ついに虎城の大学卒業が間近となってきた頃だった。

虎城は義父である桂の本宅に呼ばれていた。
当然のように虎城は蜜を連れていき、その腕に抱いていた。

この日の蜜も花柄が綺麗なワンピース姿で、やはり見た目は可憐な少女にしか見えず、出迎えた組員達の視線を集めていた。

蜜は初めての場所に虎城の腕の中、忙しなく頭を左右に振っては周囲の景色に興味津々といった状態だった。

桂の本宅は純日本家屋という様相で、庭には季節の花が咲き乱れ訪れる者の目を楽しませていた。
虎城自身はそんな風景に興味を示すことはなかったが、蜜はその優美に声を上げて喜んでいた。

「蜜、そんなにこの庭がいいか?」

蜜の喜びように虎城は何を思うのか、それ以上の言葉を発することはなかった。

さらに虎城がその場から離れようとすると、蜜は途端に
「やぁああ」
と虎城の腕の中でぐずり始めた。

「しょうがねぇな」

すると虎城は廊下に座り込み、蜜を膝の上に乗せたまま日向ぼっこをする体勢になってしまった。

そんな姿に驚いたのは虎城を案内していた組員だった。
客人、ましてや義父だとしても桂は虎城よりも格上の人間には間違いない。
そんな人を待たせているというのに、虎城は一向に気にした風もなく男なのか女なのかよく分からない子供の為にその場に留まっている。

「あの・・・」

早く案内をしなければ自分の落ち度にもなりかねないと感じた組員が虎城に声を掛けようとするが、

「蜜、よっぽど気に入ったんだな。匂いが濃くなった」

虎城がまるで女性を愛撫するかのように蜜の耳の後ろを舐めるのを見てしまうと、言葉もなく固まってしまった。
蜜は虎城にそんなことをされていてもクフッと独特の笑みを浮かべ、嬉しそうに色鮮やかな庭を眺めていた。

組員には虎城の言ってる意味は分からなかった。

それは虎城に付いてきていた八嶋も同じらしく、ため息を零すと

「私には分かりかねます」

と言った。
だからといって八嶋は八嶋で虎城を急かせることもなく、

「ただ、ここの庭は美しいというのは私も賛同できます。今まで気づかなかったあなたにこそ問題があるかと思いますが」

二人と共に庭を眺め始めた。

どれぐらいの時間が経ったのか・・・もしかしたらほんの数分だったのかもしれないが、奥からバタバタと足音が聞こえてきたことで我に返った組員の目に入って来たのは、明らかに怒気を含んだ兄貴分の顔だった。

しかし、そんな状況になっても虎城達は悠々としたものだった。
ただ蜜は大きな足音に驚き、虎城の腕にしがみ付くことで虎城を喜ばせていた。

「会長がお待ちですが」

鋭い口調で言い放った兄貴分に組員は竦み上がっていたが、虎城は

「蜜、また後でゆっくりと見るか」

と相変わらずだった。

蜜はもうぐずることはなく、虎城が蜜の頭にキスの雨を降らすのを首に腕を絡ませた状態で受け入れていた。
人目もはばからない行動に、八嶋以外の人間は眉を顰めたが、

「蜜はこの庭が好きみたいだぜ」

「そうですね」

「楽しみだな」

虎城は笑いながら八嶋に話しかけていたが、その内容は組員達には分からなかった。

そして虎城達は組員に案内されるまま廊下を歩いて行けば、奥で別の組員が入り口で障子を開けた状態で待っている状態で、虎城はそのまま密を抱いたまま入ろうとした。
まさか虎城が子供を連れたまま会長との会談に臨むとは思わなかった組員は

「あの、お子さんは・・・」

と虎城を入り口で引きとめた。

「ああ?」

「会長との会談に子供連れは・・・」

「うるせぇよ。俺が密と一緒でいいって言ってるんだから、いいんだよ」

「しかし・・・」

組員の言葉に虎城は不快感を示したが、組員は組員で引こうとはしなかった。


「あぁああ」


それまで虎城の腕の中で大人しく抱かれていた密が奇声を発し、後ろに控えていた八嶋に手を伸ばそうとしていた。

「みーつ。何だよ、俺よりも八嶋の方がいいっていうのかよ」

「密は理解してるんですよ。さあ、密をこちらに」

「ちっ」

「私と密はさっきの庭を見学しています」

「さっさと話を終わらせるからな」

虎城はそう言うと、八嶋に密を渡す。
密は八嶋の腕で大人しくしていたが、視線はジッと虎城の方を向いている。

「密、また後でな」

虎城は密の額と頬にキスをすると、

「これでいいんだろ」

と待っていた組員の方へと向きを変えた。




部屋には義父である桂と虎城しかいない。

「久しぶりだな」

「ああ」

「最近面白いのを手に入れたみたいじゃないか」

「ああ」

そこで話しが一度切れ、沈黙が続いた。
虎城は虎城で口を開く気配もなく、桂が大きく息を吸い込んだ。

「来週だな」

「ああ」

「名前を残す気はないか?」

「ない」

「そうか・・・・・・うるさくなるだろうな」

「ああ、分かってるさ。で、オヤジはどうするつもりだ?」

「暖かい所でのんびりするさ」

桂は話し終わる頃には笑顔を見せていた。
その笑顔は柔らかく、一切の迷いもなさそうだった。

「わりぃが先に楽させてもらうぜ」

「ふん、いいさ。俺も疲れたら早々に引退する」

虎城も笑いながら話していたが、そのタイミングを計っていたかのように障子が開いた。

「おっ」

二人が同時に顔を向けたれば、そこには掴まり立ちをした状態の密がいた。
密は真剣な表情のまま、虎城の方へと一歩二歩とフラフラした足取りで近づくと、その胸に飛び込んだ。


「みーつ」


虎城はそんな密を抱きしめると、額に唇を押し当てる。
密はさっきまでの真剣な表情はどこにいったのか、花が綻ぶような笑顔を見せていた。

八嶋は障子の向こう側に控えていたが、

「密がどうしても勇生さんの所に行きたがったので。歩く練習を兼ねて・・・」

と事情を説明する。

「そうか。俺に会いたかったか」

虎城は八嶋の話しに表情を崩すと、密をさらに強く抱きしめ

「みーつ。そんなに俺に会いたかったかぁ」

密は言葉を発することはなかったけれど、その代わり虎城にだけ伝わる香りを発していた。

その香りは嬉しい時には甘く、そして機嫌が悪い時にはその香りが柑橘系の香りに変化を遂げる。
今の密は虎城に会えた喜びに、身体中から甘い香りを醸し出し虎城を楽しませていた。

「ほう、これは噂に違わず・・・」

そんな虎城と密の様子に桂は特に不快感を示すこともなかった。

「密、挨拶」

虎城は何も言わなかったが、入り口から八嶋が声を掛ける。
密は八嶋の言葉に、チラッと虎城の表情を窺う仕草を見せた。

ここ数日の間にも八嶋は基本的な作法を少しずつ密に教えていたが、実践したことはなく密が理解しているのかも分からない状態だった。

しかし、

「おぉ、えらいぞ。密」

虎城の腕を支えに立ち上がると、桂の方を向きペコリと頭を下げた。

言葉を発しない密にとっては精一杯の挨拶だった。

虎城はそんな密の姿に感嘆の声をあげ、再び虎城の腕の中へ閉じこめると無条件に褒め讃えた。
桂はそんな密の挨拶も虎城とのスキンシップもサラッと受け流す。

「虎城、その子はどうするつもりだ」

「どうもしない」

「大丈夫なのか?」

桂のその言葉に虎城はクッと笑みをこぼし、

「その台詞はそのままあんたの娘に言った方がいいんじゃねぇのか」

そう言った。

それまで堂々としていた桂も表情が硬くなる。

「どういう意味だ」

「さあな。まあ、密は俺が守るってだけさ」

「お前、自分の嫁や息子がどうなってもいいっていうのか」

桂が珍しく声を荒げながら立ち上がろうとするが、それよりも早く虎城が蜜を抱いたまま立ち上がった。

「おい、虎城」

「まさかのことがないように娘の手綱を締めておいてくれよ」

「虎城・・・」

「じゃあ、また来週」

虎城はそう言い残すと部屋を出て行った。




そして一週間後。

水色が鮮やかで蝶の柄が印象的な着物を着た蜜を連れた虎城が桂樟会の集まりにやって来た。
虎城だけでも注目されるにもかかわらず、蜜を連れていることでその注目度は数段上がった。

さらに虎城は広間に入ると、一番上座の桂の隣に腰を下ろすと周囲は騒然となり、今日はいつもとは違う集まりになることを参加している人間は感じ取っていた。

蜜は多くの視線に晒されながらも、特に気にする様子はなかった。
虎城の膝に乗った状態で、手にジュースのグラスを持ちその中身を少しずつ飲みほしていく。

目の前には虎城の分の膳しか用意されていなかったが、虎城は蜜に自分の膳から少しずつ食べさせていた。

そんな中、

「全員揃ったみたいだな。・・・今日はお前らに伝えたいことがある」

ついに桂が口を開いた。

シンと静まりかえった広間に


「今月末で桂樟会は解散する」


桂の声だけが響き渡った。

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