■シンゲキジャーシリーズ2■



 ※拍手で回っていた現代パラレル設定の高校生リヴァイとちびっこエレンの小話をまとめてみました第2弾です。企画にも同設定の話があります。




6・おいも掘り会編


 その日、リヴァイが学校から帰宅すると、いつものように隣室の園児がとてとてと玄関先まで出迎えてくれた。

「リバイさん、リバイさん、おかえりなさーい!」
「ただいま、エレン。……その格好は何だ?」

 子供が着ている服はごく普通のものなのだが、彼は何故かその両手に軍手をはめ、片手にスコップを握っていた。どこかに遺跡調査にでも行くのか、と突っ込みたくなる格好だが、子供がそんなことをするはずもない。バケツも一緒にあれば園児だし砂遊びか、と思うが、生憎ここは公園ではなくリヴァイの自宅のマンションだ。砂場などあろうはずもない。
 そういえば、自分は砂で汚れるのが嫌だという理由で砂場で一切遊ばない子供だったな、とリヴァイが自分の過去を振り返っていると、子供は回答を告げた。

「あした、よーちえんで、おいもほりにいくのです! だから、そのれんしゅうなのです!」
「おいも掘り? ああ、サツマイモか」

 言われてみると、秋にそんな行事をやったことがあるような気がする。敷地内に畑があるのか、それともどこかの農園にでも行くのか定かではないが――昨今の土地事情を考えると後者の方だと予測出来るが。その幼稚園によって行事の内容も色々と違うのだろうが、確か収穫したサツマイモは幼稚園で料理して皆で食べ、お土産として生のサツマイモを持ち帰ってきたような記憶がある。
 だが、それにしても。

(芋を掘る練習ってわざわざするものなのか?)

 少なくともリヴァイはやったことがないし、今までに芋掘り前にそんな練習をやったという話も聞いたことがない。しかし、子供は真剣のようだ。

「あしたはがんばって、おおきなおいもをもってきます!」

 リバイさん、たのしみにしていてください、と笑う子供はどうやら自分のために大きな芋を掘って持ち帰る気らしい。そんなこと気にしなくていいのにな、とは思ったが、その気持ちは嬉しかったし、何より子供が楽しそうなのでリヴァイは楽しみにしてるな、とその頭を撫ぜてやった。

「リバイさん、リバイさん、れんしゅうをみてください!」

 芋掘りのコツというかどんな風にすれば上手く出来るのかをリヴァイは知らない。それこそ農家の人間に指導してもらうことで、自分がきちんとしたアドバイスが出来るはずもないのだが、子供にとってはリヴァイに見てもらうことが大事なのだろう。

(取りあえず、明日はちゃんとした指導が入るはずだろうし、危険そうな動きを止めるくらいで大丈夫か……?)

 移動したリビングで、リヴァイがそんなことを考えて見ていると、子供は芋掘りの練習をし始めた。

「くちく、くちくしろ〜! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! このでけぇがいちゅうが! オレがいまからくじょしてやる!」
「…………」

 やはり、この歌か、この歌は必須なのか。というか、子供が練習しているのは芋掘りというよりも芋掘りダンスにしか見えない。これで本当に大丈夫なのか不安になってくる。芋掘りは父兄も参加するだろうし、保育士もちゃんとついてはいるだろうが。いや、でもあそこの幼稚園は色々と問題がありそうだし、とリヴァイはまたしても頭を悩ませたのだった。


 リヴァイは心配していたが、無事においも掘り会は終わったらしく、帰りに子供は掘りだした芋を抱えてリヴァイ宅にやって来た。話を聞くと、リヴァイが予想していた通りに皆で芋を掘りに行き、収穫した芋を焼き芋や芋ご飯などにして食べたそうだ。

「リバイさん、リバイさん、これ、おみやげなのです!」

 そう言って差し出された芋は大きめのものであったが、物凄く大きなものでもない。だが、子供は頑張ってこれを掘り出したのだろう。キラキラと輝く瞳が誉めて欲しいという期待と、大丈夫かな?という不安に揺れている気がした。

「すごいな、こんなに大きなのが採れたのか」

 そう言ってリヴァイが頭を撫ぜてやると、子供は顔を輝かせて嬉しそうに笑ったので、リヴァイも子供を抱き上げて一緒に笑った。



 ――子供にサツマイモをもらったはいいが、これをどうするべきかでリヴァイは悩んでいた。リヴァイの家ではサツマイモは余り調理しない。サツマイモを使った料理というと、天ぷらとレモン煮くらいしかリヴァイも食べたことがないし、後は菓子となるのだが甘味自体をリヴァイは余り食べない。それに、どうせなら子供が喜ぶことをしてやりたい。
 悩んだ末、あることを思いついたリヴァイは、子供の母親に確認を取り、自分の思いつきを実行することにしたのだった。


 その日、子供を自宅に連れ帰ったリヴァイは、子供にほら、と紙を見せてみた。

「へーちょうです! これ、へーちょうですね? リバイさん」

 くっきりと紙に押されたそれは子供の好きな討伐戦隊シンゲキジャーのブラックで子供は瞳をキラキラさせてそれを眺めていた。

「お前がくれたサツマイモで作った。芋版って知らないか?」
「いもばん?」

 子供は知らないのか、不思議そうな顔をして首を横に振って見せた。サツマイモで作る版画――スタンプみたいなものだが、ハガキに押してこれで手製の年賀状を作ったりしているものもいると聞く。折角子供が自分のために掘り出してきてくれたのだから、何か記念に残るものをと考えて思いついたのがこれだったのだ。エレンの母親に確認したところ、子供の幼稚園では芋版は作らなかったらしい。小学生ならともかく、園児に彫刻刃を持たせるのは危ないと判断したのだろう。彫る作業を大人がやるのだとしても、身近に刃物があればおもちゃにして遊ぶ子供は必ず出てくるに違いない。

「お前も作ってみるか?」
「はい!」

 子供が元気よく返事をしたので、リヴァイは子供に絵を描かせて芋版を作成した。勿論、刃物には触らせられないので、彫るのはリヴァイがしたが、それでも自分の絵で芋版が作られて子供は楽しそうだった。

「何を描いたんだ?」

 やはり、よく判らないので訊いてみたところ、子供はリバイさんです!と答えた。リヴァイと自分の芋版を並べて大好きなものが二つだと笑う。いろんな紙に押して楽しんだ後、小さめの色紙に二つ並べて押して日付と名前を書いて子供に渡した。子供はたからものです、とそれを見て顔を輝かせていた。
 後は残ったサツマイモでケーキを作ることにした。炊飯器で作れる簡単なレシピがあると事前にネットで調べていたリヴァイは子供と一緒にキッチンに並んだ。包丁を使う作業や多くのことは自分でやったが、粉を混ぜるなどの単純作業は子供に手伝わせた。子供は炊飯器でケーキが作れるなどとは思わなかったようで、まほうみたいです、と驚いていた。リヴァイとしてはオーブンを使うと子供が触ってうっかり火傷したりしないか、と思って炊飯器を使ったレシピにしただけだったが、予想以上に子供が喜んだので、これにして良かったと思う。
 炊飯器から取り出したケーキを切り分けて食べてみると、予想していたよりも美味しかったし、子供も美味しいと喜んでいた。そして、ふと思い出したように子供が炊飯器のことをおかまというのか訊ねてきたのでリヴァイは頷いた。正確には昔釜で米を炊いていたことの名残で炊飯器とは別だと思うが、電気炊飯器は電気釜とも言うし、間違いではないだろう。

「おいもほりのとき、ユミルがおまえはしょうらいカマほられるかもしれないからきをつけろよ、っていってたのです。でも、おかまはほったりしないですよね?」
「…………」

 何故、幼稚園児がそんな言葉を知っているのだ、とか、この国の教育はどうなっているのだ、とかいろんなところに突っ込みたかったが、今現在の問題は答えを待っている目の前の子供で。

(何て答えりゃいいんだ……)

 子供に嘘はつきたくないが、本当のことを教えるわけにもいかず、リヴァイは心の中で盛大に頭を抱えた。

 ――その後、自分が親でもないのに、違う幼稚園に通わせるべきか本気で悩むリヴァイの姿が見られたのであった。



2013.11.20up



 質問は何とか誤魔化しました(笑)。ちなみにサツマイモケーキ作った事はありません…(汗)。ショコラ設定のエレンがいたら、きっと美味しく調理してくれると思います。





7・一緒にお散歩編


 リヴァイの母がエレンの母親とともに、エレンと同じ幼稚園に通っている子供の母親達との女子会に行くと聞いてリヴァイは怪訝そうな顔をした。その年でも女子会と言うのか、と思いつつ、そういうのは幼稚園の方でやる父母会だけで充分じゃないのか?と訊ねたら、えらい勢いで反論されてしまった。
 リヴァイには判らないが、母親曰くママ友同士のお付き合いというのはそれはそれは重要なものなのだそうだ。エレンの母親のカルラは気さくで明るく人好きのする人ではあるが、病弱なためそういった集まりに余り出席することが出来ず、他の園児の母親達との交流がどうしても少なくなってしまうらしい。なので、そういった交流会に出られるときには出ておかないと、と母親は勢い込んで言うが、エレンの母親はともかくとして、何故彼女までそのママ友会か何かに出る必要があるのだろう。
 その問いにはあっさりとカルラが心配だから、という答えが返ってきた。それに、母親は彼女の代わりにエレンを迎えに行った際に他の母親達とも仲良くなったらしく、育児の先輩としてアドバイスをしたりしていて、交流があるのだそうだ。元々、リヴァイの母親は社交的で面倒見がいいので顔が広く、近所を歩いていると母親の知り合いから声をかけられたりすることも結構あるので、彼女達にも上手く溶け込んでいるのだろう。
 で、何故こんな話を彼女がリヴァイにするのかといえば、答えは一つしかないわけで。
 二人の母親達が出かけている間、リヴァイは例によってエレンを預かることとなったのだ。


 母親達が出かけていった日は空気の澄んだいい秋晴れの日であったため、家にいるよりも外に出かけることにしたリヴァイはエレンの身支度を済ませて、近くにある遊歩道へ行くことにした。自然公園もあって、よく犬の散歩をしている人を見かける散歩コースには最適の場所だが、子供はリヴァイとお出かけというだけで楽しいらしく最初からはしゃいでいた。防寒対策のためにもこもことした格好で動く子供は見ていて可愛らしく微笑ましい。

「リバイさん、リバイさん、きれいです!」
「ああ、そうだな」

 真っ赤に色づいた紅葉の葉を見て子供が笑う。秋色に染められた木々は確かに歓声を上げるのが頷ける程、綺麗だった。

「もみじがなぜあかくなるのか、このまえせんせいにきいたら、すきなひとがいるからだっていってました! すきなひとがいるとあかくなるんですか?」
「……………」

 ここは季節による気温の低下と科学的根拠に基づいた説明をしてやるべきなのだろうか。だが、葉に含まれている色素成分や光合成活動の話が子供に通じるとは思えない。そもそも、それを自分が話したら子供が先生に嘘を教えられたと傷ついたりしないだろうか。悩んだ末、リヴァイは赤くなるのは人それぞれだ、とだけ話した。
 子供は納得したようだが、こういうときにもっと上手く答えられるように育児書でも買っておこう、とひっそりとリヴァイは思った。

「あ、リバイさん、どんぐりがいっぱいです!」

 公園に着くと、子供は早速落ちているどんぐりを見つけて楽しそうに拾い上げた。一応、ここにはいくつか遊具もあるが、子供が来て楽しいのか少し心配だったリヴァイはエレンの様子を見て安堵した。子供はどんな状況においても遊べるものを見出すらしい。

「エレン、どんぐりを持って帰るなら、選ばないとダメだぞ?」
「いいどんぐりと、わるいどんぐりがあるんですか?」
「良い、悪い、というか……どんぐりの中には虫がいることがあるから、穴があいてるのはダメだ」

 どんぐりを持ち帰って放置しておいたら虫がわいていたということはよくあるらしいので――リヴァイはそれに遭遇したことがないが――子供にそう教えてやると、彼は自分なりにいいどんぐり探しを始めたようだ。歌を歌いながら、どんぐりを見つけては選別していく。

「くちく、くちくしろ〜! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! ころされてぇんならふつうにそういえ!」
「…………」

 やはり、この歌か、この歌は絶対に何かするときには必要なのか。こういうときはどんぐりころころとか、もっと子供らしい唱歌を歌うのが相応しいのではないだろうか――いや、子供が好きな歌を歌うのが一番だとは判っているが。これはもはや、洗脳レベルではないのか、とあの子供向け番組には本気で苦情を入れた方が世の中のためではないのか、と悩むリヴァイだった。

 帰り道、子供は拾ったどんぐりを総てリヴァイに渡してきた。どうやら、リヴァイにプレゼントするために拾っていたらしい。リヴァイが受け取ってありがとうとその頭を撫ぜてやると、子供は嬉しそうに笑った。そして、何かに気付いたようにリヴァイのコートの裾を引いた。

「どうした? エレン」
「リバイさん、てがさむそうです」

 まだ冬には入っていないが、急に冷え込むことも多いこの季節、子供の防寒はしっかりして手袋もさせたが、自分はしてこなかった。その手が寒そうに見えたらしい。

「はい、リバイさん」

 そう言って子供が差し出してきたのは自分がはめていた手袋の片方で、はんぶんずつしましょう、と笑う。だが。

(……どう見たって入らねぇ)

 紅葉のような手、と子供の可愛らしい手を見てそう例えるが、その小ささに合わせた子供用サイズの手袋がリヴァイの手にはまるはずがない。思わず、昔テレビで観た子供服を無理やり着る芸を思い出してしまったが、そんなびっくり人間芸がリヴァイに出来るわけがなく。
 それでも子供の気持ちが嬉しかったので、受け取ってはめてはみたがやはり指先しか入らなかった。これはうっかり落とさないようにしなくては、と気を付けるように肝に銘じて、リヴァイは子供の手袋をはめられていない方の手を握った。外気から守るように包みこんでやると、子供はあったかいです、と笑った。

「お前の手の方があったかいぞ?」

 子供体温とはよく言ったもので、その手のぬくもりを自分の手が奪っているのではないか、と思ったが、子供は首を横に振った。

「リバイさんはあったかいです。いつもいっしょだとぽかぽかです」

 リヴァイと一緒だとぽかぽかだと笑う子供の言っているのは、体温のことだけではないのだろう。――それはこちらの方だ、とリヴァイは思う。この子供はいつもあたたかくてやわらかなものをリヴァイにそっと運んでくる。

「そうだな。俺も一緒だとぽかぽかだ」

 そう言って抱き上げると、子供は嬉しそうに笑ってだぁいすきです、とリヴァイにしがみついた。


 ――後日、子供と一緒に拾ってきたどんぐりでやじろべぇを作った。どんぐりは一度冷凍してから乾燥させるなどの虫対策が必要なので、その日のうちに作ることは出来なかったのだが、他にもコマや笛なども作り、子供は楽しそうにしていた。勿論、錐などを使う危ない作業はリヴァイが担当したが、そういった作業をただ眺めているだけでも楽しいらしい。
 ゆらゆらと揺れるやじろべぇを楽しそうに指でつつく子供を見ていると、あたたかい気持ちになれる。

「リバイさん、だぁいすきです」
「ああ」

 いつまで一緒にいられるかは判らないが、子供の言うこのぽかぽかとしたあたたかい気持ちだけはずっと忘れずにいよう、とリヴァイは思った。



2013.12.2up



 どんぐりから虫事件に遭遇したことはありませんが、子供の頃に割った胡桃から白い幼虫が出てきたことがあってトラウマになりました……←ちなみに拾った胡桃ではなく店で買ったもの。殻つきの胡桃なんて今では見かけませんが、虫全般ダメなので衝撃だったのです。皆様もお気をつけて〜←何に注意?





8・千羽鶴編


 エレンの母親のカルラが少し長めの入院をすることになった。いつもは長くても数日なのだが今回は二週間という期間のため、さすがにその間ずっと預かって頂くわけにはいかない、エレンは親戚に預けますので、と子供の父親が言い出したので、リヴァイ一家は全力でそれを阻止した。親戚といってもそう親しい付き合いがあるわけではないらしく、しかも違う都道府県に在住とくればそんなところに可愛い子供を預けられるか、となるわけで。エレン君が可哀相だし、あなたも様子を見に行けないのでは心配でしょう、カルラさんにだって心労になるし、と母親が必死に説得にかかり、カルラが入院している間のエレンの世話をする権利を何とかもぎ取ったのだった。
 子供は自分達に懐いていて家にも泊まり慣れていたし、自宅が隣なのだから何か急なことが起きたときにも対応出来るだろう。子供はいつもと変わらないように見えたが、幼稚園から帰って来たある日、珍しく願い事を言い出した。

「リバイさん、せんばづるをつくりたいです!」
「千羽鶴? ああ、病院に持っていくのか」

 どうやら幼稚園で病気の人のお見舞いに千羽鶴を作って持っていくといいと聞いたらしい。子供が願うなら快気祈願に千羽鶴を折るのは構わないが、問題が一つ。

(二週間の間に千羽折れるのか……?)

 子供の母親の退院に間に合うように作成するとなると、一日に百羽程度は折らねばならず、どう考えても子供一人の手で作り上げるのは無理だろう。
 リヴァイは子供に自分達にも手伝わせることを条件にして、子供のために折り紙を用意してやった。今は千羽鶴専用の小さめの折り紙のセットや、最初から折られたものまで売っているのだから驚きだ。自分達で作り上げてこその千羽鶴だと思うのだが、時間と手間を考えて購入したいと思うものも世の中にはいるのかもしれない。
 子供は一応鶴の折り方は知っていたが、リヴァイが折り易いように指導して、折り鶴の製作が始まった。子供はコツを覚えたらしく、小さな手で懸命に鶴を折っていく。単調な作業に飽きがこないようにするためか、そのうちに歌を歌い始めた。

「くちく、くちくしろ〜! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! したをかみきってしねばよかったのに!」
「…………」

 やはり、これか。この歌はどうしても歌わなければならないのか――この歌を歌いながら作られた鶴には快気祈願と言うより呪いがかかりそうな気がするのは気のせいだろうか。あの番組には絶対に何か問題があると思うリヴァイだが、どうしたら子供にあの子供向け番組以外の興味を持たせられるのか判らず、毎度のことながら真剣に頭を悩ませるのだった。



 順調に折り鶴作りは進んでいたが、ある日、事件は起こった。エレンは毎日暇さえあれば家で鶴を折っていたのだが、家だけでは時間が足りない、もっと折りたいと幼稚園にも折り紙を持って行って鶴を折ることにしたのだ。幼稚園の職員はエレンの家庭事情を知っていたし、彼の折り鶴製作に協力的で、園でも順調に折り続けていたのだが、それを快く思わない園児がいたのだ。というより、常日頃から何かとエレンに突っかかってくる男児で、そのときも彼はエレンに突っかかって来たらしい。後に幼稚園側から最初に事情を他の園児達に話しておくべきだった、と謝罪されたが、事件が起こってしまった後ではどうしようもない。
 最初のきっかけはミカサがエレンの折り鶴作りを手伝うと言い出したことだったらしい。それにアルミンと職員も加わり、折っていたところにその男児が突っかかってきたのだそうだ。事情を知らない男児としては単に折り紙で遊んでいるようにしか見えなかっただろうし、エレンが特別に贔屓されているように映ったのかもしれない。単純に面白くなくて癇癪を起こす――それは子供ならよくあることで、しょうがないわね、の一言で済む程度のものだったのだ。その男児が弾みで近くにあったコップを倒して折り紙に水をぶちまけるまでは。紙は水に弱い――特に薄い紙である折り紙が水をかぶれば悲惨な事態に陥るのは想像に難くない。折り終わった鶴は離れた場所に置いてあったため、被害は最小限にとどまったようだが、それでもいくつかはダメになったらしく、エレンは見るからに沈んでいた。

「リバイさん、ごめんなさい」
「お前は悪くない。謝る必要はない」

 折り紙をダメにしたのはエレンではないし、謝るとしたらその男児の方だが、話を聞くと彼もわざと水をかけたという訳ではないらしい。男児の親から謝罪と弁償するという話が出たが、リヴァイの母親は断った。折り紙は大した値段ではないから弁償してもらうほどのことではない。悪いと思うなら子供にきちんと自分がしたことを認識させて反省させるべきだというのが彼女の考えだった。リヴァイもそう思う――謝罪するなら折り紙をダメにしたことではなく、子供を傷付けたことに対してだ。金額の問題ではない。
 だが、子供は幼稚園に折り紙を持っていったこと自体が良くなかったと思っているようだ。

「つる、はやくつくりたかったのです。おかーさんにあげたかったのです。……ねつでるとくるしいのです。おかーさんもきっとびょーいんにおとまりしてるときはくるしいのです」

 だから、子供は千羽鶴を作ろうとしたのだ。病気で苦しんでいる母親が早く良くなるように、元気で笑っていられるように祈りを込めて一生懸命に折り紙に向かって。

「おかーさん……」

 堪えきれなくなったのか、ぼろぼろと涙をこぼす子供をリヴァイは抱き上げてその背中をあやすようにぽんぽんと撫ぜてやった。

「大丈夫だ、エレン。お前がこんなに一生懸命になって作っているんだから、きっとすぐに良くなる。折り紙は予備も買っておいてあるからまた作れるし、俺達ももっと手伝う」

 千羽鶴の折り紙キットは何かあったときのために最初から予備を購入しておいた――汚してしまったり、後になって数が足りないとかそういう問題が起きたときのために準備しておいたのだが、本当に使う事態になるとは。今となっては買っておいて良かったと言うべきだろう。

「鶴っていうのは、祈りを込めて折るものだ。たくさんの人に手伝ってもらってその人達がお前の母親のために祈ってくれたらきっと、もっともっと早く良くなるからな」

 千羽鶴の由来を詳しくは知らないので、本当はどうなのかリヴァイにも判らないが、そうだといいと思ってそう言うと、子供はリヴァイの腕の中でこっくりと頷いた。

 子供が泣き疲れて眠ってしまったので、そのまま布団に運んで寝かしつけていたら、リヴァイは母親に買い物を頼まれた。どうやら夕食の準備をしていて買い忘れに気付いたらしい。子供についていてやりたい気はあったが、しばらくは目覚めないだろうし、リヴァイの家庭で母親の権力は絶対である――いや、断ることは出来るが、断った後の対応が面倒なので無理な話でないときは応じることにしているのだ。出かけに何でエレン君はあなたにばっかり懐くのかしら、ずるいわ、と呟いていたから、半分くらいはやっかみというか私情にまみれているのかもしれない。
 マンションから出ると、何やらこちらのマンションを気にしてうろうろとしている人影を発見した。これがマスクに帽子をかぶった男なら即不審者認定するところだが、こちらの様子を窺っているのはどう見てもまだ子供で。

「オイ、お前」

 やれやれ、と息を吐いてリヴァイがその子供――エレンと同じ幼稚園に通う男児に声をかけると、相手はびくっと肩を揺らした。

「子供はもう家に帰っている時間だ。親が心配するから早く帰れ。……エレンに言いたいことがあるなら明日にしろ。伝えたいことがあるなら伝えてやるが……えーと、ジャンなんたらだったか」
「ジャン・キルシュタインだ!」
「ジャン・キルシュタイン、好きな女に相手にされないからって他のものに八つ当たりするのはどうかと思うぞ。ミカサに好かれたいなら、エレンに突っかかるのではなく、好かれるように努力しろ」

 この男児――ジャン・キルシュタインは何かとエレンに突っかかってくるのだが、どうやらミカサのことが好きらしく、彼女がエレンにばかりべったりとくっついているのが気に入らないらしい。幼稚園児ですでに恋愛ごとでもめるのか、と頭が痛くなったが、リヴァイがそう指摘すると本人はミカサのことは関係ないと真っ赤になって否定した。

「オレはあいつがきにくわねぇだけだ!」
「そうか。で、それをわざわざ家まで言いに来たのか?」
「ちがう。オレは――」

 子供は眼を泳がせていたが、やがて観念したようにぽつりとリヴァイに告げた。

「わるかった、とおもったから……」
「…………」
「あいつのことはきにくわねぇけど、おりがみダメにしたのはオレがわるいとおもった。あいつのかーちゃんがびょうきなんてオレはしらなかったし、わざとやったんじゃねぇけど、オレがわるいのはわかってるから」

 どうやらこのジャンという子供はエレンに謝りに来たらしいのだが、普段から突っかかっている分、素直に訪ねられなかったらしい。そもそもリヴァイのマンションの入口はオートロックなので、インターフォンで通話して相手に開けてもらうか鍵がないとマンション自体に入れない。来たのはいいものの入れなくてうろついていたのだろう。

「ジャン、エレンに本当に悪いと思っているのなら、一つ提案がある」

 そうして、リヴァイが話した提案に、ジャンはこっくりと頷いたのだった。


 ――数日後、エレンの母親のカルラが入院している病院を訪れるリヴァイ達の姿があった。綺麗に束ねられた千羽鶴を手に笑う子供に、カルラは驚いた顔をした後、大変だったでしょう、綺麗ね、ありがとう、と微笑んだ。子供が千羽鶴を持ちたいと言うので持たせたのだが、どうしても引きずってしまうので千羽鶴を抱えた子供を更に抱えてリヴァイは病院まで足を運んだ。かなりの労力を使ったが、嬉しそうな親子の様子を見ると疲れも吹き飛ぶ。皆に手伝ってもらって作ったのだと子供は説明し、カルラはリヴァイにも礼を言ってきたが、リヴァイは好きでやっていることだから気にしないで欲しいと告げた。
 皆で製作した――その中にはあのジャンという子供も含まれている。あのとき、エレンに悪いと思っているのならお前も千羽鶴を作るのを手伝えとリヴァイは告げたのだ。子供が了承し、リヴァイは学校の後輩達にも折るのを手伝わせ、リヴァイの母親もママ友会か何かで折るのに協力してもらったのだった。
 そんなたくさんの人達の協力を得て完成した千羽鶴は、色合いのグラデーションも考えて束ねた結果、とても綺麗に仕上がったと思う。エレンはジャンも協力したことに驚いていたが素直に礼を言っていた。が、やっぱりまだミカサを挟んで突っかかってくるのは変わりないらしい。見ていてよく飽きないな、と思いますという、リヴァイと同じ感想を子供と一番親しい園児が述べていたが、彼――アルミンの存在はかなりの緩衝材になっているようで、そのことには感謝したいリヴァイだった。
 他にも見舞いの品を渡し、余り長時間いても疲れるだろうからと程良い時間を見計らってリヴァイ達は病院を後にした。

「リバイさん、ありがとうございます」

 リヴァイと手をつないで歩きながら、子供が笑う。いつもいっぱいいっぱいありがとうございます、ありがとうがいっぱいです、と感謝の気持ちを素直に告げてくる子供にリヴァイも笑う。いつもいつもあたたかい気持ちを運んでくる子供に自分こそ感謝しているのだと子供に言っても判らないのだろうけれど。

「……俺の方こそありがとうだ、エレン」

 不思議そうな顔をする子供を抱き上げて、リヴァイは肩車をしてやった。急に高くなった視界に子供は驚いて、それから楽しそうに笑う。

「リバイさん、だぁいすきです」
「ああ」

 自分も好きだとは照れくさくて返せないリヴァイは、代わりだとでもいうように、肩車をしたまま歩いて子供を楽しませてやったのだった。



2013.12.6up



 リヴァイが俺も好きだぞ、と返せる日が来るかは謎です(笑)←ちなみに今のところ恋愛感情ではないです。ジャンとカルラの言葉遣いが若干原作と違うと思いますが、スルーしてくださいませ〜(汗)。





9・文化祭編


 その日、リヴァイが学校から帰宅すると、いつもの通りに自宅マンションの隣室の子供が玄関先まで出迎えてくれた。

「リバイさん、おかえりなさい!」
「ただいま、エレン」

 いつものように子供を抱き上げてリビングに移動した――のだが、子供はここでいつもとは違い願い事を口にした。

「リバイさん、ぶんかさいをみにいきたいです!」
「文化祭って……俺の学校のか?」

 こくこくと首を縦に振る子供はどうやらリヴァイの母親から文化祭のことを聞いたらしい。幼稚園では学芸会のようなものはあっても文化祭はないだろうから興味を抱くのは判るし、見たいなら見せてやりたいのだが、子供を自分の高校の文化祭に招くのなら問題が一つあった。

「来たいのか?」
「はい! ダメですか?」
「ダメではないが……俺のクラスの出し物はお化け屋敷だぞ?」

 そう言った途端、子供は腕の中で固まった。文化祭といえば色々と出し物はあるだろう。食べ物を扱う模擬店に、演劇、自作映画の上演、プラネタリウム等々挙げていけばキリがない。クラスだけではなく部の方でやるものもあるし、多くの催しものが行われる。ただ、飲食を扱うものは事前に保健所への申請が必要だし、衛生管理など気を使うことが多い。演劇などの舞台を使うものは体育館の使用許可が必要だし、時間帯によっては客が余り入らない可能性がある。なので、リヴァイのクラスでは教室を使ってのお化け屋敷となったのだ。教室一つだけでは物足りないからと隣のクラスと共同でドアをつなげ、2クラスで製作する本格的なものとなった。リヴァイはお化け役をやるのは面倒だったので、大道具係を引き受けたが、ハンジが知り合いから本格的なお化けの衣装を借りられる手配をしていたので、かなりリアルで怖いものになるだろうとすでに評判になっている。
 実際に見せてもらったが、女子なら悲鳴を上げそうなものであったから、園児では夜眠れなくなるのではないだろうか。子供がそういった類のものが苦手なのかは知らないが、固まったことからいって余り得意ではないのだろう。元々、幼児というのはちょっとしたことで怖がったり泣いたりするものだ。

「だ、だいじょうぶなのです! おまもりをもっていきます!」

 どうやら子供はそれでも来たいようだ。本気で大丈夫なのかと心配になって、俺のクラスのものには入らなくたっていいんだぞ、とリヴァイは告げた。

「だいじょうぶです! リバイさんがいてくれればへーきなのです」
「……そうか」

 不安があったが、子供が行きたいようなので、リヴァイは子供に文化祭の案内をすることを約束したのだった。


 文化祭当日、子供は母親とリヴァイの母親の3人連れで高校までやって来た。もはや自分の母親は子供のオプションであるのか、とリヴァイは遠い目になったが、自分の教室まで連れて行くと、そこには見知った同級生が待ち構えていた。

「やっほー、リヴァイ、お迎え御苦労さま!」
「お前は冥府に帰れ。……というか、何故俺がエレンを迎えに行ったことを知っているんだ?」

 今回は誰にも漏らしてないので不思議に思ったリヴァイがそう訊ねると、同級生の少女――ハンジはふふんと得意気に笑って携帯電話を取り出した。

「この前、エレン君の運動会に行ったときにリヴァイのお母さんとアドレス交換したの。メル友なんだよ!」
「…………」

 これでエレン君情報はばっちりだと笑うハンジの携帯電話を今すぐへし折ってやりたくなったが、その殺気を感じたのかハンジは携帯電話を素早くしまった。エレンの情報なら自分の母親ではなくエレンの母親に訊けばいいと思うのだが――後で耳にしたところ、ハンジは病弱なエレンの母親が体調が悪いときや入院したことを知らずにメールを送ったら悪いと思ったようだ。それに何よりリヴァイの母親とは気が合ったらしい。手を組んではいけないもの同士が結ばれてしまったことにリヴァイは頭を抱えたくなったが、もはや後の祭りである。

「結構、本格的なものになったから、楽しめると思います。是非入ってくださいね!」

 そう母親達に言うハンジの背後の教室の中からは女性のものと思われる悲鳴が響いてきている。その声にびくっとした子供が制服の裾をぎゅうっと掴んだので、リヴァイはエレンを抱き上げてやった。

「やめておくか?」
「だいじょうぶです。おまもりがあります!」

 そう言って子供が取り出したのは子供が大好きなあの子供向け番組『討伐戦隊シンゲキジャー』のキャラがプリントされたお守りだった。思わずその場でフリーズしてしまったリヴァイである。

「これがあるからだいじょうぶなのです!」
「……そうか」

 いくらなんでもここまで商品進出するのはどうなんだろうかとか、これはいったいどこで売られているのだろうかとか、色々な考えが頭を過ったが、言えることはただ一つ。絶対にあの番組には問題があるに違いない。

 結局、リヴァイは子供を連れて自分のクラスのお化け屋敷に入ることになった。仕掛けを知っているので怖くも何ともないが――例え、知らなくてもリヴァイは全く怖くはないが――子供は怖さを紛らわすためか、リヴァイにしがみつきながら歌を歌い始めた。

「くちく、くちくしろ〜! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! あくまのまつえいが! ねだやしにしてやる!」
「…………」

 やはり、この歌か、この歌は絶対に必要なのか。真っ暗なお化け屋敷で聞こえる子供の歌――これだけ聞くとお化け屋敷の仕掛けのようであるが、子供は必死である。そして、本気であの番組に苦情の投書をするべきかリヴァイは頭を悩ませたのだった。


 お化け屋敷の出口に辿り着き、子供に声をかけると、子供はしがみついていた顔を上げた。中に入っている間はずっとリヴァイが子供を抱き上げていてやり、お化けに扮装した脅かし役が出る個所では睨みを利かせて追い払っていたが、真っ暗というだけでも子供には怖かったに違いない。もはや、これは楽しむというものではないと思うのだが――どうして入りたかったのか訊ねると、リバイさんがつくったものだからです、と子供は答えた。
 その言葉を聞いてリヴァイはお化け屋敷などに賛成するんではなかったと思ったが、後悔は後でするから後悔なのである。

「エレン君にはちょっと怖かったかな?」
「だいじょうぶです、クソメガネさん。リバイさんといっしょならなにもこわくないのです!」
「イヤ、エレン君、私の名前はハンジだからね? 地味な攻撃がじわじわきたよ! 覚えてね、ハンジお姉さんだからね!」
「お前はクソメガネで充分だろ」

 リヴァイがそう言うからエレン君が真似していつまで経ってもクソメガネなんじゃないか、とハンジは唇を尖らせていたが、ふと思いついたようにそうだ、お化け屋敷がダメなら迷路に行けば?と提案してきた。迷路、と聞いて思い当たるものは一つしかなかったので、リヴァイは確認の言葉をハンジにかけた。

「あの八:二が運動部から苦情受けてたやつか?」
「そう、校庭使って組んだ本格的なやつ。……あのさ、リヴァイ、会長が八対二分けなのは事実だけどさ、せめて会長か名前で言ってあげようよ」
「迷路か。エレン、行きたいか?」
「いきたいです!」
「え? 無視? 無視なの?」

 肩を竦めるハンジはそれでも更に情報を教えてくれた。生徒会が中心となって校庭を使い組まれた本格的な迷路は――校庭を使ったので運動部から練習が出来ないと苦情がきたのだが――事前に何人かでどのくらいの時間で脱出できるかタイムを計っており、その最短記録を超えたものには景品が出るのだそうだ。

「まあ、景品っていったって駄菓子の詰め合わせみたいだけど。あ、シンゲキジャーの何とかスナックとか入っていたよ」

 その言葉を聞いた途端、子供がキラキラと顔を輝かせてがんばります!と言い出した。だが、子供の足で、しかも迷路とくれば高校生の出したタイムは抜けないだろう。どうするべきか悩むリヴァイを不思議に思ったのか、制服の裾をエレンが引いた。

「リバイさん?」
「……エレン、タイムが一番になったら嬉しいか?」
「いちばんですか? リバイさんならいちばんになれます!」

 にこにこと笑う子供の顔はキラキラと輝いている。なら、やっぱりそうするか、とリヴァイは決めた。子供に任せて進もうと思っていたのだが、それでは一番にはなれない――なら、二回入ればいいのだ。

「俺がお前を抱えて走るから、しがみついていろ。一番になってやるから」
「りょーかいです!」

 そう笑う子供を連れて迷路に向かったリヴァイは、子供を抱えて走ったにも拘わらず見事最高タイムを打ち出したのだった。

「ねぇ? 何で? エレン君を抱えてぶっちぎりで一番とか人間業じゃないんだけど」

 不思議そうに首を傾げるハンジにリヴァイはあっさりと見たからな、と答えた。

「見たって何を?」
「上から迷路を一度見た。ゴールまでの道順を覚えていたから後はどれだけ早く走れるかの問題だったが、意外に皆足が遅かったらしいな」
「…………」

 ハンジは開いた口が塞がらないというのはこういうことなんだろうな、と思った。確かに上から見ればゴールまでの道筋は判るだろう。だが、迷路は板を立てて作った立体的なものなのである。マップを手に進んでいるならともかく一度見ただけで正確に道順を覚え、視覚が捉える立体的な錯覚にも惑わされず一度も間違えずに最短で進むなど人間業ではない。

「イヤ、学年トップとか全国模試で常に十番以内とか知ってたけどさ、やっぱ普通じゃないよね、リヴァイって」
「……お前にだけは普通じゃないって言われたくねぇな」

 変人と呼ばれる人間に普通じゃないと言い切られたくはない。溜息を吐くリヴァイの横で子供は大好きなシンゲキジャーの菓子の入った詰め合わせを手にしてご機嫌だった。が――。


「リバイさん、リバイさん、おばけやしきからおばけがついてくるって……ウソなのですよね?」

 誰かからそんな話を聞いたのか、そんな番組を見たのか涙目で子供が見上げてきたので、リヴァイはそれは嘘だと教えてやった。

「例え、来ても俺が追い払ってやるから大丈夫だ。だから、怖くないだろう?」

 頷く子供を抱き上げて、怖いなら一緒に寝てやるからとその背中をぽんぽんと叩いてやると、ようやく子供は安心したように笑った。

「リバイさん、だぁいすきです」
「ああ」

 あるかどうかは判らないが、お化けを退散させるおまじないでも調べて子供に教えてやろう、と思いながらリヴァイは子供を安心させるように笑いかけたのだった。



 2013.12.18up



 文化祭編です。描写はありませんが、ママ達はエレン達を微笑ましく見ていたと思います(笑)。ちなみにリヴァイは物凄く頭がいい設定です。塾に行く必要もなく推薦も余裕で取れるレベル。なので、勉強の方は心配なくエレンの世話も出来るという裏設定。





10・初詣で編


 リヴァイの住む自宅マンションに来客を知らせるインターフォンが鳴り、玄関まで向かうと、扉の先には隣室の子供の一家が並んでいた。元旦の本日、リヴァイ一家も全員揃っていて、新年初の対面となった。

「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます」
「明けましておめでとうございます。こちらこそ本年もよろしくお願い致します」

 親同士が新年の挨拶を交わし合う中、隣室の子供はぽかんとした顔でリヴァイを見上げていた。

「明けましておめでとう、エレン。……そんなに似合わないか?」

 リヴァイの言葉に子供は我に返ったのか、ぶんぶんと勢いよく顔を横に振った。

「あけましておめでとうございます、リバイさん。すごいです! カッコいいです!」

 子供はキラキラした顔でリヴァイを見詰めた。そう手放しで誉められるのはくすぐったいというか、面映ゆい気分にさせられるが、子供がこんなに喜ぶなら着て良かったと思う。
 毎年の恒例行事なのだが、リヴァイ一家は全員正月には和服を着る。リヴァイの家には和服の一揃えが三人分用意されていて、着付けは母親が総て行っているのだ。何でも、母親はリヴァイが生まれる前に着付け教室に通って覚えたらしいのだが、その理由は父親に和服を着せたかったからというもので、話を聞いたときリヴァイはそれだけなのかと突っ込みたくなったのを覚えている。リヴァイの家では母親の権力は絶対であるが、母親と父親の仲はリヴァイが呆れてしまうくらいに良い。母親に今、あなたの弟か妹が出来たのよ、と言われてもリヴァイは驚かない自信がある。夫婦仲が良いのはいいことであるし、二人が幸せそうなので構わないリヴァイだが、父親はこの母親のどこが良くて結婚したのか常々疑問に思っている。無論、リヴァイが母親を嫌っているというわけではなく――ただ、結婚するなら自分の母親のような女性は絶対に避けたいと思うリヴァイであった。

「エレン、ほら」

 リヴァイを誉めていた子供が躊躇うように見上げてきたので、リヴァイはその意図を察して腕を広げた。それでも、子供は躊躇っていたが、おずおずと手を伸ばしてきたので、リヴァイは子供をひょいっといつものように抱き上げてやった。和服は普段着とは違って高価なものだから汚してはいけない――そう考えて遠慮したのだろう。リヴァイは基本着るものに頓着しないし、汚れたらクリーニングに出せばいいと思っているので着物が汚れようが構わない。リヴァイの母親もエレンが例え汚したとしても気にしないだろう。
 母親はどうやら子供にも着物を着せたいと思っていたようだが、幼児に和服姿で長時間いさせるのは可哀相だろうと考え、断念していた。子供の七五三のときに和服姿は見たが、子供は着せられただけでぐったりしたのか、いつもの元気がなかったのでそれを考慮したのだろう。しかし、この母親のことだから子供が長時間の和服姿に耐えられる年齢になったら絶対に着せようと野望を抱いていることは間違いない。


 イェーガー一家がリヴァイ宅を訪れたのは、近所にある神社に一緒に初詣でに行こうかという話がまとまっていたからだ。エレンの父親も元旦は休みになったらしく、子供は家族とリヴァイ一家に囲まれてご機嫌だった。楽しそうに歌いながら神社へと向かっている。

「くちく、くちくしろ〜! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! わたしはじゃまするものをころすだけ!」
「…………」

 やはりか、正月までもこの歌なのか。もうリヴァイもそらで歌える気がしている、子供の大好きな子供向け戦隊物番組『討伐戦隊シンゲキジャー』のオープニング曲――子供のテンション上昇にはこの歌は不可欠なのか、とリヴァイは突っ込まずにはいられなかった。だが。

(イヤ、あの番組は去年で終了したはずだ。今年からはきっと、他の番組に眼がいくはず……)

 子供向けの戦隊物の放映期間はだいたいにおいて一年、一月から十二月にかけてである。リヴァイは最終回を見てはいないが、番組表にちゃんと終の文字があったのは確認している。勿論、子供が次に興味を持つものがあの番組のように問題がないとは限らないが、きっとあれよりはマシなはずだ。
 そんなことを思いながら歩いていくと、神社の入り口が見えてきた。有名な神社ではないとはいえ、元旦の神社は人混みでいっぱいで随分と賑わっている。こんな人出の中で子供は疲れないだろうか、と思案しているリヴァイの耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「やっほー、リヴァイ、エレン君。明けましておめでとう!」

 その声に視線を向けると、予想した通りに変人と呼ばれる同級生の少女が立っていた。

「クソメガネさん、あけましておめでとうございます! すごいきれいです!」
「ありがとう、エレン君。でも、私の名前はハンジだからね? クソメガネじゃないからね! 今年こそ覚えてね!」
「……お前、一応女だったのか。思い出した」

 一応は余計でしょ、とハンジは頬を膨らませた。ハンジは淡い桃色の振り袖姿で、襟元を白いファーで飾っていた。髪は普段より綺麗にまとめられてアップにされており、和風のリボンと花飾りが彩りを添えている。

「リヴァイのお母さんに着付けしてもらったんだよ。綺麗でしょ」

 袖を広げて笑うハンジに、そういえば、正月だというのに母親は朝早くに出かけていたようだったが、このためだったのか、とリヴァイは思い当たった。母親はメル友だという同級生の少女のために着付けに行って今日も一緒に初詣でに行く約束をしていたらしい。

「ハンジ先輩、余り動くと着くずれしますよ?」

 ハンジの後ろからひょいっと顔を出した彼女の後輩がそうハンジに注意した。

「大丈夫! そうしたらリヴァイのお母さんに直してもらうから!」
「気をつけようという意志は働かないんですか……」

 溜息を吐いた後輩はこちらに向けて明けましておめでとうございます、と挨拶して頭を下げたので、リヴァイもああ、おめでとうと返した。どうやらこの後輩は今年もストッパー役から逃れられないようだ。

「リバイさん、リバイさん、おまいりしたいです!」

 そういう子供の頭を撫ぜてやって、リヴァイ達はぞろぞろと参拝客の列に並んだのだった。

 無事にお参りを済ませ――子供が鈴緒を振りたがったので、リヴァイが抱っこして振らせてやった――折角なのだから何か買おうとリヴァイ達は社務所へ向かった。お守りや破魔矢などが売られている中、異彩を放っていたのが『シンゲキジャー守り』だった。本当に売っていたのか、と驚愕するリヴァイに子供は喜んでそのお守りを買ってもらっていた。

「リヴァイ、折角だから、おみくじ引こうよ! エレン君も引きたいよね?」
「おみくじですか? やりたいです!」

 いいですか?と見上げてくる子供にリヴァイは頷いた。たったの百円で子供が喜ぶなら安いものだとリヴァイは思う。
 子供が引いた番号を渡してもらうと、そこに書かれていたのは『大吉』の文字だったが、子供には読めるはずもないので、リヴァイは子供にこれが一番いいくじでいいことが起こると書いてあるのだと説明してやった。

「大吉なんて滅多に出ないんだぞ。凄いな」

 そう言って頭を撫ぜてやると、子供は嬉しそうに笑った。リバイさんはやらないんですか?と子供に訊かれたので、リヴァイはついでだしやるかとくじを引くことにした。リヴァイは占いやおみくじなどは信じていない人間だ。世界には何十億という人間がいるのに、それを何種類かに振り分けて総て一緒の運勢にするなんて信憑性がないと思っている。なので、自分だけではやることはまずないし、やるならこれはお遊びと思い切って何が出ても気にしないのが一番だと思っている。
 リヴァイが引いた番号を渡してくじを開くと――そこに書いてあったのは『凶』の文字で。ハンジはそれを見て、ある意味すごいよ、と大爆笑していた。

「凶なんて本当に入っているんだね。あ、私も引こうかな」

 そうして、ハンジが引いたくじにあったのは――『大凶』の文字で。

「……大凶なんて本当に入っているんだな。初めて見た」
「……別にくじはお遊びだし。き、気にしてないから、私は。逆に珍しいし」

 そう言う同級生の少女は地味に落ち込んでいた。確かに正月早々に『大凶』なんてくじを引いてしまえば、縁起が悪いと気にするものは気にするだろう。ハンジはいつまでもそんなことを気にするタイプではないので、そのうちに復活するとは思うが。
 そこへ、ひょいっと手が伸びてきてハンジの手の上のくじを奪い取った。代わりとでもいうように別のくじが落とされ、そこに書いてあったのは『大吉』の文字で。

「それ、引いたら出たので交換します。それで帳消しにしてください」
「モブリット、大吉出たんだ?」
「はい。これ、結んできますね。……気にしないのが一番ですよ、ハンジ先輩」
「あ、結ぶんなら私が結びたい!」
「では、あちらに結び所があるみたいですから、行きましょう」

 そう会話しながら結び所に向かう二人を見て、リヴァイはもうお前らいっそのこと付き合ってしまえばいいんじゃないか、と思ったが、それを言ってみても二人とも拒否されるのは判っていたので黙っていた。

「リバイさん、むすぶってなんですか?」

 子供が不思議そうにリヴァイの袖を引いて訊ねてきたので、悪いくじを引いたときには神社にある木やみくじ掛と呼ばれる縄などに、利き手とは反対の手で結ぶといいと言われているのだと説明してやった。
 子供はそれを聞いてリバイさんのくじをむすびます!と言うので、リヴァイはエレンを結び所まで連れて行くことにした。

 結び所に着くと、子供は自分が引いたくじとリヴァイのくじを一緒にしだしたので、リヴァイは怪訝そうに子供に訊ねた。

「エレン、どうする気なんだ?」

 折角出た大吉のくじなら持ち帰るのが普通だと思うのだが、子供はくじを一緒に結ぶのだと言った。

「わるいのといいのをいっしょにむすんだら、きっともっとよくなります!」

 一緒に結んだとしても効果はないだろうし、作法も間違っているだろうが、その心遣いが嬉しかったので、リヴァイは子供の頭を撫ぜて抱き上げてやった。

「そうだな。お前の運はいいから一緒なら俺の運もきっと上がるな」
「はい! がんばります!」

 そう言って子供はくじを結ぼうとしたが、利き手ではないせいか中々上手く結ぶことが出来ない。見かねてリヴァイが両手を使ってもいいんだぞ、と言ったが子供は首を横に振った。利き手とは反対の手で結ぶなんて教えなければ良かったな、と思いながらも見守っていると、いびつながらも子供は何とかくじを結ぶことに成功した。
 よく出来たな、ありがとうと、リヴァイが告げると、子供は嬉しそうに笑った。


 それから出店などを見て回った後、神社の前でハンジ達とは別れ、リヴァイ達一行は家路へと向かった。はしゃぎ疲れたのと人混みにもまれたせいか、子供がぐったりとした様子だったので、リヴァイはその身体を抱き上げてやった。エレンの父とリヴァイの父もいたため、子供を抱く役目を引き受けようと申し出があったが、肝心の子供がリヴァイの傍から離れたがらなかった。わがままを言わない子供が我を通すのは珍しいので訊ねると、リバイさんにわるいことがおきないようにいっしょにいます、と返された。子供はリヴァイの身によくないことが起きないかまだ心配だったようだ。

「リバイさん、これあげます! これがあればきっとだいじょうぶなのです!」
「………そうか、ありがとう」

 子供から差し出されたのはあの子供の大好きな番組のお守りで、正直もらってもどうしようもないものだが、子供の心遣いは嬉しかったので、リヴァイはそれを受け取った。子供はこれで安心だというように笑う。

「リバイさん、だぁいすきです」
「ああ」

 そう言ってしがみつく子供にきっとこの子供と一緒ならどんな悪いものでも逃げていく――何の根拠もないがリヴァイはそう思った。

 そして、後日。あの子供向け番組が余りの人気に続編が製作され、『討伐戦隊シンゲキジャー・攻』として今年からも放映されるのを知り、リヴァイは愕然としたのだった――。



 2014.1.29up



 初詣で編です。モブハン風味ですが、まだくっついてません。ちなみにリヴァイの願いは『エレンの興味があの子供向け番組から離れますように』で、エレンは『リバイさんといっしょにシンゲキジャーにはいって、それからリバイさんのおよめさんにしてもらいたいです』です。リヴァイの願いは早々に敗れました(笑)。





←back noveltop next→