■シンゲキジャーシリーズ■



 ※拍手で回っていた現代パラレル設定の高校生リヴァイとちびっこエレンの小話をまとめてみました。5000hit企画にも同設定の話があります。



1・はじめまして編


 リヴァイの住むマンションにイェーガー一家が引っ越してきたのはリヴァイが高校生のときだった。小さい子供がいるので騒がしいかもしれないですが、よろしくお願いします、と頭を下げる隣家の住人と、それに対応する母親の声をリビングで聞きながら、ただふーんと思った程度だった。隣はそんな挨拶をしてきたが、特に騒がしくしている様子はなかった。もっとも、このマンションは防音に優れているらしく、余り物音が響かないからそのせいかもしれない。
 リヴァイと隣室の住人との関わりはなかったが、それが変わったのはしばらくしてからだ。母親同士が仲良くなったらしい。何でも隣の母親は生来から余り身体が丈夫でないらしく、入退院を繰り返しているらしい――性格は気さくで明るく誰からも好かれるタイプらしかったが。父親は医者という職業柄家をあけることが多く、まだ小さい息子が気がかりなのだそうだ。
 ――そんな話を聞いてしまったら、その母親、カルラが入院すると聞いた母親が、子供を預かると申し出るのは自然な流れだったかもしれない。


「エレン・イェーガーです。よろしくおねがいします!」

 連れてこられた子供は幼稚園児くらいに見えた。母親に言い含められていたのか、きちんと挨拶するとびっくりするくらいの大きな金色の瞳でリヴァイを見上げた。

「! シンゲキジャーだ! シンゲキブラックだ!」

 言うなり、子供はキラキラと瞳を輝かせてリヴァイに飛びついてきた。わけが判らず、だが、初対面の隣室の家の子供を邪険に扱うのも躊躇われ、ただ疑問符を飛ばしていると、事情を判っているらしい母親がリヴァイに説明してきた。
 何でも、今、子供達に人気の戦隊ものの番組――討伐戦隊シンゲキジャーというらしい――に出ているブラック役がリヴァイによく似ているらしい。最近の戦隊ものは母親をも取り込むためか、イケメンを取りそろえていてすごいのよ、とは母親の言だが、理由は判ってもこの状況は余り頂けない。
 リヴァイは子供が苦手だ。特に嫌いなわけではないが、どう接したらいいのかよく判らない。このキラキラとした瞳で見上げてくる子供をどう扱ったらいいのだろう。

「……ココアでも飲むか?」
「はい、へーちょう! ココアはすきです!」
「……そのへーちょうというのは何だ?」
「へーちょうはブラックのあだなです! ニヒルでれいせいでカッコいいのです!」

 どうやら兵長の意らしい。更に子供が説明するにはシンゲキジャーは悪い巨人達をやっつけて平和な世界を取り戻すための戦隊でリーダーのレッドの口癖は「この世から巨人を一匹残らず駆逐してやる!」らしい。

「それで、ピンクはブラックがすきで、でも、ブルーもピンクがすきで、もめていてレッドはいつもたいへんなんです。レッドはいもうとにこくはくされてこまってます」
「……ブラックは誰が好きなんだ?」
「ブラックはここうのヒーローだからこいびとはいらないんだそうです。でも、ほんとはしんじゃったこいびとにいちずなのです」
(どこの昼メロだ、それは)

 リヴァイは昼メロなど見たことがないのにそんな感想を抱いた。そんなどろどろとした人間関係を見せて子供の情操教育に影響はないのだろか。いや、子供だから人間関係など本当の意味では把握していないのかもしれない。
 はしゃぎつかれたのか、子供はこっくりと、船を漕ぎだした。

「眠いのか? 昼寝するか?」
「へーちょうもねますか?」
「……へーちょうじゃなくリヴァイだ」

 さすがにへーちょうなどと間抜けな響きで呼ばれ続けるのは頂けない。リヴァイだ、と訂正を求めると、子供はきょとんと小首を傾げた。

「リバイさん」
「リヴァイだ」
「リバイさん」
「リヴァイ」
「リバイさん」
「………判った、それでいい」

 子供に正確な発音など求めてはいけない、そう自分に言い聞かせ、リヴァイはひょいっとソファーから子供を抱き上げた。

「ほら、昼寝するぞ」
「リバイさんもいっしょ?」
「…………」
「いっしょ?」
「……ああ、一緒に寝てやるよ」

 諦めたようにリヴァイが言うとエレンは嬉しそうに笑った。

「リバイさん、リバイさん」
「何だ?」
「オレ、へーちょうすきだけど、リバイさんはもっとだいすきです」

 そう笑ってしがみついてくる子供に何だかくすぐったい気持ちを覚えながら、リヴァイは子供を布団へと運んだのだった。



2013.8.19up



 シンゲキジャーとリバイさん呼びが書きたくて出来た一品。これが一番最初でした。





2・一緒にお買いもの編


 リヴァイの住むマンションの隣室の子供を、リヴァイの家で預かるのはよくあることだ。今回も子供の母親の体調が悪くなり、短期間の入院をすると聞いた時、リヴァイの母親はエレンを預かることを即決した。子供は自分達に懐いていたし、リヴァイも懐いてくる子供にほだされて可愛がっていたから、何ら問題はなかった。――が、間の悪いことに母親が急に泊まりで出かけなければならない用事が出来てしまい、一泊ではあったが家を留守にしなければならなくなったのだ。
 心配しつつも母親はどうしても出かけなければならず、リヴァイにエレンのことを頼んで出かけて行った。たかが一泊のことなのでそれ程心配することはないと思うのだが、どうも母親は過保護らしい――勿論、自分ではなくエレンに対して。

「オイ、エレン、出かけるぞ」
「おでかけですか? リバイさん」

 リビングにいた子供は座っていたソファーからぴょこんと跳ねるようにして飛び降り、リヴァイに抱きついてきた。

「出かけるといったって、スーパーに買い物に行くだけだぞ」
「リバイさんとおかいものー!」

 子供はわーいとはしゃいでいる。スーパーぐらいで大げさだな、とリヴァイは笑うと、買い物袋を肩にかけ子供を抱き上げるとマンションを後にした。

「リバイさん、リバイさん、なにをかうのですか?」
「晩メシの材料だ」

 母親は急に出かけることが決まったため、夕食の支度をしていくことが出来なかった。コンビニやスーパーで惣菜を買ってもいいが、まだ小さい子供のうちは出来るだけ手作りのものを食べさせるというのがリヴァイ一家のポリシーである。幸いにして、リヴァイは手先が器用であったから、料理も簡単なものなら作ることが出来た。

(子供が好きそうなものというと……ハンバーグ、オムライス、カレーあたりか?)

 リヴァイは頭に浮かんだメニューで一番楽に作れて失敗のなさそうなカレーに決めると、適当に野菜をかごに投げ入れた。シーフードカレーやグリーンカレーなどカレーにも色々と種類があるが、子供向けだし凝ったものは面倒なのでごくオーソドックスなカレーでいいだろう、とリヴァイは結論付けると、一応子供にも要望を訊いてみることにした。

「今晩はカレーだが、豚肉と牛肉、どっちがいい?」
「カレーですか! くちくカレーがいいです!」
「………は?」

 今、思い切り変な単語を聞いた気がするが、気のせいだろうか。というか、自分は豚肉と牛肉のどちらがいいのか訊いたのであって、その質問には答えてもらっていないのだが。
 だが、子供はリヴァイの気も知らず、リヴァイの手を引いてカレー粉の置いてある棚まで案内した。

「これです! くちくカレー!」
「……………」

 子供が手にしたカレールーのパッケージには確かにくちくカレーと明記してある。子供が大好きな戦隊物の『討伐戦隊シンゲキジャー』のヒーローがスプーンとカレーを手に巨人に向かう姿がデザインされていた。

「このカレーをたべればシンゲキジャーみたいにつよくなれるのです!」
「………そうか」

 やはり、この番組には問題があるような気がしてならないリヴァイだった。

 結局、中に入れるのは豚肉に決めた。リヴァイの家では母親が甘口、父親が辛口派なので、野菜を煮込むまでは一緒で後は別に分けてルーを入れて作るのだが、面倒だし、子供というのは大人と同じものを食べたがるものだ。自分は甘口でも大丈夫だし、子供もその方がいいだろう。ルーは子供の要望通りに怪しげなくちくカレーにしたが、本当に大丈夫なのだろうか。
 買い忘れがないことを確認してレジに進もうとしたリヴァイは子供が、じっと一点を見つめていることに気付いた。その視線の先には『討伐戦隊シンゲキジャー・くちくスナック』『くちくチップス』『くちくクッキー』『巨人チョコバー』などが置いてある。リヴァイは、そのネーミングセンスに突っ込みたくなったが、生憎突っ込む相手はここにいない。

「……ひとつだけだぞ」
「!? いいんですか?」
「ひとつだけならな」
「はい! ありがとうございます! リバイさん!」

 子供は嬉々として駆けていき、少しの間逡巡していたが、くちくスナックを一袋持ってくるとリヴァイに渡した。リヴァイは受け取ったそれをかごに入れてレジに向かったのだった。


「へーちょうが、でました! へーちょうです!」
「そうか、良かったな」

 件のくちくスナックにはシンゲキジャーカードがついているらしい。子供が大好きなブラックが出たらしくエレンは大はしゃぎだった。

「リバイさん、リバイさん、オレもおてつだいします!」

 お手伝いしたい気持ちは嬉しいが、さすがに子供に包丁など持たせられないし幼稚園児にはピーラーでも危ないだろう。なので、リヴァイはテーブルの上を拭いてもらったり、皿やコップを用意してもらったりした。子供はそんな単純な作業でも嬉しいらしく、楽しそうに歌を歌いながら手を動かしていた。

「くちく、くちくしろ! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! ゆうがいなけだものはすべてくじょ!」
「…………」

 この子供にこの番組以外の興味を持たせた方がいいのではないか、と真剣に悩むリヴァイだった。


 お腹がいっぱいになれば眠くなるのは子供の性である。くちくカレーは名前に反して味は子供向けの甘口の普通のものだった――いや、中身がまともでなければ商品として売れないのだろうが。人参を星型にしてご飯も型に入れてから出したら、子供は目をキラキラさせて喜んで、思っていた以上に食べた。眠たげな子供を風呂に入れ、身体と髪を拭いてやっているときにはもう子供は半分眠っていた。寝かしつけるために子供を抱き上げると、子供はもう反射的にリヴァイの身体にしがみつく。

「……リバイさん…」
「……何だ?」
「……だぁいすきです…」
「ああ」

 そのまますうすうと腕の中で眠ってしまった子供に、リヴァイはいつまで大好きと言ってくれるのだろうか、とぼんやりと思った。おそらく、子供からその言葉が聞けなくなったときは自分は寂しいと思うのかもしれない。
 子供は苦手だったのに、ずいぶんとほだされたものだと、リヴァイは苦笑して子供を寝かしつけるために寝室に向かったのだった。



2013.10.7uo



 いつの間にかシリーズに(笑)。くちくカレーが書きたくて出来た話です。





3・一緒にプール編


 リヴァイの母親が近場にあるレジャー施設の優待券を目の前に差し出してきたので、リヴァイは不審げにそれを眺めた。そこはプールをメインにしたところで、屋外プールに室内には温水プール、流れるプールやウォータースライダーなど色々なプールがあり、外にはいくつかの乗り物も設置してあるらしい。母親にどうしたのか、と訊いてみると、ショッピングモールで千円買い物ごとに引ける福引をやっていて、引いたら何とこれが当ったらしい。母親はどうせ当てるなら宝くじが良かったわ、とぼやいていたが、何も当たらないよりはいいだろう、とリヴァイは冷静に告げた。

「で、これを俺にどうしろと?」

 予想はついていたが、訊ねてみると、案の定エレンを連れて行ってやれという。どうせ他に行く人もいないんでしょ、と畳みかけるように言われ、イラッとしたが、一緒に行きたい人間がいないのは事実である。隣室の子供なら喜ぶであろうし、子供と一緒に行くことに不服はない。子供の喜ぶ姿を想像してリヴァイも知らずに口元を綻ばせていた。
 ―――こうして、リヴァイとエレンは次の休みの日に一緒にプールで泳ぐことになったのだった。


「リバイさん、リバイさん、プールです! おっきなプールです!」

 思った通りに子供は目をキラキラと輝かせて喜んでいる。今すぐにでも駆け出していってプールに入りそうな勢いだ。

「プールサイドでは走るなよ、危ないからな」
「りょーかいです!」

 そして、ふと、この子供は泳げるのだろうか、と思った。余り水深が深いところには連れて行かないようにせねばなるまい。

「エレン、お前、どれくらい泳げるんだ?」
「だいじょうぶなのです! これがあります!」

 そう言ってエレンはリュックの中から討伐戦隊シンゲキジャーのキャラがプリントされた浮輪を取り出した。

「これがあればきっとおよげるようになります!」
「………そうか」

 こんなところにまで商品進出しているのか、とその商魂のたくましさを感じるが、子供が喜んでいるので気にしないことにリヴァイは決めた。見ると、子供は浮輪を必死に膨らまそうとしているが、中に少しも空気が入っていかない。空気入れを持ってきてやれば良かったな、とリヴァイは反省しながら子供に貸してみろ、と言って浮輪を受け取ると、一気にそれを膨らました。

「すごいです、リバイさん! カッコいいです!」
「本当だ、無駄に肺活量あるね、リヴァイは」
「……………」

 聞き覚えのある声が聞こえてきて、リヴァイは振り向きたくないと思ったが、相手はこのままスルーさせてはくれないだろう。嫌々ながらも振り返ると、そこには同じ学校の同級生――ハンジがいた。

「お前、そのまま魔界に帰れ」
「酷っ! リヴァイ酷すぎ!」
「あ、クソメガネさん、こんにちは!」
「エレン君も何気に酷っ! ハンジだからね! ハンジお姉さんだからね!」

 リヴァイが変なこと教えるからだよ、と頬を膨らませる同級生の姿を見てリヴァイは何か違和感を感じたが、その正体にすぐに気付き、呆れたような声を出した。

「お前、その格好はないだろう……」

 小学生ならともかく普通にひくぞ、と言うと、彼女は首を傾げた。ハンジはシンプルな紺色の水着――つまりはスクール水着を着ていた。こんなレジャー施設でスクール水着を堂々と着る女子高生など世の中にはいないだろう、とリヴァイは思う。

「水着くらい買えよ」
「嫌だよ、勿体ない。そんなものより、実験器具買った方がいいじゃないか」
「いえ、普通に引くと思いますよ、ハンジ先輩」

 そう言いながらハンジの後ろから顔を覗かせて、こちらにぺこっと頭を下げた少年と目が合った。その顔にリヴァイは見覚えがあった――確か、同じ学校の後輩で彼はハンジと同じ科学部に所属していたはずだ。

(えーと、何だったか、モブ……モブなんたら、とか)

 リヴァイの心情を察したのか少年はモブリットです、と名乗った。ああ、確かそんな名前だったな、とリヴァイは思い、二人を眺めてひょっとしてデートなのか?と訊ねた。

「あははー、まさか、違うよ」
「先輩の暴走を止めるためです」
「暴走って、酷いな、まだ私は何もしてないよ?」
「さっき、プールに変な薬品流そうとしていたでしょう」
「変な薬品じゃないよ! 名付けてあなたをピンクに染めてあげーる! すごいんだよ、水をピンクのローション状に出来るんだよ!」
「……プールをピンクのローション状にしてどうするんだ、お前は」

 リヴァイの言葉にハンジはにっこりと笑った。

「え? だって男の夢って言うだろう? ローションプレ……」

 ハンジが言い切る前に沈めたのは言うまでもない。


「酷いな、リヴァイは、折角、エレン君と遊びに行くっていうから見にきたのに……」

 どうやら、リヴァイがエレンを連れてここに遊びに行くという情報を聞いて彼女は朝からはっていたらしい。そんなところに使う労力があるなら、他に使え、と言ってやりたいリヴァイだった。

「すみません、リヴァイ先輩。ちゃんと引き取りますので」
「え、ちょっと待ってよ、モブリット、折角―――」

 モブリットに引きずられ、ハンジはエレン君またねーと言いながらフェードアウトしていった。

「……泳ぐか」
「はい!」

 子供のことを考え、浅いプールを選んだリヴァイははぐれないようにしっかりと子供の手を握った。

「平気か?」
「だいじょうぶです! バタあしはとくいなのです!」
「………そうか」

 子供の泳ぎレベルはバタ足までらしい。不安になりながらもリヴァイが見守っていると。
 バシャバシャバシャバシャバシャ。
 バシャバシャバシャバシャバシャバシャ。
 バシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャ。

(……全然、進んでねぇ…)

 ここまで進まないのはある意味才能なのかもしれないが、必死になって進もうとしている子供にとっては大問題で。

「……………」

 リヴァイはそっと子供に気付かれないように身体を押して進ませてやった。

「リバイさん、すすみました! すすみました!」
「そうだな。エレン、足の動きを変えてみろ、こうやると、もっとよく進む」
「こう、ですか?」

 リヴァイの見せた足の動きを真似して動かすエレンが、何とかそれらしくなってきた頃、今度はリヴァイは押さずにエレンを泳がせた。ゆっくりとではあったが、きちんと進んだエレンに、リヴァイは凄いぞ、と頭を撫ぜてやった。誉められて嬉しいのかエレンは照れたように笑った。

「向こうには流れるプールがある、行ってみるか?」
「はい! リバイさん!」

 流れるプールにも子供は大はしゃぎだった。勝手に流されていくのが面白いらしい。浮輪でぷかぷかと浮かびながら、楽しげに歌を歌っていた。いつもの討伐戦隊シンゲキジャーのオープニング曲のようだ。

「くちく、くちくしろ! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! しつけにいちばんきくのはいたみだとおもう!」
「…………」

 やはり、あの番組には問題があるのではないか、とひしひしと思うリヴァイだった。



 その後もプールや乗り物に乗り、帰る頃には遊び疲れたのか、エレンはすでに眠たそうだった。たのしかったです、ありがとうございます、と嬉しそうに礼を言う子供に良かったな、と頭を撫ぜてやってから、リヴァイはほら、とその小さな身体を背負ってやった。リヴァイの体温に安心したのか、子供はこっくり、こっくりとすぐに舟を漕ぎだした。

「……リバイさん…」
「何だ?」
「だぁいすきです……」
「ああ」

 後はもう寝息だけが聞こえてくる。リヴァイは子供を落とさないように背負い直すと、再び歩き出した。

(プールであんなに喜ぶなら、海とかも喜ぶかもな)

 海だけではなく、山やキャンプに行ったりするのも楽しいだろう。この子供は些細なことでも喜んで、わがままを何も言わないから、逆に甘やかしてやりたくなるのだと思う。

(いつか、お前が俺を必要としなくなるまでは)

 それまではこの子供に出来るだけ楽しいことをさせてやろうと思う。あたたかい子供の体温を感じながら、リヴァイはゆっくりと進んだ。



2013.10.18up



 季節外れのプールネタでした。実は結城は泳げないのでプールにも行ってないのですが(汗)。何かおかしくてもスルーでお願いします〜。一番書きたかったのはスクール水着ハンジさんだったり(笑)。





4・ハロウィン編


「リバイさん、リバイさん、おかえりなさーい」

 いつものごとく、学校から帰宅したリヴァイを玄関先で出迎えてくれた隣室の子供を見てリヴァイは固まった。

「……エレン、その格好は何だ?」
「これですか? これはハロインのいしょうなのです!」

 そう笑う子供はオレンジ色のかぼちゃパンツに黒い猫耳のカチューシャをつけていた。かぼちゃをイメージした衣装とくれば――そこで、リヴァイは子供の言うハロインがハロウィンのことなのだと理解した。相変わらず子供は上手く発音が出来ないらしい。これは将来のために英会話スクールにでも入れた方がいいのだろうか、でも、子供にやる気がなければ続かないだろうし……などと考えていると――子供の親でもないリヴァイが子供を習い事に通わせることなど出来るわけがないのだが――くいっと服の裾を引かれた。

「リバイさん、トリクオアトリット!」
「トリック・オア・トリート、な」
「トリックオラトリト?」
「トリック・オア・トリート」

 リヴァイが正しい言葉を教えて何度か繰り返しているうちに、あやしげながらもエレンの発音がマシになってきた。

「トリックオアトリート!」
「よし、上手いぞ」

 頭を撫ぜて誉めてやると、エレンは嬉しそうにする。もう少し練習すれば完璧になるだろうが、いつまでも玄関先にいるのも寒いだけなので、リヴァイはエレンを抱き上げてリビングに向かうと、そこには自分の母親とエレンの母親がいた。リヴァイはエレンを下ろして挨拶をし、二人に話を聞いてみたところ、どうやらエレンの通う幼稚園の行事でハロウィンパーティのようなものをやるらしい。リヴァイの記憶では自分がエレンくらいの頃にはクリスマス会はあったが、ハロウィンはやった覚えがないし、それ程認知されている行事だとは思っていなかった。リヴァイの家でも全くやらないし、彼にとってはハロウィンは買い物に行った際に並べられたオレンジ色のかぼちゃにああ、そんな時期かと思う程度のものであった。
 が、子供には楽しみな行事らしく、リヴァイに衣装を見せに来たらしい。ハロウィンらしくかぼちゃパンツ――は、判るのだが、何故猫耳なのだろうか。かぼちゃパンツに合わせるなら魔女の帽子とか、耳をつけるなら狼男とか、他にも色々あったのではないだろうか。その旨を告げると、二人の母親はだってその方が可愛いじゃない、と口をそろえて言った。

「……………」
「リバイさん、ハロインでおどるダンスをおぼえたのです! みてください!」

 確かに少年に猫耳は似合っていたし、客観的に見て可愛いのだが、果してそれでいいのだろうか、と悩むリヴァイに、エレンはそう声をかけてきた。エレンの話によると幼稚園の先生方で振付を考えたらしく、ハロウィンでは園児達全員で歌に合わせてそのダンスを踊るのだそうだ。
 子供はそれをここでリヴァイに披露してくれるらしい。ダンスに合わせる音楽がかけられ、そのイントロでもうリヴァイにはその曲が何か判った。また、これか、と思わず突っ込みたくなるのをリヴァイは堪えた。

「くちく、くちくしろ〜! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! わたしのとくぎはにくをそぎおとすことです!」
「…………」

 子供の大好きな番組である討伐戦隊シンゲキジャーのオープニング曲を歌って踊る子供の姿は無邪気で可愛らしい。だが。
 リヴァイはやはりあの番組には問題があるのではないか、というか、この歌を使う幼稚園も大丈夫なのだろうか、と頭を悩ませたのだった。


「リバイさん、リバイさん、おかえりなさーい」
「ただいま。ハロウィンは楽しかったか?」
「はい、たのしかったです!」

 ハロウィン当日、リヴァイが学校から帰宅すると、今日も子供がとてとてと玄関先で出迎えてくれた。見せてくれたあのハロウィン衣装のままでやって来た子供を抱き上げると、子供はリヴァイに言った。

「リバイさん、トリックオアトリート!」
「ハッピーハロウィン。……用意してあるからリビングに行くぞ」

 リビングのソファーに座らせた子供に温めたミルクとお菓子――大きめのクッキーを出すと、子供は目をキラキラと輝かせた。

「リバイさん、へーちょうです!」
「ああ」

 子供の好きなシンゲキジャーのブラックを模したクッキーは実はリヴァイの手作りだ。子供の好きなくちくスナックでも用意してやろうと思っていたのだが、それはいつでも買える商品だ。子供が楽しみにしていた行事だし、普段のものとは違うものにしようと思い立ったはいいが、似せて作るのに苦労した。何度か失敗して、この完成品に至ったのだ。料理なら作ったことはあるが、菓子など作ったことのない自分にしては上手く出来たとリヴァイは思う。

「食べないのか?」

 クッキーを手にしながら食べる様子のない子供にリヴァイが不思議そうにしていると、エレンはもったいないです、と言った。

「まいにち、ひとくちずつたべます」
「……カビはえるぞ。気に入ったのなら、また作ってやるから、全部食べろ」

 リヴァイの言葉にエレンは目を丸くして、すごいです、リバイさんと尊敬の眼差しを向けた。リヴァイの手作りだとは考えていなかったらしい。

「ほら、いいから食べろ」

 リヴァイの言葉にクッキーを一口かじった子供はおいしいです、と笑う。そして、何を思ったのか、クッキーを二つに割って片方をリヴァイに差し出した。

「リバイさん、はんぶんこです!」

 すごくおいしいです、たべてくださいと笑う子供はリヴァイが受け取るのを待っている。元々、子供にやったものであるのに、とは思ったが、リヴァイはありがとうと言って受け取った。勿体なくて一口ずつ食べると言ったものを、リヴァイのために半分こにする子供の気持ちが嬉しいし、大事にしたいと思ったからだ。

「リバイさん、おいしいです」
「そうか」

 幸せそうに小さな口でクッキーを食べるその様子がハムスターみたいでリヴァイは楽しげにその様子を眺めた。

「リバイさん、だぁいすきです」
「ああ」

 子供の口についたかすを取ってやりながら、こんなもので喜ぶのなら、また作ってやろう、とリヴァイは思う。それから、今度作るときは手伝わせてやろう――不格好なものになったとしてもきっとその方が子供はもっと喜ぶであろうから。
 そのときの子供を様子を思い浮かべながら、リヴァイは小さく笑った。



2013.10.20up



 ちょっと早めに書いたハロウィンネタでした。かぼちゃパンツエレンが書きたくて出来ました(笑)。





5.お迎え編


 エレンの母親が短期間の入院をすることになった。どうやら風邪をこじらせたらしく、彼女が入院している間は例によってリヴァイ一家がエレンを預かることとなった。自分の母親は実の息子よりもエレンの方を可愛がっている気がしてならないが――今更この年で可愛がってもらいたくないので、リヴァイとしては全く問題はなかった。ただ、エレン可愛さに何でもものを与えようとするので、過剰なものはリヴァイが阻止している。まるで、初孫可愛さに何でも買ってしまう祖父母の図だが、余り過剰では却って向こうが遠慮して負担に思うだろう。リヴァイとて気持ちが判らないではないのだ。エレンはあの年にしては物分かりが良すぎてわがままを言わないから、余計に何かしてやりたくなるのだろう。ちなみにリヴァイの父はエレンとは余り接触する機会がないのだが、エレンのことは母親同様に可愛いと思っているらしい。
 そんなリヴァイの母親だが、彼女にだって用事があるわけで、エレンの迎えにどうしても行けないことがある。そんなときはリヴァイが代わりに子供を迎えに行くのが暗黙のうちのお約束になっていた。

「リバイさん!」

 迎えに行くと、エレンはとてとてとリヴァイに向かって走ってきた。だが――。
 二人の間にすっと入ってきた影がリヴァイがエレンを抱き上げるのを阻止した。

「エレン、ダメ」
「ミカサ、なにするんだよ」

 間に割り込んできた少女にエレンは唇を尖らせて抗議したが、相手はそれに構わずに真っ直ぐにリヴァイを見詰めた。

「あなたにエレンはわたさない。だって、エレンはわたしのよめになって、かぞくになるんだもの」
「…………」

 真っ黒な髪と瞳の、将来は美人だともて囃されそうな顔立ちのこの女児は名をミカサという。彼女は家の都合で引っ越してきたので、中途からの入園になったらしく、そのためか余り周囲になじめなかったらしい。そのミカサの手を取って、周りに溶け込むようにしたのがエレンだったと聞いている。以来、彼女はずっとエレンの傍から離れないのだそうだ。
 ここまでなら微笑ましい話だと片付けて終わりなのだが、彼女は特に注意を向けていなかったリヴァイをある日突然敵視してきた。どうやら、エレンが将来の夢にリヴァイのお嫁さんになること、と絵に描いたのを知ったらしい。それからというもの、リヴァイを見つけると「エレンはわたしのよめ!」と言って威嚇してくる。
 リヴァイはここで言いたい。何故、自分が嫁になるではなく、エレンを嫁にするのだと。

「オレはリバイさんとけっこんするんだ! ミカサはジャンにしとけよ」
「エレン、おとこどうしはけっこんできないのよ。だから、わたしのよめになるのがひつぜん」
「できるよ。だって、ユミルがクリスタをおよめさんにするっていった。おんなのこどうしでもけっこんできるんだから、おとこだってだいじょうぶだ!」
「そのとおりだぜ」

 ここで二人の会話に割って入ったものがあった。黒髪にそばかすの浮いた少女――一見すると男の子のようだが、服装から女児だと判別出来る。どうやら彼女がユミルのようだ。

「かいがいにいけばおとこどうしでも、おんなどうしでもけっこんできるんだぜ? わたしは、かいがいにいって、クリスタとけっこんするんだ」

 ここでも、ようしえんぐみっててがあるしな、と子供は笑う。

「チッ、よけいなちえを……!」
「ほら、いっただろ。オレはリバイさんとけっこんするんだ!」

 どうして、幼稚園児がそんな知識を持っているんだ、とか、この幼稚園の教育はどうなっているんだ、とか色々と突っ込みたいことはあったが、もはや、会話は当のリヴァイをおいて繰り広げられている。
 そして、そこにまた別の男児が現れた。

「ダメだよ、エレン、ミカサ、リヴァイさんがこまってるよ」

 ペコリ、とこちらに頭を下げてきたのはエレンと一番親しい園児だ――エレンが幼稚園の話をするときに出てくるのでリヴァイも彼を知っていた。アルミンという名の穏やかな性格で、それでいて芯のしっかりとした子供らしい。

「でも、アルミン、わたしはエレンをよめに……」
「そういうのは、ほんにんどうしのいしがひつようだろ。それにまだぼくたちはけっこんできるねんれいじゃないんだから、もっとよくかんがえてからでもいいんじゃないのかな」
「……わるかった。わたしはれいせいじゃなかった」

 どうやら、話は上手くまとまったらしい。だが、それにホッとするよりも――。

「エレン」

 リヴァイはひょいっと、子供を抱き上げて、その額にこつん、と自分のそれを当てた。ああ、やっぱりな、とリヴァイは思った。先程から見ていて、様子がおかしいと思っていたのだ。

「ちょっと、熱があるみてぇだな。具合悪かったなら、もっと早くに言わなきゃダメだろうが」
「……ごめんなさい」
「怒ったんじゃない。心配したんだ。……判るな?」

 こくんと頷いた子供の頭を安心させるように撫ぜて、リヴァイは近くにいた職員に子供に熱があること、場合によっては明日は休ませることを告げ、本日の園内での様子を詳しく聞いてから帰って行った。

「すごいな、リヴァイさん。ぼくたちはきづかなかったのに、ちょっとみただけでエレンのぐあいがわるいことがわかったんだ」
「……わたしはきづかなかった。エレンのそばにいたのに、わたしは……」

 そう言って落ち込むミカサをアルミンは必死に宥めたのだった。


 取りあえず、自宅に戻ってきたリヴァイは子供を着替えさせ、布団に寝かせた。さて、どうするか、と考える。母親の用事は済んでないだろうし、戻ってくるにも時間がかかる。子供の母親は入院しているし、父親は勤務中だろう。だが、知らせないわけにもいかないので自分の母親にはメールを、子供の父親には直接電話をかけた。子供の病状の詳細を話し、父親からどうするかの指示を仰ぐ――小児科医ではないが、医者の彼の指示なら的確だろう。取りあえず、熱さましの薬を飲ませて様子を見ることに決め、子供の父親が帰ってくるのを待つことにした。父親には今すぐには無理だが、なるべく早く都合をつけて帰るので、と何度も謝られた。好きでやっていることだから気にしないで欲しいと返し、リヴァイは子供の看病をすることにした。
 薬を飲ませるのに少しでも何か食べさせた方がいいか、とリヴァイは思う。職員の話によると、昼食も食べたし、吐きもどしたりはしていなかったそうだから、食べさせても問題はないだろう、と判断し、お粥を作ることにした。子供のことを考え、味は薄めで、むしろ、重湯に近い方がいいかもしれない。子供の様子は元気だったし、食欲もあるようだから、大したことはないのかもしれないが熱が余り高くなるようなら病院に連れて行こう。その前に彼の父親が帰ってくるのが一番だが。

「エレン、薬を飲む前に少し、何か腹に入れた方がいい。……食えるか?」

 子供が頷いたので、身体を起こしてやり、ふうふう、と息を吹きかけ冷ましてから口に運んでやる。器が半分ほど減ったときにエレンがもうお腹いっぱいというような仕種をしたのでやめ、飲みやすいようにゼリーに包んだ薬を飲ませてやる。何でも便利なものがあるのだな、とリヴァイは思いながらエレンが薬を飲むのを見届けた。エレンがよく家に来るので、リヴァイの家には子供が寝泊まりするための衣服などのお泊りセットに子供用の薬、その他諸々が置いてある。

「お前の親父に連絡したから、安心しろ。じきに帰ってくる」

 リヴァイがそう言うと、子供は困ったような顔をした。

「おとーさんは、おしごとなのです……じゃましちゃいけないのです、こまるのです……」

 子供の口からそんな言葉が出てきて、リヴァイは胸を衝かれた。この子供はいつもそうだ――我慢して、我慢して、いつも何もわがままを言わずに。母親に甘えたくても、病弱な彼女に心配をかけたくなくて、押し殺してしまう。

「……自分の息子が病気のときに知らないでいる方が嫌なんだぞ? バカだな、お前は」

 リヴァイは子供の頭をくしゃりと撫ぜた。

「もっとわがままを言え。して欲しいことを言え。それで、してもらったときにありがとうって笑えば、お前の親は幸せなんだ」
「……リバイさんも…?」
「ああ」
「……じゃあ、ぎゅって、て、つないでください」
「ああ」
「……いっしょにいてください」
「ああ」
「……こもりうた、うたってくださ……」

 子供は言いかけてから言い直した。

「シンゲキジャーのうたがいいです……」
「……………」

 あれか、あれを歌えというのか。リヴァイは激しく葛藤したが、熱のために潤んだ瞳で子供に見上げられ、断腸の思いで頷いた。歌詞は全部暗記していないが、子供のためのCDが置いてあるから中に歌詞カードがあったはずだ。メロディーは嫌でももう覚えてしまっているから歌えることは歌える。
 子供のためにリヴァイは歌詞カードを取り出し、それを目で追いながら歌い始めた。

「駆逐、駆逐しろ! 巨人は一匹残らず駆逐しろ! よく喋るな豚野郎!」

 やはり、この番組には絶対に問題があるとしか思えないリヴァイだった。


 エレンの熱はその後下がり、翌日は休んだがすぐに幼稚園にも通えるようになった。そして。

「…………」
「…………」

 リヴァイがエレンを迎えに行くと、ミカサが仁王立ちでリヴァイを待っていた。

「あなたのちからはみとめる。だけど、エレンをよめにするのをわたしはあきらめたわけじゃない」

 だから、それは嫁にするではなく、嫁になるだろう、というツッコミはするのはやめておいた。

「わたしはこんどこそほんしつをみうしなわない」

 そう言って、スタスタと歩いていくミカサを見送っていると、エレンがとてとてと駆け寄ってきた。

「リバイさん!」
「エレン、迎えにきた。帰るぞ」
「はい!」

 抱き上げると子供は嬉しそうに笑う。

「リバイさん、だぁいすきです」
「ああ」

 先のことなど判らないが、取りあえずの目標はこの子供にわがままを言わせることにしよう、とリヴァイは思いながら、つられるように笑った。



 2013.11.6up



 アルミン&ミカサ登場。園児達の台詞は迷ったんですが、全部平仮名に……読みにくくてすみません。子供が熱を出したときの対処って実際は違うかもしれませんが、その辺はスルーでお願いします。




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