拍手文集3



 ※拍手で回っていた小話のまとめです。



12・※現代パラレルリヴァエレ。社会人×高校生。


 父親のグリシャから会って欲しい女性がいるのだと、真剣な表情で言われエレンはああ、やっとかと笑って頷いた。

「そうか。やっとプロポーズしたんだ。で、オーケーはもらえたのかよ?」
「……お前は嫌ではないのか?」
「全然! オレ、もうそんな子供じゃないんだからさ」

 エレンはこの春高校三年生になったばかりなのでまだ大人とは言えないが、もう駄々をこねるような子供ではない。父親が女性と付き合っていることは知っていたし、エレンが十歳のときに母が他界してからずっと独り身だった父にようやく春が来たのならそれでいいと思う。母が亡くなって間もない頃なら反対したかもしれないが、もういいだろうと。
 父親の話によると、相手にはこの春社会人になったばかりの息子が一人いるらしい。女性は結婚を迷っていたようだが、息子も独り立ちして区切りがつき、先方の息子からの勧めもあってプロポーズを受けてくれたのだそうだ。中々の美人で聡明で優しい女性だと話す父にのろけかよ、とエレンは笑った。そして、まずは顔合わせということで、次の休みの日にホテルのレストランで一緒に食事をしようという話になったのだった。


 案内されたレストランで父の付き合っている女性とその息子を前にエレンは固まっていた。

(……マジかよ!?)

 何であんたがここにいるんだよ、と叫び出したくなるのをエレンは必死で抑えていた。ここで叫びでもしたら総てが台無しになる。

「息子のエレンです」
「エレンです、はじめまして……」
「はじめまして、エレン君。こっちは私の息子のリヴァイよ。よろしくね」
「――リヴァイです。よろしく、エレン君」

 にやりと笑う男を殴り飛ばしてやりたくなったエレンだが、何とか抑え、促されるまま席に着いてお互いの親睦と紹介を兼ねた食事会が始まったのだ。
 相手の女性は父親がのろけるのも頷ける程綺麗な人で、年齢よりも遥かに若く見えた。大学を卒業した息子がいるとは思えないくらいで、明るく人柄も良さそうであったが、エレンは自分の義母になるかもしれない女性よりもその隣に座っている男の方が気になっていた。彼女の息子――リヴァイは涼しげな顔で食事を口に運び、たまに振られる父からの質問にそつなく答えている。

「エレン君は今、高校三年生なのよね。そういえば、リヴァイも同じ学校だったのよ。もう少し年が近かったら知り合えていたのかもしれないのに、残念だわ」
「リヴァイ君は今年社会人になったばかりだから……エレンが中一のときに高三の計算かな。中学と高校じゃ校舎も違うし会う機会もなかっただろうね」

 いや、ばっちり会っています、あれは――自分の最大の黒歴史です、とはエレンは和やかな食事の席で言えるはずもなかった。



 エレンの通う学校は中高一貫教育のわりと知られた学校である。幼馴染みのアルミンとともに入学したエレンが、平和な学校生活を送るのだろうと思った中学一年生の春、思いがけないことが起こった。何と、アルミンが生徒会の書記に選ばれたのだ。エレンの学校の生徒会制度は少し変わっていて、普通は生徒会長、副会長、書記など、それぞれに立候補が出るのだろうが、この学校では立候補出来るのは生徒会長だけで、生徒の投票によって生徒会長に選ばれた生徒が他の役員を指名するという仕組みだった。
 勿論、指名された生徒は断ることも出来たが、アルミンは自分にも出来ることがあるならやってみたいと言い出して生徒会入りを承諾してしまった。エレンは忙しそうに仕事に追われる親友が心配になり、生徒会とその顧問に自分にも仕事を手伝わせてくれと直談判をし、生徒会の補佐をする権利を勝ち取ったのだった。後にわざわざこき使われにくるなんてお前バカだろ、と笑われたが、そんなことは承知の上だった。


 ――その男に会ったのは生徒会の仕事にも慣れた頃、高等部との合同の交流会イベントが企画されたときだ。エレンはその日担任に呼ばれて話をしたため、約束の時間ギリギリに生徒会室に駆け込んだのだ。ドアを開け、最初に目に飛び込んできたのは高等部の制服を着た見知らぬ男。

「遅い。約束の時間の十分前には着いているのが常識だ」

 不機嫌そうに眉間に皺を寄せた目つきの悪い男は、それから生徒会室を見回して命令を下した。

「汚ぇ。まずはこの部屋の掃除からだ」

 男の名はリヴァイ、高等部の生徒会長だった。


 その日から合同での業務が始まったのだが、どういうわけかリヴァイはエレンをよくこき使った。

「書類、出来ました、リヴァイ先輩」

 渡された書類を見て、男は眉を顰めた。

「オイ、一年、お前、字が汚すぎる。もっと上手く書けるようになれ」

 それは確かに事実であったが、指摘されればむっとくるのがこの年頃の少年なわけで。

「今はパソコンで書類を作成する時代ですから、字の汚さなんて関係ないですよ」
「サインは手書きだろう。簡単な指示や電話で受けた伝言、メモ書きは全部手書きでする。意外に字を書く場面はあるものだ。字の汚さで品性を問われることもある。上手くなっておくにこしたことはない」
「…………」

 正論を言われ、詰まった少年に男は笑った。

「返事は? 一年」
「一年じゃありません、エレン・イェーガーです!」

 大きな金色の瞳で挑むように言われたリヴァイは目を瞬かせた後、面白そうに笑った。

「そうか。で、返事は? エレン」
「判りました。以後、気を付けます! リヴァイ先輩」

 嫌な先輩――それが初めての印象だった。
 それがいつから変わったのか、エレンにも判らない。
 生徒ほぼ全員からの投票を集め生徒会長に選ばれたという話に相応しく有能で、こちらに出す指示は迅速且つ正確、横暴かと思えばそうではなく人の意見を聞き入れる度量もあり、意外に後輩想いなのも知った。
 嫌な先輩が頼れる先輩に、頼れる先輩に寄せる思慕が恋情に変わっていくのにそんなに時間はかからなかったと思う。
 エレンは悩んだ――だが、この交流会が終わったらリヴァイと会うことはなくなってしまう。それにリヴァイは高校三年生だ。来年には卒業し、大学生になったらもっと遠い存在になってしまう。だから、エレンは一世一代の決意をして彼に告白をすることにしたのだ。笑われてもいい、ふられようがどうなろうが、この気持ちだけは伝えておきたかった。

「エレン、それは気の迷いだ」
「は?」
「思春期にはよくあることだ。同性への憧れを恋愛感情だと勘違いすることは」

 だが、男はエレンの決死の告白をあっさりと気の迷いだと言い切ったのだ。

「違います、オレは本気でリヴァイ先輩が好きなんです!」
「では、訊くが、お前、俺とキスは出来るのか? セックスはしたいと思うのか? 突っ込まれて平気だと言えるのか?」
「――――!?」

 思いも寄らぬことを言われてぽかんと口を開けるしかない少年に男はきっぱりと告げた。

「お前はガキだ。俺はガキと付き合う気はない」

 そう言って去っていく男を少年はただ茫然と見送るしかなかった。



(あれは黒歴史だった)

 ちょっとトイレ、と言って席を外したエレンは洗面所で手を洗いながら溜息を吐いた。まさか、こんな形であの男と再会するなんて思っていなかった。視線を手元に落とし、再び顔を上げた少年は鏡に映った姿にぎょっとして振り返った。
 そこには席に残っていたはずのリヴァイの姿があった。

「久し振りだな、エレン」
「……お久し振りです、リヴァイ先輩」

 エレンは引きつった笑みを浮かべてリヴァイにそう返した。

「先輩も用足しですか?」
「イヤ――卒業式の借りを返しに来た」

 卒業式と言われてエレンはぎょっとした。思い当たることなら――勿論あった。


 リヴァイの高校の卒業式の日――エレンは学校をさぼってリヴァイの高校付近で彼を待ち伏せていた。

「リヴァイ先輩、ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう、と言っておく。が、エレン、お前学校はどうした? さぼったのか?」
「リヴァイ先輩」

 エレンは辺りに人気がないのを確かめて、リヴァイに近付くとその不意をつくかのようにして引き寄せ、がつん、と音がしそうなくらいの勢いでその唇に自分のそれをぶつけた。

「――――」
「オレは、自分の感情を間違えるほど子供じゃありません!」

 泣きそうになるのを堪えながら、エレンは高らかに宣言した。

「オレは絶対に将来先輩よりカッコよくなって、可愛い女の子にもてまくって、幸せになりますから! それで、あのとき気の迷いで付き合わなくって良かったって笑ってやりますから!」

 そう言って素早くぶちりと何かを引き千切るとエレンは猛ダッシュでその場を逃げ出した。

(気の迷いだって?)

 笑わせる、とエレンは思った。気の迷いで男に告白出来る程自分はバカではないのだ。

(イヤ、バカなのは事実か)

 そう自嘲して掌を広げ、引き千切った男の制服の第二ボタンを眺め、エレンは堪えていた涙をぼろぼろと零した。



「――あれは時効ということになりませんか?」
「ならないな。知っているか? 殺人罪にだって時効はなくなったんだぞ?」
「それは知ってますけど……」
「お返しだ」

 ぐいっと引き寄せられて殴られるのかと咄嗟に目をつぶった少年にもたらされたのは拳ではなく、唇で。

「……んん…っ」

 口内で暴れ回る舌に翻弄されて、縋り付いた少年の身体を壁に押しつけて男はその唇を貪る。
 酸欠で少年の意識が朦朧としてきた頃、男は唇を離した。

「女の子にもてまくってやるって言っていたわりには慣れてないな」

 男の囁きに我に返った少年は真っ赤な顔で男を睨んだ。

「――悪かったな! もてるどころか、女とまともに付き合ったこともねぇよ! すぐふられるんだから、仕方ねぇだろ!」
「そうか。長続きしないのは努力が足りないからじゃないか?」
「違う! オレが忘れられないか――」

 言いかけてはっとなった少年は口をつぐんだ。だが、男は追及の言葉をやめない。

「ほう。何を忘れられないんだ?」
「…………」
「言わないともう一度キスするぞ?」
「―――仕方ないだろ! こっちは初恋だったんだからな! あんたには気の迷いでもこっちは本気だったんだよ!」
「そうか、なら、良かった」

 そう言って瞼や頬に口づけを落とす男に少年は固まった。

「えーと、リヴァイ先輩?」

 予想外の行動に思わず敬語に戻った少年はわけが判らないといった困惑顔で男を見詰めた。

「何してるんですか?」
「キスだが」
「何でですか?」
「お前がまだ俺を好きなのが判ったからな」
「――同情、ですか」
「違う。俺もお前に惚れてるからな」
「…………………………は?」

 ぽかんとした顔で固まる少年に男は笑った。



 だって、お前はあのときガキだっただろう、と男は言った。

「本気で俺のことが好きか判らなかったし、本気だったとしてもガキの想いなんてすぐに冷めるものだ。だったら、付き合わない方がお互いのためだろうが。それに、お前に言った通りに付き合うなら身体もつなげたいっていうのが本心だったからな」

 さすがに中学生に手を出すのはまずいだろうが、と言う男にエレンは返す言葉がなかった。

「あの、それより、リヴァイ先輩、本気で一緒に住むんですか?」
「ああ。新婚気分を味わせてやりたいだろう?」
「それはそうですけど……」

 あれから二人の親の結婚話はとんとん拍子に進み、リヴァイは折角だから新婚気分を味わうといいと言って、母親をエレンの父親のところへ住まわせ、エレンを自分のところへ住まわせるという提案をしたのだ。トレードの利点としてはエレンの通う学校はエレン宅よりリヴァイ宅からの方が遥かに近かったことと、成績優秀だったリヴァイが時間の合間を見て勉強を見てやれることなどが挙げられた。二人には遠慮と戸惑いがあったが、結局はリヴァイに説得されてその提案を受け入れたのだった。

「それに俺達も新婚みたいなもんだろう」
「――――」
「違うのか?」
「……違わないですけど」

 真っ赤になった少年が、そうだ、これ、とリヴァイに手を差し出してきたので男はそこに視線を走らせて眼を瞠った。
 少年の掌にあったのはあの日、引き千切られた制服のボタン。

「勝手に取っちゃってすみませんでした。お返しします――今更ですけど、時効はないんでしょう?」

 そう言う少年に男はくつくつと笑った。

「リヴァイ先輩?」
「イヤ――お前は本当に一途だったんだと思ってな」

 こんなボタン、捨ててしまっているのかと思っていた。自分で言うのもなんだが、わりと酷いふり方をしたと思っている。その方が少年にも自分にもいいと思ったからだが、そんな酷い男のものを彼はそれでも捨てられなかったらしい。
 笑い続ける男に少年は機嫌を損ねたのかぷいと顔を背けたので、リヴァイは隙あり、とばかりにその頬に口づけを落としたのだった。



 2014.1.16up



 思いついたので書いておこう作品。またしても王道BLっぽい設定の話に。リヴァイが表情豊かで偽者臭いですが、見逃してください……(汗)。





13・※原作設定ギャグ。


 午前中の訓練が終わり、休憩をとっていたエレンがふと、何かを見つけたように駆けて行ったので、その場に一緒にいたペトラは彼の後を追った。少年とは巨人化実験の失敗の後、打ち解けて話せるようになったが、彼を一人で出歩かせるわけにはいかないのだ。上官か、彼がいない場合は班員の誰かが彼を監視していなければならない――それは、彼を信頼していないということではなく、憲兵団あたりから余計な横槍を入れられないための処置である。

「エレン、どうしたの?」

 追いついたペトラがそう訊ねると、少年は大きな目を輝かせてこれです、と目の前に生えている草を指差した。

「その草がどうかしたの?」
「これ、食べられる野草なんですよ!」
「え? これが?」

 ペトラにはただの草にしか見えないが、エレンは開拓地にいた頃はよく摘んできて食べました、と続けた。

「開拓地では物資が不足しがちでしたので、食べられるものは何でも食べましたよ。野草とか茸とか色々と詳しくなりました」
「…………」

 エレンの言葉にペトラはこの少年は――いや、少年だけではなくシガンシナ区から逃れてきた住民は随分と苦労したのだろうと、胸を痛めた。そのペトラの眼差しには気付かず、エレンはそうだ、この野草を使ってスープを作りますね、と笑った。何でもこれを入れると風味が良くなるのだという。

「これ厨房に持って行って、作りますね! 楽しみにしていてください!」

 そう言って笑う少年にペトラは頷いたのだった。


 その日の業務を終え、ペトラが施設内を歩いていると、きょろきょろと辺りを見回している少年が目に映った。どこかで見た覚えがあるような――そう思っていると、相手もこちらに気付いたのか、駆け寄ってきた。

「あの、リヴァイ班の方ですよね? エレン、どこにいるか知りませんか?」

 そう言われ、目の前の少年が今期入団してきた新兵の一人で、エレンの幼馴染みだということをペトラは思い出した。何でも幼馴染みの少女と三人で一緒に夕食をとれないか誘いに来たらしい。ミカサが会いたがっているし、僕も心配なので、と続ける少年に、彼にも息抜きは必要だろうと思ったペトラはエレンの居場所を告げた。

「エレンなら、今、厨房にいると思うけど……」

 ペトラの話を聞いてアルミンの顔色が変わった。

「あの、まさか、それって、エレンが料理を作っているとか言うんじゃないですよね?」
「いえ、昼間見つけた野草を使ってスープを作るとか言っていたけど……」
「!? 大変だ! 止めないと、悲惨なことになります!」
「どういうこと?」

 ペトラの問いにアルミンは幼馴染みの作ったものは魔界の食べ物になるんです、と答えた。およそ、人間の食べられるものではない――動物すら避けて通るものになるのだという。全部食べられる材料、調味料を使っているのに何故あんな物体が出来るのか未だに謎です、と少年は話した。

「でも、訓練兵時代に食事当番は回ってきていたでしょう? どうしていたの?」
「エレンには野菜の皮むきと食器洗いしかさせないというのが暗黙のうちの了解でした。いいですか、あのサシャですらエレンの料理は食べなかったんですよ!」

 ペトラにはあのサシャというのが誰なのか判らなかったが、少年の様子がただならなかったので、二人で急いで食堂になっている場所に向かった。だが。
 すでに事件はそこで起こってしまっていた。


「……………」

 足を踏み入れたそこでは、エルド、グンタ、オルオが屍となって倒れていた。ハンジは口元を押さえながら「これは巨人化の影響? ここまでの味覚破壊は巨人にはやはり味覚がないことの証明か……実験してみたい…ぐふっ!」と言って倒れた。モブリットが駆け寄ってだからやめた方がいいって言ったでしょう、生き急ぎ過ぎです、分隊長と声をかけている。

「……遅かったか……」

 アルミンが深い溜息を吐き、茫然と周りを眺めていたペトラはテーブルの一角に異様な光景があるのに気付いた。
 そこに座っていたのは自分の上官であるリヴァイと黒髪の少女――どうやら彼女がエレンの幼馴染みという少女らしく、彼女は自力でエレンを見つけ出していたようだ。その二人の前には異臭を放つどろどろとした液体の入った皿が置かれていた。物凄い色のそれはいったい何なのか――ひょっとして、いや、しなくてもこれがエレンが作ったスープなのだろうか。およそ人間の食べるものとは思えないそれに幼馴染みの少年の言った言葉が誇張でも何でもなかったと知ったペトラである。
 少女は男に向かって挑戦的な笑みを浮かべると、平然とした顔でスープを口に運び、飲み干した。

「私はエレンのためなら何だって出来る……!」

 勝ち誇った顔の少女に、リヴァイは眉を寄せ、皿に手を伸ばした。

「兵長、ダメです!」
「危険です!」
「それから離れてください、兵長!」

 何とか復活した班員達が声をかけるが、リヴァイはそれを聞かずにスープを飲み干した。
 飲み切った男は平然とした顔をしているが、冷や汗なのかこめかみから汗が流れ落ちている。
 それを見た少女は皿を持って近くにいた少年に声をかけた。

「エレン、おかわり」
「ああ、いっぱいあるから、よそってくるな」

 皿を受け取った少年が鍋からスープをよそるのを横眼で見ながら、少女はまた挑戦的な視線を男に向けた。
 それを受けた男も皿をエレンに渡す。

「エレン、おかわりだ」
「兵長!?」
「やめてください、兵長!」
「これ以上は危険です! 兵長!」

 が、班員達の声は届かず、リヴァイの前にもスープの皿が置かれたのだった。
 そして、男と少女はお互いに冷や汗をかきながら、スープを口に運び続けた。


「……明日の訓練はきっと無理ですね」
「……そうね」

 ペトラとアルミンは遠い目をしながらそう呟きあい、医療室のベッドに空きがあるか確認しに走ったのだった。



 2014.1.19up



 思いついたから書いておこう作品。次の日、エレンのスープを飲んだ人達は全員ベッドの住人になりました。原作エレンが料理得意か判りませんが、その辺はスルーでお願いします。





14・※現代パラレルギャグ。


 朝、学校に行こうと玄関を出たエレンは、そこに待ち受けていたかのように立つ見知った同級生の少女の姿を認め、両の眼を見開いた。

「ミカサ、お前どうしたんだよ、こんなところで?」
「エレン……」

 ミカサと呼ばれた少女は真剣な顔でエレンに近付き、その肩をがしっと掴むと、お願いがあるの、と言葉を続けた。

「今日は家から出ないで。一歩もこの家から出ずにこもっていて」
「はあ?」
「本当は今日と言わず一週間くらいはこもっていて欲しいけど……それは無理だろうから、今日一日でいい。私が始末をつけるまで家から出ないで」
「イヤ、意味が判らねぇんだが……何言ってんだ、お前」
「エレン、お願い」

 全くもって意味が判らないが、どうやらミカサは真剣らしい。いったい、彼女の身に何があったというのか、とエレンは内心で首を傾げた。

(まあ、こいつが過保護なのは前からだけど。突然何言い出してんだ)

 ミカサとは小学校からの付き合いである。この地に父親の仕事の都合で引っ越してきたエレンの同級生が彼女だった――知り合ったきっかけは転入先で仲良くなった親友と呼べる男子生徒の親戚が彼女だったからなのだが。確か、学校で体調を崩した彼女にいち早く気付いたエレンが世話を色々としてから親しく話すようになったのだと記憶している。どうやら助けられたことに恩義を感じたらしいのだが――少々構いすぎだとエレンは思っている。
 ミカサは昔は身体がそれ程丈夫ではなかったのに、「今度はエレンを私が助けるから」と宣言して身体を鍛え、今では腹筋まで割れているとの噂だ。

「どんな理由があるのか知らねぇが、オレは学校に行くからな」
「エレン、お願い。今日は出かけないでじっとしていて」
「あれ? ミカサ、どうしたの?」

 言い合う二人にそう声がかけられ、揃って視線を向けた先には二人の知る少年が立っていた。

「アルミン」
「あんまりゆっくりしてると、遅刻するよ、エレン。ミカサはどうしてここへ? 学校に行くには遠回りだよね?」
「そうだ、急がねぇと。皆勤逃すからな」
「エレン、行くのはやめて」
「エレン、皆勤狙ってたんだ……えーと、取りあえず、行きながら事情説明しなよ、ミカサ。エレンが自分の意志を曲げないのは判ってるだろ?」
「…………」

 渋々と言った感じでミカサは頷き、訳が判らないながらもともかく三人は自分達が通う高校へと向かったのだった。


 ――ミカサから詳しい事情を聞けたのは昼休みになってからだった。朝は時間がなかったので何故彼女があんなことを言い出したのか訊ねることが出来なかったのだ。

「今日、クソチビが帰ってくる」
「はあ?」
「ああ、今日なんだ。出迎えに行くの?」
「行かない。どうせ、勝手に帰ってくる」

 憮然とした表情のミカサと納得顔のアルミンに、エレンは訳が判らずに戸惑った視線を向けた。
 エレンの当惑に気付いたのか、アルミンはミカサのお兄さんの話だよ、とエレンに告げた。

「ミカサに兄貴なんていたのか?」
「うん。僕達とは年齢が一回りは離れていて、確か大学の頃から一人暮らしをしてたからエレンは会ったことないと思うけど」

 まあ、僕も親戚が集まった時に挨拶くらいしかしたことないけど、とアルミンは続けた。

「ああ、お前ら親戚だもんな」

 エレンがこの地に引っ越してきてから仲良くなり、親友と呼べる関係を築いた同級生こそがこのアルミンだった。エレンがこの地に引っ越してきたときには、ミカサの兄という人物はもう実家から離れていたので顔を合わす機会がなかったらしい。まあ、盆や正月には帰省していたのかもしれないが、親戚でもないエレンと会うことはなかった。ミカサの話によると海外勤務だったのが本日帰国して実家に戻ってくるのだそうだ。

「ミカサに兄貴がいてそれが今日帰ってくるのは判ったが、それが何でオレに家にこもってろという話になるんだ?」
「………エレンとは会わせたくない」
「は? 何でだよ?」

 別に自ら進んでミカサの兄に会いに行きたいとは思わないが、会わせたくないとは何事なのだろうか。

「オレ、お前の兄貴に喧嘩売ったりしねぇぞ。というか、お前、ブラコンだったのか?」

 会わせたくないという理由がそれくらいしか思い浮かばず、そう口にしたエレンだったが、ミカサはそれを聞いてこめかみに青筋を立てた。

「それは、決して、絶対に、死んでも有り得ない」

 低い声で否定するミカサの迫力に聞いていた二人はこの言葉は絶対に言わないようにしようと心に誓った。

「とにかく、学校に来てしまったのは仕方がない。だから、今日は真っ直ぐに家に帰って出かけないようにして。……私が今日中に始末をつけるから」

 始末ってなんだ、と突っ込みたい二人だったが、私が然るべき処置をとブツブツ呟くミカサには何を言っても無駄だと悟り、スルーすることに決めたのだった。


 ミカサに何度も念を押されたからというわけではないが、特に用もなかったので、エレンはそのまま真っ直ぐ家に帰ることにした。アルミンも特に用事がないとのことだったので、家が近所の二人は一緒に帰宅することにし、ともに通学路を歩いていた。

「なあ、アルミン、ミカサの兄貴ってどんな奴なんだ?」
「どんなって言われても……僕も親戚の集まりくらいでしか顔を合わせたことないし、年が離れてるから一緒に遊ぶこともなかったから、よくは知らないんだ」
「ミカサに似てるのか?」
「外見は余り似てないかな。小柄なんだけど……迫力があるというか、近寄りがたい雰囲気があるというか」

 エレンはふーんという軽い返事をした。訊いてはみたものの、それ程興味があるわけでもなかった。エレンは一人っ子なので兄弟というものがどんな感じなのか今一つ判らない。いたらそれなりに楽しいのではないか、と思うのだがミカサの様子はそんな感じではなかった。

「――オイ、お前、もしかしてアルミン・アルレルトか?」

 不意にかけられた声につられるように視線を走らせると、そこには目つきの悪い男性が立っていた。思わずその道の人かと思ってしまう迫力のある人物だが、本当にそういった稼業の人間ではないだろう、とエレンは思った。そういった人物とアルミンが知り合いとは思えないし、纏う空気が違っていた。

「久し振りだな。元気だったか?」
「あ……えーと、リヴァイさんですか? お久し振りです」

 声をかけられ挨拶を返したアルミンだったが、どうも様子がおかしい。しまった、というか困ったな、と思っているのが長い付き合いの自分には判った。
 ふと、男の視線がこちらを向いて、エレンは咄嗟に会釈をしていた。その間食い入るように男はこちらを見ている。

「こいつは?」
「あー、同じ学校の友達です。……エレン、この人はミカサのお兄さんのリヴァイさん」

 アルミンの説明を聞いてエレンは何故アルミンが困っていたのかが判った。ミカサが会わせたくないと言っていた相手にまさかこんな道端で遭遇するとは思っていなかった。まあ、ミカサの家は同じ学区内だからそう遠い場所にあるわけではないし、その可能性は十分にあったわけだが、まさか帰国した当日に遭遇しなくてもいいだろう、と思う。

「はじめまして。エレン・イェーガーです」
「俺はリヴァイだ。……エレン・イェーガー」

 そう言って、男はエレンの肩をがっしと掴んだ。初対面の男からされたデジャヴを感じる行為に戸惑っていると、相手はきっぱりとエレンに告げた。

「俺と結婚を前提にしたお付き合いをしてくれ。というか、結婚しろ」
「はぁあああああああ!?」

 エレンは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。何がどうなってそんな話になったのか判らない。

「イヤ、何言っちゃってんですか、正気ですか?」
「勿論、正気だが?」
「いやいやいやいや、何がどうしてそうなったんですか!」
「そんなのは一目惚れに決まっている」

 一目惚れで即結婚ってどうなんだよ、というか、オレまだ結婚できる年齢じゃないし、第一男同士で結婚出来ないだろ、とか言いたいことは山とあったが、余りの出来事に声が出てこない。もしかして新手のドッキリか、と思わず現実逃避しかけたエレンの意識を鋭い声が引き戻した。

「エレン!」

 呼びかけられた自分の名前に、そちらに視線を向けると、物凄いスピードでこちらへと走ってくる少女の姿があった。

「エレン、大丈夫? 何かされてない? 肉体的、精神的苦痛を受けてない? ああ、やっぱり私が家まで送れば良かった」
「ミカサ」

 どうやら心配になったミカサは自分達の後を追いかけて来たらしい。二人の間に割り込むようにして男を睨みつける。

「エレンはあなたには渡さない」
「ミカサ、こいつは俺がもらう」
「エレンは私と家族になるの。そう決まっている」
「決めるのはお前じゃないだろう」

 いや、あんたでもないから、というツッコミは出来なかった。睨み合う二人の間に口を挟む隙などない。
 ふう、とミカサは溜息を吐いた。

「……昔からこのクソチビとは好きなものがかぶった。エレンと会わせたらどうなるか判っていたから会わせたくなかったのに……」

 そう言ってミカサはエレンに向き直った。

「エレン。エレンはどっちを選ぶの?」
「は?」
「俺だよな?」
「クソチビなんて有り得ない」
「お前はまだ結婚できないだろうが」
「エレンだって同い年。それに、この国では同性同士の結婚は出来ない」
「海外に行きゃいいだろ」

 言い合う二人に何で二択なんだ、そもそも結婚する気なんてねぇぞ、と突っ込みたいがやはり口を挟む隙を与えてくれない。

「エレンは?」
「ああ、結局、お前はどっちがいいんだ?」

 言い合いが一段落したのか、また向けられた質問にエレンは深い溜息を吐きながらどっちもご免だと言いかけて――ふと視線に入った姿に違う言葉を口にしていた。

「どうせ選ぶならアルミンがいい」
「……………」
「……………」
「………え? 僕?」

 思いも寄らない展開にただ傍観しているしかなかったアルミンは急に水を向けられ、眼を丸くしている。

「ああ。お前となら話も合うし、この二人よりいい」

 エレンの言葉に二人はにっこりと笑った――だが、それは背筋が寒くなるような笑みだった。

「……アルミン・アルレルト、お前とは話し合う必要があるようだな」
「アルミンは友達。……でも、それとこれは別」

 二人から不穏な空気を感じ取ったのか、アルミンはその場で猛ダッシュで駆け出していた。

「僕、急用を思い出したので、これで!」

 親友の後を追う二人を眺めながら、きっと後で盛大に文句を言われるのは間違いないな、とエレンは思った。だが、こうなったら巻き込まれてもらおう、とこの先に起こるだろう騒動を想像してまたしても溜息を吐いたのだった。



 2014.7.26up



 またしても思いついたから書いておこう作品。この三人だったら結城は迷わずアルミンを選びます(笑)。





15・※現代パラレルリヴァエレ。社会人×大学生。


 人間には自分の周囲の環境を認識するための感覚が備わっている。いわゆる五感と呼ばれるもの――視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚がそれにあたるが、リヴァイは中でも嗅覚は非常に大事だと世の中に訴えたいと思っている。匂いで食欲を刺激されるというのはよくある話だし、視覚を塞いでしまえば嗅覚は更に敏感になる。視覚を塞ぎ、チョコレートの匂いを嗅がせながらプレーンのクッキーを食べさせると、人はチョコ味のクッキーだと認識する。匂いは味覚をも誤魔化すことが出来るのだ。それには記憶の認識やら脳の働きなど色々とあるのだろうが、リヴァイが言いたいのは嗅覚というのは生物にとって重要であり無視できるものではない、ということだ。

「うん、それは判るよ。判るんだけどさ、私が今聞きたいのは嗅覚の話じゃなくてね、結局あの子は不採用なのかなんだけど」

 持論を述べる男――リヴァイの目の前に立っていたハンジは深い溜息を吐いた。今は二人が勤務する会社の一室で男に引き合わせた女性社員の評価が聞きたいのであって、彼の持論はどうでもいい――いや、よくないからこうした状況に陥っている訳なのだが。

「却下に決まっている。あんな臭え女、傍に置いておけるか」
「臭いって女性にとって、イヤ、人にとってはNGワードだからね。確かに香水の匂いがキツい子ではあったけどさ、やる気もあるし良さそうな子だったよ」
「あんな女の傍にいたら俺が倒れる」
「……なら、仕方ないか。判ってるんだけどさ、リヴァイ、それ何とかならない?」
「何とか出来るならとっくにしている」
「……だよねー」

 二人は揃って溜息を吐いた。こればかりはどうしようもないのだと二人とも判っている。
 リヴァイは頭もよく、仕事もそつなくこなし、何事にも秀でたハイスペックな男なのだが、たった一つどうしようもない弱点があった。それが嗅覚である。臭いに鈍感なのではない――その逆で、敏感すぎるのだ。男は誰にも嗅ぎ取れない僅かな香りを識別出来るという、調香師顔負けの鼻を持っているのだ。
 それだけなら一つの特技として有効な使い道もあっただろうが、リヴァイの場合、敏感すぎる嗅覚が徒となって日常生活に支障をきたしていた。彼は非常に匂いの好き嫌いの激しい男だったのである。
 まず、密室で嫌いな匂いの人間とは長時間一緒にいられない。なので、満員電車には絶対に乗れない。学生の頃は特に大変であったが、嫌いな匂いのものには近付かないようにし、休み時間ごとに外の空気を吸うことで我慢していた。が、社会人となるともなるとそうもいってられない事態に陥ることが多くなっていった。
 リヴァイが自分の能力を発揮し、早々と重役の地位に着いたのは他人とデスクを並べて長時間仕事をすることが絶対に御免だったからだ。不特定多数の人間と接する営業職や接客業もとんでもないし、人と接する時間は限りなく少なくするのが理想だった。
 が、上に立ったら立ったらで問題はあるわけで。

「でも、秘書は必要でしょ? 本当、ペトラが抜けたのは痛いよね」
「言ってみてもどうにもならねぇだろ。何せ産休だからな」

 リヴァイを不快にさせない珍しい女性だった秘書のペトラ――だからこそ男の秘書に抜擢されたのだが――は産休に入ってしまったため、しばらくの間は仕事が出来ない。その間、リヴァイのサポートしてくれる秘書を探しているのだが、どの候補もリヴァイのお眼鏡には適わなかった。勿論、能力的には問題ない人物を厳選しての対面だったのだが、リヴァイには能力よりも匂いが最優先事項なのだ。

「いっそ、お前が俺の秘書をやれ」
「えー、嫌だよ。私は研究開発一筋なんだからさ。それに、リヴァイの世話なんかしたら胃に穴が開きそうだし」
「オイ、それ、どういう意味だ……?」

 リヴァイがこめかみを引き攣らせてデコピンを投下すると、ハンジは額を押さえて呻いた。同期であるハンジは化粧っ気がなく香水なども当然つけておらず、これまたリヴァイが匂いが気にならない珍しい存在である。だが、本人は研究命の変人で秘書になる気など更々ないようだ。

「女性社員が駄目なら男性社員をあたる?」
「整髪剤と脂と加齢臭の三重苦は御免だ」
「イヤ、それ、偏見だからね? 爽やかな香りの好青年の社員だってたくさんいるからね?」

 やれやれと肩を竦めたハンジは仕方ないから匂いの少ない人をしばらくはローテーションで使うしかないか、と呟いた。

「というか、私、人事部でもないのに、何でこんな苦労を……」
「諦めろ。嫌なら毎日髪をセットしてヘアスプレーかけてばっちりメイクしてお気に入りのトワレをつけるんだな」
「嫌だよ、面倒くさい。そんな暇あったら泊まり込みで研究するから」

 リヴァイが長時間いても苦にならない珍しい存在だから駆り出されていることは判っていても、そのために自分を変えるのはまっぴらごめんなハンジはそう即答した。

「まあ、腐れ縁だと思って諦めるよ。それより、来週の記念イベントには出席してよ?」
「面倒臭え。エルヴィンだけでいいだろうが」

 リヴァイは記念イベントとかレセプションとかパーティなど、とにかくイベントと呼ばれるものにはまるで出たがらない。多くの人間が出席するその会場には人の臭いが混ざり合って充満し、とてもじゃないが長居していられない不快感がずっと付きまとうからだ。例えて言うなら煙草が嫌いな人間がずっと鼻先に煙草の煙を吹きかけられているような状態だろうか。リヴァイにとっては苦痛でしかない。

「勿論、社長も出席するけどさ、リヴァイにも出てもらわないと困るんだよ。目立つことは社長に任せて、後は頃合い見て退出してもらって構わないから」
「チッ、役に立たねえな……エルヴィンの奴は最近増毛剤使い始めてただでさえ殴りてぇのに。本人は増えたって浮かれてやがるがな」
「え? そうなの? そんなに気にしてたんだ、薄毛」
「ああ、他にも養毛剤とか育毛剤とか色々試してるみてぇだぞ。臭いで判るからな。他にもどんな奴が育毛剤使っているか教えてやろうか?」
「気になる! 気になるけど……人ととしてそれ言っちゃ駄目だから! 皆気にして使ってるんだからね!」
「ああ、ピクシスのじいさんは諦めたみたいだぞ」
「会長は諦めるとかの問題じゃ……って、言わなくていいからね!」

 とにかく、出席は確定だから、と告げるハンジに男は忌々しそうに舌打ちしたのだった。



 イベント当日――やはり、充満する臭いにリヴァイは顰めそうになる眉をどうにかして抑えるのに必死だった。ただえさえ目つきが凶悪だとか言われているのである。一応、社会人として最低限の愛想は振りまかなければならなかった。

(そろそろ、抜けるか……)

 挨拶しなければならないところには顔を見せたし、もういいだろう、と会場から抜けようとしたとき、不意に人とぶつかった。

「あ、す、すみま……申し訳ありません」

 かけられた声に視線を向けると、そこにはまだ若い男が立っていた。おそらくは大学生くらいに見えるが――こんな若者が招待客にいただろうか。リヴァイがそう考えを巡らせている間に、真っ黒な髪と大きな金の瞳の若者からの香りがふわりと鼻に届いた。

「…………っ!?」

 整髪剤や香水とかではなく――本人の体臭とおそらくはボディーソープなどが混じり合ったものなのだろう。その匂いを嗅いだリヴァイは瞬時に相手の手を掴んでその場から足早に歩き出した。

「え? あの、ちょっと、何? オレ、持ち場から離れちゃ――」

 相手の言葉に耳を貸さず、リヴァイは困惑する若者をゆっくり話せる場所へと連れ出したのだった。



「あの、何なんですか? 困るんですけど、本当に」
「安心しろ、バイト代はちゃんと払う」
「イヤ、そういう問題ではなくてですね、仕事はちゃんとしたいんです」

 働かないのに金はもらえないと口を尖らせる相手はどうも真面目な性格なようだ。
 彼の名前はエレン・イェーガー。どうやら、今回のイベントでスタッフとして雇われ、案内係をしていたらしい。現在は大学生で丁度空いていた日に日雇いのアルバイトを入れたのだそうだ。リヴァイが主催者側の重役と知り無下には出来ないが、早く持ち場に戻りたい――そんな様子が見て取れた。
 だが、リヴァイは彼をこのまま帰す気は毛頭なかった。

(初めて嗅いだ……あんな香り)

 自分を不快にさせないばかりか、いつまでも嗅いでいたいような、この上もなく魅惑的な香りだった。心地好く安らぐのにどこか高揚するようでもある。自分の好みにここまで合致した香りを漂わせる人間に出逢ったのは初めてだ。それも香水などの人工的なものではなく、彼独特の香りなのだ。こうして向かい合って腰かけていても引き寄せられるような香りが漂ってくる。

(ここまで好みの香りの相手を手放せるか)

 リヴァイは一人で勝手にそう結論付けると、脈絡のない質問を相手に投げかけた。

「オイ、お前、大学生だったな。就職先はもう決まってるのか?」
「は? いえ、まだですけど。今、三年だからそろそろ考えないととは思ってますが」
「なら、丁度良かった。お前、うちの会社に就職しろ」
「は?」

 リヴァイの言葉にエレンはぽかんとして男を見つめた。意味が判らないという顔をしている――実際に言葉が呑み込めていないのだろう。

「俺の秘書をやってもらう。あ、今から時間がある日にアルバイトをしておくのもいいだろう。即、就職してもらっても構わないが、中退では困るだろうしな」
「イヤ、何言ってくれちゃってるんですか。何でそういうことになるんですか?」
「何だ。うちの会社は不満か? 一応、優良企業だぞ」
「イヤ、そういうことじゃなくてですね! 何でそんな話になるのか判らないんですけど!」
「俺がそうしたいからに決まっているだろう」

 余りの言葉に開いた口が塞がらない状態に陥ったエレンに、男はにやりと笑った。

「やっと見つけたんだ。死ぬ気で仕事を覚えてもらうからな」

 覚悟しておけ、と宣言する男にエレンはただ口をぱくぱくさせるしかなかった――。
 その後、大学を卒業したエレンが男の会社に入社して色々な騒動を繰り広げることとなるのはまた別の話――。



 2014.11.26up



 嗅覚というとミケさんのイメージなんですが、兵長は匂いの好みもありそうな気がしたので何となく思いつきました。これ、続いてそうに見えますが続きはありません(笑)。ここまでしか考え付かなかったのでここで終わりです〜。





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