叩かれた頬は少し赤くなってはいたが、それほどダメージを与えた様子はなかった。

それは相変わらず芳を見ながら笑みを浮かべていることからも分かる。


「図星さされたからって怒るなよ」


「バ、バカ。変なこと言うな」


「変なことかどうか確かめてみるか?」


狂慈は芳の逃げようとしていた手を捕まえると、一本ずつ口に含んで舌を這わせる。
そして、芳に見せつけるように狂慈の唾液で光る指を口から出す。
こんなことを親指から薬指までを繰り返す 。


そして、最後に含まれた小指はさっき噛み痕を残された指で・・・


「バカ、離せ」


芳はほとんど本気で狂慈の手から自分の指を取り戻そうともがく。


しかし、狂慈の手はそんな芳の抵抗をなんとも感じていないままに今までの指よ りも丹念に舌を巻き付けていく。



「狂慈!」


ひときわ大きく芳が叫べば、その声は個室にまで届いたようだった。
何組かの部屋から一人、または二人が様子を窺うように顔を覗かせていた。

そんな状況に慌てたのは芳のみ。
もう一人の当事者である狂慈は相変わらず舌を絡ませ、時には指先をキュッと吸うことさえあった。

行為によってもたらされる肉体的な刺激と、この状況を他人に見られているという精神的な刺激が混在し、それが脳へと伝わっていく。
その刺激を受け取った脳は混乱したかのように、受け取った刺激を快感へとシフ トさせていく。


「き、狂慈」


脳からの命令に忠実な芳の身体は徐々に変化をもたらし、その身体の持ち主である芳自身を戸惑わせることになった。


「ここだけでイッてみるか?」


小指の第一関節。
そこに軽く歯を当てた状態で狂慈が話す。


「や、やめ・・・」


それが身体の変化を加速させていくことになる。
芳は目を閉じ、その刺激をどうにかやり過ごそうと耐えていた時だった。


「芳」


その声に芳が慌てて顔をあげると、そこには唇を震わせた状態でこちらを睨んでいる彼女がいた。


「芳!」


もう一度名前を呼ばれれば、彼女の目に映っているだろう光景を考える思考も生まれてくる。

さっきまでの高揚感は一気に消え去る。


「狂慈、離せ」


狂慈はその声に応じるように口から芳の指を解放する。
しかし、簡単に解放することはなかった。

彼女に見せつけるかのように舌を指の付け根から先端へと這わせることをしたうえで口から離した。


「芳の声が聞こえたから出てきたのに・・・」


彼女は他の人間達と同じように芳があげた声に気づき、そして廊下に出てきた。


そこで見てしまった光景。
彼女は何を思っただろうか。

彼女の目に映った光景は、ただ仲の良い男友達という範疇を超えていたかもしれない。


「何してるの?」

「いや・・・」


狂慈は芳の指を口の中から離すことはした。
ただ口から離しただけで、手を離すことはなかった。


「芳」


そして、彼女の気持ちを逆なでするかのように芳の手に口づけを言葉と共に落としていく。


「お前は黙ってろ」


そんな態度の狂慈に対し、芳は空いている手で軽く頭を叩く。
手を取り戻そうにも力で叶わないと分かっての芳からのささやかな逆襲だった。

ところが、そんなやり取りが2人の親密度を現していた。

狂慈の狙いはそこにあるのだが、彼女を目の前に動揺している芳にはそんなことを考える余裕はなかった。


「妙ー、彼氏いたー?」


さらに間が悪いことに、マキ達も廊下に姿を現すことになる。
彼氏を追った友人が遅く、気になったというところだろう。


「あれ?・・・・彼氏の、お友達?」


後から来たマキ達は重い空気の3人を敏感に察知した。


「お友達・・・ねぇ」


マキの口から出た言葉に反応したのは、芳の手を唇に押し当てたままの狂慈だった。
狂慈は今の状況が楽しいのか、ニヤニヤと笑っている。
そして、掴んだ手から伝わってくる芳の汗や震え、そして速くなる脈の速度を感じていた。


「芳。お前と、俺はお友達に見えるらしいぜぇ」


「黙ってろって言ってるだろ」


芳に怒られながらも、その表情は飄々としていた。
焦り、困惑している芳と対照的な狂慈。

そして対峙している彼女と、その友達。

その雰囲気は、楽しく食事をする店としてはイメージを損なうこと必至。
それも客やスタッフが多く行き来する廊下ですることではない。

普通なら既に店員が注意を促しに来てもおかしくない状況である。

にも関わらず、店員が通ることもなければ注意をしに来ることもない。

芳は薄々その不自然さに気付きながらも、その問いを誰に問いかけることもできなかった。


「あの、ここじゃいろいろ人の目があるから」


そう切り出した芳だったが、


「じゃあ、その人の目の前で何してるのよ」

「え・・・」

「人の目があるって言うのに、男2人で何してんのって言ってるの」


彼女は怒りを抑え込もうとしている口調だった。
声を荒げれば他の部屋にも聞こえてしまう。

人間というのは、多かれ少なかれ人の色恋沙汰(特に修羅場)に興味がある。
きっと今でさえ壁一枚を隔てた部屋では、息を殺しながらこの様子を窺っている人間が何人かいるだろう。

それが分かるからこそ、彼女は冷静でいようと必死だった。


ただ、そんな彼女の心境を分かっていながら上からその気持ちを踏みつける男が一人・・・


「何って・・・・これから2人でどっかしけこむかって話してたんだよな」

「お前、何言って・・・」


芳は空いている手で、狂慈の口を塞ごうとする。
このままにしておけば、何を言い出すか分からないからだ。

ところが、口を塞いでおくべき人間がもう一人いた。


「えー、しけこむって、何ー払って出て行けば格好いいのだろうが、財布の中身を考えればそんなことは言えない。

「御馳走様でした」

芳は店の入り口まで送ってくれた店員にお礼を言い、店を後にした。




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