True of him 1
良隆は朝から部屋の掃除に取りかかっていた。
いや、掃除はすでにその前の夜から続いている。

仕事から帰ってくるやいなや、


「明日、友達が来るから」


と母親に告げた。

「あら、珍しい」

母親の答えはそれだけだったが、良隆の方は

「ただの友達だから」

不自然な程に友達を強調していた。


「じゃあ、部屋を掃除しないと・・・」

「自分でするから」

「そう」


食事もそこそこに、良隆は自分の部屋に戻ると


「変に思われなかっただろうか」


と思わず自分が言った言葉を反芻してみるが、部屋を目の前にするとそんなことはすぐに忘れてしまう。

それよりも部屋を見回し


「どこから手をつければ」


そんなことにも悩みそうになりながら、まずは手近にある同人誌から片づけることにした。




そもそも良隆が部屋の掃除をすることになったのは理由がある。

ついに良隆が秘密にしていた趣味が恋人でもある前中に知られることになった。

それまでは趣味を聞かれる度に怯え、家に来たいというのを何かと理由をつけては断っていた良隆だった。

しかし、そんな心臓に悪い日々も終わりを告げた・・・はずだった。


「良隆さん、今度の休みの日にお家に遊びに行かせてくださいね」

「え・・・」


まさかの申し出だった。

良隆は驚きに声を失っていたが、そんな良隆を前中は不審に感じたようだった。


「何か、まだ私に隠していることでもあるんですか」

「いえ、そんなことは・・・」

「じゃあいいですよね」


最後、前中に押し切られるようにして良隆は前中の訪問を許すことになった。




ついに前中が来る日が明日となり、良隆は必死で部屋を片づけていた。

良隆は散らばった同人誌を集めると、まずはそれらを本棚に入れる。

きっちりと並べてと思っていたのは数分のことだった。

綺麗に整えるには時間が足りなさすぎる。

本が横になっていようとも気にしない。

詰め込むだけ詰め込むと、それだけで部屋は少し広くなった。


時計を見れば、すげに深夜近く。


そんな夜中に掃除機をかけるわけにもいかず、良隆は寝ることにした。

しかし、前中訪問というビッグイベントを前に目は冴えてしまし、ようやく眠りに就いたのはうっすらと外が明るくなってきた頃だった。


「あ・・・」


次に良隆が目を覚ましたのは、前中訪問の1時間前だった。


「もう、こんな時間」


良隆は慌てて起きると、着替えを手早く終え掃除機をかけ始めた。

そんなことをしているうちに、


「良隆、お客さん」

「き、来た・・・」


階下から母親の声が聞こえてきた。

良隆はどうしても早くなりがちな鼓動をどうにか誤魔化しながら、バタバタと階段を駆け下りる。

一般家庭の玄関は、一見すれば前中にはとても不似合いな感じがした。

良隆は階段を半分残したところで、玄関に立っている前中のことを見つめたまま、その足を止めてしまう。

前中は良隆の母親に普段と変わらぬ笑顔で接している。

母親の手には何やら箱が持たされている。

きっと前中からのだと分かる。


「良隆、何してるの。早く降りてきなさい」

「・・・あ、はい」


気づいた母親が良隆を呼び、その声と同時に前中も良隆の方を見た。

毎日とまではいかないが、週に何度か外で会っている。

それなのに、良隆には前中が家に来たという現実を信じられずにいた。


「本日はお招き、ありがとうございます」


前中の言葉も頭の中を素通りしていく感じだ。


「良隆さん」

「良隆」


前中と母親。
2人に呼ばれ、良隆は

「は、はい・・・ああ、ど、どうぞ」

と声を絞り出した。


良隆は前中が靴を脱ぐ仕草、そして階段を上ってくるのをじっと見つめていた。


「ごゆっくりどうぞ」


母親が下から声を掛けてくるのを、前中は「お構いなく」と返している。

そして、良隆の傍まで来ると


「良隆さん、どうしました。
そんなに見つめられると、ここが家の中だというのを忘れて押し倒したくなりますよ」


小さな声で良隆の耳元で囁いた。


「そんな・・・」

「冗談ですよ。さあ、良隆さんのお部屋を見せてください」


前中は良隆の反応を楽しんでいる雰囲気で、話しかけてきた。

そんな前中に良隆は少々戸惑いつつ、部屋に案内した。


「こ、ここが私の・・・です。向こうは弟のです」

「そうですか・・・」

「・・・そうです」

2階には良隆の部屋と、かつて弟が使っていた部屋の2部屋があった。

「良隆さん」

「はい」

「早く中に入りたいんですが」

「あ、すみません」

緊張のあまり、良隆は前中に言われるまで部屋の前で立ち尽くしていた。

そして、ようやく良隆の手でその扉がゆっくりと開いていく。


「どうぞ」

「お邪魔します」


前中を先に部屋の中へと勧め、良隆はその後ろに。

さっきまで片づけていた室内は良隆にしては整っているといえる状態だった。

書棚の中まで整理できなかったため、ガラスにキレイめな包装紙を張ることで誤魔化した。

前中がいったいどんな感想をもつのか、良隆は胸の鼓動が全く落ち着かないのを自覚する。

良隆のそんな気持ちを分かっていないのか、前中はゆっくりと部屋の中を見回すと、


「良隆さんの香りがしますね」

「え・・・」


前中が良隆を振り返りながら言った。


「いつもこのベッドで寝ているんですか」

「そう、です・・・・あ、あの」

「はい」

「どうぞ」


良隆はローテーブルの前に敷いている座布団を示した。

普段は座布団も何もない部屋だが、まさか前中をフローリングの床にそのまま座らせるわけにはいかない。

そう考えた良隆だったが、だからといってお洒落なクッションもない。
ようやく見つかったのは客間にあった座布団だったわけだ。

なんともミスマッチな印象があるが、そこは目を瞑るしかない。


「じゃ、遠慮なく」


前中が座布団に座ると、途端に良隆は自分が次にどうすればいいのか焦り始めた。

一緒に座るべきなのか、それとも飲み物を取りに行った方がいいのか。
視線が床と部屋の扉の間をさまよっていると、


「良隆さんも座ってください」


笑いを噛みしめるようにしながら、前中が自分の横を示す。


「そ、そうですね」


良隆は前中の言葉にでようやく次の行動に移ることができた。


「良隆さんは普段、部屋でどんなことをして過ごしているんですか」

「ど、どんな・・・」

「家に帰ってきてから、この部屋で何をするんですか」

「え・・・」


この時、良隆の頭の中にはベッドの上で寝ころびながら男同士の同人誌を読んだり、または文庫やコミックを読んでいる自分の姿が映し出されていた。

だからといって、そのままを伝えていいものか迷う。


「だいたい読書・・・ですね」


良隆は誤魔化すことに決めた。

が、


「ああ、同人誌とかを読んでるんですね」


ばっさりと前中に言われてしまう。

そうなれば、


「・・・・そうです」


良隆もそう答えるしかなくなってしまった。

前中には趣味を知られてしまっている。
とはいえ、ストレートにそれを言うこともはばかられ、誤魔化した結果、さらに恥ずかしくなってしまった状態。


「今度、一緒に行かせてくださいね」

「え・・・」

「えって、コミケっていうものです」


前中の言葉に良隆は呆然とするだけだった。

良隆にとって、自分の趣味を嫌がられなかったというだけでも奇跡のようなものだと考えていた。

しかし、前中という人間は想像以上だということを良隆は改めて知ったような気持ちだった。


「あの・・・」

「はい」

「本当に行くつもりですか」

「はい、そのつもりです」

「す、すごいところですけど」

「良隆さんが普段行っている所に行きたいんです」


にっこりと微笑みながら言う前中に、良隆が逆らえるはずもない。


「次はいつあるんですか」


そして良隆は前中に冬コミの日程を伝えてしまった。




夕方になっても前中が帰る様子もなく、良隆は聞かれるままに家族のことや学生時代の話をするはめになった。


「あの・・・そろそろ帰らなくても・・・」


”いいんですか”と良隆が聞こうとした時、階下から


「ご飯できたわよー」


と母親の声が部屋まで聞こえてきた。


良隆はあまりのことに、前中の顔を見るがそこにはいつもの笑顔の顔しかなかった。

返事がないことにじれたのか、再び


「ご飯よー」


母親の声が聞こえる。
それはさっきよりも少し怒っているようにも良隆には聞こえた。

良隆はなかなか返事を返すことができなかった。

目の前に座っている筈の前中の顔は笑顔のまま、何も言葉を発してはくれない。

ほんの数分前まで話していたはずなのに、と良隆は急に不安に襲われ始める。


「ご飯だって何度言わせるの」


いよいよ母親も怒り口調になっている。

足音も激しく、階段を上ってきているのかもしれない。
良隆の下半身に振動が伝わってくる。

振動は激しくなり、良隆は固く目を閉じた。



「飯だって何度言わせるんだっ」



良隆の身体は痙攣を何度か繰り返したと同時に、意識が戻る。


「お、やっと目が覚めたか」

「ん・・・んん・・・」


その声にようやく目が覚めた良隆だったが、しかしそこは真っ暗な、ただ真っ暗な闇の世界だった。




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