5.じわりじわり、追いつめる

時任が来るかどうか、来ない可能性を考える方が難しいくらいだった。


約束の前日、


「もしもし」

「おう、恋する少年」

「なんだそれ」

「まあ、気にするな」


気にするなと言われて気にしない人間がどれほどいるだろう。
俺が知らない間に仲間内ではすっかり俺は恋する少年呼ばわりされていたようだ。

あえて俺は否定も肯定もしないが・・・

俺の主観的な意見を述べたとしても、客観的に見ている人間にとってそれは言い訳にしか聞こえないだろう。

それに、主観的にも俺は結構嵌まっていることに気づいてる。


「そんなことはどうでもいいけど、明日のパーティー」

「あー、大丈夫だぜ」

「そう。じゃ、一発よろしく」

「おう」

「そうだ、アレに目隠しだけさせて欲しいんだけど」

「了解」


俺と武治の打ち合わせはこれだけで十分だった。

どれほど時任が驚くか、考えるだけで楽しみだ。







いつもと同じように家を出ると、徒歩で向かう。

車で約5分、歩いても15分とかからない。
普段は体を動かす機会がないから運動代わりにはいい。


ビルは相変わらずひっそりとしていた。


扉の向こう側に一歩でも足を踏み入れると、そこは現実とはかけ離れた空間へと早変わりだ。


昔の店そのままにあまり内装を弄っていないため、店には小さなステージが設けられている。

そのステージを利用して、たまに簡単なショーを見せる。

普段は無造作に置かれているラブソファーは、ショーが行われる時にはステージの方を向ける。
そして、きれいに整列することになるわけだ。


俺は店内に入ってから口々に囁かれる言葉をきれいに無視し、目的のモノを探す。


「いた」


思わず口にした言葉。

時任はやっぱり俺の期待を裏切らなかった。

ステージが見やすい、ちょうど正面。
3列目のラブソファーに一人、心細そうに座っていた。

きっとナミの計らいでその場所に座っているのだろうが、周りを見渡したりと落ち着きがない。


まあ、それも当然だろう。



時任の周りにいる人間は普通じゃない。



服を着ている人間がいれば、裸同然の人間もいる。
また、服を着ていてもその装飾品が変わっている人間もいる。

それらは時任が今まで遭遇したことがない人間の種類であることには違いない。


俺はといえばそんな時任を暫く放っておくことにし、先にナミ達がいるソファーへと進む。

「久しぶり」

相変わらずなナミに、

「ああ」

とだけ返す。

ナミはそれが決まりの衣装のようにワンピースを着て座っていた。
その足元には首輪を装着しただけのサダがいる。


「来てるわよ」


ナミは主語を省いたまま話を続ける。


「分かってる」


「あれ、壊すの?」


何をとは聞かない、


「いや、壊すんじゃなくて引きずり出す感じかな」

「ふーん」

「あの目、本人に自覚はないみたいだけどな」


俺はそう言いながら時任へと視線を向ける。

相変わらず落ち着きがない。

ただその目は本来の目的を忘れたかのように見えた。


不安と、そして今まで知らなかった世界を目の前にした期待。
そんなものだろうか。


ただ、その期待を誰にでも持つようになっては興醒めだ。


そんな尻軽ならこちらから願い下げ。


俺だけに期待を寄せ、俺だけにその信頼、不安、全ての感情をさらけ出すようなペットを望んでる。
そして、あわよくばその全ての感情を教えるのも俺でありたいと思う。


「そろそろ行くわ」

「そうね」


今は時任の視線に店にいる人間は不快な感情しか抱いてはいないだろう。
だからといって、時任にモーションを掛けようとする人間が皆無ということにはならない。


「恋が成就しますように」


ナミは言いながら、珍しくも笑顔を見せた。
幼馴染でもある俺などは別に驚くことはなかったが、周りにいた他の人間は驚きの表情を浮かべていた。


「ありがとう」


俺はそう言うと、時任の座っているソファーへと一歩を踏み出す。


時計代わりの携帯で時間を確かめる。


ショーが始まるまでまであと少し。


「来てくれたんだ」


時任が向いている方とは反対側から声を掛ける。

すると、面白いほど体を ビクつかせて時任が俺の方を振り返った。


「お、お前・・・」


時任は俺の顔を認識すると、一瞬にして顔を真っ赤に染めた。

ようやく自分がここにいる目的を思い出したというところか。


「本当に来るなんてね」

「お、お前があんなこと・・・言ったから・・・気になって」


時任は気づいていないだろうけど、周りの人間は俺と時任の会話を聞き逃すまいと意識を集中している節があった。

それまでは周りを不審なほどに見ていた人間。
そんな人間に俺が近づき、しかも声を掛けたことで店にいる人間の注目は必至だ。


「気になっても、ここに来るって最終的に決めたのは優真だよ」


俺はここであえて下の名前で呼ぶことにした。

ただ、その意味を時任自身は考えなかったみたいだ。


「お前に名前を呼ばれるような・・・」


興奮してきた時任の声は大きく、そしてソファから立ち上がろうとさえした。

俺は時任の立ち上がりかけた腕を掴むと、そのまま隣に座る。



「静かに」



と時任の唇に人差し指を当てることで次の言葉を止めた。


「ここで優真のことを先生なんて呼んだりしていいと思う?」


俺がそう言うと、初めて時任は状況を判断することができたようだ。


「分かってると思うけど、ここは普通の場所じゃないんだよ。

だから俺が言う通りにね。

分かった?」


俺が話す間、時任は俺の顔を正面から見ていた。

俺の目を通じて見る時任の目、それはやっぱり少し潤んでいた。

怒鳴ったことで興奮してそうなったのか、それとも別の意味で興奮してそうなったのか。


「俺がいいっていうまで声を出しちゃだめだよ、分かった?」


そう言いながら、指を時任の唇から離す。

口を解放した後も時任は何も言葉を発することはなかった。


「分かったら頷いてくれるだけでいいよ」


時任はゆっくりと首を縦に振った。


「もうすぐショーが始まる。ほら、目の前にステージがあるだろ?」


俺の言葉に時任もステージへと視線を移す。

ちょうどその時だった。

ステージの照明が一際明るくなる。


「何を見ても、絶対に動いちゃだめだよ」


正面を見たままの時任の耳元で囁く。
時任は約束通り声を上げることはなかった。
ただ、体をブルッと震わせただけ。




ステージには椅子が一脚、中央に置かれているだけ。
そこにタケが登場する。

ショーといっても音楽はない。

タケは自分に集中する視線に無表情のまま、ステージに置かれている椅子に腰を掛ける。


誰もがタケの次の動作に注目する。


スッとタケの右手が挙がると、下着しか衣装を身に纏っていない女が一人、ステージへと登場させられる。
女の下着は白。
そして、赤い布が目にあたる部分を覆っていた。

白と赤。

ステージを見ていた人間は一気に女へと視線を移す。


女はタケの前まで誘導されると、その場に座らされる。


「さあ、皆さんに挨拶だ」


タケは靴を履いたまま、その足を女の顎下へと伸ばす。
そして、俯き加減の顔を上げさせる。


「皆さんがお前のことを見てくれてる。嬉しいだろ」


女は喘ぐように口をパクパクと開閉させるが、そこから音は奏でられない。
きっとタケに禁止されているのだろう。


「見てくれている皆さんに、お前なりの挨拶だ」


そう言うと、タケは足を女から外す。

しかし、それは女を解放したわけではなかった。

次の瞬間、タケの足は女の肩に乗せられる。
女の上半身がグッと下げられ、反対に観客には女の下半身が煽情的に映る。


「自分で下着を下せ」


タケの命令は続く。


女の体は上気していた。
震える手で自ら下着を下していく。



俺はそんなショーを見ていても特に何も感じることはなかった。

それよりも、隣に座りステージをジッと見つめている時任の方が興味深かった。


どちらに自己投影しながら見ているのか・・・


時任は俺が自分の身体を寄せても逃げることはない。

俺は時任がステージに釘付けになっているのをいいことに、次の行動に出ることにした。


「優真」


耳元で息を吹きかけるように名前を呼んでやる。
すると、時任は異常な程に身体を震わせた。

俺はその反応に満足しながらも、もう一度


「優真」


と呼ぶ。

時任は俺の方を向こうとした。

しかし、


「こっちを見ないで、前を見たままでいいよ」


そう言ってやる。


「分かったら、頷いて」


時任はやはり、何も言わず頷くだけだった。


ステージでは女が観客に自分の恥部を見せている。
しかも、そこには事前に仕込まれていたんだろう玩具付きだ。


「優真もここを飾って、ああやって皆に見てもらおうか」


ココと言って、俺が触れたのは時任の分身が収まっている場所。
そこはショーを見て興奮したのだろう、すでに大きく成長していた。


「優真、想像してみて。

この根元をリボンを結んであげる。

そうやって、あの女みたいに皆さんに見てもらうんだよ」


女は自分で玩具を掴み、出し入れを始めている。
湿った音が効果音の代わりになっていた。


「皆さんが見ている前で、ああやって優真は自分のペニスを扱くんだよ」


俺はゆっくりと時任のズボンのチャックを下していく。

時任は抵抗しない。

中へと手を侵入させると、俺は勃起した時任自身を外へと解放してやる。


「ほら、自分でしてごらん」


囁くと同時に時任はずっと握りしめていた手を伸ばす。
すっかり大きく成長し、先端から零し始めている分身をゆっくりと扱き始める。

視線は相変わらず女を見ている。


しかし、女の痴態を見て興奮しているのとは違う。
それが傍で座っている俺には分かる。


そろそろだろう、と思ったところで


「「やめろ」」


とタケの声が響く。
そして、俺も同じように時任の耳元で命令する。

声と同時に女の手が止まる。
時任の手も同じく止まる。


「勝手に盛り上がってんじゃねーよ」


タケはそう言うと、再び女の顔を足でもって上げさせる。


「今度は奉仕の時間だ」


女も分かっているんだろう、タケの靴に両手で恭しく触れるとゆっくりと脱がせていく。

靴の下には素足が現れる。

そして、女はそのままその足に唇を近付けていく。

あと少しで触れるというところで、タケがまた言葉を浴びせる。


「誰が勝手に触れていいって言った?」


その時の時任はステージを見ていなかった。

俺が時任に俺の方を見るように仕向けた。

時任と正面から向き合いながら、俺は時任の目の前に足ではなく手を差し出していた。


「優真、声を出していいよ。

声を出して、お願いしてみて」

「お願い?」

「そう、お願いするんだ」


「舐めさせてください・・・だろ」
「舐めさせてください・・・だよ」


再びタケと俺の言葉が重なる。
語尾は少し違うけれど、時任には効果抜群だ。


「舐めさせて・・・・ください」

「いいよ」


俺は良くできたとでも言うように、時任の頭をひと撫でする。
そして、


「ほら」


と時任の目の前に右手を差し出す。


ステージから聞こえるタケの足を舐める女の音と、時任が奏でる音。


時任はひたすら俺の指を舐め続ける。


俺はそれを見ながら、時任のズボンに手を伸ばす。
ベルトを外し、余裕を持たせると下着へと潜り込ませる。


「んん・・・」


蟻の門渡りと言われる場所から、アナルまで。
何度も繰り返し行き来する。


「もういいよ」


俺がそこまでいうと、時任が口を離す。


「口が寂しいね」

「え・・・」


そして、俺は時任に口づけを落とす。

驚いたままの時任の口腔内は無防備だった。
俺はそれをいいことに、口の中を犯していく。

時任の舌を絡め捕ると、そこに歯を立てる。

それと同時に濡れたままの指を時任の後ろへと回す。


「ん、んん」


十分に濡れた指をアナルへと一本、ゆっくりと挿入していく。

快感のため、身体からいい具合に力が抜けていたお陰ですんなりと呑み込んでいく。

浅く、そしてゆっくりと時任の中を蹂躙する。
上と下の口を同時に責めると、時任も考えることを放棄しているのかあまり抵抗をしてこない。


「ふ・・・ん・・・ん・・・」


俺は時任の中に沈める指を一本から二本へと増やしていった。

中での動きはバラバラに、時任の快感の基を探り当てる。


「ん!」


時任の反応は分かりやすく、そこからは簡単だった。

数回そこを擦ってやるだけ。



「ふぁ・・・あ・・・はあ・・・」



俺が時任の唇を解放したのは、時任が後ろの刺激で達した後だった。



「よっぽど我慢してたんだね」



達した余韻でボンヤリしている時任に、俺は見せつけるように俺の服に付いた精液を見せてやる。



「ああ、ショーもクライマックスだ」



時任は俺に促されるまま、再びステージに目を向ける。

すると、タイミング良くタケの足の指が女の目隠しを剥ぎ取る場面だった。



さあ、ここからが大詰めだ



じわり、じわりと時任を追い詰めていこう。



そして、表の顔を剥ぎ取り奥に潜んでいる本当の時任を曝け出してやる。



「今まで分からなかった?自分の彼女だっていうのに・・・」


「え・・・」


「そうだよね、優真は彼女というよりも自分に夢中だったんだから」




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