7.
「まさか、そんな・・・」


良隆が過ごす週末はたいてい前中の部屋にお泊まりするが、
平日も二人の時間が合えば・・・というか、前中の仕事の都合が合えば食事を共にすることがあった。

それがあまりにも当たり前になっていて、その日も前中と一緒に夕食をとる約束をしていたのだが、


『お世話になっている人から食事にと言われてしまって、明日は会うことができなくなってしまいました。
週末、この埋め合わせはさせてもらいますので』


約束の前日、前中から届いたメールに打ちのめされた。

仕事が忙しかったりで急に会えないこともあるから、普段なら特に気にならなかったかもしれない。

ただ、今の良隆にはそんな心の余裕はなかった。

前中のメールにあった"お世話になっている人"という言葉が引っかかって仕方がない。

忘れようとしても忘れられない英華の言葉が良隆を苛む。

英華の父親は前中の親代わりでもあるような人間で、それはお世話になっている人に繋がるのではないか、
そこまで考えが及ぶと、前中にもっと詳しい話を聞きたくなってしまう。

だからといって前中に聞く勇気はなかったし、行かないで欲しいと言うこともできない。

結局、何が出来るということもなく、


「う、梅乃ちゃん・・・」


義妹であり、二人の仲を知っている梅乃に泣きつくことになった。

『何?ついに前中さんに捨てられたの?』

梅乃はそんな良隆の様子にもいたって冷静だった。

「・・・まだ、だけど」

『まだってことは、これから捨てられそうってことなの?』

「う・・・」

何でもズバズバ指摘してくれる梅乃に、良隆はここ数日の事情を話すと、梅乃は

『ぐふふふ・・・』

気味の悪い笑い声と共に

『最高、最高、最高よぉ。本当に、小説みたいな話じゃないっ』

明らかに良隆の状況を楽しんでいる様子が思い浮かぶようだった。

「僕は・・・最高じゃ、ない」

単語を区切るように話すが、梅乃は気にする様子もなく

『じゃ、この後の展開としては前中さんのお見合い現場に良君が突入するってことで』

「そ、そんな・・・」

『その女と家族の前で堂々と恋人宣言でしょ。
そうね、前中さんは僕の恋人なんだから手を出すな、とかなんとか?』

「・・・恋人宣言って」

良隆はしなくてもいいのに、梅乃に言われるままにその場面を想像してしまう。




英華はこの間会ったばかりで簡単に登場させることができるし、その家族は適当な顔で想像すると、
ホテルのロビーで彼らと前中が向かい合わせに団欒している姿を思い浮かべる。

良隆と梅乃はその様子を少し離れたテーブルから伺っていたが、英華に笑いかける前中を目にすると良隆は立ち上がった。

梅乃が

『止めなさいっ』

と制止するのも振り切り、前中達の前に立った。
前中は驚き、英華は非難するように顔をしかめている。

『何だね、君は』

英華の父親らしい人間が良隆に声を掛ければ、前中は

『彼はただの友人でなんですよ。
どうしたんです?
偶然ですね、あなたもこのホテルに来ていたんですか?』

と困った顔で良隆のことを見ていた。

良隆は

『わ、私は・・・別れたつもりはない、ですっ』

そう前中に言い放った。

『何を言ってるの?僕達はちゃんと話し合って別れ・・・』

『それは前中さんが勝手に決めたことで、私は了承してないです』

『ちょっと、前中君。君、これはどういうことなんだい?』

まるで三流ドラマのような妄想だったが、良隆にとっては限りなく現実に近いように思われた。




黙り込んでしまった良隆に、

『・・・くん、良君』

「あ、ご、ごめん」

だいたいの状況が分かっている梅乃は決して非難はせず、ただため息をつきながら

『良君・・・また変な妄想してたんでしょ』

「へ、変なって・・・」

『もう、そんな変なことを妄想するぐらいならビシッと聞いてみればいいのに』

もっともな意見を返してくれる。

「そ、そんなこと、そんなこと言え・・・ない」

良隆の言葉は尻すぼみになり、その自信のなさが梅乃にも伝わってしまう。

『・・・あのさ、良君』

「な、何?」

梅乃が何を言おうとしているのか、良隆はゴクンと唾を飲み込み、聞き入る。

『もう一年以上になると思うんだけど』

何がもう一年以上になるのかというのは聞かなくても良隆にも分かる。
それは良隆と前中が付き合いだしてからということ。

『まさか、良君はまだ前中さんと付き合ってる実感がないとか、自信がないとか言わないよね?』

「・・・」

思わず黙ってしまう良隆だったが、それが答えだった。

その無言の答えに梅乃はさっきよりも長いため息を、これでもかという程はっきりとこぼすと

『あんなに嫌っていう程かまわれてて、まだ実感がないなんてどこまで鈍感なのって感じ』

「鈍感って・・・」

『鈍感よ、鈍感っていう言葉以外に何が当てはまるの?
あ、もしかしてバカとか?
私なんて、いつになったらその趣味を止めてくれるんだろうって言われてるっていうのに、何?
甲斐甲斐しく送り迎えなんてされちゃうし、どんな趣味でも楽しそうにしてる顔が見れるだけで一緒に嬉しくなっちゃいますから、
とか笑顔全開で言われちゃったりして、それって私に対しての自慢なの?』

「う、梅乃ちゃん・・・?」

論点がどんどんずれていっているように思えたが、それを口にできるほど良隆は無神経ではなかった。

さらに梅乃の言葉は続き、

『あの、ウザいぐらいの、鬱陶しいぐらいの、暑苦しいぐらいの、好き好きアピールが良君には届いてないなんて』

良隆が言葉を挟めない程、一気にまくし立てると

『リア充カップルなんてね、二次元だけで存在すればいいのよ。こっちは三次元で何の潤いもない毎日を送ってるの』

「前中さんはウザくないし・・・暑苦しいこともない・・・です」

ようやく出てきた良隆の言葉をまるっと無視をする形で

『だから、とことん悩んだらいいんじゃない?
それも恋愛してるってことでしょ?
・・・で、最後はどうなったか、ちゃんと報告してよね。ネタにさせてもらうから』

思いの外すっきりした声で話は強制終了となった。

「そんな、やめてよ」

『相談料として諦めなさい』

誰かに相談することで、このモヤモヤした気分を少しでもすっきりしたかった筈の良隆だったが、
結局のところ日頃の鬱憤をぶちまけることですっきりしたのは梅乃の方だった。




そして、次に前中と会った時に何か言われるかもと覚悟をしていた良隆だったが、特に変わったことはなかった。

週末にはこの間会えなかったお詫びだということで、仕事終わりに食事に出かけたり、
一緒に本屋巡りをするという普段通りのコースに、心のどこかでホッとしていた良隆だったが、再び災厄は向こうからやってきた。


「御木さん、お客さんだそうです」


いつかの再現のように良隆は呼び出され、あの時とまったく同じ席で、英華は良隆を待ち構えていた。
違うのは服装ぐらいだろうか。

「考えていただけました?」

挨拶もなければ、急に話始める英華に、良隆はそのまま回れ右をして自分のデスクへ戻りたいと思わずにはいられなかった。

「もうご存じかもしれないですが、先日峻さんがうちの父と会ったんです。当然、私との話も出ました」

良隆は英華の話を聞きながら、一昨日に前中と会った時の会話を思い出していた。



前中との食事はいつも通り、穏やかな時間を過ごしていたが、前中は特に隠すこともなく週末に会えなかった理由を話してくれた。

「昔お世話になった人で、強引な人なんです。この間も私は良隆さんとの約束があるって言ったのに、どうしてもとうるさくて」

「そ、そ・・・です、か」

「しかも、何の話かと思えばお見合いをしないかっていうんですよ」

「え・・・」

笑顔で話す前中とは対照的に良隆の顔は引きつり、うまく表情を作ることもできなかった。

前中はそんな良隆の表情を見ると、

「ちゃんと断りましたから。私には良隆さんっていう恋人がいるんですから」

安心させるように話してくれた。

良隆としては変に隠されているよりも正直に話してくれたことで前中が真実を話してくれたんだと、素直に思えた。

「そ、そ、そうなんです、ね・・・」

「良隆さん、ちょっと不安になりました?」

前中は良隆が何か返答をすることを期待していたわけではなかったかもしれないが、良隆は

「は、はい。で、でも・・・その、よ、よよ、良かったです」

気持ちを吐露した上でさっきまで緊張していた身体の力が一気に抜けていった。
げんきんなもので、それまで味気なかった食事も途端に美味しく感じられて顔が綻んでしまう。

前中はそんな風に良隆が自分の気持ちを口にしてくれたことに驚きつつ、その表情の変化をつぶさに見ていて

「良隆さん、今ここで押し倒したいです」

「え、え、え・・・」
良隆を戸惑わせた。



ただ、目の前に座る英華が前中がその見合い話を断ったことを知っているのか分からない今、良隆はどう答えていいものか迷っていた。

英華はそんな良隆の沈黙をどういう形で受け取ったのか、

「ここに八百万円の小切手を用意してきたので、どうぞ」

小さなバッグから紙切れを出すと、ローテーブルに置いた。
小切手自体を初めて見る良隆は固まってしまうが、

「あなたの年収を考え、色を付けさせてもらいました」

「・・・あ、あの」

「何ですか?
それでも少ない?
自分にそれだけの価値があると思ってるのかしら?」

「い、い、いり・・・ませ・・・ん」

「・・・え?」

良隆の言葉が聞き取れなかったのか、それともわざと聞こえないふりをしたのか英華は、一度は聞き返しながらも

「そんなことを言って、値段をつり上げようとでも?
それとも、お金ではなく愛を貫くとか思っているのかしら?」

明らかに良隆をバカにしたように笑って見せた。

良隆は

「あ、あ、あの・・・しし、仕事が、ある、の、で・・・か、か、かえ、て、下さい」

小切手を押し返し、それだけを言うのが精一杯だった。

良隆の言葉に英華がどんな顔をしたのかは見ず、

「そ、そ、それ、じゃ・・・し、しし、しつ、れい、します」


一礼して、足早に自分の部署へ帰っていったが、残された英華がその後ろ姿を睨んでいたのは言うまでもなかった。




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