■シンゲキジャーシリーズ3■



 ※拍手で回っていた現代パラレル設定の高校生リヴァイとちびっこエレンの小話をまとめてみました第3弾です。企画にも同設定の話があります。




11・餅つき会編


 その日、リヴァイが学校から帰宅すると、いつもの通りに自宅マンションの隣室の子供がとてとてと玄関先にまで出迎えてくれた。

「リバイさん、リバイさん、おかえりなさい!」
「ただいま、エレン。……その格好はどうした?」

 子供は何故か紺色のはっぴと、頭にねじり鉢巻きを巻いていた。はっぴの下には普通の服を着ているようだが、祭りがあるわけでもないのに、何故はっぴを着ているのだろうか。

「これはおもちつきできるのです!」
「餅つき? 大丈夫なのか?」

 リヴァイの疑問に子供はそう答えたが、それは子供の通う幼稚園の行事か何かで餅つき大会でもやるということなのだろうか。リヴァイが子供くらいの頃にもそんなことをやった記憶があるような気がしたが、詳細は覚えていない。確かはっぴは着なかったような気がするが、子供に重い杵などを持たせても大丈夫だろうか。やるにしても大人がちゃんとついているとは思うが、しっかりと安全を確保出来ているのか心配になってしまう。

「だいじょうぶです! うさぎさんもおもちつきできるのです! がんばればきっとできます!」
「……そうか」

 うさぎが餅つき出来るというのは、月にはうさぎがいて餅つきをしているというあの言い伝えのことだろうか。ここで月には生物はいないという実証されている真実を教えてやるべきなのだろうか。だが、子供の夢を壊すような真似はしたくはない。悩んだが、リヴァイは話すことはせずに、子供を抱き上げて、そのままリビングへ向かった。

 リビングには自分の母親と子供の母親がいて、二人から話を訊いたところ、やはり次の休みに幼稚園で餅つき会を開くらしい。そこで、リヴァイにも参加してくれないかと子供の母親から頼まれた。

「俺が参加しても大丈夫なんですか?」

 リヴァイが訊ねると、事前に参加費を払って申し込みしておけば、父兄ではなくても参加は可能なのだそうだ。勿論、定員に限りはあるし、幼稚園の近所のものか父兄の知り合いに限定されているのだそうだが、子供のために用事がなければ参加して欲しいのだと言う。何でもはっぴを着た子供と父兄が一緒に杵を持って餅をついている写真を幼稚園側が撮影してくれるらしく、それに子供と一緒に写ってくれないか、ということらしい。どうやら、園児達が餅をつくのは写真を撮るために父兄と一緒につく一回だけであり、後は大人達が総出でつくらしい――まあ、子供に餅がつけるわけがないから、当たり前ではあるのだが。
 父兄と写す写真に自分が写ってもいいのかと思ったが、母親からもう申し込んじゃったから参加は決定よ、とあっさりと告げられた。どうやら自分に拒否権はなかったようだ――いや、リヴァイにも参加することに否やはないが、写真はいいのだろうかと悩んでいたら、母親に他にたくさん撮るからいいのよ、とまた宣言されてしまった。自分の母親は自分が子供の頃よりもエレンの写真をたくさん撮っている気がしてならないが、もはや突っ込む気力のないリヴァイだった。
 自分も参加する旨を告げると、喜んだ子供にリバイさん、おもちつきのれんしゅうをみてください、と言われた。杵もないのにどうするのだろうかと思ったが、ラップの芯で代用するらしい。重みは全然ないので練習にはならないと思うが、気分の問題なのだろう。
 そして、練習にはやはり例の歌がオプションでついていた。

「くちく、くちくしろ〜! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! わたしがしょうきかたしかめてくれよ!」

 リヴァイは遠い目になった。子供の大好きな戦隊もの番組『討伐戦隊シンゲキジャー』は昨年無事終了し、これで子供の興味が他に行くと喜んだのも束の間、余りの人気振りに続編が製作され、今年からも放映されるのだと知った時の衝撃は忘れられない。視聴者からの要望があったのか、オープニング曲も変わらずに使用され、今でも楽しそうに子供は歌っている。また一年この番組には悩まされるのであろうか、というか、絶対に問題があると思うのに何故世間はあの番組を支持するのか理解出来ないリヴァイであった。
 子供の練習――餅つきというより、やはり餅つきダンスにしか見えなかった――が終わり、子供の頭を撫ぜてやりながら、どうすればあの番組から子供の興味を他に向けられるかリヴァイは今年も真剣に悩むのだった。


 餅つき会当日、子供と一緒に幼稚園に向かうと、そこには見知った人影があった。

「やっほー、リヴァイ、エレン君、待ってたよ!」
「お前は冥界の門をくぐれ。そして、絶対に開けるなよ」
「酷っ! 相変わらず酷すぎっ! リヴァイ」
「クソメガネさん、おはようございます!」
「おはよう、エレン君。あのね、私はハンジお姉さんだからね! 今年もクソメガネで固定? 私、一生クソメガネ?」

 むうと、唇を尖らせる同級生の少女はどうやら母親がメールで今日のことを伝えて申し込んだらしい。傍にはストッパーの後輩もいたので暴走は抑えられるであろうが、不安は拭えない。

「酷いな、もう。折角、いいものを持ってきたのに」
「……いいものって何なんだ?」

 リヴァイが嫌な予感を覚えながら訊ねると、ハンジは懐から怪しげな薬品の入った瓶を取り出した。

「これこれ! これを餅に入れれば、紫色に変化して餅とはとても思えない食感に! あ、後、エメラルドグリーンも……」

 ハンジが言い切る前に沈めたのは言うまでもない。

 取りあえず、ハンジから薬を取り上げることに成功し、ハンジの後輩に彼女のお守りは任せ、餅つき会は始まった。園には臼や杵、蒸籠などの一式が揃っており、よくあったな、と思ったが、何でも今は餅つき会が誰でも出来るように一式をレンタルしてくれるところがあるらしい。詳しい説明もしてくれるようで、この幼稚園もそれを利用しているらしい。確かに年に一度しか使わないものを保管しておくのも大変だろう。
 順調に準備が進み、はっぴを着た園児達と父兄が写真を撮る段になって、リヴァイの前に一人の園児が立ちはだかった。

「あなたとのけっちゃくをつけるときがきた! どちらがはやくもちをつけるかしょうぶしましょう! そして、エレンはわたしのよめに……!」

 いや、だから、それは嫁にするのではなく、嫁になるの間違いだろう、と突っ込みたくなる台詞を毎度ながら吐く女児、ミカサにリヴァイは苦笑いを浮かべた。

「それはできないよ、ミカサ。もちをつくのはいっかいだけなんだから。ひとりでついたらみんながつけないだろ?」

 が、そのミカサの申し出はあっさりと一人の男児によって、断念された。男児――アルミンはぺこりとリヴァイに頭を下げると、ミカサに向き直った。

「それに、みんながたのしみにしてるもちつきでしょうぶなんかしたら、エレンだっておこるとおもうよ」
「……わるかった。わたしのはんだんがまちがっていた。でも、いつかかならずしょうぶはつけて、エレンをよめに……!」

 前半はアルミンに、後半は自分に告げて去っていくミカサを見送りながら、今年もこれが続くのだろうかとリヴァイは肩を竦めたのだった。

 園児達と父兄の写真撮影が終わった後は大人達が総出で餅をつき、食べやすいサイズに千切っていく作業に移った。味つけとして用意されたのは定番のあんこ、きなこ、ごま、くるみ、大根おろしの五種類で、つきたての餅の美味しさにその場の全員が舌鼓を打った。リヴァイは幼稚園の職員に頼んで子供に渡す分の餅を作らせてもらった。出来た餅を渡せば、子供はキラキラとした顔でそれを眺めていた。

「リバイさん、これうさぎさんですね!」
「ああ」

 柔らかい餅をうさぎの形に成形して渡せば、子供は思っていた以上に喜んだ。本当なら子供が好きなあの戦隊もの番組のヒーローにすればもっと喜ばれたのであろうが、さすがに餅では複雑なものは作れなかったのだ。子供は餅を口に運んで美味しいです、とリヴァイに笑顔を向けた。

「餅はゆっくりよく噛んで食べるんだぞ。咽喉に詰まらせたら大変だからな」

 リヴァイが注意すると子供は素直に頷いて餅を咀嚼している。その子供の近くではハンジが餅を眺めながらブツブツと呟いていた。

「こういう柔らかいつきたての餅を噛まずに飲み込む芸ってあるよね? 出来るかな……」
「やめてください。救急車を呼ぶ騒ぎになったらどうするんですか」
「イヤ、人間やる気を出せば何だって出来るよね。一度挑戦してみたかったんだよ、私!」
「やめてください! 生き急ぎ過ぎです! ハンジ先輩!」

 やりたいと言うハンジとそれを必死に止めるその後輩を横目で眺めながら、この後輩がハンジのストッパー役を務めるのも今年も変わらないんだろうな、とリヴァイは思った。
 ――ともかくも、楽しい餅つき会は何とか無事に幕を下ろしたのだった。

 後日、リヴァイの家に子供がどういうわけか貯金箱を抱えながらやって来た。どこかしゅんとした様子の子供にリヴァイがどうした?と訊ねると、子供はつきにはうさぎさんはいないのです、と答えた。

「ほしにはいきものはいないんだって、みんないってたのです」

 どうやら、幼稚園で子供は調べられる範囲では宇宙には生き物がいないことを聞いたらしい。沈んだ様子の子供を慰めるようにリヴァイは頭を撫ぜてやった。だが、子供の沈んだ様子の理由は判ったが、手にした貯金箱は何なのだろう。
 その疑問をリヴァイが口にする前に、エレンはおかねをためます、と宣言した。

「おそらにはおかねをためたらいけるのです! いきものがいないのかみてきます!」

 どうやら、子供は自分の目で確かめるつもりらしい。確かにどこかの会社が一般に向けて宇宙旅行を計画しているとは聞いたことがあるが、かなりの費用がかかったはずだ。大金持ちでなければまず無理だろう。子供がこつこつ自分のお小遣いを貯めたとしても行ける額になるとは思えない。将来、安価で宇宙に行けるようになるか、子供が金持ちになっていれば話は別だが。
 だが、リヴァイはそうは告げずに行けるといいな、とその頭を撫ぜてやった。

「おかねがたまったら、リバイさんといきたいです!」
「そうか。楽しみにしてるな」
「はい。リバイさん、だぁいすきです」
「ああ」

 そう言って頑張りますと言う子供の頭をまた撫ぜてやりながら、リヴァイは考えを巡らせる。子供を宇宙に連れて行ってやるのは無理だろうが、どこか星が綺麗に見える場所に旅行に出かけるのは可能かもしれない。子供の親の承諾が必要だし、ホテルなどは未成年では予約できないだろうが、その辺は親に頼めば何とかなるだろう。

(問題は費用か……いくらかかるかだな)

 どこに行くかにもよるが、高校生の自分に旅行費用を捻出するのは厳しい。アルバイトでもしていればまた別であろうがリヴァイはしていなかった。今から探して始めるのは構わないが、そうなれば子供の相手をする時間が必然的に減るわけで。きっと子供は寂しがるだろう。
 短期でわりのいいアルバイトがあればいいが、果たして高校生の自分にそんな都合の良い仕事が見つかるかどうか。接客業はまず見た目で落とされそうな気がする。

(どうしたものか……)

 ――その後、求人雑誌を眺めるリヴァイの姿が目撃されて噂になったのだった。



 2014.2.14up



 結局、リヴァイはエレンが寂しがるのでアルバイトは出来ないと思います(笑)。餅つきは私が幼稚園の頃やった記憶があるんですが、昔すぎて詳細は覚えてません。というか、つきたての餅ってうさぎに成形できないような気が……その辺はスルーでお願いします(汗)。





12・節分編


 その日、リヴァイが学校から帰宅すると、いつもの通りに自宅マンションの隣室の子供がとてとてと玄関先まで出迎えにきてくれた。

「リバイさん、リバイさん、おかえりなさい!」

 その声にただいま、と返そうとしたリヴァイはエレンの格好に思わず固まってしまった。いや、子供の格好というか服装は普段と変わらないのだが、その上方に問題があった。子供は何が何だかよく判らないものをかぶっていたのだ。

「リバイさん?」
「………ただいま、エレン。それは何なんだ?」

 子供に不思議そうに声をかけられ、我に返ったリヴァイは子供がかぶっている不気味な物体――形状としては紙で出来た面のようなものなのだが――が何なのか訊ねてみた。

「これはまめまきでかぶるのです! よーちえんでつくったのです!」
「豆まき? ああ、節分か」

 幼稚園の頃はどうだったか覚えていないが、確か小学校の時分には工作の時間に節分用の鬼の面を作ったような記憶がある。余り学校行事に熱心でなかったリヴァイにはそういえば給食には福豆がついていたな、程度の思い出である。そもそもリヴァイの家でも豆まきは大々的にはやらない行事だ――理由は単純、自宅がマンションだからだ。戸建なら家の外で豆もまけるであろうが、マンションの外にまいたら周りから苦情がくるだろう。家の中だけでまけばそれはそれで掃除が大変になる。よって、せいぜいが食卓に恵方巻きがあがるくらいだ。
 子供の手製の面は豆まきに使うというのだから鬼の面なのだと思うのだが、どう見ても鬼には見えない。そもそも、鬼役は幼稚園の職員がやるだろうから、鬼の面をかぶる必要性はあるのだろうか。リヴァイがそんな考えを巡らせていると、子供はこれはリバイさんです、と衝撃の発言をした。

「……俺の面を作ったのか?」
「そうなのです! おにをやっつけるヒーローなのです!」

 子供の話を詳しく訊いてみると、どうも鬼に扮した職員を正義の味方の面をかぶった園児達が豆をまいて追い払うというストーリー設定になっているらしい。なので、自分が一番格好良いと思う人物の面を作ったと言う。……どう見ても人の顔には見えないが子供がそう言うのだからそうなのだろう。

「リバイさんがいちばんカッコいいのです!」
「……そうか」

 手放しで誉められて面映ゆい気持ちになったリヴァイは、それを誤魔化すように子供を抱き上げてリビングへ向かった。

 リビングに向かうと、自分の母親と子供の母親が自分達を出迎えてくれた。そこで再び豆まき会の話をされたが、父兄参加の行事ではないらしい。確かに運動会や学芸会などとは違って父兄参加でやるような行事ではないだろう。
 そして、その日のエレンのお迎えはリヴァイがやるようにと頼まれてしまった。子供の迎えにはよく行っていたので異論はないが、何故母親が行かないのかと訊ねてみたら――どうも初詣でに行った神社の節分祭に行くらしい。
 テレビなどで有名人が豆をまくシーンを見たことがあるが、母親が行く神社では有名人は来ないが参拝者に豆をまくらしい。勿論、人数制限はあるが、どうもママ友達と息抜きがてら行こうかという話になったらしいのだ。
 平日でなければエレン君も連れて行ったんだけど、と母親は残念そうに言う。豆まきを見て楽しそうにはしゃぐ子供の姿を見たかったのだろうが、そんなことで幼稚園を休ませる訳にはいかないだろう。まあ、世の中には夏休みに家族で海外旅行に行くから、始業式には間に合わないので学校は休みます、と平然と言う親もいるというが。

「リバイさん、まめまきでおどるおどりをみてください!」

 子供がキラキラとした顔で見詰めてきたので、絶対にそうだろうとの予想はついていたが、子供の期待を裏切る訳にはいかず、リヴァイは頷いていた。――そして、予想した通りに流れてきたのは子供の大好きなあの戦隊物番組のオープニング曲で。

「くちく、くちくしろ〜! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! こいつをころすゆうきがわたしにあれば!」

 ああ、やはり、これか。今回もこれなのか、とリヴァイは遠い目になった。あの幼稚園はこう毎回歌とダンスを園児にさせて、ミュージカルスターでも育てたいのだろうか、そういえば、どこかの学校ではダンスが必須課目になったとか聞いたことがあるし、それ対策なのだろうか、とどうでもいいことに思考が逃避しかける。
 絶対に問題があるとしか思えないのに、どうして世間はあの番組を支持するのだろうか、とリヴァイは深く頭を悩ませたのだった。


 節分当日、エレンを迎えに幼稚園を訪れたリヴァイは子供と対面する前に思わぬ襲撃を受けた。

「おにはーそと! おにはーそと! おにはーそと!」

 そう言ってぶつけられてくる豆を総て避けたリヴァイに、相手は小さく舌打ちした。

「く……っ! わたしのこうげきをぜんぶよけるとは……っ!」

 手持ちの豆がなくなったのか悔しそうな顔をする女児――ミカサに、リヴァイは咄嗟に避けてしまったが、一回くらい当たってやるべきだっただろうかと思ったが、手を抜いたら抜いたでこの少女は怒りそうだな、と思い直した。

「ミカサ、ひとにまめをぶつけちゃダメだよ? いくらまめだからって、めとかにあたったらケガするかもしれないだろ?」

 こちらの様子を見て駆けてきたアルミンがそう言ってミカサを窘める。そんなことしたらエレンだっておこるし、かなしむよ、と続けられ、ミカサはしゅんとして頭を垂れた。

「わるかった。わたしはれいせいじゃなかった……あのチビをみたらかってにからだが……」
「わかってくれたなら、いいけど。それと、そういういいかたはしつれいだからね?」

 アルミンはリヴァイにぺこり、と頭を下げ、おさわがせしましたとミカサを連れていった。
 ミカサの方はつぎはかならずけっちゃくを!と呟いていたからまだ挑む気満々のようだったが。
 やがて、子供がリヴァイを見つけて駆け寄ってきたので、リヴァイはエレンを抱き上げて幼稚園を後にしたのだった。


 豆まきは楽しかったと家に帰る道すがら語る子供は本当に楽しそうだった。子供はちょっとしたことで喜び、キラキラと顔を輝かして話すからいつもあたたかい気持ちになる。

「ただいま」

 帰宅したリヴァイは家の明かりが点いているので母親が在宅していることを知った。なら、自分が子供を迎えに行かなくても良かったのではないだろうか――勿論、子供を迎えに行くのが嫌なのではないが、あの母親なら嬉々として迎えに行くだろうことが予想されたからだ。ママ友会とやらが予定していたより早く終わったのだろうか、と思いながらも子供を連れてリビングに向かうと、予想外の人物がそこには待ち受けていた。

「悪い子はいねがー! 泣ぐこはいねがー!」

 秋田県の伝統行事のなまはげに扮した同級生の少女――声で判断出来た――に、リヴァイは華麗に回し蹴りをきめたのだった。


「酷いな、リヴァイは。折角、節分気分を盛り上げようって来てあげたのに」
「あれで盛り上がるわけねぇだろうが」
「すみません、リヴァイ先輩、自分もそう言ったんですが……」

 唇を尖らせるハンジと、すまなそうに頭を下げる後輩にリヴァイは深く溜息を吐いた。どうやら母親がエレンを迎えに行かなかったのはハンジを呼んで準備していたかららしい。母親曰く、大勢の方が楽しいじゃない、ということだったが、やはり、何があってもこの二人の接触は阻止しておくべきだったとリヴァイは思う。

「何で、なまはげなんだ……」
「どうせなら派手な方が楽しいかと思ってさー、ちゃんとしたの借りてきたんだよ!」
「お前、その無駄な労力を他に回せ……」

 げんなりとしているリヴァイに母親がまあいいじゃない、と声をかけ、折角だからお茶にしましょうと提案した。
 そこまでは良かった。だが、一緒に運ばれてきたロールケーキを見てリヴァイは固まった。

「…………」
「きょじんロールです、リバイさん!」

 嬉しそうに言うエレンの言葉通りに、確かにそうパッケージには印刷されている。だが、何故、ロールケーキと巨人が結びつくのかリヴァイには判らない。

「最近、恵方巻きの代わりにロールケーキを食べる人がいるんだよ。恵方ロールとかいって普通に売ってるよ?」

 ハンジがそう説明し、更に母親に勿論、恵方巻きもあるわよ、と続けられ、リヴァイは遠い目をするしかなかった。何でもどこかの大手のコンビニエンスストアチェーンとタイアップしてシンゲキジャー恵方巻きとロールケーキを売り出したらしい。しかも人気商品で売り切れ続出だったそうだ。
 やはり、あの子供向け番組は人類の洗脳でも考えているのではないかと、有り得ないと判っていても疑ってしまうリヴァイだった。



 その後、母親が神社で獲得してきた福豆を子供と食べた。小さな白い紙の包みに入ったそれを食べた子供は顔を輝かせた。どうやら気に入ったらしい。だが、途中で顔を曇らせ、手を止めてしまう。

「エレン、どうした?」
「せつぶんのまめはとしのかずだけなのです。だから、もうたべちゃダメなのです」

 ああ、とリヴァイは頷いた。確かに節分の福豆は自分の年の数だけ食べるものだ。豆を気に入ったらしいエレンだが、我慢して食べないようにしているのだろう。

「エレン、ちょっと待ってろ」

 そう言ってリヴァイは席を離れしばらく経ってから戻ってきた。

「ほら、これなら福豆じゃなくて、豆菓子だ」

 リヴァイが持ってきたのは福豆を砂糖やきなこなどでコーティングさせた豆菓子だ。福豆を使って作ったものだが、こうすれば立派な菓子である。

「……リヴァイ、それ、屁理屈ってもんじゃないの?」

 そう言ってハンジは爆笑し、まあ、でもいいんじゃない、と続けた。
 子供はどうしようか迷っていたようだが、甘いものの誘惑に勝てなかったのか、手を伸ばしてそれを口に運んだ。――途端、広がる笑顔。

「リバイさん、とってもおいしいです!」
「そうか、なら、良かった」

 子供の笑顔が見られてリヴァイもまた笑った。こんな些細なことで喜ばれるならいくらでもしてやろうと思う。

「リバイさん、だぁいすきです」
「ああ」

 ――そして、その後、豆を食べすぎて余り夕食が食べられなくなった二人は母親に怒られることとなるのだった。



 2014.4.14up



 季節外れの節分ネタです。もう書かないでボツにしようかと思っていたのですが…迷った末にUP。いつも思うのですが、年の数だけ豆を食べるってご年配の方は大変なのでは……。最近は私もロールケーキ派です(笑)。





13・バレンタイン編


 その日、リヴァイが学校から帰宅すると、いつもの通りに自宅マンションの隣室の園児がとてとてと玄関先まで出迎えにきてくれた。

「リバイさん、リバイさん、おかえりなさい!」
「ただいま、エレン。……これからどこかに出かけるのか?」

 子供はまだ寒いこの季節、防寒具をしっかり着込み、肩から斜めにポシェットをかけていた。くま耳のフード付きコートとくま型ポシェットは絶対に母親達の趣味だと思われる――可愛いと嬉々として子供に着せている図が思い浮かぶ。これはどう見てもどこかに出かける支度をしているようにしか思えないが、母親と買い物にでも行くのであろうか。

「はい! おつかいにいくにんむがあるのです!」
「お使い? 買い物でも頼まれたのか?」

 リヴァイの頭の中では有名なテレビ番組の「初めてのお使い」のテーマ曲が流れた。もしかして、ああいった番組に申し込みでもしたのだろうか。まさか、とは思うが、子供の母親はともかく、自分の母親ならやりかねないと思うリヴァイであった。

「はい! じゅうようにんむなのです! でも、リバイさんといっしょじゃなきゃダメっていわれました。リバイさんはおでかけしてだいじょうぶですか?」

 不安そうにこちらを見上げてくる子供をリヴァイは抱き上げて、お前と一緒のお出かけなら俺も楽しいぞ、とその頭を撫ぜてやった。子供は安心したのか嬉しそうに笑う。

「……とりあえず、その重要任務の話を俺も聞くのが先決だな」
「りょうかいなのです! しれいがまってます!」
「…………」

 何はともあれ、事情を知っているだろう母親に訊くのが一番だろう、とリヴァイはエレンを連れてリビングに向かった。


 リビングで待ち構えていた母親達はリヴァイにエコバッグを差し出してきた。どうやら近所のスーパーにエレンと一緒に買い物に行けということらしい。母親が在宅しているなら一緒に行くか、もしくは子供をリヴァイに預けて行きそうなものだが、どうもこの買い物は子供が主体の「お使い」であるらしかった。だが、幼稚園児の子供を一人でお使いに行かせるににはまだ不安がある――それで、リヴァイの帰宅を待って、子供のサポートをさせようということになったようだ。確かに幼稚園児を一人でお使いに行かせるのは出来ないだろうが、そこまでして子供主体の体裁を作る必要があるのだろうか。
 腑に落ちないといった顔をするリヴァイに、母親はこれは子供から言い出した「お手伝い」なので、そこは曲げる訳にはいかないのだと説明した。エレン君は本当に可愛いわよね、と笑う母親の意図はさっぱり判らないが、子供が申し出たお手伝いにお使いという任務を与えたのだということは判った。
 重要任務というと大げさだが、子供へのお使いなら簡単なものであろう。どの道リヴァイに断るという選択肢は用意されていないのだし――リヴァイ自身も子供と買い物に行くのは嫌ではなかったが――おとなしく子供のサポート役を務めることにしたのだった。

 子供は張り切ってスーパーへと向かいながら、自身を奮い立たせるように歌を歌い始めた。

「くちく、くちくしろ〜! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! もういちどズタズタにそいでやる!」

 ああ、やはり、これか。もうこの歌を歌うのは子供の条件反射となっているのではないだろうか。子供の大好きな戦隊物番組のオープニング曲――そのうちに「私のこころの歌・名曲百選」とかいう番組にでも出てきそうな勢いである。有り得ないと判っていても着実に人類洗脳化計画が進んでいるような気がするリヴァイだった。

(そういや、何でエレンは急に「お使い」だなんてやりだしたんだ?)

 気を取り直すようにリヴァイはそんなことに考えを巡らせた。子供と一緒に買い物に出かけたことはあるし、母親などと一緒にスーパーなどへも行っているだろう。だが、子供が主体でお使いという形を取ったものはなかったような気がする。子供がお手伝いをしたい、と言い出したので用事を言いつけた――というような趣旨の発言をしていたが、日頃から子供は片付けやお手伝いは率先してやっていたから、改めてこういう形にするのには何か理由があるのだろうか。

(母の日とか、父の日とかなら判るんだが――)

 だが、時期的に合わない。母の日はまだ先だし、このところ子供の母親の体調も良いようだし、子供が自らお使いを買って出る必要はないように思われた。勿論、親のお手伝いをするのは良いことではあるし、取り立てて言う程のことではないのだが、子供の年齢を考えると初めてのお使いはまだ早い気がする。

「リバイさん?」

 そんなことを考えていたリヴァイがずっと黙っていたので不思議に思ったのか、子供が呼びかけてきた。我に返ったリヴァイは単刀直入に子供に訊いてみることにしてみた。

「今回の重要任務はどうして決まったんだ?」
「それはナイショなのです! じゅうようきみつなのです!」
「……そうか」

 どうやら教えてくれないらしい。重要機密などという言葉をどこで覚えたんだ、と思いつつ、リヴァイは追及するのはやめて子供と一緒に重要任務に務めたのだった。


 それからもちょくちょく、子供は重要任務――お手伝いをしているようだった。それは片付けを手伝うとか、洗濯物を運ぶとか、簡単なものであったけれど、張り切って子供はお手伝いをしているようにリヴァイには思えた。その理由についてはやはり、教えてもらえなかったのだが。――そうして、数日のときが過ぎていった。

「リーヴァーイ! 丁度良かった!」

 学校の廊下でそう声をかけられたリヴァイは、その声を無視してスタスタと歩き続けた。

「え? 華麗にスルー? いや、ちょっと待ってよ! 渡すものがあるんだって!」

 そう呼び止める同級生の少女――ハンジに、リヴァイは仕方なく立ち止った。

「お前は超新星に巻き込まれろ。そして、宇宙の藻屑となれ」
「ひどっ! 相変わらず、酷すぎ!」

 折角、リヴァイにも渡そうと思って声かけたのに、と続ける少女にリヴァイはお前から渡されるものなんてロクなものじゃないだろう、と返した。

「酷いな、普通のものだよ。はい、これ、バレンタインのチョコ」

 そう言ってリヴァイの眼の前に差し出されたのは可愛らしくラッピングされたチョコレートで。リヴァイはその場で固まった。

「科学部の部員と、顧問と、日頃実験に協力してくれている後輩に配ったから、リヴァイが最後なんだ。……って、何で固まってるんだよ?」
「……お前が女の真似をするなんて……イヤ、これは実験か? 中身は小型爆弾とかか?」
「だから、酷すぎ! ちゃんと市販のやつだよ! モブリットといい、酷いよ!」
「モブリットって……あの部の後輩か?」

 リヴァイの言葉にハンジは頷き、唇を尖らせた。

「はじめは手作りチョコを配るつもりだったのに、モブリットったら『先輩が作ったものを食べる人なんていませんよ。怖くて食べられずに確実にゴミ箱行きです』とか言うからさ。仕方なく市販のものを買ってモブリット以外には渡したんだ」

 後輩の言葉は正しいとリヴァイも思う。怪しげな実験をしている彼女からの手作りチョコなどと言われれば、何かが入っているのではないかとどうしても疑いたくなるし、ハンジが作ったものを喜んで食べるものなどこの世にはいないだろう――と考えて、リヴァイは今のハンジの発言が引っ掛かった。

「後輩以外にはって今言ったか?」
「ああ、だってそのときにはもうチョコ作っちゃってたからさ。勿体ないだろう? モブリットが仕方ないから自分が食べますって言うから、モブリットだけには私の手作りチョコを渡したんだ」

 量が多いから二人で一緒に食べる約束してるんだけど、と続ける同級生の少女に、それって本命チョコっていうものじゃないのか、というか、お前らもうとっととくっついちまえよ、とリヴァイは思ったが口には出さなかった。

「あ、お返しは実験に協力してくれるのと、薬の試飲と、実験に協力してくれる人の紹介との中のどれか――」

 ハンジが言い切る前にリヴァイの回し蹴りが華麗に決まったのは言うまでもない。


 ――世間では本日はバレンタインデーというもので、リヴァイも毎年いくつかチョコをもらう。そもそも女性が男性にチョコを渡すのは日本の菓子メーカーの戦略で本来のバレンタインの風習とはずれていると思うのだが、それに乗るのは個人の自由なのだからリヴァイがとやかく言うことではない。チョコの数を競ったりもらえなかったと嘆くこともなくリヴァイが自宅に帰ってくると、思わぬ出来事に遭遇した。

「リバイさん、これ、バレンタインのチョコです!」
「…………」

 子供から差し出されたチョコレートの詰め合わせにリヴァイは固まった。バレンタインの本日、チョコを男性に渡すのはおかしなことではない。だが、まだ幼稚園に通う同性の子供からチョコレートをもらうなんてリヴァイは思ってもみなかったのだ。元々は女性が男性へ渡すものだったバレンタインは昨今、本命や義理の他に友チョコや逆チョコや自分へのご褒美チョコなど多様化しているが、これは予想外としか言い様がない。

「バレンタインはすきなひとにチョコをあげるっていってました!」

 だから、もらってください、と瞳をキラキラと輝かせながら言う子供からチョコを受け取ると、子供は嬉しそうに笑う。
 手の中のチョコを眺めていると、母親からエレン君が頑張ってお手伝いして貯めたお駄賃で買ったんだから、大切に食べなさいよ、と告げられた。どうやら、子供がこのところ張り切ってお手伝いをしていたのはリヴァイに渡すチョコを買うためだったらしい。「お手伝い」の報酬として渡される「お駄賃」をコツコツ貯めて、それをリヴァイに贈るチョコのために全部使ったのだ、この子供は。

「――ありがとう、エレン」

 リヴァイが素直に礼を言うと、子供は嬉しそうに笑う。この子供はいつだってこんな風に柔らかくて優しいものをリヴァイに運んできてくれる。いつだってこんなにあたたかい気持ちにしてくれることを、子供はおそらく知らないのだろうけれど。

「リバイさん、だぁいすきです」
「ああ」

 この後、詰め合わせの中身が全部シンゲキジャーチョコ――どれも二桁単位で買える安価なものだが――なのを知り、リヴァイが頭を悩ませるのはまた別の話。
 ――ハッピーバレンタイン!



 2014.4.25up



 またまた季節外れのバレンタインネタです。時期外れなのでボツにしようか迷ったのですが、またしても勿体ない根性が出てしまいUPとなりました。シンゲキジャーリヴァイの中では男がチョコを渡すという概念がないので、エレンにチョコは用意していません。その代わり、ホワイトデーには色々としてあげるのだと思います。





14・雛祭り編


 毎年、三月が近付いてくると、リヴァイの家では雛人形を飾る習慣がある。リヴァイは一人っ子で性別は男性であるし、勿論、実は姉や妹がいたという事実があるわけではない。では、何故娘がいないのに雛人形を飾るのかといえば、単に母親の趣味である。彼女曰く、雛人形の方が華やかで飾りがいがあるのだそうだ。普通、子供が女子ではなければ飾らないと思うのだが、そう指摘すれば女はいつまで経っても乙女の心を忘れないのよ、ときっぱりと断言されてしまった。
 母親にそれ以上言ったところで無駄であろうし、別に雛人形を飾られても実害はないので、リヴァイは毎年スルーすることに決めていた。昨今の住宅事情からいって昔ながらの七段飾りを置くところは少なくなっただろうが、リヴァイの家の雛人形はわりと立派な三段飾りだった。皐月人形よりも派手な気がしているが、リヴァイは全く気にしていなかった。むしろ、気になるのは片付けはどうするのか、ということだ。何だかんだ毎年手伝わされている気がするのだが。

(俺が女だったら絶対に七段飾りを飾った気がする……)

 七段分の雛人形を管理するのは大変だろうな、などと考えつつ、帰宅すると、いつものようにマンションの隣室の子供がとてとてと玄関先まで出迎えてくれた。

「リバイさん、リバイさん、おかえりなさい!」
「ただいま、エレン」

 いつものように子供を抱き上げてやると、かさり、という音が聞こえた。音の方に視線を向けると、子供は手に何か紙を持っているようだった。

「エレン、それは?」
「これはひなまつりのしょうたいじょうなのです!」
「雛祭り? 幼稚園でやるのか?」

 リヴァイの言葉に子供は幼稚園でもするが、これは違うのだと首を横に振った。

「これはリバイさんのおかーさんにもらったのです!」
「…………そうなのか?」

 見れば、エレンくんへ、と書かれた招待状の字には見覚えがある。嫌な予感がひしひしとしながらも、子供を連れてリビングに行くと、あっさりと母親は招待状を子供に渡したことを認めた。今年の雛祭りは平日なので、その前の日曜に雛祭り会をリヴァイの家で開くらしい。何でそんなものをここでやるのかと問いかけても絶対にやりたいからに決まっているでしょう、という返事が返ってきそうな気がする。というか、子供の性別は男なのだがそれはいいのだろうか――自分も男なのだが、絶対に強制参加に決まっているだろう。

「……ちなみに、エレンの他には誰を招待したんだ?」

 リヴァイが訊ねると、母親はそれは当日のお楽しみよ、とにっこりと笑った。――絶対に約一名来て欲しくない人間がいるのだが、その人間は絶対に来る気がしてならない。いや、奴は絶対に招待していなくても来る、とリヴァイは思った。おそらくは暴走を恐れてストッパー役の彼も来るだろうからそれに期待するしかなかった。
 当日は準備を手伝うことを約束させられ、げんなりとしてしまったが、子供が眼をキラキラさせてリバイさんといっしょのひなまつり、たのしみです!と笑顔を向けてきたので、まあ、いいかと思うことにした。


 雛祭りパーティ――母親がそう言ったのでそう呼ぶことになった――当日、リヴァイは子供と一緒に買い物に行くことになった。とはいっても、桃の花を買うのと予約していたケーキを受け取りに行くだけであるが。子供の母親も参加するらしく、母親達で料理を作る間、子供と散歩がてら出かけて来い、ということらしい。子供はリバイさんとおかいもの、と楽しそうにはしゃいでいた。一緒に買い物や出かけたりは何度もしているが、その度に子供は嬉しそうにしている。だが、特に子供に何か買ってやるわけではないし、何か強請られた記憶もない。ただ出かけるだけで喜ぶ子供にもっと欲しがることを覚えてもらうにはどうしたらいいのか、とリヴァイは思う。

(勝手にものを与えるのもよくないだろうし……だが、自発的に何か欲しいと言うことはしないだろうしな)

 子育ては難しいな、とリヴァイが親でもないのにそんなことを考えていると、子供が辺りを見回して、もものはなはどれですか?と訊ねてきた。

「ああ、今の時期には桃の花は咲いていない。確か、見頃は四月だったはずだ」

 リヴァイには梅も桃も桜も同じように見えてしまうので区別はつかないが、この時期に咲かないのは知っている。温室栽培された売り物ならともかく、屋外にある桃は咲いてはいないだろう。リヴァイは一応、花を見て綺麗だな、という感性くらいは持ち合わせてはいるが、わざわざ行事に合わせて買うこともないのに、と桃の花を花屋で買ってくるように命じた母親のことを思った。

「おはながさかないのにかざるのですか?」
「ああ、昔は咲いているときにやっていたからな」

 子供が不思議そうな顔をしていたのでそう付け足したが、果たして旧暦とグレゴリオ歴の違いを子供に説明して理解出来るだろうか。リヴァイは説明するべきか悩んだが、幸いにも子供はそれで納得したようでそれ以上追及してくることはなかった。
 花屋で桃の花を買い、予約していたケーキを受け取る際にリヴァイは固まった。箱にでかでかとプリントされているのはあの特撮番組のキャラクターで。

「シンゲキジャーケーキです! リバイさん!」
「ああ…………良かったな」

 引き攣りながらも何とか笑顔でそう子供に返し、リヴァイはケーキを受け取った。討伐戦隊シンゲキジャー・ひな祭りケーキという名のそれを前に、普通戦隊物のケーキは男の子向けで雛祭りには売り出さないんじゃないのか、何で雛祭りまであの番組で祝わなければならないんだ、とか様々な思いが脳裏に巡った。更に店員にこのケーキは大人気ですぐに予約分が完売しちゃったんですよ、と言われ、やはり、あの番組は着実に人類の洗脳を考えているのではないかという思いを消せないリヴァイだった。


「やっほー、リヴァイ、お邪魔してるよ!」

 花とケーキを入手して自宅に戻ると、出迎えてくれたのは同級生の少女だった。

「邪魔だと判っているなら、常世に戻れ。二度と現世には来るんじゃねぇぞ」
「酷っ! 相変わらず、リヴァイ酷すぎ!」
「クソメガネさん、こんにちは!」
「エレン君、私の名前はハンジだからね! 今年の目標に私をハンジお姉さんと呼ぶことって加えておいてね!」
「三月になって今年の目標もねぇだろうが」

 リヴァイがそう告げると、二人とも酷いよ、とハンジは頬を膨らませた。

「折角、お呼ばれしてきたのに……」
「他には誰が来てるんだ?」
「私と、ペトラとついでにその辺の後輩と、エレン君の幼稚園のお友達かな? 女子だけでも良かったんだけど、大勢の方が楽しいだろうからって。あ、モブリットも自主的について来たから」
「先輩は目を離すと暴走しますから」

 リヴァイ達が戻ってきたのを聞きつけたのか、ハンジの部の後輩が顔を出してリヴァイに頭を下げた。

「酷いな、今日はまだ何もしていないよ?」
「されては困ります」

 言いつつ後輩はハンジを引っ張っていき、リヴァイは何だかな、と思いつつも皆がいるだろうリビングに向かった。
 すると、そこでリヴァイを待ち受けていたのは戦闘意欲満タンといった顔をした女児で。

「あなたとけっちゃくをつけるときがきた! このひなあられをどちらがはやくたべきれるかしょうぶしましょう!」
「…………」

 そして、エレンはわたしのよめに、と続ける女児――ミカサの姿より彼女の手にしている袋に衝撃を受け、リヴァイは固まった。『討伐戦隊シンゲキジャー・ひなあられと』と印刷されたそれに、またしてもこれなのか、これでいいのか世の中、と叫びたいリヴァイだった。

「ダメだよ、ミカサ。ひなあられはみんなでたべるようにってかったんだから、ふたりでたべちゃほかのひとがたべられないだろ?」
「でも、アルミン、わたしはエレンをよめに……」
「それに、ひなあられでおなかいっぱいになったら、エレンのおかあさんのつくってくれたりょうりもたべられなくなっちゃうだろ? せっかくよんでくれたのにかなしむよ?」
「……わるかった。わたしはれいせいじゃなかった」

 でも、エレンはいつかかならずわたしのよめに、と野望を抱き続けるミカサに苦笑を浮かべながら、アルミンはおさわがせしました、とリヴァイにぺこりと頭を下げた。リヴァイはいや、と軽く首を振ってそれに応えた。――雛祭りパーティが始まる前にどっと疲れたリヴァイだった。


「リバイさん、リバイさん、ひなまつりでおどるおどりをみてください!」

 宴もたけなわ――といったときに子供にそう声をかけられ、リヴァイは嫌な予感がひしひしとしながらも頷いた。幼稚園の雛祭り会のときに踊るダンスを予行練習も兼ねてここで園児達で披露してくれるらしい。

(……このパターンはあれだ。絶対にあれの気がする)

 リヴァイは遠い目をしながら予想が外れてくれることを願ったが、嫌な予感程当たるもので。

「くちく、くちくしろ〜! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! じゃますんじゃねぇよ! クソッタレが!」

 ああ、やはり、これか、雛祭りまでもこれなのか。桃の節句などという可愛らしい名前の行事になぜこの歌を歌わなければならないのか。いや、男女平等なのだから女の子の行事は可愛らしく、などというのは古い考え方だろう。
 何故、世間はあの番組を支持するのか――もしかしたら、自分の方が間違っているのか、いいや、それはないだろう、とリヴァイは園児達が歌って踊る間ずっと頭を悩ませていたのだった。


 ――その後、幼稚園で雛祭り会を終えた子供がいつものように自宅マンションで出迎えてくれたので、リヴァイは楽しかったか、と訊ねたら子供はいつものようにキラキラとした顔でたのしかったです、と答えた後、リヴァイに質問をしてきた。

「リバイさん、3がつ3かはおんなのこのおいわいで、5がつ5かはおとこのこのおいわいってきいたのです」
「ああ、三月三日は桃の節句、五月五日は端午の節句と言われているな」

 五月五日はこどもの日とされ、祝日になっているから男の子だけのお祝いというのは薄れている気もするが、そういう習わしなのは確かだ。

「だから、ユミルが4がつ4かはおかまのひだっていうのです。なんで、おかまのひなんですか?」
「……………」

 ごはんをいっぱいたくんですか?と子供は首を傾げている。どうしてそんなことを幼稚園児が知っているんだ、と突っ込みたいが突っ込む相手はここにはいない。確かにそんなことも言われてはいるが、子供におかまの意味を教えてやるべきだろうか――そもそも、おかまは蔑称として扱われる言葉なので、使ってはいけないと注意するべきなのか、いや、だが、子供は釜として使っているのであってそこに悪意はないのだ。
 どこまで説明するべきか悩むリヴァイに、子供は彼の言葉を待っている。

(何て言やいいんだ……)

 またしても頭を悩ませることになったリヴァイは、子育ての勉強をもっとするべきかと心の中で深い溜息を吐いたのだった。



 2014.5.26up



 結局、リヴァイは真面目に説明したのだと思いますが、エレンは半分も判っていないと思います(笑)。おかまは蔑称なので、使ってはいけないと聞いたのですが、卑下する意味で使用している訳ではないのでご了承ください。そして、リヴァイママは今回も最強です(笑)←オリキャラなのに。





15・エレン誕生日編


 その日、母親に買い物を頼まれたリヴァイは自宅マンションの隣室の園児とともに近所のスーパーへと出かけた。買い物など面倒くさいだけだとリヴァイは思うが、子供はいつも喜んでリヴァイと出かけている。精算を済ませ、袋に荷物を詰めていると、案の定子供が自分も持つと言ってきたので、リヴァイは子供が持っても負担にならない軽いお菓子などを入れて子供に渡してやった。
 助かるな、と言って頭を撫ぜてやれば子供は嬉しそうに顔を輝かせて笑う。日用品の買い出しなど特に面白いものではないと思うが、子供にとっては楽しい出来事なのだろう。子供の手を離さないように気を付けながら進んでいると、子供はある場所で立ち止まった。

「リバイさん、あれやりたいです!」
「ああ、いつものか。ちゃんと言ってきたのか?」
「はい、おかーさんが1かいだけならいいっていってました!」

 子供の言葉にリヴァイが頷くと、エレンはいそいそと首から下げた小銭入れ――クマの顔型なのはおそらく母親の趣味なのであろう――から百円玉を取り出しそれに向かった。ガチャリ、とそれにその百円玉を投入すると、くるりと回し、取り出し口と書かれた場所からごとりと音が鳴る。いわゆる、ガチャガチャと呼ばれている、スーパーや店の軒先などに設置してある子供向けの玩具の入ったカプセルの販売機だ。最近の子供はこれにはまっていて、買い物に出た際に何度か購入している。
 子供には少々開けにくいようなので、リヴァイはカプセルを受け取り、中身を出して渡してやったが、子供は少し残念そうな顔をした。その理由をリヴァイは知っている。

「……次はきっと出るからな」

 そう言って頭を撫ぜてやると、子供は気を取り直したように笑った。

「はい! へーちょうがでるまでがんばります!」

 子供が大好きな子供向け戦隊もの番組「討伐戦隊シンゲキジャー」の玩具コレクションとかいう名前のついたこのガチャが子供が夢中になっているものである。中でも子供が大好きな兵長――シンゲキブラックが欲しいようなのだが、実はそのブラックには二種類あるらしく、子供が欲しいのはシークレット、いわゆるレアと呼ばれる非常に出にくいものらしい。通常のものなら何回か回していけば出るだろうが、シークレットなら数は相当少ないだろうし、子供以外が回して出していたらもう中には入っていない可能性もある。この小さな販売機にいくつ入っているのかは判らないが、さすがにガチャはそう何回も回すことを親が許してくれるものでもないし、この先出る可能性はかなり低いと思われる。だが、楽しみにしている子供にシークレットは出る可能性が低すぎるから諦めろなんてことは言いたくはなかった。

(……どうしたものかな)

 リヴァイは子供の少しがっかりした顔を見ることを避けるにはどうしたらいいのか考えながら自宅へと向かった。


 自宅に戻ると、母親からこの次の日曜は絶対に空けておくことは忘れてないわよね?と念を押された。リヴァイが判っていると返すと、ちゃんとプレゼントを用意しなさいよ、とまた念を押された。――この次の日曜には隣室の子供の誕生日会をやることになっているのだ。招待されているだろう面々を考えると頭が痛くなってくるが、勿論、子供の誕生日はきちんと祝ってやりたいと思う。

(プレゼントか……エレンが欲しいものというと……)

 それはやはりあの番組のものになるのだろう。リヴァイには絶対に問題があるとしか思えないが、世間は何故あの番組を支持するのだろうか。番組の放映中に怪しげな洗脳電波を流していると言われても絶対に驚かない自信がある。あの番組のものを買うのは抵抗があるが、エレンは絶対に喜ぶであろうことを考えると背に腹は代えられない。

(エレンが今一番欲しがっているあの番組のものというと……)

 そうして辿り着いた答えにリヴァイはどうしたものかと頭を押さえたのだった。


(予想はしていたが……全く出ないな)

 普段なら子供がいるであろうガチャの販売機の前にリヴァイは仁王立ちして眉間に皺を寄せていた。腕を組み、何かを考えるように口元に手を当てているその姿を見れば、余りの迫力に子供は怖がって近寄らないだろう――隣室の園児は別として。台を睨み付けているようにも見えるその様子に店の方から苦情がくるのではないかと思われたが――そんなリヴァイにあっさりと声をかけてきたものがいた。

「あれ? リヴァイ? 何してんの?」

 聞き覚えのある声に嫌そうに振り返ったリヴァイは予想通りの姿を認めて息を吐いた。

「……お前、ひょっとして俺のストーカーなのか、クソメガネ」
「やだなあ、リヴァイみたいな可愛くもない男のストーカーなんかしないよ。どうせやるなら可愛い子――エレン君のストーカーならしても……」

 相手が言い切る前にリヴァイの回し蹴りが決まったのは言うまでもない。


「酷いな、リヴァイは。ちょっとしたお茶目な冗談じゃないか。大人げないんだから」
「お前が言うと、冗談に聞こえねぇ」

 まあ、エレン君は可愛いけどさ、ストーカーなんてしないよ、と同級生の少女――ハンジは肩を竦めて見せた。

「で、リヴァイは何してるの? ガチャガチャなんてリヴァイが欲しがるとは思えないけど」

 そう言ってリヴァイの前の台を覗き込んだハンジはそれが件の戦隊もの番組の玩具であることに気付き、すぐに納得したようだった。

「エレン君に? でも、だったら自分で回させた方が喜ぶんじゃないの?」
「それはそうだが……欲しいのはシークレットだしな。出るまでいくらかかるか判らないし、あいつはそう何回も回すのは遠慮するだろう」
「え? シークレット? 出る保証ないと思うけど? それだけなら、そういうの集めて売っている店で買った方が早いと思うよ」

 ハンジにそう言われてリヴァイは渋い顔をした。リヴァイもそういう店があるのは知っていた――くじやフィギュアのコレクションなど、そういったものを集めるコレクター向けにレアと呼ばれる出にくいものが持ち込まれて売られているらしい。後はネットオークションなどでも出品されるというし、勿論、それなりに高い値段がつくが、何回やっても出ないものはそこで買うしかないのだろう。投資金額を考えればそちらの方が安く上がる場合もあるかもしれない。

「それも考えたが……そういった店で買うのは教育上良くないと思ってな」

 ガチャの台を前にした子供の顔を思い出す。期待に満ちた顔とちょっとがっかりした顔、それでも回すのは楽しいらしいし、目当てのものが出なくても玩具は嬉しいようだった。限られたお金でコツコツ回している子供に、そういった手段で入手したものを渡すのは、金さえあれば何でも手に入るのだと教えるようで嫌だった。
 勿論、コレクターと呼ばれる人を否定する気はない。好きなものならいくら出しても欲しいという気持ちはあってもおかしくないし、自分の金をどんな趣味に使おうがその人間の自由だろう。非合法なものならともかく、売る方も買う方も自分に有益になるのだからリヴァイがとやかく言う気はない。

「まあ、それも一理あるけど……これ、全部回しても出ない可能性あるよ? シークレットなんてそう数は入ってないだろうし、誰かが先に出してたらもう入ってないんじゃないかな?」
「…………」

 それはリヴァイも考えたし、判ってはいる。判ってはいるのだが――。
 リヴァイは溜息を吐いて、目の前の販売機を見つめたのだった。


 エレンの誕生日当日、準備があるから子供を見ていてくれと母親達に頼まれ、リヴァイはエレンを連れて外に出かけた。子供はお手伝いしたい気持ちがあるようだったが、本人の誕生日会をその本人に準備させるのもどうかと思い、準備が整うまでの間リヴァイが預かることになったのだ。

「リバイさん、どこへいくのですか?」

 リヴァイと一緒の外出が楽しいらしく、子供はキラキラとした顔でリヴァイを見つめた。リヴァイは行くところをもう決めてあったので、子供の手を引いて迷わずにそちらへ向かった。

 そこに辿り着いた時、子供はきょとんとした顔でリヴァイを見上げた。どうしてここに連れてこられたのか判らないのだろう。
 ――リヴァイがエレンを連れてきたのはあの玩具の販売機の前だった。

「リバイさん?」
「エレン、これを一緒に回してくれ」

 結局、あの後、リヴァイはシークレットを出すことは出来なかった。子供のために専門店で買うべきか悩んだが――やはり、教育上良くないだろうと判断した。仕方ないので別のものも用意しておいたのだが、最後に一度だけ子供と一緒に挑戦することにしたのだ。それで駄目ならすっぱりと諦めようと。

「いっしょにですか?」
「ああ、二人なら出るかもしれないだろう?」

 子供は戸惑っていたようだが、リヴァイが促すと一緒に販売機に手をかけた。小さな手に自分の手を重ねてリヴァイは心から子供の欲しがっているシークレットが出るように念じた。神頼み、などというものをリヴァイは信じてはいないが、子供が喜ぶなら祈りでも何でもしてやろうと思った。
 回してカプセルが取り出し口に排出されるまでものの数秒だっただろう。リヴァイは取り出し口に手を突っ込んでカプセルを取り出し開けた。――そこにあったものは子供が大好きなキャラの姿で。
 キラキラとした顔でそれを見つめる子供に渡してやると、子供はきょとんとした顔をした。何故リヴァイが自分に渡すのか判らない様子だった。

「誕生日プレゼントだ。――誕生日、おめでとう、エレン」

 リヴァイの言葉にエレンは手の中の玩具とリヴァイを交互に見てから、嬉しそうに顔を輝かせて笑った。
 ありがとうございます、たからものです、と言う子供に、宝物をもらっているのは自分の方だとリヴァイは思う。いつだってキラキラとした大切なものをこの小さな子供から自分はもらっているのだ。

「リバイさん、だぁいすきです」
「ああ…………俺も大好きだぞ」

 子供の小さな手を握りながら、この先も子供の誕生日を祝ってやれるといいな、とリヴァイは胸中で呟いた。
 いつか、この小さな手が自分を必要としなくなるまでは、こんな風に優しい時間が流れればいいと――リヴァイはただそう想った。



 その後、家に戻ったリヴァイが招待されたいつもの面々に内心で溜息を吐き、子供の誕生日祝いだからとあの戦隊もの番組のオープニング曲を歌わされる羽目になり――子供のキラキラした期待に満ちた目を裏切れなかったのは言うまでもない――あの番組をやはり、どうにかしなければならないと心から思ったのだった。


 ――ハッピーバースデー!



 2014.9.13up



 久しぶりのシンゲキジャーですが、誕生日っていつの話だよ、と突っ込みたくなった方、そこはスルーしてくださいませ(汗)。時期遅れすぎてるので迷ったのですが、このネタは外せないので今更感いっぱいですがUP。そして、珍しく歌がありませんが、歌詞ネタが尽きて思いつかなかったからというのは秘密です(爆)。





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