真実の彼 2

車中、俺と”悪魔”のあだ名を持つ前中が並んで座ることになった。
俺と前中の間には一人分ぐらいの間が開けられているが、それは俺が敢えて開けたもの。

そんな恋人同士じゃない限り、悪魔と並んで座りたくなんてない。

いつ横腹をクサリと笑顔で抉られるかと、気が気じゃない。


俺はまっすぐに車が走る道を見つめていた。
が、横に座っている悪魔は不躾にも俺のことをジロジロ眺めまわしてくれていた。

視線だけを悪魔の方に向けると、時々俺にも分かるように大きな息を吐く。


「はぁ・・・」


それと同時に首を横に振るから、余計に俺は気になって仕方ない。


「何か俺に対して言いたいことでもあるのか」


俺は悪魔に声だけで尋ねる。
どんな答えが返ってくるのか、悪魔の思考は分からない。


「言いたいこと・・・・はないですが、分からないことがあるんですよ」

「分からないこと」

「あなたのどこがいいのか」

「はあ」


悪魔の顔なんて見るまいと思っていたのに、あまりに突拍子のない発言に悪魔の方を向いてしまう。
俺の目に映った悪魔は、本当に悩んでいると言いたげな表情だった。


「私にはあなたみたいな厳つい顔、厳つい身体をもっている人間なんてタダでやると言われてもお断りです」

「な・・・」

「それなのに・・・世の中には奇特な方がいるもんだと思って」


悪魔は「分からないもんですね」とまた言いながら、首をゆっくりと振る。

俺は茫然と悪魔を見ていたが、言われている内容は理解できる。
とてつもなく、俺は貶されたんだということが。


「俺だって、お前みたいな悪魔は願い下げだ」


大声で叫べればどれだけ清々しいだろう。
でも実際の俺は、悪魔に聞こえない程度に小さく呟くだけに留まった。

その代わり、

「それじゃ、さぞや前中さんの恋人は綺麗なんでしょうね」

と言ってやった・・・・が、

「残念ながら、私にはそういう存在がいません。
まあこれでも男ですから、時々は性欲処理係が必要になりますが」

「性欲・・・処理・・・」

「何か」

こうして俺は悪魔に質問をしたこと自体を後悔したわけだ。

「・・・・別に」

「そうですか。でも、本当に奇特な人がいるものですね」

「・・・・はあ、そうですね」

もうその言葉しか俺には残されていなかった。

その後、2人の間に会話は必要なかった。
っていうか、これ以上俺は話をしたくなかっただけ。
だってさ、ちゃんとした会話になるような気がしないだろが・・・

俺が黙って外を見ていれば、ドンドン車は閑静な住宅街へと入っていくのに気づいた。

一軒、一軒の塀がやけに長い。

こんなに長いとムショを思い出してしまいそうになる。


「さあ、着きましたよ」


言葉と同時に車も停車した。
そこは長い塀の終着点らしい。

外から扉が開かれる。

悪魔が車を降りるのを待って俺も閑静な住宅街に一歩を踏み出した。


「なん・・・だ、ここ」


俺の第一声はそれに尽きる。

目の前にはテレビ、しかも時代劇にでも出てきそうな古くからの門構えが印象的な日本建築物。

ただ門の外から見えるのは、木に囲まれた小道のようなもの。
きっとその先に目的地があるんだろうな。

ちょうど俺の視線の先、門扉にはフック代わりのような釘が目に入る。
いつもは何か看板みたいなのが掛かってるのかもしれない。
でも今はそこに何もないわけだ。


「あのさ、今日は休みじゃねーの」

「そうですが」


休みということを認めながら、悪魔は門扉を越えて中へ1歩踏み込んでいった。


「ちょっと・・・いいのかよ」


俺は本当にいいのかと不安な気持ちを持ちながら、悪魔の後を追っていく。

よく見れば綺麗な庭が広がっている。
簡単に言えば、俺なんかが来るような場所じゃないってことだ。

背の高い木に囲まれながら歩く。
たぶん、外から見ても中が見えにくい仕組みなんだ。


「ぅわ・・・やっぱ、すげー」


急に視界を遮っていた木が無くなったと思えば、そこには広い、広い庭に立派な邸宅が存在していた。

その玄関は悪魔を迎える為なのか、開け放たれてる。

しかも近づくと俺にもはっきりと分かったが、すでに女将らしい着物女性が座っていた。

俺から見えるのは頭を下げた姿。
それがやけに”そそる”わけだ。

背中しか見えていないが、この悪魔はこんな状況にムラムラしたりしないんだろうか。


「こんにちわ」

「ようこそ、前中様。お待ちしておりました」

「少し遅れてしまって・・・」


悪魔の声音は全く変化がなかった。

「そんな、とんでもございません」

反対に女将の声は艶があった。
それだけで分かるってもんだ。

しかも、顔を上げた女将の視線は俺なんてアウトオブ眼中ってやつ。

「ご案内させていただきます」

女将がそう言うのをどこかで聞いていたのか、タイミング良く他の仲居が出て来る。

そして、ここでは様付けで呼ばれる悪魔が履き物を脱ぐのを手伝い始める。

俺にも近づいてきたけど、

「俺は靴ぐらい自分で脱げる」

と断った。

っていうか、悪魔みたいに良い靴を履いてるなら良いんだけど・・・履き古して、くたびれた靴なんてな。

「こちらでございます」

女将は準備が整うのを確認すると、俺達を先導するように廊下を歩き始める。

悪魔と女将は当たり障りのない会話をしているが、俺はその会話に加わることはしない。

廊下の右側、窓の外に広がる庭園に目を奪われていた。

俺がもっとボキャブラリーに富んでいれば上手く表現できるんだろうけど、凄いとしか言えないんだよな。

「前中様がご到着されました」

女将が障子扉の前で立ち止まって、中にいる人間に報告してる。


「どうぞ」


すると、中から男の声が聞こえてきた。

「失礼いたします」

女将が障子扉をゆっくりと開けていく。


「お待たせしてすみません」


悪魔の後に続いて俺は部屋に一歩踏み入れた。
でも、すぐに入り口で固まる。


「初めまして」


机を挟んで向こう側、上座に座ってる人間は決して知り合いなんかじゃなかった。

だって俺とは見るからに正反対な人間がそこに座っていた。

ピシッといかにも高そうなスーツを着てる。
スーツには皺一つなさそうだ。
それと、特徴があるとすれば目。

ハーフフレームの眼鏡に、その奥にある目はデキル人間の目をしてる。

絶対、絶対、俺なんかと関わる確率が1%あるかないかの部類の人間。

その人間が俺の前に存在してるわけで・・・

しかも、俺のことをジッと見てる。


「小野さん、座ったらどうですか」

「あ、ああ」


俺はそう言われてようやく、足を動かした。

なんかさ、部屋に入った途端にあんな視線をぶつけられてビックリしちまった。

今も俺の行動を見られてるのが分かる。


「どうも」


俺は対面するように座る。
で、横には付き添い人のように悪魔が座る。

「それでは、お揃いになられたようなので・・・」

女将が何か言ってる。

でも俺にはちっとも頭に入ってこない。

見られてる。
めちゃくちゃ見られてる。

もう居心地が悪いったらない。


「小野さん。・・・小野さん」

「え・・・あ、ああ」

「飲み物、何にしますか」

「あ、えっと・・・」


俺は”ビール”と言いかけた。
言いかけたって言うのは、俺の台詞を取ってしまった人間がいるってことだ。


「小野さんには、生中を。ビール、お好きでしたよね」

「・・・・ああ」


言葉尻には”ね”とか優しそうな単語が入ってるのに、その表情に笑顔は欠片も見られない。

でも、その言葉は間違ってないから俺は否定のしようもなかった。

本当に俺はムショに入る前からビールが好きだった。
毎日家に帰ると必ず3本、缶ビールを飲むことが日課だった。

目の前の人間とは初対面のはずだ。

それなのに、なんで俺がビールが好きだって知ってるのか。
ほんの少しその事実に違和感を覚える。

俺がそんな違和感を感じてるなんて誰も考えてないんだろう。

女将は

「すぐにお持ちいたします」

と言い残し去っていった。


「それでは、ご希望の小野さんです」

「そうですね。本物だ」

「じゃあ、先生」

「分かりました」


女将の姿が見えなくなると、俺を置き去りに2人が話を進めている。

内容はまったく理解できない。


「ただし・・・」

「承知しております。また改めて書類を・・・」

「そうしてください」


言葉の断片から推測するに、何か契約が交わされてるのは分かった。

ただ、それに俺がどうして関係してくるのかはさっぱりだ。


「小野さん」

「え」

「良かったですね」


俺がぼんやりしてると、いきなり悪魔がニッコリと笑いながら俺の方を見た。

何が良かったのか、その笑顔からはまったく推測できない。


「はあ」


俺はそんな生返事しか返せなかったが、2人にはそんな俺の返事はどうでも良かったみたいだ。

「失礼します」

またタイミング良く部屋の外から声が聞こえ、料理が運ばれてきた。

それからの俺は順番に運ばれてくるものを腹に納めていくのに必死で、会話を楽しむなんてことをしなかった。

2人はいたって普通の会話をしていた。

俺は食べながら2人を見比べていた。
終始笑顔の悪魔に、終始無表情の男。

男とは時々目があった。

やっぱり俺のことを観察してるような印象がある。

食事が終わりを迎える頃、


「それでは、私はこれで・・・」


と悪魔は言いながら席を立ちそうな雰囲気を醸し出す。


「そうですか。では、また数日のうちに」

「え・・・、俺は・・・」


焦るのは俺だ。
俺も「これで」と退場すればいいのか。


「小野さん。それじゃ、次に会う時は社長と部下という立場ですね」

「は・・・」

「それでは」

「ちょ・・・」


悪魔は不可解な言葉を残すと、本当に席を立つ。

俺も立ちかけるが、


「小野さん、彼があなたを所望した方ですよ」

「え・・・」


悪魔のその一言に思わず男を見た。

男の方も俺を見てた。
まっすぐに・・・


「今度、是非教えてください」

「な、何を」

「あなたのどこが良かったのか」


それだけを言い残すと、悪魔は俺達を残して部屋を出ていった。




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