第04話「つかの間の休息」
諜報活動の指示をグイズノー・ライズに出すとただちに戸田為政のやることはなくなった。
これから先は得た情報次第で判断、準備することだからである。
だから為政は久しぶりの家族団らんを楽しみたかった……がそうは問屋がおろさなかった。
日頃、家にいない男が父親面しても子供たちは「はいそうですか」とは言ってくれない。
ましてや子供たちには子供たちの世界があるのである。
そんなわけで為政は一人寂しく寝て過ごした(笑)。
そしてグイズノー・ライズに指令を出して数日後のこと……。
「ようこそいらっしゃいました、お二方」
王女時代に民衆に莫大な人気を誇ったその笑顔でプリシラは二人の男を出迎えた。
すると一人の男はプリシラの笑顔に萎縮してしまっていた。
そのギャップを感じた為政はくすくす笑い、そして言った。
「少佐、何を堅くなっているんですか?一週間前は普通だったのに」
するとマデューカス元少佐は反論した。
「当たり前だ!俺はここにプリシラ様がこのようなところにいるなんて聞いていなかったんだぞ!!」
確かにドルファン国内ではプリシラは死亡したことになっていたのだ。
ましてや代々王家に仕えてきた騎士の一族のマデューカス元少佐のことだ。
王家の人間にこれほど近づけるというのは恐れ多いを通り越して考えられない出来事なのであろう。
するとプリシラは微笑みながら元少佐に言った。
「そんなに緊張することはないのですよ、少佐。
今の私はもはや王家を捨てた身、少佐にとって私は元部下の妻という存在なのですから」
「しかしそうは言われても……」
やはり40年近く盲信してきた価値観を「はい、そうですか」と変えるのは困難なのであろう。
困っているマデューカス元少佐を見るに見かねてだろう、メッセニ予備役少将が助け船を出した。
「プリシラ様、少佐には何を言っても無駄です。彼は堅物すぎて騎士団を追われた身なのですから」
「あら、騎士団の人間にしては珍しい人物だったのね」
「その通りです。ですからあまり無茶は言わないでください。
私のように昔から姫の側にいた者とは違うのですから」
「なら仕方がないわね。その堅苦しい態度・口調については目をつぶりましょう」
かくしてこの件についてはこれまでとなり、4人は世間話で盛り上がることになった。
「そういえば少将、ご結婚なされたと先日聞きましたが」
為政がそう尋ねるとメッセニ予備役少将は頭をぽりぽりかいて照れた。
その様子を見たプリシラは昔の王女時代のいたずら好きな笑顔で問いつめた。
「そうそう、そういえばそんな話があったわね。
あなたみたいなガチガチの石頭軍人と結婚した物好きな女性って誰?」
プリシラのあんまりな言葉に為政とマデューカス元少佐が苦笑しているとメッセニ予備役少将はさらに照れたのであろう。
「そ、それは……」
言葉を濁してなかなか話してくれない。
すると今度はマデューカス元少佐が助け船を出した。
「きれいな方ですよ。家事・洗濯・料理何でも出来るまさに才色兼備。賢夫人の鏡ですね」
「へぇ〜。メッセニにそんな人を口説き落とせる甲斐性があるなんて思っていなかったわ」
「プリシラ……それはちょっと言い過ぎだぞ。でも私も気になりますね」
好奇心いっぱいの為政とプリシラの言葉にとうとう観念したのであろう。
とうとう口を開いた。
「大尉…君も知っているだろう、クレアだ」
「クレア…ってあのクレアさんですか!?」
為政はメッセニ予備役少将の言葉に驚きの声を上げた。
するとメッセニは頷いた。
「その通りだが何もそんなに驚かないでも……」
「だってクレアさんがメッセニ少将と再婚されるとは…」
「そんなに意外か?」
メッセニの言葉に今度は為政がコクコクと頷いた。
「少将がクレアさんにべたぼれだったのは知っていましたがまさか……」
「な、何だと……!?」
驚愕するメッセニに為政はため息をついた。
「まさか少将、隠していたつもりだったんですか?」
「そのつもりだった……」
「たぶん気がついていなかったのは少将とクレアさんぐらいだったと思いますが」
「うっ……」
二人は結構盛り上がった。
だが二人だけの内輪話をおもしろく思っていない人物が一人いた。
プリシラそのひとである。
夫とかっての側近の共通の知人、ましてや女性の話をしているのだから無理もあるまい。
そこでプリシラは二人の会話に口を突っ込んだ。
「二人で仲良くのおしゃべりは結構ですけど外野にも分かるように話してくれないかしら?」
「確かにプリシラ様の言う通りだな」
そこにうんうんと頷きながらマデューカス元少佐も加わったので為政とメッセニの二人は状況を説明することになった。
(中略。・・・詳しくは「みつめてナイト」本編を参照のことってみんな知っているよね)
「…というわけだったんだ」
為政の説明が終わるとプリシラ頷いた。
「まあこれで話の事情は分かったわね。
でもメッセニ、貴方とそのクレアさんとの馴れ初めについては話してくれないのかしら?」
「そ、それは……」
メッセニ予備役少将はさっきよりも焦った。
そして今度はマデューカス元少佐も助け船を出してはくれなかった。
「それに関しては私も興味がありますな」
「私もクレアさんがメッセニ少将とくっついた理由、聞きたいですな」
プリシラ・マデューカス元少佐・そして為政の三人がかりでメッセニ予備役少将に詰め寄った。
「そう言えばプリシラ様、ご存知でしたか?」
するとメッセニ予備役少将はその場をごまかすように言った。
しかし当然のことだがそんなことでは三人は納得しない。
「さあさあ、キリキリと白状しなさい」
しかしメッセニ予備役少将は決して口を開こうとはしなかった。
「わ、私とクレアの愛のメモリー……決して人になど決して話しません!!
たとえそれがプ、プリシラさまであったとしても!!」
その様子があまりにも必死というか何というか。
とにかく哀れに見えたこともあり三人の追求はそこで終り、仕方なくプリシラはメッセニが言いかけた言葉を促した。
「それで一体何をご存知でしたか?なのよ」
多少不機嫌な表情であったもののプリシラはメッセニ尋ねた。
するとメッセニ予備役少将はほっとした表情を浮かべて言った。
「実はここスィーズランドにセーラ様も来られているのですよ」
「セーラが!?」
メッセニの言葉にさすがにプリシラも驚いた。
むろん為政もだったが。
セーラのように病弱な身の上でドルファン…いやあの屋敷を出るということが信じられなかったのだ。
だがメッセニは頷いた。
「その通りです、プリシラ様。プリシラ様はセーラ様と仲がよろしゅうございましたな」
「特にセーラと仲が良かったというわけではないんだけど…」
珍しくプリシラが言葉を濁した。
そしてその言葉の裏をその場にいた三人の男たちの中で一人だけ理解していた。
(…プリシラは別にセーラ仲が良かった訳じゃない。
兄を失い、病気で苦労している親戚をただ同情していただけだたんだ)
もちろん為政はそんな事はおくびにも出さずに心の中でそう考えていた。
そうこうしているうちにメッセニは話を続けた。
「まああの外国人嫌いのピクシスのご隠居が孫娘をよくもまあ外国に出す気になったものだと思いますがね。
まあとにかくドルファンからここスィーズランドに転地療養しに来た訳なんですよ」
「…そうなの」
「ええ、そうなんですよ、と言うわけでお見舞いにでも行かれたらどうですか?
きっとセーラ様もお喜びになりますよ」
「そうね…」
だがプリシラはあまり乗り気ではないらしい、気の抜けた返事を返した。
するとメッセニは怪訝そうな表情を浮かべたので為政は尋ねた。
「俺もセーラのことは気になるな。今どこにいるんだ?」
「ここスィーズランドの高級住宅街の一角にいるそうだ。まああの辺で尋ねれば分かるはずだ」
「なるほど、明日でも行ってみるか。ちょうど今暇しているしな。
それにしても少将は意外とセーラに対しては優しいんだな。
ピクシス家と対峙させるためにこの国にやって来たというのに」
するとメッセニは苦笑した。
「確かにそうだが何ら権限も持たない女性を敵視することはないだろうさ、ましてや分家なんだし」
「それもそうか」
その時、四人のいる部屋のドアがノックされた。
何事かと思っているとドアの外から声が聞こえてきた。
「よろしいでしょうか?」
その声は執事のトライファント・グランフだった。
そこで為政はプリシラ・メッセニ・マデューカスと顔を見合わせ、そして頷き合いそしてドアの外に向かって声をかけた。
「いいぞ、グランフ」
すると音も立てずにドアを開けるとグランフが室内に入ってきた。
そしてうやうやしく頭を下げるとグランフは言った。
「奥様…お客様がお見えです。急用と申していたものですから案内しておきました」
「そう、一体誰なの?」
「ハニンガム様でございます。何でも急な商談とかで」
「わかったわ、行きますと伝えて」
プリシラの言葉を聞くとグランフは頷き、部屋を出ていった。
「それじゃあ仕事入ったから私はこれで失礼させてもらうわね」
プリシラの言葉にメッセニ予備役少将とマデューカス元少佐は頷いた。
メッセニは残念そうな顔つきだがマデューカス元少佐はほっとしたような顔つきである。
やはり崇拝していた王女様との同席は精神的にきついものがあったのであろう。
その事に気がついたのかプリシラは苦笑し、そして言った。
「今日はここまでだけどまたよろしくね、メッセニ」
「はい!」
そしてプリシラも続いてその場を立ち去り、後には三人の男が残された。
「さて…男だけになってしまったな」
マデューカス元少佐の言葉に為政は頷いた。
そしてふと思いつくとメッセニ予備役少将に尋ねてみることにした。
「少将、ちょっと聞きたいことがあるんですがよろしいですか?」
「ん?一体なんだ」
為政の問いかけにメッセニ予備役少将は頷いた。
そこで為政は今後重要になるであろう情報収集することにした。
「今の騎士団は一体どうなっていますか?できるだけ詳しく知りたいのですが」
するとメッセニ予備役少将はポリポリと頭をかいて苦笑した。
「なるほど、それは確かに重要だな。
できるだけ詳しく話そう・・・といきたいが儂の知っているのは予備役になる前のことだからな。
知っているのは二年ほど前までのことだがそれで良いのか?」
メッセニの言葉に為政は頷いた。
「それで構いません。とにかく情報は多ければ多いほど、正確であればあるほど良いのですから」
「それなら話そう」
かくしてメッセニ予備役少将によって現在の(正確には二年前の)騎士団の編成が明らかにされた。
「現在の騎士団はざっと二万人、10年前のおよそ2倍といったところだな」
「ずいぶん増員しましたね」
為政は半ば感心したように、また半ばあきれたように呟いた。
かっての騎士団は一万人弱……決して少なくはなかったがわずか十年あまりで兵力を二倍…。
財政難にあえぐドルファンにはかなりの負担になったはずだ。
とはいえ私兵集団であるイクサオンでさえ今や5000人あまりの兵力を整えている。
ドルファン近隣のプロキアやハンガリア・ゲルタニア等の国家を相手にするには二万人でも少ないぐらいかもしれない。
そんな情勢下にドルファンはいるのだということを為政は改めて実感したのだ。
だがメッセニ予備役少将は続けた。
「まあ増員はしたが質の方はかなり低下したよ。
なんせ既存の騎士だけでは全く足りないからな。騎士見習い・小姓まで騎士に仕立て上げてしまったんだからな。
はっきり言えばお前さんらがいた時代の騎士を100とすれば今の連中は30か40か。
まあ雑魚みたいな物だろう」
「しかし数が追いというのはこっちにとってかなり不利な要因ですから」
為政は考え込んだ。
十年前のヴァルファバラハリアンが敗れたのは純粋にドルファン側のほうが量に勝っていたからに他ならない。
今回もうかつに仕掛ければその二の舞になってしまうであろう。
そうこう考えている為政にメッセニ予備役少将は追い打ちをかけた。
「実はまだ戦力がある。海軍に巡洋艦12隻・フリゲート艦10隻。
さらに最新の銃火器を装備した海兵隊が2個大隊……こいつらは手強いぞ」
「ちょっと戦力差がありすぎますな」
為政がぼやくとそこにマデューカス元少佐が口を挟んだ。
「戦力差っといってもせいぜい4倍かそこらだろ。何とかなるんじゃないのか?」
「少佐、気安く言わないでくださいよ…。それはまあ戦いようによっては何とかなりますが…」
兵站が専門の少佐の言葉に為政はそう答えつつ考え込んだ。
戦争の本的な事項は「戦わずにして勝つ」。
この孫子の兵法の一文に戦争に関しての全てが凝縮されている。
ようは戦場に着く前に勝敗を決してしまうのが一番いい手なのだ。
為政はドルファン時代のことを思い出しつつメッセニ予備役少将に尋ねた。
「海軍の人事権その他も旧家の人間に掌握されているのですか?」
するとメッセニ予備役少将は首を横に振った。
「いや、旧家の人間は海軍にはあまり関心がないらしくてな。
海軍と海兵隊はむかしのまま、それなりに開明的だ」
「海軍の指揮官は今でもハワード・コルセイド提督ですか?」
するとメッセニ予備役少将は首を横に振った。
「今はさすがに違うさ。しかし海軍大臣として海軍内にかなりの影響力は今でも持っている」
「それでは海兵隊の方は?」
「そっちはフィリップ・ゴーダス准将が海兵旅団の指揮官だが」
「そうですか…」
とりあえず為政のやるべき事は決まった。
まずは敵組織の切り崩し。
ライズとグイズノーの持ち帰るであろう情報によってはここから戦争は始まるであろう。
とりあえずと言うか何というか。
まあ傭兵軍団の軍団長としての仕事も終わったことだし為政は個人的好奇心を満足させることにした。
「ところで少将に少佐、ちょっと聞きたいことがあるのですが」
「ん?何だね」
「俺にも聞きたいことがあるというのは?」
そこで平たく言えばドルファンにいるであろう知人たち(女性ばかりなのはご愛敬)の消息を尋ねてみた。
「なるほど…。しかし大尉、君の知人というのは女性ばかりだな」
案の定、為政はメッセニ予備役少将に言われた。
ちなみにマデューカス元少佐はある程度、為政の交流関係者の事は知っていたので何も言わない。
メッセニ予備役少将の言葉に為政は苦笑いしつつ頷いた。
「ですからアレの前では聞けなかったんですよ」
ちなみにアレとは妻プリシラのことだ(笑)。
為政の言葉を聞いたメッセニ予備役少将・マデューカス元少佐はやはり苦笑いした。
「プリシラ様と駆け落ちするぐらいの貴様だから常人とは違うとばかり思いこんでいたが
やはり尻に敷かれていたのか」
「同感ですな、メッセニ様。
私も彼は違うと思っていたのですが…やはり男とはすべからずそう言うものなのですね」
「そういうお二方も…どうやら細君には尻に敷かれておるようで。
特に少将までとは意外ですね、クレアさんはそう言う感じに見えなかったのですが」
するとメッセニ予備役少将は窓の外を遠い目で見つめた。
「ふっ、貴様も甘いな。まだ女性を見る目が出来ていないと見える」
「…そういう少将は?」
「それを言うな」
というわけでドルファンに居るはずの知人の消息を聞くはずがいつのまにやら三人によるいかに自分が家庭内で弱い立場にあるのか…。
そんな情けない話になってしまったのであった。
あとがき
どれくらいの人が待ってくれているかは分かりませんが約四ヶ月ぶりの「Condottiere2〜第04話」お届けです。
凄い間をあけてしまったことをお詫び申し上げます。
内容そのものはすでに頭の中でまとまっていたのですが書き上げるのがどうも・・・・。
ずっとKanonのSS(機動警察Kanon)ばかり書いていたし。
仕事が忙しくてゆとりもなかったし。
まあ言い訳ですけどね。
それにしても前作「Condottiere」は三ヶ月で全48話書き上げたんだけどな。
それではいつになるかは管理人本人にも分かりませんが頑張って第05話、書き上げたいと思います。
追伸(2001.03.22の掲示板への書き込みに対するレス)
>KAZUSHIさんへ
メッセニの奥さんはずばりクレアさんでした、というかミューのことすっかり忘れていたので。
というか「Condottiere〜傭兵隊奮戦記」にはミュー、出ていないんですよね、一人だけ。
ですからもうアウトオブ眼中状態・・・・。
2001.09.16 祖父の訃報を聞いた日に
2003.09.09改訂