それは秋が深まりつつあった十月半ば過ぎのある日のことであった。
傭兵隊隊長戸田為政は先月に引き続きマデューカス少佐に呼び出された。
先月呼び出された時には剣術大会への参加という面倒な事だったので、今度は何をやらされるのかと
戦々恐々としながら為政はへと向かったのであった。
執務室前についた為政はおそるおそるドアをノック、室内へと入ったのであった。
「戸田為政まいりました。」
大きな声でそう叫ぶと少佐は大きく肯いた。
「良く来たな、大尉。楽にしたまえ。今日は君に渡したい物があってな。」
そう言うとマデューカス少佐は一通の封書を手渡した。
「これは?」
「今月の二十六日、わが国の王女プリシラ様の誕生パーティーが催される。これはその招待状だ。」
「私にですか?」
為政は思わず耳を疑った。
どこの馬の骨とも知れない傭兵風情が王女様の誕生パーティーなど考えれなかったからである。
「そうとも、間違いなく君宛だよ、だから大尉。例え何があろうとも必ず参加するように。これは上官としての命令だ。」
「了解しました、少佐。」
為政は力強く答えた。軍人にとって命令は絶対なのだ。
「ところで大尉・・・・。」
マデューカス少佐は急に声を潜めると為政に耳うちした。
「この招待状を手配して下さった方に心当たりはないかね?」
そう言われた為政は考え込んだ。
しかし生憎とそのような心当たりはなかったのでその旨を少佐に伝えた。
「そうか・・・、分かった。下がっていいぞ・・・・。」
そこで為政は言われた通り素直に退室したのであった。
その日の夕方、訓練を終えた為政は数人の仲間たちとともに会話しながら帰路についていた。
「そういえばユキマサ、昼間の呼び出しありゃ一体何だったんだ?」
グイズノーがふと思い出したかのように尋ねてきた。
「なんだその件か。それならこいつだったんだよ。」
為政は懐からパーティーの招待状を出し、その場にいた男たちに見せた。
「なんだい、これは?」
何人かの傭兵たちは字が読めないのでそんなことを言ったが士官クラスの傭兵はどよめいた。
「こ、こいつは・・・王女様の誕生パーティーの招待状!?」
「す、凄い・・・、よくこんなたいそうな物もらえたな。」
「そんなにたいそうな物なのか?」
たかが傭兵に与えられるものではないとは分かっていたがあまりの驚きように為政は尋ねてみた。
「当たり前じゃよ。こいつはな、それなりの高い地位を持つ貴族たちにしか与えられないような代物じゃよ。」
ギュンター爺さんは顔をひっつけんばかりに近づいて言った。
「騎士でさえ招待されることは滅多にないんじゃぞ。」
「ふーん、それで少佐はあんなことを言ったのか。」
為政がぽっつり呟いた言葉をグイズノーは聞き逃さなかった。
「何を言ったんだ少佐は?」
そこで為政は執務室でのやりとりをその場にいた男たちに話したのであった。
「きっと少佐は傭兵隊から転属させて欲しくてお偉いさん方と渡りをつけて欲しかったんだぜ。」
為政の話を聞いたグイズノーはすかさずそう言った。
「ワシもそう思う。傭兵隊なんぞに居っても出世など出来んからのう。」
それに対してギュンターじいさんも賛同の声を上げ、ホーンも
「お主もそうじゃろ。」
という爺さんの言葉に肯くことで賛意を表した。
その他の傭兵たちは言わずもがなである。
「いいな、オレも参加してみたいよ。」
「冥途の土産に見に行きたいのう。」
グイズノーもギュンター爺さんも行きたがっていたものの、招待状で招かれたのは為政のみ。
残念ながら二人を連れていくわけにはいかないのだ。
「悪いがこいつは俺一人有効なんだよ。夫人とか恋人なら同伴OKらしいんだけどな。」
為政は二人に申し訳なさそうに言った。
するとギュンター爺さんがとんでもないことを言った。
「なら女装でもしていくかのう。」
「えぇー!!!」
その場にいた傭兵は一人だけ残して驚きの声をあげた。
「正気かよ、爺さん!」
「爺の女装なんか見たくもないぞ!」
「やめとけって、笑い者になるだけだぜ。」
そんなみんなの反応を聞いた爺さんは残念そうに呟いた。
「やっぱり止めておくべきかのう。」
このままではやばい事態になりそうなので為政は口を挟んだ。
「爺さんよ、俺としても笑い者にはなりたくないんだ、済まないな。」
この言葉に爺さんは納得してくれたらしい。
「残念、無理か。」
と諦めてくれたのであった。
10月26日、王女誕生日当日。
為政はパーティーに出席するべく傭兵隊の正装にあたる第一種軍服を着てドルファン城へと向かって歩いていた。
遅刻するまいと早めに兵舎を出たので時間にはまだゆとりがある。
そこでゆっくりと歩いているとサウスドルファン駅の近くで顔見知りの少女を見つけた為政は挨拶の声を掛けた。
「やあソフィア、元気かい。」
するとソフィアも笑顔で応えてくれた。
「こんにちはトダさん。お久しぶりです。ところで正装なさっていますけどどうかしたんですか?」
「王女様の誕生パーティーに招かれてね。」
為政がそういうとソフィアは驚きの表情を浮かべた。
「凄いですねトダさん!滅多に招待されるようなものではないんですよ!」
「そのようだな。イリハ会戦での手柄に対するご褒美なんきゃないかって言うのが仲間内で得た結論なんだがね。」
「きっとそうですよ。」
二人でそんなことを話していると突然為政の背後から殴りつけてきた男がいた。
為政は振り向きざまその男の拳をかわすと背負い投げの要領で投げ飛ばした。
その投げ飛ばされた男は40才ぐらいであろうか、その目は妙にトロンとしていた。
「お父さん!?」
それを見たソフィアが驚きの声を上げた。
どうやらこの男はソフィアの父親であるらしい。
「おい貴様、うちの娘に近づくんじゃねぇ!」
ソフィアの親父は酒臭い息を吐きながら起きあがるとそう喚いた。
そんな父親をソフィアは止めようとしている。
(よくこんな親父からソフィアみたいな子が産まれたよなぁ。)
為政がそんなことを考えていると親父はソフィアに対して怒鳴り立て始めた。
為政に因縁をつけることで鬱憤晴らしをしようとしたのに娘に止められて腹が立ったのであろう。
「だいたいだな、お前にはジョアン君という立派な婚約者がある身でありながらだな、こんな東洋人のやからと・・・・。」
親父の説教(あくまでも本人としてはである)はくどくど続けられた。
強制的に黙らせることは容易かったがソフィアの気持ちをおもんばかり、為政は黙ったままでいた。
言いたいことだけ言い終わると親父はソフィアの親父は酒をあおりながら千鳥足でその場を立ち去ったのであった。
「すいませんでした、トダさん。父が・・・・」
顔を真っ赤にしたソフィアが心底恥ずかしそうに為政に頭を下げた。
それに対して為政はソフィアに気遣いながら言った。
「別に気にすることないさ、いつものことだしね。それにしても・・・・、大変だね。」
「はい・・・、よく言われます・・・。」
ソフィアは恥ずかしそうに小声で言った。
「まあそれでも君のことを心配してくれているようだしね。」
為政の言葉にソフィアはほっとした表情を浮かべた。
「そう・・・ですね。父も昔はああではなかったんですが・・・。」
「人は誰でも変わるものさ、良しにつけ悪しにつけね。」
為政がそういうとソフィアは実感をこめて肯いた。
「そうかもしれませんね・・・。」
「そうさ。それよりそろそろ俺は行くよ。ずいぶん経ったしね。」
実際のところ、ソフィアの親父に時間をとられたせいで時間にゆとりがなくなってしまっていたのだ。
「すいません、足止めしてしまって。」
「何、気にすること無いさ。話しかけたのはこっちなんだから、それじゃあ。」
為政はソフィアに別れを告げるとドルファン城へと歩いて行った。
ドルファン城〜それは首都城塞の中心に位置する城である。
政治の中心であり、この国のシンボルでもある。
そして今日行われる王女誕生パーティーの会場でもあるのだ。
普段は厳粛な感じのする城も今日ばかりは非常に明るい雰囲気を醸し出している。
城に着いた為政は招待状を近衛兵団所属の門番へと手渡した。
「傭兵隊隊長のトダ大尉ですね、お話は伺っております。こちらへどうぞ。」
門番に案内され門を潜った為政の目の前には豪華な宮殿が広がっていた。
もちろん豪華とはいえしっかりと実戦を想定した様々な設備(堀や土塁など)がもうけられていた。
しばらく周囲を見渡したもののすぐに飽きた為政は宮殿の中へと入っていった。
宮殿に入ると一人のメイドが声を掛けてきた。
年の頃は15.6才ぐらいであろう、なかなか可愛い少女である。
「あの・・・すいません、傭兵隊のトダ大尉でしょうか?」
「ああ、そうだが。」
為政がそう答えるとメイドはほっとした表情を浮かべた。
「失礼しました。プリシラ王女が謁見の間でお会いなさるそうです。どうぞこちらへ・・・。」
メイドに謁見の間に案内されている間、為政は考えを巡らした。
(プリシラ王女だって?つまり俺を招待したのは王女様だっていうのか?やはり戦いの話でも聞きたいのだろうか?)
そんなことを考えている内に為政は謁見の間の前へとたどり着いていた。
「中でお待ちになっていて下さい。」
可愛いメイドはそう言うとその場を立ち去った。
そこで為政は言われた通りに謁見の間内へと足を進めた。
為政が中に入るとそこには一人の男がいた。
四十才過ぎぐらいであろうか、髭を生やしておりその制服から近衛兵団の中佐であることが一目で見て取れた。
為政の視線に気づいたのであろう、中佐は咳払いをすると口を開いた。
「私の名はミラカリオ・メッセニ。見ての通り近衛の者だ。これから王女様がここにおいでになる。
貴公と直接話がしたいそうなのだが・・・、くれぐれも無礼のないようにな。」
それからしばらくすると豪華なドレスに身を包んだ少女が現れた。
彼女こそがプリシラ王女なのであろう。
当然のことながら王女とは初対面のはずであった、しかし為政には王女の顔に見覚えがあった。
なぜ見覚えが在るのだろうと考えこんでいると王女が口を開いた。
「貴方が傭兵隊のトダ殿ですね。今日は私の誕生パーティーに来て貰えて嬉しく思います。
ところで貴方と会うのは今日で二度目なのですが前に会った時のこと、おぼえていますか?」
前に会った時とは似ても似つかない口調ではあったが、為政にはその声が夏休みの最中に出会った
少女であることに気づいた。
「はい、二ヶ月前のことですがよく覚えています。」
為政がそう言うと王女は満面の笑みを浮かべすぐ側にまで駆け寄ってきた。
その笑顔はまさにあの時の少女そのままであった。
「嬉しい・・・、覚えていてくれたのね。あの時はごめんね、約束すっぽかしちゃって。
あの日は運悪く城が抜け出せなくって代わりにメイドのプリム、貴方を案内させた子なんだけど・・・
あの子ドジだから貴方を見つけられなかったのよ。
ちなみにあの時名乗ったプリムっていう名前はその子の名前よ。
まさかあの時プリシラ・ドルファンって名乗る訳にはいかなかったし・・・。」
「ゴッホン!」
メッセニ中佐がプリシラ王女の話を遮るかのように咳払いした。
「あらっ・・・、私ったらつい夢中になってしまって・・・。」
プリシラ王女は恥ずかしそうに顔を赤らめたもののすぐに元の表情に戻って話を続けた。
「とにかく再会できて嬉しいわ、ユキマサ。今日は私の誕生パーティー、存分にくつろいでいってくださいね♪」
そこまで言ったところでプリシラ王女は為政の耳元にささやいた。
「ところでまた今度どっか行かない?お城の中って退屈なのよね。」
為政がそれに答える前にメッセニ中佐は再び咳払いをした。
どうやらメッセニ中佐にもプリシラ王女のささやき声が聞こえたらしい。
プリシラ王女は苦笑いすると
「さあ会場の方へ・・・、私は後から参りますので。では失礼。」
そう王女らしくいうと優雅な足取りで謁見の間を立ち去ったのであった。
「おい、東洋人!」
プリシラ王女が立ち去ったのを見るやメッセニ中佐は為政を怒鳴りつけた。
「貴様、つまらん問題を起こしたら即刻軍事裁判にかけて処刑してやるからな!」
ふと茶目っ気を出した為政はメッセニ中佐をからかう事にした。
「中佐、私は外国人なのでよく分からないんですがつまらない問題って何です?」
すると今まできりっとした実直な軍人風であった口調がしとどもどろになってしまった。
「そ、それはだな・・・つまり・・・そのぅ・・・何というか・・・口に出すのも憚れるというか・・・、
とにかく問題を起こすんじゃないぞ、トダ大尉!!!」
そう言い残すとメッセニ中佐は憤懣やるせないといった感じで足音荒くその場を立ち去った。
為政は再びメイド(プリムというらしい)に案内され、パーティー会場へやって来た。
そこでは多くの上流階級の人間たちが集まっており会話を弾ませていた。
当然のことではあるがたかが傭兵ごときの存在である為政に話しかけてくる者など一人もいない。
こういった固苦しい儀式やパーティーが苦手な為政はこれ幸いとばかりにテーブルの上に並んでいる豪華な料理を
食べ始めた。
為政が豪華な料理を夢中になって食べていると今日のパーティーの主役であるプリシラ王女が現れた。
それと同時に今まで会話を弾ませていた貴族たちや高級騎士たちは一斉に喋るのを止め、
プリシラ王女の方に視線を向けた。
為政も皆にならって食事をするのを止め、プリシラ王女に視線を向けた。
(ああしていると間違いなく王女様だよなぁ。)
為政がそう思っていると王女は一段高くなっている壇上に上がった。
そして人々の視線が集まる中、プリシラ王女は堂々と臆することなく皆の前に立ち挨拶した。
「みなさん、今日は私の誕生パーティーに来て貰えて嬉しく思います。今日は存分にくつろいでいって下さいね。」
そう言うとプリシラ王女はパーティーの参加者たちに挨拶回りを始めた。
それを見た為政は自分には関係ないなと思い、中断していた食事を再開したのであった。
すると十分後ぐらいであろうか、為政のすぐ側にやって来たプリシラ王女が声を掛けてきた。
「トダ殿、楽しんでいますか?」
プリシラ王女のその一言に為政の周辺の人間たちの間にどよめきがおこった。
「おお・・・、あの東洋人、あのように王女様と親しげに。一体何者なのだ?」
「イリハ会戦でヴァルファバラハリアン八騎将の一人を討ち取った男らしい。」
「それは凄い、人は見かけにはよらないものだな。」
「今度、うちのパーティーにも招いてみるか・・・。」
「私たちも王女様にお近づきたいのに・・・、羨ましいですわ。」
そう言った周囲のざわめきを聞くとプリシラ王女はイタズラっぽい表情を浮かべ、為政の耳元に囁いた。
「貴方の注目度アップよ、ふふふ。ユキマサ、頑張ってね。」
そう言い残すとプリシラは別の客の元へと挨拶すべくその場を立ち去った。
微かな甘い香りを残して・・・。
あとがき
第九章、これで完成です。
これで大体五分の一ぐらいのところまで来たでしょうか。
これからは長い話が増えてくるし・・・、キーボードを打つのが大変です。
さてようやくプリシラの出番です。
第六章でも出てきますがあっちは名前は出てきませんからね。
こっちの方が正式なお目見えということになるでしょう。
さてここまで書いて思ったこと、それはタイトルの難しさです。
とくに今回のタイトルのセンスのないことと来たら。
我ながら情けないですが話そのものを書くより難しい。
なんか良いアイデアないかなぁ?
さて次回は第十章「傭兵隊再編」です。
女性陣は全く出てきませんがお楽しみに。