虎城の言葉に周囲は言葉をなくしていた。
商品にするのであれば名前は必要はなく、処分するというならなおのこと。
『密』と呼ばれた子供は相変わらずキョトンとした表情で虎城を見つめまま、まさか自分のことが話し合われているとは思ってもいない様子だった。
虎城はそんな子供に
「お前は今日から密だ。み・つ。
分かるか?」
と繰り返していた。
子供は虎城の動く唇を見つめていたかと思えば、虎城の唇に自分の指を持っていく。
「ん、なんだぁ?」
虎城はそう言いながら、その小さな指を口に含んだ。
すると、
「ゃああ」
子供が驚くような声を上げた。
虎城はそんな声に驚くことなく、口に含んだ指に軽く舌を絡め、吸い上げる仕草をみせた。
「密の指はうめぇな」
そう言いながら虎城が口から指を吐き出した時には、子供の指は虎城の唾液でテラテラと光を放つ程にまでなっていた。
さすがにその行為を見ていた八嶋から
「衛生上、止めてください。
明日、腹を下したり熱を出しても仕事を休みにはできませんから」
と冷たい一言が飛ぶ。
「こんなぐらいで腹なんて下すかよ」
虎城が八嶋の言葉を笑い飛ばしている間、子供は唾液で濡れそぼった指を光にかざしながら、その光の反射をウットリとした表情で眺めていた。
そして、少しその光が弱くなってくると、少し不満そうな表情に変わったかと思えば、虎城に自分の指を差し出した。
「なんだ、また舐めろってか?」
虎城は実に楽しそうに、再び指を口に含んだ。
しかも、他の指も一緒に。
八嶋はその光景にため息を付きながらも、違った側面から見ればとてもエロティックな行為を止めることはしなかった。
ただ、
「勇生!!」
八嶋が黙っていたとしても、その他の観衆はそれを許さず、部屋に女性特有の甲高い声が響きわたる。
虎城に指を舐められていた子供はその声に驚き、虎城にしがみ付く。
それが貴美子の目にどう写ったのか、さらに
「ちょっと、あなた・・・」
声を荒げると、虎城の方へ向かってくる。
子供は貴美子の表情に本気で怯え、言葉を失っていた。
「子供が怖がってます」
八嶋は言いながら貴美子の肩を押し戻すと、
「何すんのよ、私は勇生の妻なのよ」
と意味不明なことを言い放つ。
「勇気さんも驚いてるようですが」
八嶋はそんな貴美子の言葉を聞いているのか、いないのか、母親の変貌に驚き固まっている子供を指す。
そこは子供の母親なのか、我が子の名前に振り返ると子供に駆け寄り、
「ごめんね、大丈夫だから」
とその小さな体を抱きしめていた。
子供はまだショックから立ち直れないのか呆然としていたが、次の瞬間には爆発したように泣き出した。
そして、その泣き声に釣られるように虎城の腕の中の子供も泣き始めた。
虎城はといえば
「お前のせいで密まで泣き出しただろうが」
顔をしかめながらそう言うと、
「ほら、密。もっと舐めてやるから泣き止め」
再び小さな指を口に含んだ。
そして、ある程度口腔内で転がすと、口から出したその指を光に翳してやる。
「キラキラしてるだろ」
虎城が指をいろんな方向に向けながら、その光の角度を変えながら見せていると、子供はいつの間にか泣き止んでいた。
「密はキラキラした物が好きなんだな」
虎城はそう言うと、子供を腕に抱えたまま立ち上がる。
その光景は異様な物に映る。
親子でもない二人の姿を、どんな表現をすればいいのか。
「八嶋、密に戸籍を」
「分かりました」
「勇生!」
虎城の言葉に八嶋の冷静な声と貴美子の金切り声が重なった。
他にも組員はいたが、虎城に何も言えずにただ呆然としているしかなく、
「それと密の住むマンションに、身の回りの世話をする人間・・・男はダメだな、女がいい」
「分かりました」
「勇生、ちょっと、あなた」
「俺は密を風呂に入れる」
「待ちなさいよ、勇生!」
虎城は貴美子の言葉に従うことなく、子供を抱えたまま部屋から出ていこうとする。
「ちょっと、あなた達も勇生を止めなさいよ!」
貴美子の声に、それまで事態を見ているしかなかった組員二人がようやく動く。
虎城と扉の間に立ちふさがると、
「お嬢さんのことをバカにするのもいい加減にしろよ」
と一応凄んでみせた。
ところが、
「邪魔だよ」
そんな声が耳に届いた瞬間、立っていたはずの組員の一人が左の壁に吹っ飛んでいた。
吹っ飛んだ本人はきっと何が起こったのか分からなかっただろうが、周囲の人間には虎城の足が組員の頚椎にめり込む瞬間を目撃することになった。
虎城の攻撃を免れた組員は顔色を失くし、相方の方へ走り寄る。
一方の虎城は特に気にすることなく、
「八嶋、風呂の後はショッピングだぞ」
と鼻歌でも歌いそうな勢いで部屋を後にした。
残された八嶋は
「それでは、私はこれから仕事が残っていますので」
と貴美子に言い残すと、こちらも部屋から出ていこうとする。
そんな八嶋を震える声が呼び止めた。
「ちょ、ちょっと・・・こいつはどうするんですか」
ぐったりしたままの相方を抱え、すっかり怯えている組員に、八嶋はため息を一つこぼすと
「処分する手続きを取りますから、放っておいてください」
そう言い放ち、次は歩みを止めることなく部屋から出ていった。
「処分って何だよ!」
扉の向こうからの叫び声が八嶋の耳にも届いたけれど、気にすることもなかった。
それ以上に、八嶋は虎城の行動に内心動揺していた。
八嶋が子供をこの場に連れてきたのは貴美子に対する見せしめの為だった。
最近の貴美子は虎城の名前を使い、したい放題しているというのが八嶋の耳に入ってきていた。
虎城が囲っている女達への嫌がらせに始まり、他の組員達を自分の駒のように扱っているという。
貴美子がただの女なら組員達も鼻であしらっていたかもしれないが、貴美子の背後に桂樟会という大きな看板がちらつけばそうは言ってられない。
八嶋としてはここで貴美子に軽く灸を据える位の気持ちだった。
子供を商品とするのか、それとも処分するのか、八嶋は正直言えばどちらでも良かった。
ただ貴美子にその現場を見せることで、あまり身の程過ぎればお前もこの道を通る可能性があるのだということを知らしめすつもりだった。
ところが、虎城が全く考えてもいなかった行動に出たので八嶋も驚かされた。
それでも結果としては貴美子に予想以上のダメージを与えられたようで八嶋としては満足していた。
一方で、子供の戸籍取得や諸々の手続き等八嶋には予想外の仕事が増えてしまったことには大きなため息をつきたくなった。
あの子供の何が虎城の琴線に触れたのか、八嶋には全く分からなかった。
ただ、この興味が一過性のものなのかこの段階では判断が難しかったが、八嶋は心のどこかで長く続きそうな予感がしていた。
部屋を出た虎城はそのままバスルームへと直行したものの、実は虎城は子供を入浴させるのも初めての行為だった。
「ほら脱げ」
虎城が密と名付けた子供は抵抗することなく、ただされるがままだった。
虎城は自分も服を手早く脱ぐと、再び密を抱き上げ浴室へと入っていく。
密の体は虎城にも分かるぐらいにはやせ細っていた。
「抱き心地が良くなるようにいっぱい食えよ」
虎城は笑いながら密の体を泡立てた石鹸で洗っていく。
密は石鹸の泡を掬うと自分の顔に付けたりして遊んでいた。
全身をくまなく洗われた密は丁度いいお湯加減になった湯船に浸かりながら、虎城が体を洗うのを見ていた。
そして体を洗った虎城は湯船に入ると、再び密を自分の手元に手繰り寄せた。
密も抵抗することなく、むしろ虎城の腕にしがみつくような仕草さえ見せた。
「密。俺は別に子供相手に盛るほど欲求不満じゃねぇ。
でも、なんだろな・・・なんかお前からは旨そうな匂いがするんだよな」
虎城はそう言いながら、密の身体をじっくり眺めた。
密は無邪気に虎城にしがみついたまま、虎城の肩や腕に歯を立てていた。
ところが、
「やっぱ、無理だ。俺を誘ってる匂いはするけど、いくらなんでも勃たねぇわ」
と笑い、
「もっと熟成させてからだな。俺は楽しみは後にとっておく方だし・・・
よし、そうと決まれば50まで数えてから出るぞ」
密が驚くほど大きな声で数を数え始めた。
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