拍手文集5



 ※拍手で回っていた小話のまとめです。



20・※現代パラレルリヴァエレ+ミカサ。


 自分達は同じお腹の中で育ち、同じ日に産まれた。いわゆる双子というものだ。男と女という性差のために二卵性ではあったけれど――男女の一卵性の双子はほぼゼロに近い確率でしか産まれず、世界でも数例しかないらしい――自分にとってはそれは特別でとても大切な意味を持っていた。
 双子として産まれた兄はとても腕白で気が強く、自分の信念を曲げないため、しばしば同級生と喧嘩をしていた。それを見つけると加勢に飛び込むのが自分の役目だった。

「ミカサ、別に助けてに来てもらわなくたってオレは自分で何とか出来るんだぞ」

 殴られたのか、どこかにぶつけたのか、流れた鼻血を拭きつつ兄がそんなことを言う。子供の頃は女の子の方が成長が早いという――それが理由ではないかもしれないが、兄のエレンよりも妹のミカサの方が喧嘩は強く、同級生の男子からは恐れられていた。

「エレンは私がいないと無茶をするから」
「オレの方が兄貴なんだから、そんな心配は要らねぇよ」
「双子に兄貴とかは意味がないと思う。それに、家族なら心配は普通するのが当たり前」
「……お前に喧嘩させたって、母さんに怒られるのオレなんだからな」

 むすっとした顔でそう言いつつも、手を引いて家に向かう兄がミカサは大好きだった。

 その年の冬、両親は赤いマフラーを二人にプレゼントしてくれた。エレンは妹とお揃いなんて嫌だとむくれていたけれど、ミカサはそれがとても嬉しかった。何だかんだ言いつつもお揃いのマフラーをしてくれることも、いつものように手を引いてくれることも。
 ――だが、そんな平和で幸せな日々が打ち壊される日が来てしまった。
 両親の乗っていた車にトラックが突っ込んで二人とも帰らぬ人となったのだ。
 寒い寒い冬の日で、今でもミカサはその日のことを覚えている。
 集まった親戚達は残された子供達をどうするかでもめていた。一人ならまだいいが二人も引き取るのは無理だと、皆が口を揃えて言う。誰かが施設に入れたらどうか、と言った――だが、施設に入れるならこの家はどうするのだという。二人が住む家は両親のものであり、更に二人は生命保険に加入していた。結構な額のそれと事故の原因は全面的に向こう側にあるので、賠償金も出るらしいと判明したことで、親戚の意見が変わった。可哀相な孤児達を自分達が引き取ろうとか何とか――子供の自分達にも親切心で言っているのではなく、遺産目当てなのが判る程だった。
 だが、現実問題として子供の自分達がどうにか出来るものではなかった。

「ミカサ、ここにいたら何をされるか判らない。取りあえずは逃げよう」
「うん、エレン」

 どうすることも出来なかった子供の二人は欲に取りつかれた大人達から逃げた。赤い揃いのマフラーとつないだ手だけが総てだった。
 だが、運命というものは上手くはいってくれなかった。寒い寒い冬の日、体調の悪かったエレンは高熱を出した。誰もいない公園の土管の中に潜り込んで、ミカサは横たわる兄の手をぎゅっと握った。
 同じに産まれたのに同じものにはなれない。同じものだったら痛みも苦しみも引き受けられたのかもしれないのに――そんなことをミカサが考えていると、土管に何者かが近付いてくる気配がした。

「オイ、クソガキども、探したぞ。遅れていったらもうお前らがいなくて大変だったんだぞ」

 そう土管を覗き込んで声をかけてきたのは、眉間に皺を寄せた見知らぬ男だった――。



 ――あれから数年が経った。

「オイ、ミカサ、先に行くぞ」
「待って、エレン、すぐに出る」

 そう言って兄の後を追った少女にエレンは顔を顰めた。

「お前、まだそのマフラーしてるのか? いい加減、小さいだろ」

 ミカサのまいている赤いマフラーを見て、エレンが溜息を吐いた。

「リヴァイさんに言えば新しいのすぐに買ってくれるぞ」
「これが気に入っているからいい」

 リヴァイさん――リヴァイ・アッカーマンはあの日現れた男の名だ。男はエレンをすぐに病院に連れて行き、診断の結果インフルエンザに罹患していることが判明した。感染するといけないからという理由でミカサとは離されてしまった。――ミカサは何も出来なかった。
 その後、リヴァイはエレン達の遠い親戚であり、親戚達の思惑など跳ねのけてエレン達を自分が引き取ると決めてしまった。正確には、両親の家に男が越してくる形だったのだが。男の職業は画家であり、絵はどこでも描けるから構わないと断言した上に、両親が残した遺言状を持った弁護士も連れてきたのだから親戚達もどうしようもない話だった。エレン達は知らなかったが、男は両親と付き合いがあったらしい。
 男はインフルエンザで兄妹が離されている間にエレンと打ち解けて仲良くなったらしく、兄はリヴァイさんなら一緒に暮らしてもいいと簡単に承諾してしまった。兄をいともたやすく懐かせてしまった男にミカサは驚いたが、兄の決めたことに反対する理由は見つからなかった。それに、まだ子供である自分達には保護者が必要であったし、欲深い親戚達に引き取られるのは御免だった。
 エレンの信頼とミカサの妥協から始まった同居生活であったが、居心地は悪くはなかった。男は必要以上に干渉してはこなかったし、いざというときはちゃんと力になってくれた。兄はますます男に懐き、進んで覚えた家事も完璧にこなしている。

「リヴァイさん、今日もアトリエにこもってたな。ちゃんとメシ食ってくれてるといいけど」
「一日や二日食べなくても人間は死なない」

 それはそうだけどさ、とエレンは唇を尖らせた。そういった行動は兄を幼く見せて可愛らしいと感じさせる――彼はこういった表情や言動を男に関することでよくしていて、それがミカサには余り面白くなかった。
 男には感謝しているし、彼のことが決して嫌いという訳ではない。ただ――兄が一番に何かを報告するのも、相談するのも、全て男になってしまった。喧嘩も男に窘められてからはやめてしまったので――同級生と口論することはあるけども――兄に加勢して助けることも出来なくなってしまった。男が現れてから何もかも変わってしまったのだ。
 それが見当違いであることは判っている。男が現れなくてもきっと兄は自然に自分から離れていっただろう。

「今、リヴァイさん、何を描いているのかな? 見せてくれないんだよなー」
「……あの人が制作中にアトリエに誰も入れないのはいつもの話。気にすることはない」
「そうだけどさ、今回はスケッチとかも見せてくれなかったし、どんなの描いているのかも教えてくれなかったんだよな」

 しかも、売る気はないとか言っててさ、と楽しそうに話す兄の言葉を聞き流しながら、ミカサはぎゅっとマフラーを握り締めていた。

 それから数日が経ち、ミカサが家に帰ると丁度、男がアトリエから出てくるところだった。家の一室をアトリエに変えた男は二人のどちらかが家を継いだら改装し直すからと言っていた。男の様子からいって絵が仕上がったのだろう。男が風呂に向かったのを見て、ミカサはアトリエに足を向けた――無意識に足が動いたのだ。
 ――リヴァイさんの絵、仕上がったら一番に見せてもらうって約束した。
 そんな嬉しそうな兄の言葉が頭の中を巡っていて、気が付いたら扉を開けていたのだ。

 ――そこにあったのは、一人の少年の姿だった。柔らかくて優しい絵だと思った。
 描いたものが、絵の中の少年をどんなに愛しんでいるのか伝わってくる。そして、絵の中の少年が向こうから描いた画家を心から愛していると叫んでいるような絵だった。
 ああ、これは愛の告白なのだ、とミカサは思った。愛を語るために男はこの絵を描いたのだと。そして、兄はこの絵が描かれる前から男への愛を注いでいた―――。
 ミカサは胸が締め付けられた。この絵を切り裂いてやりたくなる衝動を堪え、ぎゅっと拳を強く握る。
 今の彼女に出来たのは家を飛び出すことだけだった。


 子供の頃には大きいと感じていた土管も今は酷く狭かった。ミカサは土管の中で膝を抱えて丸くなっていた。
 どのくらい経っただろうか――誰かが土管に近付く気配がした。

「見つけた、ミカサ」
「エレン……」

 妹を見つけた兄はうわ、狭いなここ、と言いつつ土管の中に入ってきた。

「マフラーもしないで外にいたら寒いだろう」

 そう言ってエレンがミカサにまいたのはいつもの赤いマフラーではなく、同じような色合いのサイズの合ったマフラーだった。

「お前は要らねぇって言ったけど、やっぱり、小さいマフラーじゃ寒そうだったからさ」

 似た奴探すの苦労したんだぜ、とエレンは笑った。

「何があったのか判らねぇけど……急にいなくなったら心配するだろ。家族なんだから」

 そう告げてエレンはミカサに手を差し伸べた。

「帰ろうぜ。オレ達の家に」
「うん……帰る。家に帰る」

 ポロリ、とミカサの瞳から涙が零れた。


 同じお腹で育ち、同じ日に産まれ、同じ環境で育った。それを何よりも特別なことだと思っていた。
 けれど、二人は同じものではない。同じものを見て同じものを選んで同じ道を進める訳ではない。
 判ってはいた。判ってはいたけれど、それがこんなに寂しく感じるとは思わなかった。

「今日は寒いからシチューにしたぞ」

 兄が作るシチューはミカサの好物だ。きっと作ったのは寒いからというのが理由ではない。
 言いながら手を引く兄の手は昔より大きい。だけど、昔と同じようにあたたかい。いつからか手を引いてくれることはなくなってしまったけれど、こうして手を引いてくれる優しさは変わっていない。

「エレン」
「うん?」
「……ありがとう」

 ――二人は同じものではない。二人ともそれぞれ別の人を愛し、やがて別の道を進むのだろう。
 それでも、きっと変わらない大切なものは残るのだろう、と。手を引いてくれた想い出が消えてなくなってしまう訳ではないように。
 そう思いながら、ミカサは微笑んだ。



 2016.9.30up



 思いついたので勢いで書いた作品。ミカ→エレというより、家族愛です。双子の兄を取られて寂しいミカサと、素っ気ないけど妹は大事だと思ってるエレンという感じで。リヴァエレ前提なのに兵長のこの空気感(汗)。





21・※パラレルファンタジーリヴァエレ。退魔師リヴァイ×淫魔エレン。


「ちくしょう! 出せよ! オレが何したって言うんだよ!」
「これからするつもりだったんだろう?」

 罠に嵌まり、木に吊るされた網の中でもがく十四、五歳に見える少年に男が冷たくそう言い放った。

「だって、今日はそういう日なんだろ? トリック・オア・トリートって言えば、お菓子くれてちょっとくらい悪いことしても怒られないんだろ?」
「…………」

 きょとん、とした顔で首を傾げる少年の顔はとても可愛らしい。漆黒の艶のある綺麗な髪と、大きな金色の瞳が印象的な少年だ。ただ、パタパタと動く黒い羽と先の尖った尻尾が少年が普通の人間ではないことを示している。
 勿論、本日がハロウィンと呼ばれる日だということを考慮すれば、普通の人間なら良く出来た仮装だと思ったことだろう。しかし、男――リヴァイは普通の人間ではなかった。悪魔祓い、祓い屋、退魔師、拝み屋、等々色々な名称で呼ばれているが、要するに人ならざるものを退治するのが生業である。堂々と名乗れば胡散臭いと思われたり、詐欺師だろうと罵られたりもするが、リヴァイには本当にそういったものを退ける力がある。
 そうして、そういった力を持つものは人ならざるものから狙われやすくもあるので、こういったハロウィンなどの人の隙が出やすいときに乗じて襲われる可能性を考慮して、家の周りに罠を仕掛けておいたのだが。

(まさか、こんなガキが引っかかるとは)

 人ならざるものは外見だけではその年齢や本性を判別出来ない。若く美しい姿で数百年も生きているというものもいるし、愛らしい動物の姿で近寄って、人を食い殺すものもいる。だが、この少年は見た目通りに中身も幼いように感じられた。

「……菓子はもらえるが、悪いことは出来んぞ」

 厳密に言えばお菓子を渡すか、悪戯をするかのどちらかを訪問した家人に選んでもらうという風習だが、どちらにしろお遊びのようなものだ。決して、菓子をもらった上に犯罪も仕出かしていいということではない。男がそう言うと、少年はそうなの?という風に首を傾げた。どうやら本気でそう思っていたらしい。

「何で、そんなことも知らないんだ」
「だって、オレ、人界に来るの初めてだし……皆、オレはまだこっちに行くの早いって出してくれなかったんだから、仕方ねぇだろ。折角、隙見て抜け出してきたのにこんな罠にかかっちゃうし……」

 しゅんとして項垂れる少年は嘘をついてはいない――勿論、人ならざるものの中には狡猾で息をするように人を欺き、陥れ破滅に導いたりするものもいるが、目の前の少年からはそういった匂いを感じなかった。リヴァイの能力は高く、少年が騙そうとしてきたならすぐに見破っただろう。

「……悪いことはさせられんが、菓子なら食わせてやるぞ」

 リヴァイがそう言うと、少年は本当、と顔を輝かせた――その尻尾がぶんぶんと揺れていて、本当に隠し事が出来ない奴だな、と男は心の中で苦笑した。


「ほら、食え」
「いただきます」

 男がそう言うと、少年はそう手を合わせてから出された焼き菓子と温めた牛乳の入ったカップに手を伸ばした。何でそんな言葉を知っているんだ、と訊ねたら、だって、人間は食事の前にそう言ったり、お祈りしたりするんだろう、と不思議そうに言われてしまった。宗教や国の習慣によって食事前の言葉などは違うと教えたら感心されてしまった。どうも、少年の人間への知識は中途半端なようだった。

「お前、何族だ?」
「魔族」
「それは判っている。何の種族なのかと訊いている」

 人ならざるものには色々な種族がいる。その見た目や能力で勝手にカテゴリー分けしているのは人間の都合ではあるが、向こうもこちらがどう呼んでいるかは把握しているはずである。人狼や、吸血鬼、屍鬼――少年はどの種類になるのであろうか。羽と尻尾を隠せていない時点で自分の能力を上手く制御は出来ないのは確かだが。だからこそ、仮装で通じる本日にこちらにやって来たのかもしれない。

「……魔」
「何だって?」
「淫魔だよ! 淫魔! えーと、男の場合はインキュバスって言うんだっけ?」

 リヴァイはぽかんとしてしまった。この少年が淫魔――人の精気を吸い取り、人に淫らな夢を見せ、淫猥にたぶらかすという魔物なのだというのか。

「……こんな色気の全くねぇ淫魔なんて初めて見たぞ」
「何だよ、仕方ねぇだろ! オレだって、吸血鬼とか狼男とかもっとカッコいい種族に生まれたかったよ! 人の精気だって吸ったことねぇし……だから、今日こそ吸ってやるんだって思って来たんだ!」

 ほら、と少年は着ていた黒いローブを脱いで見せた。現れた衣服は黒い皮で出来た上下で、太股がむき出しになったホットパンツとへそが見えるくらい短い上衣は袖なしでファスナーで一気に下ろせる脱ぎやすいものだ。絶対領域を作る網タイツに黒いブーツと煽情的な格好ではあるのだが――。

「……どっちかというと、それ、サキュバスの衣装じゃねぇのか?」
「だって、オレはこれが似合うっていうから!」
「衣装負けしてると思うが」

 ムッとしたらしい少年が、じゃあ証拠を見せてやる!といって座っていたソファーから立ち上がり、リヴァイの顔をがっしりと掴んだ。

「証拠って、お前――」

 言い切る前に唇を塞がれる。同時に口内に舌が侵入してきて、ぴちゃぴちゃと中を舐め回した。
 それは見かけ通りにまだ幼い、子犬に舐められた程度の稚拙な技巧のキスであった。だが――。

「どうだ! ちゅーはちゃんと出来るんだぞ!」
「…………」

 無反応な男を見て、少年は首を傾げた。

「お前、名前は?」
「エレ――っと、危ねぇ。お前みたいな奴に名前は教えちゃいけないっていうのはオレだって知ってるんだからな!」
「なら、後で聞かせてもらうからいい。――お前、自分のしたことを後悔しても遅いからな」
「へ?」

 そう言うと、男はひょいっと少年を抱え上げた。

「え? 何? 何だよ!?」
「精気を吸いたかったんだろう? たっぷり、注いでやるよ、お前の中にな」

 余りにも子供っぽいから油断していた――淫魔の体液というのは人間にとっては危険なのだ。人を惑わし誘惑するためのもの――いわば、媚薬だ。あんな行動に出るとは思っていなかったから、体液――唾液を摂取してしまった。中和しようと思えば出来なくはないが、欲を煽ったのはこの少年だ。ならば、責任を取ってもらおう。

「今日は寝られると思うなよ、クソガキ」

 ――そうして、寝室に連れ込まれた少年は男の思うさま散々啼かされることになったのだった。


「掃除終わりました、リヴァイさん」

 そういう少年に男は一通り見回して、なっていねぇとダメ出しをする。

「判断基準が厳しすぎるぞ! 嫁いびりする姑か!」
「……目上には敬意を払えと言ったな? 躾されてぇのか? エレン」
「……何デモアリマセン」

 なら、やり直し、という男に少年はううーっと唸りながらも掃除を始める。あの後、ベッドの上で名前を訊き出され、男に強引に主従契約をさせられたエレンは男の使い魔として一緒に住むことになってしまった。こんなはずじゃなかったのに、というのが少年の心境である。

「合格出来たら後でご褒美に精気をいっぱいやるからな」

 だから、頑張れよ、と笑う男に少年は男に精気をもらうというのがどんな行為を示すものなのか思い出し、顔を真っ赤に染め上げながら掃除の手を動かしたのだった。



 2016.10.31up



 思い付いたので書いてみましたネタ。何か、最近人外ネタ多くて自分でもびっくりです。





22・※原作設定リヴァエレ。ごく短編。


「ほら、エレン、もう少し、力を緩めろ。寝にくい」

 リヴァイがそう言うと、エレンはいやいやと小さな子がするように首を横に振って男にしがみ付いてきた。

「…………」

 何だ、これは、いったい何の生殺しだとリヴァイは自室の寝台の上で大きく息を吐いた。


 ――ことの始まりは数日前のことだった。リヴァイが執務を終えて、自室で就寝しようと着替えていたら、突然そこに今年度調査兵団入りしたばかりの新兵である部下が入ってきたのだ。リヴァイが驚く暇もなくエレンは男の寝台に向かうと、そこに入り込み、くんくんと男の匂いを嗅ぎながら寝る体勢に入った。

「オイ、エレンよ、いったい何のつもりだ。ガキが夜這いか?」

 リヴァイがそう言いながら寝台に近付き、少年を引きずり出そうとすると、エレンは嫌がる素振りを見せて、男に抱き付いてきた。そのまますりすりと男の胸に顔を寄せて匂いを嗅ぐと――安心したようにすやすやと眠りについてしまった。力尽くで引き剥がすことも出来たが、リヴァイにはそうすることが躊躇われた。男は自分より随分と年下の部下をそういった意味で好いていたからだ。審議所で躾と称して暴力をふるった身で今更ではあるが、好きな相手を乱暴に扱いたくはない。相手の態度からしても同じような好意を向けられているのは判っていた――リヴァイはそう鈍くはないからだ。
 だが、現状の調査兵団の人員の不足と多忙な仕事量を考えると、恋愛ごとにかまけている暇などない。お互いの気持ちを察しながらも伝えずにいたら思わぬ部下の夜襲を受けた。だが―――。

(どう見ても告白しにきたようにも、夜這いにきたようにも見えねぇな)

 何しろ相手は一言も口にせず来て早々本気で寝てしまった。仕方ないか、とリヴァイは溜息を吐いて、その日はそのまま寝ることにしたのだった。
 だが、翌日の朝、問い質そうと思った途端、少年は来た時と同じように無言ですたすたと自分の部屋に戻ってしまった。何だったんだ、と思いながらも身支度をして、少年に昨夜はどういったつもりであったのか、と訊ねたらきょとんとされてしまった。

「えーと、昨夜何かしましたか? オレ、昨日は夕食を食べた後、兵長とは顔を合わさずに就寝しましたが……」

 そう言う少年の瞳は嘘をついてはいなかった。本気でリヴァイが何を言っているか判らない様子で男は困惑した。

(なら、昨日のあれは何だったっていうんだ? 夢…の訳ねぇし、こいつが寝惚けて自分の部屋を間違えたってことなのか?)

 夜中に、厠にでも行った帰りに部屋を間違えて入ったのだろうか。だが、それならリヴァイが声をかけた時点で気付くものではないだろうか。しかし、本人にその記憶がないのならどうしてなのか、と問い質してみても意味がない。新しい環境に馴染めず寝惚けたのかもしれない――そう思い、リヴァイは不問にすることにした。
 が、一度あることは二度あり、二度あることは三度あるのである。
 その日も、その翌日もリヴァイはエレンの訪問を受けたのだった。


「――で、どういうことだと思う、クソメガネ」
「どうって言われてもね、私はそっちの専門家じゃないからさ」

 毎日男の元を訪れ、ただ男にすり寄って眠って帰っていくエレンにはその記憶がなかった。何を言っても答えず、そのくせリヴァイからは離れないのだから性質が悪い。一人で考えても答えは出ず、男は同僚に見解を求めたのだった。

「夢遊病の一種だとは思うけど、リヴァイのところにしか行かないんだよね?」
「……他へ行ったらそれはそれで問題がある」
「女子のところへ行ったらミカサが怖いし、男子のとこへ行ったら襲われちゃいそう……って、冗談だからね。そんな殺気向けないでよ」

 男に専門外の質問をされた上に殺気を向けられたハンジはやれやれと肩を竦めた。

「専門外だからはっきりとは言えないけどさ、エレンが日頃抑えつけているものが反動で出ちゃってるんじゃないかな」
「反動?」
「そう。リヴァイと一緒にいたい、とか、抱き締めて欲しい、とか、そういった気持ちを抑圧している反動が夢遊病みたいな形になって出てるんだと私は推察するけど」
「…………」
「エレンは顔に出やすいから結構判りやすいよね。受け入れる気がないんなら突き放してあげるのも優しさだよ。手放したくないくせに受け入れもしない――中途半端に優しくされた今の状態のあの子が可哀相だ。受け入れるなら受け入れる、拒絶するなら突き放す。そう態度をはっきりさせればエレンだって踏ん切りがつくと思うよ」
「……簡単に言ってくれるな、こんな状況で」
「こんな状況だからこそだよ。明日死ぬかもしれないんだから、思い切りぶつかってみるのもいいんじゃないかと私は思う。告げても告げなくても悔いが残るなら、本心を知った方がお互いすっきり出来ると思うな」
「…………」

 まあ、どう転ぶかはあなたとあの子次第だけどね、と彼女は笑った。


 パタパタと足音がして、いつものように少年が顔を覗かせた。それを待ち構えていた男は寝台ではなく、長椅子の方へと少年を連れて行った。二人で並んで座って、男はそっと少年の頬に手を触れた。

「……エレン、はっきりさせなくて悪かった。言わない方がお互いにいいと思っていた」

 そう言われて、何も映していなかった少年の瞳が揺れた。逃げ出そうとしたのか僅かに動いたその身体を押さえる。

「俺もお前もいつ死ぬか判らない身の上で、状況的にも恋愛なんかに振り回されている暇はねぇ。それでも――」

 ふにっと、と柔らかい唇に男は自分のそれを重ねた。何度か優しく食んでそれを離す。

「俺はお前に惚れている。――多分、これから先もお前に構ってやれねぇし、いつ死ぬかは判らねぇが、許す限りは一緒にいたいと思う。お前は?」

 男の言葉に少年の瞳からボロボロと涙が零れた。

「……オレは――オレも兵長が好きです」
「そうか」
「……一緒にいたいです。ぎゅうってして欲しいし、抱き付きたいです」
「こうか?」

 男が抱き締めてやると、少年はぎゅうっとしがみ付いてきた。兵長の匂いがします、と小さく呟く。

「それから?」
「……さっきのもう一回したいです」

 男が少年の頬を両手で挟んで唇を重ねると、うっとりとした表情で少年は眼を閉じた。


 ――その後、男から少年の夢遊病は治ったと報告を受けたハンジは、こっそりと周りに気取られないように気を使いながら夜半に男の部屋に向かう少年の姿を目撃し、意識あってもなくてもやることは同じなんだね、と呟いて二人の逢瀬を見なかったことにしてあげようと小さく笑った。



 2016.10.31.up



 不意に思いついたから書いておこう作品。エレンの部屋よりは兵長の部屋の方がきっと色々都合がいいだろうなーと思います←何が?とは訊かないお約束でお願いします(笑)。




23・※原作設定。シガンシナ区に向かう前あたりのエレンとヒストリアの話。短編。


「うーん、やっぱりそう都合よくは引き出せないか」
「すみません」
「すみません、意識的に引き出すのはどうも上手くいかないみたいで…」

 口元に手を当てて考え込む眼鏡の上官に、まだ新兵の二人――ヒストリアとエレンは申し訳なさそうに謝罪した。

「イヤ、君達のせいじゃないよ。確かにこちらの欲しい情報を引き出せれば有利にはなるだろうけど、どっちにしろやることは変わらないんだからね」

 そう二人に告げて上官――ハンジは休憩を取るように促してから部屋を出ていった。

「中々上手くいかねぇもんだな…」

 そう息を吐いてテーブルの上に突っ伏した少年に、ヒストリアは少し休んだ方がいいよ、と声をかけた。

「私と違ってエレンは他にも色々な実験をしてるんだから」
「イヤ、この実験が一番重要だろ。巨人に関する情報を引き出せれば、地下室が失敗に終わっても謎が解ける訳だし……」

 ヒストリアとエレンが行っているのはエレンの中にあると思われる巨人に関する知識を引き出すことだ。自分と父親がエレンに接触したとき、彼が見たことのないはずの記憶が引き出された。自分が父親を倒した時にも、彼の記憶の一部が垣間見えた。おそらくは記憶を改ざん出来るという初代王の力を引き継いできたレイス家の血が、接触することで相手の記憶を引き出したのだと思われる。
 そして、エレンが会ったこともないフリーダの記憶を持っていること、父親がした惨殺現場の記憶もあることからして、巨人化能力者は食った相手――おそらくは巨人化能力者のみに限られる――の記憶を引き継いでいるのではと考えられる。それが一代限りなのか、その能力を継いできたもの全てなのかは判らないが。
 そして、その記憶は深いところで眠っていて、浮いてくることはまずないのだろう。でなければ、膨大な記憶量に耐えきれず能力を継いだものは気が狂ってしまうに違いない。
 ヒストリアとエレンの役目はその記憶の中から巨人にまつわる謎や、初代王のことについて引き出すことなのだが、いくら接触してもエレンの中から記憶を引き出すことは出来なかった。

「でも、焦ってもいいことはないよ、エレン。休憩も立派な義務――」

 言いかけたヒストリアは途中で口を閉じた。テーブルの上に突っ伏していた少年が寝息を立てていることに気付いたからだ。

(寝てる……)

 ここのところの実験続きで疲れているのだろう、とヒストリアは思う。訓練兵時代に死に急ぎ野郎と呼ばれていた彼はひどく焦燥感に苛まれているように感じる。死に急ぐ、というより生き急いでいるという気がする。
 このままでは風邪をひいてしまうかもしれない、と思った少女は、少年に何かかけてあげようと少年に触れて――そして、それを見た。

(……誰?)

 長く綺麗な髪に大きな瞳。一瞬、姉のフリーダかと思ったが、そうではなかった。綺麗な顔立ちをしたその人はよくよく見れば誰かに似ていた。

(そうか、エレンだ。この人、エレンによく似てるんだ)

 そうしていくうちに、映像は変わり、その女性の腕の中には小さな赤ん坊がいた。女性の向ける視線には愛しさがあふれていて、腕の中の赤ん坊がこの世の中で一番の宝物だと言わんばかりに大切そうに抱えていた――。

「ん……っ」

 不意に声が聞こえて、ヒストリアは少年から手を放した。少年は小さくみじろぎして、大きな瞳を開けた。

「……わりぃ。寝てたか?」
「ううん。休憩中なんだから、もっと寝ていても大丈夫だよ」
「…………」
「エレン?」
「ああ、何か、今、懐かしい夢を見てた気がする……覚えてねぇけど」
「…………」

 きっと、その夢は自分が見ていたものと同じなのだろう。エレンによく似た面差しのあの女性はきっと――。

(エレンの、お母さん……)

 ヒストリアに母親はいなかった。生物学上の母というものは存在していたが、世の中の母親とは違うものだった。
 彼女からは一度も抱き締められたことはなく、愛された記憶もなかった。
 今にして思えば、彼女はただ弱い人だったのだろうと思う。自分の背負った重荷に耐えきれず、逃げ場を求め何かに縋らなければ生きていけなかった父と同じように、弱い女性だったのだ。人は誰しも強い訳ではない。自分が優等生の『クリスタ』を作り上げてそれを演じることで生きていたように。


 それから何度かヒストリアはエレンが休憩中、うたた寝をしている隙に彼に触れた。記憶実験はあんなに頑張って挑戦してもまるで引き出せないのに、このときは何故か思うように彼の母親の姿を見ることが出来た。
 子供抱く姿、子守唄を歌う姿、洗濯ものを干す姿、息子の好きな料理を作る姿、喧嘩ばかりする息子を叱る姿、息子の話を笑って聞く姿――そのどれもが息子への、家族への、愛情に満ちあふれていた。
 別に彼女が特別な訳ではない。おそらくはごく一般的な母親の姿だろう。少し口うるさくて、明るくて、息子想いで――巨人にされてしまったという同期の母親も、すでに亡くなったものも、離れて住んでいるものも、容姿や性格の差はあるだろうが、母親との関係はそう大きく差はないはずだ。
 なのに、何でこうも見てしまうのだろう。自分はどうしたいのだろう――ヒストリア自身にも判らなかった。


「……最近、何だか、母親の夢をよく見るんだ」
「……そう」

 休憩中、そうポツリと言われ、ヒストリアは動揺を押し隠した。

「そう、大抵休憩中。起きるとお前がいる」
「…………」

 無言の少女に、少年はそれで考えたんだけどさ、と続けて少女に手を伸ばした。
 ぽすり、と頭にのせられた掌がいい子いい子するように動く。

「……何、したいの? というか、してるの? エレン」
「イヤ、抱き締めるのはオレの役割じゃねぇと思ったし、これが正解かと思ってやってみた」

 戸惑う少女に少年は置いていた掌を放した。

「オレの母親もお前の母親も死んだ。生き返らせることは出来ないし、代わりはいない。過去に起こったこともなかったことには出来ねぇ」
「――――」

 まあ、親に関していえば、養子になるとかで出来るかもしれねぇけどさ、と少年は続けた。

「ただ、して欲しかったことは、これから望めば手に入るかもしれねぇって思う。ちょっと違う形にはなるかもしれねぇけど。オレはお前の欲しいもんはやれねぇから、出来ることだけやってみた」

 そういう少年に少女は驚いた顔をして、それからテーブルに突っ伏した。その肩が小刻みに震える――泣いているのかと思いきや、彼女は笑っていた。

「ほんっとう、エレンは何というか、単純だよね」
「……バカって言いたいなら言ってもいいぞ。慣れてる」
「……そこは気を使ってあげたんだよ」

 ヒストリアには母親も父親もいなかった。唯一優しくしてくれていたのはたまに現れる異母姉妹のフリーダだけだった。その交流も彼女が殺されるまでだったけれど。
 本当は父とも母とも話し合うべきだった。ぶつからなければならなかった。それから逃げることを選んだのは自分だ。そうせざるを得ない状況だったことはいい訳にはしてはいけない。――そのまま流されて『自分』を持たないまま生きていた自分を生まれ変わらせてくれた彼女もいなくなってしまったけれど。
 自分が手に出来なかったものを今更欲しがっている訳ではない。ヒストリアにはやるべきことがあって、それをなすことが彼女の目標であるのだから。流されてやるのではなく、自分でやるのだと決めたことだ。
 ただ――エレンの記憶に触れて、ごく普通のあたたかい家庭というものを感じて、それが思いの外心地好かったからついずるずると続けてしまっただけなのだ。自分が決して持つことが出来なかったものを持っていた彼に羨ましいという気持ちが微塵もないと言ったら嘘になるとは思う。
 だが、最初から何も持たず、故に期待もせずに、失った喪失感など感じなかったものと、与えられ、大切にしていたものを奪われ、絶望と憎悪に身を焦がしたもののと、どちらが不幸だったかなんて誰にも出せない答えだ。

「ねぇ、エレン、私、単純バカって結構嫌いじゃないよ?」
「奇遇だな、オレもそういう今のお前は結構嫌いじゃないぜ?」

 ヒストリアは小さく笑ってどこにいるか判らない彼女に呼びかけた。
 ねぇ――何も持たなかった自分が、自分さえなかった私がここまで来たよ、と。
 初代王の力を継がない自分はこの記憶を残すことはないのだろうけれど、自分を生まれ変わらせてくれた彼女のことだけは生涯忘れずに生きていこうと少女は思った。



 2017.3.30up



 エレヒスっぽいですが、あくまでも友情です。更にオチがユミヒスっぽいです(笑)。エレン誕生日に書いておきながら全く誕生日関係ないという……。





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