第四章.イリハ会戦

 

 

 ドルファン暦26年7月15日夕刻。

ドルファン軍は、ヴァルファバラハリアンに占領されたままになっている国境都市ダナンを奪還すべく、

騎士団の第二・第四大隊を主力とする先遣隊を派遣した。

その中にはこれが初陣となる傭兵隊の姿もあった。

 

 それに対して傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンは、雇い主であるプロキアの撤退命令を無視して離反、

独自に戦争を続行することを表明し、計3個大隊を城塞都市ダナンの南方に位置する旧軍事地区イリハに

展開したのであった(ヴァルファの一個大隊はドルファン軍の一個中隊に相当する)。

 

 翌16日、ダナンを奪還すべく出撃した先遣隊はイリハに到着、待ちかまえていたヴァルファバラハリアンと

正面から対峙した。

ドルファン軍は第二・第四大隊及び傭兵隊を中隊単位(約200名)に分散、鶴翼の陣を展開させ

ヴァルファの動きをまった。

それに対するヴァルファバラハリアンは紡錘形の陣を構えドルファン軍に対抗しようとしたのであった。

 

 そしてその日の夕方、ドルファン軍は鶴翼の陣の最深部に配置された司令部において作戦会議を行うことと

なり、傭兵隊隊長戸田為政は主任教官兼連絡将校であるヤング・マジョラム大尉とともに作戦会議へと参加

したのであった。

とはいえしょせん傭兵は傭兵、発言権などなく、ただ命令を下されるのであった。

会議が無事終了すると為政は、司令官に呼び止められたヤング大尉と別れもっとも危険度の高い傭兵隊の

陣地へと戻ってきたのであった。

お世辞にも歓迎されているとは思われない扱いを受けたからである。

 

 「おい、ユキマサ。どうだった?」

作戦会議から戻ってきた為政をグイズノーが出迎えた。

情報収集が得意な上に斥候隊の指揮官ということもあって為政の情報に興味があるらしい。

「それがだな・・・。」

為政は軍事機密に触れないかぎりにおいて話した。

「ふーん、そんなことを話あっていたのか。ところでユキマサ、今度の戦いどうなると思う?

いま賭の胴元をやっててさ、一口乗らないか。」

緊張感がないというかこれから戦いに望むには相応しくない話をグイズノーは持ちかけてきた。

「うーん、戦力比からいえば我々のほうが圧倒的に有利だ。なんせ敵さんの3倍の兵力があるんだからな。

しかし・・・」

「しかしなんだ?」

為政の煮え切らない態度をグイズノーは不思議そうに尋ねてきた。

「騎士団の連中、油断しすぎではと思うんだが。」

「具体的には?」

そこで為政は帰る途中に見かけた様子を語った鎧を脱いでくつろぐ騎士たち、歩哨に立とうとすらしない

従兵たち、斥候すらろくに出さない司令部のものたち。

それをきいたウイズノーは呆れたように声をあげた。

「何をやっているんだ、騎士団の連中は。本気で戦争をするつもりあるのか?」

「そうだな。」

ふいに為政とグイズノーの会話に割り込んできた声に二人が振り返るとそこにはヤング大尉がいた。

「大尉、戻られたんですか。」

為政がそう言うとヤング大尉は笑いながら答えた。

「おう、散々文句を言われたけどな。傭兵なんぞ役にたたないってさ。」

「そうですか。」

「まあ馬鹿どもはほっておくとしてだな、中尉。」

「何でしょうか、大尉。」

為政は姿勢を正しながら答えた。

「君ならどうするかね、騎士団を撃ち破るためには。」

そこで為政は少しばかり考え込んだ後、口を開いた。

「自分ならば夜襲をかけます。」

「その理由は?」

「我々はここまでくるのにかなりの強行軍で皆疲れ果てています。

また騎士団のこれだけ油断しているのをみますと・・・。」

「よし、上等だ。」

ヤング大尉は為政の言葉を遮った。

「俺が司令官に進言したのと全く同じだよ。さてこういう時に我々が注意せねばならないことは?」

「それはもちろん夜襲にそなえて臨戦態勢を整えておくことです。」

「騎士団の連中は全く当てにはできんからからな。しっかり警戒しておくんだぞ。」

ヤング大尉はそう言い残すと士官用のテント内へと入って行った。

「大尉・・・、あんなこと言っていいのかな?」

グイズノーは心配そうに言った。

「さあな。それよりも歩哨を増やさないとな。それと休息は武装したままで行わせよう。」

為政がそう言うとグイズノーは不満そうな表情を浮かべた。

「鎧を着たまま寝るとつかれるんだが・・・。」

「命には代えられんだろうが。」

「それもそうだ。命あっての物種だし。じゃあオレ、他の連中に伝えてくるわ。」

そう言い残すとグイズノーはその場を走り去った。

そんなグイズノーを見送った為政は、ヤング大尉とさらに打ち合わせするべくテント内へと入って行った。

 

 その夜、ヴァルファバラハリアンの第二・第五大隊が右翼の一番隅にいた騎士団第二大隊第四中隊を襲った。

全体からみれば3対1の戦力比も戦場のおいては2対1と逆転する。

ましてや騎士団の人間は油断しきっており鎧一つ満足に身につけていない者も少なくなく、またグッスリと

眠りこけていた者も多かったのだ。

そんな状態で夜襲を受けたのだから第二大隊は一溜まりもなかった。

鶴翼の陣の右側にいた中隊は一つ一つ各個撃破されていったのであった。

それに対して第四大隊および傭兵隊はこの危機に一丸となってこれに抵抗、ヴァルファバラハリアンの攻勢を

くい止めることに成功したのであった。
 

 「ひどいもんだ・・・。」

17日に朝、目の前の惨状に騎士団の者は皆、言葉を失った。

たった一晩の間に第二大隊の約1000人もの将兵が死傷したのである。

これほどの手痛い損害を騎士団はここ十年ほど受けていなかったので志気はすっかり落ち込んでしまった。

 

 「これから一体どうなるんじゃろうか。」

ギュンター爺さんはお茶をすすりながら為政に尋ねた。

それに対して為政は慎重に言葉を選びながら答えた。

「まだこっちの方が戦力は上だからな、勝ち目はまだ十分あるさ。とはいえ・・・、ダナン奪還は無理くさいな。」

「ダナンに入城したら勝利の美酒を味わおうと思っていたんじゃがのう。」

「そいつは無理だぜ。」

偵察から戻ってきたグイズノーも話の加わったものの明るい話題は出ず、その日一日はどんどん過ぎていった。

 

 翌18日、ドルファン側とヴァルファ双方は小競り合いを繰り返しながら戦力建て直しを計ったのであった。

 

 そして19日、両軍はついに衝突した。

雨のように降り注ぐ矢、激しい剣戟の響き、馬のいななき。

そこはまさに男たちの晴れ姿であった。

彼らは皆、この一瞬の輝きのために生まれ、そして育ってきたのだから。

 

 戦いの火蓋が切られて数時間後、それまで互角に戦ってきたヴァルファバラハリアンが突然後ろに下がり始めた。

敵が逃げ出し始めたと判断したのであろう。

第四大隊はこれを逃さじとばかりに傭兵隊を残敵掃討のために残すと全戦力をもって追撃を開始した。

 

 そしてこの決断が完全に裏目にでた。

いや、それこそがヴァルファの罠であったのだ。

ヴァルファの連中を殲滅せんと追撃を行った第四大隊は、敵将ネクセラリア率いられた第三大隊にその脆弱な

脇腹を突き破れてしまった。

この一撃が後にイリハ会戦と呼ばれる戦いの趨勢を決した。

第四大隊は次々に分断され、一人また一人と騎士たちは戦死していった。

 

 「これは完全に負けだな。」

残敵掃討のため、前線の後方にいた傭兵たちは口々に話した。

ここまで崩されてしまっては軍を立て直すことですら難しい。

とはいえこのまま黙って見過ごしているわけにはいかないのだ。

正規の軍人ではない傭兵には捕虜になる権利すらないのだから。

その末路はただ処刑あるのみなのである。

「中尉、どうするかね。」

誰もが慌てふためく中、ヤング大尉は為政を試すかのように尋ねた。

それに対し為政は少しばかり慌てつつも、そんなことはおくびにもださずに答えた。

「あ、はい。まずは傭兵たちを結集させます。」

「ふむ、それで?」

こんな状況にも関わらずヤング大尉は落ち着いた様子で為政を促した。

「このまま逃げ出しても勢い付いた敵のことですからまず追いつかれてしまいます。

そこであの接近しつつある敵をたたき、しかる後逃げます。」

「よし、合格だ、中尉。それではさっそく指示したまえ、君の仕事だぞ。」

「はい。」

そこで為政は残敵掃討とは名ばかりの略奪行為を行っている傭兵たちを一カ所に結集させた。

こうすれば逃亡者はでにくいし、敵の攻撃も防ぎやすいからだ。

そして傭兵隊はこちらに接近しつつある敵の第三大隊に向かって進撃を開始した。

 

 そしてすぐに傭兵隊はネクセラリア率いる敵第三大隊と正面からぶつかった。

傭兵たちは手にした武器を使って次々と討ち伏せていく。

もちろん為政も打刀を手に、目の前に現れた敵兵を斬り殺していった。

すると突然、傭兵たちの反撃を食い止める真紅の鎧を身に纏った男が現れた。

その男は手にしたショート・スピアで傭兵たちをなぎ払っていく。

そしてその男は叫んだ。

「聞け!ドルファンの犬ども!我が名はセイル・ネクセラリア。

我が槍に挑まんとする剛の者はおらんのか!」

男の言葉に傭兵たちはざわめいた。

「疾風のネクセラリアだ・・・。」

「あいつがあの噂の・・・。」

まるで傭兵たちは怯えているかのようだ。

この状況を拙いと思った為政は指揮官としてこれに応じようとした。

しかしその前に別の声があがった。

「応!ネクセラリア、このオレが相手になってやる!」

そう言ったのはヤング大尉であった。

大尉は剣を抜き身のままネクセラリアの元へと近づいて行った。

「ふっ、ヤング・マジョラムか・・・。久しいな。」

「ああ・・・」

ヤング大尉はネクセラリアのことを知っているのかそう応じた。

「ハンガリアの狼とまで呼ばれたお前が今やドルファンの犬とはな。

面白い、ハンガリア時代の決着、いまここでつけてやる!」

こうして二人の死闘は始まった。

 

 剣を武器とするヤング大尉と槍を武器にするネクセラリア。

二人は実に見事な戦いを繰り広げた。

ネクセラリアの鋭い刺突をかいくぐり、一撃また一撃と確実に攻撃を加えるヤング大尉。

その一撃・一撃を鎧で受け止め致命傷には至らせないネクセラリア。

どちらが勝っても不思議ではない、そんな名勝負であった。

しかしだからといっていつまでも戦い続ける訳にはいかない。

 

 先に仕掛けたのはヤング大尉であった。

大尉は鋭く踏み込むとネクセラリアに渾身の一撃をくらわせた!

その一撃はネクセラリアを討ち取ったかのように思えた。

「やったのか?」

誰もがそう思ったヤング大尉の一撃をネクセラリアは堪えた。

そしてそれだけでなく、大技を放って体勢の崩れたヤング大尉に鋭い多段突きを放った!

ヤング大尉はその一撃になす術もなく血の海に沈んだ。

「ぐぉおおおお・・・。」

「ヤングよ、冥途であおう。」

「ク、クレア・・・す、すまん・・・」

 

 もはやピクリとも動かないヤング大尉の傍らに立っているネクセラリアは叫んだ。

「ヤング・マジョラムはこの疾風のネクセラリアが討ち取った!

誰か仇をとろうという勇気のある者はおらんか!この私が受けてたつぞ!」

このままでは傭兵隊は散々に討ち破られてしまう。

為政は何人もの敵と刃を交えぼろぼろになってしまった打刀を捨てると背中にしょっていた変え太刀用の

打刀を抜き放ち名乗りをあげた。

「我が名は戸田為政。傭兵隊の指揮官だ。」

「ほほう、東洋人の傭兵とは珍しいな。」

「ヤング大尉の仇は俺がとる!」

為政の言葉を聞いたネクセラリアはにやりと笑った。

「面白い、やれるものならやってみよ。」

「その言葉、忘れるな!」

そう言い放つと為政はネクセラリアに斬りつけた。

 

 ネクセラリアは強かった。

 さすがにヤング大尉を討ち、ヴァルファ八騎将の一員でもあるだけはあった。

その鋭い槍さばきはさすがというしかなかった。

しかし同時に為政はこれなら勝てるとも思った。

明らかにネクセラリアは完調でなかった。 

ヤング大尉との一戦が体に大きな負担を与えていたらしい。

時間とともに鋭さ・威力の衰えていく槍さばき、そして足さばき・体の動かし方。

ヤング大尉との一戦では絶対に見せなかった様子であった。

そのことは為政と戦っているネクセラリア本人が一番よく分かっていたであろう。

先手必勝とばかりにネクセラリアは先ほどヤング大尉を葬った大技を為政に対して放った。

しかしついさっき、客観的に観察できた技である。

ましてやその鋭さを失いつつあった一撃を為政はかろうじて受け止めた。

(それでもなかなかのものであったのだ。)

完全には受けきれなかったものの、為政はその一撃をかいくぐるとネクセラリアの鎧の隙間に鋭い

刃を突き立てた。

「グ、グワッ!・・・ヤ、ヤングよ・・・、よ良い部下を持ったな・・・。」

そこまで言葉を絞り出したところでネクセラリアは血を吐き、後は言葉にならない何かを漏らすだけであった。

為政はとどめを刺すべく腰の鎧通しを抜くとネクセラリアの首筋を切り裂いた。

こうして「疾風のネクセラリア」と恐れられたヴァルファ八騎将の一人、セイル・ネクセラリアは

その人生に幕を下ろした。

 

 「疾風のネクセラリアはこの戸田為政が討ち取ったぞ!」

為政の言葉と同時に傭兵隊の面々は一斉に勝ち鬨をあげた。

それにたいして指揮官を失ったヴァルファバラハリアン第三大隊は逃げ出した。

それを見送った為政は傭兵たちに叫んだ。

「俺らもずらかるぞ!」

ドルファン傭兵隊は一糸乱れぬ見事な隊列のまま戦場に残されたまま

の死体や負傷者を回収しつつ撤退したのであった。

 

 

あとがき

 みつめてナイトの最初の見せ場イリハ会戦です。 

この戦いを書くのにはえらく苦労しました。

私の戦争への考えというのが戦力の上回っているほうが必ず勝つ!というものでして。

そういうわけで明らかに少数部隊のヴァルファバラハリアンを勝たせる状況を考えるのは大変でしたね。

 

 さてこの戦いの状況ですが私は主にゲームでの戦争状況の説明とウィクリートピックスを参考に

書いてみました。

第二大隊と第四大隊のやられた時間差からでっち上げたんですね。

まあ苦労した分、なかなかのものになったと思うのですが。

 話の中で傭兵による略奪シーンがありますがこれはけっこうぼかしました。

本当はもっと書き込みたかったんですが・・・・、話の流れを阻害するもので。

中世の傭兵が略奪暴行しないわけありませんからね。

なんせ現代のそれも正規兵ですらやるのに、モラルなんて欠片もない時代の者がしないわけない

ですから。

 さて今回もこれくらいで終わりにしようと思います。

次回は「戦いすんで」です。

それでは次回をお楽しみに。

 

平成12年10月22日日曜日

 

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