第07話「情報戦」

 

 

 

 傭兵軍団イクサオンが戦場からスィーズランドへ帰還して一ヶ月あまり後。

ドルファン国王デュランからの依頼を受けて三週間あまり経ったある日のこと。

傭兵軍団イクサオン軍団長戸田為政は執務室(屋敷の一角)で部下の報告を待っていた。

これはきわめて重要な報告である。

この報告次第で彼らの軍団の運命をも左右しかねないのだ。

であるから執務室には為政一人きり。

そして諜報活動を指揮する二人の幹部グイズノーとライズの来訪を待つ。

 

 やがて「コンコン」とドアのノック音が響く。

「誰だ?」

為政の誰何。すると男の声が返ってきた。

「俺だ、グイズノーだ」

「よし、入ってくれ」

するとすっかりくたびれた様子のグイズノーと疲れも何も表に出さないライズの二人が部屋に入ってきた

「急な任務済まなかったな。ところで任務の方はどうなった?」

軽く労いはするものの二人の持ち帰った情報が気になる為政はそう言った。

するとグイズノーはうんざりな表情を浮かべた。

「おいおい、人が必死に仕事やって帰ってきたというのにそれかよ。もう少し何かあってもいいんじゃないのか?」

もう10年以上の付き合いがあるのだ。

グイズノーの性格や嗜好を重々承知している為政はだから準備万端だった。

「ねぎらいの席は用意してあるぞ。ちなみに場所は『秘密の花園』だ」

「おおっ!!話が分かるじゃないか〜♪」

すっかりご満悦になったグイズノー。

さきまでのくたびれた様子は完全にどこかへ吹き飛んでしまっている。

「それじゃあ早速・・・」

「報告が終わるまではダメだぞ」

「ちぇ、分かったよ。それじゃあさっさと済ましちまおうぜ」

現金な男であった。

 

 

 ちなみにグイズノーをここまで一変させた『秘密の花園』というのはここスィーズランド1の娼館だった。

 

 

 「それじゃあとりあえず分かったことだけ伝えるぜ」

グイズノーは親指ぐらいの厚さがレポートを取りだし、為政に手渡しながら言う。

そのレポートを受け取った為政は無言で頷いた。

するとグイズノーは調査報告を始めた。

 

 

 「現在のドルファンの騎士団は合計16個師団、役18万人の人員が所属している。

内訳としては騎士クラスが1万人前後、残りは兵卒だな。

しかしはっきり言って兵卒の大半は無理矢理徴兵された口で戦意・練度ともに低い。

で残りの一部分がいわゆる囚人部隊だ。

こいつらは個人個人の腕っ節は立つかもしれないが集団戦は脆いだろう。

たぶん勝ち戦にのっている時はいざ知らず敗走し始めたら脆い一団だな」

「的確な分析だな」

グイズノーのいつもながら鋭い分析に感心する為政。

するとグイズノーは胸を張った。

「当たり前だぜ。何せこの俺が調べているんだからな。

それよりもまだ続きはたくさんある。続けるぜ。

戦力配分としては約2万人が騎兵ということになる。残りはみな歩兵だ。

そして歩兵の方なんだが大半はパイク・ハルバード・長弓・クロスボウなどを装備する昔ながらの部隊だよ。

銃兵は約5000人程度、比率的にいって数が無茶苦茶少ない。

しかも採用しているのは10年前にヴァルファの連中も使っていた程度のマスケット銃だ。

しかも金銭的にゆとりのある大貴族がいる師団に集中的に装備されている。

正直言って昔の騎士団の兵員数を増やしただけ、編成にはまったく手が加えられていない状態だ」

グイズノーのその言葉に為政は唖然とした。

「連中、いまだに自分たちの組織上欠陥が分かっていないのか?

戦訓をどうやって活かそうとかは思わないのか!?」

すると黙ったままであったライズが口を開いた。

「・・・たぶん分かってはいるわよ。ただ自分たちの利権が奪われるから]

「組織保全に走ったというのか」

「ええ」

為政の言葉に頷くライズ。するとグイズノーも頷いた。

「その分析に間違いはないと思うぜ。なぜなら貴族や騎士の力が及ばない海軍や海兵隊ではちゃんと編成が変わっている。

ただドルファンの最大戦力である騎士団だけが旧態依然の組織なのさ」

「攻めるこっちとしては楽でいいんだが何だか本末転倒な気がしてならないな。

本来騎士団の役目は国を守るはずなのにな。

ところでグイズノー、騎士団の連中、野砲の装備は?」

「残念ながらというのかありがたいことにと言うのかは分からないがほとんど装備していない。

ごく一部の師団が一個師団につき6〜8門を保有しているだけだ」

「それだけか?」

またも呆れる為政。

すでにドルファンを出て十年あまり、すでに軍事上の観点から言えば野砲の有効性は充分に証明されているのに。

事実イクサオンでも一個師団に着き20門以上、騎兵旅団ですら10門は保有している。

「ちなみに対情報戦もまるでなっていなくてな、このレポートに書かれていた内容は向こうについて三日ぐらいで調べ終わった」

グイズノーの言葉に為政は首を傾げた。

「それではなぜこんなにかかったんだ?それならどんなにゆっくり帰って来ても10日あれば終わったろうに」

「・・・あまりに簡単すぎて欺瞞情報かと思って裏を取っていたんだよ」

 

 

 しばらく沈黙が流れる。

やがてその沈黙に耐えられなくなった為政は椅子をクルッと回転させると窓の外を見た。

そして背後にいるライズに声をかけた。

「グイズノーの調査はこうだったそうだがライズの方はどうだった?」

「似たようなものよ。もっともさすがに少しは手強かったけど」

そしてライズは机の上にレポートを置く。

そのレポートを手にも取らずに為政は言った。

「グイズノーの情報と重なるのは言わなくて良い、それ以外で重要そうな情報を言ってくれ」

「わかったわ」

ライズが頷くのが背を向けているにもかかわらず為政には分かった。

 

 

 「秘密にしているからまだ知られてはいないけれども今ドルファンの国庫は非常事態にあるわ。

ドルファンによる一方的な外国人の排斥、それに対して反発した周辺諸国との貿易赤字の増大。

そして騎士団の大幅増員とそれに伴う新型兵器の導入。

収入が低下しているにもかかわらず支出は増大しているこの状況で今や国庫は空っぽなのよ」

「確かにそうかもしれん」

「今年のドルファンは豊作になりそうなのだけれどどの国でも今はドルファンからは買わないから現金収入はほとんど無いし。

どこの国もドルファンの債権は買ってくれないから。

今ドルファンでは外貨は出ていく一方、ドルファン側としてはのどから手が出るほどお金が欲しい状況なわけでもあるわけなのだけれど」

ライズの報告を受けた為政は頷いた。

「て待てよ、だとすると例の軍資金は?」

そんな状況では軍資金や報酬など捻出するのは不可能ではないのかと思ったからだ。

「間違いなく言われた場所にあったわ。あれは国庫の物ではなくてドルファン王家の資産のようだからまだ手つかずのまま」

「すると軍資金については困らないな」

「ええ、でもそれも時間の問題。

この状態が続けば王家をないがしろにしている旧家の人間たちですもの、きっと手を出すわね」

「だとすると長引かすのは拙いか」

為政は軽く目をつむると一人口の中でそう呟いた。

 

 

 

 「・・・・・・」

再び辺りに沈黙が走る。

がやがて為政は一人頷くと再び椅子を回転させ、グイズノーとライズの顔を見た。

「特に報告することはもう無いか?」

「ああ」

「ええ」

ふたりは頷く。

「詳しいことはそのレポートに書かれている。読めば分かるはずよ」

「うん、わかった」

ライズの言葉に為政も頷くと笑い、そして言った。

「二人とも休みの所、面倒な仕事を押しつけてわるかったな。

ここから先は俺の仕事だ、存分に休んでくれ」

「そうさせて貰うわ」

ライズはそう言うとクルッと背を向け部屋を出て行こうとする。

そこで為政は慌てていった。

「ライズ、プリシラがお前に会いたがっていたんだ。良かったら会っていってくれ」

「わかったわ・・・」

ライズは振り向きもせず、かって憎んでいた、しかし今は仲の良い従姉妹のもとへと歩いていった。

 

 

 「・・・グイズノー、お前は帰って休まないのか?」

ライズが立ち去った後も部屋から出ていこうとしないグイズノーに為政は尋ねた。

するとグイズノーは叫んだ。

「『秘密の花園』はどうなったんだ!!」

「・・・忘れていなかったのか」

「当たり前だろ!!」

「仕方がないな」

為政は机の引き出しから一通の封筒を取りだした。

そしてグイズノーに手渡す。

「女将には話は通じている。この封筒ごと渡せば賭け事以外は俺持ちだ」

その言葉にグイズノーは満面の笑みを浮かべた。

「いや〜、話が分かる上司がこうだとありがたいね〜♪それじゃあ早速行って来るとしよう」

そう言って部屋を出ていこうとするグイズノー。

だが途中でふと振り返ると為政に行言った。

「お前さんはこの後暇なのか?」

「・・・暇と言えば暇だし、暇じゃないと言えば暇じゃないな」

「なんだ、それ?」

「今回の一件、引き受けるか引き受けないか考えるつもりだったんだが」

するとグイズノーは笑った。

「なら俺と一緒に『秘密の花園』に行こうぜ!!ああいう席で考え事すると結構まとまるもんだ」

「・・・そうか?」

「そうとも、知らないのか?」

「お前だけだと思うぞ」

「そんなこと無いって、たまには奥さん以外の女も良いんじゃないか?」

「!!!!」

「・・・どうした?」

急に為政の態度が変わったことにグイズノーは不審そうに尋ねる。

しかし為政は答えない。

その時、グイズノーの背後から地の底から響くような女性の声がした。

 

 「あら、うちの旦那様をそんな店に誘わないでくださるかしら」

「ギィー」という音を立てて思わず硬直してしまった顔のまま振り返るグイズノー。

そこには女神様もビックリという笑顔で微笑むプリシラの姿があった。

残念ながら背後に漂わせている気配はアークデーモンも裸足で逃げるほどの真っ黒い代物ではあったが。

「プ、プリシラ・・・ライズに用があったんじゃあ・・・?」

震える声を何とかしようとして、結局無駄なまま為政は尋ねた。

するとプリシラはにっこり微笑んだ。

「ライズが来ているからって聞いたんで来たんだけどどうやら入れ違いになったみたいね」

「早く戻られた方がよいのでは・・・?」

「ライズなら待っていてくれるわよ。それよりも大切な用事が出来たわ」

そう言って指をぱきぱきと音を立ててならすプリシラ。

とてもかって一国の王女であったとは思えない姿だ。

「・・・あの・・・奥さん・・・・じょ、冗談ですので・・・」

とぎれとぎれに弁解するグイズノー。

しかしそんな弁解が通用するはずもなかった。

「さ〜てグイズノーさん、何か言い残すことは何かあるかしら?」

「・・・え〜っと・・・許してもらえます?」

「却下」

 

 その後のことは多く語る必要はあるまい。

ただ廊下と部屋の中にに哀れな男の屍が二体、転がることとなったのであった。

 

 

 

あとがき

ちょっとラストがコメディっぽい終わり方。

それ以外はそれほど何かあったわけもないし。

それにしても「みつめてナイト」ヒロインが全然出てこないな。

プリシラ・ライズ・セーラだけか・・・。

早いとこ多めに出そう。

 

 

2002.03.11

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