第八章.剣術大会







 

 それは九月も半ば過ぎのことであった。

その日の訓練を終えた戸田為政はグイズノーやギュンター爺さん・ホーンらと共に兵舎へ戻ろうとしていた。

ところがヤング中佐の後任に当たる訓練所責任者が用事があるという。

やもえず為政は執務室へと向かった。

 

 ドアをノックして執務室に入るとそこには眼鏡をかけた中肉中背の男がいた。

かれこそがヤング中佐の跡を継いで傭兵隊のトップに着いたハンス・マデューカス少佐である。

ヤング中佐とは異なり戦務支援士官出身であったため武器の取り扱いは下手であったがその事

務能力は卓抜しており、また軍務に関して下手に口出ししてこなかったため傭兵隊内部での評判は悪いもの

ではなかった。

「良く来たな大尉、まあ座りたまえ。」

そう言われた為政が席に座ると少佐は口を開いた。

「それでは本題に入るとしよう。大尉、君は今月29日に開かれる収穫祭のことは知っているかね。」

「はっ、聞き及んでおります。」

それを聞いた少佐は満足げに肯き続けた。

「その祭りの最中、武術大会が行われる。君は部下と共にこの大会に参加、可能なら優勝するように。」

その指示を聞いた為政は驚いた。

武術大会とは騎士たちの技量を見るための大会と聞いていたからである。

その事を少佐に尋ねると少佐は笑いながら否定した。

「確かに本来の形はそうなんだがね。

今やそれも形骸化が進んでいて一般人でも参加できるイベントに成り下がっているのだ。」

「そうでしたか。それは理解しましたがなぜ私が・・・」

すると少佐は少しもったいぶって言った。

「じつはだな。王室の方々や一部有力貴族たちが大尉を含めて傭兵たちの実力を知りたいとおっしゃっている

のだよ。そう言うわけだから絶対に参加するように。命令だから拒否はできんぞ。」

そこでやもなく為政はその命令を承諾したのであった。

 

 それから一週間後、為政は一人で酒場にいた。

何人か誘ったのであるが給料が出たばかりと言うこともあり、傭兵たちはみな女を買いに娼館に行ってしまった

ため一人で寂しく飲むことになってしまったのだった。

 

 為政はカウンターで杯を傾けていたが一人では盛り上がらないこと甚だしい。

その内、隣の席に座っていた女性と話し始めた。

 

 「へー、アンタ傭兵してるんだ。オレはさあ、馬車の御者をやってるんだ。」

ジーン・ペトロモーラと名乗った気っぷのいい女性は言った。

「馬車の御者か・・・。男ばかりの職場で大変だろう?」

為政がそう言うとジーンは笑い飛ばした。

「平気、平気。オレはドルファン一の御者だからな。男どもには負けないさ。」

「そいつは凄いな。」

為政が感心したように言うとジーンは胸を張った。

「へへー、凄いだろう。そうだ、もしアンタが乗るときは安くしてやるよ。」

「そいつは助かる。是非頼むよ。」

そう言うと為政はグラスの中身を飲み干した。

「おっ、いい飲みっぷりだね。」

「久しぶりの酒だからな、せいぜい飲ませてもませて貰うさ。」

そのまま二人は酒をがばがば飲んだのであった。

 

 それから数時間後、すっかりできあがった頃ジーンは為政は言った。

「おい、ユキマサ。アンタ強いのか?」

唐突な話に為政は驚いたものの酔っぱらった身の上、舌が上手く回らないもののなんとか答えた。

「うーん、そうだな・・・、強いかかあ。そう言われてもなー。

おおそうだ、今度の収穫祭の時にな・・・、武術大会に参加するんだわ俺。

そん時に、自分の目で確かめてみたらどうだ?」

するとジーンはけたけた笑いながら言った。

「本当かよ・・・。オレも参加するんだぜ、武術大会にさ。」

「ほほう・・・、すごいんだな。」

「オレがでるのは馬術大会の方だけどな。アンタが出んのは剣術大会の方だろ。」

その言葉に為政は肯いた。

「おう、そうとも。俺が出るのは剣術大会の方さ。

それにしてもジーンよ。ドルファン一って言い切ったんだからな・・・、自信あるんだろうな?」

「あたぼうよ。こっちとらガキの頃から馬とはつき合っているんだぜ・・・。

ヘナチョコ騎士どもなんぞに負けるものかよ・・・。」

「大きくでたな・・・。」

「はっはっはー!」

そのまま二人はさらに飲み続けた。

翌日、為政が二日酔いで轟沈していたのは言うまでもない(お酒はほどほどにね。)

 

 そして収穫祭当日〜為政は武術大会の剣術部門の待合室にいた。

すでにいつでも戦いに望めるように完全武装してしていた。

鎖帷子の上に胸と腹の一部、そして肩を守る部分鎧を身につけ、両腕に手甲を、両足には臑当てなどを

身につけていた。

そして腰には打刀・小太刀・鎧通しの三振りの刀を佩いていた。

後は兜をかぶるだけの姿である。

そしてその側には二人の傭兵がいた。

ベテラン傭兵のグストン・カークス准尉と若手の傭兵アスニルト・ランディ軍曹の二人である。

二人とも武器こそ違えど同じような格好をしていた。

彼ら二人は為政とともに傭兵隊代表として参加するのであった。

 

 剣術大会〜この大会はトーナメント形式で行われる。

参加者は騎士団の第一大隊から第八大隊から各二名ずつ、衛兵隊(警察のようなもの)から二名、

傭兵隊および近衛兵団より各三名ずつ、旧家の所有する私設の騎士団(ようは私兵)から計四名、

そして騎士称号をもちながら軍務を果たさない自由騎士と名乗る連中が四名、の合計32名であった。

昔は騎士団の人間だけが参加していたので倍増していたのだ。

また一般人も参加は可能であったが武器や鎧の調達には莫大な金銭が必要なため、剣術大会には

一般人の参加はなかった。

一般人は皆、装備の必要のない格闘技大会の方に参加するのであった。

 

 為政は多くの観衆が見守る中、会場へと現れた。

そこは直径50ヤード程のコロシアムであった。

そしてコロシアムには何千人もの人間が大会を見物するために訪れていた。

またその最も高級な席では王族や貴族たちが見物のために落ち着いていた。

 

 一回戦〜為政は騎士団第五大隊所属の騎士と対戦、これを撃破した。

勝因としては色々とあったが為政があっさり勝ったのには大きな理由があった。

すなわち為政の刀術がここ欧州のものと大きく異なっていたためその動きを読むことができなかったのであった。

 

 為政が一回戦を終え、待合室でのんびり休憩していると、グストン准尉が戻ってきた。

「よう、グストン准尉。どうだった?」

為政は当然勝っているだろうと思い、そう尋ねた。

するとグストン准尉は悔しそうに言った。

「負けちまったよ、第三大隊のザイン・ロンダーミスにな。」

それを聞いた為政は驚いた。

グストン准尉は素行にこそ問題があるものの、剣の腕前に関して言えば傭兵隊内において屈指の人材であった

からだ。

「どんな奴だったんだ?」

為政はグストンに尋ねてみた、すると・・・。

「奴はかなりの腕前を持つ奴だ。戦死したヤング中佐に匹敵するぐらいのな。」

「なるほど・・・。それは手強そうだな。」

「騎士団一っていうのは伊達じゃないようだぜ。」

 

 その後も試合は順調に進んでいった。

そして一回戦が終了時には自由騎士(高級貴族の道楽息子たち)は一人残らず敗退してしまった。

どうやら訓練に勤しむ騎士たちからは彼らは実に目障りな存在だったようであり四人が四人とも、

二度と剣が持てないような重傷を負って敗れたのであった。

ちなみに、傭兵隊のもう一人の参加者、ランディ軍曹は無事二回戦進出を決めたのだった。

 

 二回戦〜為政は近衛兵団の騎士と対戦、これを破った。

またランディ軍曹も無事勝ち残り、傭兵隊の参加者は八強に二人残ったのであった。

 

 準々決勝〜為政はペリシス家お抱えの騎士と対戦、これを破り準決勝へと進出した。

また、ここでランディ軍曹はピクシス家お抱えの騎士と対戦、残念ながら負けてしまった。

 

 準決勝〜為政は近衛兵団のエースで優勝候補の一人アーチ・フェルグスと対戦した。

さすがに優勝候補だけあってアーチ・フェルグスは強かった。

しかしやはりと言うべきか、為政の刀術には惑わされたようで最後は為政の勝ちであった。

 

 決勝戦〜為政の相手は騎士団一と称されているザイン・ロンダーミスであった。

グストン准尉を破り、ランディ軍曹を倒したピクシス家の騎士を倒して決勝戦へとコマを進めたのであった。

 

 「どりゃぁぁぁぁー!」

試合開始と同時にロンダーミスは両手で握ったバスタードソードを振り下ろした。

為政はロンダーミスの渾身の一撃を刀で受け流すと、その一撃によって生じた隙をつくべく斬りつけた。

しかしロンダーミスはその一撃を後退しながら腕に付けた小型の盾(バックラー)で受け止めた。

「なかなかやるじゃないか。」

「騎士団の名誉に賭けて貴様などには負けせん!」

為政の言葉にそう返すとロンダーミスは剣を晴眼に構えた。

「生憎と俺もお前に負けるつもりはないんだ。」

そう言うと為政は刀を鞘に戻すと片膝を落とした。

「何のつもりだ、貴様!勝負を捨てるつもりか!」

それに対して為政はにやりと笑って答えた。

「そんなつもりは毛頭ない。かかってこいよ。」

その言葉をきいたロンダーミスは為政の挑発に乗り、斬りかかってきた。

それに対して為政は刀を居合いの要領で抜刀、鋼の刃はロンダーミスの手にしたバスタードソードの剣身を

切り裂いた。

切り裂かれたバスタードソードの剣身は高々と飛び上がり、何回転もした後、地面に深々と突き刺さった。

そして為政はそのまま呆然としているロンダーミスの眼前に刀を突きつけた。

 

 

 「凄いね、お兄ちゃん!」

大会も無事終了したことでもあるしと、武装を解いて収穫祭見物をしようと待合室を出たところで為政は突然

ロリィに飛びつかれた。

「優勝おめでとうございます、トダさん。」

「強かったんだね、ユキマサって。ボク驚いたよ。」

「見事だったぜ、ユキマサ。」

そこへソフィア・ハンナ・レズリーも声を掛けてきたのである。

為政はロリィを引き離しながら四人の少女たちに応えた。

「やあ、見ていてくれたんだな。どうだった?」

するとソフィアが微笑みながら言った。

「ええ、見事な物でした。あれが東洋の剣術なのですか?」

「うーん、東洋のと言うよりは俺の故郷のだな。」

そこへハンナ・ロリィの二人も興味津々といった表情で話に加わった。

「ふーん、他にもあるんだ。ボク知りたいな。」

「お兄ちゃん、ロリィも知りたーい♪」

為政は苦笑いしながら答えた。

「悪いな。俺が知っている刀術はあれだけなんだ。他にも幾つもあるが俺は知らないよ。」

「エー、つまんない!」

ハンナとロリィが抗議の声を上げたがそんな二人をレズリーが窘めた。

「ロリィ・ハンナ、二人ともユキマサが困っているだろ。やめときな。」

「・・・、はーい。」

そうは答えたものの、まだ二人は不満そうだ。

「すまないな、不勉強で。」

為政がそう言うとソフィアも助け船を出した。

「仕方がないですよ、東洋だって広いんですし。

私たちだって欧州の全てのことを知っているわけではないんですから。」

「まあ、そう言うことだな。」

ロリィもハンナもようやく納得してくれたようであった。

 

 そのまま暫くの間、おしゃべりしているとロリィが話しかけてきた。

「そろそろ次の所へ行こうよー。」

その言葉にソフィア・ハンナ・レズリーははっとしたようだ。

「そうだな、そろそろ行かないとな。」

「すいませんトダさん、そろそろ行かないと間に合わないので。」

「じゃあね、ユキマサ。」

そう言い残すと四人の少女たちは為政の前から立ち去ったのであった。

 

 四人の少女たちと別れた為政は馬術大会の会場へと向かった。

特に約束した訳ではないがジーンの応援のためである。

ところがソフィアたちとのおしゃべりが悪かったのかすでに大会は終了してしまっていた。

仕方がないので為政はその場を立ち去ろうとした。

すると真っ青な顔をしたジーンが目の前を歩いているではないか。

為政はさっそく声を掛けた。

「よう、ジーンじゃないか。結果はどうだった?」

するとジーンは顔をしかめながら言った。

「おう、ユキマサじゃないか。大会見ていなかったのか?」

そこで為政はジーンに本当のことを話した。

「悪い。遅れてしまってな。」

「いいってことよ。実は昨夜、仲間と前祝いで酒を飲み過ぎてな。

寝坊に二日酔いでコンディション最悪だったんだ。」

「負けたのか?」

為政が尋ねるとジーンは首を横に振った。

「負けたと言うよりは大会に出られなくてな。実は今来たばかりなんだ。」

「なんだ、そうだったのか。それじゃあ剣術大会の方も?」

「ああ、悪い。見てないんだ。」

「優勝したのにな。」

為政がそう言うとジーンは驚きの表情を浮かべた。

「ほう、そうだったのか。オレはてっきり口だけかと思ったよ。」

「ひどいな。」

「酒の席だったからな、大洞ふいてんじゃないかって思ってたよ。

それより・・・、オレもう帰るわ。」

「ん?どうしたんだ、今来たばかりなんだろ。」

「二日酔いがひどくてな、頭がずきずきするんだわ、これが。」

「それじゃあ仕方がないな。気を付けて帰れよ。」

そう言うと為政はジーンと別れまつり見学を再会したのであった。

 

 翌日、為政がマデューカス少佐に優勝したことを伝えると少佐は喜んで、酒を奢ってくれたのであった。

もっとも少佐は酒癖がよくなく、為政にからんだり愚痴を散々聞かせれたため、為政は二度と少佐とは酒を飲まないぞ

と心の中で誓うのであった。

 

 

あとがき

とりあえずジーン登場編と言って良いでしょうかね。

それとこれから出番の多いマデューカス少佐(オリジナルキャラ)の登場です。

少佐ほ今後も何かと付けてでてくる予定ですので覚えておいてやってください。

 

次回は「お転婆王女」です。

タイトルからすぐに想像できますよね、誰だか。

それでは次回をお楽しみに。

 

平成12年11月2日

 

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