高校時代に衝撃的な出会いをした将彦だったが、その当時の自分が今の現状を想像できただろうか。

26歳、アラサーと言われるような年齢になった将彦だったが、まともな職に就いてはいなかった。


「A定一つ、あがったよぉ」

「はいよ」

「次にC定いくから」

「まさ君、その後はA定2だからね」

「おっしゃ」


今の将彦はとある場所で、アルバイト調理員として、せっせと中華鍋を振るっていた。


あの衝撃的な出会いの後、将彦は密かに沓山との再びの接触を探ることになった。

再会における教科書といえば、愛読書としている少女漫画の数々。
将彦はそれまで以上に少女漫画を読みふけることになった。
漫画のように上手くいくはずがないと分かってはいても、読まずにはいられなかった。

お互いに違う学校に通っている沓山と将彦に当てはまるような本は少なかったが、それでも将彦は沓山を見たさに校区の違う高校へと足を運ぶことでチャンスを作ることから始めた。

少女漫画の王道として、登下校時に同じ電車で・・・というのを考えたが、将彦には朝のトレーニングがあり、それは登校時間のギリギリまですることが多く断念するしかなかった。
トレーニングをサボろうにも父親が傍にいるため、叶うはずがない。

仕方なく将彦が考えたのは下校時間を狙うこと。

ただ、何時に沓山が下校するのかは分からないため、将彦はだいたい5限目をサボり、向かうことがほとんどだったが、
もともと真面目に通っている人間が少ない学校だったお陰で、将彦は苦労することなく沓山の元へと通うことができた。

ところが、校内に止まらない沓山の人気は将彦が思っていた以上で、将彦以外にも校門前で待っている女子が毎日数人いた。

それに、ようやく沓山が校内から姿を現したとしても、アイドル的存在の沓山の周囲には取り巻きと呼べる女子が何人も既に侍っており、他の女子を牽制するよう体制だった。

そんな集団において、ガタイが大きくさらに顔も厳つい将彦は異質であり、すんなりと受け入れられるわけもなかった。
おまけに


「あの制服って・・・」

「そうそう、あのバカ高校の」

「どういうつもりなんだろうね、気持ち悪ぅい」


警戒した女子達に集団から弾き出されることも多く、将彦は沓山達の集団から離れて歩くことがほとんどだった。

沓山はかしましい女子達の話を笑顔で聞きながら、大きな集団は駅の方へと向かう。
その集団は周りの注目を引くには十分過ぎるもので、集団を羨ましげに見る女子もいれば、睨み付けるようにして見ている男子もいる。

しかし、どんな視線を浴びようとも沓山は全く気にしている風もなかった。

一方で、沓山の周囲に侍っている女子達は優越感に満ちた表情で沓山との会話を楽しんでいるように見えた。

徒歩で15分程度の最寄り駅に到着すると、集団から数人の女子が離れていく。

もちろん将彦は残って沓山と同じ電車に乗って移動する。

目的の駅に着くまでにも一人、二人と侍っていた女子が離れていく。
女子が離れて行けば、将彦は少しずつ沓山に近づくことが叶うが、それでも隣に並ぶまでには至らない。

その前に沓山が通う予備校がある駅に到着してしまうと、少し小さくなった集団は電車を離れてしまう。
当然、将彦も一緒に電車を降りる。

夕方からのトレーニングは父親が仕事から帰ってきてからで、その他の習い事は別に行かなくても問題はない。
といっても、少しばかり時間を気にしながらも、ギリギリまで将彦は沓山を追いかけ続けているのだが、電車を降りても沓山が真っ直ぐ予備校に向かうことはなかった。

何回かに一回の割合で沓山はその時に侍っていた女子を一人(二人の時もあるが)を連れて、ラブホに向かうことがあった。
沓山には一貫した好みというものはないようで、色んなタイプの女子を誘っているように見えた。

そんな選ばれた女子は自慢げな顔で沓山と共にホテルの中へと向かい、選ばれなかった人間は恨めしげにそれを見送りながら帰るしかない様子だった。

将彦もホテルの中まで付いていくわけにもいかず、そこで帰ることが多いが、時間が許すならばホテル近くのファストフードで時間を潰して待っていることもあった。

運良く沓山がホテルから出てくるのを見かければ、再び少し離れて歩きながら予備校まで付いていく。

この時の沓山はたいてい一人で、話しかけるなら最大のチャンスだが、結局のところ将彦は声を掛けられずにいた。
ただただ沓山から声を掛けられるのを待っているばかりだった。

しかも、将彦は心のどこかで


『そのうち、沓山君が俺に気づいてくれる筈だ。いや、本当は気づいていて、いつ声を掛けようかとタイミングを計っているのかもしれない』


と都合のいい想像ばかりを繰り返し、どこまでも少女漫画での展開が頭から離れずにいた。


この一見すれば不毛とも言える毎日を送っていた将彦だったが、それ以外は父親の指導の下でひたすら身体を鍛え続けていた。
朝と夜、1時間から2時間の筋トレ。
さらに週3回、柔道やキックボクシング、レスリングの道場に通っているが、どれだけ通おうとただの受け身要員でしかない。

将彦は一体自分はどこに向かおうとしているのか分からなくなっていた。

高校3年といえば、普通なら就職か進学かどちらかに焦点を絞って突き進んでいる時期だったが、将彦はそのどちらにも当てはまらなかった。
進学は自分の学力では無理だと分かっていたが、だからといって就職先を探すということもなかった。

父親が


「お前は学校を卒業したらどこか格闘道場に弟子入りするか、団体に入って・・・」


と訳の分からないことを言い続けていた。
トレーニングをすること自体は嫌いではないものの、自分には格闘技センスが皆無だということをどうしても父親は受け入れられないようだった。

将彦が父親に何か意見しようとも、


「お前は黙って俺の言うことを聞いていればいいんだ」


そう言っては将彦の意見を聞こうともしない。
一方で母親は比較的冷静で、


「お父さんはあんな風に言ってるけど、私はあなたに格闘センスはないと思うわ。専門学校に行くにせよ、就職するにせよ、ちゃんと自分で自分の行く道を見つけなさい」


と言ってくれた。

しかし、今までずっと父親に言われるがまま何の疑いもなく進んできた道を、いきなり自分が何をしたいのか見つけろと言われてもすぐに見つかるわけもない。
将彦はそんな父親との関係や、自分の見通しがつかない将来や全てのことから少しでも逃げたい気持ちもあった。

その反動で決して手の届かない存在でもある沓山を追いかけているような感じがあることは否定できない。
だからといって、別に本当に沓山に振り向いてほしいわけでも、友達になりたいとかそういうつもりはないが、ただ、沓山という人間に惹かれているのは間違いなかった。


ところが、数ヶ月も過ぎた頃。
将彦の運命が動き始めた。

この日も沓山の周りにはいつものように女子達が数人侍っていて、将彦は数歩離れた形で歩いていた。
と、


「いってぇな、おい」

「え・・・」


いきなり男ばかりの3人組がぶつかってきた。

普段は将彦のガタイや顔にいらぬ誤解を持ち、近づてくるどころか避けて通ってくれるのだが、今日は違ったらしい。
集団心理とは凄いもので、一人なら避けるものでも、何人かが集まれば強気になれるというもので、将彦のような人間を負かして自分の強さ(本当の意味では違うが)を誇示したいということだろう。


「ぶつかってきて、すみませんの一言もねぇのかよ。おい」
「ああ、ああ、コーヒーが服に付いちまったな」
「こりゃクリーニング代をもらわねぇとな」


将彦は黙ったまま成り行き任せに、将彦の視線は少し先を行く沓山の背中を追いながら、


「それは、悪かったな。ただ、俺も手持ちの金がないんだ」


面倒に巻き込まれないように、ポケットから財布を取りだそうとするが、


「はぁ?何言ってんだよ」

「いや、俺は・・・」

「ちょっとこっち来いや」

「いや、俺はちょっとそれどころじゃ・・・」


将彦の腕を掴んだ男達は離そうとしないどころか、裏通りへと連れていこうとする。

しかし、そこは毎日身体を鍛えている将彦なので簡単に引きづられていくことはしないが、それでも3人がかりで引っ張られれば仕方がなかった。


店と店の間、薄暗く、ゴミ箱が転がっているような地面に背中を押されて倒れると、


「お前のことは知ってるぜ、ガタイばっかりで喧嘩はからっきしだってな」


男達は将彦の顔や身体を殴り始めた。

将彦は言葉からも男達が知っていて絡んできたのだと悟ると、

『またか・・・』

という気持ちで少しでもダメージを減らそうと、身体の力を抜いていく。

今までにも何度かこういう場面に遭遇することがあり、抵抗すればする程さらに興奮して相手が暴力的になっていくことは分かっていた。
だからこそ無抵抗のまま、暫く殴られていれば問題はなかった。
そうすれば、
「ちょっとは抵抗しろよ」
「つまんねぇの」
と離れていくことを経験上知っていた。

頭の中を空っぽに、数をひたすら数えていた時、


「ねえ、君達さぁ、何してるのかなぁ?」


この場には相応しくない暢気な声が聞こえてきた。


「君達さ、暴行罪で現行犯で逮捕されてもしょうがない状況だよぉ?
彼、さっきから抵抗してないし・・・そういえば、金銭を要求してたから、恐喝罪も成立しちゃうかもねぇ」


地面を這いつくばっている将彦からは逆光で顔は見えなかったが、声だけでそこにいるのが誰かなんてすぐに分かってしまう。


「うるせぇな、色男が」

「お前は女とイチャイチャしてればいいんだよ」

「痛い目にあいたいっていうなら別だけどな」

「あぁ、そうだな。その綺麗な顔をボコボコにされたくなかったらな」


そう言うと、さっきまで将彦を暴行していた男達は標的を変更したかのようで、ダラダラとした態度は変わらないまま将彦から離れていった。

将彦は痛みで地面から動けず、行く末を見守るしかできず、なんとかポケットから携帯を取り出そうとするが、


「これは正当防衛ってことで・・・」

「何言ってん・・・ぐぇっ」


ドスッという鈍い音と共に男が一人、その場に蹲るのが見えた。


「お前、何して・・・ぅええぇ」

「ああ、ああ、汚い」


次に向かっていった男は殴られた次の瞬間には地面に盛大に嘔吐していた。
もう一人は何かを叫びながら沓山に向かっていったが、


「っっっ・・・」


声もなくその場に崩れ落ちていった。


「なんか、あっけないなぁ」


言いながら、足音は将彦の近くまでやってきた。


「く、くつ・・・や、ま」

「大丈夫ぅ?」


沓山は倒れている将彦を上から下までじっくり眺めていたかと思うと、


「助けてあげたんだから、お礼、くれるよねぇ。
なんかさぁ、思ってたよりあっけなくて、つまんなかったしぃ」


そう言うと、将彦に手を伸ばしてきた。


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