しばらく抱き合っていた2人だったが、良隆がもぞもぞと身体を動かし始めた。
「どうしました」
前中はそう訊ねるだけで、良隆の腰に回した腕はそのままに、密着した身体を離そうはしなかった。
良隆としては、盛り上がった2人はこのまま・・・というのが展開として予想できた。
だが、いくら本でそういうシーンを読んでいるとしても、実際にそういう場面に立たされると、どうしても躊躇してしまう。
真っ赤な顔をした良隆は
「ここでは・・・」
と前中に話した。
「ああ、そういうことですか」
良隆の言いたいことを十分理解していた前中は、
「それじゃあ、早く寝室へ行きましょう」
すんなりと身体を離すと、率先して良隆の腕をとって廊下を歩き始めた。
寝室の前、前中がその扉を開けて入ろうとするが、突然良隆の身体がそれ以上動かなくなってしまった。
「良隆さん」
良隆の様子がおかしいと気づいた前中が声を掛ければ、
「す、すみません。なんか、急に・・・ちょっと・・・」
「良隆さん」
さっきまでとは違う、少し表情を強ばらせた良隆に前中は何か確信めいた口調で
「暗闇が怖いんですね」
そう訊ねた。
気づけば良隆の手はしっとりと汗で濡れているようにも感じられた。
しかし、
「そんなことないです・・・」
「良隆さん」
「大丈夫です」
『大丈夫』と言う良隆の身体は緊張で固くなっているのが前中にも分かった。
「大丈夫です。だって、あそこから前中さんが助けてくれたんですから」
前中は内心驚いていた。
部下の報告からも良隆が暗闇を怖がっているようだと知っていた。
実際に寝室の暗闇程度でも立ちすくんでしまうのだから、正直に怖いと言えば少しでも楽になるだろう。
前中も良隆が弱々しく、「怖いんです」と言いながら自分に縋ってくるだろうと考えていた。
しかし、暗闇に対して逃げるのではなく、その恐怖と戦おうとしている。
前中が考えていたよりも良隆は弱い人間ではなかったということだろう。
「真っ暗な中でも、絶対に前中さんが助けに来てくれると信じてました」
「良隆さん」
「これからだって、こんなことがあるかもしれないのに、怖がってばかりいられませんから」
「そんなこと・・・」
良隆は扉の向こうに広がる暗闇を睨みつけるようにしながら話していたが、
「大丈夫です」
「・・・」
「私は前中さんが助けに来てくれた時、前中さんがそれまでの暗闇の中に見つけた光みたいに感じました」
「・・・」
不意にその暗闇から視線を反らせた。
前中には良隆の意図が分からず、ただ次の言葉を待っていることしかできなかった。
「それなのに、どうして私を先に帰したんですか」
「良隆さん」
「どうして、私の傍にいてくれなかったんですか」
良隆にはそのことがずっと心に棘のように突き刺さっていた。
前中がそれまで自分に隠し事をしていたという事実はショックだった。
ただ、その内容も内容だっただけに、1日も経てば自分の中で消化することができた。
”きっと私が怖がると思ったんだ”
しかし、
「私、帰ってから色々調べてみました。
でも私が調べた限り、あんなことがあった後、好きな人を1人で帰すなんてこと・・・」
「それは・・・」
「分かりますが、分かりたくありません」
良隆がこの1週間の間に読んだ本の中には、自分と似たような場面が描かれているものもあった。
”やっぱりこういう事があるんだ”
本を読めば、自分が前中と付き合うということの大変さや、危険もあることも理解できた。
そして、もう1つ。
「ふ、普通、助け出した恋人と一緒にいたいとか思うんじゃないんですか。
で、傷が癒えるまで一緒に過ごしたり・・・」
「良隆さん」
良隆としてはどこまで言えばいいのか、どんな風に言えばいいのか分からなかった。
ただ、読んだ本ではたいてい誘拐され、救出された後というのは恋人の無事を確かめるという名目の元、2人は結ばれるというのが多かった。
恋人未満の場合は、少し展開は違うものの、そこで相手の大切さを認識し結ばれていた。
そう考えれば良隆と前中は恋人同士であるのだから、次の展開としては・・・というのが良隆の考えだった。
「良隆さん、どんな風に調べたのか分かりませんが、あの状況では・・・」
前中には良隆のその知識がどこからのものか、簡単に想像できた。
というか、予定通りと言えた。
しかし、そんな前中の予定を知るはずがない良隆の口調はさらにヒートアップしていく。
「前中さんがヤクザだというのを知られたからですか」
「・・・良隆さん」
「でも、そんな時こそ、引っ張ってくれれば良かったと思います。
そうしてくれていれば・・・私だって、こんなに・・・辛くなかった、です」
良隆の最後の言葉は少し涙混じりになっていた。
闇の中で助けを待ち、ようやく助け出された後に突き放された時の気持ち。
その後も連絡を取ろうにも取れない状況。
良隆は暗闇の恐怖よりも、また1人になってしまうことの方が怖かった。
「良隆さん、すみません」
前中はそんな良隆を胸の中へと引き寄せた。
「良隆さんに本当の私を知られて、動揺してしまって・・・」
「だからって・・・」
「許してください」
良隆は前中の背中に腕を回すと、
「責任、とってください」
とだけ言い、前中は
「はい」
と答えた。
そして、2人はまるで誓いのキスをするように、ゆっくりと互いの唇を重ねあわていた。
しかし、その口づけはすぐに終わりをつげる。
良隆は前中が離れていく気配に、閉じていた瞼を開ける。
「暗闇が怖いなんて忘れさせてあげますから」
すると笑っている前中が、さっきの良隆の抗議を参考にした台詞を口にしながら、良隆の身体をもう1度強く抱き締めた。
寝室にはあえて電気は点さなかった。
ただ、カーテンを全開に、夜のだけが寝室を照らしていた。
前中に手を引かれ、先にベッドに腰を掛けた良隆は、前中を見ようと顔を上げる。
良隆を見つめる前中の眼差しは甘く、良隆の顔に触れてくる手も優しさに満ち溢れたものだった。
良隆はその気持ちよさに目を閉じる。
そして、前中はそんな良隆の頬から唇にかけてゆっくりと指で辿っていく。
指が唇に到達すれば、良隆はそっと唇を開く。
まるで指を迎え入れるようにもとれる仕草。
前中はそんな良隆の期待に応えるべく、口腔内に指を入れる。
「ん・・・」
良隆は入ってきた指に吸いつくと、チュッチュッと子猫が母乳を飲むように音を立てる。
「良隆さん、可愛いです」
上から眺める形になった前中には、その良隆の表情が卑猥にしか見えなかった。
前中はしばらく良隆の好きなようにさせていたが、ゆっくりと良隆の口の中を確かめるように動き始めた。
この1年で良隆の口腔は立派な性感帯に変化を遂げていた。
上顎を指で擽られるだけで良隆の身体はビクン、ビクンと震え、前中に自分が感じていることを知らせる。
「ふ・・・んん」
「良隆さん、口を開けてください」
「ん、ぁ」
前中の言葉に良隆は素直に応じ、ゆっくりと良隆の口が開かれていく。
口の中を見せるということも、人間の心理的には勇気がいるものであり、羞恥心をかき立てる。
良隆も例外ではなく、決して大きく口を開けることはなく、顔を赤めながら小さく口を開く。
前中はゆっくりと身体を屈めると、その口腔内に自分の舌を差し込んでいく。
良隆の舌は竦んだように引っ込んでいたが、前中の舌はそれを許さず引き出すように絡まっていく。
口の中に溜まった唾液も一緒に絡まることで、クチュクチュといやらしい音が生み出される。
そして、良隆が恐る恐るという風に絡まめてきたかと思えば、前中の方は気まぐれに、絡まりを解いてしまい、と良隆の口腔内を自由に動き回った。
「ふぅ・・・ん」
ただ翻弄されている側の良隆は、鼻にかかったような声をあげながら、前中の服にしがみついていた。
どれほどの時間そうしていたのか、良隆の意識はすでに正しい判断をできそうにはなかった。
そのタイミングで前中は良隆を解放する。
離れても良隆の唇は薄く開いたまま、そして長い時間口づけを交わしていたことで赤く色づき、まるで前中を誘っているようにしか見えなかった。
「良隆さん、服を脱ぎましょうか」
「え・・・」
「ボタン、外しますね」
前中は良隆の答えを待つことなく、シャツのボタンを1つずつ外していくが、良隆はまだ口づけの余韻が残っているため、されるがままになっていた。
そして、良隆の上半身を露わにさせると、前中は良隆の前で初めて服を脱ぎ始めた。
「あ・・・」
良隆にとってその光景は新鮮で、ジッと見つめてしまう。
そんな視線に気づいていた前中は、
「やっぱり嫌ですか」
と訊ねたが、良隆はそんな前中の言葉を否定した。
「いいえ、なんだか綺麗だと思って」
「綺麗ですか」
「外の光が反射して、綺麗です」
前中にはどんな風に良隆の目に映っているのか分からないが、怖がられていないことでそっと安堵の息を漏らした。
外の光が前中の背中に注げば、背中で息づいている大蛇の目がキラキラと光る。
そして、前中の呼吸に合わせるように大蛇の身体も息づいている姿が良隆には驚きだった。
良隆は我慢ができず、ゆっくりと手を伸ばしていった。
「良隆さんっ」
前中が思わず大きな声を出したが、良隆は大蛇の胴体に触れることを止めなかった。
「ダメですか」
「いや、そういうわけじゃありませんが」
良隆は前中の許可を得ると、躊躇なく触れた。
ザラッとした感触が、本物の蛇に触っている気持ちになり、いつもとは違う感覚に陥る。
それは前中も一緒なのか、良隆が触れると時々ピクンと身体が震え、
「良隆さん、わざとしてますか」
「え・・・」
前中は良隆の方を振り返ると、ぼんやりとしている良隆の上に乗り上げるような態勢になる。
「良隆さんにも触れさせてくださいね」
良隆は言われている意味を理解すると、顔を真っ赤にし、小さく頷いた。
その返事に気をよくした前中は、良隆の顔に軽いキスを降らせていく。
額、瞼、頬・・・顔が済めば、首筋へと移っていった。
良隆は最初はくすぐったそうにしていたものの、下に移っていけばそれだけでは終わらなくなっていく。
胸元まで到達すると、前中がフッと良隆の胸に息を吹きかけた。
「あっ」
良隆の身体はそれだけでも感じるほどまで高ぶっていた。
「ピンと立ってていやらしいですね」
「そんな」
違うと否定できないのが良隆だった。
チラッと見えた胸の突起は、前中の言う通り立っていたのだから。
「ぁう・・・」
前中は楽しそうに良隆の突起を指で挟むと、その感触を楽しむようにこね始める。
良隆はその感覚に身体をジッとさせておくことができず、前中の背中に腕を回した。
「良隆さん、そんなに腰を押しつけたりして・・・」
「ゃ・・・いわな・・・ぃで」
前中にしがみついた良隆は、無意識のうちに下半身を前中に押しつけることで快感を得ようとしていた。
そんな良隆の行動を前中は楽しそうに見つめると、わざと自分の膝を良隆の局部に擦りつけた。
「あ、あ、それ・・・やめっ」
「それってなんのことですか。私はただ、身体の位置をこうして移動させようと・・・」
「あぅ・・・」
前中の膝がコリッと何かに触れたその瞬間、前中の背中に回っていた手に力が籠もるのが分かった。
そして、良隆の身体がビクビクと何度か痙攣を繰り返す。
「良隆さん、もしかして・・・」
良隆に何が起こったのか、前中は少し驚きを隠せずにいた。
良隆は良隆で、自分の身体に起こったことに信じられない気持ちで一杯だった。
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