虎城が大学を卒業すると同時期に、虎城の父親は引退することになった。
そして、桂樟会会長の桂も引退し、引退の翌日には沖縄へと旅立っていった。

虎城は父親の跡を継ぐという意味で、虎城組組長の座に座ることとなり、それと同時に桂樟会が解散した後の受け皿として虎城組にとってはかつてない大きさの組織へと成長を遂げつつあった。


そんなある日、各組に届けられたのは『虎城不動産設立5周年記念パーティー』への招待状だった。
これは虎城組組長就任の披露パーティーと言えた。

「パーティーには密を連れていく」

「そう言うと思っていました」

パーティーを明日に控え、虎城は八嶋に密の同伴を告げた。
ただ、そんな虎城の考えは八嶋には予想範囲内であり、すでに当日の密が着る服も用意していた。


「楽しみだな」


虎城はそう言うとニヤリと笑みを浮かべていた。




パーティーはホテルの宴会場を借りて行われることになっていた。

警察もどういう集まりなのか分かっているが、他の宿泊客のことを考慮すると大々的に警察官をホテル内に配置することはできなかった。
結果として、私服警官を十数人配置することで落ち着いた。

虎城と貴美子は一足先にホテルの部屋を一室借り、準備が出来るのを待っている状態だった。

貴美子は未だに納得している様子はなく、虎城とは言葉を交わさない。
息子である勇気はまだパーティーに出席させるには幼すぎるため、今日はベビーシッターに任せていた。

虎城がスーツに着替え終わると携帯電話が鳴る。

「おう、分かった」

貴美子の視線が突き刺さる中、虎城は部屋のドアを開けに行くと、

「みーつ。よく来たな」

八嶋に手を繋がれた密が立っていた。

密の格好はお気に入りのラメが所々に入ったワンピースを着ている。

虎城はすぐに密を抱き上げると、部屋の中へ入る。
八嶋は後ろでため息をつきながらも何も言わなかった。

「密。歩けるようになってきたんだってな」

密は虎城の首に細い腕を絡ませると、ギュッと抱きつく仕草を見せた。
この時、密の身体から独特の香りが放たれ虎城の鼻腔をくすぐった。

「密。その服も似合ってるが、今日はお前の為に特別な服を用意したからな」

「ん」

虎城が密を連れたまま奥へ進むと、貴美子が驚きの表情を見せた。

「勇生、まさか・・・その子供を連れていく気じゃ・・・」

貴美子の声は動揺のために震えていた。
虎城はそんな貴美子を無視する形で、密をソファに座らせると

「八嶋」

「はい、こちらに」

「密、開けてみな」

八嶋が密に大きな箱を手渡した。
青いリボンが掛かった箱に密の目は大きく見開かれ、すぐに包装紙が破られることになった。

「密、もう少し丁寧に・・・」

八嶋がそう言うものの、虎城は笑いながら

「豪快でいいな。贈った甲斐があったってことだ」

と密が箱を解体するのを見守っていた。
そして、

「あぁああぁ」

箱の中から出てきたのは、淡いピンクのパーティードレスだった。
胸の部分には濃いピンクの生地で作られた花が一輪大きく縫いつけられ、ウエストより少し上あたりか何枚もの薄い生地が段違いに重なりあっているスタイル。
さらにスカート部分にはキラキラと輝く宝石が散りばめられ、密のスラッとした足が見えるように短くカットされていた。
密はドレスを気に入ったようで歓声をあげ、そのドレスを手にして感触を楽しんでいるようだった。

「密、いつまでも触ってないで早く着替えろよ」

虎城がそう言うと、貴美子がまた

「勇生、今日はどんなパーティーなのか分かってるんでしょうね。そんな大切な日に、こんな子供を連れて行くなんて冗談じゃないわよ」

そう喚きたてる。

密は貴美子の声に特に反応を示すことなく、今まで着ていた服をゆっくりとだが自分で脱いでいく。
虎城はそんな密の着替えを手伝ってやりながら、

「ああ、冗談じゃない」

とだけ答えた。

「冗談じゃないって、どういう意味よ!」

「奥様、せっかくのお召し物が台無しになります。ここは組長に任せて、奥様は一足先に会場に行かれてはどうですか?」

八嶋はまだ興奮冷めやらぬ貴美子を丁寧な言葉で促すと、

「さあ。来賓の方々は奥様をお待ちですよ」

「でも・・・」

「さあ」

そのまま部屋を出ていった。

貴美子が出ていくと、途端に部屋の中は静寂に包まれる。

密は黙って虎城の手で衣装を身につけていく。
ドレスの上にはレースがふんだんにあしらわれた白のティペットを着れば完成だった。
虎城は着替えを終えた密を再び抱き上げると、姿見の前に立たせる。

「ほら、出来上がりだ」

「んんんん」

しかし、鏡越しに映る密の顔はさっきまで喜んでいた笑顔ではなく、少し不満げな表情になっていた。
さらにさっきまでの甘い香りは消え、密の身体からは甘酸っぱい香りが醸し出された。

「どうした、密」

そして虎城が声を掛けると、密はその場に座り込んでしまった。

「みーつ」

虎城は”まさか”と思いながらも、密を再び抱き上げる。
すると、密の身体から再び喜びの香りが漂い始めた。

「みーつ、お前は本当に可愛いな」

密の表情はさっきから変わらず不満気だったが、それは身体から醸し出される香りで演技なんだということが虎城には分かった。
だからこそ虎城は密をとことん甘やかしてやりたくなる。

虎城は

「みーつ、機嫌直せよ」

密の演技に付き合ってやりながらも、その顔にキスをしていく。

密は虎城のキスを覚えているのか、自分から虎城の唇に唇をくっつけてこようとする。
虎城はそんな密に応えてやるようにゆっくりと唇を重ねていく。

何度か繰り返していると、密の小さな舌が虎城の口を割ってこようとする。
虎城は笑いを堪えながらも、密の舌を迎え入れるべくゆっくりと口を開ける。

ところが、密は舌は入れてきたもののどうすればいいのか分からない様子でなかなか動こうとしない。

「ん・・んん・・・」

そのうち我慢できなくなった虎城は密を抱きしめ、反対に密の舌を絡め取るように動き始めた。

小さな密の口腔内はザラッとした虎城の舌に蹂躙され、密の身体は震えてみせた。
桂の本宅で初めて口づけを交わしてから、二人は会う度にどちらからともなく唇を重ねていった。

そして、その口づけは虎城を呼び出す携帯が鳴るまで続いた。


「時間だ」


虎城が唇を離すと、密の唇はまるでルージュを引いたようにうっすらと赤みを帯び、頬もピンク色に上気していた。

虎城はくったりしている密を腕に抱いたまま、部屋を後にした。




パーティー会場はすでに大勢の人間で溢れていた。

貴美子は古参の幹部達に囲まれているが、その数は以前に比べれば少ない。

今日までに元桂樟会の幹部が数人、そしてその二次団体や三次団体の組長も何人かが病気や事故で命を落としていた。
それがどういう意味をなすのか、誰も口にしないが理解していた。

虎城は会場まで密を抱いていたが、

「勇生さん。蜜」

待ちかまえていた八嶋が名前を呼ぶと、それを見ていた密は虎城の頬を手でピタピタと叩いた。

「密、お前はすっかり八嶋に調教されやがったな」

虎城は笑いながらも、ゆっくりと密を床に下ろす。

密は虎城の手をしっかりと握りしめたまま立ち、

「よし、行くか」

虎城に引かれるまま、一歩を踏み出した。
虎城が密を連れ立って入ると、気づいた人間が次々と虎城の周りを取り囲んでいく。

「いやー、虎城君。期待してるよ」

「お父さんを既に越えたなんて話も聞いてるよ」

お世辞のオンパレードに内心で笑っている虎城だったが、

「今日は楽しんでいってくださいよ」

と当たり障りのない言葉を並べる。

虎城は貴美子の方へは行かず、八嶋の誘導に従い会場内を歩いていく。
密も小さいながらも虎城と共に会場内を歩き、時々虎城が受け取ったジュースで喉を潤していた。

そんな中、

「おー。よく来たな」

「虎城。まさか俺に正式な招待状を送って来るとはな」

「はは、面白いだろうが」

「確かに・・・」

虎城がある人物を前に立ち話を始めた。

他の招待客に比べれば若く、虎城ともかなり親しい仲なのか穏やかに話していた。
こうなると、密は八嶋に促されるように少し離れた場所にある椅子に座り、話が終わるのを待つことになった。

八嶋が部下に命じて密の食事を運ばせる。

「密、食べなさい」

「ん」

密は皿を受け取ると、上手に食事を始めた。
ところが、密は食事の途中にもかかわらず急に席を立つと、持っていた皿やフォークを床に放り出す。

「密」

その光景を見た八嶋は密の名前を呼ぶが、密はその声に従うことなく虎城の方へと向かう。
今までになく足早に歩く密の姿は、ドレスの裾がヒラヒラと舞い、人の目を引きつけた。
虎城の所まで追いつくと、密は虎城の服を引っ張った。

「おっ・・・密、どうし」

そんな密の行動に虎城は嫌な顔をすることなく、その体を屈めた瞬間、誰の耳にもパンッという風船が破裂したような音が聞こえた。




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