第六章.ドルファンの休日?





 

 イリハ会戦において傭兵隊の示した戦果は少なくないものがあり、ドルファンのみならず欧州全体にも

その名を響かせた。

しかしながら傭兵隊はイリハ会戦によって少からざる損害を被っていた。

また傭兵隊の戦力は中隊程度の規模でしかなく、戦力としてはそれほど期待できるような代物ではなかった。

そこで消耗した戦力の補充および構成員増強のため、第二次徴募を行うこととなったのであった。

それにともないやや手狭な感のあった訓練所・兵舎の増築が決定、早々に着手された。

そのため、傭兵隊は訓練が出来るような状態では無くなってしまったのであった。

そこでドルファン軍はガス抜きのために傭兵たちに一ヶ月以上に及ぶ夏期休養(ようは夏休み)を出した

のであった。

 

 その日、傭兵隊隊長戸田為政は暇であった。

傭兵たちの多くは思いがけない休養に喜び、どこかへと出かけてしまっていたのだ。

それに対して為政だけが隊長という立場上、常に連絡の取れる場所にいなければいけなかった

ため首都城塞内でせっかくの夏休みを過ごさなければならなかったのだ。

だからといって実際に何か連絡が来ることはなかった・・・。

 

 「くそっ、暇だ。」

いつもは話し相手になってくれるピコも連日為政の相手をしていたせいか今日はどこかへ出かけてしまい

兵舎の何処にもいない。

為政はただ部屋の中でごろごろしているだけ、時間の無駄使いである。

これでははっきり言って健康に悪い。

やもえず為政は部屋を出ると街へと繰り出すことにした。

 

 街へと繰り出したものの目的地のない為政は近頃評判の劇団アガサの劇を見に行くことにした。

男一人で観劇など空しいだけであるが、暇で暇で時間を持て余している身としては贅沢は言っていられない。

そこで為政は劇場へと足を進めた。

 

 「ねぇ、そこの東洋人のお兄さん!」

為政がサウスドルファン駅にさしかかった時、不意に声を掛けられた。

何事かと振り返ってみると一人の少女であった。

少女は見たところ15.6才ぐらい、見た目は地味だがこざっぱりとした良い生地を使った服を着ていた。

「俺のことかね?」

為政は少女にそう声を掛けた。

「ええそうよ。ねぇ、アイス買ってくれない?」

唐突な少女の言葉に為政は驚いたものの少女の頼みを聞いてあげることにした。

男一人で好きでもない劇を見るよりは少女と一緒にいる方がずっと良いに決まっているからだ。

ましてやその少女が気さくで可愛いとなれば尚更である。

「ああ、いいとも。」

為政は店で2つ(少女の分と自分の分だ)を買うと片方を手渡した。

「ありがとう。優しいのね、貴方。女の子にもてるわよ。」

「そうかな?」

為政はすこし懐疑的に答えた。

いまだかって女性にもてたことなど無かったからである。

「そうよ、女の子には優しくしなければいけないんだからね。あっ、アイス溶けちゃう。」

そう言うと少女はアイスを一口食べた。

「あ、甘ーい!こんなに美味しいのを食べたのは私初めて。

この大味でチープな味付け・・・たまらないわ。まさに庶民の味よね。」

少女の言葉を聞いた為政もとりあえず一口かぶりついた。

「甘いのは分かるが・・・、そんなにチープな味付けか?」

「そうよ、貴方わからない?」

そうは言われても分からない為政は肯いた。

「ああ。何しろこのアイスというのは初めて食べたからな。」

「あっ、そう・・・。」

 

 数分後・・・。

「あー美味しかった、ご馳走様でした。それはそうと貴方暇?」

「ああ、暇で仕方がないので街へ繰り出したんだ。」

為政の言葉を聞いた少女は満面の笑みを浮かべた。

「ならつきあわない?私も暇してたのよ。」

為政は苦笑しながらもその提案を承諾した。

「えっ、本当に?」

「ああ、本当だとも」

「それじゃあ私、馬に乗りたいの。牧場にいきましょ!」

そう言うと少女は為政を引き連れ牧場へと向かった。

 

 「きゃー!牛に馬に山羊に羊がいる!畜生よ!畜生だわ!しかも動いている!草を食べてる!

息をしている!臭いがする!
ああ・・・、これこそ書物では得られない感動よ!

私・・・、今日という日を決して忘れない。いいえ、忘れられないわ。」

少女の発した言葉に為政は呆れながら言った。

「妙な感動の仕方だな。」

しかし少女は為政の言葉を無視して続けた。

「ねっ。馬に乗りましょ、二人でね♪」

 

 為政は牧場主に馬に乗る許可を貰うと(当然金を払った。)馬具を馬に取り付けると、少女と一緒に乗った。

「早く早く馬を走らせてぇー。」

少女は今やすっかり興奮しきっていた。

「分かった、分かった。しっかり掴まっていてくれよ。」

「うん♪」

そう言うと少女は為政の腰に手を回し、しっかりと掴まった。

少女がしっかり掴まったのを確認すると為政は馬を軽く走らせた。

「これよこれ!この感じ・・・、まさに夢にまでみたシチュエーションよ!

まさに劇そのもの、これこそ乙女の夢なのよ!」

「そういうものかね?」

為政には少女の言っていることの万分の一も分かっていないのであった。

「そうよ!本当に風を切って走る感触って気持ちいいわ♪」

少女が大変気に入ったようだったので為政はそのまま暫くの間、馬を走らせ続けた。

 

 「ああ気持ちよかった・・・。私、今日という日を決して忘れないわ。」

馬から下りた少女はうっとりとした表情で呟いた。

「気に入って貰えて嬉しいがさっきも同じこと言っていなかったかい?」

為政の無粋な一言を少女は軽く聞き流した。

「そんなのどうでもいいでしょ。それよりも次、次の場所に行きましょ!

まだどうしてもやりたいことがあるんだから♪」

「・・・、今度はどこだい?」

「国立公園よ!さあ、早く行きましょう!」

こうして再び為政は少女に連れられ国立公園へと向かったのであった。

 

 「やって来ました、虚実の狭間の審判の口へ♪

嘘つきがこの口の中に手を入れればあら不思議♪その手がばっさりかみ切られる♪・・・・、

ああ、なんて素敵なんでしょう。」

そう言う少女の前には間抜け面したへんてこな石像があった。

「そんなものかな?」

為政の疑問に少女はきっぱり肯いた。

「そうよ、これはロマンなの。というわけで早く手を入れて。」

「もしかして俺か?」

「そうよ、こういうのは殿方の役割に決まっているでしょ。早く手を入れて!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。」

為政は一瞬躊躇した。

ここでの心ない人間による悪戯を新聞で読んでいたのだ。

しかし少女は勘違いしたらしい。

「あら貴方、以外と臆病なのね。」

つまらなそうな表情をうかべて少女は言ったがすぐに笑顔に戻った。

「いいわ、私がやる。」

そう言うと少女は「審判の口」の口の中へ手を差し入れた。

すると突然

「きゃあー!ぬ、抜けないィィー!」

少女は叫びながらばたばたと暴れ出した。

どうやら審判の口に噛みつかれたふりをしているらしい。

しかしあまりにその演技がオーバーなので一目で悪戯であることが為政には分かった。

「きゃあ!ゆ、指が・・・五本ある。キャハハハハ。ねっ、ねっ、面白かったでしょ♪」

少女の涙ぐましいまでのべたべたな芸に為政は笑うしかなかった。

「うけた・・・?うけたのね!ああ・・・、この輝かしい瞬間を守り役たちにも是非見せてやりたい!

ついに私の理解者があらわれたのよ!貴方、フィーリングばっちりよ!」

「それはどうも。ところで守り役って一体?」

「な、なんでもないわよ。それより次!次の場所に行きましょ。」

少女は慌てたように為政の話を遮ると公園の中心へと駆けだした。

 

 「早く、早くぅ!」

少女は走りながら後をついてくる為政に叫んだ。がそれが良くなかったのであろう。

よそ見して走っていた少女はそのままトレンツの泉と呼ばれる泉に飛び込んでしまった。

「いやぁー、ぐしょぐしょー。」

そこへようやく追いついた為政は心配そうに少女に尋ねた。

「だ、大丈夫かい?」

「大丈夫だけど大丈夫じゃなーい。全身ずぶ濡れよ・・・。」

 

 結局為政は少女の服が乾くまで無理矢理つき合わせられたのだった。

そのため、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

「ごめんね、なんか無理矢理つき合わせてしまったみたいで。」

少女はそうしおらしく言った。

「気にすることないさ(実際無理矢理つき合わせられたんだけどね)。」

為政の言葉に少女は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう、優しいのね。本当はもうちょっと遊びたいんだけど・・・、もう遅いし帰るね。」

「送ろうか?」

為政がそう言うと少女は首を横に振った。

「ううん、いいの。私一人で帰れるから。

それはそうと今日は楽しかったわ。これも貴方のおかげね。」

「そうかなぁ?」

「そうよ。えーと・・・、そういえばまだお互いに自己紹介もしていなかったのね。

私はプリ・・・じゃなくってえーとプ、プリムっていうの。貴方は?」

「俺の名は戸田為政。傭兵だよ。」

為政がそう名乗るとプリムと名乗った少女は驚きの表情を浮かべた。

「貴方があの・・・、もっとごっつい大男を想像していたわ。」

その言葉に為政は苦笑いしながら答えた。

「よく言われるよ。」

「ユキマサ。来週またここで会いましょ♪私も来るからここで待っているのよ!

ちなみに貴方に拒否権はないんだからね。それじゃあ!」

そう言い残すとプリムと名乗った少女はその場を軽やかに去った。

 

 

 一週間後の約束の日。

為政は言われたとおりトレンツの泉の前にいた。

強引に押し切られた感もあったが約束は約束であるからだ。

ところが何時間経ってもプリムという少女は現れない。

(都合でも悪くなったのか、それとも事故にでもあったのか、それとも悪戯だったのか?)

いろいろ考えたが彼女の住所が分からないのでどうすることもできない。

結局、夜になっても(暇だったので待ち続けたのだ)現れず、為政は兵舎へと戻ったのであった。

 

 ちなみにこの日の出来事を後日、グイズノーやギュンター爺さん・その他の傭兵たちに話したと

ころ為政は思いっきり笑われた。

日頃無口なホーンまで声を出さずに笑ったのであった。

 

 

 

あとがき

謎の少女(笑)登場編です。

いやはやこの話は書いていて非常に楽でした。

次から次に筆が進むんですから。

これは有望なキャラに成長しそうです。

 

さて次回は第七章「潜入」です。

今回に引き続き、主役クラスのキャラの登場です。

それではおたのしみに。

 

平成12年10月27日 

 

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