第十章.傭兵隊再編

 





 その日、傭兵隊隊長戸田為政は兵舎内にある書庫にいた。

文盲ばかりの傭兵たちの住処になぜ書庫があるのかは不明であったが本好きの為政はここをよく利用していた。

なにより利用者がほとんどいないため、兵舎内においては唯一と言って良いほど静かな場所でもあったから

であった。

 

 「ふーん、こんな考えもあるのか・・・。」

為政が手にしているのは軍略書の一冊である。

それも主に軍の編成に関する物で、ここドルファンのみならず欧州全てを網羅するという分厚い本であった。

なぜ為政がこんな本を手にしているかと言えばたった一つしか理由はなかった。

傭兵隊の第二次徴募である。

これによって傭兵隊はいまや400名以上の数になったのだ。

イリハ会戦で死傷した兵員の補充のためであったわけだが傭兵隊は今や戦力のバランスの欠いたものに

なってしまっていたのである。

そこで傭兵隊は再び編成を組むことになったのだ。

ところがかって傭兵隊の編成を決した人材、ヤング中佐は今は亡くその他の教官たちも騎士団再編のため

いなくなり、今や残っているのはマデューカス少佐を筆頭とする事務官たちのみ。

そこで傭兵隊の指揮官である為政に編成するよう命令が下ったのであった。

 

 「やっほー、調子どう?」

為政が書庫で何十冊もの軍略書と格闘しているとピコが現れ、そう声を掛けてきた。

ピコをちらりと一瞥した為政はそのまま視線を元に戻すと再び軍略書に取り組み始めた。

「ちょ、ちょっと為政、その態度はないんじゃない。」

ピコはそう叫んだが為政はそれに対して受け答えする気にはならなかった。

なんせ部隊編成案締め切りは明後日なのだ。

とは言えまったく相手にしないとあれこれうるさいことは目に見えている。

やもえず為政はピコに向かって口を開いた。

「やかましい!俺は今ものすごく大変なんだ!お前の相手になっているほど暇じゃない。」

それを聞いたピコはむっとした表情を浮かべた。

「何よ、その言いぐさ!もっと早くやっておけば良かったじゃない!」

「うるさい!俺だってそうしたかったわい!

ただこの話が俺の元に届いたのは一週間前だったんだ!」

それを聞いたピコは哀れみの表情を浮かべた。

「じゃあ為政、数日間でこんなに沢山の本を読んでさらに編成を決めるの?」

「ああ、そうだよ。おかげでここ数日の間まともに寝ていないんだ。

だから邪魔しないでくれ!」

さすがのピコも今回の一件の大変さは分かってくれたらしく大人しく書庫を出てくれて行ったのであった。

 

 翌日、為政の部屋(昔は四人部屋だったが将校になると一人部屋)に二人の男が来ていた。

傭兵隊副隊長オーシン・ハウザー中尉と騎馬隊隊長ロイド・ベッカー中尉である。

二人はともに優れた傭兵であり、諸般の事情で隊長にこそ選ばれなかったものの、傭兵隊の双璧をなす人材

であった。

 

 「どうだ、この案は?」

為政はハウザーとベッカーの二人に約一週間かけて練り上げた編成案を見せた。

その内容は、実戦経験のほとんどない補充された連中に長槍を持たせて前衛とし、腕の立つベテランたちには

各自好みの武器を装備して中備えとし、弓の腕の立つ者を集めて弓隊を攻勢し後衛とするというものであった。

「騎馬隊はどうなるんです?」

元騎士にして騎馬隊隊長のベッカー中尉は編成案を聞くなり為政に尋ねた。

「騎馬隊か、基本的には独立させようと思うんだが。」

「と言いますと?」

「中尉に一任といった感じだな。俺は騎兵を指揮したことはないから。」

それを聞いたベッカー中尉は嬉しそうに頷いた。

「自分に任せてくれるとは嬉しいですね。」

「とは言っても一個小隊にも満たないが・・・。」

「なんのなんの。そんだけあれば充分ですよ、突撃にしろ偵察にしろね。」

「それならいいが・・・。ハウザー中尉、何かあるかね?」

すると無表情のままハウザー中尉は口を開いた。

「新兵たちの扱いですがこれで平気なのでしょうか?」

やっぱりそう来たかと思いつつ為政は答えた。

「ああ、平気だと思う。俺の故郷ではなんら問題はなかったし、ここ欧州でも昔はよく使われたらしいからな。」

するとハウザーは肯きながら言った。

「マケドニアン・ファランクスですね。」

「ああ、そうだ。もっともあそこまで戦力を集中させるつもりはない。横二列ぐらいを想定しているな。」

「了解しました。それならば依存ありません。それともう一つ質問が有るのですがこの工兵隊、なぜ

このような部隊を?」

「それか。それは騎士団が協力してくれれば必要ない部隊なんだが・・・、その可能性は薄そうだからな。」

それを聞いたハウザー中尉は肯き、付け加えた。

「それなら軍医や衛生兵も付け加えたらどうです?」

しかし為政はすぐには頷けなかった。

「うーん、わざわざ医者を雇うのは無理じゃないか?」

「元医学生という経歴の持ち主がいますよ。剣の腕前はへぼいですが。」

それを聞いた為政はしばらく考え込んだ後、頷いた。

「よし、いいだろう。しかし一人では役に立たないんじゃないのか?」

するとハウザー中尉は答えた。

「私が3.4人、見繕っておきましょうか?」

「そうか、それならばいいか。中尉、人選は任せるぞ。」

するとハウザー中尉は頷き命令を承諾した。

「それでは・・・、これで編成案は良いな?」

すると二人の中尉は頷いたのであった。

 

 そしてさらに翌日。

為政は編成案をまとめたレポートをもってマデューカス少佐の元を訪れた。

「戸田大尉入ります。」

そう言って執務室に入ると少佐は机の上の書類に目を通しているところであった。

「おう、来たな大尉。出来たのか?」

そこで為政は編成案をまとめたレポートを提出した。

すると少佐は中身を確認もせずに承認印の判を押した。

「しょ、少佐・・・」

「ん?何だ。」

「内容は確認しないので?」

すると少佐は笑いながら答えた。

「俺が中身を見たところで不都合なんか分からないからな。大尉、君を信用するさ。」

「はあ・・・」

「よし、下がっていいぞ。短期間でよくまとめたな。ご苦労だった。」

少佐の励ましを背に聞きながら為政は執務室を後にした。

こんなにあっさり認めてくれるなら少しぐらい手抜きしておけば良かったと思いつつ。

 

あとがき

予告どうり女性陣が全く出てこないお話です。

ピコがちょい役で出てきたぐらいですから。

 

とりあえず傭兵隊の編成の話です。

以後もこの編成を基準に進めていきます。

まあなくても全く支障はないんですけどね。

 

さて次回は第十一章「相棒」です。

次回をよろしくね。

平成12年11月8日   ロリィの誕生日に

 

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