True of him 4



「そろそろ花火をぶっ放してやるかぁ」

「奴の呆けた顔をじっくりと拝んでやろうぜ」


男達は口々に言いたいことを次々と重ねていく。
ある意味では統一感がないと言えなくもないが、しかし、それぞれがある種の興奮を覚えているのは明らかだった。

目は血走り、その口元は醜く歪んでいた。





その時、すでに前中が良隆にメールを送ってから2時間が過ぎようとしていた。

いつもであれば、早ければ10分以内。
遅くても1時間以内に返信がある良隆に何かあったと考え始めていた。

1時間が経った時点で会社の前に張らせているガードに連絡を入れた。


『あの方は出社されてから、外へ出てきてないです』


裏口に張らせている人間からも同じ答えだった。

前中は次に会社へと連絡を入れる。


「すいません、こちらWSファイナンスの前中と申します。経理の御木良隆さんをお願いしたいのですが・・・」

『経理の御木でございますね、少々お待ちください』


そして、しばらく待った答えは


『申し訳ございません。ただ今、御木は席を外しております』

「そうですか、いつ頃お戻りになるか・・・」

『申し訳ございません、こちらでは分かりかねることで』

「分かりました。それでは、また折り返し電話させていただきます」


前中は受話器を下ろす手が、まるで自分の手ではないような感覚に陥っていた。

携帯に掛けてもすぐに留守電対応になる。


「社長」


秘書の声が少し震えているように感じたのは決して勘違いではない。


「・・・良隆さんが消えたみたいですね」


そう言い放った前中の目は決して笑ってはいなかった。

しかし、口元にはこんな時でもうっすらと笑みを浮かべている。

それが見る者に恐怖を与えると十分理解した上での、無意識のうちの表情だった。


「きっと向こうから連絡をしてくるでしょうから、それまでに出来ることをしましょうか」

「は、はい」

「それと、久しぶりにアレを開催しましょうか」

「・・・・アレ、ですか」

「そうですね・・・開催日は、今日から5日後」

「分かりました」


秘書の顔色はすでに蒼白と表現できる程になっていた。

”少し忘れかけていた・・・この人が悪魔だということを”

御木良隆という恋人を得てからの前中の行動が、それ以前と比べれば穏やかだった。

そんな日々に少しずつ慣れていた秘書は、久しぶりに見る前中の一面に少なからず恐怖を覚えた。


”御木さん。お願いですから、無事でいてください”


秘書はその一点を普段はほとんど信じない神様に祈りたい気分だった。


「もしもし」


前中は次に会社に備え付けの電話を使った。
携帯は犯人からの電話が掛かってきた場合、すぐに出れるようにしておく。


『まだ洋の出勤時間には時間が残ってるはず』

「先生、今日は出勤の必要はなくなりました」


コール音、3回で相手が出る。
互いに名前を名乗ることをしなくても分かる。

相手の声に重なり、女にしては低く、男にしては高い声が混じっている。

本当に用があるのは、その掠れた声を出している方だが、今その人間と電話を通してまともな話をすることはできないことを前中は分かっている。


「ただ、通常業務ではなくなったというだけです」


前中はあえてそう言った。
そうでなければ、電話の相手はますます今している行為を止めてくれはしないからだ。

案の定、前中の言葉に

『残念』

と短く答えた。

『で、どうして通常業務から離れることになるのか教えてくれるんですよね』

声のトーンは全く乱れはしないが、途切れながらも聞こえてくる声はさらに大きくなっていた。


「私の大切な人が消えました」


前中の声と、重なるように一際高い声が受話器を通して前中にも届いた。


『それは・・・お気の毒に』


”お気の毒に”という言葉は誰に向けた言葉なのか。

前中はその言葉には一切触れず、


「先生にも、それと今気持ちよく昇天した人間にも、いろいろ協力していただきますので」

『報酬次第』

「きっちりと払わせてもらいます」

『では、交渉成立ってことで』

「先生にまずお願いしたいことは・・・」

『それぐらいいいですよ』

「今日中・・・」

『それは無理ですね、明日の朝』

「仕方ありませんね」


用が終わったところで、それを見計らったかのように前中の携帯が鳴り始める。

メール、しかも良隆からのメール着信音だった。

秘書の目も携帯に釘付けになっている。


「犯人からでしょうね」

「恐らく・・・」


2人の目が合うと、秘書が軽く頷く。


「すぐに調べます」

「きっと相手は私からの返信を待っているでしょうからね」


秘書は一礼すると、部屋を後にする。

一人になった前中はゆっくりと、メールの内容を確かめる。


『お前の大切なものは俺達の手の中だ。

1億円用意しろ。

場所と時間はもう一度連絡する』


メール文を読みながら、前中は憮然と


「良隆さんの価値は1億円か・・・安すぎるな」


と呟きながら返信文を打ち始める。


『無事な姿を見せてください』


送信から10分後、再び前中の携帯が鳴り響いた。


『金は明日の朝10時に、下の地図にある倉庫へもってこい』

メールには写真が1枚と、地図が添付されていた。

写真は携帯から撮られたもの、ファイル名は特にない。
撮った時間がそのままファイル名になっていることから、良隆は生きている。

それだけでも少しだけ肩から力が抜ける。

前中が再び返信するつもりでメールを打っていると、秘書が部屋に入ってくる。


「出来ました」

「今、メールと一緒に写真と地図も送られてきました」

「見せてもらってもいいですか」


前中は黙って秘書に地図を見せる。


「確かに、ここです」

「分かりました。じゃあ、行きましょうか」

「はい」


秘書はそう言うと、携帯を手にする。

前中もメールを再び打つ。


「ここからなら、だいたい1時間掛からないかと思います」


秘書の言葉に前中は頷き返す。


「良隆さんの靴は・・・」

「そちらも、同じ場所を示していました」

「分かりました」


会社を出る頃にはメールが届いた。


『分かった』


たった一行だった。

それを前中は不審に感じていた。


「向こうは明日の朝と指定してきました」

「はい」


車に乗り、信号に捕まる度に前中は無意識の内に舌打ちをしていた。

そして、少しでも前の車が遅かったり渋滞になりかけているのを見るとコツコツと窓を指で叩く。

イライラしているのは明らかで、それを大きく何度か呼吸することで紛らわせている。


「それを私は1時間後にして欲しいとメールしました」

「はい」


目的地まで1時間と聞いた後、前中はすぐにメールをした。

明日の朝ということはそれだけ相手に余裕を与えることになる。
前中はそれを避ける意味でも1時間後と指定した。

ただ、それに対して難色を示すだろうと前中は考えていた



「向こうはそれに応じてきた」

「はい」


自分が指定した時間を覆される。
そして、それを了承するということが示すこと・・・

前中が出した答えは


「恐らく、良隆さんはそこにいないでしょうね」

「え・・・」


秘書は前中の言葉に一瞬戸惑った。

”いない”とはどういうことか。


確かに秘書が調べた通り、良隆の携帯と良隆の履いていた靴、そして時計に仕掛けていたGPS達はそこを指し示している。

前中から良隆不明の言葉を聞いてすぐに調べた時、携帯は電源を切られていたからかGPSに反応しなかった。

そして、他の物はバラバラに散らばり・・・しかも流動的で此処だと場所が特定できなかった。

時計や携帯はすぐに奪われたと考えたが、靴にまでGPSが仕掛けられているとは思わないだろうと考えたが、何か確約がない限り報告することはできない。

何人もの部下達を散らばらせていたが、なかなか情報は上がってこなかった。


やっと散らばり、流動的だった物達が一点に集まり動かなくなった頃に犯人からのメールだった。


「でも、相手はどこかで私達を見ているはずですよ」

「それは・・・」

「向こうが欲しいのはお金じゃない・・・ということですね」


前中はこんな時でもあくまでも冷静だった。


気づけば前中を乗せた車の周りには、何台か同じような車が一定の距離を開けた状態で併走するように存在していた。

それぞれが向かっている先は同じ。


「向こうには・・・」

「はい、すでに手配は整っています」

「彼らに倉庫周辺を探すように」

「分かりました」


前中の言葉を聞き、秘書は先に現場の倉庫に到着しているだろう人間に電話をする。

そして、前中の意向をそのまま伝えた。


「それと、・・・」


秘書は前中の指示を車の中で聞きながら、これから自分がしなければいけないことを考えていた。

前中は良隆が無事に手元に戻るまで表の顔である社長業をすることはないだろうことは、聞かなくても分かる。

最低5日間は接待や会議といった、前中が出席しなくてはいけないスケジュールを変更することになるだろう。

しかも、それだけではなく前中からも指示が飛んでくる。


何件か電話を掛けている間にも車は目的地に辿り着く。


「地図ではこの辺りです」


運転手役の人間がゆっくりと車を停止させる。


「さて・・・」


秘書は前中のその表情から何かを感じ取れないまま、前中が後部座席から降りるのと一緒に自分も車から降りる。

降り立った場所は海が近く、テレビドラマにでも出てきそうな所だった。

目の前にはいくつかの倉庫が立ち並んでおり、そのどれもが同じ造りをしているため、どこが指定の場所なのか一見すると分からなかった。

そうしている間にも周りの車からゾロゾロと人間が降りてくると、絶妙な位置関係でもって前中をガードするように立つ。

この状態を見れば誰もが前中という存在が普通でないことが分かるだろう。

だが、当の前中はそんな雰囲気を全く感じさせないかのように


「親切に私達に教えてくれてますよ」


前中はゆっくりとした足取りで、そこだけシャッターが大きく開いた倉庫へと向かった。

歩いている間にも秘書の携帯には部下からの電話が入る。


『周囲に不審な車両はありません』

「分かった」


電話は切らず、前中に


「ないそうです」


とだけ伝える。

前中はそれに軽く頷くと、


「今はいなくても、もうしばらくすると来るなんてこともあるかもしれませんね」

「分かりました」

『了解しました、待機します』


前中の言葉は受話器越しに部下達にも聞こえたのだろう、そう聞こえたと同時に通話も終了する。


前中達は薄暗い倉庫内に入っても、その足取りが変わることはなかった。

ただ、


「良隆さん」


と良隆の名前を呼ぶ前中の声はいつもと違った。
聞く人間にはまるで泣きそうな印象を抱かせる。


「良隆さん、どこですか」


前中は倉庫内、その中央に向かおうとしている。


周りには所々に段ボールが高く積まれている部分もあり、なかなか辺りがすっきりと見えない。


と、どこかから携帯の着信音が聞こえてきた。





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