第十二章.平和と策謀

 





 年の瀬の迫った12月24日。

傭兵隊隊長戸田為政はプリシラ王女に招待状を貰ったため、クリスマスパーティーに参加すること

になった。

もっとも王女誕生日のときとは違い傭兵隊の士官全員、すなわち騎士待遇の者全てが招待された

のであった。

とはいえ王室主催のパーティーのこと、堅苦しいのは合わないとという連中は参加を見送ったた

め、実際にパーティーに参加したのはその半数ほどであった。

 

 「はぁー。」

為政は大きなため息をついた。

パーティーが始まって30分余り。

すでに為政以外の傭兵は一人もこのパーティー会場にはいなかった。

パーティー会場は上流階級用と庶民用の二つ。

傭兵隊の面々が招待されたのは上流階級用であったが、会場にいる貴族や騎士たちの、お世辞

にも好意的とは言いかねる視線に耐えかねて、一人また一人と会場から立ち去ってしまったので

ある。

壁の花の化していた為政も、孤立無援となってますます厳しくなる視線に耐えかねて庶民用の

会場に移ろうとした

 

 パーティー会場の巨大な扉をくぐり抜けようとしたとき、為政は一人の着飾った少女とぶつかり

そうになってしまった。

「失礼。」

為政が少女に謝ると少女は驚きの表情を浮かべた。

「貴方・・・、ハンナさんと一緒にいた方ではないかしら?」

その言葉を聞いた為政は少女のことを思い出した。

「あんたは・・・リンダ・ザクロイドって言ったか。」

するとリンダは頬に手を当てると高笑いをした。

「ホッーホホホ。覚えていたようね。ところで貴方の名前は何だったかしら。」

そういえばまだ自己紹介していなかったことに気づいた為政は名乗った。

「俺の名は戸田為政だ。」

それを聞いたリンダは少しだけ表情を強ばらせた。

「貴方があの・・・、噂は耳にしているわ。

なんで貴方がハンナさんと知り合いかは存じませんけど私に近づけたことを光栄に思う事ね。」

そう言い残すとリンダは為政の前を通り過ぎ、すたすたと上流階級用のパーティー会場内へと入っ

ていった。

 

 

 「良くやったわね。」

少女は目の前のメイドに声を掛けると一通の書類を受け取った。

封筒に包まれているその中には約半年間にわたる諜報活動の成果が暗号で記されている。

「ありがとうございます、サリシュアンさま。」

その言葉を聞いた少女は眉をひそめた。

「その名前では呼ばないで。敵に気取られるわ。」

「も、申し訳有りません。」

「・・・、いいわ。それじゃあ気をつけて。」

「はい。」

メイドは少女に返事をすると仮の仕事をこなすべくその場を立ち去ったのであった。

少女は受け取った書類を誰にも気づかれぬよう素早く隠した。

その時不意にパーティー会場にざわめきで、そしてすぐに静寂で包まれた。

少女がそちらの方に視線をやると数名のお供を連れた少女が会場へと現れたところであった。

それを見た少女は瞳に憎しみの光を浮かべながら呟いた。

「あの女が・・・あの男の娘なのね・・・。」

 

 為政はもう一つの庶民用パーティー会場へ逃げ込むと早々に酒をちびちびと飲みだした。

もともと礼儀作法やダンスが苦手な為政にとってみれば、誘われない為にも最も効果的な手段で

あるのだ。

すでに為政よりも先にこの会場へ逃げ込んだ傭兵たちの何人かは気のあった女の子と共に街へ

と繰り出している。

一晩の逢瀬を楽しむのであろう。

 

 それから数分後。

それまで喧噪に包まれていたパーティー会場は突然静かになった。

何事かと思い為政が周囲を見渡すと、一人の少女がパーティー会場に現れたからであった。

その少女はプリシラ王女であった。

(前にもこういうことがあったな・・・。)

為政が二ヶ月ほど前のことを思い出しているとプリシラは壇上に上がりスピーチした。

「今日はクリスマスパーティーです。皆で精一杯楽しみましょう!」

プリシラのスピーチの終了と同時に一斉に盛大な拍手がおこった。

プリシラは気さくで明朗快活な性格ゆえに広く国民から人気があるのだ。

そのまま壇上から降りたプリシラは挨拶回りを始めた。

やがて為政の近くまで来たプリシラは為政に気づいたらしく一瞬顔を輝かせ、しかしすぐに王女の

顔に戻った。

そして王女の威厳を保ったまま為政に声をかけた。

「これはトダ殿、楽しんでいますか。」

そう言った後、プリシラは声を潜めていつもの口調で言った。

「ちょ、ちょっと何でこんなところにいるのよ。招待したのはこの会場ではなかったはずよ。」

同行しているメッセニ中佐の視線が気になったものの為政は無視して、プリシラと話すことにした。

「居心地が悪かったんでこっちに逃げ出したんだ。

なぜ傭兵ごときが此処にいるんだって視線で見られるからね。」

「そうだったの。それにしてもあいつら・・・、今度文句言ってやる。」

為政は思わず焦ってしまった。そんなことをされては堪らない。

「い、いやいいよ。彼らの気持ちは充分に分かるからね。」

「そう?」

「ああ。故郷では彼ら騎士階級のような地位にいたからね、自分でも昔はああだったし。」

「ふーん、それなら別にいいんだけど。じゃあ楽しんでいってね、ユキマサ。」

プリシラはそう言うと為政のまえから去り、挨拶回りを再開したのであった。

 

 プリシラが立ち去った後、為政は数人の人たちから話しかけられた。

王女様に話しかけられた男の素性に興味を持ったのであろう。

しかし為政はめんどくさいので適当にあしらうだけ。

その内に人々も好奇心が満足したのであろう、一人また一人と去っていき、再び為政は一人で

のんびり出来るようになった。

そこで為政は壁際にあった椅子に腰掛けると大きなため息をついた。

すると当然、為政に話しかけてきた者がいた。

慌てて顔を上げるとそこには20才ぐらいの女性が立っている。

「お久しぶりです、トダさん。」

女性はそう言ったが為政にはとっさに彼女が誰であるのか思い出すことが出来なかった。

(えーと、誰だったけ?どこかで見た覚えは間違いなくあるんだが・・・。)

考え込んではみたものの思い出せない為政は女性に尋ねてみた。

「えーと、すいません。どちら様でしたっけ?」

すると女性はくすくす笑いながら言った。

「テディーです、トダさん。国立病院で看護婦をしている・・・」

「えっ!?テディーさん・・・、そう言えばそうですね。」

為政は驚きを隠しもせずにそう言った。

「そうです、分かりませんでしたか?」

「ええ、なんと言っても私は白衣姿しか知らないものですから。」

為政の言葉にテディーはまたくすくすと笑った。

「そう言えば会ったのはいつも病院でしたからね。」

そのまま二人はとりとめのない話で盛り上がったのであった。

 

 「お兄ちゃん!!」

テディーと親しく会話していると突然、為政の耳に馴染みの声が飛び込んできた。

為政はその声がした方向に目をやろうとしたが、その前に一人の少女が飛びついてきた。

「危ないぞ、ロリィ。」

そう言うと為政はロリィを体から引き離した。

よく見ればロリィだけでなくソフィア・ハンナ・レズリーも一緒だ。

「よう、みんな元気か。」

為政がそういうと着飾った四人は肯いた。

「お久しぶりです、トダさん。・・・お邪魔でしたか?」

ソフィアはテディーに気づいていたらしく申し訳なさそうに言った。

どうやらハンナ・レズリーもそんな風に見ていたらしい。

ロリィは全く気にしてはいなかったようであるが。

為政は苦笑いしながらテディーのことを四人の少女に紹介した。

「こちらは国立病院の看護婦テディー・アデレードさんだ。前にお世話になってな。」

為政の紹介にテディーあは少女たちに軽く会釈をした。

するとテディーのことを聞いたソフィア・ハンナ・ロリィの三人は目を輝かせた。

レズリーは相変わらず大人びたというか醒めた表情ではあったが。

「凄いんですね、テディーさんって。」

「白衣の天使かー。うーん、ボク憧れちゃうな。」

「お姉ちゃん、格好いい!!」

三人の少女たちの反応にテディーは照れ笑いを浮かべた。

「そ、そんなに大したものではないんですけど・・・。」

それを来たソフィアはきっぱり断言した。

「いいえ、立派です!手に職を持って自立しているなんて・・・凄いです!」

「そうかしら・・・」

そんな話をしているとやがて八時を告げる鐘の音が響いた。

「あら、もうこんな時間なのね。」

テディーはあらっといった感じで言った。

「もう帰るのかい?」

為政がそう尋ねるとテディーは肯いた。

「ええ、この後九時から夜勤があるんですよ。すいません。」

そう言うとテディーはパーティー会場を後にしたのであった。

 

 テディーが帰って約二時間後。

楽しかったパーティーも終幕の時間を迎えた。

多くの人たちがそれぞれ夢の世界から現実へと戻っていく。

「送ろうか?」

為政はソフィアたち四人に言ったが彼女たちは断った。

「平気ですよ、トダさん。」

「そうそう、大丈夫大丈夫。」

少女たちはそうは言ったが為政はちょっと不安であった。

するとレズリーが言った。

「今日はみんな。夜遅くまで起きているんだ。それに帰り道が一緒の連中だっているさ。」

「それもそうか。」

とりあえず為政は納得する事にした。

 

 「それじゃあね、バイバイ。」

「お休みなさい、トダさん。」

「じゃあな、ユキマサ。」

「お兄ちゃん、お休みー。」

少女たちと別れの挨拶を交わした為政はドルファン城を後にした。

街ではいまだに多くの人たちがクリスマスを楽しんでいるようである。

そののどかな風景に為政の頬はゆるんだ。

(この街を・・・、この人たちの平和を・・・、俺たちは守っているんだな・・・。)

そんな気恥ずかしいことを為政に考えさせた一夜であった。

 

 

あとがき

とりあえずクリスマスのお話です。

またこれでやっとドルファン歴26年のお仕舞い。

つぎからはドルファン歴27年に突入です。

九ヶ月に十二章も費やしているんですからね・・・。

だらだらと長いという気がしてきた。

 

さて次回は第十三章「闘技場にて」です。

お楽しみに。

 

平成12年11月12日

 

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