True of him 2

そこはとても薄暗くて、そして静かだった。

それも当然だった。
良隆は今、目隠しをされている状態だった。

そしていくら耳を澄まし、何か音を拾いだそうとしても無駄だった。

音が漏れないよう、注意してのことなのか。
それとも部屋が防音になっているからなのか。

さらに、良隆の両腕や両足は縛られ、口元は何かで覆われている。

良隆は今、自分がどこにいるのか分かる術はなく、こういう状態になってどれだけの時間が経ったのか、時間の感覚も麻痺している状態だった。

唯一良隆が現実へと意識を戻すのが食事の時だけだった。


「飯だ」


その時だけは口元と腕だけ自由になった。

いや、腕はほんの数分だけだった。
後ろ手に縛られているのを前に縛り直す程度。

良隆の関節はたったそれだけの運動にすらギシギシと痛みを伴うまでになっていた。

良隆にできることと言えば、ひたすら転がっているだけ。

そして、目を閉じ前中のことを考えるだけが唯一与えられた自由だった。

食事はサンドイッチやおにぎりといった最低限の食料を口に放り込まれる。

ただ、いきなり髪の毛を掴まれ、口元が自由になったかと思へばそれらを何の前触れもなく放り込まれた。

良隆が驚きながらも唯一の食事を飲み込むと、すぐにまた口を覆われる。

”何か飲み物”

良隆がそう思っても叶うことはない。

食事のタイミングで、時折


「飲み物を・・・」


と言えた時には、舌打ちする音と共に顔に水を掛けられた。

そんなやり取りがどれくらい続いているのか、もう意識が朦朧としている良隆にそれを考える余裕は残されていなかった。


ただ、一番良隆を困らせたのが生理現象だった。


いくらほとんど食べず、飲まずでいたとしても生理現象が無くなることはない。

しかし、良隆にはそれが食べれないことよりも辛いことだった。


「んん・・・ふんんん」


良隆が力の限り叫び、動かしにくい足をバタバタとさせたとしても、気づいてくれない可能性が高い。

1度は気づいてもらえず、粗相をして


「うわ、くっせー」

「きたねー」


と大声で叫ばれたこともあった。

良隆は恥ずかしさと人間としての尊厳を踏みにじられた感覚に、溢れる涙を止めることができなかった。

しかし、気づいてもらえても屈辱的な現状は変わることはなかった。


「なんだ、小便か」


その言葉に首を振って答えると、急に身体を蹴られる。


「ほら、這いながら進めよ」


良隆は身体をくの字に曲げながら、ゆっくりと進んだ。


ある程度進まされると、再び良隆の身体が蹴られる。


「おい、立てよ」


言葉は簡単だった。
しかし、手も足も縛られている良隆にはそれがどれだけ難しいか。

身体の一部が壁のようなものにつくまで再び這い回ると、それを手がかりに失敗を繰り返しながらようやく立ち上がる。

声の主はそんな良隆の姿を傍で見ながら笑っていた。

そうまでして立ち上がった良隆のズボンは無造作に下ろされる。

足は縛られているため、ズボンは途中で引っかかるのだが、その状態で

「歩けよ」

無情な声が命令する。

「止まれ」

そして、ようやく良隆は用を足すことができるのだった。


もちろんだが、良隆に入浴は許されていない。




初めて良隆が目を覚まし、自分の状況に気づいた時にはパニックになりかけた。

いくら目を開けようとしても瞼が何かで押さえつけられたような感覚で、その目に物を映し出すことができなかった。

ようやく目隠しをされていると気づいた良隆だったが、手や足を縛られているためにそれを取ることはできなかった。


「誰か・・・誰か助けて・・・助けてくれ」

「ここはどこなんだ」

「そこに誰かいるのか」


良隆が何を叫ぼうとも、誰も答えてくれる人間はいなかった。

それどころか、すぐに口を覆われ言葉を発することも奪われた

次第に良隆は声を出すことに疲れ、同時に希望も失っていった。


そして、良隆に残されたものは『絶望』という名前の暗闇だけ。


”前中さん・・・”


良隆はその名前を心の中で呼ぶことだけは諦められなかった。


”・・・前中さん”

”助けて”


それは良隆の中に唯一残されたほんの小さな希望の光だった。









「良隆さん」


良隆は自分の名前を呼ぶ、優しい声に導かれるようにゆっくりと目を覚ました。


「おはようございます」


目を覚ましたばかりで良隆の焦点はまだはっきりしない。

ぼんやりとした感じのままだったが、良隆には前中がすぐ傍にいるんだと感覚的に悟った。

そんな前中に良隆は掠れた声のまま朝の挨拶をした。


「おはようございます」


すぐに返事は返され、その声はうっすら笑っているような気がした。


「昨日は大きな声を出させ過ぎましたね」

「・・・・あー、あー」

「まだ声が掠れてる」

「喉がカラカラです」

「お水、持ってきましょうね」


良隆がベッドに身体を委ねていると、前中がベッドから離れていくのが伝わる。

すぐに前中が戻ってくると分かっていても、その時の良隆はどうしようもない不安を感じていた。


「良隆さん」


良隆は年甲斐もなくベッド上をゴロゴロ移動していたが、前中の声に顔を上げる。

朝日が眩しくて前中の顔が良隆にははっきりと見えなかった。


「今日は休みで良かった」


良隆は寝そべったまま、前中の手にあるグラスを受け取ろうとした。

しかし、前中はグラスをベッド横のサイドテーブルに置いてしまうと、寝そべっている良隆を抱えあげた。


「ちょ、ちょっ・・・」


焦る良隆をそのままに、前中は自分の足の間に良隆の身体を固定させる。


「ゆっくり私に凭れ掛かってください」

「そんな・・・」

「ほら、遠慮なんてしないで」


良隆はいつまで経っても、一般的な恋人同士がするような行為に馴れることがなかった。

そんな良隆のことを理解している前中は半ば強引な行動でもって、自分がしたいようにしていた。


「恥ずかしい・・・んですけど」

「喉、乾いてるんですよね」

「そりゃ・・・」

「だったら・・・ね」


日本語の使い方を明らかに間違っているが、良隆は最後には観念する。

体は緊張してガチガチだが、ゆっくりと前中の胸に自分の背中を凭れさせていく。

良隆の行動に気をよくした前中がようやくグラスを手にする。
それを見ていた良隆が手を伸ばしかけると、


「ちょっと・・・」


前中がスッと良隆の手が届かない距離グラスを移動させてしまう。


「私が飲ませてあげます」

「いや、そんな・・・」

「私の楽しみを取らないでください」


そう言うと、前中はゆっくりと良隆に覆い被さる。
そして良隆は目を閉じてそれを受け入れてしまう。

付き合い始めて初めて、良隆は前中という人間が案外頑固だということに気づかされた。

常に笑顔だから分かりにくいが、その笑顔でいつの間にか前中の考え通りに物事を進んでいるということがほとんどだった。


「明日は仕事だから・・・」


飲み物を飲まされるだけで終わるわけがなく、軽いキスも一緒に受け取る。

このままではまずいと感じた良隆が、暗にこれ以上は無理だということを伝えようとすると、


「分かってます。夕方にはお家に送らせてもらいますから」

「ちょ・・・」

「だから、夕方までたっぷりと」

「だ・・・そこ・・・くっ・・・ぁ」


そうやって良隆は再びベッドに沈みこむ事態となる。


良隆を組み敷いているのは確かに前中の筈だった。

のし掛かってくる身体に腕を回せば、慣れ親しんだ身体の厚みがそこにはあるはずだった。


「前・・・中さん・・・」

「・・・」

「あの、前中さん・・・」


さっきまでしっかりと見えていた前中の顔が見えない。

良隆は不安と恐怖に駆られると、


「いや・・・前中さん・・・助けて・・・」


自分にまとわりついている何かを引き剥がす。

そして、良隆は身体を起こすと逃げる。

いつの間にか良隆は服を着ていた。

後ろを振り返っても闇が広がるばかりで、それがさらに良隆の恐怖を煽った。

ただ、身体の節々が悲鳴をあげるように痛んだ。

走ろうとするのに、何かが足に絡まっているように足が上手く進まない。

ついに良隆は関節の痛みに耐えられず、こけてしまう。


そのまま闇に取り込まれそうになり、瞼をギュッと思い切り閉じた。




「あー、良隆さん」


すると、次に聞こえてきたのは再び前中の優しい声だった。

ゆっくりと良隆が目を開けると、そこはまたよく知る前中の寝室だった。


「あれ・・・」

「無理して起きようとするからですよ」


しかも、床に変な形で転がっている。


「あの・・・なんか、変な夢を見てて・・・」


良隆は混乱しながら床から立ち上がろうとしたが、


「い・・・っ」


身体の痛みに襲われ、叶わなかった。

前中との性行為だけが原因ではないことはすぐに分かった。
と同時に、夢だと思っていたことが再び頭をよぎる。


「前中さん・・・」


不安に名前を呼ぶが、さっきまで笑いながら話してくれていたはずの前中の気配はなかった。

良隆はもう何が現実で、何が夢なのかが分からない精神状態になっていた。




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