その部屋の中は薄暗かった。
カーテンが閉められているからというのもあるが、部屋の家具や寝具といったものが黒で統一されていることも関係しているだろう。
部屋の中央にはベッドが置かれており、部屋の主が大きいのかベッドのサイズも部屋の広さに負けないほどに大きく、その存在を主張している。
ベッドも黒く、一見するだけでは誰が寝ているか分からない。
黒い固まりがモソモソと動きだすのと、寝室の扉が開くのはほぼ同時だった。
「・・・・ん」
「やっと起きたか」
秋も深まり、そろそろ薄着でいることが肌寒く感じる近頃。
だが、ベッドへ近づいていく男はそんな肌寒さなど感じていないのか、上半身は 露わに、下半身はジャージを身に付けているだけ。
その足元は裸足であるため、ペタペタと足裏がフローリングに吸いつく音が小さ
く響く。
彼は黒い固まりをそのキルトごと抱え込むと、
「今日の講義は自主休講だな」
キルト越しに唇を近づけ囁けば、彼がその胸元に抱えている黒い物体はピクリと反応を返す。
「前より熟成した味だったなぁ・・・・ 美味かったぜ、芳」
「う、うるさい」
キルトにくるまっていた芳は、自分を抱え込んでいる太い腕にキルト越しに歯を食い込ませる 。
”くそ、くそ!”
”痛いじゃないか、このクソバカ狂慈”
芳は腰から下の筋肉痛と、あらぬ部分のジンジンした火照りにできるなら自分を
抱えている男を殴り倒してやりたい気分だった。
「あれだけ運動したんだ、腹減ってるだろ」
狂慈がキルトを剥ごうとすると、そうはさせまいと芳はキルトにしがみつく。
実は、キルトの下に隠されている芳の身体は何一つ身に纏っていない。
そして 、それを目の前にいる男に晒すわけにはいかない。
「おい」
「・・・・」
「あんまりぐずるとまたベッドとお友達になるぞ」
「・・・・服」
「あぁ?」
「俺の服を返せ」
キルト越しの会話はくぐもっていた。
しかし、芳の言わんとしていることを悟ると、肩を小刻みに揺らしながら笑いはじめる。
「昨日さんざん眺めさせて貰ったし、食わせて貰った。今さらだろう?」
「そんな信用できるわけないだろ」
芳はそう言うと、再びキルトを身体に纏う。
狂慈は笑いが収まらない様子ながら、黒い固まりと化した芳をシーツに下ろすと傍を離れる。
それまで感じていた温もりが離れてしまうと、何故か急に肌寒さを感じる。
ただそれもほんの少しの間だった。
再びベッドが軋むと、そのその温もりに包まれる。
「ほら、持ってきてやったんだから顔ぐらい見せろ」
そう言われれば芳は仕方なくそれまで纏っていたキルトから顔を覗かせる。
「やっと出てきたな」
「うるさい」
「着替えたら朝飯だ」
狂慈はそう言うと、芳の額に唇を落とし離れていく。
芳はそんな狂慈をぼんやり眺め、唇を落としていった額に触れる。
”俺はまた繰り返すのか?”
まさか扉を開けた先にすでに彼が来ているとは思わなかった。
それは芳が扉に手が掛かったまま、硬直した状態が物語っていた。
”こ、心の準備が・・・”
芳の眼は逃げ道を探すように彷徨うが、
「何か頼んだか?」
そう言いながら男はさりげなく芳の腰に手を回し、芳を再び部屋へと連れ戻した。
「ちょっ・・・狂慈」
店員はそんな光景を見ながらも何も言わず、2人の後ろをそっとついて行く。
そして店員が一緒にいるため、芳は叫ぶこともできず小さく呟くだけで強く抵抗できなかった。
せめて腰に回されている腕を放させようとするが、狂慈の手は思っていたよりも力強く絡みつき不可能に近い。
半ば無理やりに部屋の奥、ソファへと芳は連れ戻されることとなった。
狂慈は当然のように横に芳を隣に座らせると、タイミングを見計らったように店員がついさっき芳に渡したものと同じドリンクメニューを渡す。
「で、頼んだのか?」
「頼んだ」
「そうか、俺は焼酎でいい」
狂慈は受け取ったメニューを見ることなくすぐに店員へと返し、そのまま犬をあしらう様に手を振ると店員を部屋から追い出そうとしていた。
「かしこまりました」
店員はそんな狂慈の態度にも眉ひとつ顰めることなく、一礼する。
焼酎にも銘柄や割り方などいろいろあるはずだったが、すでに店員は狂慈の好みが分かっているのか、あえて聞かなかった様子。
そして、2人のもとから離れていく。
そんな店員を芳は思わず目で追ってしまうが、
「久しぶりだなぁ」
という言葉に視線は狂慈の一言で目の前の男へと嫌でも移ってしまうこととなる。
至近距離で見る男は高校の頃と変わっていない気がして、あの頃に戻ったような錯覚を覚える。
まだまだ幼さの残る他の同級生とは明らかに違い、すでに落ち着いた雰囲気で大人だった。
しかし、そんなことを男に説明することを芳はしなかった。
「そんな見とれるほど変わったか?」
「いや、あんまり変わらない」
今まで見つめていたことを隠すかのように、芳は顔をを逸らそうとするが無理に引き戻される。
「芳もあんまり変わんねぇな」
「そんなこと・・・・」
芳が言葉を言い終わる前、頬を何かが辿っていく。
それは湿り気があり、ざらついている。
「味はどうだろうな」
その言葉で芳は頬を舐められたんだと気づいた。
「そんなに変わってない気がするけどな」
芳の眼はされたことに対して驚きを隠せず、大きく見開かれる。
対照的にに狂慈はそんな芳の反応を楽しむかのように、口元をゆったりと緩めている。
「お、お前・・・」
「もっと他も変わったか味見させろよ」
狂慈はさらに顔を近づけてきたが、それを芳は顔を離すことで避けた。
そして、それと同時に身体を狂慈から離す。
「芳」
それを不服とするような狂慈の声が部屋に響く。
重低音で、よく女子からもセクシーな声だと評判だった。
耳元で囁かれると、身体の置きどころがないぐらい疼く。
嫌な声・・・それなのに、逃げられない声。
魔性の声と嫌味のように言われていた。
その声の魔力を身をもって知っている芳はさらに逃げようとして、狂慈との距離を広げようとした。
「芳」
「うるさい」
抵抗を示すように小さな声をあげた芳だったが、その意図を相手が汲み取ってくれることはなかった。
部屋は全体的に考えたしても、そんなに広いわけではなく、声が反響することはほとんどない。
しかも大勢の人がいるというのではなく、2人しかいない。
それなのに、狂慈の声はまるで反響しているように芳の脳へと伝わっていく。
「味見させろ」
薄暗い部屋にひと際肌の色が目立つ。
狂慈の手が芳と伸ばされるが、それが闇へと芳を引きずり込もうとしているように感じさせる。
思わず恐怖を感じた芳は立ち上がる。
そして、
「俺は変わったから」
と言い放つ。
芳には狂慈の顔を見ることはできなかった。
そんな勇気はない。
目をしっかり閉じ、捲し立てるだけで精いっぱいだ。
「俺は、お前から離れて・・・
死ぬほど勉強して・・・
大学入って・・・
か、彼女もできた・・・・
せ、セックスだって・・・・」
芳が言葉を並べ立てている間に狂慈がソファから立ち上がる。
目を閉じ、顔は俯いている状態の芳には分からないのを利用し、少しずつ芳との距離を縮めていく。
狂慈が芳に触れる。
芳の言葉が途切れる。
芳は身体を大きく震わせるが、そこから逃げることはしなかった。
逃げられなかったのかもしれない。
狂慈がゆっくりとした仕草で頬から顎に掛けて指先を滑らせていくと、顎に手を掛ける。
手に力が入り、半ば強制的に芳の顔を上げさせる。
芳の眼は驚きと、恐怖と、そして何か他のモノが入り混じった感情を複雑に表現していた。
「俺が籠からだしてやったからって、他に飼い主を探したってことか?」
狂慈は声を荒げることはなかった。
口元には笑みを浮かべながら、それがどんな内容であれゆっくりと聞き取りやすい口調だった。
「芳」
呼ばれた方は何も言えず、ただ顎を固定されたままに狂慈と対峙する他なかった。
「もう一度、本当の飼い主が誰なのか思い出させてやるよ」
ついに狂慈の顔が近付いてくることを阻止できなかった。
芳はそのまま狂慈に連行されるまま、狂慈が住んでいるというマンションへと連れていかれた。
そして、数年ぶりに男を受け入れさせられた。
1度では済まされることはなく、最後には泣きながら「やめてくれ」と叫ぶことになった・・・
中に狂慈の精液を吐き出され、そのドロドロになった中を何度も突かれ、卑猥な音を部屋に響かせた。
それなのに、その音がさらに芳をも煽る結果となった。
芳は『狂慈と会う』という極度の緊張で、昼食をほとんど食べることができなかった。
夕食を食べながらと思っていた狂慈との再会は、ほんの数十分で食べることもなく場所をベッドへと移された。
その後の激しい運動により、芳はほとんど失神するかのように眠りに落ちる。
しかし、目が覚めた芳には情事の後の不快感は残されてはいなかった。
身体の軋むような疲労感は残っていたが・・・
”あいつが、処理してくれたんだよな”
中へ出されたものを掻き出される時のことを思わず想像してしまい、記憶がなくて良かったと芳は安心した。
ゆっくりとした動作で着替え終わり、部屋を出るとすでに狂慈は食事を済ませた様子だった。
テーブルの上に空になったお皿が残っている。
狂慈はマグカップを傾けながら新聞を読んでいる。
「遅いから先に食べた」
芳の方を振り返ることもなく狂慈は言い終えると、マグカップをテーブルに置く。
出てきたドアから先、次の一歩を踏み出すことができずにいた芳だったが、狂慈の言葉にようやく動き始めた。
芳がテーブルへと辿り着くまでに狂慈はゆっくりと椅子から立ち上がり、椅子の背凭れに掛けてあったジャケットを羽織る。
「俺はこれから仕事に行って来る」
「え?」
思わぬ言葉に芳は狂慈を見つめると、その視線の先にはいつもの人を馬鹿にしたような笑みを浮かべた狂慈がいる。
狂慈は芳に近づくと、
「あの頃の俺は、小さな籠しか持ってなかった。
やっと、あの頃よりも大きい籠を用意してやれるようになったぜ」
そう耳元で囁くと、最後に芳の頬に口づけした。
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