True of him 7

「すみません」

「はい」


前中は対外出用の笑顔を顔に張り付け、受付嬢に声を掛けた。


「お忙しい中すみません。

経理の御木良隆の身内の者ですが・・・」

「少々お待ちください」

「いえ、呼んでいただくわけじゃなく、実は昨日、昼休憩中に事故に遭いまして・・・」

「え・・・」

「それで、連絡も遅れてしまってすみませんでした。

荷物もそのままだと思いますので、一度引き取らせていただこうと思いまして窺ったんですが」

「少々お待ちください」


受付嬢は前中の言葉に驚きの表情を浮かべ、すぐにどこかに連絡を取っている。

そして、話は纏まったのか


「7階になりますので、奥のエレベーターを利用していただきまして・・・」

「分かりました。ありがとうございます」


前中はフロアの位置を把握していたが、最後まで受付嬢の言葉を聞いた。

いくら知っているとはいえ、話しを遮れば余計な印象を与えてしまいかねない。


「お大事になさってください」

「どうも」


受付嬢の笑顔に見送られ、前中はエレベーター前へと進む。

前中がエレベーターが来るのを待っている間、横に1人男が並ぶ。


「出たと思われる場所は普段、鍵が掛かっている様子でほとんど人の出入りはないです。

私がここに来るまで会った人間はいませんでした」

「分かりました」


そのまま2人は連なるように、御木が普段仕事をしているフロアへと進む。

男とはフロアに入る前に分かれ、前中だけがフロアに足を踏み入れた。

フロアで仕事をしている人間は、前中のような他人が入ってきても数人が顔を上げて確認する程度でほとんどがパソコンに向かい続けていた。

ただ、連絡を受けていたのか待っていたかのように


「あの、御木の身内の方ですか」


そう言いながら年輩の男が近づいてきた。


「そうです」

「そ、そうですか・・・あの、昨日の夕方は警察の方が来られたんですが、事故というのは・・・」


見た目は40代前半というところだろうか、少し白髪が見える。
オドオドとした態度は自分達に非がないかを気にしているように前中には見えた。


「昼休憩中、食事に外へ出掛けた時にバイクと接触事故を・・・」

「そ、それは・・・」

「幸い軽傷で済んだんですが、自宅療養をさせようと思いまして」

「そうですか」

「昼休憩中のこと、荷物もそのままだったと聞いたので」

「ああ」

「良隆の席は・・・」

「こちらです」


男は「大変でしたね。いきなり警察の方が来られたんで気にはなっていたんですよ」と言いながらも、”昼休憩中”という単語にどこかホッとしている様子も見えた。


「失礼ですが・・・」

「あ、申し送れました。

私は御木の上司で、主任を任されている堀崎(ホリサキ)といいます」

「そうですか、良隆がいつもお世話に・・・」

「いや、御木君はよく働いてくれていますよ。

ここが御木君の机です」

「ありがとうございます」

「では、私は仕事がありますので・・・」


前中は丁寧に礼を言いながら、良隆の机と改めて向き合う。

鞄はちょうど机の下に置かれていた。

机の上には書類が積まれているが、特に重要な書類ではないのだろう。
前中がそこにいても、誰も書類を目に触れさせないように取りに来ることはなかった。

前中が荷物を整理するのにそう時間は掛からなかった。
その間に、隣の席に座っていた男が話しかけてくることがあった。


「代理、事故にあったんですか」

「はい。まあ、軽傷で済んだんですが・・・」

「相手は」

「それが分からないんです」

「へー」


男の興味津々という態度は分かりやすく、前中は


「しばらくは自宅でゆっくりさせると母親も言ってましたので・・・では、失礼します」


いつ復帰する予定なのか、そんな細かいことは言わず荷物だけを引き取る。

廊下に出るとすぐに


「どうでしたか」


とフロアに入る前に別れた男が再び近づいてくる。


「いました」

「それは・・・」

「良隆さんの席、斜め前の男」

「分かりました」


男はそう言うと、前中から離れていく。

前中はもう一度フロアを軽く振り向きながら、さっきまで感じていた視線を思い出す。

それはフロアに入って来た時、前中が良隆の話に触れた時から始まった。

他の人間と同じようにパソコンへと向かっているが、前中のことを意識してしまうというところか。

だからといって、話しかけてきた人間のようにあからさまに話を聞けない。
後ろめたい部分があるからと考えられる。

代わりに、前中と隣の男が話しているのを手を止めて聞いていた。

前中にはそれだけで十分だった。


「さて・・・」


前中は会社を出ると、待機させていた車に乗り込む。


「君が掴んできた情報の確認に行きましょうか」

「ああ」


すでに車には小野が乗車していた。
というより、ずっと行動を共にさせられていた。

『私の用が済んだ時点であなたの聞いてきた情報の確認作業に移ります』

そう言われ、連行されたのが真相だったりする。


「さて、それでは・・・」


小野の指示で何人かチンピラだったり、下っ端の組員を当たる。

そのどれもが、

『俺もちょっと聞いただけだ』

『たまたまその時に一緒に飲んでた奴が言っていた』

曖昧な情報だった。

これといった情報を掴めず、小野は少しずつ焦り始めていた。


「おい、ちょっとでもそいつの情報を思い出せよ」

「そんなこと言ってもよー」

「小野さん・・・」

「いや、何か知ってるかもしれねぇ」

「小野さん」


小野は振り返るのも怖く、変に大きな声を上げるほどだった。


「小野さん。
もともとそれほど期待していませんから」


その言葉は喜んでいいのかどうなのか分からない。
しかし、小野は


「そ、そうか」


明らかにホッとした様子で、それまで鬼気迫る顔で脅していた相手の襟刳りをパッと離した。


「そうですよ。

あなたみたいに腕力やセックスの耐久度しか自慢するものがない人間に最初から過大な期待は無用ですから」

「・・・・た、耐久って」

「さあ、次で最後なんですよね」


前中は小野をその場に残し、さっさと車へと戻ってしまう。

携帯で時間を確認すると、すでに昼を回っている。


「本当に何もこれで出なかったら、この3時間以上のロスをどう償ってもらいましょうか」


小野が車へと戻ってくる間、前中はメールで入ってくる状況を確認しながら誰にともなく呟く。

ただ、それを聞いていた運転手は何も言えずにしっかりとハンドルを握りしめるしかなかった。


「待たせたな。じゃあ、最後は新宿だ」


何も知らない小野は戻ってくると、さっきまでの暗さは軽減され、違った意味で大きな声になっていた。

運転手は何も言葉を発することもなかった。

車が新宿へと向かう間にも、前中の携帯に着信が入る。
隣に座る小野にはその内容が嫌でも耳に入ってきた。


「もしもし、どうですか」

『言われた人間は水橋といって、御木さんより3年後輩だそうです』

「それで」

『家に入ってみましたが、特に不審な物はありませんでした』


そこまで聞いていた小野は、


「おい、家に入ったって・・・不法侵入ってことだろ」

「他には」

「おい、見つかったりしたらやべぇだろ」


軽く前中の腕に触れる。


「ちょっと待ってください」


すると、前中は携帯を一端耳元から離した上で


「小野さん。
あなた、今更ですが何を常識人のような言い方をしてるんですか」

「常識人って・・・だってだなぁ」

「それといつまで私の腕を掴んでるんですか。

すぐに離さないと、その肘関節から下を切り落としますよ」

「そ・・・」

「3・・2・・・」

「ちょっ、離す、いや、離した」


小野は慌てて前中の腕を解放すると、ホールドアップの状態を示す。

前中はそれを確認すると、再び電話に戻る。


「失礼、それで他に何か見つかりましたか」


きっと今のやり取りは電話の向こうにも聞こえている筈で、


『は、はい。えっ・・・と、部屋の中には特に怪しいものは無かったんですが、水橋が使っているパソコンに』

「パソコンに何ですか」

『その、あ、あるサイトに頻繁に通っている履歴がありました』


小野の耳に届く声が緊張味を帯びているのがよく分かった。


「そうですか」

『今、もう1人がそのサイトを確認していますが・・・』


その途中、後ろで『これだっ』という声が混じって聞こえる。


『あ、あの・・・み、見つかったみたいです』


電話の相手は興奮している様子で、”見つかりました”と
連呼していた。


「何が見つかったんですか」


相手の興奮度を気にしながらも、前中は冷静に、冷水を浴びせるような口調で話しかける。


『ほ、報告させます』

「そうしてください」


すぐに電話は代わったようだ。
興奮冷めやらずという感で、男が話し始める。


『えっと、水橋はあるサイトに毎日のようにアクセスしていました』

「それは聞きました」

『す、すみません』

「その続きを」

『はい。そのサイトは他人に不満を持ってる人間が、その不満を色々書き込んでるものです』


そこまで聞くだけでも、なんとなく前中は状況が少し読めていた。

しかし、考えている以上のことがあるかもしれないと思い相手に喋らせ続けた。


『水橋は御木さんらしい人間への不満を書いています。

”いろんな部署をたらい回しにされてきた、使えない人間”

”男と抱き合ってるのを見た。ホモ野郎だった”

それに対して、周りも面白がって煽っています。

あ、写真もありました』

「写真・・・」

『はい、社長と一緒にいるところのようです』

「そのサイトのアドレスを送ってください」

『分かりました』

「それと、そのパソコン・・・」

『処理しておきます』


そこで通話は終了となった。


「どういうことだよ」


会話の全てを聞いていた小野は、それでもどういうことなのか分からずに前中に尋ねた。

しかし、

「分からないなら、分からないで結構ですよ」

と冷たく突き放された上で

「それよりも、目的地がもうすぐそこです」

小野は自分が連れ出された本来の目的へと移らされた。





「よお、久しぶりだなぁ」


小野の口調はいかにも的な言葉遣いだった。

目の前にいるのは少々年輩の男と、こちらも堅気な職業では決してなさそうな若い男。


「シン、知ってる人?」


若い男は警戒している状態を崩さず、隣の男に話しかける。


「さあ・・・」

「ちょっと、あんた・・・」

「アキ、ダメだ」

「何が・・・」

「先に店に行っておいてくれ」

「でも・・・」


アキと呼ばれた方はシンと呼んだ人間を気にして動こうとしなかった。


「いい子チャンはお店に入って可愛いネェちゃんの相手でもしてろ」

「な・・・」

「アキ」

「ちっ」


舌打ちをした後、アキという人間は近くにあるビルへと入っていった。
何度もシンを振り返りながら。



「さて、邪魔者はこれで消えた。ちょっと付き合ってもらうぜ」



小野はアキが店に入ってしまうのを確認すると、顎をしゃくるようにしてシンと呼ばれていた人間を促した。



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