第十五章.傭兵の休日






 

 バレンタインデーから十日ほど経ったある日のこと。

訓練を終えた傭兵隊隊長戸田為政は一人でキャラウェイ通りを歩いていた。

実は兵舎の厨房が壊れてしまい、その修理のために2.3日の間だけ傭兵たちは外食するか自炊

するしかないのであった。

そこで為政は夕食には外食を、朝食には自炊をすることとしたのだ。

そこで為政は明日の朝食と今日の夕飯を求め、キャラウェイ通りを回っていたのであった。

しかし日頃利用していない身の上、どこの店がいいのか為政には皆目見当がつかなかった。

為政が散々頭を悩ませているとそこに救いの手がさしのべられた。

 

 「やっほー、ユキマサ。」

その声に振り返るとそこには買い物途中なのであろう、買い物袋を手にしたハンナがいた。

「やあ、ハンナ、お久しぶり。」

「こんな所で会うなんて珍しいね。何かあったの?」

そこで為政はハンナに今置かれている現状を話したのであった。

「へー、大変だね。」

「ああ、どの店がいいのか皆目見当がつかなくてね。」

それを聞いたハンナはよしよしと肯いた。

「それじゃあボクが良い店を案内して上げるよ。」

「本当か、助かるよ。」

為政が礼を言うとハンナは何かをたくらんでいるかのような目つきをした。

「へへー、その代わりボクに奢ってくれない?」

「・・・、ちゃっかりしているなー。」

「駄目かな?」

「・・・、いいだろう。奢ってやるよ。」

「じゃあはやく行こうよ。」

そこで為政はハンナに案内され夕食をとるべく料理店へと向かったのであった。

 

 数分後。

為政とハンナはとある一軒の店先にいた。

店の看板を見てみるとそこには『エル』と記されている。

その味はスイーズランドの『ベッヘル』に勝るとも劣らないと言われている超高級レストランなのだ。

「ここか・・・?」

「・・・うん、やっぱり駄目かな?」

いつもより大分大人し目にハンナは言った。

「ハァ」

為政は一つため息をつき、そして言った。

「仕方がない、約束だからな。しかし安い奴だけだぞ。」

「OK,わかったよ。安いのだね。」

ハンナは元気よく肯いた。

「そうだ。それとはっきり行っておくが次はないぞ。」

「わかってるって。それじゃあ入ろう。」

こうして二人は店内へと入っていった。

 

 「いらっしゃいませー!」

二人が店内に入ると妙に明るいウエイトレスの声が出迎えた。

ポニーテールをした20才ぐらいの女性である。

高級レストランには似合わないなと思っているとハンナはそのウエイトレスの顔を見て驚きの声を

上げた。

「キャ、キャロ姉じゃないか!!」

「あれ?ハンナじゃない。」

そのウエイトレスもハンナの顔をみて意外そうな表情を浮かべた。

そのまま二人は為政を完全に無視した状態で顔をくっけんばかりにしてなにやら話し始めた。

やがて話もついたのかハンナは為政にウエイトレスを紹介した。

「ボクの従姉妹のキャロル・バレッキーだよ。」

「私、キャロルと言いまーす。よろしくね。」

そこで為政も

「戸田為政だ。よろしく。」

と名乗ったのであった。

 

 ハンナとキャロルの二人はまだ話したり無い様子であったが店のオーナーが出てきたのでおしゃ

べりは断念、キャロルは為政とハンナを席へと案内したのであった。

「ご注文は何にいたしましょう?」

完璧な営業用スマイルでキャロルは為政とハンナに言った。

しかし為政とハンナのどちらもメニュー を見て、それがどんな料理であるのか皆目見当がつかな

かった。

そこで為政はキャロルに予算を伝え、この範囲で収まる料理にしてくれと頼んだのであった。

それを聞いたキャロルは

「かしこまりました。少々お待ち下さい。〜ハンナ、頑張ってね♪」

そう言い残すとキャロルは仕事へと戻っていった。

 

 高級レストラン『エル』の料理は掛け値なしに美味かった。

「どう?美味しかったでしょ。」

店を出たハンナは得意げにそう言った。

「ああ、確かに美味かったさ。値段も充分に高かったけどな。」

為政の言葉にハンナは鼻の頭をぽりぽりとかいた。

「へへー、そう言われるとつらいんだけど・・・値段に見合う味だったでしょ♪」

「まあ確かにそうだが」

「ご馳走様でした。ところでこの後どうする?」

「とりあえず一日分の食料だな、必要なのは。」

「じゃあ良い店を紹介してあげよう。」

「安いんだろうな?」

「もちろん♪」

そこで為政はハンナに連れられてキャラウェイ通りをうろつき始めた。

 

 「あとは・・・、パンだけだね。」

ハムやチーズ・果物を買ったところでハンナはそう言ったがちょうどその時時計台の鐘が鳴った。

「あちゃー、もうこんな時間だよ。ボク、帰らないと。」

「仕方がないな。気をつけて帰れよ。」

「うん。それじゃあパン屋の場所だけ教えるね。」

ハンナは為政に店の場所を教えると軽快な足取りでフェンネル地区の方へと歩いていった。

「さて行くか。」

ハンナを見送った為政は一人パン屋へと向かった。

 

 「ここか。」

為政は一軒の店の前に立っていた。

ハンナに教わった店である。

パンを買うべく為政が店内に入ろうとドアノブに手をやったとき、それは起こった。

突然店内からけたたましい悲鳴が起こったのだ。

何事かと思い為政は素早く店内に飛び込んだ。

すると・・・

「いやぁー、パンが真っ黒けー。また失敗しちゃった・・・。

どうして上手く出来ないのかしら、グッスン。」

・・・、どうやら大したことではなかったらしい。

とは言え早合点は禁物、為政は店員とおぼしき女性に声を掛けた。

「あのー、すいません。さっきの悲鳴は一体?」

すると為政より一つ二つばかり年上に見える女性は恥ずかしそうに言った。

「あら、やだ・・・。すいません、私なんです・・・。パンを焼きすぎてしまって。」

「それならいいんです。何事かと思いまして。」

「わざわざすいません。私はこの店の娘でスー・グラフトンと言います。」

女性店員が名乗ったので為政も名乗った。

今日はよくよく自己紹介する日である。

「ところでパンが欲しいんですが。」

「あら、お客さんだったんですね。どれくらい必要ですか?」

「一人分だから・・・それほど大量には必要ないですね。」

「わかりました。ところで今日お召し上がりに?」

「いや、明日の朝食のつもりなんですが。」

その言葉を聞いた女性店員、いやスーは顔を曇らせた。

「明朝ですとパンが固くなってしまうのですが・・・。」

「やはり固くなってしまいますか。」

「ええ。できれば明朝買って欲しいのですが。」

「時間の都合上、ちょっと無理ですね。」

その言葉を聞いたスーは考え込んだ。

「それならこのパンはいかがでしょうか?」

そう言うと店の奥から一つのパンを取り出してきた。

「これは?」

為政が尋ねるとスーは自慢げに言った。

「実はうちで開発した新製品なんです。

いつまでもパンが柔らかいというのが売りなんですけど。」

「へー、それはいいですね。じゃあそれ下さい。」

為政がそう言うとスーは首を横に振った。

「話にはまだ続きがあるんです。」

「何です?」

「実は味が落ちるんです、普通のパンに比べると。

固くなってしまったパンよりはおいしいんですが。」

「・・・、私の場合は問題無いと思いますけど。」

するとスーはあらっという表情をした。

「そうでしたね。じゃあこのパンでよろしいでしょうか?」

 

 為政はパンを買うと速やかに兵舎へと戻り、寝入ったのであった。

そして翌朝、買ってきた食材を食べ、再び訓練所へと通うのであった。

そんな生活を2.3日続けた頃、ようやく兵舎の厨房の修理は完了。

傭兵たちの食生活は元に戻ったのであった。

 

 

あとがき

キャロルとスーの登場編です。

親友同士という設定があるので二人同時に出てきたというわけ。

キャロルとハンナが従姉妹同士という関係も使わせていただきました。

人間関係がしっかりしていると出しやすくて楽ですね。

 

さて次回は第十六章.ネコネコ騒奏曲」です。

お楽しみに。

 

平成12年11月15日


 

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