拍手文集4



 ※拍手で回っていた小話のまとめです。



16・※現代パラレルリヴァエレ。社会人×カフェ店員。


 リヴァイには行きつけのカフェがある。特に有名なチェーン店というわけではなく、それ程大きな店というわけでもなかったが、その店はリヴァイのお気に入りだった。明るすぎない暖かみのある照明と、邪魔にならない程度に観葉植物が配置され、落ち着いた雰囲気を醸し出している店内はいつも清潔で、何より店主の出すコーヒーは絶品で料理も美味しいときている。客層にも恵まれているのか騒ぎ立てる迷惑客もおらず、休憩時間や、ちょっとした空いた時間にリヴァイは店に足を運んでいた。

「お待たせ致しました」

 店員がテーブルに運んできたコーヒーをリヴァイは訝しげに見つめた。店員が運んできたのは確かにリヴァイが注文したブレンドコーヒーであるが、そのカップの脇に小さなチョコが二粒程添えられていたからだ。

「これは?」
「ああ。疲れたときには甘いものを摂った方がいいと思いまして、サービスです」

 店員がそう言うのに自分はそんなに疲れた顔をしていたのだろうか、とリヴァイが内心で首を傾げていると、相手は小さく笑った。

「すみません。冗談です。今、バレンタインサービスでコーヒーにチョコをお付けしているんです。コーヒーに合うように作られたものですので、甘いものが苦手な方でもお口に合うと思います。良かったらお召し上がりください」
「ああ、そういや今月はバレンタインがあったな」

 二月に入ったばかりであるというのにどの店の店頭もバレンタイン一色だ。早いところでは一月中にもうバレンタインコーナーを作っていたりするから驚きだ。
 リヴァイが礼を言うと、店員はほっとしたような表情を浮かべ、それから余計なことかもしれませんが、と続けた。

「先程のは冗談ですが、少々お疲れのように見えますので、お体にはお気を付けてくださいね」

 そう言ってぺこり、と頭を下げて離れていく店員を眼で追った後、リヴァイはチョコを一粒口に運んだ。

(……甘え…)

 だが、しつこさのないほど良い甘みは成程コーヒーとよく合っている。先程の店員の言った通りだ。

(……二十歳になるかならないかくらいか?)

 漆黒の綺麗な髪に大きな金色の瞳が印象的な先程の青年はこの店のウェイターだ。きびきびと動くその姿には好感が持てるし常連客からも「エレン君」と呼ばれて可愛がられている。リヴァイは彼とそんなに会話をしたことはないが、店内の雰囲気を壊さない丁寧な接客をする青年をリヴァイもまた気に入っていた。

(マスターも可愛がっているみてぇだし、身内かもしれないな)

 彼がどのような経緯でこの店で働いているのか知らないが、店主も彼のことを可愛がっているように感じた。確かに撫で繰り回したくなるような可愛らしさが彼にはあると思う――本人が聞いたら嫌がるかもしれないが。
 いつか、機会があったら訊いてみるのもいいかもな、と思いながらリヴァイはコーヒーを口に運んだ。



 リヴァイは目の前の人の列を見て溜息を吐いた。

「あのクソメガネ……これに並ぶのは絶対に無理だろうが」

 目の前にあるのはスイーツを扱う店の行列だ。無論、好き好んでリヴァイがここに足を運んだわけではない。
 リヴァイの同僚に無類の甘いもの好きがいて、たまたまリヴァイがこの近くまで出向くといったら拝み倒すようにして帰りに買ってきてほしいと頼まれたのだ。面倒だと一蹴したのだが余りにもしつこく縋り付かれて仕方なく寄って帰ることにしたのだが、ここまで行列が出来ているとは予想外である。

(諦めて帰るか)

 同僚がうるさいかもしれないが、リヴァイだってそんなに暇ではないのである。スケジュールの都合もあるしそれ程時間はかけられない。

(それにこの分だとあいつが食べたがっていた限定何とかというのは売り切れてそうだしな)

 そんなに食べたければ自分で買いに行け、と言うことにして――同僚も忙しくて買いにいけないのは百も承知だが――リヴァイが止めていた足を動かそうとした時、あの、もしかして、と声をかけられた。

「ああ、やっぱり。お買い物ですか?」

 そう声をかけてきたのはあのリヴァイが行きつけのカフェの店員だった。

「しようと思ったんだがな……こんなに人が並んでいるとは思わなかった」
「ああ、ここは人気店なんで、いつもこんな感じなんですよ」

 リヴァイがそうなのか、と頷くと、もう限定品はないと思いますよ、と続けられた。まあ、仕方ないな、と肩を竦めたリヴァイが何とはなしにここに来た経緯を話すと、相手は頷いて持っていた紙袋をリヴァイに差し出してきた。

「これは?」
「この店のです。良かったらお譲りします」

 話を聞いてみると青年は元々この店の商品が好きで何度か購入したことがあり、たまたま今日も買いに来ていたのだという。同僚が欲しがっていたという限定品も中には含まれている。

「いいのか? わざわざ並んで買ったんだろう?」
「オレはまた買いに来れますし。今日はこの近くに用事があったついでに買っていこうと思っただけですから」

 代金はもらうのだし気にしないでくれと青年は言うが、並んでまで買ったものをいくら商品分の代金を払うとはいっても譲ってもらうのは悪い気がする。時間は無限にあるわけではないのだ。

「そうですね…じゃあ、一つだけお願いをきいてください」

 何を言われるのだろうか、と思いながらリヴァイが自分で出来ることなら、と頷くと、青年はリヴァイが予想してもいなかったことを告げた。

「オレの淹れたコーヒーを飲んでください」
「は?」

 思わずといった感じに漏れた疑問符に相手はくすっと笑った。一昔前のプロポーズにお前の作った味噌汁が飲みたいとかいうのがあったと聞いたことがあるが――世の女性からは性差別だと今なら怒られそうだが――それのコーヒーバージョン、いや、この場合逆プロポーズなのだろうかとありもしないことを思ってしまう。
 怪訝そうな表情のリヴァイに青年は仕掛けた悪戯の種明かしをするような顔で言葉を続けた。

「実はオレ、前からマスターにコーヒーの淹れ方を習っていたんです。マスターのコーヒーは世界一だとオレは思っているんですけど……あそこまでの味は中々出せなくて」

 確かにあの店のコーヒーは絶品だ。どちらかというと紅茶の好きだったリヴァイもあの店では絶対にコーヒーを頼む。それくらいにあの店のコーヒーは美味なのだ。

「でも、やっとこの前、マスターからオーケーをもらったんです。まだまだマスターの味には届きませんけど、お客様に出せる味だって言われまして」

 確かにあの腕に到達するには時間がかかるだろう。それでも、あの店主が認めたなら大したものだとリヴァイは思う。

「つまりは実験台になれってことなのか?」
「実験台って人聞き悪いですよ? そうですね、えーと、毒見役とか?」
「そっちの方が人聞き悪いんじゃねぇのか」

 そんなことを言いながらもリヴァイが承諾すると、青年は嬉しそうに笑った。
 いい機会だと思い、リヴァイが前々から気になっていた彼の話を訊いてみると、彼の名はエレン・イェーガーで、店主とは肉親ではないらしい。店主と彼の父親が知り合いで――元々は彼の父があの店の常連だったらしい――あの店の味に惚れ込んだ青年が店に頼み込んで雇ってもらっているのだという。

「将来はマスターの店のようなカフェを出したいと思っていて、今は勉強中です」

 そのために専門学校に通っている彼は十九歳で、まずは調理師免許を取得するつもりだという。
 まだまだやること、身に付けることはたくさんありますから、と続ける青年を眩しそうに見つめてからリヴァイはお前の出す店なら行ってみたいな、と告げた。

「はい、いつか出せたら是非!」

 そう言って嬉しそうに笑う青年の顔をとても綺麗だとリヴァイは思った。


 ――後日、行きつけのカフェに足を運んだリヴァイの目の前に一杯のコーヒーが出された。

「…………」

 いつもとは違い、緊張した面持ちの青年からこちらへ向けられる視線を感じながら、リヴァイはコーヒーを一口飲んだ。

「……旨い」
「……本当ですか?」
「俺は世辞なんか言わねぇ。本当に旨い」
「………! ありがとうございます!」

 そう言って花が咲いたように笑う。その顔をやはり綺麗だとリヴァイは思う。

「お前、この前言った話を覚えているか? お前の出す店なら行ってみたいって」
「勿論です」
「お前が店を出したら常連になってやる。客一番目は俺だ」
「はい! でも、オレが店を出せるのなんて何年も先の話ですよ?」
「いいから、約束しとけ」

 頷く青年は判っているのだろうか。自分がその何年も遠い先も青年と付き合っていきたいと思っていることに。
 自覚した想いにまあ、まだまだ時間はある、ゆっくりと口説き落としていこうと思いながら、リヴァイは残りのコーヒーを口に運んだのだった。



 2015.2.22up



 バレンタイン過ぎちゃいましたが、出だしだけなので気にせずにネタ。ショコラエレンが専門学生だったらこんな感じかなーと思って出来た話なので、ショコラとネタがかぶってます(汗)。でも、こっちのリヴァイはストーカー気質じゃないので大人なままです。19歳って未成年なので少年にするか迷ったのですが、青年表記に。ちなみに続きはありません(笑)。





17・※原作設定リヴァエレ←アルミン風味。シリアス。ごく短文。


 初めて彼からその人の名を聞いたのは訓練兵の頃だったとアルミンは記憶している。

「リヴァイ兵長?」
「そう、人類最強の兵士長! 調査兵団の歴代の兵士長の誰よりも強いって言われてるんだって!」

 瞳を輝かせながら言う少年の顔からはかの兵士長への憧憬が溢れていた。一般市民への情報は誇張されて伝わることが多いし、作り上げられた偶像の可能性が全くないとは言い切れないが、それを割り引いて考えてもリヴァイという人物には実力があるのだろうとアルミンも思う。少年がこうして騒ぎ立てる程に。
 まあ、実際に会ったこともない、しかも、実力も実績もない訓練兵の評価など、あちらは全く気にしないであろうが。
 調査兵団に入団することに決めていたアルミンではあったが、兵士長や団長などという存在は遠目に見るものであって、直に言葉を交わすことなどそうそうないだろうと考えていた。雲の上の存在――そう認識していたし、それは、人類最強の兵士長と呼ばれる男への憧れを抱いている幼馴染みにとっても同じであったと思う。彼のようになりたい、と目標にしていたとしても、日常を共にするといったことは想定していなかったであろう。実力をつけていずれは彼の率いる班に入れたら、くらいのことは夢見ていたかもしれないが。
 ――だが、現実はときとして思いも寄らぬ展開をみせることがあるのだ。


「それで、リヴァイ兵長が――」
「…………」

 想像すらしていなかった事態に遭遇し、紆余曲折を経て、かの兵士長の監視下に置かれることとなった幼馴染みの口から零れる言葉は憧れていた男に関することばかりだ。以前と違うのはその言葉が実際に会って得た情報に基づいたものであり、誇張された噂話ではないということだ。

「――って、聞いてるのかよ、アルミン」
「聞いてるよ。というか、前にも聞いたからね? その話」
「え? そうだったか?」
「そうだよ。エレンはこのところずっとリヴァイ兵長の話ばっかりしてるよね」
「そうか?」
「そう、まるで――リヴァイ兵長に恋でもしてるみたいだね」

 言った瞬間、ぽかんとして固まった幼馴染みの少年を見て、アルミンは言わなければ良かった、と後悔した。

(ああ、これは――)

 彼に、気付かせてしまった―――。


「アルミン・アルレルト…だったな? 少しいいか?」

 廊下を歩いていた時に声をかけられ、アルミンは頷いた。上官の意向を無下にするわけにはいかないし、拒否する理由もない。それに、そのうちにこちらに接触してくるだろうことは予想していた。声をかけてきた男――人類最強の兵士長の後について人気のない場所に移動する。

「あいつの様子がどうもおかしいんだが、何か心当たりはないか?」

 あいつという言葉が誰を示すのか訊ねずともアルミンには判っている。素直で正直といえば聞こえがいいが、単純で隠し事が出来ない幼馴染みの少年は自分の発言以降、明らかに男を意識して行動がおかしくなっていた。幼馴染みを監視下に置いているこの男がそれを見逃すはずもない。彼はいつも幼馴染みを注意深く見ているのだから――それは監視対象だという理由だけではないのだろうけれど。

「――エレンはあなたのことばかり話すんです」

 質問とは関連性のない返しと思われたのか、男の眉間の皺が増えた気がした。粗暴に思われがちだが、理由のない暴力はふるわない男に手を上げられることはないのは判っているが、こうしてみるとやはり凄みがある。確かに彼は尊敬出来る上官なのだろうが、そういった方向での感情を抱いた幼馴染みの趣味はアルミンには理解し難い。

「だから、言ったんです。まるで、あなたに恋をしているみたいだねって」

 その言葉に、無表情とか、感情が判りづらいとか、不機嫌な顔が常態とか色々と言われている人類最強の兵士長の表情が動いたように感じた。――それで、充分だとアルミンは思った。

「……冗談にしては面白くねぇな」
「ええ。冗談だったなら面白くないですね」
「――――」

 失礼します、と頭を下げてアルミンはそこを立ち去った。


 ――それから二人にどんなやり取りがあったのかアルミンは知らない。ただ、二人の間の空気が前よりも柔らかく、あたたかいものに変化したのを察することは出来た。
 今も何を話しているのか、楽しそうな顔を幼馴染みは彼に見せている。向こうも判りづらいが穏やかな表情をしているのだろう。それはきっと幼馴染みにしか見せない顔だ。

「そんなに熱い視線を送っちゃって、恋でもしているの?」

 不意に後ろから声をかけられ、アルミンは驚いて振り返った。

「あ、ごめん、驚かせたかな?」
「いえ――音もなく忍び寄るのはミカサだけかと思ってましたが、ハンジさんも凄いですね」

 褒められてる気がしないな、それ、と声をかけてきた相手――ハンジはアルミンの見ていた先を眼で追った。

「ああ、何を見ているかと思ってたらリヴァイとエレンだったんだね。冗談で声かけたんだけど、冗談にもならなかったかな」
「……ええ、冗談になりませんね」
「? アルミン?」
「いえ、僕も前に同じことを言ったことがあったので。面白くないと言われました」

 ハンジは少し怪訝な顔をしたが、ふうん、そっかと流すと再び男達に視線を向けた。

「何か、あの二人がここまで上手くやれるというか、エレンがリヴァイに懐くとは予想外だったなぁ」
「そうですか? 僕はそんなに驚きませんでしたけど。エレンは昔からリヴァイ兵長に憧れてましたから」
「そうなの!? なら、もっと驚きだよ! 現実のリヴァイを知ってまだ憧れられるなんて!」
「……イヤ、憧れてる人他にもいると思いますけど。ハンジさんのリヴァイ兵長の人物像ってどうなってるんですか?」
「え? そりゃ、潔癖でいじめっ子気質の調教好き――」
「誰が、鬼畜で調教緊縛趣味だ、コラ」

 ドカッという擬音が似合いそうな見事な蹴りが炸裂して、ハンジの悲鳴が上がった。

「え? いつの間に現れたの、リヴァイ! やっぱり、人に地獄を見せる男は耳も地獄耳なの?」
「……どうやら本当に地獄に行きてぇようだな、クソメガネ」

 何やら血を見そうな展開になってきて、アルミンはふう、と息を吐いた。

「では、僕はこれで」

 何やらハンジが言っていたようだが、それを聞かなかった振りをして歩き出す。人類最強の男を止められるはずがないし、さすがにそう酷いことにはならないだろう。――近くには幼馴染みもいたのだから。

 ――恋でもしているの?

「恋なんてしてないよ」

 小さく呟く。だって、自分は――。

「最初から、そうなることはないって、知ってるんだ」

 だから、始まらない。始めようがないのだ。
 ――それは、恋には決してならない想いを抱えた少年の話。



 2016.6.22up



 思いついたから書いてみよう短編。アルミンが不憫な感じになっててすみません。個人的にアルミンとエレンの関係って恋愛には決してならないけど、エレンの一番の根源というか、深いところにいるのはアルミンだと思ってます。





18・※原作設定リヴァエレ。シリアス


 何にもない荒れ果てた地に、ぽつんと一人小さな子供がいた。
 これは誰だろう、とリヴァイは思う。痩せたちっぽけな子供に見覚えはない。薄汚れて痩せた、誰にも保護してもらえなかった子供など地下街にはゴロゴロいたし、自分もその一人ではあったが、その子供はそんな子供の雰囲気とは少し違う気がした。
 子供は地面に座り込み、手を伸ばして必死に何かを拾い集めているようだった。いったい、何を集めているのだろうか、とリヴァイはその子供に興味を持った。普段の自分ならそんなことを思わないだろうに、何故かその子供のしている行動が気になったのだ。
 そうして、リヴァイがその子供に一歩足を進めた時――。
 ふっと、世界は暗転して消えた。


(……夢か)

 調査兵団の本部の一室――自分に与えられた寝台で身を起こし、リヴァイは自分が今見た光景を脳内で再生させた。
 丁度少年の後ろから眺めているような位置だったため、顔は見ていない。だが、知り合いにあんな子供はいなかったはずだ。所詮は夢なのだからどんな人物が出てきても不思議ではないが、あれは妙に存在感があったというか、現実にいるような気にさせられる子供だった。

(このところ、色々なことが起こったからそのせいかもしれねぇな)

 そんな風に推察してみるが、釈然としない。環境が変わったり、衝撃を受けるような出来事が起きたとしても、神経過敏になって夢に魘されるなんてリヴァイには有り得ないことだからだ。だが、夢ごときに時間を割いている暇は人類最強の兵士長には与えられていないのも確かで。リヴァイは身支度を手早く済ませ、本日の執務に取り掛かった。


「うわぁ、エレン、何それ可愛い」

 調査兵団の中でも変人で知られる実験好きの同僚の声に、何を騒いでいるのかと足を進めると、自分の監視下に置かれることとなった新兵がいた。同僚――ハンジに呼び止められたのか、困ったような顔で居心地悪そうにしている。

「……お前、それは趣味か」

 そう告げると少年はぶんぶんと首を横に振った。その度に少年の頭にかけられたもの――可愛らしい花冠が揺れる。

「ペトラさんが花畑を見つけたとかで、これを作って、オレに似合そうだからって……」
「うん! 凄く似合ってるよ!」
「全然嬉しくないです! 先輩達も面白がって今日はこれ一日中つけてろって言うし……」
「いいじゃない、可愛いし。ね、リヴァイ」

 ハンジの言葉に答えようとした男に少年の大きな瞳が向けられた。少年は視線で助けてください、とこちらにひしひしと訴えている気がした。が――。

「まあ、似合うか似合わないかでいえば似合ってるいるが」

 男の言葉に、少年がやっと見つけた味方を失ったようなええーっという顔をしたので、リヴァイは思わずその顔をまじまじと眺めてしまった。

「兵長?」
「――イヤ、あいつらも後輩が可愛いんだろう。今日はもう訓練もないし、そのままでいてやれ」

 ただし、花弁は室内では落とすなよ、と続けられ少年は肩を落とした。

「ペトラさん、首飾りも作るって言ってたんですけど……」
「いいじゃないか。つけたらまた見せてねー!」
「…………」

 若干項垂れつつ戻っていく少年をじっと眺めている男に気付いて、ハンジはどうしたの?と声をかけた。

「――イヤ、あいつもまだ子供なんだと思ってな」

 先程見せた表情が年相応の少年らしくて、当たり前のことなのにそれを忘れていたことに気付いた。地下室で見せたあの狂気を孕んだ表情の印象が強かったが、考えてみれば彼の行動や仕種は常にまだ成長しきれていない少年のものであった。

「当たり前でしょ。あの子はまだ入団したての新兵なんだから。私だって、入団した頃はまだまだ未熟な子供だったよ」
「……今のお前が成熟した大人の行動を常にしているとは思えないが」
「それ、リヴァイには言われたくないんだけど」

 むうっと頬を膨らませて男に抗議した後、ふっと真顔になってハンジは続けた。

「私達はまだ成長する時間を与えられただけマシなんだろうね。事態は急速に動き出してる――あの子が大人になる時間は与えられない」
「…………」

 ――そうして、そのハンジの言葉通りに事態は急速に変化していった。


(ああ、またこの夢だ)

 寂しい荒野で一人、小さな少年が何かを必死で集めようとしている。

「拾わなきゃ。今度こそ間違わないようにしなきゃ」
(お前は何を拾おうとしている)
「もう、何も取りこぼしたりしない」
(――お前は誰だ?)

 何度も不意に現れ消えていくこの夢が何なのか判らない。


 ――少年が倒れたと報告を受けたのは、リヴァイが外出先から戻った後だった。

「それで、あいつは?」
「今は寝てるよ。実験に無理は禁物だって言ってるのに続けようとするから、一服盛って眠ってもらった」
「…………」

 男からの無言の圧力に一服盛ったという相手はだって仕方ないじゃないか、と肩を竦めた。

「時間はないのは確かだけど、無理してもいい結果は出ない。エレンは何だか焦っているみたいに思えるんだよね」
「……判った。俺も様子を見てくる」
「あ、寝てるからって悪戯しちゃ駄目だよ?」

 ふざけたことをいう同僚に一発蹴りを食らわせて、リヴァイは少年の寝ている部屋へと向かった。


(……少し、痩せたか?)

 薬で眠らされて寝台の上に横たわる少年の顔色は余り良いように思えなかった。同僚の言葉通りに彼はこのところ無理をしているように見える。
 リヴァイは寝台の横にあった椅子に腰かけ、少年の手を取ってその寝顔を眺めた。

「……エレン、お前は何を焦っている?」
「………なきゃ……」

 返ってくるはずのない言葉が耳に届いて、リヴァイは少年を見つめた。
 だが、少年が起きた様子はない。同僚は少年がぐっすり眠れるように計量して薬を飲ませたはずだからそう簡単には目覚めないはずだ。

(寝言か? 魘されている?)
「……今度は…間違えないようにしなきゃ……もう、こぼさない……」
「――――」

 その言葉にはっとした男の目の前が暗転した。


 寂しい光景だと思った。何もない荒野で小さな子供が一人、必死に何かをかき集めようとしている。

「拾わなきゃ。もう間違えない。全部こぼさないようにしなくちゃ」

 子供が必死にかき集めようとしているもの――男性用らしい眼鏡、髪を結んでいたらしい女性もののバンド、誰かに踏まれたらしき跡のある禁書らしき本、赤いマフラー、可愛らしい花冠と首飾り。他人には判らない、でも子供にとっては意味のある、何かを象徴するものの数々。

「今度は選択を間違えない。間違えられない」
「――もう、いいんだ」

 リヴァイは子供に近付いてひょいっと後ろから抱き上げた。その拍子に子供がかき集めていたものがその腕から零れた。
 暴れてまた拾おうと手を伸ばす子供を男は強く抱き締めた。

「拾わなきゃ! あれは大事なものなんだ! もう、こぼしちゃ駄目なんだ!」
「――自分を追い詰めるな。お前は選択を間違えたわけじゃない。何が正しかったなんて、誰にも判らない」

 男の言葉に子供は息を詰めた。唇を震わせて、自分を抱き締めている男の腕をぎゅっと掴んだ。

「――オレが選択を間違えたから、皆死んだ。皆、オレが特別だって思って死んでいった」

 ぽたり、ぽたり、と小さな雫が落ちた。

「でも、オレは特別じゃなかった。選ばれた者じゃない。英雄になんてなれない」
「そんなものにならなくていい」
「オレはただのガキで、器だっただけだ。力の入れものにすぎなかった……!」
「違う」
「だから、やれることは何でもやらなきゃいけない……! もう、何も取りこぼせない!」
「もう、いいから」
「だって、でなきゃ意味がない! たくさん死んだのに! やれないんなら、特別じゃないオレが残った意味がない!」
「――エレン」

 男は囁くようにその名を呼んで、子供を深く腕の中抱き込んだ。

「お前はお前だ。他の『何か』になろうとしなくていい。お前がお前で出来ることをやればいい」
「オレは―――」
「お前はお前にしかなれない。世界にエレン・イェーガーは一人きりだ。そのお前が出来ることをやればそれでいい」
「――大事なものがあるんです」
「そうか」
「もう、失いたくないんです。特別じゃないオレでも、それでも守りたいものがあるんです」
「大丈夫だ」

 ぼろぼろと腕の中で泣く子供は壊れてしまいそうな程脆く感じた。――そうだ、彼はまだ子供だったのだ、と改めて男は思った。
 この世界は残酷で子供は早く大人にならなければならない。そうしなければ生きてはいけない。――リヴァイがそうであったように。けれど――。

「お前はお前であるだけでいい」

 彼はリヴァイではない。彼はリヴァイのようには生きられない。リヴァイが彼のように生きられないように。

「お前は一人じゃない。それを忘れるな」

 子供が腕の中で小さく頷いた気がした―――。


 目の前でゆっくりと瞼が押し上げられて、金色の瞳が現れるのをリヴァイは確認した。

「起きたか?」
「……兵…長…?」

 うすぼんやりとした表情がまだ覚醒しきってないことを告げている。起きたか、と訊ねた男も意識が戻ってからそれ程時間が経ってはいないのだが。

「――――」

 あれがどのような経緯で起きたものかは判らない。少年の持つ能力の暴走なのか。それに自分は巻き込まれたのか。
 はっきりしているのはあの子供が目の前の少年であり、この事象をリヴァイが誰にも言う気はないということだ。どうやら覚えてはいないらしい目の前の少年にも。

「すみません、オレ……まだ、実験が……」
「いい、まだ寝ていろ」

 起き上がろうとする少年を男は制した。

「――エレン、焦る必要はない。お前はお前だ。お前にしかなれない。出来ねぇことは出来ねぇ、やれることはやれる、それだけ判っていればいい」
「――――」
「お前はお前が出来ることだけやればいい。何でも出来る人間はいない。他の人間もそうだ。自分が出来ることを力の限りやるだけだ」
「……兵長もですか?」
「当然だ。お前、俺を化け物だとでも思ってんのか? 俺にも出来ないことはある。やれる奴がやれることをする。それだけだ」
「…………」
「いいから、もう寝ろ」

 そう言って男が少年の眼に手をかざすと、素直にエレンは瞼を下した。

「……兵長、さっきの言葉…前にも誰かに言われた気がします…」
「そうか」
「……オレの気持ち、判ってるみたいで…兵長はやっぱり凄いです…」
「…………」
「……ありがとう、ございます……」

 そう呟くように礼を述べて、再び眠りに入った少年の表情は先程よりも穏やかに見えた。
 リヴァイはそれを確認すると、静かに部屋を後にした。

 ―――きっと、あの子供の夢はもう見ない。



 2016.6.23up



 またしても思いついたから書いておこう作品。場面転換が下手ですみません(汗)。画力があったら漫画で描いたよなーと思う話でした。





19・※原作設定。ヒストリアとエレンの話。ごく短編。


「私はね、ユミルを引っ叩きにいきたいの」

 荷物を抱え、隣を歩きながらそう淡々と話す同期の少女に、エレンは驚きで瞳を瞬かせた。

「お前がそれをしている図が思い浮かばねぇな」
「そう? だって私はもう『クリスタ』じゃなくて『ヒストリア』だもの。引っ叩くくらいするわよ?」

 エレンだって知ってるじゃない、と言う少女は確かに理由があれば人を殴ることくらいやってのける人間だ。当のエレンが経験しているのだから間違いはない。だが、エレンが言いたいのは彼女がそういうことをしない性格だから、ということではない。

「そういうんじゃなくてだな、お前がユミルを殴る理由が見当たらねぇってことだ」

 以前、ヒストリアはユミルを助けるというのはもう違う気がすると言っていた。自分が何をどうしたいのか判らないと。ユミルはユミル自身でライナー達と共に行くことを選んだ。そうするのが彼女自身の意志であり、彼女が望んだ結果だと。
 おそらくはユミルの選択には少なからずヒストリアへの想いがこめられている。ライナー達とどんなやり取りが――もしくは取引があったのか判らないが、ライナーは彼女がヒストリアを守りたいのだろうと指摘していたし、彼女と離れてまで選択した道には絶対に意味があるはずだ。それでなくても、ユミルのヒストリアへの関心は訓練兵時代から凄かったと思う。鈍感とか、人の感情の機微に疎いと言われるエレンでさえ、ユミルがヒストリアを特別に想っていることが判ったくらいなのだから。
 だから、そんな相手を引っ叩きたいというヒストリアの心情は判らなかった。心配の余り怒る、という感情に近いものなのだろうか。

「だって、ユミルは私を引っ叩いたんだもの。引っ叩き返したって罰は当たらないでしょ?」
「引っ叩いたって……ユミルがお前をか?」

 そんな場面は目撃したことはなかったが、知らないうちに取っ組み合いの喧嘩でもしていたのだろうか。だが、彼女の言う通りに優等生の『クリスタ』ならそもそもそんな喧嘩などしないだろう。ヒストリアはユミルと別れる直前まで『クリスタ』だったのだ。そんな喧嘩をする時間があったとは思えないし――一方的に彼女を引っ叩くユミルというのも想像出来ない。

「そう、ユミルは私を引っ叩いたの――言葉で。だから、私は『クリスタ』から『ヒストリア』になった」

 そう言ってからヒストリアは軽く首を振った。

「ううん、違うわね。私はもう『クリスタ』じゃいられなくなった。ユミルに出逢わなかったら私は今でも『クリスタ』だったかもしれない」

 クリスタはヒストリアが作り上げた優等生だ。周りの人のことを気にかけ、誰にでも優しくて、常に誰かのために何かしようとする。周りにいい子だと褒められることばかりに執着してそこに自分の意志はない。
 人のために行動し、人を助け、優しい言葉を投げかける――それは決して悪いことではない。だが、そこに意志がなかったら――周りに良く思われたいだけのからっぽの自分しかないとしたら、どうだろうか。よく思われたいから助けるのではなく、助けたいから助けるのだ。そうでなければならない。
 無論、慈善活動を行っている人の中には周りへの印象を良くしておきたい、という心がある人もいるだろう。それは否定しない。人から悪く思われるよりは良い人だと思われたいのが一般的な考えだ。実際に人から嫌われているよりは好かれている方が生きやすいだろう。
 けれど、ヒストリアは誰からも好かれる優等生の『クリスタ』を演じて生きるよりも、自分の意志で好きなように生きる劣等生の『ヒストリア』を選んだのだ。そして、それを選ばせたのはユミルだ。
 選んだのは自分自身なのだから、それを選ばせたとユミルを詰る気はない。『クリスタ』として生きることも出来たのに、結局はヒストリアになったのだから。だが―――。

「周りの思惑なんか関係なく自分のために生きようって私に選ばせて、なのに、ユミルはきっと私を守るために生きることを選んだ」

 それは以前にも言った通りに彼女の意志だ。ユミルがした選択を自分がどうこう出来るものではないだろう。

「でも、私はユミルに守られたかったわけじゃない。一緒に生きたかったの。ユミルがどう生きようがそれはユミルの自由だけど、それなら私がどう生きようが私の自由だ」

 だから、引っ叩くの、とヒストリアは笑った。

「本当の名前で胸張って生きろって言ったのはユミルなんだから、私もふざけんな、守ってもらう程私は弱くない、自分のために生きなさいよって、言ってやるの」

 ユミルがどうしてヒストリアにこだわったのか、守ろうとしてくれたのか、ヒストリアには本当のところは判らない。ただ、ユミルがどう思っていようと、ヒストリアにとって彼女は大切な人なのだ。

「……お前の決意は判ったけど、何で、そんな話したんだ?」

 ライナー達と共に去ったユミルの生死は不明だ。彼らの言う故郷の仲間に食われている可能性も否定は出来ない。が、何らかの取引を申し出て生きていることも考えられる――ユミルの素性がはっきりしていない以上、推測するのは難しいが、その生死は五分五分といったところだろうか。
 この先、ライナー達とは必ず戦うことになる訳で、その際に会ったら彼女に伝言して欲しいとでもヒストリアは頼みたいのだろうか。

「何となくだけど、今のエレンはちょっと昔の私に――『クリスタ』に似た感じを受けたから」

 予想外の言葉を言われて、エレンはまじまじとヒストリアを見つめてしまった。

「全然、似てねぇと思うけど。オレ、未だに喧嘩するし、優等生じゃねぇし」
「そういうとこじゃなくて――エレン、巨人を駆逐したいのは何故? シガンシナに向かうのは何故? 人類のため? 死んでいった人のため? 人類の希望の役目を果たさないといけないと思っているから?」
「――――」
「エレンの中でも答えは出てないのかもしれないし、それでいいと思ってる。ユミルにも言ったんだけど――エレン、人のためじゃなくて自分のために生きよう」

 それから、私が言われて嬉しかったことを言うね、とヒストリアは笑った。

「エレンはバカ正直な普通のヤツだよ。それだけでいいと思う」

 そう言われて、顔を歪めたエレンにヒストリアはやっぱりエレンって泣き虫だよね、と続けた。

「……泣いてねぇだろ」
「うん、今はね」
「……お前の前では今後絶対に泣かねぇ」
「そう」
「絶対に絶対だ」
「うん」

 そんな会話を繰り広げる二人の後ろからミカサが不機嫌そうに姿を現すのはそれから数十秒後の話―――。



 2016.9.26uo



 ヒストリアとエレンの話。シガンシナ区を目指す前くらいを想定してます。カプにしようとは思わないんですが、この二人の組み合わせは結構好きです。





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