真実の彼 8

俺はすっかり赤城との生活に馴れきっていた。
いつかは終わりが来るだろうって分かっていたのに、なんとなく考えないようにしていた。

今日も同じように、事務所へと送られてきた郵便物を持って出掛けようと思っていた。

すると、不意に携帯電話が鳴った。

名前を見れば、今から行こうとしていた相手からだ。


「もしもし」

「洋。今どこ」

「まだ事務所だ。今から・・・」


俺が言い終わる前に、赤城は


「そう。これからウチの人間を行かせるから、洋は来なくていいから」

「は・・・」

「それから、暫くの間、会えなくなる」

「え・・・」

「前中さんには言ってるから。じゃあ」

「ちょっと・・・」


俺の答えを聞くこともなく、赤城の電話は一方的に切られてしまった。

どうしたらいいのか分からず、俺は携帯を持ったまま崩れ落ちるように椅子に座り込む。

我に返ったのは、赤城の指示で郵便物を取りにスタッフがやって来た時だった。


「すみません。先生に言われて・・・」


声がしたから俺はそっちを見ただけだ。

それなのに、相手は言葉を失ったかのように固まってしまっている。


「郵便物だろ」


仕方なく、俺の方から話しかけてやる。

机の上に散らばっているものをかき集めると、
「ホラ」
と差し出す。

扉付近から動こうとしなかった奴・・・いや女は、ようやく自分の仕事を思い出したのか、俺の方へと恐る恐るって感じで近づいてきた。

その女の顔は見たことがなかった。
最近新しく入ったスタッフだろうか。

毎日2回、あいつの事務所を訪れていたが見たことなかった。

まあ、毎日2回訪れていたとしても誰が新しくて、誰が古いのかなんて、あんまり考えたこともなかったけどな。


「ありがとうございます」


女は俺の手からブツを受け取ると、心のこもらない言葉だけを残し、すぐに離れていってしまう。

別にとって食おうなんてしないっていうのに、失礼な反応だ。

「それじゃあ・・・」

出ていこうとする後ろ姿に、


「ちょっと」


と思わず声を掛けてしまった。

「へっ・・」

女は変な声を出しながら、恐怖にひきつった顔を俺の方へと向けた。

そんな女の反応を無視して、俺は聞きたいことを聞く。


「あのさ、先生は・・・」

「せ、先生は出掛けていらっしゃいます」

「誰と」


女はどうしようか迷っているようだった。

勤めている事務所の、それも雇い主の・・・いわゆる個人情報ともとれるような事を喋ってしまっていいのか。

俺は意識して、顔に力を入れた。


「おい、誰とだって聞いてんだよ」

「ひっ・・・み、宮下さん」

「宮下ぁ」


女は俺が作り出す顔に泣き出しそうな表情になっていた。

そして、ポロッと言ってはいけなかっただろう事柄をこぼしてしまう。

ただ、俺の頭の中で『宮下』という名前の人間が思い浮かばなかった。


「女か、男・・・」

「じょ、女性です」

「関係は」

「た、たぶん・・・お付き合いされてるんだと思います」


『お付き合い』

その言葉は俺をノックアウトする程の威力を与えた。

なんだそれ・・・俺というものがありながら。


「あの、私・・・」

「帰れ」


俺の言葉に、女はホッとした様子だった。
躊躇うことなく、扉を開けると走るように出ていった。

残された俺は、さらに混乱するしかない。

ただ、それで赤城からの電話が理解できた気分だった。

あんなに「愛してる」だの「運命の人」だの言っていたのに、最後は電話1本で終わってしまうんだな。

最初は嫌だったのに、一緒に生活をするようになって無表情な赤城の小さな気持ちの変化も分かるようにまでなっていた。

仕事場に行くと、デキる弁護士として仕事をこなしている姿に「かっこいいじゃねぇか」とからかったこともあった。

そして、夜は夜で俺が止めろっていうのにしつこいぐらいに・・・

最後が来るって分かっていたはずだった。

俺みたいな、顔も怖いし身体も厳つい男、いつまでも求められるわけがない。


俺は何をする気にもなれず、また椅子に座って


「これからどうすっかな」


と呟いてみた。


ゆっくりと日が陰っていき、窓から夕日が放つオレンジ色の光が事務所を照らし出していた。

午後の分の書類も、朝と同じようにスタッフが取りに来た。

そのスタッフは俺も見たことがある女スタッフで、俺は朝と同じように

「あいつは」

と聞いてみた。

しかし、朝の奴とは違い口は堅かった。

俺が凄んでみても、認識があるだけに全く効果はない。


「ご自分で電話でもして確かめればいいんじゃないですか」


って言われるだけだった。

終業時間が刻一刻と近づいてきていた。
だが、今の俺には終業時間を終えても迎えに来てくれる人間はいない。

いつもならすでに赤城の奴は事務所にズカズカ入り込んできているはずだ。

そして、

「早く帰ろう。
洋の可愛い下の口に、俺のペニスを食べさせてやらないと。

俺も飢え死にしてしまいそうだ」

終業時間までの一時、俺を膝に乗せ、服の上から俺のあらぬ場所を弄りまわす。
時には俺が我慢できずに

「も、直接触れよ」

と言うこともあった。

そんな時は、

「まだ仕事の時間だからダメ。ちゃんとした大人は仕事とプライベートは分けないと」

と訳の分からない理由で、じらし続けた。



ふと時計を見れば、終業時間を過ぎてしまっている。

ついに、あいつは迎えに来てはくれなかった。

帰ろうにも、俺には帰る場所があるんだろうか。
あの部屋に帰ってもいいのかすら分からない。

途方にくれていると、携帯が再び音を立てて俺を呼び立てる。


「もしもし」

「泊まるところ、お困りでしょう」


嬉しそうな声が聞こえた。

悪魔はどんな時でも悪魔だった。
人が落ち込んでいるという事実を知っていて、それを楽しんでいる。


「知ってるだろ」

「知ってますよ。だから、今こうして電話をしているんですが」

「ふん」

「で、今日から泊まる部屋ですが」


悪魔は淡々と話し始めるが、俺はそれをどこか上の空で聞いていた。


「分かりましたか」

「・・・わりぃ、聞いてなかった」

「はぁ・・・。いいです、今からメールで内容を送りますから」

「ああ」

「それから、分かっているかと思いますが、明日から暫く仕事はありません」

「分かった」

「では」


当然のことだ。

俺という人間は赤城を繋ぎ止めておくための道具だったんだから。

赤城が俺を必要としなくなったんだから、悪魔でさえ俺を見捨てたんだろう。

電話を切った後、すぐにメールが入った。

『下記の場所でおとなしくしておいてください』

それとともに、ホテルの名前が書かれていた。

ホテルには前中の名前で予約を取っているとのことだ。
仮にも前中の名前で予約するからなのか、それともこれが俺に対しての報酬というわけなのか、ホテルはただのビジネスホテルではなかった。

都内でも有数の老舗ホテルだった。

食事はルームサービスを取れとか、外に出るなとか、色々注意事項が書いていた。

俺はメールを読み終わると、携帯と数枚の札をポケットにねじ込み部屋を出た。


「ここに戻ってくる・・・ことなんてないかもな」


ビルから1歩出ると、やっぱりというか


「お迎えにあがりました」

「いい、いらねぇよ」

「そういう訳にはいきません」

「いらねぇって言ってんだろ」


俺は前中からの迎えの車を避けるように歩き始めた。

赤城に捨てられた俺に、そこまでされる価値はもうない筈だ。

「ちょ・・・おい・・」

「社長の命令ですので」

いきなり、俺の両脇を男2人が掴む。

「やめろ、離せぇ」

俺の声はむなしく、往来の人間の注目を浴びるだけだった。

車の中でも、

「ホテルぐらい子供じゃないんだ、一人で行ける」

とボヤく。

しかし、「社長の命令ですから」の一言で全てを返されてしまえば、もう俺にそれ以上の発言は許されていない。


ホテルに到着すると、さすがに引きずられて歩くことはされなかったが、逃げるのを心配してか男達はチェックインの間も付いてくる。


「それでは、快適なホテル生活を」


ようやく2人が離れたのは俺が部屋のソファに座るのを見届けてからだった。


「何が快適なホテル生活だ・・・」


俺は靴を乱暴に脱ぎ捨てると、テレビを付ける。

何を見ても面白いとは思えないし、そもそも集中して見ていることなんかできなかった。

俺の頭の中を占めるのは、アイツのことばっかりだ。


”電話で終わらそうなんて・・・アイツはそんな程度の人間だったってだけだ”

”これで俺も自由の身だ”


「清々したぜぇ」


大声を出してみても、それですっきりすることもなかった。

モヤモヤしたままでいるのは好きじゃない。

俺はルームサービスで好きなものを注文した。
一番高いステーキとか、焼酎、ワイン・・・
たぶん、軽く5万ぐらいの注文。

テーブルに並べられたそれらを、全部流し込んでいく。

味なんて分かるわけがない。

本当に流し込んでるってだけだ。


焼酎も、ワインも、ビールも、俺をすっきりさせてくれない。


最後は気持ち悪くなって、トイレで吐きながら寝てしまった。


『洋、アルコールを飲んだ洋の肌はほんのりピンクがかって・・・俺を誘ってる』

『何言ってんだ、バカ』

『ほら、全部ピンクになってるか見せて』

『全部って・・・』

『全部は全部。

洋の可愛いペニスも、俺のペニスが大好物になってきてるアナルも・・・全部』

『ぃ・・・バカ、やめろ』


やっぱり赤城は赤城だった。

俺が酒で酔っぱらって、抵抗できないのを面白がっていつも以上に俺の身体を触る。

しかも、悪いことにアルコールのせいで俺の身体もいつも以上に敏感だったりする。


『ああ、ピンクっていうより赤だね。

俺に見られて真っ赤になってるよ、洋のアナル』


『そんなにお酒が好きなら、こっちの口にも飲ませてあげなきゃ』

『ひぃ・・・』


赤城が俺の飲み残していた酒を口に含み、俺の後ろに流し込んでくる。

熱くて・・・燃えるように熱くて・・・


『もう入れて欲しくてたまらないって顔してるね』

『はぁ・・・はぁ・・・』

『ちょっとだけ入れてあげる』

『・・・ぃや・・・だ』


意地悪をするように赤城は先端だけを、何度も出し入れする。

もっと奥に欲しいのに、中が疼いて仕方ないっていうのに。


『可愛いね。

ココはこんなに俺のことを欲しがって、パクパクしてる』


赤城が入ってくるのが分かって、俺は大きく声を上げる。


『好きだよ、その声も、表情も・・・』

『私も・・・好き』


私・・・って、何だ。


『愛してるよ。・・・宮下さん』


いつの間にか、赤城に貫かれてる人間が俺じゃなくなっていた。

顔は見えない。

でも、その身体が女だということを主張してる。


「ぅわああぁあぁあ」


俺は自分の悲鳴じみた声に目が覚めるなんて、最悪の目覚めだ。



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