戸田為政がドルファンに来て約一ヶ月後の5月1日。
ここ首都城塞において春の訪れを祝う五月祭が催された。
欧州での祭りは初めての為政は同室のグイズノー・ホーン・ギュンター爺さんという、いつも同じ顔ぶれで祭り見物へと出かけたのであった。
「あら、トダさんじゃないですか」
五月祭の会場に着いた為政が顔を合わせたのはソフィアであった。
もっともソフィア一人というわけではなく、彼女の友人であるハンナ・レズリー・ロリィも一緒だ。
先月の出来事以来、兵舎と訓練所の中間に存在するドルファン学園に通う彼女たちとはよく顔を合わせるようになり、為政だけでなく傭兵隊の一部の者たちも彼女たちとはすっかり仲良くなっていたのであった。
「やあ、みんな元気か」
為政が挨拶するとレズリーが冷ややかな口調で言った。
「でなければ祭りには参加しないと思うけど」
「・・・冷静なつっこみ、ありがとう」
そんなくだらないことを話しているとロリィが為政に頼み込んできた。
「ねぇお兄ちゃん、ナイスガイコンテスト参加しない?おもしろそうだよ」
それを聞いたハンナもロリィに同調し、為政たちをけしかけた。
「そうだよ、参加してみなよ。四人もいれば一人ぐらい入賞出来るんじゃないの」
「しかし・・・」
「お兄ちゃん、駄目?」
為政はじっと見つめるロリィのつぶらな子犬のような視線に押し切られ承諾せざるを得なかった。
為政はやもえずナイスガイコンテストに参加するため申し込みに向かったが・・・。
「おい、お前らも参加するのか?」
為政は後からついてくる三人に尋ねた。
「まあね、おもしろそうだろ」
「その通りじゃよ。それにワシの華麗なるダンスを披露するいい機会じゃ」
ホーンが二人に無理矢理引きずられているのが気になったものの為政はそのまま受付へと足を進めた。
ナイスガイコンテスト
それは実に単純かつ奇妙で意味不明な代物であった。
もちろんコンテスト名に相応しい人間も参加していた。
しかしそれ以外の者たち、いわゆる色物な参加者たちも多数参加していたのであった。
例えば大食い野郎におなら野郎、またお菓子をばらまいて観客たちに自己PRするものなど。
そんな中、為政はがまの油売りを(東洋の神秘として結構受けた)、グイズノーはナイフ曲芸を、ホーンはその巨体と怪力をいかしての力自慢を、ギュンター爺さんはその言葉通りのみごとなダンスを披露したのであった。
当然のことながら為政たちの中からはナイスガイは一人も選ばれず、かろうじて入選するに留まったのであった。
とはいえギュンター爺さんがぎっくり腰を引き起こしてしまうというハプニングがおこったものの、ソフィアたちが喜んでくれたこともありまあまあの戦果であったといえるであろう。
こうして男たちの休日は過ぎっていった。
ドルファンの街中が沸いた五月祭の翌日。
傭兵隊内部においての重要な決定が発表された。
すなわち傭兵隊の部隊編成が正式に決定されたのである。
経費が歩兵の十倍かかるとされる騎兵は少なく、歩兵を中心としたおよそ200名、約1個中隊の戦力であった。
もちろんこれで完了というわけではなく、逐次兵力を補充し最終的には大隊編成を目指すというものであった。
また配属に関して言えば、約一ヶ月間の訓練所での成績そして過去の経歴を参考にして、ヤング大尉ら訓練所のスタッフが相談の上、決定したのであった。
「主任教官殿、なぜ自分が隊長に任ぜられたのでありますか?」
為政は執務室の椅子に腰掛けているヤング大尉に尋ねた。
そう、なぜだかはわからないが為政は傭兵隊の指揮官に任ぜられていたのであった。
「隊長はいやか?」
ヤング大尉は為政の顔を見ながら言った。
「いいえ、大変名誉なことであると思います」
「ならいいではないか」
「しかし・・・私のような若輩ものが経験豊富なベテラン傭兵をさしおいて隊長というのは・・・」
「理由が知りたいか?」
「はい。」
為政の言葉を聞いたヤング大尉は机に肘をつき、考え込んでいたようであったがやがて口を開いた。
「いいだろう、本来なら公開するようなことではないのだがな、特別に教えてやろう」
ヤング大尉は続けた。
「じつはだな、隊長候補は五人ほど、お前と他に騎士崩れの奴らがそうだったんだ。
お前がさっきあげたベテラン傭兵は候補に一人も入ってはいなかったんだ」
意外なことを聞いた為政は不思議そうに尋ねた。
「それは何故ですか。」
「単純なことだ、指揮官に相応しい能力や経歴をもつ奴がいなくてな。また騎士崩れも同じ程度。
せいぜい十人ばかりしか指揮したことのある奴らしかいなくてな。
お前は国で百人以上を指揮していたそうじゃないか」
「確かにその通りです」
為政は頷いた。
国元では戦死した父の跡を継いで侍大将をつとめ、部下を百人ほど指揮していたのだ。
ヤング大尉は続けた。
「もう一つある。お前傭兵隊の評判が悪いのは知っているな」
「それは重々承知しております」
実際、傭兵たちに向けられる視線はごく一部の人間を除きけして好意的ではなかったのだ。
「元々この国の連中は外国人が好きじゃなかったからな。
だからこそ外国人のみで構成された傭兵隊に好意的になるわけはないんだがな。
それにそれだけが問題というわけではないんだ。
彼らが外国人を忌み嫌うのは治安の低下という大きな問題があるかだ。
実際のところ、外国人の流入が激しくなったここ二・三年治安は低下する一方だからな。
そんなときに傭兵が犯罪を起こしたらどうなるか・・・、当然のことだがわかるよな」
為政はこくりと頷いた。
「もちろん傭兵にそんなことをいっても無駄なのはわかっている。
傭兵の強さはその誠実さを全て戦いや略奪、暴行といった点に注ぎ込むことで発揮しているのだから。
そこで連中をほどほどにまとめ上げられる男としてお前を選んだのだよ」
ヤング大尉の説明を聞いた為政はようやく納得した。
「そういうことでしたら喜んで引き受けさせていただきます、主任教官殿。ただ・・・」
「ただなにかね」
為政は煮え切らない態度にヤング大尉は尋ねた。
「傭兵による犯罪をくいとめるのはちょっと・・・」
「そんなことが不可能であるのは誰にでもわかっている。しかし何もやらないよりはましとは思わないかね」
「たしかにその通りです」
「わかったら下がり給え。今後の君の活躍には期待させてもらうよ」
「はっ、では失礼します」
為政は執務室を後にした。
編成の決定後、傭兵たちの訓練内容はますます厳しいものへとなっていった。
分類されたのは士官・下士官・兵卒。
まずはそれぞれの階級に合わせた部屋割りとなった。
また食事も各階級ごとのテーブルでとるようになった。
もちろんそれだけではない。
各階級ごと、各所属ごとに高度な専門教育が施されるようになったのであった。
むろん隊長になった為政が一番大変になったことは言うまでもなかった。
そしてもっとも大きな変化は今まで個人単位で行われていた訓練が、集団戦を中心としたものへと変わったことであった。
そんな厳しい訓練が始まって約一ヶ月後の5月31日。
運動公園にてスポーツの祭典が催されることとなり傭兵たちも参加する運びとなったのである。
傭兵隊における訓練の成果を示すため、またドルファンの国民に対してのイメージアップのためでもあった。
とはいえ一文の得にもならないため、参加するのはまじめな奴かお祭り好きな者だけであった。
「おいおい、この競技は一体なんなんだ!?」
受付で貰ったパンフレットに目を通したグイズノーが呻き声をあげた。
その様子を横から眺めていた為政も心の中で同感であると思わざるを得なかった。
そのパンフレットに書かれている競技内容があまりにも過酷かつ下らないふざけたものばかりであったからだ。
もちろんちゃんとした競技も存在している。
100m走・200m走といった短距離競技から始まって、800mから2000mぐらいまでの中距離競技、それ以上の長距離競技、そしてハードルや棒高跳び・走り幅跳びなどなど。
しかしながら為政たち参加者たちをあきれさせたのはそんな生やさしいものではなかった。
重さ50kgはある儀礼用の全身甲冑を身につけて行われる1000m走・二人三脚縄跳び・問答無用の障害物リレーに魚釣り、進行方向とは逆を向いての100m走など。
参加者たちに悪意を持っているとしかおもえないものであった。
こういった様々な色物競技が為政たちの前に立ちはだかったのあった。
(お見苦しいため競技の様子は省略させていただきます。)
「ああ、疲れた・・・」
「もうくたくただよ・・・」
為政たちスポーツの祭典に参加した者たちは皆傷だらけであり、かつ疲れ果ててしまっており地面へと座り込んでしまっていた。
よくよく観察してみると参加しているのはこの春首都城塞へとやって来た者たちばかり。
この街の住人たちのほとんどは参加せず、また参加するとしてもきわめて無難な競技にしか出なかったのである。
これ程の過酷な競技、端から見ている分には楽しいであろうが参加するには過酷で、誰も出たがらなかったのであろう。
本日参加した者たちはみな心の中で来年は出ないぞと誓ったのであった。
「やっほー、ご苦労様だったね、ユキマサ」
休んでいた為政の背後から声をかけてきた者がいた。
振り返ってみるとそこには体操服姿のハンナがいた。
「やあ、ハンナ。元気そうだな」
為政がそう声をかけるとハンナは笑いながらいった。
「もちろんだよ。なんといってもスポーツの祭典にでるんだからね」
「きついぞ。」
為政がそう忠告するとハンナは笑い飛ばした。
「男子部門はたしかにね。でも女子部門はちゃんとした競技だけだよ」
「うらやましい・・・。」
為政は心の底からそう思った。
そしてふと気付いた。
「ところでソフィアとレズリーとロリィはどうしたんだ?」
するとハンナは答えた。
「えーとソフィアとレズリーの二人はバイト。そんでロリィは両親とどっかに遊びに行くんだってさ」
「成る程、それで一人なのか」
為政がそう言うとハンナは泣きついた。
「ふえーん、そうなんだよ。おかげで応援してくれるひともいなくてさ。というわけでユキマサ、応援してくれない?」
「わかった、応援するよ。みんなも頼むぜ」
バテ果てていた傭兵たちも為政の言葉に賛同した。
「ありがとう、みんな。今年こそ優勝するんだ!」
傭兵たちの言葉を聞いたハンナははりきって答えた
するとそこへ高慢な感じのする声が飛び込んできた。
「あら、ハンナさん。こんなところのいらしたのね」
「そ、その声は・・・」
ハンナはその声に振り返り、為政も声のした方向へと目を向けた。
するとそこには高飛車な態度とる少女(とお付きの者数名)がいた。
「誰なんだ、ハンナ?」
為政が尋ねるとハンナが口を開く前に少女が名乗った。
「おーほほほほ。私の名はリンダ・ザクロイド。ザクロイド財閥のものよ」
為政はその名に聞き覚えがあった。
新興の財閥で鉱物関係でその財を築いたという家である。
ハンナはリンダという少女を睨み付けながら叫んだ。
「今日こそ負けないからね、リンダ!」
それを気いたリンダは余裕の表情を浮かべた。
「まあそうですの、がんばってくださいね。おーほほほほ」
そう言い残すとリンダはお付きの者を引き連れ競技場へと歩いていった。
「何しにここに来たんだ、あの少女は?」
為政は呆れたように呟いた。
しかしハンナはそんなことはおかまいなしであった。一人でメラメラと燃えている。
「打倒!リンダ・ザクロイド!今度こそ絶対勝ってやるんだからね!!ユキマサ!」
「な、なんだ」
ハンナの気合いに圧倒され為政はくちごもった。
「応援よろしく!」
そういうとハンナはもの凄い勢いで競技場へ走り去った。
ハンナとリンダが参加するのは100m走のようだ。
いままさにスタートしようとしているコースには二人の他に6人の選手がいまかいまかと号砲を待っている。
そしてスタートとの合図の号砲が鳴り響いた。
「ああ、また負けた・・・」
ハンナはがっかりして項垂れている。
結局のところ、ハンナはリンダに勝つことができず2位に終わってしまったのであった。
「おーほほほほ、やっぱり私には勝つことができなかったようね」
項垂れているハンナに対してリンダは追い打ちをかけた。
「う、うるさいよ、ハンナ。来年こそは絶対に勝ってやる!」
「あら、去年も同じこと言ってたのではないかしら?」
「うっ・・・」
リンダの口撃にハンナは傷ついたらしい。
「まあいいわ。来年こそ私をうち負かせてもらえるのを楽しみにしていますわ」
そう言うとリンダはお付きの者を引き連れて競技場を後にした。
「そんなに気にするなよ、ハンナ。来年勝って見返してやればいいじゃないか」
為政は落ち込んでいるハンナを慰めた。
「そうなんだけどね、毎年返り討ちにあっているとどうも・・・」
すっかり落ち込んでいるようだ。
「そんな気持ちじゃ絶対に勝てないぜ、ハンナ。
根性を出さなければどんな勝負にも勝てないんだからな」
「・・・、そうだね。落ち込んでいるなんてボクらしくないし。よし!来年こそリンダに勝って見返してやる!」
「その意気だ」
「ありがとう、ユキマサ。元気がでてきたよ。よし!さっそく今日から特訓だ!」
そうさけぶとハンナは沈んでいく太陽へと走り去ったのであった。
あとがきその3
さて今回で主人公戸田為政は傭兵隊の隊長に就任いたしました。
本当はあまりやりたくなかったんですが・・・・。
なんせ外国人嫌いの多いドルファンで、西洋人でさえ嫌っているのにましてや東洋人が隊長なんて。
しかし話の都合上、兵卒だとなにかと支障があるものですから。
隊長なら部隊運用の話もかけるし一騎打ちのシーンを何度かいても不自然になりませんからね。
兵卒からどんどん出世するというのもありですがたった3年ではせいぜい伍長か軍曹ぐらまでしか
昇進できないでしょうし。
まあ話の中で隊長に選ばれた理由がかいてありますから・・・。
あれならそれほど選ばれた理由としては不自然ではないと思うのですがね。
いかがなものだったでしょう?
さてもう一つ。
隊長就任が明らかになったところでネタばらし。
このSSのタイトル「Condottiere」について。
実はこの単語、イタリア語で「傭兵隊長」という意味があるんですよ。
夏休み中、大学で借りていた騎士についての本(タイトルは忘れた)のなかにありまして。
見つけたとき、これだと思いまして。
本当は仮題だったんですがそのまま正式名称にしてしまいました。
いかがなものだったでしょう。
次回もまたお祭りです。
しつこいですがまあ勘弁してください。
それではこのへんで。
平成12年10月8日日曜日