第5章.戦いすんで

 

 「トダさーん。」

看護婦によばれた傭兵隊隊長戸田為政は待合室の席を立つと診察室へと入って行った。

為政がここドルファン国立病院に通うようになったのは十日程前のこと。

すなわちイリハ会戦におけるネクセラリアとの一騎討ち受けた傷の治療のためであった。

 

 為政の傷を診ていた医者は看護婦に指示を与えると次の患者を診るべく隣の部屋へと出て行った。

イリハ会戦で負傷したのは為政一人だけではない。

数百人もの兵たちが傷を負ったのである。

そのため今や首都城塞内の病院はてんてこ舞いなのである。

いまやすっかり顔なじみになった看護婦は傷口に包帯を巻きながら言った。

「もう大丈夫だそうですよ。」

「そうですか。いろいろお世話になりました、テディーさん。」

為政は看護婦に礼を言った。

「いえいえ、これは私の仕事なんですから。

それにトダさんのこの傷は私たちを守るために受けたんですからね。」

そういうとテディー・アデレードは微笑んだ。

「そう言ってくれると嬉しいですね。

私の身近な連中はみな、間抜けだから怪我したんだっていうんですよ。」

「あら、ひどいですね。」

テディーは包帯を巻く手を休めずに言った。

「はい、これでお仕舞いです。三日後には包帯取れると思いますよ。」

「そうですか、ありがとうございました。」

為政はテディーに礼を言うと国立病院を後にした。

 

 「為政、待ってたよ!」

国立病院をでてすぐにピコが話しかけてきた。

「今日、この後暇でしょう。遊びに行こうよ!」

その言葉にたいして為政は首を横に振った。

「残念だったな、きょうはこの後用事があるんだ。」

「えっー!一体何の用なの?」

「とりあえずはキャラウェイ通りに行く。」

そう言うと為政はキャラウェイ通りの方へと足を向けた。

その後をいつもならどこかへと遊びに行ってしまうピコが興味深そうに続いた。

 

 為政はキャラウェイ通りに着くと目的の店を探し始めた。

しかし今までに全く利用したことがないので見つからない。

そうこうしているうちにソフィアとハンナの二人にばったり出会した。

「こんにちは、トダさん。」

「お久しぶり、ユキマサ!」

「ソフィアにハンナじゃないか。久しぶりだな。」

「ええ、そうですね。ところでトダさん、なんでこんなところにいるんですか?」

ソフィアは訝しげな様子で尋ねてきた。

為政がこの辺りには滅多に足を踏み入れないことを知っていたからであろう。

「ああ、ちょっとばかり花屋に用事があるんでな。」

「ははあん、さては女の子にプレゼントでもするのかな。」

ハンナがにやにや笑いながらそう言うとソフィアは不満そうな表情を浮かべた。

「残念ながら違う。これから墓参りに行こうと思ってな。」

「それなら私たちが案内しますよ。」

店が分からず迷っていた為政には渡りに船、ありがたくその申し入れを受け入れた。

「そいつは助かるよ。ありがとう。」

そこで為政はソフィア・ハンナに案内されて花屋へと向かった。

 

 久しぶりに会ったためか道中いろいろと話が弾んだが二人の興味は戦いの様子であったらしい。

根ほり葉ほり聞いてくるので為政は二人に戦場の様子をちょっとだけ脚色して話した。

「すごく危なかったんですね。」

為政の話を聞いたソフィアは心配げに言った。

「危なくない戦場なんかあるわけないが今回は本当にやばかったよ。

死ぬんじゃないかって覚悟したぐらいだからな。」

「それでもあのヴァルファバラハリアンの八騎将の一人討ち取ったんだから凄いよね。」

ハンナは感嘆の表情を浮かべて言った。

それを聞いた為政は苦笑いしながら言った。

「そいつは俺一人の戦果じゃないさ。その前にヤング中佐(戦死後、二階級特進した)が一騎討ちで奴を

傷つけていなかったら今頃死んでいたのは俺の方さ。」

「でも敵の部隊も撃退したんでしょう?」

「たしかにな。しかしそれこそ俺一人の戦果じゃない。傭兵隊全員で力を合わせた結果さ。」

「なんだかトダさんらしいですね。」

そんなことを話している内に三人は花屋に着いた。

「ここですよ。」

そう言ってソフィアが指さした店には色とりどりの花が店先に並べられていた。

「へへぇ、実はボク、ここでアルバイトしているんだ。」

ハンナが照れくさそうにそう言った。

「仕事するのはいいことさ、がんばれよ。それにしても助かった。」

「それじゃあ私たちはこれで失礼しますね。」

「そうそう、店長に見られたらせっかくの休日が返上になちゃうからね。」

そういうと二人は街の中心部へと向かって歩いて行った。

 

 花屋で勧められた花を買った為政はシーエアー地区にある共同墓地へと向かった。

ここにはイリハ会戦で戦死した者たちが眠っている。

 

 「ここに死んだ人たちが眠っているんだね。」

いつもの陽気な声ではなく沈んだ感じの声でピコは言った。

「ああ・・・・。」

為政も沈んだ声で言った。

そこは死んでいった傭兵たちを連想すら出来なさそうな無機質で殺風景な墓であった。

墓石はベトベトと汚れ(傭兵たちが酒を墓石にまいていったのだ)虫が集っている。

「なんだか汚いね。」

「・・・、それを言うな。」

傭兵たちは雰囲気を重視したのだろうが、そのまま放置して帰ったので汚いのだ。

ほっておくわけにもいかず為政は墓石にこびり付いたベトベトの汚れを拭き取った。

「あいつらに酒は使うなって言っとかないとな。」

そう呟くと持参した花束の半分を墓に供えた。

そして死んだ部下たちの顔を思い浮かべながら冥福を祈った。

それが終わると為政はすくっと立ち上がり、ヤング中佐の墓へと足を進めた。

 

 数分後、為政はヤング中佐の墓の前に立っていた。

そこは日当たりも良く、海を見下ろせる小高い所にあり絶好のロケーションであった。

ヤング中佐は傭兵隊主任教官を務めていたが元はドルファンの騎士の一員であった。

その為、傭兵たちが葬られている場所よりも良い所にその墓はあったのである。

 

 ヤング中佐の墓前で為政は途方に暮れていた。

墓中、至る所が花だらけであり持参した花を供えるスペースが見あたらなかったのだ。

それでもなんとか強引にスペースを作ると花を供えることができた。

そこで為政は手を合わせ、生前に何かとお世話になった故人の冥福を祈った。

すると突然、為政の背後から声が掛けられた。

何事かと振り返るとそこには二十代半ば過ぎぐらいであろうか、落ち着いた雰囲気を持つ女性が立っていた。

女性は喪服姿であり手には花束を抱えており、悲しみを堪えた瞳が為政の目を引いた。

何か声を掛けようとしたがその前に女性のほうが口を開いた。

「あのぅ・・・、私はクレア・マジョラムと申します。主人とはどういった関係の方で・・・。」

今日の為政は帯刀しておらず傭兵には見えなかったのであろう。

為政は目の前の未亡人に名乗った。

「自分は傭兵隊隊長の戸田為政といいます。主任教官には生前、何かとお世話になったものですから。」

「そうですか、貴方がトダさん・・・。生前、主人がよく貴方の話をしておりました・・。」

そのまま二言三言話した後、為政はその場を去った。

はっきり言って女性に泣かれても為政には成すべきことが分からない。

そのためにそういった状況になる前に逃げ出したのであった。

 

 墓地からの帰り道、ピコがぽっつりと漏らした。

「ねぇ、為政・・・。」

「ん?どうした、元気ないな。」

「私のことは別にどうでもいいんだけど・・・。あの人・・・・悲しそうだったね。」

「クレアさんのことか・・・。確かにそうだな。中佐のような良い方は家庭でも良い夫でもあったであろうからな。

中佐のような良い方ほど早く死ぬ。俺のようなどうでもいい人間が死ねば良いのにな。

死んだところで誰一人悲しむわけでもないしな。」

為政が自嘲気味に言うとピコは烈火のごとく怒りだした。

「そんなこと言わないでよ!

私は悲しむしソフィアやハンナ・ロリィにレズリーだってきっと悲しむよ。」


「わかった、わかった。もう言わないよ。」

為政は適当に相づちを合わせると兵舎へと帰っていった。

 

 

あとがき

 テディー・クレアさん登場編です。   

予定ではテディーの出番はもっと後だったんですがかなり早まりました。

最初の段階ではテラ河の戦いの後に出番があったんですがねぇ。

一年以上早まりましたね。

 

  さてこの話のなかでヤング中佐と言っていますがこれは二階級特進したから。

初めは一階級特進でいいかなって思ってたんですが敵将との一騎討ちで敗れて戦死なのですから

名誉の戦死ということで二階級特進に。

残念ながらドルファン騎士団内の階級はどうなっているのか見当も付きません。

そこで私が勝手に考え、それに当てはめました。

 

二等兵→一等兵→上等兵→兵長     これが兵卒です。

伍長→軍曹→曹長→准尉        これが下士官です。

少尉→中尉→大尉→少佐→中佐→大佐→准将→少将→中将→大将 

これが将校です。

 

大尉が中隊長、中佐から大佐が大隊長、准将が連隊長、少将が師団長、そして旧家の人間が

中将でドルファン王が大将ていう具合で。

まあこんな感じでやればわかりやすいのでは?

 

 次回は第六章.「ドルファンの休日?」です。

タイトルから想像できるようにあのキャラが出てきます。

それでは次回もよろしく。

 

平成12年10月23日月曜日

 

感想のメールはこちらから


第04章へ  第06章へ  「Condottiere」TOPへ戻る  読み物部屋へ戻る