第十四章.バレンタインデー

 




 温暖で冬でも全くと言っていいほど由紀の降ることのないここドルファンでは一月を過ぎ二月に

入るとぽかぽかと暖かくなり、すっかり春めいた陽気になってくる。

そのためであろう。

この時期になるとドルファンの人々は心や生活にゆとりが出てくるのである。

しかし傭兵隊隊長戸田為政はそんな人々とは一線を引いており、相変わらずマイペースに生きて

いるのであった。

 

 ある朝のこと。

為政が目を覚ますとピコが妙にはしゃいでいるのが目に付いた。

怪訝に思った為政はピコに聞いてみることにした。

「おい、ピコ。今日はやけにご機嫌だな。」

するとピコは為政の目の前に飛んで来て言った。

「そりゃあそうだよ、だって今日は・・・ウププッ。」

何も分からない為政をよそにピコは妙な笑い方をしていたがやがて為政の様子に気づいたのか

再び言った。

「もしかして為政、今日が何の日か知らないの?」

そこで為政は胸を張って答えた。

「ああ、まったく知らん。」

「本当に?」

「ああ、本当に。」

妙な物でも見ているかのようであったが為政の言葉に納得したのかピコは為政に説明してくれた

のであった。

 

 「えーとね、今日はバレンタインデーっていうんだよ。」

「バレンタインデー!?」

為政が聞き返すとピコは肯いた。

「内容はね、恋する乙女が男性に思いをぶっけるためにチョコレートを上げる日なんだ。

チョコレートは知っているよね?」

「馬鹿にするんじゃない、それくらいは知っているさ。」

「へー、立派立派。」

「軍のレーションに入っているからな。」

「・・・・、まあいいや。そう言うわけだから貰ったチョコの幾つか頂戴ね。」

「何がそういうわけなんだ?だいたい俺にはそれほど親しくしている女性はいないぞ。」

為政の言葉を聞いたピコは笑いながら言った。

「平気平気。

いまやバレンタインデーって言うのはね、愛の告白とかどうでも良くなっちゃったんだよ。

一種のお祭り、まあ恒例儀式っていうのかな。ただ女性が男性にチョコをばらまくだけの日になっ

ちゃったんだよ。」

「ふーん、そうか。」

 

 いくら今日がバレンタインデーといったところで平日は平日。

為政は食事を終えると兵舎を出て訓練所へと向かった。

 

 「おい、ユキマサ!」

兵舎を出てすぐ近くにあるシーエアー駅にさしかかった時、あとから追いかけてきたグイズノーが

声を掛けてきた。

「何だ、グイズノーじゃないか。どうしたんだ?」

するとグイズノーは息を切らせたまま言った。

「い、一緒に行こうぜ・・・」

「一緒に行くのは別にかまわんがわざわざ俺を追いかけてくることはないんじゃないか?」

為政がそう言うとグイズノーは笑い出した。

「?????」

「いや、すまん。実は今傭兵隊内である賭をやっていてな。」

「それで?」

「隊長のお前さんが今日、幾つのチョコを貰えるかというのなんだが。」

「・・・、おい。」

「そんでもってオレが立会人というわけだ。と言うわけで今日一日よろしく。」

内心気に入らない為政ではあったが無下に拒否するのも大人げないと思い、しぶしぶ承諾したの

であった。

 

 「トダさんじゃないですか。」

為政とグイズノーの二人がサウスドルファン駅の前を歩いていると後ろから声を掛けられた。

その声に振り返ってみるとそこには私服姿のテディーが大きな紙袋を手に立っていた。

「おはようございます、テディーさん。」

為政が朝の挨拶をするとテディーも微笑みながら言った。

「おはようございます、トダさん。ちょうど良いところで会いましたね。」

そう言うとテディーは紙袋の中に手を入れるとごそごそと探った。

「はい、どうぞ。」

そう言われて為政が手渡された物は一つの小さな包みであった。

「これは・・・」

「今日はバレンタインデーですからね。

入院患者さんたちの為に用意したんですけど・・・、ちょっと小さかったかしら。」

「いいえ、嬉しいですね。どうもありがとう。」

為政が素直にお礼を言うと

「そうそう。なんと言っても一個は一個ですから。」

とグイズノーが茶々を入れた。

「え!?」

テディーな何かと聞き返そうとしたので為政は素早くお礼を言うとその場を慌てて立ち去った。

 

 「おい、グイズノー。ああいう場面で茶々入れるんじゃない。」

為政はグイズノーを怒鳴りつけた。

するとグイズノーは頭をぽりぽりかきながら言った。

「すまんすまん。つい悪戯心が抑えられなくてな。」

「ついじゃないぜ、まったく・・・。」

二人でそんなことを話しながら歩いているとドルファン学園前にさしかかった。

「おっ、今度も期待できそうだな。」

「だからそういうことを言うな。」

そんなことを言い合っていると不意に声が掛けられた。

「トダさんにグイズノーさんじゃないですか。」

その声に慌てて前を向くとそこにはソフィア・ハンナ・レズリー・ロリィの四人がいた。

そしてー

「お兄ちゃん、これあげるね。」

「アンタには何かと世話になっているからな。」

「まあせっかく会ったんだしそのついでに。」

口々にそう言ってチョコを為政に手渡したのであった。

そしてソフィアはー

「あのぅ・・・、これ皆さんで食べて下さい。」

そう言って差し出したのは大入り徳用チョコレートであった。

「・・・、ありがとう。」

「それでは学校がありますので。」

そう言うとソフィアたち四人は校舎へと入っていった。

 

 「これは三個になるのか、それとも四個?」

為政は貰ったチョコを鞄に詰め込みながらグイズノーに尋ねてみた。

「後で決めるさ、オッズの低い方にな。」

「それで良いのか?」

為政があらためて尋ねるとグイズノーは笑いながら言った。

「いいの、いいの。賭の胴元はオレだからな。」

「おいおい・・・」

二人が馬鹿っ話をしていると目の前をライズが音もなく通り去った。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

顔を見合わせた二人はそのまま黙り込んでしまった。

まあ確かにあのライズがチョコをくれるわけはない。

そんなことは重々承知していたが現実にこういう態度をとられると・・・。

「・・・・行くか。」

「おう。」

二人はそのままセナリバー駅前を通り過ぎて訓練所へと向かった。

 

 

 今日がバレンタインデーということもあって傭兵たちは浮かれ気味であったが、幸いなんの事故もなく

今日一日の行程は全て終了した。

定時になると傭兵たちは一斉に訓練所を後にした。

それぞれ行きつけの酒場や娼館にしけこみ、チョコをねだるのであろう。

そんな傭兵たちをみた為政は彼らに男としての悲哀を感じた。

その背中がとてつもなく哀れさを誘ったのだ。

為政は隊長としての書類処理を行うと30分ほど遅れて訓練所を出た。

もちろんグイズノーも一緒である。

そのまま二人は朝来た道を辿りながら兵舎へと向かった。

「お前さんはいいのか?」

為政は隣にいるグイズノーに尋ねた。

「何がだ?」

「チョコレートだよ。他の連中は貰いに行ったようだが。」

するとグイズノーは興味なさそうに言った。

「オレは甘い物が嫌いなんだよ。」

「そうか。」

分かりやすい理由に為政はただ納得するしかなかった。

 

 そのまま二人は今朝テディーと出会ったサウスドルファン駅前にさしかかった。

すると

「あら、ユキマサじゃないの。」

という明るい声が響いた。

振り返ってみるとそこにはお忍び中なのであろう、プリシラが立っていた。

挨拶しようとした為政ではあったが隣にグイズノーがいることを思い出した。

「やあ、プリ・・・ム・」

一瞬怪訝そうな表情を浮かべたプリシラではあったが、すぐにグイズノーの存在に気づいたようで

すぐに元の笑顔に戻った。

「そうそう、プリムよ。ところでユキマサ、良いところであったわね。これあげる。」

そう言うとプリシラはチョコを為政に手渡した。

「こてはどうもありがとう。」

為政が礼をいうとプリシラは顔の前で手をぱたぱた横に振った。

「いいのいいの、そんなに気にしなくって。侍女じゃなくてメイドから取り上げた物なんだから。」

それを聞いた為政はプリム(本物のプリムの方)の顔を思い出した。

(気の毒になぁ。)

そうこうしている内にプリシラはお城の方へと帰っていった。

 

 「なかなか可愛い子だったじゃないか。」

プリシラと別れてすぐにグイズノーはそう言った。

「ん?そうかもな。」

「どんな子なんだ?オレは聞いていないなぁ。」

「前に話していなかったっけか。あんも待ちぼうけを食らわせれた子だよ。」

為政がそう言うとグイズノーは笑い出した。

「ああ、あの子がそうだったのか。そんでどういう素性の子だったんだ?」

そうは言われても本当の事を話すわけにはいかない。

為政は適当に誤魔化して教えた。

「そうか、それよりも今日はもう打ち止めか?」

「・・・、そうじゃないかな。

少なくともこれ以上チョコをくれるような性格の女性は知り合いにいないからな。」

それを聞いたグイズノーは満足げに肯いた。

「合計6個か。クッククク。いやぁー儲かった儲かった。」

「ほどほどにしておけよな。」

為政がそう言うとグイズノーは軽く答えた。

「分かってるって。」

 

 こうして2月14日、バレンタインデーは幕を閉じたのであった。

 

 

あとがき

タイトル通りバレンタインデーの出来事を中心にした話です。

正直言って楽に書けた話でしたね。

ほかにクレアさん・リンダ・ジーンもでていますがどのキャラもこの段階ではチョコを為政にあげる

ほどではありせんから。

計6個という結果になりました。

ちなみに私がまともにバレンタインデーでチョコをもらったのは小学校1年の時。

以降十数年間もらったことはないです。

まあこういうお祭り騒ぎが好きではない私にはどうでもいいんですが。

 

さて次回は第十五章.「傭兵の休息」です。

おたのしみに。

 

平成12年11月14日


 

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