第02話「帰還」

 

 

 

 数千人の軍隊がある都市に入城しつつあった。

都市の名前はスィーズランド。

南欧にある同名の中立国家スィーズランドの首都、それがこの都市の位置づけであった。

 

 

 

 「ようやく戻ってきたな」

スィーズランドの城門をくぐったところで副軍団長オーシン・ハウザーが軍団長戸田為政に声をかけてきた。

「そうだな、かれこれ二週間ぶりといったところか」

為政はここスィーズランドを発った時のことを思い出しながら応えた。

「今回の戦争は楽勝だったからな」

「全くだ。いつもこんなだと支出が少なく収入が多い理想的な戦争なんだが」

 

 二人がこうしてしゃべっている間にもどんどん傭兵たちが入城していく。

しかし町の人間は全く気にすることもない。

いつものように商売やら家事を行い、傭兵たちに視線を向けようとはしなかった。

だからといってこの街の人間が傭兵たちを邪険に思っているわけではなかった。

ここスィーズランドは欧州一自由な国であり、それゆえに政策を完全に切り離された形で多数の傭兵団が存在していた。

そのためどこかで戦争があるたびに傭兵団はこの街をを出立して戦場へと赴き、勝者か敗者。

どちらかに組みするのは住民にとって日常的な風景だったのである。

それゆえに住民にとって傭兵たちは特別な存在ではなく、それゆえに彼らは日常生活を普通に営んでいたのであった。

 

 

 入城が完全に済むと為政は軍団長として傭兵たちに給料を支払う。

本来傭兵団というのは一人の指揮官が個人的に組織した私兵集団であった。

そして戦争時には指揮官のみが金で雇われ、自らの指揮下にある傭兵を動員する。

当然、報酬は指揮官のみが貰い、その中から給料として傭兵に支払うのだ。

こうして見ると指揮官の一人儲けという気がしてしまう。

が、実際には未払いであっても指揮官は傭兵に給料を支払わなければいけないのでそれほど楽なものではない。

しかも軍費はすべて自己負担である。

しかも戦場に出れば頼るは自分の腕のみ、それとてちょっとした運命のいたずらで簡単に揺らいでしまう。

とはいえ自分の命をかけて戦場で戦う傭兵がもらえる給料の金額は一回の戦争に参加するだけで一般市民が

一年間は働かずとも暮らしていけるほど得られる。

ようはきわめて投機性の高いハイリスク、ハイリターンな商売なのだ。

もっとも大半の傭兵はこの金を酒や女や博打にそそぎ込むので一ヶ月も保たないのが常であったが。

 

 

 給料を支払い終えるととりあえず傭兵団は解散する。

一週間から十日ほどの休暇が与えられるからである。

この休暇があけると傭兵団のメンバーは再び集まり、日曜日を除いて訓練に明け暮れるのだ。

戦場から帰ってくるたびに行われるこの行為。

もはや傭兵団イクサオンのメンバーにとってはごく当たり前の姿であった。

 

 

 

 「ただいま帰ったぞ」

為政は一軒の屋敷に入るとそう叫んだ。

すると中から50代後半ぐらいであろうか、見事な銀髪の老人が出てきた。

そして為政の姿を見るなり

「お帰りなさいませ、旦那様」

と言った。

彼はこの屋敷の執事トライファント・グランフである。

仕事で留守がちな為政とその妻プリシラの代わりにこの屋敷を取り仕切る優秀な執事なのだ。

 

 「おうグランフ、変わりはないか?」

為政は戦場から帰ってくるたびに繰り返す質問をした。

するとグランフもいつものように答えた。

「はい、何ら変わりはございません。皆さま健やかにお過ごしでございます」

その言葉を聞いた為政は満足げに頷いた。

「それなら構わない。ところで今あいつはどうしている?」

為政の問いかけにグランフは答えた。

「今、奥様は商談のためお出かけに、お子様たちは今学校へ行っておいでになります」

ここスィーズランドに流れ着いた時、プリシラは持ち出した宝石等を売り払い、それを元手に商売を始めて

今やスィーズランドで一二を争う大富豪になっていたのだ。

さすがに一国の王女、政治のみならず経済にも秀でたものをもっていたのである。

そのことを初めて知ったときは驚いた為政ではあったが十年も夫婦として暮らした今となっては日常的な出来事である。

「そうか、分かった」

為政は何事もなかったかのように頷くと着替えるために自分の部屋へと戻っていった。

 

 

  部屋に戻った為政はまず腰の刀をはずした。

そして鎧直垂を脱ぐと楽が出来る私服へと着替え、ベッドに横たわった。

そしてそのまま目をつむると深い眠りへとついた。






 

 コンコン  コンコン

 

 ドアがノックされる音に目を覚ました為政はベッドから起きあがるとドアへと向かった。

為政はドアの鍵を開けるとそのまま開いた。

するとそこには執事のグランフが立っていた。

「どうしたんだ、グランフ」

為政が尋ねるとグランフは申し訳なさそうに言った。

「実はお客様がおいでになられたのですが……」

「客だと? 俺にか?」

「はい、旦那様にということです」

「わかった、着替えるのでしばらく待ってもらってくれ」

「わかりました、そのようにお伝えいたします」

グランフは為政に一礼するとその場を後にした。

 

 

 とりあえず客に会うのにふさわしい格好をした為政は客間へと向かった。

その道すがら為政は頭の中で考え込んでいた。

(一体客とは誰なんだ?)

皆目見当も付かないまま、為政は客間についた。

そしてドアを軽くノックし、中へと入っていった。

 

 

 為政が客間に入るとそこには起立し、頭を下げた二人の男がいた。

「どうぞ頭をお上げになってください」

為政がそう声を掛けると二人は顔を上げた。

そしてその二人の顔を見て為政は驚いた。

このような所で出会うとは考えだにしていなかったからだ。

 

 「…お久しぶりですメッセニ中佐、それにマデューカス少佐も」

為政の言葉に二人の男は笑った。

「おいおい、俺が軍を退役したのは貴様だって知っているだろう」

マデューカス少佐、いや元少佐がそう言ったので為政は頭をポリポリかきながら言った。

「そういえばそうでしたね。つい昔の癖でそう言ってしまいました。ではメッセニ中佐は?」

為政が尋ねるとメッセニ中佐はお茶を一口すすり、そして言った。

「…少将だ。もっとも今は現役を退いて予備役なんだが」

「それはそれは…。少将まで現役を退かれたとは……意外ですな」

為政がそう言うとメッセニ予備役少将は俯いた。

「…色々と事情があってな」

「そうですか、それならそれ以上が聞きません。ところで今日は一体どんな用事で?」

為政がそう尋ねると二人の元軍人は黙り込んだ。

 

 「?? 一体どうなされたので?」

急に黙り込んだ二人に不審がり、重ねて問いただすとメッセニ予備役少将は重い口を開いた。

「…実は貴様の傭兵軍団を雇いたい」

「はぁっ!?」

為政は思わず耳を疑った。

あれから十年が経つというのに未だに外国人排斥法が実施され続けているドルファンが外国人傭兵団を雇う?

そんな予想だにしていなかった話に為政は沈黙した。

するとそんな為政の様子に気づいたのかメッセニ予備役少将は理由を話し始めた…。

 

 

 

 

 

 「ドルファンで外国人排斥法が成立したいきさつは貴様も知っているはずだな」

「ええ、当然です」

メッセニの問いかけにうなずく為政。

忘れようとしても忘れられない。なんせ自分たちがドルファンを追い出される理由だったのだから。

当然メッセニもそのことはわかっているのですかさず話を続けた。

「まあそういうわけで外国人排斥法施行と同時に傭兵隊だけではない、ドルファンに帰化した者を除いて

例外なく国外追放したたのだ。

犯罪者や浮浪者・難民だけでなく交易のためにドルファンに住んでいた貿易商たちもだ。

そしてこの外国人排斥法施行だが初めのうちは成功と思われていたんだ。

まちがいなく犯罪発生率が激減したからだ。だがそれはほんの一時のことだった」

 

そこまで言ったところでメッセニ予備役少将はお茶を一口飲んだ。

 

 「外国人排斥法の施行によってドルファンは南欧中、いや欧州を含めて世界中の交易国家を敵に回したんだ。

そのために貿易取り扱い額は劇的なまでに減少したんだ。

一年目は前年度の50%減だった、そして2年目以降は数%ずつだが着実に減少していった。

これは交易国家ドルファンにとっては致命的なことだったんだ。

主要産業である交易から得ることの出来る収入が無くなったドルファンは深刻な不景気に見舞われた。

これと同時に一時的に減少した犯罪発生率は失業率の増加とともに増加していった。

それは外国人排斥法が施行される直前、外国人による犯罪が多発していた時期を遙かに凌駕するものだった。

この段階で国民は気が付いたんだ、外国人排斥法の愚かさにな」

 

 メッセニ予備役少将は溜息をつき、そして続けた。

 

 「だがけっして外国人排斥法が廃止されることはなかった。

なぜならばこの法律を施行することに全力を尽くしたのがピクシス家を筆頭とする旧家の人間だったからだ。

旧家の人間たちは面子が潰されるのを嫌い、外国人排斥法廃止を訴える国民を弾圧した。

そして旧家の人間たちはその力を王家へと向けた。

なぜならばプリシラ様がドルファンからいなくなった以上、王室内には王位継承者はいなくなったからだ。

そして王家の血をわずかでも受け継ぐ旧家の人間たちは王位継承権を持っていた、だからだ」

 

 そこでメッセニ予備役少将の独白は終わった。

そしてその話を最後まで聞いていた為政は溜息をついた。

「…ドルファンのお家騒動は私にも責任があるので気にはなります。

が、それがなぜドルファンがうちの傭兵団を雇うことになるんです?」

為政の問いかけにメッセニ予備役少将は笑った。

「何か勘違いしているようだな。

貴様のイクサオンを雇いたいのはドルファンではない、ドルファン国王デュラン陛下なのだよ」

「国王陛下が!? 一体どういうつもりだ?」

為政は表情をきっと引き締めた。

考えていたこととは違う展開になりつつあったからだ。

するとメッセニ予備役少将はニヤッと笑い、言った。

「貴様たちはドルファンに進軍し旧家の勢力を一掃する。

そして陛下は外国人排斥法を含めて現在ドルファンで行われている悪政を追放するお考えなのだ」

それを聞いた為政は疑いの眼差しをメッセニ予備役少将に向けた。

「それならば何も傭兵を使わなくとも騎士団を動かせば良いだけのことでは?」

「…残念ながらそれは不可能だ。なぜならば騎士団は旧家の人間に完全に掌握されているからだ」

「なら近衛兵団は?」

「解散させられた。私が予備役なのもそのせいだよ」

「…だから傭兵団イクサオンにというわけですか」

「その通りだ。引き受けてくれるか?」

しかし為政は即答しなかった。

「…古来戦争というのは金や食料がかかるものです。国家ではない、単なる一私兵集団にはなおさらだ。

正直言って十年前のヴァルファバラハリアンの二の舞は御免です」

それを聞いたマデューカス元少佐は懐から一通の封筒を取り出し、為政に手渡した。

「これは…」

為政は受け取った封筒を開封した。

すると中から一枚の地図と目録が出てきた。

すかさず地図と目録に目を通した為政は二人に問いただした。

「これは報酬ということですか? それとも軍資金ということですか?」

それに対してマデューカス元少佐が答えた。

「これは軍資金だ。これとは別にちゃんと報酬も用意してある」

「破格の条件ですね。軍資金まで用意してくれるとは……。

だが即答は出来ません。一ヶ月ほど時間をください」

「何故だ? 貴様とて旧家の人間には恨みがあるだろうに」

メッセニ予備役少将が不思議そうに尋ねたので為政は自分の考えを二人に話した。

「たしかに旧家の連中に恨みが無いとは言い切れないです。

だが俺は傭兵団イクサオンの軍団長として勝ち目のない戦に部下を巻き込むわけにはいかない」

「そうか、ならば仕方がないだろう。よい返事を期待しているぞ」

「そうしてください」

 

 

 為政は二人を玄関まで送っていった。

そして玄関の扉を開いたとき、そこに一台の馬車が止まった。

そして中から一人の女性が降りてくる。

そして女性は為政と二人の元軍人の顔を見て微笑んだ。

「お帰りなさいあなた。それにメッセニ、ずいぶんとお久しぶりね」

その言葉を聞いたメッセニ予備役少将はその場に跪いた。

「お久しぶりでございます、プリシラ様」

メッセニ予備役少将の言葉を聞いたマデューカス元少佐は目を丸くした。

どうやらこの辺の事情は全く聞かされていなかったらしい。

だが二人はそんなマデューカス元少佐を無視して話し続けた。

「それにしても近衛の貴方がなんでスィーズランドにいるのかしら?」

「それは私が予備役になったからですよ、プリシラ様」

それを聞いたプリシラはニッコリと笑った。

「貴方みたいなガチガチの軍人が予備役だなんて平気なのかしらね」

プリシラの言葉にメッセニ予備役少将は大声で笑った。

「失礼ですねプリシラ様、私とて成長しているのですよ。それに一応結婚もしましたし」

それを聞いた為政とプリシラは驚いた。

あのガチガチの堅物軍人ミラカリオ・メッセニと結婚するような女性がいるとは思わなかったからだ。

為政もプリシラも話を聞きたかったが時間の都合上、それは次へと先送りとなった。

「貴方の結婚相手について話しを聞きたいけどそれはまた今度にさせて貰うわ。

しばらくスィーズランドに居るんでしょ」

「はい、一ヶ月ぐらいは滞在する予定ですから。」

「それじゃあまたね。体には気をつけて」

「はい、それではこれにてお暇させていただきます」

そう言うとメッセニ予備役少将は何か言いたげなマデューカス元少佐を連れて帰っていった。

 

 

 二人が帰ったのを見送るとプリシラは為政に尋ねてきた。

「一体あの二人何の用で訪ねてきたの?まさか観光なわけないし」

「ちょっと面倒なことを持ち込んできたんだ。正直この場では話しにくいから後で」

為政の言葉を聞いたプリシラは微笑んだ。

「わかったわ、あとでゆっくり聞かせて貰います。それより今は……」

そう言うとプリシラは為政の唇を奪った。

そんなプリシラに為政も応え、二人はそのままキスをし続ける。

やがて二人の唇は離れる。

そしてプリシラは為政の瞳をじっと見つめた。

それに対して為政はにっこりほほえみ、プリシラを抱きかかえた。

「続きは寝室だ。良いよな?」

「はい、貴方」

 

 というわけで若い二人は真っ昼間なのにも関わらず寝室へとしけ込むのであった。

 

 

 

 

 

あとがき

 約一ヶ月も間があいてしまいましたが「Condottiere2〜傭兵軍団奮戦記」の第02話、お届けしました。

とはいえまだ出てきたのはプリシラだけ、他のヒロインは全然出てきていませんと言うか出る予定もありませんね。

間違いなく出るのはプリシラともう一人だけ、出そうかな?と思っているのが4人ばかり居るだけなんですよね。

残りのヒロインの未来をどうしようかな?が今のところ最大の難問ですね。

 まあ頑張って更新したいなーと思いつつもたぶん出来ません。

引っ越しと新入社員研修があるから5月中頃までは更新できないんじゃないかな?

出来ればしますがたぶん出来ないですので気長にお待ちのほどを。

 

 

2001.03.18 「みつめてナイト」発売三周年を祝して

2003.09.09改訂

 

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