8.まだ足りない

”ふざけんな”

”ふざけんな”

”ふーざーけーんーな”


何度心の中で叫んだか分からないし、叫んでも叫び足りることなんてない。


あの変な店に連れて行かれてからだ。
あれから何もかも変わってしまった。


まず、彼女との連絡が取れなくなった。

それは男女のことだし、別にそれまでだったと開き直ることもできる。


ただ、あれから嫌な夢を見るようになった。



俺があいつに、・・・・その、・・・・変なことをされる夢。



この歳になって夢精するなんて・・・。

朝起きた時の俺の気持ち。
最低なんてもんじゃない。

それだけでもショックだというのに、忘れようと努力していると、あいつは突然俺の目の前に現れる。

現れるだけじゃなく、俺に触れてもくる。


”嫌だ、やめろ”


そう心の中で叫び、拒もうとしている。

心と同じように俺の身体も拒んでくれればいい。

しかし現実には俺の意思とは反対で、身体はあいつが喜ぶような反応をしてしまう。

あいつに会った日、その日は最悪だ。
夜まであいつに支配されてしまう。

やっと薄れてきた夢の中のあいつが、再び色濃く蘇ってくる。


何度かそんなことを繰り返していた。



それがつい1週間前だ。



ついに俺は同性に犯られてしまった。



あいつの言葉に魅力を感じたとか、そんなことは断じてない。
ただ・・・ただ彼女が心配だっただけだ。

俺は・・・・俺は・・・・きっと油断をしていたんだと思う。

まさかあんな店で・・・・


決して俺は喜んでいたなんてこと、楽しんでいたなんてことはない。


送っていくと言ったあいつの言葉を無視して帰った。

それはすぐに失敗だったのだと思い知ることになった。

”最悪”

この一言に全てが収まってしまうだろう。


店を出た途端、それまで店の雰囲気に飲まれていたのが一気に現実に戻る。
すると、まず後ろの普段は排泄器官でしかない場所が痛んだ。

痛むだけなら俺も男だし、我慢もできるというもの。

それだけじゃなかった。

中で出されたものが下へ、下へと押し寄せてきた。
同性の男に、しかも勤めている学校の生徒に犯されたんだと思い知らされる。

そのまま垂れ流すわけにもいかず、1歩、1歩が亀のようにそろそろと出していくしかない。


家に帰りつくのに、行きよりも2倍以上の時間が掛かった。


帰ってからのすぐにベッドに飛び込むことができなかった。
まず入ったのはトイレ。


ようやくベッドに入ったのは数時間後だった。


ただ、嬉しかったのはその日だけは悪夢から解放されたこと。
悪夢を見る余裕はなかった。

翌日というより、その夜中からだろう。
俺はトイレとお友達状態に陥ることになる。

朝になってもお腹の調子は芳しくなく、仕事を休むことにした。


”きっとあいつはこうなると分かっていた筈なんだ”
”分かってたから、俺が帰るって行った時にあんな風に笑って・・・”


俺はトイレとベッドを往復しながら、あいつが店で見せた笑顔を思い出していた。

まあ、お腹の調子が良くても仕事へは行けなかっただろう。

”あいつに会うかもしれない”
”いや、あいつのことだきっと会いにくる”

そう考えると出勤する気持ちは萎えた。


ある意味で打ちのめされていた気持ちだった。
それがやっと3日経って、

”あいつに会ったら文句を言ってやる”
”あいつを許さない”

と闘志にも似た感情が湧いてきたわけだ。

休んでる間にはいろんなことを考えた。
仕事を辞めようかとまで考え辞表まで書いた。

でも最後の最後、小心者の俺は書いた辞表を提出する勇気を絞り出すことが出来なかった。


久しぶりに出勤した学校。
そこはいつも通りで・・・

だからと言って俺は警戒してしまう気持ちを緩めることはできなかった。


あいつになるべく会わないようにと職員室や、教科担当室にいるようにした。
それに、人が多くいる場所を選んで歩いたりとようやく迎えた放課後。


休んでいた間、心配掛けてしまったという思いでクラブのメンバーに会いに行った。

いつものように玉拾いとか、簡単な雑用をした。
いつものようにしているのに、時々腰や人に恥ずかしくて言えないような場所が痛んだ。

なんとか自分の体を宥めながらしのいだけれど、まさかあんな場所で呼び止められるなんて・・・


”俺って全然進歩してないのかよ”
と自問してしまう。


あんなに警戒していたはずなのに・・・
放課後だからと油断していた・・・そうとしか言いようがない。


そして、目の前に現れたあいつの言葉。


”俺は人間以下なのか”


と怒鳴ってやりたかった。
やりたかったのに、それなのに、俺の口は持ち主の言うことを聞いてはくれなかった。

別にあいつが俺のことを人間扱いしたと仮定して、俺があいつを受け入れるなんて有り得ない。
有り得ないけれど・・・『ペット』なんて・・・・


そんな俺の気持ちすら、あいつは言葉で否定してくる。


”またこのままあいつに押し切られてしまう”
そう思っていた。


それなのに、あいつはあっさりと俺から離れて行った。


”嘘だ”


瞬間的にそう思った。
何が嘘なのかは分からない。

でも、素直なあいつが変だと思えた。

更にあいつは意味不明な言葉を放つ


あいつは俺を自由にできる魔法の杖的なものを持っていた。
それを行使すれば嫌でも俺を従わせることができる。


”くそ、あれがある限り俺はあいつに・・・”


諦めの気持ちも含め、俺はそんなことを心の中で考えていた。



それなのに、あいつはその手段をとろうとはしなかった。



俺は喜んでいいはずだ。
それなのに、気持ちと裏腹に身体は冷めていく。

自分の身体だから嫌でもその変化が分かってしまう。

あいつはそんな俺の身体のことが分かったのか・・・それは分からない。
分からないけれど、いつもなら強引に話を進めていくあいつが、俺に


『考えろ』


と言う。

”考える必要なんてない”

俺がそこで強く言えればいいんだろう。
それが出来なかった・・・


あいつはそれと同時に俺が女性と関係できなくなるなんて・・・


”大丈夫”
”あいつは俺をビビらそうとしているだけだ”
”俺はいたってノーマル”


あいつは俺に変なことを言った後、颯爽と帰って行ったけれど、
俺はその夜から繰り返し、呪文のように同じ言葉を繰り返すようになった。





「全然ダメですね」

「お、おかしいな。ちょっと疲れてるからかな・・・」

「あと15分ありますけど、どうしますか」


”どうしたんだ俺の息子よ”
”目の前には裸の女性がいるっていうのに・・・何で反応しないんだ”

目の前の女性は商売柄、嫌な顔を見せずに対応してくれている。
そんなのを痛いほど実感しながら、嫌な予感に駆られる。

「あの、後ろってやってくれるのかな・・・」

「後ろってアナルですか」


こんな商売をしていると、恥ずかしい言葉も平気に言えるのかもしれない。
恥じらいもなく言われてしまうと、

”俺の方が恥ずかしいって・・・”


「そ、そう」

「いいですよ、その代わり料金割増ですけど」

「あ、ああ。それでいい」

「じゃ、横になってもらえますか」


”こ、今度こそ・・・俺の息子よ・・・・”

祈らずにはいられない。


「お疲れ様でした、またのご利用をお待ちしております」


た、確かに俺の息子は反応した。


それは喜ぶべきところだろう。

それなのに、なんだろうこの虚しさ。

身体は反応したけれど、気持ちは冷めてる感じは否めない。

失意のままに帰った。
一応の処理は済ませたはずだったのに・・・

”なんでだ、なんであんな夢を見てしまったんだ”

”で、夢精してしまうなんて俺ってやつは・・・”

『優真』

今も耳元で囁かれているような気持ちになる。


俺はこの現実をどう受け止めるべきか悩むしかない。





”俺はいつの間にか、男が好きな人種になってしまったのか”

悩んだ結果はこれだった。
その結果を確かめるべく、とある店を訪れる。

「こんばんは、1人」

「こ、こんばんは」

「もし良かったらこれからどう」

「え」

”人間っていうのは分からないな、こんなに女の子にモテそうな顔をしてるのに・・・”

目の前にいる男を見ながら、

”男の俺に誘いを掛けてくるなんて、もったいない”

それしか思い浮かばなかった。


「俺、イイよ」


男の顔が間近に迫ってくる。


”この男とあんなことをするのか”


そんなの考えるだけでも無理だった。
無理やり考えてみても、興奮するどころか鳥肌がたつ。


「悪い。俺、相手いるから」

「おい」

「じゃあ」


そのまま慌てて店から出てきた。

もし追いかけてきたらと考えれば進む足も速くなる。

”まあ、こんな男を追いかけてくることはないよな。

分かっていても、まだ鳥肌が治まらないほど気持ち悪かった。
ただ嬉しいことに、これで俺がホモになったわけじゃないって分かったわけだ。


”よし、よし”


心の中で単純に喜んでいたバカな俺。

だって、ホモじゃない俺。
それなのに、女のともできないなんておかしすぎるだろ。

そりゃ後ろを弄られれば勃起する。
でも、それは生理的反応であって・・・心からの反応じゃないわけだ。

相手が恋人じゃないから勃起しないなんて、10代のガキじゃないのだから・・・


『優真はもう女と出来ないと思うよ。男もどうかな』


”まさか・・・・な”

”あいつの暗示・・・?いや、呪いかもしれない”

思い返せば最初からおかしかった。

あいつに見られると、身体が竦んでしまう。
そして、眼を見ながら命令されるとなぜか従ってしまう。

心の中では拒否をしようとするのに、身体が勝手に従っていた。

”きっと何か裏があるはずだ”


たとえそう思ったとしても、それをあいつに聞きに行けないところが俺。


”俺の身体なのに・・・”


考えれば考えるほど、俺は実験的にいろんな店で自分の身体を試すしかなかった。


ただ、どれも生理的現象として射精までには漕ぎつけたとしても精神的満足感は得られなかった。
それなのに、またベッドにつくと・・・


その繰り返しに俺もいい加減ウンザリする


で、ふと思い出すのが


『答えが見つかったら』


あいつの言葉だ。


あいつはあれ以来、本当に俺の目の前に現れなくなった。
現実では・・・・

何日、いや1週間・・・2週間近くになる。

もうその頃になると、俺は風俗も、ゲイバーも行くのを止めていた。
強制的に射精するのに疲れたし・・・

行く必要性が悲しいけれど・・・ない

それが今の俺。


”俺はこのまま誰ともセックスをしないで、夢精にばかり頼って生きていくしかないかも・・・”

いい加減、悟りでも開けるのではないかとさえ感じていた。
それが・・・

「シン」


廊下を歩いていると、あいつの名前を呼んでいる声が聞こえた。
最近、現実世界であいつに会うことがなかったから

”油断していたな”

嫌でも身体に力が入るし、緊張する。


”大丈夫だ”
”きっと大丈夫”

”友達の前で何かするなんて、いくらなんでもないだろう”


「シン。さっきの授業なんだけど、ノート写させて欲しいんだけど」

「いいよ。でも、俺も完璧に写せてる保証はないけど」

「いいよ、いいよ」


話し声はドンドン近づいてきた。
思わず俺はその場に立ち止まってしまう。


久しぶりに聞くあいつの生声。


”何か言われるんじゃ・・・”
”何かされるんじゃ・・・”


そんなことあるわけないのに、変なことを考えてばかりでどうしようもない。


「シンの書いてるノートって分かりやすいよな」

「そんなお世辞言われても、ノート以外は貸せないけどな」

「わーかってるって」


あいつは友達と話しながら、俺の横を通り過ぎて行った。


”何だよ、俺のことは無視かよ”


振り返りもしない。
ひたすら横にいる友達と話しているあいつ。


無性にムカついてくる。


”俺だって、無視してやる”


あいつと背中合わせになるように歩き始める。


「優真」


廊下を曲がるところで名前を呼ばれた気がした。

そんな風に俺のことを呼ぶのはあいつしかない。


”俺のことを追いかけてきたんだ”


「お前な・・・」


文句を言ってやろうと思ったのに、振り返った先にあいつはいなかった。


「あれ・・・」


あいつの姿は見えなかった。


”お、俺って奴は・・・”


普通じゃなかったのは俺の方だ。


幻聴を聞くなんて・・・



しかも、そのままトイレに駆け込んだけれど・・・



「マジかよ」



俺は蓋の閉まった便器に座りこむ。


なぜか俺の息子はズボンの下で勃起していた。


あいつの顔を見たからか・・・
それとも、あいつの声を聞いたからなのか・・・


全く理由が分からない。


ただ分かっているのは俺の息子が勃起をしているということ。



どうにも治まりがつかない俺は、今日は夢の中での出来事を思い出しながらさっさと済ませることにする。



『優真』

「ふ・・・」

『優真』

「ん・・・」

『まだ足りないの』

「・・・・はっ」

『ほら、手伝ってあげようか。可愛いペットのために』

「くぅ・・・あっ」



俺は手の中に吐き出した自分の精液を茫然と見るしかなかった。




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