どんな極悪人の死刑囚であっても、神に懺悔する時間は与えられるのだとエレンは身をもって知った。処刑されるというのに、前日に与えられる食事は普段より豪勢であるし、身なりも整えられる。無論、これが秘密裏に拷問されて処理されていく、処刑されたことも知られぬような人々であったならそんなことはしないのだろうが。
 エレンは公開処刑だ。人々を苦しめ続けた最後の巨人だと糾弾されているエレンの待遇が悪くても民衆は文句は言わないだろうが、ことが治まった後に囚人に何の慈悲もなく非道な真似をしていた、と噂されれば厄介な事態になるかもしれない。人道的というより多分に打算が含まれるものだとは思うが、処刑されるエレンには自身の待遇などどうでもよかった。
 現れた司祭だか神父だか――要するに神職の肩書を持つ男はエレンを見て明らかに怯えていたが、それを表に出さないように堪えているように見えた。心配しなくても巨人化して人を食らうことなど出来ないのにな、とエレンは思う。その力はもうないし、あったとしてもそれをする気はない。安心させるために男に微笑みかけようとして――それをエレンはやめた。エレンが微笑みかけたところで、ますます相手を怯えさせるだけだと思ったからだ。
 形式通りの言葉を聞き流し、淡々と時が流れていった。そうして、最後に男はエレンに誰か――例えば親族や恋人などに残す言葉はないかと訊ねてきた。エレンはそれに首を横に振って答えた。誰かに何かを残していくつもりはない。その気があったら手紙でも何でも残すことは出来た――それくらいの自由は与えられていたのだから。
 だが、エレンが何かを残せばそれはきっと受け取った相手を縛る。大切な人達に重荷を残していくような真似をする気はエレンにはなかった。
 ふっと脳裏に誰よりも大切な人の言葉が蘇った。本当にこの選択でいいのかと。
 それに対して自分は静かに頷いた。この道を選ぶのが最善の選択だと思ったからだ。
 そして、彼は更にこれはお前が本当に望んだものか、と問いかけた。

「――――」

 声に出さず、心の中だけでそっと呟く。誰にも伝えていない。決して伝えることのない言葉。
 自分が本当に望んだのは――――。




七度死んだ男




 大学のキャンパス内にある学食は一般的な食堂よりも比較的安い。元々、利益重視ではなく、学生たちに栄養バランスの取れた食事を低価格で提供することを前提として作られたというからそれは当たり前かもしれない。だが、懐事情の寂しいエレンにとって学食は有難い存在だ。
 ――お約束のように訪れた七度目の人生はごく普通の家庭に生まれた。文化レベルは前回よりも随分と進んでいて、交通手段は自動車、鉄道、果ては空を移動する航空機まで存在し、宇宙への探索も進めているくらいだった。生活水準も当然違っていて当初は戸惑っていたが、さすがに人生が七度目ともなると慣れるのも早かった。エレンが生まれたこの国はとても平和で、軍隊ではなく自衛隊と呼ばれるものが存在し、最近は物騒になってきたとはいうものの、女性や子供が一人でいても人買いに攫われることはまずないくらいに治安は良かった。
 エレンはそこで何事もなく成長し、大学二年生へと進級した。取りあえず、単位は落としていないし、成績もトップとは言わないまでも中の上くらいは常にキープしている。座学は苦手な部類ではあったが、七度も生きてくれば学ばなければならないこともあるし、商人の息子として生まれた時にやたら数字に強くもなった。おかげで理系は得意な分野だ。

「エレン、一緒に食べない?」

 そう声をかけてきたのは同じ学部の友人だ――彼、アルミンは講義が同じものが多いため、必然的に話す機会が多く、すぐに仲良くなった。いや、それがなくてもきっとエレンは話しかけて仲良くなったと思っているけれど。

(……アルミンは今回も全く覚えてなかったけど)

 幼馴染みで親友だったアルミン・アルレルトは全く変わらない姿と性格で現れ、けれど、前世のことなどかけらも覚えていない様子だった。いや、アルミンだけではなく、エレンがこれまでに生きてきた人生の中で、誰一人として前世を覚えているものはいなかった。
 そもそも、前世の記憶があること自体がイレギュラーなのだから、それを求めることは間違っている。だが、そのイレギュラーな状態が続いている自分はいったい何なのだろうか。いっそ、これが自分が死にゆく間際に見ている夢や妄想の類だと言われた方が納得がいくような話だが、そうでないことはエレンが知っている。夢や妄想で痛覚や味覚や嗅覚までもがはっきり判るはずがない。これが総て夢だというなら、夢の中でまで前世の夢を見て魘されたり、更には壮絶な最期を遂げたり、今生では受験の苦労までした自分は、妄想でそこまでするようなマゾヒストだということになる。さすがにそんな自虐趣味はない。

「エレン、どうしたの?」

 つい考え込んでしまい、アルミンに不思議そうに声をかけられたエレンは何でもない、と首を振った。

「何を食べようかと思って。金ねぇから節約しないと」
「あれ? 確か、バイト代入ってからそんなに経ってないんじゃ?」
「そうなんだが、今は良くても来月厳しくなるから節約したいんだよ」
「あ、エレンとアルミンも来てたのか。なら、メシ一緒に食わねぇか?」

 二人の会話に入るように声をかけてきた相手を見ると、それは同学年の男子であり、前世でも同期であったコニーだった。一人でメシ食うのも寂しいと思ってたんだよな、と彼は二人を見て笑った。

「ジャンは? 一緒じゃなかったの?」
「何か、女に声かけられて一緒に出ていった。どっかのカフェにでも行くんだろ。絶対に奢らされると思うのに、鼻の下伸ばしてたぞ」
「馬面が鼻の下伸ばしたらどんだけ凄いことになるんだか」
「ああ、馬面中の馬面、馬面界の最強だ」
「イヤ、二人とも、ジャンはそんなに馬面じゃないと思うよ? ただ、悪人顔なだけで」
「さらっとお前もキツイこと言ってんぞ、アルミン」

 そんな馬鹿な話をしながらトレーを受け取って席に座る。――当然のようにコニーにもジャンにも前世の記憶はなかった。きっとそうであろうと思ったし、落胆はなかった。ただ、自分の前世――まあ、これも推測になる訳だが――について相談できる相手がいないというのは精神的に多少の負担にはなっているとは思う。今までに自分の前世について話したのは、何が起こったのか想像もつかなかった二度目の人生でだけだ。

「そういやさ、エレン、お前、バイトクビになったんだって?」

 唐突にコニーに言われ、エレンは口に入れていたものを噴き出しそうになった。

「え? エレン、アルバイトクビになっちゃったの?」
「………何で、そんなことお前が知ってるんだよ?」

 驚きの表情を浮かべるアルミンの隣で、エレンは不機嫌そうに眉を寄せた。

「ジャンが言ってたぞーやっぱ、悪人面がうけなかったんだなって」
「あいつに言われたくねぇよ! クビになったんじゃなくて、こっちから辞めたんだよ」
「え? 何で? エレンのバイト先ってカフェだったよね? スタッフ皆いい人で働きやすいって言ってたじゃないか」
「……だから、辞めるしかなかったんだよ」

 エレンは溜息を吐いて自分がアルバイトを辞めることになった経緯を話し出した。
 エレンが勤務していたのは今風の洒落た感じのカフェだった。落ち着いた店の雰囲気も好きだったし、スタッフの仲も良かった。が、ある日、エレンがアルバイトに入っていた時に事件が起こったのだ。
 男性客が女性スタッフに絡みだし、あまつさえ、嫌がる女性スタッフの身体を触ったのだ。当然、そんな真似が許されるはずもなく、エレンがその男を止めたのだ。

「え? で、何で、エレンが辞める流れになるの?」
「イヤ、何ていうか――勢い余ってそいつ殴った」
「…………」
「…………」
「……うん、何かエレンらしいというか、何というか……」

 男性客のやったことは他の客も見ていたし、女性スタッフも証言してくれたので、店の者はエレンは悪くないと言ってくれた。相手も殴られたことに腹を立てていたようだが、女性スタッフにしたことは明らかに痴漢行為であり、勤務先に話をすると申し立てたら及び腰になった。結局は話し合って男性客は店に出入り禁止、今後、店や従業員に何かしたら勤務先と警察に知らせるということで決着はついた。

「なら、別に辞めることなかったんじゃない?」
「そう言われたけどな、自分殴った奴がまだ店にいたら仕返しとか考えるかもしれねぇだろ? 勤務先に知られたらクビになるだろうからバカな真似はしねぇとは思うけど、何かあったら困るから辞めることにしたんだ」

 まあ、こっちも手ぇ出したんだから痛み分けだな、とエレンは苦笑いを浮かべた。

「ああ、だから節約するって言ってたんだね」
「そう、まだ次のバイト先見つかってねぇからさ」

 エレンは自宅から大学へ通うのには時間がかかるため、一人暮らしをしている。学費や家賃などは親に出してもらっているが、負担を減らしたいので生活費は出来るだけ自分で稼ぐようにしている。なので、新しいアルバイト先を探すのは最優先事項だ。親に事情を話せば融通してくれるかもしれないが――なるべくなら迷惑をかけたくはない。

「飲食ならわりとすぐ見つかると思うけど、ブラックが多いっていうじゃん。辞めさせてもらえないとか、勝手にシフト入れられて強制されるって話聞くし」

 一応、知り合いにいいバイト口がないか訊いてみるけど、期待はしないでくれ、とコニーは続けた。

「エレン、家庭教師はどう? それなら、僕のところに頼めると思うけど」

 アルミンは週に数回家庭教師のアルバイトをしている。時給も高いし、差し入れをもらったり色々と待遇がいいらしい。座学が得意で人に教えることが上手なアルミンにはぴったりの仕事だと思う。

「イヤ、オレは人に教えるのは無理だと思う」

 名選手が必ず名監督になるとは限らないように、自分ではよく理解出来るのに人に教えるのは苦手だというタイプは存在する。エレンは自分が理解出来ることを判りやすく人に伝えるのは苦手だ。家庭教師は特に生徒一人一人に合った勉強法を考えなければならないから、エレンには難しいといえた。

「うーん、じゃあ、後は日雇いのバイトとか、その日の数時間だけのバイトとかかな。そういうサイトに登録すれば出来るらしいよ。自分の都合のいい日だけ入れるみたいだし。でも、それだと結局はその場しのぎになるから、やっぱり継続的に出来るとこ探さないとダメだよね」
「そうだよな……」

 これから先の収入のことを思い、エレンは深い溜息を吐いた。



「ありがとうございました」

 そう言って頭を下げながらも、今回の面接はダメだなと、エレンは思っていた。そもそも今日の面接先はチェーン展開している本屋という、読書を全くしないエレンのような人間が行くところではなかった。

(やっぱり、飲食系しかねぇかな。別に飲食系が嫌な訳じゃねぇし)

 そう考えながら事務所を出たエレンは折角だから本屋の店内を見て回ろうかな、と思った。元々、読書の趣味はないから本を買うことは少ないし、今はインターネットで注文すればすぐに自宅へ届くからわざわざ本屋まで足を運ぶことは殆どなかった。前に友人に借りて読んだ連載漫画の単行本が出ているか見て、出てたらまた借りるかな、というくらいの軽い気持ちでエレンは店へと足を向けたのだ。
 だが、そのためにとんでもない運命の罠にはまることになったのだ。


 一頻り店内を回ったエレンはもう用はないと出入り口に向かった。そして、自動扉を開けて数歩、歩道へと足を進めたときにそれは起こった。
 死角にでもなっていたのか、通行人と肩がぶつかったのだ。持っていたカバンを取り落としたエレンは思わずあっと、声を上げたが、横から伸びてきた手がそれを拾い上げた。どうやらぶつかった相手が拾ってくれたらしい。

「あ、すみませ―――」

 顔を相手に向けたエレンは言葉を不自然に途切れさせ、その場で固まった。目の前にいたのはおそらくは一回りくらい年齢が上だろう男性。漆黒の髪に、整ってはいるが、目つきの悪さのために怖そうに見える顔立ち、大抵は不機嫌そうに寄せられている眉――その総てを忘れる訳がなかった。

(何で、この人がここに――)

 勿論、自分が転生しているのだから彼が――リヴァイが転生していてもおかしくはない。大学では同期と数人出くわしたのだし、出逢う可能性が絶対にないとはいえないだろう。というか、今までの六度の人生で彼に出逢わなかったことが一度もなかったのだから、七度目の今生でも遭遇することは常に想定していなければならなかったのだ。
 勿論、エレンだとて彼と出逢う日が来るかもしれないという心構えは常にしているつもりだった。だが、こんなタイミングで――気を緩めていた時に出逢ってしまい、完全に頭が真っ白になってしまった。
 男が何か言おうとしたのか唇が開いた。エレンはそれを見てはっとして、猛スピードでその場から駆け出した。
 逃げなければ、逃げなければ、とにかく逃げなければ――落としたカバンのことも、ぶつかった謝罪のことも総てが頭の中から飛んで行って、エレンはただ男から離れるために走り続けた。

(逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ――)

 自分達は出逢ってはいけない。きっとろくなことにはならない。自分はまた彼を傷付ける――。
 そんなことを考えていた自分に悲鳴と危ないという警告の声がかけられた。
 その声につられるようにして頭上を見上げると、鉄柱が自分を目がけて落ちてくるのが目に入った。逃げているうちに工事現場の横を通りかかったらしい。おそらくは吊っていたロープが切れたか、外れたかしたのだろう。
 落下してくる鉄柱がスローモーションのようにゆっくりと見えたが、実際のところは一瞬だっただろう。つぶされる――そう思う前にドンッという強い力で背中を押された。
 押されたはずみでエレンは倒れ、その場に転がった。直後、自分のすぐ近くで物凄い音が響いたが、何がどうなったのかエレンには判らなかった。

(え…と、鉄柱が、上から落ちてきて……多分、誰かに押されて……)

 あのとき、誰かが強い力で押してくれなかったら自分は鉄柱につぶされてぺしゃんこになっていたかもしれない。エレンはゆっくりを上半身を起こした。転がった際に身体をぶつけたが、咄嗟に受け身を取ったらしく、頭は打っていないようだった。
 周りでは早く救急車をという声が響いていた。エレンは落ちてきた鉄柱を見て――そのすぐ近くに倒れている人の姿を見て凍り付いた。
 漆黒の髪、小柄ながらも鍛えている身体、自分を呼ぶときに僅かに混じる甘さのある声――。

「―――リヴァイ兵長!」

 エレンは這うような姿勢で、それでも飛びつくように横になった男に近寄った。彼がここに倒れているのは言うまでもない――あのとき、自分の背中を押して助けたのが彼だからだ。頭を打っているかもしれないから動かさない方がいいとか、まずは意識確認をしなくては、とか、そんな常識は全部飛んでいた。

「リヴァイ兵長! しっかり、しっかりしてください! 死なないで……!」

 大きな声で呼びかけると、男の眉が鬱陶し気に寄せられ、その瞳が開いた。

「……うるせぇ! さっきからわめいてんじゃねぇ!」

 男はそういうとゆっくりと身を起こした。表情は変わらないが、どこかに痛みがあるのか眉間の皺が深い。

「あ、あの、どこか痛みますか? あ、病院に」
「足も身体も頭も無事だが――腕が一本いかれたな。折れてるだけだと思うが」

 救急車も誰かが呼んだだろうし、このまま待っていれば病院に連れてってくれるだろう、と男は続けた。

「それよりも、てめぇ――人の親切を無視して逃げるとはどういうつもりだ?」

 ちらりと男が視線を向けた先には転がっているエレンのカバンがあった。男から見れば自分は落ちたカバンを拾って渡そうとしたら、ぶつかってきた非礼も詫びずに顔を見るや否や逃げ出したうえに、目の前で勝手に事故に巻き込まれ男に怪我を負わせた無礼で迷惑な人間、になる。

「今度は逃げんじゃねぇぞ、クソガキ」

 低く凄みのある声で言われて、エレンはただ頷くしかなかった。



 病院で検査を受けたところ、エレンの怪我は軽い打ち身と擦過傷程度で何の問題もなかった。問題があったのは男の方で打撲に擦過傷に片腕を骨折――ギプス生活を余儀なくされることとなった。男の腕はぽっきりと折れていたが、複雑骨折ではないだけマシだったと医者は言った。頭を打ってもいないし、鉄柱の落下事故に巻き込まれて腕の骨折だけですんだのだから幸運だよ、と。
 だが、エレンにはそうは思えなかった。あの時、逃げ出してさえいなかったら――動揺せずにカバンを受け取って礼を言って去っていったらリヴァイはこんな怪我などしなかったはずである。入院費を負担するとエレンは彼に申し出たが、元々事故が起こったのは工事現場の監督責任であるし、治療費ならそちらから出るだろうから必要ないと言われてしまった。ならば、何をしたらいいのか、とエレンは今日もリヴァイの病室に向かった。

「リヴァイさん、こんにちは」

 病室に入ると、中にはたくさんの花や見舞品が届いていた。しかも、リヴァイの病室は個室だった。他に病室が空いてないのかと思ったら、どうもリヴァイが大部屋は嫌だと個室を望んだらしい。

「それにしても、凄いお見舞いの数ですね? お知り合い多い職場なんですか?」
「あ? お前、知らないのか?」
「何をですか?」
「俺の名前はリヴァイ・アッカーマンだ」
「知ってますよ」
「……本は読まねぇのか?」
「漫画なら多少は読みますけど、小説は全く」
「映画は?」
「たまに観に行くくらいですけど」

 エレンがそう言うと、リヴァイは映画作品のタイトルをいくつか挙げた。エレンが知っているものもあれば、全く知らないものもあって、リヴァイは映画好きなのだろうかとそんなことを思った。

「それの原作が俺だ」
「は?」
「だから、原作者だ。俺の職業は物書き――作家、小説家だ」

 思いも寄らなかった言葉にエレンがぽかんとしているとコンコンというノックと同時に、病室の扉が開かれた。

「リヴァイ、顔見に来たよー!」
「お前、それじゃノックの意味がないだろう」
「どうせ入るんだからいいじゃないか。細かいこと言わないの」
「常識くらいわきまえろ。それと、ノックは四回が正しい。二回じゃトイレじゃねぇか」
「四回も面倒だろ」
「トイレと一緒が嫌なんだよ、クソメガネ」

 入るなり怒涛のように話し出している眼鏡をかけたその女性は、髪をアップでまとめ、パンツスーツに身を包んでいた。そんな服装をしている彼女を見たことはなかったが、その顔と声をエレンはよく知っていた。かつての自分――自分の記憶する限り、一度目の人生で共に巨人を殲滅させるために戦った仲間であり上官だった人物だ。

「ハンジさん……」

 思わずのように呟くと、ハンジは今やっとエレンに気付いたように眼を瞬かせた。

「あ、ごめん、ついリヴァイに目が向いちゃってたよ。えーと、君、どっかで私と会ったっけ?」
「テレビか雑誌で見たんじゃねぇのか? お前、最近、テレビや雑誌に結構顔出ししてるだろ? 人気女性誌の編集長の素顔とか何とか」
「ああ、それでか。でも、私ってテレビとか写真写り悪いと思うんだよね。君もそう思わない?」

 勝手に勘違いしてくれたのでエレンはその話に乗ることにした。さり気なく彼女が担当している雑誌の名前を聞いてチェックしておこう――ここで前世で出逢っていたんです、とか言ってもきっと中二病扱いか可哀相な子を見る目を向けられて終わりだ。

「あのお前が女性読者のハートを鷲掴みにしているとかなんとかいうのは頭がおかしいとしか思っていない」
「女性読者の動向当てるのはモブリットの役目だからさー、まあ、勘違いしたのは向こうだし」
「婚約者に頼るな」
「判ってるよ。……それより、リヴァイ、骨折の方どうなの?」

 不意に真面目な声でハンジが言い、くっつくまではギプス生活だな、とリヴァイは答えた。

「経過を見なきゃ判らねぇが、ギプスが取れるまでは六週間から八週間はかかる。取れてもリハビリしなきゃいけねぇから完治は早くても三ヶ月か。くっつき具合やリハビリ経過によっては半年とかの場合も考えられるな」
「もう、作家なんだから両足折っても両手は守ってよ。手が無事なら書けるのに片手じゃ時間かかって仕方ないじゃないか!」
「複雑骨折や手首より腕ぽっきりだっただけマシだろ。……というか、腕骨折した作家に書かせる気満々か」
「漫画なら無理だろうけど、文ならいけそうじゃないか。口述筆記とかさ。まあ、仕事は調整するとして、リヴァイ、身の回りのことどうすんの? 片手じゃ生活不便すぎるだろ」
「ああ、それなら問題ない」

 そう言ってリヴァイは視線をエレンにやった。

「身の回りの世話はこいつにしてもらう」

 思わぬ言葉にエレンは固まった。

「イヤ、何でそういう話になるんですか!? 勝手に決められては困ります!」
「誰のために俺が骨折したと思ってるんだ?」

 事実を指摘されてエレンはぐっと詰まった。確かに彼の怪我の責任は自分にある――が、これ以上、彼と接点を持ちたくはなかった。今までの人生で彼に関わってはいけないのだとエレンは学んでいた。きっとろくな結果にはならないだろう。自分は彼を傷付けるだけの存在にしかならない。

「利き腕をやっちまったから、誰かに世話を頼まなきゃならねぇ。お前は確か、アルバイトを探していたんだったな? だったら、丁度いいじゃねぇか。お前が世話をしている間の給料はちゃんと払う。まあ、家政夫みたいなものだな」
「イヤ、でも、オレ、大学がありますし、家政夫するって言われても……」
「大学に通いながらでいい。俺の家からお前の大学へはわりと近いし、丁度いいだろう」
「は?」

 言われたことが理解出来ず間の抜けた声を上げたエレンに、お前、判ってなかったのか、と男は続けた。

「身の回りの世話をしろっていうんだから、住み込みに決まっているだろう。光熱費も食費も俺持ちで家賃もかからない。更には給料も出るなんて好条件だろう?」
「イヤ、でも、そんなこと急に言われても――」
「私からもお願いするよ、えーと、君、エレン君だっけ? リヴァイはこう見えても人見知りが激しいんだ。家政婦を雇っても気が合わなくて追い出すくらいしそうだし、何回も雇い直したら悪評が立つかもしれないし、何より、〆切りに間に合わなくなったら困るんだよ!」
「お前、重要なのはそこか」
「リヴァイ見てたらデリケートなんて言葉は思い浮かばないかもしれないけど、作家は結構、環境次第で書けなくなったりするから、重要なんだよ。しぶとそうに見えても繊細な生き物なんだよ!」
「お前、俺を貶したいだけだろう……」
「あの、でも、オレ、今一人暮らししてますし、借りてるアパートあるんで……」
「じゃあ、そこは借りたままにしておいて、一時的に電気とか止めてもらえばいいよ。大家さんに話せば大丈夫だと思う。家賃だけ払ってキープしておいて、リヴァイが治るまで住み込みすれば光熱費も食費もかからず、生活費が殆ど浮くよ。あ、後、大学までの交通費も請求できるから。給料も出るし、三ヶ月くらいならおいしいバイトだと思うけど。リヴァイの家は一人暮らしなのに4LDKとかふざけた大きさなんだよ! 君が住み込みしても大丈夫だから」
「あの……でも……」
「それに、君、アルバイト先を今から探すの厳しいんじゃない? 臨時で一日とかの仕事ならすぐに給料が支払われるだろうけど、継続的なものを探すなら、面接受けて合格して、試用期間過ぎて本採用でしょ? 更に〆日があるから給料すぐには入らないし。週払いとか現金渡しってとこは少ないと思うし、かなり職種限られてくるよ」

 痛いところを突かれてエレンは言葉に詰まった。結局はあの本屋も不採用だったし、男が事故に遭ってからはアルバイト探しどころではなかったので、面接の約束どころか目星さえついていない。大学の時間割の関係や距離、時給などの諸々のことを考えると、中々いいところが見つからないというのが現状だ。

「はい、これで決まり! 大丈夫、親御さんには私の方からも話を通しておくから」

 にこにこと笑うハンジにこれで決まりだな、と男は当然のように言い放ち、エレンは押し切られるように男のところで住み込み家政夫をやる羽目になったのだった。



「リヴァイさん、朝ご飯出来ましたよー」

 そう言って男の寝室まで起こしに行くと、彼は不機嫌そうに眉を寄せた。別に不機嫌でも怒っている訳でもなく、寝起きで頭がすっきりしていないだけなのだとエレンはもう知っている。

(何でこんなことになったんだか……)

 あの後、両親の説得に本当にハンジが乗り出してしまった。両親ともリヴァイの作品を読んだことがあり――エレンが知らないだけでリヴァイはかなり有名だったらしい――、更にハンジが担当している女性誌を母親が購読したこともあって、ハンジ自体も知っていた。身元の保証は十分で、更にリヴァイの怪我の原因がエレンを庇ったことにあると知ると、エレンはひどく怒られた。恩を返すと思って身の回りの世話をしなさい、と言われ、完全に外堀が埋められてしまった。客を殴ってアルバイトを辞めたこともばれてしまったし、退路を断たれたエレンはリヴァイと同居するしかなくなったのである。
 男の家に荷物を運びに行くと、すでに部屋は整えられていた。4LDKだという男のマンションはコンシェルジュ付きで二十階建ての最上階角部屋、最寄り駅から徒歩二分という、いくらするんだろう、ここ、という物件だった。エレンの一人住まいしているアパートよりも大学に近く、これまでよく出逢わなかったな、と思ったが、大学を挟んで反対方向なのと完成してからまだ一年経っていないのが作用していたようだ。ちなみに賃貸ではなく分譲で、代金は全額支払い済みであるらしい。リビング以外の四部屋あるうちの一部屋が男の仕事部屋兼書斎、後は寝室と客間、残りの一つを少年の部屋にあてたようだった。揃えられたベッドやデスクなどの家具類がどう見ても新品に見えたので、わざわざ買ったのだろうかと少年は恐る恐る聞いたのだが、使ってない部屋だったから、丁度いいから整えただけだ、と返された。
 部屋の中はきちんと清掃されていた。男は退院早々不自由な手で清掃してまわったらしく、いつもの倍は時間がかかった、と眉を寄せていた。この広さを一人で清掃するのは骨が折れそうだと思ったので、清掃業者に頼んでいるのかと思ったら、今までずっと男は一人で清掃を行っていたらしい。この塵一つない状態を維持していかなければならないのかと思うと、眩暈がしそうだった。まあ、今は昔と違って便利なお掃除グッズがあるので、一番最初の人生での掃除よりは楽だろう。あの時、徹底的に叩き込まれた清掃技術は未だに身体に染みついている。
 仕事が忙しいときは清掃はどうしているのか、と訊ねたら、そのときは我慢しているらしい。以前、どうしても我慢出来ずに清掃業者に頼んだことがあったのだが、痛い目に遭ったので、二度と頼まないと決めたそうだ。
 どういうことなのかと更に訊けば、その清掃業者はアルバイトを使っていたらしく――そこから住所が流れたのだという。今の場所とは違うマンションに住んでいた頃のことで、そこもセキュリティもしっかりはしていたからファンに入り込まれることはなかったが、やはり気分のいい話ではなく、それからもう業者は使っていないそうだ。そもそも、昔から他人に自分の家に入られるのは好きじゃなかったという男に、オレはいいんですか?と訊ねたらお前だからな、と微笑まれ思わず赤面したのは忘れられない記憶だ。

「今日は洋食にしましたけど、良かったですか?」

 洗顔を済ませて食卓に着いたリヴァイにそう声をかける。部屋の配置や何がどこに置いてあるかなどはもうすでに把握している。対面式のキッチンはほぼ使ってなかったらしいが、広く使いやすくて、エレンもすぐに慣れた。エレンの今生の両親は共働きであったから、エレンも自然と家事を手伝うようになったため、一通りのことは出来る。更に人生も七度目ともなれば、料理経験が全くない方がおかしいだろう。掃除グッズと同様に昔と比べたら調理器具も発達していてやりやすくなった。予め男には食物アレルギーや苦手な食材を訊いておいたが、特にそういったものはないから何でも食べられると言っており、実際に彼が出されたものを残したことはなかった。

「ああ、お前の作るものなら何でも旨いからな」
「…………」

 そう言う男の声にどこか甘さを感じてエレンはじたばたと暴れたくなった。男の自分に対する第一印象は最悪の部類だったと思う。なのに、こうして同居して身の回りの世話をする自分に彼は随分と甘い雰囲気を醸し出している。どちらかというとそういった方面に疎いらしい自分がそう感じるくらいだから、他の人が見ても甘いのではないか、と思う。

(イヤ、もしかして、これが今のリヴァイさんのデフォルトなのかもしれねぇし、身内には厳しいけど優しいとこもあったし、これが素という可能性も)
「エレン」

 思わず考え込んだエレンを呼び戻すように声をかけられてハッとする。これから恒例の羞恥プレイの時間が待っているのだ。

「早くしないと、折角お前が作ってくれた朝食が冷める」
「あ、あの、リヴァイさん、そろそろ片手にも慣れてきただろうし、片手でも食べやすいようにしてますし」
「イヤ、片手だと食いにくい。零しでもしたら掃除する手間が余計にかかるだろう」
「…………」
「エレン」

 再度促されて、エレンは諦めたように息を吐いて自分が作った朝食を男の口元まで運んだ。男はそれを咀嚼してやっぱり旨いな、と笑う。そうして、エレンにも食べるように視線で促すので、エレンは同じフォークを使って朝食を口に運ぶ。箸だと利き手でなければ使いにくいかと思い、フォークで食べられる洋食にしたのだが、意味がなかったらしい。
 勿論、最初は片手でも食べやすいメニューにして、どうしても上手くいかないときはフォローするつもりだった。だが、リヴァイに片手では食べにくいから食べさせろ、と強引に押し切られてしまったのだ。ならば、最初にリヴァイに食事をしてもらい、それが終わったら自分の食事にする段取りであったのだが、一人で食べるのは味気ないと、交互に食べることをまた押し切られた。せめて箸やフォークなどは別々にしようと提案したのだが、持ち替えるのは時間がかかるだろうとこれまた押し切られてしまった。あなたの潔癖はどこにいったんですか、と言いたいエレンである。
 自分はこんなに流されやすい性格ではなかったはずなのに、男には強気に出られない。もっと距離を取るべきなのに、傍にいられるのを喜んでいる自分もいて、ダメだ、と自戒するように心の中で呟く。彼に惹かれていくのはきっとかつての自分に引きずられているだけだ、と言い聞かせる。傍にいるのは今だけ――彼の怪我が治るまでだ。
 あらかた食べ終わった時、男がスッとエレンに手を伸ばした。優しく頬をなぞり、そのままそっと指先で口元まで辿る。官能的なその動きにエレンが固まっていると、男は何かを指先で摘まみ上げた。

「ついてた」

 何かの食べかすがついていたらしい。男はそのままそれを自分の口の中に入れた。

「――――っ!?」

 ぱくぱくと口を開閉させる少年に男はどうした?と平然とした顔で告げた。どうしたも何もあるかー!と叫びたいが、それを呑み込んで、こういうときは口頭で説明してくださいよ、と述べた。

「口で言うより早いだろう」
「イヤ、常識的に考えて、それって小さい子供にすることじゃないですか?」
「大人扱いの方が良かったか? なら、次は舌で直接舐め取って――」
「子ども扱いでいいです!」

 どこまで本気なのか判らないが、男なら実行しそうな気がしたので、エレンは即答した。残念だな、と肩を竦める男に、エレンは後少しだけ残っていた朝食を自分の口の中へ押し込むと、食器類を手早く片付け自動食器洗い機にセットし、学校に行ってきます、と逃げるように玄関へと向かった。

「あ、一応、昼食はサンドイッチを用意しておきましたけど……」

 片手しか使えないリヴァイでも食べられるようなものになると、どうしてもおにぎりやサンドイッチなどになってしまう。大学があるので、さすがに昼食は共に出来ないから、一人でも簡単に食べられるものを用意してから出かけるのが日課だった。同居するに当たってエレンの大学生活を第一に考えることが決められていて、試験やレポートの提出時はそちらを優先するようにと言われている。同期生同士の付き合いもあるだろうから、夕飯が作れない場合は事前に連絡してくれれば一人で何とかするからと。何だかんだいっても、男は自分のことを考えてくれているのだ。

「判った。いってらっしゃいのキスは要るか?」
「要りません! 要りませんったら要りませんっ!」

 本当にされる前に、とエレンは慌ててリヴァイの自宅から飛び出したのだった。



 構内で溜息を吐くと、傍にいたアルミンがどうしたの?と首を傾げた。

「イヤ、何というか、脳内で色々と処理しきれねぇことがあってだな……」
「何か悩みでも? あ、同居人の人と上手くいってないとか?」
「それはない。ないんだが、むしろ良くされすぎて戸惑うっていうか」

 過去六度の人生に置いて男と恋人関係と呼べるようなもの――つまりは身体の関係まであったのは二回程、好意を向けられたのを含めると三回になるが、ここまで判りやすく甘いのは今回が初めてのような気がする。しかも、七度目の今回は自分はただの同居人であって恋人ではないのだ。

「上手くいってるなら、いいけど……何か困ったことがあったら僕の家に来ていいからね?」

 そう心配そうに言うアルミンはエレンの事情を知っている。アルバイトをクビになったという話を聞いていたアルミンはエレンに次は見つかったの?と訊ねてきたのだ。この友人は聡いから下手に誤魔化してもバレるだろう、と判断した少年は大まかな事情を話しておいた――リヴァイの素性だけは伏せて。彼が言い触らすとは勿論、思っていないが、自分が考えていたよりも有名作家らしい彼の個人情報が漏れるのを避けるためだ。
 アルミンはどうにも胡散臭い話だと思ったらしく、何度もその人大丈夫なの?と訊ねてきて――男が有名作家だと告げていれば態度が違っていたかもしれないが、それはそれでまた心配されるかもしれない――エレンが両親にも話して許可をもらっているから、と説明して納得してもらった。

「まあ、怪我が治るまでの間だし、お前が心配するようなことはねぇって」
「なら、いいけど――そういや、その人アッカーマンさんっていうんだっけ? リヴァイ・アッカーマンと同じだよね」

 この世界ではアッカーマンはそれ程珍しい姓ではないので、それだけ教えていたのだが、アルミンは作家の彼を知っているらしい。エレンは動揺を押し隠して軽く頷いた。

「ああ、そうだな」
「次の新刊いつかな? 僕、結構読んでるんだよね」

 アルミンは読書好きなので、たくさんの本を読んでいるそうだが、彼の本もかなり読んでいるらしい。エレンはこれまでに彼の作品を読んだことがないので、やはり、男が有名作家だという実感が湧かない。小説に限らず、自分が興味のないジャンルの有名人の凄さを説かれてもピンと来ないものだろう。

「そんなに有名なのか?」
「有名だよ! というか、エレンが知らないのがびっくりだけど。海外にもファンいるからね?」
「そうなのか? どんな話書いているんだ?」
「ミステリーが多いけど、ジャンルが幅広いんだよね。社会派ものも書くし、SFや時代ものもあるし、シリアスサスペンスから軽いタッチのコメディ調のもあるし……」
「……それって、無節操に書いてるっていうか、手当たり次第にやってるってことじゃねぇか?」
「幅広く書けるってことはそれだけ引き出しが多くて発想力があるってことだと思うけど。いくつかは映画化されてるし、確か漫画化されたのもあったと思うけど」
「何の話してるんだ?」

 そこに、ひょいっと顔を出したのはコニーだった。

「あ、作家のリヴァイ・アッカーマンの話。コニーは彼の作品を読んだことある?」
「リヴァイ・アッカーマンかぁ。確か映画は観たことあるし、漫画になったやつは読んだな。というか、リヴァイ・アッカーマンって、ヤバそうな顔をしたおっさんだろ?」
「おっさんて……まだ三十一、か二って話じゃなかったっけ? 高校生デビューしたから作家になってからは十数年経ってるけど」
「大学生からすりゃあ、三十すぎてりゃおっさんだぜ。絶対に人殺してそうな目つきのおっさんだった。イヤ、あれは絶対に一人や二人は殺してるな」
「見かけで人は判断出来ないよ。それに、そんな犯罪歴もないし」
「まあ、そりゃあ、そうなんだけど、やたらリアルに人の死に描写書くから、実際に殺してんじゃねぇかと噂になったりしなかったっけ? 実は年齢誤魔化していて、そっちの道から足洗って作家になったとかいう経歴詐称疑惑とか」
「それ、デマだから。リアルなのは取材の結果だと思うよ。そういう話だと、実際に戦争経験のない人が作った戦争映画は嘘っぽいとかいう話になるし」
「……別にヤバい人なんかじゃない」

 ぼそり、と低い声でエレンが言って、二人はそちらを向くと、何かを堪えるような顔の少年がいた。

「目つき悪いのは生まれつきだし、人前で不愛想なのは愛想笑いが下手で却って怖がられるからだし、厳しいこと言うのはその人のためになると思ってるからだし、ちゃんと優しいってオレは知ってる」

 一気に言ったエレンに二人はぽかんとして、コニーは悪かったな、と頬を掻いた。

「別に本気で人殺してるとか信じてる訳じゃねぇし、リヴァイ・アッカーマンネタというか、そういう感じだったんだが、ファンとかからすれば悪口だよな。すまん」
「まあ、有名人はそういう噂話を作られやすいからね。というか、エレン、リヴァイ・アッカーマンのこと知らないんじゃなかったの?」
「ああーその、昔、テレビかなんかで見たの思い出しただけ。ちょっと興味湧いたから映画とか観てみようかなーと思ってた時だったから……何か、勝手に熱くなってすまん」

 若干、気まずい空気が流れたが、それを断ち切るようにアルミンが話題を変え、三人はしばらくの間話していた――。


「ただいま、帰りましたー」
「おかえり、エレン」

 大学の講義が終わり、帰宅したエレンを男が出迎えてくれた。男におかえり、と言われるのは何だか不思議でくすぐったい気分になり、これにはまだ慣れない。

「丁度良かった、帰ってきたならやって欲しいことが――」

 そう言って背を向けて歩き出した男の服の裾をエレンは咄嗟に掴んでいた。引っ張られて怪訝そうに振り返った男がエレンの手を見て驚いた顔をする。

「――大学で何かあったか?」

 そう言う男の声音は優しい。慰めるように伸ばされた折れていない方の手がエレンの髪を撫ぜ、頬に触れ、耳元をくすぐる。慰撫するような優しい手つきなのに、どこか官能を感じさせて、上げそうになった声をエレンは噛み殺した。

「誰かに苛められたのか?」
「違います。そんな子供っぽい真似するような奴、周りにいねぇし」
「まあ、お前はやられたらやり返すタイプだしな。――だが、今朝、子供っぽい真似をしたのはどこの誰だったかな?」

 そう言って、男はふにふにと少年のまろやかな頬を抓まんで遊びはじめた。子供はやっぱり柔らかいな、と笑う男に少年は唇を尖らせる。

「オレの顔で遊ばないでください。それで、言いかけてたやって欲しいことって何ですか?」
「ああ、今まで仕事してたんだ。執筆でなく校正の方で、チェックが丁度終わった」

 そう言われて、エレンは自分が次に言われるだろう言葉の予想がついて固まった。男は仕事が一段落着くと、すっきりしたいからといって必ずやることがあるのだ。

「風呂に入るから準備してくれ」

 断るわけにはいかないその言葉にエレンは判りましたと頷いて、風呂の準備に取り掛かった。


 実際問題、骨折した場合、一番大変なのは風呂に入ることだと思う。食事はデリバリーがあるし、コンビニエンスストアなどで二十四時間いつでも購入出来るし、洗濯や清掃は贅沢でも業者に頼めるし――男は清掃業者に依頼するのは嫌なようだが――自力で出来なくても何とかなる。だが、入浴はそうはいかない。人によっては朝はシャワーを浴びて、夜は湯船につかるという風呂好きな人もいるし、衛生面や臭いの問題もあるので、普通の生活を送っていれば毎日入るだろう。大昔ならともかく、今は自動で湯を沸かしてくれるし、シャワーもあるのだから。
 ギプスが濡れないようにビニールを被せて口を縛り、更に身体を洗う作業を総て片手で行うのは不便すぎる。なので、介助するのは当たり前のことだ。……なのだが。

(これ、物凄く、恥ずかしいんだが!)

 同性相手に恥ずかしがるのはおかしいだろうし、なるべく意識しないようにしているが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。これが同性でも友人なら羞恥を覚えないが――彼だけは別だ。一番最初に風呂の介助をしたときに、見事に割れた腹筋に見惚れてしまい、そんな自分を誤魔化すように、背が伸びる前に筋肉付くとそのまま止まるって本当だったんですね、と言ってしまい、デコピンの刑をくらうことになった。ちなみに利き腕ではないのに破壊力は抜群だったので、以後、この話題には気を付けようと思ったエレンだった。

「お前もついでに一緒に入ればいいのに」

 着衣したまま、服の袖と裾を捲りあげた格好の少年を見てそう言う男に、エレンはぶんぶんと首を横に振った。男と一緒に風呂に入るなんてきっと心臓がもたないだろう。

「一人でゆっくりつかるのが好きなんです」
「そのわりには入っている時間は短いと思うが。ああ、エレン、お前運転免許証は取得しているか?」

 突如そんなことを訊かれ、エレンはリヴァイの背中を洗いながら怪訝そうに首肯した。

「一応、将来に必要になるだろうから、取りましたけど。取るなら若いうちの方がいいっていいますし」

 エレンが免許取得について恨みたくなるのは自分の誕生日だ。四月に産まれていれば楽だったのに三月末という時期だったため、大学進学までに取得するのは諦めざるを得なかった。大学の一年生の時の夏期休暇をフルに利用して何とか取得したのだが、一発で受かって良かったと本当に思っている。
 しかし、取得したといっても、さすがに未成年の自分は車を所持していないため、実家に戻ったときに親の車を運転することがある程度だ。このままいくとペーパードライバーになりそうな気がしている。

「なら、良かった。お前、金曜は確か講義は午後なかったよな? 週末で空いている日はいつだ?」

 それを聞いて、エレンは大体の想像をして、イヤ、無理です、と答えていた。

「まだ、何も言ってないだろうが」
「この流れからいって、週末出かけたいから運転してくれ、っていうつもりだと予想しました! 免許は持っていても、運転する機会が滅多にないんですから、無理です! 高級外車とか怖い!」
「言っておくが、俺の自家用車は普通の国産車だ。それにただ出かけるんじゃない。取材旅行だ」

 それを聞いて、更にぶんぶんとエレンは首を横に振った。

「旅行って泊まるってことですか!? いやいや、怪我人は大人しく家で療養してましょうよ! 何でアグレッシブなんですか!」
「骨折したからこその旅行じゃねぇか。片手じゃろくに仕事進まねぇし、なら、資料集めしておくのがいいだろう」

 そう言われると、返す言葉がない。小説家の執筆活動においては色々なタイプがある。一人でこもって静かな場所で書きたいものや、お気に入りの音楽などを聞きながら書くもの、喫茶店などの店内の方が書けるという人もいるそうだ。
 男は一人きりで、静かな場所でないと筆が進まないタイプらしく、口述筆記は無理だと言っていた。タイピングはやはり両手でないとやりにくいため、骨折してから余り仕事は出来ていないようだ。

「なら、他に選択肢を出そう。――お前、前は俺がやりにくいっていっても洗ってくれなかったな?」

 前というか、要するに局部の話だが、そこは自分で洗ってください、とエレンはなるべくそちらを見ないようにしながら断っていた。

「俺の全身をくまなく洗ってお前の身体も洗わせるのと、取材旅行に同行するか、どちらか選べ」

 今度はセクハラかー!と叫びたくなるのを堪えたエレンは、笑みを浮かべながら迫る男にどちらかを選択することを強制されたのだった。



 人間というものは当人にとって少し嫌なことを頼んでも中々引き受けないが、絶対に嫌なことと少し嫌なことの二択にして提示すると、引き受ける確率が上がるのだそうだ。勿論、両方とも嫌だと突っぱねればいいだけの話だが、エレンはそうと判っていても出来なかった。なので、金曜の午後から二泊三日の取材旅行に同行することが決まってしまったのである。月曜日は一限から講義があるので日曜日は早めに帰ってくることが約束されている。
 荷物の支度はエレンがしたが、宿泊施設への予約などは全部男が行った。今はインターネットで簡単に予約が取れるのだから便利な世の中だと思う。

「本当に国産車なんですね……」
「言っておいただろうが。車を集める趣味はないし、実用性を重視している」

 男の所有している車は国産車の中では高い部類に入ると思うが、エレンは車に余り興味はないので正確な価格は知らない。ただ、左ハンドルの車は運転したことがないので、そうではなくて良かった、と思った。

「取材旅行って作家なら皆やるものなんですか?」
「作家による。作品にもよるだろうしな。例えば、ゲーム内の仮想空間で戦う、なんて話ならどこに取材旅行に行くのかって話になる。それはそれでゲーム関係の資料がいると思うがな。今はインターネットで資料も取り寄せられるし、色々と調べやすくなったから直接行かなくても大丈夫な場合もあるし、人に頼んで映像を撮ってきてもらうものもいる。ただ、現実にある地域を舞台にして細かく描写したいのなら一度くらいは自分で足を運んでみるのがいいかもな」

 長編なのか、短編なのか、話の内容にどれだけ関わってくるのか。必要な資料は作品によって違うし、その度に一々取材旅行に行かれてはスケジュールの問題もあるし、費用の問題もある。

「まあ、今回は俺が単純にお前と一緒に旅行に行きたかっただけだから気にするな」

 あっさりとそんなことを言われ、固まるエレンにリヴァイはほら、発進しろ、と促した。

「あ、あの、どこに行くのか今現在も聞かされてないんですが」
「ナビにもう入力してある。海辺の街だ。取りあえず、新鮮な海の幸を食わせてやることを保証する」

 海辺――そう聞いて動揺しながらも、エレンはそれを押し隠してナビに案内されるまま、道を進んだ。


 男の言った通りに目的地に着いて待っていたのは豪華な食事と綺麗なホテルだった。部屋はシングル二つではなくツインで、どうしてもそわそわしているのを隠せなかったようで、男にダブルの方が良かったか、と問われ、ぶんぶんと首を横に振った。まあ、当然、何かがある訳ではなかったが。
 エレンの役目は様々な場所を撮影することだった。片手で撮影も出来なくはないだろうが、両手が使えるものが同行しているのだからそちらがやるのが自然だろう。ごく普通の建物や、歴史的建造物、郷土資料館や、普通の街並み――写すのは色々だった。男を入れて写そうと思ったのだが、資料だから必要はない、と言われた。
 ただ、折角だからと記念に二人で一緒に写ることは求められたが。

「写真ってよく写すんですか?」
「イヤ、写真よりもその土地の資料や人の話の方が参考になるかな。俺が漫画家や画家だったら写真は必要だが。ただ、撮影していた方が後で思い出しやすくなるし、装丁や挿絵がある場合、舞台のイメージとしてあった方が参考にしやすいだろう。どこか現実を舞台にするのなら足を運ぶのが一番だと思うが」

 資料を見るのと、実際に行ってみるのとでは大分違うからな、と男は続けた。

「綺麗な街並みで有名な場所が大通りを抜けると、落書きでいっぱいだったりとか、近代的な街並みのすぐ近くに貧民街があるとか――ああ、これは海外の場合が多いか。観光名所として有名な山に登ったらゴミだらけとか普通にあるからな」
「貧民街を描くのは大丈夫そうですけど、観光名所がゴミだらけとか書いたら観光協会から苦情がきませんか?」
「その辺は地名を誤魔化しておけば問題ない」
「イヤ、問題ありそうですけど」

 男はさらっと今回は一緒に旅行に行きたかっただけだと言っていたが、本当にそれが目的であるかのように気楽な感じだった。夕方のニュースや特番で放映する今が旬の観光スポットぶらり旅!という番組の撮影だと言われても納得出来そうだ。

(あ……)

 不意に視界に飛び込んできたのは海だった。折角だから浜辺に下りてみるか、と男に促され、エレンは一緒に向かった。

(海に来るのは初めてじゃねぇけど)

 一番初めの人生で特別な合言葉のようなものだった外の世界の象徴。商人の息子として産まれた時は船で各地を飛び回っていたし、今は海が特別なものではないと知っている。それでもどこか感傷的な気分なのは男と海に訪れているからだろうか。

「まだ海開きはしてないですから、人は少ないですね」
「そうだな。夏休みだったらもう少し人がいたかもしれないが。まあ、そもそもこの辺は海水浴をする場所じゃねぇが」
「え? 立ち入り禁止だったりしますか?」
「イヤ、そうじゃないが、遊泳は禁止だったはずだ。まあ、どっち道、今の水温じゃ泳げねぇな」

 不意に男が会話を止めて、エレンに向き直った。

「ずっと――」
「リヴァイさん?」
「ずっと、お前を探していた。出逢えたなら離さないと決めていた。俺の傍にいて欲しい」
「―――っ」

 男の言葉に息が止まりそうな気がした。頭が真っ白になる――今、何を言われたのか。
 ダメだ。また同じことを繰り返してしまう。今ならまだ始まってもいない。逃げなきゃ――。
 無意識に足を動かそうとしたエレンに、男は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「――というのが、主人公の台詞なんだが、お前はどう思う?」
「は?」

 その言葉に意識が戻ってきたエレンは震えそうになる唇を抑えて、何とか声を発した。

「……ちょっと、くさくないですか? ありきたりだと思います」
「くさいくらいの方が判りやすいだろう?」
「というか、どういうシチュエーションなんですか?」
「三股かけて本命に逃げられた男が女を追っかけて戻って来てほしいと頼み込むときの台詞だ」
「それで主人公? というか、三股って時点で死ねって思われますよ。女性読者には絶対に嫌われると思います。あ、そういえば、リヴァイさんの作品ってファンはどちらが多いんですか?」
「半々くらいか? ジャンルやそのシリーズによって違うからな。男性主人公が可愛い女子を次々落として自分のハーレムに加えていくファンタジーものと、女性主人公がどういうわけか美形男子ばかりと知り合って事件を解決していく学園推理ものだったら、読者層が違うだろう」
「……何か、例えが極端すぎるんですけど」
「お前に判りやすいように伝えたつもりだが?」
「イヤ、若い奴がラノベしか読まないとかっていうのは偏見ですからね?」
「では、お前はラノベ以外も読むのか?」
「………」

 ここでライトノベル以外どころか、ライトノベルすら読んでいない、とは言えない。黙り込んだエレンを見て男は笑う。もう戻るか、という男に頷いて、エレンはひっそりと胸を押さえた。
 大丈夫だ、からかわれただけだ、まだ傍にいても大丈夫だと言い聞かす。――想い出すのは、命の消えゆく自分を見たときの彼の顔。

(怪我が治るまでは傍にいる。そして、二度と近寄ってはならない)

 別れを考えると胸が苦しいのも、一緒にいてドキドキするのも全部気のせいで、きっと離れたら忘れられる。離れなければならないのだ。男の後を歩きながら、エレンはただ唇を噛み締めた。



 旅行の後は何事もなく日常に戻った。あの台詞に何の意味があったのか、男の真意は判らないが、判らないままでいい。なかったことになるならそれでいい。男の様子は変わらず、エレンに対して甘い。一緒に買い物に行ったり、不意を衝いて触れてきて、まるで同居というより同棲している恋人にするような態度で勘違いしてしまいそうになる。

「そういう訳で膝枕しろ」

 リビングのソファーに座った際に男にそう宣言され、いったい何の話だとエレンは首を傾げた。

「……何がどうして膝枕になったんですか?」
「耳掃除がしにくいからだ」

 確かに片手では反対側の耳は掃除しにくいだろう。うっかり動かしてしまって鼓膜でも傷付けようものなら整形外科の他に耳鼻科にも通うことになる。
 だが、膝枕をしなくても耳掃除は出来るのではないだろうか。実際に耳鼻科の診察で横になることはないはずである。そのように述べたら、男は横になって見た方が見やすいだろう、とあっさりと却下された。

「イヤ、横に座って見た方が影が落ちなくて見やすいんじゃないですかね?」
「ペンライトで見ればいいだろう」
「そこまでしなくても……って、あるんですか、ペンライト」
「防災袋に確か入っていた」
「イヤ、持ち出さなくても……判りました、やります。腕、絶対に動かさないでくださいね」

 耳掃除用品をエレンに渡し、男はエレンの膝の上に頭を乗せた。人の頭って結構重みがあるよな、と思いながら、慎重に耳掃除を始める。人の耳掃除などする機会はまずはないので――耳鼻科に勤務しているか、身内に子供がいれば別だとは思うが――傷を付けてしまいそうで怖かったが、何とか進めていく。

「えーと、もう大丈夫だと思います。……リヴァイさん?」

 耳から手を放すと、男は下からエレンの顔を見ていた。その手がやんわりと、エレンの頬を撫ぜる。

「……何も怖いことはなかっただろう?」
「―――っ」

 固まるエレンに、男は何かを摘まむような仕種をして、エレンに指先を見せた。そこには黒く細いものがついていた。

「睫毛、ついていたぞ。イヤ、あんまり怖々とやってるから、そんなに怖いのかと思ってな」

 言いながら目の下あたりを撫ぜてくる手が優しくて、エレンは不意に泣きたくなった。唇が震えそうになるのを何とか堪えていると、すっと、男はエレンの膝の上から頭を離して身を起こす。

「骨折の方だが、順調にくっついているらしい。そろそろギプスが外れるかもしれないな」
「そうですか、良かったですね」

 何とか笑顔を取り繕うと、男は日頃から鍛えていたおかげだな、と笑う。

「伊達に腹筋割れているわけじゃねぇぞ?」
「腹筋と骨って関係なくありませんか?」

 筋力が落ちているだろうからリハビリが必要だろうが、男の傍にいるのはもうそんなに長くはないかもしれない。ギプスが外れて腕が細くなっていたら、比べて見せてやるよ、と男が言うのに頷いた。


「ただいま、帰りましたー」

 そう言いつつ大学から戻ったエレンは玄関から進んだが、リヴァイは姿を見せない。いつもはエレンを必ず出迎える男だが、どこかに出かけているのだろうか。しかし、特にそんな話は聞いていない。仕事に集中して気付いていないとか、急な打ち合わせが入った可能性もあるので、取りあえずは部屋にいるか確認して、戻らないようなら連絡を入れてみようと考えながら進めていた足が止まる。リビングに明かりがついていたからだ。

「リヴァイさん?」

 辿り着いたリビングではソファーに横になっている男がいた。その瞼は閉じられていて、具合が悪くなったのだろうか、とエレンが急いで近付くと、規則正しい呼吸音が聞こえた――どうやらただ眠っているだけらしい。

(腕は……仰向けに寝てるし、大丈夫っぽいな。起こした方がいいかな? でも、気持ち良さそうに寝てるし)

 夕飯が出来るまで寝かせてあげた方がいいだろうか。何もかけていないので風邪をひくかもしれないから、何か持ってくるべきだろうか。そんな考えが次々に脳内に浮かぶ。

「…………」

 それは、本当に魔が差した、としか言い様がなかった。男が眠っていると思ったから、気付かれることはないと思ったから出来たこと。
 眠る男のソファーの前へと座り込み、じっとその姿を眺める。そっと手を伸ばしてサラサラした男の髪を撫ぜ、頬に指を滑らせた。その形を確認するように鼻と口にも触れる。
 男が起きる気配はない。後少しだけ――ほんの少しだけ起きないでいて欲しいと願いながら、エレンは男の折れていない方の手を取った。いつも男が撫ぜてくれている動きを真似するようにその手に自らの頬を擦り寄らせる。
 この手が――好きだ。いつも触れてくる手が好きだ。甘く自分を呼ぶ声が好きだ。目つきが悪いと言われているその瞳が好きだ。この人の全部が好きだ。何度生まれ変わってもこの人が好きだ。
 だけど、この想いは封印しよう。今生では決して彼に好きとは告げずにいよう。そして、離れるのだ――彼を不幸にしないために。
 そっと手を放そうとしたとき、逆に手を掴まれて、エレンはぎょっとしてソファーの男に視線を向けた。――男の瞳は開いていた。エレンは一気に血の気が下がったような気がした

(起きてた? いつから? 今のどう思われた?)

 鼓動がどんどん早くなる。何かを言わなくてはいけないと思うのに、言葉が出てこない。眠っていたから悪戯してやろうと思ったとか、普段、触られてるからお返しです、とかふざけたように言えばいい。それだけでいいのに、舌がもつれたように動かず、声帯が機能してくれない。
 が、そんなエレンの気持ちに構うことなく、男はソファーの上で身体を起こした。

「エレン、話がある」

 男にそう真剣な顔で見つめられ、頭の中で警鐘が鳴った。嫌な予感しかしない――この話は聞いてはいけないものだ。この状況を招いてしまった原因は自分にもあるという自覚はあったが、出来るなら何も聞かずにこの場から逃げ出したい。だが、男はエレンにとって死刑宣言に値する言葉を投下した。

「エレン・イェーガー。俺はお前に惚れている。俺と付き合ってくれ」
「…………」

 聞きたくなかった言葉を耳にして、エレンは告白してきた自分より一回り年上の男を途方に暮れて見つめた。
 告白されたのだから返事をせねばなるまい。それは判っているのだが――果たして自分は何と答えるべきだろうか。

(ああ、やっぱり関わるんじゃなかった。ろくな結果にならないのは判ってたってのに)

 何度も何度も繰り返された悲劇を――傍から見ていれば面白い劇だったのかもしれないが――回避するにはどう答えるべきかエレンは必死で言葉を探した。
 同性とは付き合えないときっぱり断るべきか、リヴァイさんは全くタイプではありません、と冷たくあしらえばいいのか――嫌いだと言ったら、自分を嫌いになってくれるのか。

「エレン」

 そっと男の手が頬に伸ばされた。何かを拭うようにそれは優しく動いていく。

「泣くな。そんな風に泣くな」

 言われて、初めてエレンは気付いた。自分の頬を涙が伝っていることに。声一つ上げず、静かに自分は涙を流していた。

(関わるべきじゃないのは判ってた。ろくな結果にならないのはちゃんと判ってたんだ……!)

 男と関わって、話して、一緒に暮らして――それで自分が彼のことを好きにならないはずがない。傍にいたいと願わないはずがない。それは決して望んではいけないことなのに、今までに何度も繰り返して判っていることなのに。

「エレン」

 エレンは歯を食いしばり、とん、と軽く男の胸を押して、自分から手を放させると、急いで立ち上がり置きっぱなしだったカバンを引っ掴んだ。

「エレン!」

 エレンは何も答えず――答えることが出来ずにそのまま玄関まで走り靴に足を突っ込むと、男の家から飛び出した。
 ああ――自分は何一つ変わっていない、とエレンは思う。あのときと同じように怖がって、男から逃げ出した。
 何の解決策も見つからぬまま、エレンはただただ男から逃げた。


 逃げたといっても現実からは逃げられない。男の家から飛び出した後、エレンはアルミンの家に駆け込んだ。エレンの様子に友人は驚いていたが、何も言わずにそのまま自宅に泊めてくれた。翌日――どうしても大学に行く気になれず、アルミンに欠席届を出してもらった。その日が金曜で午前中のみの講義だったのはまだマシだったかもしれない。金曜も泊まり、土日も友人の家で過ごし、月曜日――さすがにこれ以上友人の家には泊めてもらえないとエレンは思った。アルミンは落ち着くまでいていいよ、と言ってくれたが、そういう訳にもいかない。それに、咄嗟にカバンは持って出たので携帯電話や財布、筆記用具などは持っているが、エレンの荷物は男の家に殆ど置いてある。男にどう返事するにせよ、これから先生活していくには男のところに一度戻らなければならない。
 だが、自分でもどうしたらいいのかエレンには判らなかった。取りあえず、今日は行かなければと大学には行ったが、講義の内容など頭に入るはずもない。ぼんやりとして過ごし――おかげで、体調が悪いなら休んでおけと友人達に心配されてしまった――大学を出ようとしたところ、ひらひらとこちらに手を振る女性を見つけた。

「ハンジさん……」
「すれ違いにならなくて良かった。君の講義の終了時間は聞いていたけど、真っ直ぐ帰るとは限らなかったからね。うろうろして不審者として捕まりたくないし」

 男から連絡が行っていたのだろう。エレンの帰りを待ち構えていたらしい彼女は事情は詳しくは知らないよ、と笑った。

「取りあえず、どこかに入って話そうか。リヴァイが君に何かして家出したんなら私がリヴァイをぶん殴るし、相談に乗るけど、何の理由もなく勝手に出たんなら君は何の連絡もせずに仕事を辞めるような無責任な人間なんだって認識になるけど。勝手に身の回りの世話を押し付けたのはこっちだけど、君も承諾して、ご両親にも話して、更に金銭の授受が発生してるんだから、責任と義務があるのくらいもう君の年齢なら判るでしょ? 更に未成年の君に何かあった場合、頭を下げるのはリヴァイなんだよ」
「……はい」

 唇を噛み締める少年にハンジはふう、と溜息を吐いた。

「ああ、別に説教したい訳じゃないからさ。ただ、何にも説明しないでいなくなるのはリヴァイが不憫すぎると思ってね。吐き出したいことがあるなら聞くし、君の話によってはどうにかするからさ」

 だから、取りあえず、どこかの店にでも入ろうか、とエレンの手を引くハンジに少年は素直に従った。


 ハンジが入ったのは落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。打ち合わせなどで利用するには丁度いいんだよ、静かだし、と穴場の喫茶店やカフェには詳しいのだとハンジは笑った。店員に二人分の注文を済ませると、彼女はエレンに向き直った。叱られるのを待つ子犬のような様子のエレンに、彼女は思わず、手を伸ばしてその頭を撫ぜていた。きょとんとする少年に、ハンジはリヴァイに撫でたのが知られたら怒られそうだなぁ、と呟きその手を戻した。

「エレン、自分のことが話しにくいなら友達のことからでもいいよ」
「友達?」
「そう。友達から聞いた話とか、悩んでる子がいてアドバイスして欲しいとか、全部受け付けるからさ」
「…………」

 つまりは言いにくいなら自分のことではなく、友達から聞いた話とか、友達が悩んでるんだけど、なよくあるふりで自分のことを話せということだろうか。ベタな手法ではあるが、その方が話しやすいかもしれない。
 ただ、エレンにも何から話していいのか判らない。勝手に飛び出してきたのはハンジの指摘通りに無責任な行動だったと思うし、男が悪い訳ではない。だが、飛び出してしまった理由を語るとなると、男に対する感情を説明しなければならない。――嘘を吐くのは簡単だった。男に告白されて気持ち悪かったのだと、もう一緒にいるのが嫌になったのだと言えばいい。
 だが、どうしても、それがエレンには言えなかった。例え偽りだとしても、男のことを嫌いだと――そう言うことが出来なかった。

「別にいいよ、ゆっくりで。君の話したいことを最初からゆっくり話してくれれば、全部聞くから」
「最初から……」

 言われて、エレンは二度目の人生でしか自分の前世について語ったことがないのを思い出した。話しても妄想癖があるのだと思われて終わりだと思っていたし、信じてはもらえないだろうと話す前から諦めていた。例え、変な奴だと思われるのだとしても――一度、吐き出してみるのがいいかもしれない。

「あの、例え話として聞いてもらってもいいです。信じてもらえないかもしれませんが――」

 そうして、エレンはとある少年の物語として、自分の前世の話をした。リヴァイとの関係性はさすがに伏せたが、何度転生しても必ずある男とは出逢うのだと。大体の話を聞いて、ハンジはそれは一般でいう前世とはちょっと違うかもしれないね、とエレンに告げた。

「どっちかというと、縦軸ではなく、横軸に移動してる感じがするな」
「横軸?」
「そう、同じ世界軸じゃなくて、平行世界移行な気がする。異世界転生って、小説ネタではよくあるけどね。少なくとも、今のこの世界には巨人がいたって文献はどこにも残されていない。この世界の過去だったというより、異世界の話だって方がしっくりくる」
「それは発見されていないだけじゃ?」
「今の研究レベルだと、全く残ってないって言うのが不思議だけど。だって、印刷技術があったんでしょ? 何も残らず消えるなんて有り得ないと思う。君が死んだときにはもう巨人の脅威がなくなっていたんだとしたら、そもそも消滅した理由が判らない。戦争とかで滅んだのなら、どこかに記録は残るはずだし」
「…………」

 確かに今までの前世において、全く文献が残っていないのが不思議であったし、特に文明の発達した今生ではあれだけの規模の遺跡が全く発見されていないのは不自然だ。それに、自分の死後、滅んだ理由が判らない。あれが別世界の話であったというのなら、この世界に何も残ってないのは当然となる――最初から存在していないのだから。そのことは全く考えなかったとは言わないが、何度も転生したうえにそれを覚えているということ自体がすでに有り得ないのに、更に異世界転生までついてくるとは信じられなかった。どんな業があればそんな人生を送ることになるというのだろう。

「それが本当だとして、何でそんなことになっているんでしょうかね……」
「うーん、お約束としては誰かに召喚されたってなるんだけど、心当たりはないんだよね? 後は何か条件があってそれをクリアしないと終わらないとか……」
「条件?」
「イヤ、判らないけど。特定条件を満たしたから発生したっていうより、何かが足りないからクリア出来ずに繰り返してる――そんな風に感じたからさ。イヤ、転生してる方としてはゲームみたいな例えされて嫌かもしれないけど」

 ハンジの言葉にエレンは首を横に振った。確かに条件を満たしたから転生した、というよりも、何かが足りないから転生が終わらないのだという方が合っている気がする。今生が七度目の人生になるが、出逢う人間もまちまちで、歩む道も全部違っていたから、何かの条件が満たされて転生しているというのはないだろう。共通しているのは男と必ず出逢うということだけだ。
 しかし、終えるのに条件があるのだとしたら何なのだろう。その推論でいくと、一番最初の人生を終えたときに何か転生するような仕組みが作動して、それが止められなくなっているということになる。総ての起因が一番最初の人生にあるのだとすれば――。

「でも、本当にゲームだったら必要なアイテムを総て揃えるとか、誰かのお願いや望みを叶えたら報酬をもらえるとかで簡単なのにね」

 ハンジが何気なく口にした言葉にエレンは顔色を失くした。まさか――そう思うも、一度浮かんだ考えは消えてはくれない。手で口元を押さえ、思わず動いてしまった足がテーブルを蹴ってしまい、ガタッという音を立てた。

「エレン?」
「そんなことは――オレには、『エレン・イェーガー』にはそんな能力はなかった。そもそも、あのときもうオレは巨人化の能力だって失くしていた。出来る訳が――」

 だが、それなら総ての辻褄が合うような気がする。自分が転生を繰り返しているのも、『彼』とだけ出逢うのも総ては全部―――。

「エレン、どうした――」

 ハンジが言葉を言い終わる前にエレンは店を飛び出していた。今は一刻も早く男の元に行きたかった。


 数日振りに戻った男の家は特に変わった様子はなかった。数日で変わるのもおかしい話だが――だが、この数日でエレンの中では嵐のように色々な感情が荒れ狂っていた。
 リビングに人の気配がして、エレンはそちらに足を進めた。そこには、エレンが愛しいと思う男がいた。

「リヴァイさん……」

 ソファーに座って顔を伏せていた男は、エレンの気配に気付いて顔を上げた。視線と視線が絡まる。
 少し、やつれただろうか。自分がいない間、ちゃんと食事はしていただろうか。風呂には入れただろうか――綺麗好きな彼には入浴出来ないのは辛いだろう。そんなことがぐるぐると頭の中を回る。違う――ちゃんと話さなければならないのはそれではない。勿論、男の身の回りの世話を放棄したのも、勝手に飛び出したのも詫びなければいけないが、エレンが最も謝罪しなければならないことは他にある。
 それを口にしようとして、エレンは顔を歪めた。熱いものがこみ上げてきて、エレンは瞳からぽたぽたと透明な雫を落とした。

「すみません、そんなつもりじゃなかったのに……っ! 巻き込むつもりじゃなかった! だって、そんな力、持ってなかった! あのとき、『エレン・イェーガー』にはもう何の力も残ってなかった! だから、何にも望まないつもりだった。あれが一番最善の選択だと思ったからそうしたのに……っ!」

 ああ、何を言っているのだとエレンは思う。前世の記憶がない彼にそう言ったところで、伝わらない。きちんと説明しなければ伝わらないのに――だが、伝わったところで今更だ。この謝罪自体が今更なのは判っている――もう、起きてしまったことはなかったことには出来ないのだから。

「望んでも叶わないって判っていたから、絶対に口にしなかった。何にも残していく気はなかった。なのに、ずっと心の底では望んでいた……っ! オレが、エレン・イェーガーが望んだのは――」

 彼に問われて返さなかった言葉。
 自分が本当に望んだのは―――。

「ずっと一緒にいたかった! 一緒に生きていたかった! 一緒に幸せになりたかった! ごめんなさい、リヴァイ兵長……ごめんなさい……っ!」

 望んだのは、男と一緒に生きて幸せに暮らすことだった。ささやかで、でも、決して叶えられない願いだった。
 なのに、最後の最後でそれは作動してしまった。自分の持っていた力なのか、何の作用なのかは判らない。
 だが、それは成されたのだ――自分の望みを叶えるために。
 男と必ず出逢うのは当たり前だ。だって、彼がいなければ話にならない。引きずり込まれて転生させられた彼はどんな人生を歩んでも必ず自分と出逢う。
 何度も転生を繰り返すのも当たり前だ。だって、自分が早くに死んでしまったのだから。おそらくは彼が死んでもまた転生しただろう。自分が望んだのは一緒に生きて幸せに暮らすことで、その長さがどのくらいの定義を持つものかは判らないが、納得いくまで彼は付き合わなければならない。
 世界を転々と移動したのは、どの世界なら幸せになれるのか模索したのだろう。転生する度に自分が早死にしたので他へ他へと移動する結果となった。そうして、そこに彼の魂も喚び込まれた。
 これは望みや願いなんてものじゃない――まるで、呪いだ。自分が満足するまで男に傍にいさせる呪縛。そして、それはそれが叶えられない限り絶対に解けない。だって、どうやってそうなったのか、自分でも判らないのだから。今生でも、自分が早死にすればまた転生するのだろう。そして、男はまたそれに付き合わせられる。
 そんな風にしたい訳じゃなかった。強制的に傍にいてもらいたい訳じゃない。ただ、傍にいたいと願っただけなのに、どうしてこんなことになったのだろう。

「違う、エレン」

 男は優しくエレンの頬を流れる涙を拭った。

「俺は『リヴァイ兵長』じゃない。『リヴァイ・アッカーマン』だ。人類最強の兵士長はもういない。ここにいるのはただの作家のリヴァイだ」

 男の言葉にエレンは眼を瞠った。その言葉はまるで――。

「リヴァイさん……記憶、あるんですか?」

 震える声で訊ねるエレンに男は頷いた。

「だが、全部じゃねぇ。一番最初が一番よく覚えていて、後は傭兵と騎士か。それ以外は断片的に切り取ったような場面が少し浮かぶだけではっきりはしない。まあ、ろくでもねぇ人生だったんだろうが」
「すみません……」
「お前が謝ることじゃねぇ。俺がろくでもねぇ奴だっただけだ。エレン、お前は俺を巻き込んだと言うが、俺は巻き込んでくれて嬉しい。お前とこうして出逢えた」
「――――」
「ずっと、お前を探していた。出逢えたなら離さないと決めていた。俺の傍にいて欲しい」

 以前に旅行に出かけた時に聞いた台詞を、男はまたエレンに告げた。そうして、その手が優しく少年の頬を撫ぜる。

「俺の本心だ。逃げられたくなかったから、あのときは誤魔化した。お前はいつだって俺から逃げようとしていた。だが、逃がしてはやれない。愛している、エレン」
「――オレは、あなたを不幸にします」
「そんなことはねぇ」
「オレは今まで、ずっとあなたを不幸にしてきた。きっと今回も同じことを繰り返す」
「今までのことなんて関係ねぇ。『今』の俺がお前を好きで一緒にいたいんだ。――なぁ、エレン、俺の手を取れ。どうして不幸になるって決めつけるんだ。俺が不幸かどうか決めるのは俺だ。お前じゃねぇ」
「オレは――オレは決めたんです。今生では決して言わないって、なのに、どうして――」
「――なら、ここで死んでくれ」

 リヴァイの言葉にエレンは固まった。男はエレンをしっかりと見つめながら続ける。

「今、ここで死んで、生まれ変わってくれ。そういう気持ちで俺の手を取れ。お前の中で自分を殺して、俺とこれからを生きろ」
「――オレはいつもあなたの目の前で死んできた。今回も死ぬかもしれない」
「俺が死なせねぇ」
「オレはあなたを不幸にすることが怖い。あなたを残して逝くのが怖い。あなたを傷付けるのが怖い」

 そう言ってから、エレンは違う、と首を横に振った。

「違う、いい訳だ。オレが怖いのはあなたを不幸にして自分が傷付くことだ。自分のことしか考えてない……っ!」
「俺だって怖い、エレン」

 だが、それでも、と男は続ける。

「俺を選べ、エレン。お前に先に逝かれるのは怖い。お前を残して逝くのも怖い。それは俺も同じだ。一緒に死ぬなんて、心中か事故でもなければ有り得ねぇ。どの道どっちかが先に死ぬんだ。なら、その恐怖より、俺を選べ」

 それは甘い誘惑だった。きっと禁断の果実を目の前に差し出された人間もそう思っただろう。

「俺はもうお前を選んだ。だから、お前も俺を選べ。そうしたら、俺は全部お前のものだ。だから、お前も全部俺に寄越せ」

 エレンは呻くような声を上げ、怯える手を男に伸ばした。男はその手を折れていない方の手で取り、指を絡めた。
 あなたが好きです、とそう微かな声で告げた少年の唇を男は奪い、満足そうにもう逃がさないからな、と囁いた。





《完》



2016.11.20up




 ようやっと完結しました、七度死んだ男です。いったい、完結までにどれくらいかかってんだ、と思われた方、自分でもそう思ってますので、突っ込まないでやってください(汗)。これの前編をUPしたのが、2015年4月なんですが、原作15巻以降のことは想定していないと思ってください。止まっているうちに原作進んじゃったので、色々と違うことが……。もう、ルート分岐したと思っていただければ、はい。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました〜。
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