True of him 5



彼から『おはようございます』メールがあったはずだ。

私も彼に「おはようございます」の返信をした。

それから、昼前には彼から

『お昼、一緒にどうですか』

のメールを受け取った。

今頃は彼と一緒にお昼を楽しんでいるはずだった。

でも、全てが夢。

真っ暗な闇だけが今の私を包んでいる。


「良隆さん」


どこかで彼が私の声を呼ぶ声がする。
何度となく聞いている幻の声かもしれない。

そう思いながらも私は小さな希望を拾いたくなり、バタバタと足を動かしてみる。


「んんん・・・んんん・・・」


「良隆さん」


また彼の声が聞こえた。


”助けて・・・前中さん”





「良隆さん」


確かに前中の耳に届いている着信音は良隆の携帯からのものだった。

音はしばらくすると切れてしまったが、前中は着実に聞こえてきた方向へと向かう。


「社長・・・」


前中達が段ボールの山を縫って辿り着いた場所には、椅子の上に何かが置かれているのが見えた。


「社長」


前中に付いてきた人間達の方がショックを受けているのか、言葉を失っている。

対照的に、前中は至極冷静に椅子の方へと歩いていく。

椅子には綺麗に畳まれた衣服が置かれ、その上に携帯と時計といった良隆が身につけていた物が乗せられている状態だった。


「メールですね」


前中は着信を示している携帯を手にすると、受信フォルダを開いていく。


「・・・社長」


メールを見たまま一言も発しない前中に、周りは一気に緊張感が高まる。


”まさか、消されたとか・・・”


誰もがそんな最悪な状況を考えたが、


「とりあえず、生きてるようです」


前中が携帯を部下達の方に放ると、受け取った部下は急いで中身を確認する。


「・・・こ、こ」


届いたメールには文字はなかった。

ただ、写真だけが添付されていた。


「送信してきたアドレスから相手を炙り出してください」

「は、はい」


前中は椅子に置かれた良隆の物を手に取ると、そのまま出口へと向かう。

部下達は携帯を閉じながら、前中を追いかける。

その間にも

「きっとこの倉庫の中にカメラか何か仕掛けられてる筈です」

「え・・・」

「メールの着信があまりにタイミングが良すぎます。

おそらく私達が倉庫内に入ってきたのをどこかで知った上でのことです」

「はい」


前中は部下達に指示を出し続ける。
その声はさっきまでとは違い、いつもの声そのものだった。


「あと、その写真をできるだけ拡大して場所の特定ができないか調べてください」

「分かりました」


歩きながらも、前中の頭の中にはさっき見たばかりの写真がはっきりと映し出されていた。


添付写真は2枚。


どちらも背景は薄暗い。

そのどちらにも良隆は存在していた。

着ているのは下着1枚。

身体にはいくつか痣ができているようにも見えた。
足を抱えるような、くの字型に身体を折り曲げ、何かから身体を守っているようだった。

もう1枚には良隆の周りに水溜まりのような物が映っている。

それが何なのか・・・
水を掛けられたにしては全身が濡れていないことから、それが何なのか、嫌でも前中には分かってしまった。

さらに、良隆の脇腹の上には運動靴が乗っていた。
ただ乗せているだけではないのは分かる。

蹴られる瞬間、または足蹴にしている場面をわざわざ撮ったんだろう。

どんな時でも笑顔を崩さない前中だったが、一瞬その笑顔すら忘れてしまう。


「社長」


しかし、声を掛けられた前中が振り返る時には、いつもと同じその顔には形ばかりの笑顔が張り付いていた。


「どうでしたか」

「あ・・・
倉庫の2階部分にカメラがいくつか見つかりました」

「そうですか」


その笑顔がいつもに増して深みを帯び、周囲に恐怖を振りまくことを前中自身、自覚していた。


「詳しい奴の話だと、だいたい半径500メートル程度まで電波が飛ぶそうです」

「分かりました」

「それを目安に周りを当たらせてます」


前中は軽く頷くと、近くに停めたままの車へと乗車する。

秘書も前中に続くように車へと戻ってきた。

車内ではしばらくの間、どちらも声を発することがなかった。

しかし、


「なんだか不思議なものですね」

「え・・・」


急に話し始めた前中に秘書はただ驚いていた。

前中はそんな秘書の反応を知りながら、訥々と話し続ける。


「今までにも色恋に執着する人間を何人も見てきました。

そんな人間を心のどこかでバカにしてたはずなのに・・・」

「はあ・・・」

「今ではそんな人間達と同じ。

良隆さんをこの手に戻すためなら・・・」

「社長・・・」


その先は聞かなくとも前中が言いたいことは分かってしまう。

ただ、今までの前中の所業を知っている秘書にはこれ以上何があるのか想像すること自体、拒否したい気分だった。

外の景色を見ることで気分を紛らわそうとするが、すっかり暗くなっている景色を見てしまう。

ポツポツと小さな明かりが遠くに見えるが、それすらも暗闇へと誘う灯火のように感じる。

しかも、後部座席には周囲から悪魔の呼び声高い前中が控えている。


「ちょっと外の様子を見てきます」


車内に残っていると暗闇に囚われそうな感覚に、秘書は状況把握を理由に外へと逃げ出した。


そんな秘書を気にすることなく、前中はただ黙って暗い車内に残った。


「良隆さん」


そう呟いてみても、返事は返ってくることはない。


”目隠し、されていたな”


気分を落ち着かせようと目を閉じても、さっき見た映像が思い出されては更に感情が高ぶってくる。


”良隆さんが見ている世界は、この暗闇より深いのかもしれない”

”そして、俺も良隆さんがいなければ・・・全て・・・色を失う”







「へへ、このきたねーおっさんが前中のイロだっていうのは本当みたいだな」


良隆は急に背後から襲った痛みに身体を曲げる。

さっき聞こえたと思った前中の声はすぐに消えてしまった。

幻聴かと疑った良隆だったが、


「前中のヤロー、あんなに必死に名前を呼んでやがって」

「マジでウケルぅ」

「『良隆さんっ』だってよぉ」


何人かが前中をネタに傍で笑い、話しているのを聞けば幻聴でなかったことが良隆にも理解できた。


「こいつも、前中の声聞いて反応してやがんのっ」


そう言いながら、良隆の身体のあちこちを叩くなり蹴るなりしているのだろう。

良隆は襲ってくる痛みに耐え続ける。


「マジで前中が助けに来てくれたとでも思ったんじゃねーの」

「この時の前中の顔、見てみろよ」


彼らが何を見ているのかも分からないが、前中が良隆のことを探してくれていることは知った。


「おい、なんかメール届いた」

「誰からだよ」

「前中からに決まってんだろぉ」


誰かがそう言うと、それまで良隆の身体に暴行を加えていた気配が遠のいていくのが分かった。

ようやく良隆の身体から力が抜ける。


「マジで」

「・・・に知らせないと・・・」


その声をきっかけに、バタバタと足音も大きく傍にいた人間は部屋から出ていった様子だった。


”前中さんは私を捜してくれてる”


良隆にはそれが希望の光となった。





「社長、携帯はプリペイド式のようです」

「そうですか」


前中はマンションには帰らず、事務所にいた。

マンションに帰っても眠れるわけもなく、それならすぐに動ける場所にいる方がいいという考えだった。


「買った人間は・・・」

「当たってみますが、偽名かもしれません」

「それでも当たってみてください」

「分かりました」


報告を聞きながら、予想していた通りの展開に前中はため息を漏らしそうになる。

しかし、

「ちょっと・・・」

部下を呼び止めると


「良隆さんの携帯を持ってきてください」

「分かりました」


部下は余計なことを聞くことはせず、すぐに別の人間に連絡を取る。

誰もが今の前中に何か意見を言うことはない。

もし意見を言うことで、不興をかったらと思うと怖いからだ。

数分後には前中の手元に良隆の携帯が戻ってきた。


「添付写真の方は」

「今、調べさせてます」

「分かりました」

「薄暗く、どこかの室内というのは分かりましたが・・・」

「そうですか。引き続き、細部に至るまで何か見つかるか調べてください」

「はい」


ある程度は良隆が倉庫にはいないだろうという予想をしていた。

ただ、あんな写真を送ってくることは考えていなかった。

前中は部下の報告を聞きながら、メールを打ち出す。


『良隆さんを返してください。

金は用意しているのに、どういうことですか』


メールには絵文字も何もない。
いたってシンプルに。

それはこちら側が焦っているんだという風に取られることを狙ってのことだ。

カメラを仕掛けていたことからも、前中の焦った姿を少しでも見たいという意識が高い。

バカな連中なら、この前中のメールに飛びついてくるのではないかと考えていた。

前中はメールの送信を済ませ、実りのない話しを聞いていたが、


「失礼します」


とノックもせず、部下の1人が部屋へと入ってくる。

その様子からも何か動きがあったのだと前中は判断し、


「何がありました」


と報告の途中であっても、その先を促した。


「倉庫をしばらく張っていたところ、バイク乗りが1人、カメラの回収に来ました」

「それで」

「聞いたところ、カメラの設置と取った映像の引き渡し、それから俺達が倉庫に入ってきたのを確認したら連絡を入れるように頼まれたそうです」

「その相手は」


前中の問いに、部下は言いにくそうに口を噤んでしまう。


「相手は特定できたんですか」

「・・・それが、知らないと」


部下は前中の表情を窺いながら、言いにくそうに答えた。

前中は比較的落ち着いていた。
一般人を利用するという手はよくあることだ。

「相手とはどういう取引方法だったんですか」

「ほとんどネットを通じてや、メールだったそうです。

俺達が倉庫に入ってきたのを確認後、メールをするということで」

「ネット・・・ですか」


前中はそう呟くと、しばらく言葉を発することはなかった。

しかし、部下はそれに気を止めることなく、報告し続ける。


「メールアドレスは、写真を送ってきたものと同じでした。

最初はネットで、簡単な仕事だけどやらないかと誘いがあったそうです」

「相手はどこでその人間のアドレスを知ったんでしょうか」

「そいつ、いろんなサイトで盗撮映像を載せていたそうです。

で、ある日その掲示板にある映像を撮ってくれるだけで金をやると・・・」

「その映像の受け渡しは」

「近くの駅にあるコインロッカーに入れるだけだそうです。

すぐにそこに人間を行かせましたが、もう何もありませんでした」

「分かりました」


部下はそこまで報告すると、


「以上です」


と締めくくった。


前中はしばらく良隆の携帯を弄りながら黙っていたが、


「ネット関係に強い人間を集めてください」


そう呟いた。




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