第10話「オルドリン砲」

 

 

 

 「先生、この間はどうもすいませんでした」

ベッドの上で体を起こしてセーラはそう言った。

それに対して為政は頸を横に振った。

「いや、気にすることはない。急に訪ねたこっちの方が悪いんだからな」

「…そうですか? 」

「ああ、だから気にすることはないんだ」

「はい」

そしてセーラは昔のようにはかなげに、そして楽しそうに笑ったのであった。

 

 

すでに季節は冬まっさかり。

春まではあと物の数ヶ月と言うところである。

当然ドルファン侵攻計画もいよいよ佳境に入っていた。

そんな中なぜ為政はこのようにセーラを見舞いにきていたのか。

はっきり言えば今は忙しくてそんなゆとりなど何処にもないはずである。

すでに外交交渉?でもってごく一部を除きイクサオンによるドルファン侵攻の黙認と、その後の政権の承認

を得ていた。

そしてドルファン国内における切り崩しも順調であった。

反旧家に凝り固まったドルファン共和党・海軍・海兵隊、そして旧家によってないがしろにされている一部の

下級騎士・貴族たち、それに王政打破を唱える共和主義者たち
…。

そう言った面々が為政率いるイクサオンのドルファン侵攻に呼応して立つこととなっていたのだ。

すでに着々と戦争の準備は進められているのだ。

しかしこういった準備にやりすぎと言うことはない。

そこへ連絡があったのである、ピクシス家執事グスタフ・ベナンダンディから……。

そこで為政はセーラへの見舞いも兼ねてセーラが療養中のピクシス家別荘へと訪れたのであった。

 

 

 「ところで先生、ドルファンをお出になられてから何をしていたんですか? 」

暫くたわいのない話をしているとセーラは為政にそう聞いてきた。

ここ10年あまりの為政の話を聞きたいのであろう。

(そういえばこの子は昔から人の話を聞くのが好きだったな)

ドルファンでも一二を争う名家に名を連ね、まして病弱であったセーラ。

そんな彼女には何かを体験することは全く出来ず、それ故に人から話を聞くことは出来なかった。

それ故に人に話を聞き、それをあたかも自分が体験したように感じることで自らの好奇心を満たしていたのだ。

そのことをドルファンで一年半余り家庭教師という立場で接していた為政には痛いほど分かった。

そこで満面の笑みを浮かべて話し始めたのである。

この十年間に起こったつらくてきつい、それでいて何よりも楽しく輝いていた体験を……。

 




 

 「そうですか、ずいぶん色々なことがあったんですね」

為政の話を聞いたセーラは嬉しそうに頷いた。

自分の知らない世界の話をどうやらセーラは楽しんだようである。

頬は紅潮しておりセーラにしては珍しく興奮しているようだ。

そんなセーラの様子に為政はすっかり嬉しくなった。

誰だって自分お話で喜んでもらえるならばそうなるはずである。

「それならばもっと凄いとっておきの話をしてやるか? 」

「はい、お願いします先生!」

「ようし、それならばだな」

コン コン

為政が話始めようかというその時ドアがノックされた。

「誰? 」

「お嬢様、グスタフめにございます」

(人がセーラとせっかくセーラと楽しく話しているというのにタイミングが悪いぞグスタフ……)

為政は心の中でそう思ったがこれは一概にグスタフを責められない。

なぜならばここピクシス家の別荘に来てからずっと為政はセーラと話をしていたのだ。

これではいつ声をかけてもずっとタイミングが悪いはずだ。

為政がそう思っているうちにグスタフがセーラの部屋に入ってきた。

「お嬢様、そろそろお休みになられませんと……」

「もうそんな時間なの? 」

「はい、これ以上はお医者様にも止められていますので」

「……分かりました」

セーラは頷くと為政に向き合った。

「すいません先生、もう時間だそうです……」

「ああ、話は聞いていたからな。今日の続きはまたの機会と言うことにしよう」

するとセーラは嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます先生。今日はとても楽しかったです」

「そう言ってもらえるとこっちも話しがいがある。体に注意してな」

「はい、先生……」

そして為政はグスタフと共にセーラの部屋を出たのだった。

 

 

 

 「さて、今日は一体何の話だ? 」

グスタフの私室に入ったところで為政は尋ねた。

するとグスタフは軽く頷き、そして言った。

「どうです? 戦の準備は進んでいますかな? 」

「……外交交渉と切り崩し工作・食料の調達は十分すぎるぐらい進んでいる」

「つまり武器の方は今ひとつといった感じですかな」

「……知っていてそう言うのは意地が悪いな」

「これは失礼を」

かすかに笑うグスタフ、そして続けた。

「実はあるところからトダ殿にはありがたいと思われる話がありまして。

それで今の状況、まあ一応調べたので分かってはいますがトダ殿の口から直接聞きたかったのですよ」

「……成る程、それでは素直に話さざるを得ないな。実は今火薬が非常に不足している。

銃や野砲は定数を満たしているんだが火薬に関してはわずか三会戦分しかない」

「それはそれはさぞお困りで」

「その通り。だからもったいぶらないでその話を聞かせてくれ」

「わかりました、それではお話ししましょう」

 

 そしてグスタフは話し始めた。

 

 

 「実はある国から火薬と、そして新型の大砲を提供したいという話があったのですよ」

グスタフのその言葉に為政は思わず耳を疑った。

「一体何処の誰だ、そいつは!? 」

「とりあえず今は秘密裏にということでしたので名前は明かせません」

「……この状況でその話、あまりにもできすぎて納得いかんな。何か裏があるんじゃないのか? 」

するとグスタフは頷いた。

「その通り、ただ善意でこの話を持ち出したということではないですな。条件が一つありまして」

「どんな条件だ? 」

「新型の大砲の実戦投入とその評価が欲しいとのことで」

「成る程」

為政は頷いた。

「無償ならいざ知らず交換条件があるならそれなりにそれならば納得できる。

ところでその大砲は何門提供してくれるんだ? 1・2門だったら運用の邪魔になるだけだからいらんぞ」

「合計40門に5会戦分の砲弾を用意するそうです」

「40門もあればうちの軍団の砲すべての装備改変が可能だ。

恐ろしいまでに至れり尽くせりな話だな。これでは断れんぞ」

為政の言葉にグスタフはにやりと笑った。

「そう言われると思っていましたのでこちらに呼んであります」

「相変わらずこっちの動きを良く読んでいるな。敵に回したらと思うとぞっとする」

「今は味方ですので」

「それだけが救いだよ。それではその提供者に会わせてもらうかな」

「承知いたしました。

とはいえ今日いきなりというのは無理ですから先方に都合を伺ってと言うことでよろしいでしょうか? 」

「構わない。ただ出来るだけ早いほうが良いんだが」

「明日か明後日には必ず。お屋敷の方に案内させればよろしいですかな? 」

「構わない、早々に頼むぞ」

「はい」

 

 そして為政はピクシス家の別荘を後にした。

また見舞いに訪れる旨を伝えて……。

 

 

 

 そして翌日。

為政の元に一通の手紙が届いた。もちろん差出人はグスタフからだ。

それによれば今日の夕方に件の人物を連れ、屋敷に訪れるとある。

そこで為政は軍事物資調達を専門に扱う部下を呼び寄せることにした。

その方が話が通じ安いはずと考えたからであった。

 

 

 「こちらが話を持ち込んできたマナッド氏です」

グスタフがそう言うと40代後半くらいであろう、壮年の男は口を開いた。

「マナッド・ヘイム・クローヴィアスという。トダ殿の事は父から聞き及んでいるよ」

その家名に聞き覚えのあった為政は思わず聞き返してしまった。

「クローヴィアスってまさか爺さんの? 」

「息子になる。その節は父が色々とお世話になったな」

「爺さん、いやギュンター氏はご壮健で? 」

為政の言葉にマナッド氏はにやっと笑い頷いた。

「足腰こそ弱ったが今でも元気にしている。それよりも父のことは爺さんで構わんよ。

父もドルファンでの話をするときは自分の事を爺さんと言っていたからな」

「そう言ってもらえると非常に助かる。いつも爺さんと呼んでいたので」

「軍団長、本題に入らなくてよろしいのですか? 」

「同感だ。旧交を温めるのは話が終わってからにしてくれ」

為政とマナッド氏とつい脱線して話していると軍事物資調達を任されているマイヤー・ゲイルとマデューカス元少佐が口を挟んできた。

「そういわれば確かにそうだな。マナッドさん、よろしいですか? 」

「構わんよ」

 

 かくして本題を話し合うこととなった。

 

 「まずは私の立場を明かしておこう」

マナッド氏の言葉に為政・ゲイル・マデューカスの三人は頷いた。

そしてマナッド氏は語り出す。

「さっきも言ったが私の名前はマナッド・ヘイム・クローヴィアス、これでも爵位を持つ貴族だ。

親父は騎士団に所属していたのだが私は兵器工廠の人間でな。

今回提供したい大砲というのはここで開発されたオルドリン砲だ」

「「「オルドリン砲!? 」」」

聞き慣れない大砲の名前に思わず聞き返す三人。

するとマナッド氏は頷いた。

「そうだ。こいつは昨年に開発されたばかりの新型でな、まだ実戦経験はない。

そこで君らに提供し、こいつの実戦データを取って貰いたいというわけだ」

「どんな性能ですか? 」

三人の中では一番大砲に詳しいゲイルがそう尋ねるとマナッド氏は説明した。

「今回提供を予定しているのは110ポンド砲と68ポンド砲の二種類だ。

そして性能だが110ポンド砲は口径178mm、砲身長14.2口径、砲身重量4.1t、砲弾重量は約40Kg。

後装旋条式で砲弾には実体弾の他に榴弾・榴散弾・散弾等を使用する強力な新型砲だ。

そして68ポンド砲の方だがこれは口径206mm、砲身長14口径、砲身重量6.0t、

砲弾重量約30Kg。

110ポンド砲とは違い前装滑空式、実体弾がメインだが榴弾・榴散弾・散弾も使用できる。

まあ110ポンド砲の簡易生産型と言った感じだな」

「凄い性能ですね!!射程距離はどれくらいあるんです!? 」

「110ポンド砲が約4000m、68ポンド砲はこれより10%ほど低下したといったところか」

「うちで使っている野砲とはけたが違いますね!!」

非常に興奮しているゲイルと嬉しそうに解説するマナッド氏の二人。

すっかり為政とマデューカス元少佐は置いてきぼりだ(笑)。

「あの〜お二方、盛り上がっているところすまないんだがその性能はとりあえず今は重要ではないと思うんだが」

「す、すいません軍団長!!」

「そ、そうだな。確かに言われるとおりだ」

 

これで何とか話は元に戻った。

 

 

 「それでは今回はその110ポンド砲と68ポンド砲を提供してくださるということで? 」

「ああ、その通りだ」

頷くマナッド氏。

「110ポンド砲を12門、68ポンド砲を28門の合計24門、さらに弾薬を5会戦分。

これらを無償で提供させて貰うよ」

「それは助かるが交換条件は?」

一応グスタフから話は聞いているものの本人の口からやはり直接聞きたい、為政は尋ねた。

「グスタフさんから話は?」

「一応聞くには聞いたが直接話を聞きたい。もしかしたら違っていることがあるかもしれないからな」

「成る程、もっともな話だ。確かに契約はしっかりしておかないと後でこじれていかん。

それではオルドリン砲を提供する条件だけ伝えておこう。

それはずばりこいつの実戦運用とその結果得られる戦訓、ならびに欠陥を我々に伝える。ただこの一点だ」

「それならば別に構わない。それだけか?」

為政の言葉にマナッド氏は頷いた。

「それならばこれでこの話は終わりだ。この契約書にサインを」

そう言ってマナッド氏は一枚の書類を差し出した。

その契約書を受けとると為政は早速目を通す。

読み終えたらゲイルとマデューカス元少佐両名にも目を通させる。

「この内容なら構わないのでは? 」

「その通り。これならば問題ない」

二人のお墨付きを貰った為政は契約書にサイン、マナッド氏に手渡す。

その契約書をちらっと一別したマナッド氏は頷いた。

「これで契約完了だ。さっそくこっちに運び込むよう手配しておこう」

「そいつはありがたい。ところで一つ良いか?」

「一体何だ? 」

「貴国から火薬の入手は出来ないかね? 今一つ備蓄が心許ないんでな」

「……問い合わせてみなければ分からないがたぶんあると思う。どれくらい必要なんだ? 」

「どれくらいなんだ?」

マナッド氏からの質問に為政はマデューカス元少佐に振った。

すると一瞬ビックリしたもののドルファン傭兵隊を切り盛りしていただけのことはある。

すぐに必要な分量を伝える。

「良いだろう、本国に伝えておこう。ところでこれは当然のことだが無料じゃないぞ」

「「「それはまあ当然だな」」」

頷く為政・ゲイル・マデューカス元少佐の三人。

「それでは大砲と一緒の船便で送ることにしよう」

「そうしてくれ。出来れば早ければ早い方が良い。無茶かもしれないがよろしく頼む」

 

 

 

 こうしてドルファン侵攻計画は着々と進んでいくのであった。

多くの国々の思惑を含んで……。

 

 

 

 

あとがき

今回の話はセーラが出てきましたが始めは影も形もありませんでした。

しかしあまりにみつナイのヒロインが出てこないので半ば無理矢理……。

やっぱり難しいですね。

 

ちなみに今回出てきたオルドリン砲、この大砲はこの名前では存在しません。

しかしモデルは存在します。

ずばり幕末の日本で有名なアームストロング砲、そのものです。

スペックもまさにその通りだし。

ちなみにアームストロング砲とオルドリン砲、この名前にはどんな繋がりがあるでしょう?

分かる人居るかな?結構簡単なんですけどね。

 

 

2002.03.26

感想のメールはこちらから


第09話へ  第11話へ  「Condottiere2」TOPへ戻る  読み物部屋へ戻る