー挺身隊の面々は松明を手に夜道を急ぐはめになってしまった。

もっともそれは敵も同じこと、おかげで敵の兵数に配陣がよく分かる。

おかげで部下は夜通し書けているにもかかわらず文句一つ言おうとしない。

まあ誰だって自分の命がかかっているなら文句を言う前に手足をうごかすのだろうが。

 

 「いつまでこのようなことを? このままではじり貧です」

この状況にいらだったのだろうか、部下の一人がベッカーにそう言ってきた。

確かに今のように食事もとれず、休憩もとれず、睡眠もとれない状況では兵達の士気にも関わってくる。

だから部下が不安がるのもベッカーには分かる。

だが彼には安心できる材料があった。

「このまま本隊と合流する。そうすればあんな連中に大きな顔などさせんよ」

「間に合うんでしょうか?」

「『間に合うんでしょうか?』じゃない。間に合わせるんだ」

「そ、そうですね!!」

ベッカーの言葉を心に刻みつけるかのように大声を上げる副官。

そんな彼の姿に笑みを浮かべつつ、だが安心するのはまだ早い。いくらでも心配事はあった。

「おい、道間違えていないだろうな?」

道を間違えてしまえば味方とは合流できない。

慣れない道、まして夜道なのだからその不安は大きい。

副官にベッカーは尋ねる。すると副官はうなずいた。

「大丈夫です。情報部の手引きもありますから」

「なら安心か」

かくしてベッカー支隊の撤収は順調に進んでいった。

 

 

 

あとがき

すっごく久しぶりの「Condottiere2」です。

長かったな…何が5月か6月に完結する、だったんだろう?

まあ今回はかなり悩みまして書いたら消して訂正、書いたらまた消して訂正を繰り返しましたからね。

そのせいで主人公全く出てこない話になってしまったのはご愛敬と言うことで。

なお次回から本格的な戦闘が始まります。

 

 

2002.08.03

 

 

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