虎城勇生(こじょう ゆうせい)という男は生まれながらにして極道の組長になることを約束された人間だった。

父親は当時武闘派として知られていた虎城組組長 虎城政治(こじょう まさはる)。
そして母親は銀座に店を構えていた女、マチ。

ただ父親には正妻がおり、虎城の母親は妾という立場だった。

正妻にも子供がいたが、三人は三人とも女。
男は妾の腹から出てきた勇生だけだった。

すると虎城は小学校卒業と共に本宅に住むことを命じられ、母親と引き離された。

寂しがるかと思われたが、
「まあ、自分の部屋ができるならいいか」
とあっさりとしたものだった。

母親も特に子供を取られるという意識はなく、それ以上に虎城の父親から条件として受け取った資金を元手に店を大きくしていった。
一方の正妻である文枝(ふみえ)はといえば、虎城自身を無視する形で精神状態を保っている様子だった。

虎城が本宅に移り住むと、すぐに教育係兼お守り役として八嶋という人間が四六時中付くことになった。
そして、虎城は学校に通いながらも、家でも家庭教師によって英才教育を受け始めた。

誰に似たのか、虎城は教えられること以上に様々なことを吸収していった。
ただ、その弊害とも言えるのか、少しずつ父親を蔑むようになっていった。



高校は進学校として有名な学校へ通い始めた。
成績は学年でも常に上位をキープしていたが、勉強ができるからといって全ての面で優等生とは限らない。

よく言えば大らかな性格の虎城は、いつも多くの人間に囲まれていた。
そして警察沙汰にはならなかったものの、事件スレスレのことを仲間と一緒に行っていた。
さらに女性関係も派手で、
「俺はみんなのことが好きだ」
というのが口癖だった。

そんな虎城は組内部でも存在感を示していた。

父親によって付けられた守役の八嶋は優秀で、時に応じて家庭教師を変えながら、組組織を担っていっく虎城に対して帝王学も学ばせていった。

最初は父親も単に優秀な我が子を自慢していたが、そのうち脅威を感じ始めるようになる。

大学の進路も決まった頃、それがついに明るみに出ることになった。



当時の虎城組は桂樟会(けいしょうかい)という会派の3次団体に位置していた。

桂樟会は桂(かつら)会長を中心に一代で築き上げられた組であり、関東でもその名を轟かせていた。
その桂樟会は年に数回、結束を固めるべく会派が会長の本宅に集まる掟があった。

虎城も高校入学すると父親とともに参加してたのだが、この日は父親が気づかぬ間に本来の席を離れていた。

知り合いにでも会いに行ったのかと父親は気にしていなかったが、その時上座では


「俺ならここで1番の稼ぎ頭になれると思うんだけど。どう、俺に賭けてみる気ねぇ?」


虎城が桂樟会会長である桂喜一郎(かつら きいちろう)の前に胡座をかいて座り、そう言い放っていた。

組ができて間もない頃は何かと重宝されていた武闘派も、この頃には上納金を多く納める組が重宝がられるようになっていった。
「昔はもっと前の方に座ってたんだ。そうだ、ちょうどあいつの席ぐらい」
酔っぱらった父親は虎城によくそんなことを零していた。
そんな父親は武闘派としての自分を捨てきれず、今や下座から数えられる位置に甘んじている。

付け加えるなら、そこから這い上がろうという気持ちはすでに枯れ果て、なんとか組を維持していくことで精一杯というところだった。


そんな父親に見切りをつけている虎城は、自分の道をまさに切り開こうとしていた。


虎城組に比べれば格段上の組長達が並ぶ中においても、虎城自身は一歩も引くことなく、逆にふてぶてしい位に見えた。

「さあ、どうする?」


こうなれば周りも放っておかず、上座で起こっていることがタイミングが少し遅れた状態で父親の耳にも入ることとなり、聞いた父親は大いに慌てた。


「勇生!!」


決してこの時の父親は子供である虎城の身を案じたわけではなかった。
監督不行き届けで周囲から突つかれるのが嫌だというのが本音だ。

「テメェ」

父親は大声を張り上げながら広間を突っ切っていくが、上座では


「面白れぇじゃねぇか」


嗄れた、でも迫力のある重低音が騒々しい連中を一気に鎮めた。
勢いよく乗り込んできたはずの父親も、その声に虎城の後ろで棒立ちになってしまう。

桂は御年67歳とは思えないほど若々しく見え、今も上座に控えている連中よりも気力も体力も漲っているようにも見えた。
そんな桂の言葉は皮肉でも何でもなく、本当に面白がっているように見えた。

「ところでお前はどこの誰だ」

桂は虎城とその父親を見ながら尋ねたが、そんな言葉に周囲はニヤニヤと意地の悪い笑みをこぼす人間が何人かいた。
父親は顔を真っ赤にしていたが、反論することはなかった。

「虎城の所の倅です」

「ふうん、そうか」

桂は側近から虎城の名前を聞いてもその表情が変わることはなかった。
周囲はますます下卑た笑いを浮かべていたが、そんな父親に虎城自身が最後の爆弾を落とす。

「親父は会長に名前すら覚えてもらってねぇのかよ」

すると、誰かが1人「プッ」と笑いを漏らした。
あとは波が伝わるように次々と笑いが起こり、最後には座敷内が笑いに包まれるまでになった。
父親は顔を真っ赤にしたまま、唇を噛みしめ、何も言わなかった。
しかし、その目はギラギラとして息子を睨み据えていた。

虎城はそんな父親の視線を全身で受け止めながらも、特に気にした風もなく、

「俺なら今の二倍、いや三倍は軽く稼いでみせる自信はある」
「ほう。その根拠は?」

「んー、・・・・勘」

虎城のこの言葉がさらに大爆笑を生んだ。

「勘だってよ」
「いやー、勘だけで金が稼げるなら最高だな」
「お笑い芸人にでもなったほうがいいんじゃねぇかぁ?」

野次馬が口々にはやし立てる中、虎城はただまっすぐに桂のことを見つめていた。
虎城の目は気負いもなく、だからといって闘争心剥き出しという感もなかった。
桂はそんな虎城と暫く見つめ合っていたが、

「そうだな、お前に今日100万やる」

何を思ったのか、急にそんなことを言い出した。
当然ながら周囲は色めきたった。
しかし、桂自身は気にする様子もなく、

「俺のポケットマネーだ。これをお前はどれだけ増やせる?」

そう虎城にけしかけた。

「そうだな、5倍は確実だな」
「じゃあ、それでいい。タイムリミットは3ヶ月後だ。失敗しても100万を返済してくれればお咎めなしにしてやる。ただし、持ち逃げするようなことがあれば・・・」

桂はそこで言葉を区切ると、ジッと虎城の目を見つめる。
普通の人間ならビビってしまうような迫力、威力が秘められた桂の目力だったが、虎城はそれを真っ正面から受け止め、

「大丈夫さ。すぐに金を作って返してやるよ」

不敵な笑みさえ浮かべて見せた。

「よし、帰りにでも金を取りに来い」

桂は楽しそうに笑っていたが、周囲はまだ緊張を纏ったままだった。
桂が出来なかった時は元本さえ戻せばいいと言ったとしても、その側近達が黙っているわけがない。

そして悪くいけばその罰は父親自身にも回ってくる。

「か、会長。その、こんな子供の戯れ言を本気にしないでください」

父親は悲鳴にも似た声で土下座をする勢いで床にひれ伏したが、


「オヤジ、うるせぇよ。これは俺と会長との賭けだ。オヤジは関係ねぇだろうが、引っこんでろよ」


虎城はそんな父親をますます蔑んだ目で見ながら、

「会長、悪いけど帰らせてもらうわ」

と桂に告げると颯爽と広間を後にした。


残された父親には誰も声を掛ける者もなく、最初からいなかったかのように宴会は再び進み始めた。
父親は一言も発することなく、自分の席へと戻ると黙って酒を飲み続けるしかなかった。

一方、虎城は帰り際に約束通り100万を受け取っていた。

「念書でも書こうか?」
「その必要はない」
「そうか。じゃ、頂いて行くぜ」

虎城が廊下を歩いていると、足音もなく八嶋が虎城の後ろにピタリと付く。

「うまくいったようですね」
「決まってんだろ」
「そうですか」
「さあ、明日から派手に稼ぐか」
「楽しみですね」

八嶋は笑顔で虎城の後を付いていくが、本来なら虎城を腑抜けに育て上げることもできたはずだった。
しかし、早々に自分はそういう器ではないことを悟り、裏方として動く方が合っていると虎城を全面的にサポートするようになった。
『虎城をピラミッドの頂点に』
これが今、八嶋の第1の目標であり、今日がそのスタートと言えた。




そして、2ヶ月後。
虎城は再び桂の本宅、居間に腰を下ろしていた。
この日は八嶋も虎城の後ろに控えている。

暫く待っていると、

「派手に稼いだようだな」

桂が笑いながら入ってきた。
虎城は軽く頭を下げながら

「約束の金を持ってきました」

と風呂敷に包んだ札束を桂に差し出す。
桂はそれを確かめることもなく、

「佐藤達がいきり立ってたぞ」
「さあ、俺には何のことかさっぱり分かりません」

虎城はこの短期間の間にいくつかの店を開店させた。
ほとんどがキャバクラや風俗といったものだったが、その建てた場所に問題があった。

そこは同じ系列とはいえ、他の組が仕切っている店が多く、虎城の店が出来たことでそちらに客を取られてしまい売り上げが激減。
もちろん虎城に抗議したが、お詫びにその相手の店も一緒に面倒をみてやるし、利益は変わらずそのまま渡すなどと話を誤魔化した。
ところが、虎城が中に入った途端、店の女の子達がドンドン虎城の店へと流れて行ってしまった。
その女の子達と共に客も流れてしまい、挙げ句の果て店を食い潰される結果となった。

小さな組にすれば売上金=上納金となり、その金がなければ組もやっていけない。
虎城はそんなやり口でいくつかの組を解散させては虎城組に吸収させていた。

「会長は稼ぎ方にイイも悪いも言わなかったと思うんですが?」
「ふん、その通り。金は金。だが、お前はそれが本当の目的ではないんだろ?」

桂は虎城の真意を探ろうとしている様子だった。

「俺は、頂点を極めたいだけっすよ」

虎城はそれだけ言うと、ニカッと笑いを浮かべる。

「この場所狙うっていうのか?」
「会長を越えたいと思ってます」

一見すれば座敷内には会長、虎城、そして守役の八嶋の3人しかいないように見えるが、部屋と部屋を仕切っている襖の向こうには固唾を飲んで2人のやり取りを聞いている人間が何人もいるのが空気で分かっていた。
だからといって虎城も八嶋も怯むわけでなく、むしろ堂々としていた。

桂はそんな虎城に憤るわけでもなく、同じくニッと笑みを浮かべると


「越えてみな」


とだけ言った。

結局、桂は金を受け取ろうとはしなかった。
「祝儀だよ」
と笑って虎城を見送った。


この出来事はすぐに巷に広まり、一気に虎城は注目の的となった。
ただ虎城自身は我関せずといったところだった。



そんな虎城は高校卒業後、有名大学の経済学部へと進学することになった。
学生をする傍らで、いくつもの風俗店や金融会社、そして不動産を経営する青年実業家へと成長していった。

そんな虎城のことを女性達が放っておくことはく、虎城の周囲には多種多様な女達が群がっていた。
しかし、どんなに女性達がはやし立てたとしても虎城は特別な1人を作ることはしなかった。

相変わらず
「俺はみんな好きだ」
と博愛主義を徹底していた。

ところが、そんな虎城が突然結婚したのは大学3年の夏休みのことだった。


虎城はある日、桂に呼び出された。

「虎城、お前に頼みがある」
「会長が俺に頼みって、怖いっすね」
「・・・俺の娘を嫁にもらってくれねぇか」

あまりのことに言葉を失っていた虎城だったが、桂は

「ここだけの話だが」

と事情を話し始めた。

虎城はその話を聞いた上で、

「会長の頼みならいいっすよ」

至極簡単に結婚を承諾したのだった。

「ただ、この結婚はあくまでも会長の顔を立ててのものっすからね」
「分かってるさ」

そしてこの数分のやり取りで、虎城と桂の1人娘、貴美子(きみこ)との結婚が決まった。


この結婚には組内部でも反発が大きかったようだが、桂の鶴の一声でそれは収拾した。
貴美子自身も若手の中でも注目株であり、見た目にもハイクラスの虎城に不満があるわけがなかった。
そしてこの結婚を機に、虎城は桂樟会の次期会長候補へと一気に名乗りを上げることになった。

ただ、虎城はそんな周囲の騒ぎにも関心がない様子で、相変わらず女関係も派手だった。

貴美子は極道の妻である自覚もあり、虎城の女性関係に口を挟むこともなかった。
結婚して1年が経ち待望の長男が生まれると、虎城への関心は徐々に薄れていった。

『形だけの夫婦』

それが二人にはピッタリの形容詞となり、虎城を取り巻く女達は少しでも虎城の特別になろうと躍起になっていた。


その虎城を取り囲む女達の中の1人にエミがいた。
エミは虎城の産みの母であるマチが経営するクラブでNo2を誇り、クラブに虎城が来る度に、積極的にアプローチすることで関係を築いていった。

この頃の虎城は何度か体を重ね、気に入った女性にはマンションの1室を与えていた。
その部屋は虎城に女ができた時用の部屋で、飽きられれば部屋を明け渡す仕組みとなっていた。
マンションはそこだけではなく、都内にあと2カ所あり各部屋を別の女性達が使用していた。
さらに住んでいる女性達は少しでも長く虎城の寵愛を受けようと必死となり、また逆にその座を狙う女性達も必死という構図だった。

関係が続いている間の虎城は、惜しげもなく金を出してくれるため女性達は天国の時間を過ごす。
しかし、一方で飽きたと感じられてしまえば、容赦はなかった。
女性達の間でまことしやかに囁かれているのは、
『仕事を終えて帰ったら自分の荷物が全てマンションの玄関、道路に山積みにされていた』
さらに、『それでも部屋に行けば、既に新しい女がそこに住んでいた』という噂だった。

この噂の真相は近からず遠からず。

虎城が1度でも飽きたと感じた女性にはまず2日以内に退去するように言い渡される。
嫌がる女には実力行使で部屋を空けさせていた。

エミも虎城に群がる女性の1人であり、見事マンションの鍵を手に入れた1人であった。
マンションに移り住んで暫くは周囲からも羨望の目で見られ、エミ自身もまるで虎城の妻になったような気分でいた。

しかしそんな日々も長くは続かず、マンションに移って2ヶ月も経つ頃には少しずつ虎城の足は遠のいて行った。

さらにエミと同じクラブの後輩が新しく虎城にマンションを与えられたと聞けば、エミの心中は穏やかではいられなかった。

実は虎城は手切れ金の類は一切出さないことでも知られていた。
囲っている間はどれだけでも金を与えても、縁を切る時には金を出すことはない。
とのため、縁を切られると感じた女性達は手切れ金代わりに別れる直前に散財することがほとんどだった。

エミも多分に漏れず、虎城の足が遠のくと同時に大きな買い物をいくつもしていた。
そして、マンションに移って3ヶ月を過ぎた頃、エミの携帯に簡単なメッセージが残された。

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