第11話「閑話休題?」

 

 

 

 

 男は孤独だった。

木枯らしに吹かれただ一人港にたたずむその姿は。

 

港には沢山の船員達があふれかえっている。

しかし誰一人として場違いなはずの男に気を止めるものはいない。

それが男を余計孤独に感じさせた。

 

 

 

 「はぁ〜」

待ち合わせ場所である港の一角にある時計台の前で一人たたずんでいた為政はため息をついた。

時計台の大きな時計の針はすでに三十分近く前に待ち合わせの時間を迎えていることを示している。

にもかかわらずまだ来ないのだ。

「……久しぶりのデート♪って喜んでいたくせに何であいつは遅れるんだ」

今はこの場にない妻プリシラにぶつくさ文句を言う為政。

しかし決して正面切って文句を言えないのがミソだったが(苦笑)。

 

 

 それからさらに三十分が経過した。

 

 

 「遅い、あいつはいつまで俺を待たせる気だ」

多分急な仕事の関係で遅くなっているのであろう。

そのことは為政にも十分わかっていたがそれとこれとは別である。

思わず家に帰りたくなる。

しかし家路につくことは出来なかった。

なぜならば帰ればきっとというか間違いなく激怒することは間違いなかったからである。

それこそ比喩でなく家を追い出され、冬だというのに外で夜を過ごすこと確実だったからだ。

であるからして為政は寒さに耐えながらプリシラがやって来るのを待たねばならなかったのであった。

 

 

 「あのう、すいません」

「はい?」

突然の呼びかけに何事かと声のした方向に視線をやる為政。

するとそこには30代前半ぐらいであろうか、妙齢の女性が立っていた。

「え〜、何かお困りごとでも?」

すると女性は頸を横に振った。

「いいえ……。あのう、すいませんがもしかするとトダさんではありませんか?」

女性は為政のことを知っているらしい。

しかし為政にその女性に見覚えはなかった。

肩ぐらいまで伸ばしたゆるやかなウェーブかかった髪。きちっとしたスーツにコート。

すくなくともここ数年間ではまるで見覚えのない顔のはずだった。

「そうですがどちらさまですか?」

為政がそう答えると女性は一瞬悲しそうな表情を浮かべた。

しかしすぐに気を取り直すと左手を胸に当てながら名乗った。

「テディー・アデレードです。ドルファンで看護婦をしていた……」

「ああっ、テディーさんか!?」

為政は驚いた。

三ヶ月ほど前のことではあったがメッセニ予備役少将から西洋(アメリカ)に留学に行ったという話をきていたからだ。

そのことを為政が尋ねるとテディーは笑った。

「良く知っていますね。そうです、西洋に留学していまして、ちょうど帰ってきた所なんです。まだドルファンじゃありませんけどね」

「なんでここスィーズランドに?」

「……外国人排斥法の影響なんですよ。

西洋に行くときはドルファンから直通便があったんですけどドルファンに直接帰る便がなくて。

ここスィーズランドから陸路で帰ろうと思っているんです」

「成る程」

頷く為政。しかしはたと気が付き慌ててテディーを止めた。

「今ドルファンに戻るのはやめておいた方がいいぞ!」

「何でですか?」

「いや、何ですかって今のドルファンの状況を知らないのか?」

「外国人排斥法が施行中なのは出るときもそうでしたから知っていますけど」

「…そうじゃなくて今ドルファン外国人排斥法のせいで雇用が悪化してその結果治安が無茶苦茶悪いんだ」

「そうだったんですか。全然知りませんでした」

「というわけでドルファンに戻るのは今は止めていた方が良い。危険だ」

「そう言う状況なら確かに帰国するのは止めておいた方が良いみたいですね。

でもどうしましょう?お金もう無いんですけど……」

「無いって全く?」

「ドルファンまでの馬車代ぐらいならあります。でもここで暮らすほどはとても……」

すっかり困り果てた様子のテディー。

そこで為政は提案した。

「ならうちで働かないか?医者だったら今は一人でも欲しい状況なんだが」

「何をやっていらっしゃるんですか?」

「前と同じ傭兵隊」

為政の言葉にテディーは首を横に振った。

「お気持ちはうれしいんですけど軍隊ではたらくのはちょっと……」

いかにもテディーらしい言葉だった。

昔とちっとも変わらないことに為政は嬉しくなった。

「そうか、まあ仕方がないな。何か職を捜してあげよう。何、医者なら幾らでも引き手があるさ」

「すいません、トダさん」

「何、友人の困りごとを見過ごす訳にはいかないからな」

「……何が見過ごす事が出来ないのかしら」

突然は以後からかけられた絶対零度よりも冷たい言葉に思わず背筋が凍る為政。

そして恐る恐る振り返ると笑顔だが目だけは笑っていないプリシラの姿があった。

「や、やあプリシラ……遅かったな……」

震える声で何とか返事をする為政。

しかしプリシラの目は相変わらず笑っていなかった。

「ちょっと急な取引が入ったから遅くなってね。

貴方を待たせちゃ悪いから急いできたんだけどゆっくりしていた方が良かったかしら?」

「い、いえ。そんなことは決してございません」

しゃちこばって答える為政。少しでも被害を少なくしようとする魂胆だ。

しかしそうは単純にはいかなかった。

「トダさん、どなたですか?」

かなり緊迫した雰囲気のはずなのだがあっさり言うテディー。

ますますプリシラから発せられる邪悪な黒い気配が強くなる。

しかしテディーは全く動じる気配はない。

もしかすると素人にはこの気配は察知できないのかもしれない……。

しかしテディーに害は無くとも為政にはめいいっぱいある。

そこで為政はテディーにプリシラのことを紹介しようとした。

「ん、え〜っとこいつは……」

「私、トダの家内でございます」

バカ丁寧に恭しくお辞儀するプリシラ……ってアンタ何人だ(笑)。

しかしテディーは気にする様子も見せずにやはりお辞儀した。

「これはこれは丁寧にありがとうございます。

私テディー・アドレードといいましてトダさんには以前お世話になった者です」

「あら、以前というとどれくらい前かしら?」

(うぅ〜、胃が痛い、マジで痛い……)

女同士の対決(プリシラが一方的に邪推しているだけ)の状況に胃がシクシク痛む為政。

しかしそんな為政のことはほっといて二人の会話は続いた。

「え〜っと十年ちょっと前ですね。私、ドルファンの出身のものですから」

「あら、ドルファン?私もドルファン出身だったけれどどこにお住まいだったのかしら?」

「首都城塞の中だったんですよ。私そこで看護婦をやっていましたので」

「あら、看護婦さん?でもじゃあ何でスィーズランドにいらしたんです?」

「私医者になるために西洋へ留学していたんです。

スィーズランドへ寄ったのはドルファンへの直行便がなかったからなんですよ」

「それは大変でしたね……ってすぐにドルファンにお戻りに?」

するとテディーは苦笑した。

「私はそのつもりだったんですけれどトダさん曰くドルファンに戻るのは危険だから今すぐには止めた方が良いと」

「そうね、たしかにその通りだわ。暫く様子を見た方が良いわよ」

「はい。でもお金が足りそうになくて……。それでトダさんがお仕事を紹介してくださるということで」

テディーの言葉にプリシラはにっこり笑った。

「それならあの人よりも私の方が顔が広いからいい仕事見つけてあげる。

やっぱりお医者さんが良いのかしら?」

「はい。せっかくの力、病気で困っている人に使いたいですから」

「偉い!良く言ったわ。とびっきりの仕事見つけてきてあげる♪」

「ありがとうございます」

「ところで今は何処にお住まい?仕事を見つけたら連絡差し上げたいのだけれど」

「私ですか?今はテラーホテルという所に泊まる予定ですけど」

「じゃあそこに連絡させるわね」

「はい、ありがとうございます」

「どういたしまして」

そしてテディーは荷物を持ってホテルへと歩いていった。

 

 「あのテディーさん、いい人ね♪」

「そうだろう、そうだろう!!」

さっきまでの怒りは何処へ行ったのやらプリシラはご満悦状態だ。

どうやらテディーの人柄が恐ろしく良いことを理解してくれたのであろう。

(これなら何とかなるかな?)

時分のみに降りかかるであろう最悪の事態が回避できそうになってきたのでほっとする為政。

しかしそれは甘かった。

「ところで貴方、私とのデートの前に女性と楽しそうにしているなんてどういう魂胆かしら」

そう言いながら拳をぎゅっと握りしめるプリシラ。

「ま、待て!! 話せば分かる!!!」

「問答無用!!」

その瞬間為政の目に飛び込んできたのは完璧なスピードとパワーの乗ったプリシラの拳であった。

 

 

 

 「それにしても酷い目にあった……」

喫茶店でお茶をすすりながら呟く為政にプリシラは済ました顔できっぱり言い切った。

「それで済んだことを感謝しなさい。今回は手加減してあげたんだから」

「……別に浮気したわけでもないのに……」

「本当に浮気していたらこんな程度では済まさなかったわよ」

ドスのきいたプリシラの声に思わずぞっとする為政。

やっぱり女性は強い(笑)。

というわけで為政は恥も外聞もなく土下座して謝った。

「ごめんなさい、もう絶対にしません!許してください!!」

とても部下達には見せられない恰好だ。

そのあまりの姿にプリシラは笑った。

「もう良いわよ、そこまで謝っているんだし許してあげる。だからそのみっともない恰好はやめなさい」

「ふぁ〜い」

というわけでようやくデートらしい事になった。

 

 

 「ところで例の件だけど今どうなっているの?」

ライムソーダーをストローでかき回しながら尋ねるプリシラ。

そこで為政は小声で答えた。

「一応、順調に進行中。最後の情報収集の結果如何でスタートだ。予定としては一ヶ月後ぐらいか」

「そう……。大丈夫そう?」

「やれることだけはやった。それよりプリシラに頼んだ一件はどうだ?」

「完璧。もうドルファンには余分は無いわよ。今回の一件が始まったとたんドルファンでは困るでしょうね」

「よし、後は現場での状況次第だな」

為政の言葉に不安そうな表情を浮かべるプリシラ。

「勝手に死んだりしたら許さないわよ」

「愛しい妻と子供を置いて死ぬわけにはいかないからな、そのつもりはない」

「もぅ、バカ……」

 

 二人の間に良い雰囲気が流れる。

やはり夫婦なんですね。

とうわけでこの後のデートは無事つつがなく過ぎていったのでした。

 

 

 

おまけの後日談

患者A:「先生、ワシはもう長くないんじゃ」

テディー:「何をいっているんですか。こんなに元気じゃないですか。はい、次の人」

患者B:「先生! 俺の胸がドキドキしているんです!」

テディー:「あら本当ね? でも心臓疾患じゃないみたいだし何かしら?」

患者C:「先生! 惚れました!! 結婚してください!!!」

テディー:「はいはい、病院内でおいたはいけませんよ」

 

 テディーが勤め始めた病院は商売繁盛したということです。

なぜか患者は男しか来なかったそうですが(笑)。

 

 

 

あとがき

戦争シーンを書きたくてこのSSは始めたのですがどうやら私はこういうほのぼのした話を書くのが好きなようです。

今回でそれをはっきり自覚しました。

でもこの先暫くというか全くこういう話を各余地無いよ……。

 

 

2002.04.07

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