9.いい子にできたご褒美

なんて顔をしてるんだろう。

考える時間をやると言ってから、時任と暫らく会うことがなかった。
同じ学校にいるわけで、顔を合わすことも予想できた。
でも会わなかった・・・それは偶然だ。

ただ、やっぱりいつまでも会わないことはない。

たんにその時が来ただけ。


後ろ姿ですぐに時任だと分かった。


時任も俺のことが分かったみたいだ。
廊下で急に足を止める。

隣を歩くクラスメイトは気づいていないみたいだが、それは不審な行動に見えなくもない。

そのあからさまな態度に笑い出したくなる。

俺は別に時任を無視するつもりはなく、他の教師にするのと同じように軽く頭を下げてやった。


そう、本当に他の奴らと同じ扱いに戻しただけ。


俺はクラスメイトと並んで歩きながら、視界の端に時任を見た。


まるで縋るような目。


俺は思わず笑ってしまう。

それはクラスメイトにも分かったらしい。


「何、何か俺面白いこと言った?」

「いや、ただの思い出し笑い」

「えー、何、何。教えろよー」

「思い出し笑いなんだから、話しても同じように笑えるわけないだろ」

「そうだけどよー」


しつこく聞いてこようとするクラスメイトはそのままに、もう一度振り返る。
すでに時任は俺に背を向けるようにして歩いていた。

俺はそんな時任の背中を見ながら、小さく

「優真」

と呟いた。

時任に聞こえるわけがなく、俺はすぐにクラスメイトととの会話に戻る。
自分の話に夢中になっていた奴は俺の言葉を聞き咎めなかった。


たぶん、きっと・・・・時任はやって来る。


何かそれは確信めいたものだった。

一瞬だけ見た時任の表情。
俺に怯えているようにもとれるが、それ以上に欲望を抱えている目をしていた。

助けて、と言っているように見えた。

でもそれを時任自身はまだ認めてはいないんだろう。
必死に逃げようとしている。

ただそれも限界だろうな。



さあ、堕ちてこい・・・・優真。



「そういえば、ペットは」

この日も俺はいつもと同じメンバーでパーティーに来ていた。

ナミは定位置でもある店奥のソファにゆったりと座ってる。
足下にはこれもいつもと変わらず、サダがいる。
サダはその体をナミのすらりとした足に添わせている。

「たぶん、今日あたり・・・かな」

「そう」

「でも、まだまだペットになる自覚なんてないままだと思う」

「それでいいんじゃない」

ナミと話していると、時々足下でお座りしているサダが体をピクン、ピクンと震わせている。
今日のサダは耳にカチューシャ、首輪をしているだけじゃない。
人間には普通生えていないものがそこにはある。

それがどんな役割をしているかなんて聞かなくても分かる。

ナミは足下のサダを気にするわけでもなく、話し続ける

「シンはただ従うだけのペットが欲しいわけじゃないと思う」

「そう言われればそうかも」

俺もナミと同じくサダを気にすることもしない。

そして、ナミに言われたことを考える。
時任が自分の欲望に従順だったら、そして俺の言うことを聞く従順なペットだったならと想像する。

それは、このパーティーに来ている奴らと大差なくなってしまうということ。

それだけで俺の興味は半減してしまいそうになる。

理性では否定しながらも、本能は人に飼われることを望んでいる。
そんな相反したものを抱え、もがいている時任が俺を興奮させる。

無理やり本能を曝け出してやりたくなる。

ナミに常に逆らうことなく、本物の犬のように従順だ。
そんなサダと時任を比べることもできないし、そんな時任は欲しいとは思わない。

「そうかもしれない」

とだけ言う。
俺の一言だけでナミには俺の言いたい気持ちは伝わる。

「そうよ」

ナミもそれ以上の言葉を口にすることはしなかった。
俺はさらに言葉を重ねようかと口を開きかけたが、タイミングがいいことに照明が落ちる。

店内はステージのスポットライトだけが妙に明るく、印象的な物になる。

俺はショーを見る気はなく、暗闇に目が慣れると席を離れた。

ナミはこれから始まるショーを見るらしい。
サダを素足で触れながら席を離れる気配はない。


カウンターに向かって歩いていると、店の中と外の世界を繋ぐ扉が開かれる。


そちらに視線をやれば、さっきまで話題にしていた人間がそこにいた。


時任の表情からも、困惑しているのが手に取るように分かった。
たぶんここに来たからってすぐに俺と会うとは思ってなかったんだろうな。

俺は時任にチラッと視線を投げただけで、声を掛けることも、ましてや迎えに行くことなんてしなかった。

ここで俺が時任を笑顔で迎え入れれば時任は何も考えなくなってしまう。
俺のせいにして逃げようとする。

従順な時任はいらない。
だからって何も考えず、引きずられる時任も願い下げ。

俺の態度が時任にどんな風に映っているんだろう。
まあ、無視しているように見えるのは間違いないか。

時任が次にどんな行動にでるか、それを心密かに楽しみながらカウンター席に座る。
席に着けば何も言わずとも目の前にジュースが出てくる。

一応俺はまだ未成年。
体が成長途中である今、アルコールやニコチンは成長の妨げだと考えて一切口にしていない。
それに頭の回転を常に一定に保っておきたいしな。

赤い色が特徴のオレ ンジジュースが入ったグラスに口をする。


「あの・・・シン様」


俺がジュースを嚥下するのを見計らったかのようなタイミング。
俺は時任の場合とは違い、あからさまに声を無視した。

「シン様」

そんな俺にショックを受けた様子もないまま、”ソレ”は再び俺の名前を呼ぶ。
俺はその声に振り返ることなく、再びグラスに口を付ける。

すると、どうにかして俺に対してアピールをしたいのか、”ソレ”は跪き俺の靴に唇を近づけようとした。

俺としてはそれを阻止するために頭に触れたつもりだった。

それが客観的にどう見えたのかは分からない。
ただ、時任にはただならない様子に見えたらしい。


「おい」


少し目を離していた間に、時任はすぐ傍まで来ていたみたいだ。

「ああ、優真」

時任の声に反応したのは俺だけではなく、当然なたがら俺に髪を掴まれている”ソレ”も同じ。
しかも同じ立場にいる者同士だから匂いや雰囲気で分かるのかもしれない、”ソレ”明らかに嫌な顔をしている。

そして挑戦的な目でもって突然現れた時任を睨んでる。


「お前、お前」

「どうしたの、優真」

「どうしたって」


俺は時任になるべく素っ気ない声で応じる。

たぶんそんな俺の反応は時任にとっては意外だったんだろうな。
次の言葉が見つからないみたいでその場に固まってしまった。

反対に気を良くした奴もいたわけだ。

「シン様」

「ん」

”ソレ”が時任を挑発するように俺に話しかけてくる。
いつもなら俺の許可なしに話したことに対しての罰として、俺を見ている顔を床に押し付けてやる。

でも、今日はそうしない。
反対に時任に見えるように”ソレ”の頭を撫でてやろうとした。

ただそれは、”やろうとした”だけで終わった。



「止めろよ」



俺の手を掴むもう一つの手。


「優真」


時任は俯き、その顔を真っ赤にしてる。
しっかりと俺の手を掴んで離さないまま。

「ちょっと」

一人慌て始めたのは、床に跪いていた”ソレ”。

俺の命令もないままに立ち上がり、時任の前に立つ。
それだけじゃなく、時任を俺から遠ざけようして時任の肩に手をやる。

”ソレ”の体に比べればしっかりとした体つきの時任は、”ソレ”にいくら引っ張られても少しも動く気配はない。


「優真、腕痛いんだけど」


”ソレ”にどれだけ引っ張られようと離そうとしなかった手。
でも、俺の声に時任はパッと手を離す。
それまでが嘘みたいに。


「大丈夫ですか」


時任が俺の手を離すのと同時に、”ソレ”が俺と時任の間に入る。

しかも俺の手に勝手に触れようとする。

「触るな」

いい加減俺も我慢できない。
冷たく言い放てば”ソレ”は伸ばしかけた手を固まらせる。


「優真」


俺は”ソレ”と区別するためにも比較的優しい声で話し掛けた・・・つもり。

「優真、答えは見つかった」

時任は俯いたままだった。
言葉を選んでいるのかそれは分からない。
俺は焦らせる気はないし、俺は時任に対して待ってやろうっていう気持ちがあるみたい。

でもそんなに待つことなく、小さな声が聞こえてきた。


「・・・せいだ」

「何」

「お前のせいだって言ったんだ」

「何が」

「お前があんなことするから、あんなこと言うから・・・」

「どうしたの」

「どうしたって・・・、全部お前のせいなんだよ」


時任の言葉には、教師のくせに主語もなければ何を言いたいのか端的すぎて分からないことばかり。

でも、時任の言葉にいち早く反応したのは俺じゃなかった。

「あんた、シン様に向かって”お前”って・・・」

まだそこに残っていた”ソレ”
もう興味もないし、時任を煽るための道具にもならない。

目障りなだけ。

”ソレ”にとってはいきなり現れた時任が鬱陶しいばっかりなんだろう。
さらに言葉を重ねようとする。


「黙れ」

「シン様」


俺と時任の間にある目障りなモノを片手で押しのけてやる。


「優真、おいで」


俺の言葉にそれまで俯いた格好だった顔を時任は上げた。

「優真」

もう一度呼ぶ。
渋々という体で時任が俺の前までやってくる。

2人の距離に納得できなかった俺は、時任の腰に腕を巻きつけ、体を寄せ付けた。


「ちょっと・・・」


腕の中の時任は抗議の声を上げた。
でも、それだけ。
暴れることはなかった。

本当に嫌なら俺を突き飛ばせばいい。
俺と時任なら、客観的に見れば時任の方に歩がある。

それなのに逃げないなんて・・・きっと体は理解してるんだ。

満たしてくれるのが誰か。


「優真、どうだった」

「何が」


時任は俺の言っている意味が分かりません、みたいな顔をする。
だから俺は耳元へ顔を近づけ、

「俺以外でイケたの」

と具体的に聞いてやった。

「イケたに決まってる」

時任はちょっと怒った口調で果敢にも言い返してきた。

「へぇ、誰かにしてもらったの」

「当たり前だろ」

「そう。で、優真は満足できたの」

俺の言葉に反発して他の人間に手を出す、いや、出されることは予想してた。
だから時任の言葉は俺の予想範囲内ってわけだ。

ただ、それで時任が満足を得たか・・・今の時任がそれで満足できるなんて思っていない。

分かっていても聞きたくなる。
聞きたいっていうよりも、言わせたいの間違いかも。

「満足って」

「ここは気持ちよくなっただろうけど」

俺は言いながら時任の下半身に触れる。

時任はそれだけで過剰な反応を見せる。
声は噛みしめた唇から洩れることはなかったけど、身体は喜んでいた。

そのまま触ってやっても良かったけど、俺はあえてそれを無視してそこから手を引く。

で、

「ここは満足できたかって聞いてるんだけど」

胸に手を当てながら聞いてやる。

「どうしたの」

答えを待っていても時任からいっこうに返事がない。

「優真」

俺がもう一度名前を呼んで、ようやく時任は噛みしめていた唇が解ける。


「お、俺は断じて男が好きなわけじゃない」

「分かってるよ」

「それに俺は今まで誰かの”ペット”になりたいなんて思ったこともない」


それには答えてやらない。
だって時任は自覚してなかっただけといえるから。


「今までエッチなことして・・・出したら・・・それで良かった・・・それなのに」

「良くなかったんだ」

「べ、別にインポになったわけじゃない」

「それはさっき触って分かってるよ」


時任はよっぽど恥ずかしいのか、俺に顔を見られまいと避ける仕草。


「だからさ、出すだけじゃ満足できなくなってるんでしょ」

「そんなこと・・・考えたけど、分からないことばっかりだ」

「でも、俺のところに戻って来たんでしょ」

「俺は別に戻ってきたわけじゃ・・・俺は、自分でも自分のことが分からなくて。
お前なら・・・俺をこんなにしたお前なら分かるんじゃないかって・・・」

「まあ、今はそれでいいよ」


俺の言葉は時任には思ってもみなかった言葉だったみたいだ。
きっと
「そんなの言い訳でしょ。優真は心では俺のペットになりたいって思ってるんだよ。だから今、ここにいる」
なんて、いつもと同じように強引にしてもらいたかったんだろう。

それに俺だってさっき、ナミと話すまではそういう気持ちだった。

ここまで来てしまえば時任を手に入れたことになる、なんて。


「お前、どうしたんだ」


時任は本当に心配そうに俺のことを見てる。
そんな時任を見てれば普段の俺は時任にどう思われているのか分かるってものだ。


「さっき言われただけだよ」

「何を」

「優真が本当に従順なペットになっていいのかって」

「は・・・」

「で、考えた結果それだったら面白くないと思ったわけ」


俺は笑顔でまともなことを言ってるつもりでいた。
ただ、そう思ってるのは俺だけだったみたいで時任は再び固まってしまった。


「お、面白くって・・・」

「だからさ、優真はいくらでも抵抗してくれたらいいよ。俺はそれを楽しむことにするから」

「お前・・・・」


そんな時任を俺は心底楽しみながら、さらに笑顔で言う。





「とりあえず、今日は”いいこにできたご褒美”をあげるよ」





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