第06話「冷たい法則」

 

 

 

 「これとこれとこれ、花束にしてくれ」

ある一件の花屋でがっしりとした独特の雰囲気を漂わせている男がそう言った。

あまりのミスマッチぶりに花屋にいる他の客は何か危ないものでも見るかのような顔つきで見ている。

そのことを男も承知しているのであろう、何となく気恥ずかしさを漂わせている。

すると男のことをよく知っている店員の女の子が笑った。

「軍団長さん♪ 奥様へのプレゼントですか?」

「いや違う。お見舞いに行くんでな」

気恥ずかしそうにしている男……戸田為政はそう答えた。

すると店員の女の子は意外そうな顔をした。

「珍しいですね、お見舞いに花なんて。お酒じゃないんですか?」

「それは部下たちの見舞いの時だ。今回は昔の知り合いの所へ行くんでな」

「へぇ〜、そうなんですか。じゃあちょっとおまけしますね♪」

そう言って頼んでいない花を二三本おまけに付けてくれる店員の女の子。

「ありがとう。ところでいくらだ?」

「え〜っとですね……・」

そして花束の値段を言う店員の女の子。

そこで為政は財布からお金を取り出し女の子に支払う。

「毎度ありがとうございました〜♪ また今度奥様にでも買っていってあげてくださいね〜♪」

「わ、わかったよ…」

他の客の好奇の視線にさらされながら為政はそそくさと花屋を後にしたのであった。

 

 

 

 為政は一人花束を抱えてスィーズランドの中心にある美しいルマン湖に沿って歩く。

しかし花屋同様、どっからどう見ても気質には見えない為政が花束を抱えているので通りすがりの誰もが

為政のことをじろじろと怪訝そうな表情で見つめる。

(うぅ〜、恥ずかしいな……)

戦場では縦横無尽に暴れ回る傭兵軍団イクサオンの軍団長もこういった状況では形無しであった。

 

 

 やがて湖の畔にある閑静な別荘地へとたどり着く。

ここいら一帯は超が付くほどの高級別荘地である。

この国のみならず欧州各地の貴族や富豪達の別荘が建ち並んでいるのだ。

当然今やスィーズランドでは一二を争う、そして欧州全体でも五本の指に入るであろう大富豪でもある

プリシラもこの地に別荘を持っている。

しかし今日の為政の目的地はそこではなかった。

 

 

 「アンタ何者だね?」

為政が目的地につき呼び鈴を鳴らすと40歳ぐらいであろうか、中年女性が顔を出した。

その表情からは為政のことを警戒しまくっているのがありありと手にとって分かる。

そのことを当然予想していた為政は中年女性に言った。

「約束はしていないんだが会いに来た。取り次いで欲しい」

「何を馬鹿なことを。何処の馬の骨ともしれぬ男を取り次ぐのが何処におるね」

「10年前までドルファンにいた戸田為政と伝えれば分かるはずだ」

「…本当かね?まあとりあえず伝えてはみるんだよ」

誠実そうではあるが学はなさそうな中年女性は為政の前から姿を消す。

そこで為政は大人しく待つことにした。

 

 

 それから数分後。

先ほど警戒感をむき出しにしていた中年女性が申し訳なさそうな顔で再び姿を現した。

そして丁寧な口調で為政に言った。

「ご主人様はお会いになられるそうです。どうぞこちらへ…」

中年女性に案内され、為政は家の中へと入った。

するとそこには派手ではないが上品で、そして高価な調度品がさりげなく置かれている。

これをみるだけでこの屋敷の主人の心根が伝わってくる。

(相変わらず変わっていないようだな…)

そう心の中で思いつつ、為政は家の奥へと進んでいった。

 

 

 「こちらにご主人様はいらっしゃいます」

「そうか、ありがとう」

案内してくれた中年女性(家政婦だったらしい)に礼を言うと為政は目の前のドアをノックした。

すると室内から麗しい女性の声が返ってきた。

「どうぞ、入ってください」

そこで為政はドアを開け、室内へと入る。

「お久しぶりです、先生」

するとそこには十年ぶりの再会となるセーラ・ピクシスの姿があった。

「やあセーラ、久しぶりだな。昔に比べてみると顔色もよくなったんじゃないのか?」

そう言う為政。しかし実際にはそうではなかった。

今のセーラは昔よりも遙かに病的に白い顔色だったからだ。

そのことはセーラも無論知っていたであろう、しかしおくびにも出さず笑顔で頷いた。

「先生こそお久しぶりです。もう会えないんじゃないのかっておもっていたから嬉しいです。

ところで先生、どうしてここがわかったんですか?まだ来たばかりというのに?」

どうやら為政がここの場所を知っているのが不思議らしい。

そこで為政は答えた。

「ドルファンから知人が尋ねてきてね、セーラがここにいるって教えてくれたんだ」

「それでここへ?」

「ああ、そうとも。そうそうとセーラ、これはお見舞いに」

そして花屋で買ってきた花束を手渡す為政。

するとセーラは微笑んだ。

「ありがとうございます、先生。やっぱり先生は変わっていませんね」

「そうかな?十年も経っているしあの頃の俺とはずいぶん違うと思うが」

だがセーラは首を横に振った。

「いいえ、先生は昔のままです。優しかったあの頃と同じ…。

本当は私、先生に謝らなくっちゃってずっと思っていたんです」

「何でだ?」

為政の問いかけにセーラは悲しそうな顔をした。

「だって先生がドルファンを追い出されてしまったのはお爺様のせいだったんですよね?」

「確かにそうだがセーラには関係ないじゃないか」

「で、でも私先生に申し訳なくて……」

「セーラ…」

何となく良い雰囲気になる二人。

自分に妻子がいるのも忘れ、つい転びそうになったその時扉が「コンコン」とノックされた。

「誰?」

セーラが誰何する。

すると扉の向こう側から聞き慣れた声が帰ってきた。

「お嬢様、来客中申し訳ありませんが診断の時間でございます」

「もうそんな時間?わかったわ、グスタフお願い」

そう言うとセーラは為政の方に振り返った。

「すいません、先生。これからちょっと…」

「いや、セーラが謝る事じゃない。いきなりやって来たこっちの方が悪いんだからな」

そして席を立つ為政。

その時白衣を着た老人が部屋の中へと入って来た。

どうやらこの老人がセーラを診断しにきた医者らしい。

「よろしくお願いします」

そう言うと部屋を出る為政。

と目の前には顔見知りの人物が立っていた。

「…お久しぶりですな、トダ殿」

そう、そこにはピクシス家執事のグスタフ・ベナンダンディその人が立っていたのだ。

 

 

 「こちらこそお久しぶりです、グスタフさん」

為政がそう言うとグスタフは笑った。

「こちらにいらっしゃることは存じていましたがまさかお会いできるとは思ってもいませんでしたよ」

「自分も同様ですよ。昨日知人と話をしていたらこちらにいると聞いたもので」

「近衛のメッセニ予備役少将と元傭兵隊責任者のマデューカス元少佐ですな」

「相変わらずの情報通ですな」

感心したように言う為政。

するとグスタフは胸を張った。

「やせても枯れてもこのグスタフ・ベナンダンディ。

元スペッツナズの名にかけてこれくらいの情報収集はお手の物ですぞ」

「まだまだ現役ですか?」

「その通りです。この命尽きるまでセーラ様にお仕えする所存ですので。

それはそうとトダ殿、セーラ様との会話はいかがでしたかな?」

グスタフの質問に為政は首を横に振った。

「残念ながらあまり話せなかったんですよ。私も来たばかりですから」

「それならばセーラ様の診断が終わるまでいかがですかな?良いお茶とお茶菓子がありますぞ」

「それでは待たせていただきますか」

 

 というわけで為政はセーラの診断が終わるまでしばらく待つこととなった。

 

 

 「…セーラの体調は良くないのか?」

お茶(紅茶ではない、緑茶)を一口飲んだところで為政はグスタフに尋ねた。

10年前にくらべてあきらかに病気が悪くなっているとしか思えなかったからだ。

するとグスタフは頷いた。

「…そうなりますな。やはりトダ殿の目にもそう見えますか」

「なんせ10年ぶりだからな。ずっと側にいた人間よりもそういうのは分かるんじゃないのか」

「確かに。…ところでトダ殿、この10年間のドルファンでのことはご存知ですかな?」

「大きな政治・経済上の動きならば。それ以外はさっぱりだな」

「そうでしたか」

グスタフは重々しくうなずいた。

「まあ当然のことですが実はセーラ様にもこの10年間で色々ありまして……」

 

 そしてグスタフは話し始めた。セーラのことを……。

 

 

 「実はセーラ様は8年前にご結婚なされているのですよ」

グスタフの言葉に為政は頷いた。

「まあそうだろうな、いくら病弱と言っても貴族の娘だしな。

ところで今旦那はそうしているんだ? 姿が見えないが…」

するとグスタフは悲しそうな表情を浮かべた。

「…お亡くなりになりました。五年前のことです」

「病気か何かか?」

しかしグスタフは首を横に振った。

「暗殺です。たいそう心根の優しいすばらしい方だったのですが」

「暗殺ね……。ところでセーラとそいつは上手くやっていたのか?」

為政の問いかけにグスタフは頷いた。

「それはもう仲むつまじく我々使用人にとってまさに理想の夫婦そのものでした。

ですからお亡くなりなられたときのセーラ様の嘆きようといったら。

しばらくは部屋にこもりっきり、食事も満足に取られずやせ細ってしまいまして。

あのようにセーラ様の病状が悪化してしまったのもそれが原因です」

「…暗殺計画は察知できなかったのか?

貴殿ほどの情報収集力を持っているならば暗殺計画の一つや二つぐらい簡単に暴けるだろうに」

するとグスタフは怒りを堪えきれない、といった憤怒の表情を見せた。

「もちろん報告しましたとも!! しかし旦那様を始め本家の方々はそれを黙殺なさったのです」

「また何で?」

「全く政治には関わっていない方でしたから暗殺される理由はないと言っていました。しかし真相は違います」

「真相?」

「はい。さほどピクシス家にとって有益な人物ではないから暗殺された方がメリットがあると」

「つまり口実作りのためか?」

「…はい。現に事件後、暗殺を指示した貴族の家は取りつぶされています」

「酷い話だな。政治の冷たい法則というやつか」

為政は呆れたように言った。するとグスタフも頷いた。

「確かに政治的常套手段かもしれません。しかしだからといって孫娘の夫をそんな理由で切り捨てるなど…。

正直言って旦那様には失望しました」

「それはまあそうか」

「もっとも冷酷非情な旦那様もさすがにセーラ様には申し訳なく思ったようでしてこうやってドルファンを出て

病気療養をさせてもらっているのですが……」

「原因を作った本人が今更善人ぶっても仕方がないだろうに」

「はい、まさにその通りで」

 

そして男達は黙り込んでしまたのであった。

 

 

 数十分後。

セーラの部屋から白衣を着た老人(医者だそうだ)が出てくる。

その姿を見たグスタフは側に駆け寄った。

「セーラ様のお加減はいかがですか?」

すると老医者は「やれやれ」といった感じに首を振った。

「悪くはなっていないが良くもなっていない。変わらずと言った感じですな。

とりあえず今日はいつもより疲れていたようでしたので薬を処置しておきました。

今はぐっすりお休みなさっていると思いますよ」

「そうでしたか、先生ありがとうございました」

「いいえ、ピクシス家にはなにかとお世話になっていましたからね」

そして老医者は屋敷を出ていった。

 

 

 

 「お引き留めしてしまい、申し訳ありませんでしたな」

「いや、こちらこそいきなりの訪問で申し訳ありませんでした」

為政のその言葉にグスタフは首を横に振った。

「いいえ、とんでもございません。セーラ様があんなに喜んでいらっしゃった顔を見るのは久しぶりです。

できればまた来ていただけるとありがたいですな」

「…暇があれば是非。ただ私も何かと忙しい身の上ですので」

為政のその言葉にグスタフの白眉の下の瞳が一瞬光ったような気がした。

「戦争ですかな、ドルファンとの」

「…驚きましたね、そこまで察知しているとは」

為政は心底驚いた。まだ戦の準備は何一つしていないと言うのに…。

まだ軍団内部でも片手で数えるほどしか知らないというのに…。

それでも察知しているピクシス家の…いやグスタフ配下の情報組織に驚愕せざるを得なかったのだ。

「そのことはすでにピクシス家にも伝わっていますか?」

(もしそうならば今回の一件は断るか)

そう思いながらグスタフに問いただす為政。

するとグスタフはにやっと笑った。

「先ほど『旦那様には失望しました』と言いませんでしたかな」

「つまり伝えてはいないと」

為政の確認に頷くグスタフ。

「正直言って私の今の主人は旦那様ではありません、セーラ様です。

そのセーラ様を悲しませるような行いをする人間に私は情報を伝えるようなことはしないと決めたのです」

「だとすれば我々としてはやりやすいな。ところでどうです、それならば協力していただけませんか?

優秀な諜報力はいくらあっても不足と言うことはないんですが」

しかしグスタフは断った。

「一応私も長年ピクシス家に雇われ、いくらか恩もありますのでそれはちょっと……」

「そうか、残念だ。しかし得た情報を伝えないだけでも助かるから構わないさ」

「申し訳ありません。ただその代わりと言っては何ですが有能な人材を何人か紹介しておきましょう」

「有能な人材!? そいつは使えるのか?」

「はい。お役に立てると思いますぞ」

グスタフの言葉に黙り込み、考え込む為政。

やがて大きな息をつくと頷いた。

「グスタフさんがそこまで言うんだ、問題はあるまい。紹介、頼む」

「はい、おまかせください」

そしてガッチリと握手をする二人。

 

 こうして傭兵軍団イクサオンに頼もしい助っ人が加わることとなったのであった。

 

 

 

 

あとがき

ごめんなさい!!

こんどはセーラファンに謝らせていただきます。

ちょっと過酷というか悲惨な人生を歩ませてしまいました。

でもなんだかセーラって不幸な方が書きやすいんですよね。

これって私の性格がゆがんでいるからでしょうか?

まあ今回のエピソードでグスタフ機関(勝手に命名)が動き出します。

それにしても前作「Condottiere〜傭兵隊奮戦記 」でなにげに書いた設定が役立つとは・・・・。

この時はこの話、全く考えていなかったんですけどね。

まあ行き当たりばったりもたまには良いのでしょう。

 

とにかく頑張って早急に完結させたいと思います。

ところでどれくらいの量になるんだろう?

 

 

2002.03.08

2003.09.09 改訂

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